提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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強くなりたい。もっともっと。
大好きな妹や尊敬する司令官。そしてかけがえのない仲間たち。
みんなのためなら私はどこまでも強くなろう。

そして、いつかはあの人に追いつきたい!

………

もうすっかり追い抜いてるよ、ハラショーな親友。
私は君を尊敬しているよ。絶対、言わないけどね。


第百十二話

「あー生き返るぉ〜…」

「なによその声は…」

 

漣の間抜けな声に満潮がつっこむ。朝潮との演習で疲れた体を癒すため、風呂に入ったらこんな声がでるでしょう?満潮はそんなわけないでしょ、と目で語った。

 

「いやぁ、朝潮っちはすごかったなぁ。なんかすんごい練習でもしてんの?」

「いえ、私は走る、曲がる、止まるを毎日繰り返しているだけです」

 

「ええ…うっそでしょー?」

「してないわよ。私たちがここに来てからの練習はずっと、走る曲がる止まるよ」

 

朝潮もうんうん、と脚を揉まれながらうなずいていた。疲れているのか少し眠たそうであった。

 

「で、満潮っちはなにしてんの?」

「姉さんの脚のメンテよ。姉さんのあの走り方は脚に負担がかかりすぎるのよ。こうしないと歩けなくなるほど痛くなるから。こうしてしっかりほぐして疲れを脚に溜めないようにしているの」

 

「へーえ、すんごいんだけどなかなか大変なんだね」

「明石さんが言うには、ここはすごいチカラを持ってる子がいっぱいいるけど、体のメンテをしているのは朝潮姉さんだけよ。手の届くところにいるのになにもできなくて、姉妹が壊れるところを見るのなんてもうたくさんよ」

 

「ふぁ〜…みちしお…」

「ぶふっ、顔がとろけてますぞ」

 

トロンとした顔でなすがままの朝潮の顔がおもしろくて吹き出す。仲のいい姉妹だな。自分は潮がいるが、ここの潮には近づいていないな。姉妹なのに別人のようだ。自分の知っている潮は死んでいる。

 

「あんたも『第七駆逐隊』を沈められたクチ?」

「鋭いなぁ、もう。タウイタウイでロボットみたいにされてね。捨て駒みたいな感じで帰ってこなかったよ」

 

「で、不知火もそんな感じで生き残って無茶してるって感じかしらね」

「満潮っちはエスパーですかい?」

 

ズバズバと言っていく満潮。頭がよくないとたしかに体のメンテなんてできないだろうけど、いくらなんでもお見通しすぎだろう。

 

「ま、あんたは見透かされるのが嫌みたいだからこれ以上はやめておくわ」

「や、それも見透かしてるじゃないッスか」

 

「あの空っぽらしい不知火をどうしたいのかは私にもわかんないけど…」

「空っぽ?」

 

「霞、私の妹が言っていたのよ。あの子は空っぽだって」

 

………

 

「しらぬいちゃんはねー、からっぽだよ」

 

そう言った霞は、いつもの無邪気な霞とは違っていたような気がする。

 

「かすみと、いっしょ。からっぽ」

 

そう言った霞は、触れたら壊れそうな。繊細なガラス細工のように危うい雰囲気を漂わせていた。お花見の時の時もそうだったが、霞には自分たちには見えない何かが見えている。霞の目には不知火がどう映っているのか?霞に聞いてもわからない。

 

「霞ちゃん…?なにか、見えた…の?」

「わかんない。でも、しらぬいちゃんはかすみといっしょ。からっぽ。でも、どこからかこえがきこえるの。たすけてって。いたいって。きっと、からっぽじゃ、ない」

 

空っぽなのに空っぽではない。どう言うことか、満潮や霰にはわからなかった。朝潮たちも。

 

「なら、まだ不知火は救えるってことだよ」

 

考え込む満潮たちを置いて、玲司が声を発した。

 

「不知火は空っぽなんじゃない。空っぽのフリをしているんだよ。いや、空っぽを装うことで心が自分を守ってるんだよ。その殻から出てくるきっかけはきっとどこかにあるよ」

 

そう言って玲司は安堵した顔をしていた。希望はあると。霞のように壊れたわけではないのなら。心に痛みがまだあるのなら。まだ救いはある。

 

「ありがとうな、霞」

「???あいっ」

 

霞は何だかわかっていなかったようだが、撫でられて嬉しそうだった。さっきの霞の表情が満潮はとても気になったが、今はいつもの霞であり、もう見れそうもない。司令官は希望を捨てない。それは満潮の口には絶対に出さないが、信頼できる司令官であった。

 

………

 

「そっかぁ。ぬいぬいは…そっか…何とかなるのかなぁ」

「司令官がそう言ってるなら何とかなるんじゃない?誰がどうきっかけになるかは知らないけど」

 

「ぬいぬい。ぬいぬいはあたしが見えてない。見えてないんだぁ」

「…どういうことですか?」

 

「今のぬいぬいはあたしが見えてないんだ。無意識で。時々反応するけどね。あたしはぬいぬいをずーっと守ろうとしてきた。でも、ぬいはあたしが見えていない。どうしようもできない」

 

霞と一緒か。これ以上心が壊れないように子供になって何もわからなくなった。でも、不知火の以前の司令官は虐待などはしていないはず。ではなぜ?

 

「どうして、不知火はあんたを見ようとしないの?」

「あの子の目の前で陽炎が沈んだんだ」

 

ああ、姉が沈んだから。でもそれだけでは漣を意識しなくなる理由は薄い。その次に漣の口から出た言葉は朝潮と満潮を驚愕させた。

 

「沈めたんだ。あたしが陽炎を。あたしが。不知火の。目の前で。陽炎を。沈めた」

 

一言一句をはっきりと、しっかりと朝潮と満潮に伝えた。

 

「な、……あ…」

 

「陽炎は…と言うか、タウイタウイの艦娘はさ、沈む直前になって深海棲艦になることが多かったんだ。鹿屋の提督が言うには、洗脳して、心がないから。すぐに怨念が心に充満するんだろうって。大破して、進撃して、1発もらって沈んじゃう。でも、沈む前にすぐに目の色が変わって…肌の色も青くなって…そしたらすぐにこちらを攻撃してくる。そのせいでまた犠牲者が出ることもあった」

 

ああ、タウイタウイってとこも、ここの昔や、自分がいた宿毛湾と同じような最低の人間のところなのか。しかし、悲しむ暇もなく、すぐさまつい先ほどまで一緒だった仲間が間を置かずにこちらに砲を向ける敵になる。その恐怖は満潮を身震いさせた。

 

「その時もあたし、陽炎、そして不知火と他で出撃してた。不知火は、あの無表情だから洗脳がちゃんと効いてたかわかんなかったみたいなんだよネ。結局、ああなったってことは洗脳されていなかった。そうあたしは思ってる。そうして出撃先で陽炎が大破。もちろん、次のエリアに進めば主力艦隊で、これをつぶせばそこの海域を奪取できる。進撃した。そして、陽炎は攻撃を喰らって耐えきれなかった」

 

ギリ…とそこで漣は思い出したのだろう、その瞬間を。怒りが込み上げてきたのか、歯を鳴らした。

 

「陽炎はすぐさま今言ったみたいに深海棲艦と化した。陽炎は深海棲艦に変わる合間にこちらに攻撃してきた」

 

………

 

「陽炎!!やめて!やめてよ!」

「………憎イ…殺シテヤル」

 

「……陽炎…姉さん」

 

艦隊は大パニックで誰一人陽炎を止める者がいなかった。しかし、つい数分前まで駆逐艦「陽炎」だった子が、即座に深海棲艦となり、仲間に襲いかかるなどと誰が思うだろう?

 

即座に深海棲艦に変わると言うのはよほどの怒りや憎しみで心が満たされていて沈んだ時くらいである。それはよほど稀であり、本来ならば一旦海に消える。そうして海の底で憎しみを蓄え、形をゆっくりと変え、艦種にあった深海棲艦と成り果て、再び浮上し、艦娘や人を襲う。陽炎のように憎しもないのに深海棲艦となることは前例がない。単に、タウイタウイの提督、大府が報告しないだけで。いや、彼にとってはそれすらも興味がない。だから状況を聞くことも、それをレポートすることも。そして報告することもなかった。

 

「陽炎さん!やめてください!」

「陽炎!やめろ!」

 

「………」

 

仲間の制止も聞かず、攻撃を繰り出す陽炎。深海棲艦の砲撃とは違う砲の音が響き、こちらに砲を向けていた腕が飛んだ。

 

「………!!」

「!?」

 

撃ったのは漣だった。大きく目を見開き、動揺の中に覚悟を決めた目をしていた。このままでは仲間が全滅してしまう!そう思った漣は自然と手が動いていた。何の躊躇いもなく陽炎を撃った。撃ってから、なんてことをしてしまったんだ…と後悔した。しかし、こうでもしなければいけなかった。あんなクソ提督のせいで自分は曙も撃った。曙もすぐさま深海棲艦と化したから。もう一度同じことをしなければならないと言う覚悟を決めて。

 

「か、陽炎…姉さん…?」

「……コロス」

 

もう片方の手を、名を呼んだ不知火に向けたのを見た漣は、再び撃った。頭と胸を。2つの穴が空いた。赤い血が不知火にビシャっとかかった。陽炎の血だ。頬についた血を手で拭く。手のひらにはベッタリと姉の血がついた。深海棲艦の青い血ではなかった。それは、姉の血だった。

 

「ねえ…さん」

「不知火」

 

目が合う。最後に、光さえ吸い込むかのような光のない目は光を取り戻し、陽炎は笑った。そして。

 

 

ごめんね。

 

 

そう言って沈んで行った。最後の最後で自我を取り戻し、洗脳も解けて。そして…妹の前から消えた。そうして、不知火は姉を失ったこと。そして、それを仲間だと思っていた漣が撃ったこと。この事実が、不知火を殻に閉じこもる原因となった。感情はよりなくなり、深海棲艦を滅ぼせと言う提督の命令を、自分の命が危機に瀕しても実行し続けた。不知火の目からは、漣は時々しか映らないし、声も聞こえない。

同時に、自棄になり、自分の命よりも陽炎の命を奪うきっかけを作った深海棲艦を、仲間が嘔吐しようが何をしようが破壊し続けた。

 

壊して、壊して、壊して、自分を傷つけて。自分に怒りや恨みをぶつけることもなく、ただただ恨みを深海棲艦にぶつけるかのように、深海棲艦を破壊し続けた。

 

「ぬい…お願いだよ…恨むならあたしを恨んでどうにかしなよ!!自分を傷つけて壊してまで深海棲艦を壊しても何もないでしょ!?」

「漣。あなたは悪くはありません。深海棲艦と化した陽炎を沈めなくてはなりませんでした。ですから、悪くはありません」

 

「嘘だ!!ならどうして漣を見ようとしてくれないの?無視するの!?」

「………」

 

「聞けよ!!!都合よくいきなり見えない、聞こえないフリしてんじゃねえよ!!!」

「………」

 

「…あのクソ提督……!!あのクソ提督が曙を…陽炎を…!」

「司令を悪く言うのは不知火が許しませんが」

 

「うるせえよ!曙と陽炎を殺した張本人だ!!何が司令だ!!!そんなのだけ聞いて反応してんな!!!よく見ろ!!あたしがあんたの姉を殺した漣だ!!!!!あたしが!!!陽炎を!!!撃った!!!恨むならあたしを恨め!!!!恨んで!!!憎くて!!!憎くて憎くて憎くて憎くて!!!!憎くてあたしだけしか見るな!!!!」

 

「…出撃の時間か…」

「…クソ…クソクソクソクソクソクソ!!!!何もかも全部クソだ……!クソだあああああああああ!!!!あーーーーーーーはははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!」

 

狂ったように笑った。狂ってくれた方がこんなに胸が張り裂けそうにならなくて済むのにな。笑いながら涙が止まらなかった。曙を手にかけて以降、こんなクソみたいな事態を作りたくなかったのにな。もう泣くのはこれまでだ。

 

心に  鍵をかけよう

そうすれば痛くないから。

漣ちゃんは みんなを笑わせるピエロだ。

さあ、行こう。泣くのはこれで。

これで終わりだ。

 

 

ぬい…ごめんね。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

吼えるように叫び、慟哭した。絶対に届かない漣の不知火への謝罪。やってしまったことの罪は重い。

 

「仲間殺し」の漣と自ら鹿屋でも名乗った。あまりみんな近寄ろうとはしなかった。不知火のただならぬ雰囲気も相まって、近寄らなかった。けど、少しずつそのおちゃらけた性格からか、警戒は解かれ、鹿屋でも友達ができた。漣は一線を引いていたが。自分からドジなことをしたり、胸を鷲掴みにして怒られては笑って、しょうがない子だ、と笑って済まされるようになった。

 

けどいつまで経っても不知火は自分を見てくれなかった。ピエロを演じるのも疲れた。疲れ出した頃、なぜか横須賀へ行けと言われた。悪態ばっかり吐く提督にイライラしっぱなしであったが、その悪態を言われるのも最後か。不知火と引き離そうとする提督に真正面から噛み付いたが。まあ、横須賀に不知火も来てくれたのはありがたかった。あの提督は何がしたかったのだろうか?

 

そしてここへやってきた。厄介な艦娘はここに回されると鹿屋の提督が言っていた。まあ、たしかに自分も、不知火も、そしてついでに、と流された山城も。厄介極まりないだろう。山城はここの扶桑や時雨、最上、そして目の前で一生懸命朝潮の脚をもんでいる満潮のおかげか、ブツブツと暗い言葉を発するのは減った気がする。なんでか知らないが、市松人形みたいな髪型になっていたが。

 

あれはもうそっくりすぎて草ァ!であった。

 

………

 

「そう、あんたも何ていうか…苦労してきたのね」

「朝潮っちや満潮っちも大変だね…あの霞っち、どうしてああなったのか気になってたんだけどさ…」

 

「もう元には戻らない。けど、司令官が大事にしてくれてるし、お世話も艦娘みんなでしてるから」

「そっか…でもあたしは提督なんか嫌いだよ。人間は嫌い」

 

「人間は私も嫌いよ。司令官以外は」

「わ、私も…司令官は信用できますが…」

 

「ふーん、信用してるんだね」

「何より霞のことを気にかけてくれるから。別にあの人は自分を信用してくれなんて言ってない。日頃の接し方で信用してるだけ」

 

「艦娘最終処分場。そう言われてるみたいだよ、ここ」

「そうかもね。霞や、いらないと言われて放り出された吹雪や私達。横須賀にもともといる艦娘も、もう他には行けないでしょうし。でも、それでも。ここは私たちにとって大切な『家』であり。私たちは『家族』よ。ごっこ遊びでもいい。それでも私たちは繋がってる」

 

「そう他人が言っていても気にはしません。ですが、ここの『家』や『家族』の繋がりを壊そうとするのならば、たとえ誰であれ容赦はしない覚悟です。朝潮たちに居場所を下さった司令官。そして、みんな。朝潮の大切なものです」

 

強い眼差しだった。「この国と人間を守れ。そのためだけに艦娘はある」とタウイタウイで言われ続けてきた言葉を根底から覆す2人の言葉。国もこの国の人間も。海を守ることすら放棄した艦娘。ああ、海を守ることで『家族』を守っているのか。タウイタウイはもちろん、鹿屋とも違う横須賀の艦娘たち。

 

なるほど、艦娘の使命を放棄した艦娘たちか。たしかに、よそでは使い物にならないだろう。必然的に、まあ国と人と海を守っているのならいいんだろうけど、ここの提督のもとでしか機能しないだろう。

 

「艦娘の使命を放棄したね。じゃあ、あんただって艦娘の使命を放棄してない?不知火のために動いているんならね」

「………そう、だねぇ。あはは、それもそうだ。だったらあたしだってここにいて然るべきだね。満潮っち言うねぇ」

 

「包み隠してごちゃごちゃ言うのは嫌いなのよ」

「満潮っちらしいね」

 

クスクスと漣が笑う。艦娘の使命を放棄した艦娘なら、自分もそうだ。ならここに来るのは当然か。

 

「新たに建造されてしばらく経つ古鷹や祥鳳、ゴーヤやイクもすっかりそれに染まってる。この鎮守府全員の目的は、ここで普通の生活がしたい。普通、ってのがピンとこないでしょうけどね。姉さん、お風呂で寝ないで」

「ふにゃっ!?朝潮は寝ていません!」

 

「もう…ま、これで終わりよ」

 

こつんと額と額を合わせる。ぼんやりと何か2人が光ってないか?普段なら漣は「あら〜」と言って茶化しそうだが、何とも不思議な雰囲気にじっとそれを見つめていた。

 

「カチ…カチ…カチ…」

「…カチ…カチ…カチ」

 

満潮がまるで時計の音のようにリズミカルに音を口ずさむ。朝潮は目を閉じてワンテンポずれて音を刻む。何をやっているのだろうか。

 

「カチカチカチ」

「カチカチカチ」

 

2人の刻むリズムが合わさっていく。朝潮の表情はどこかとろけているような…恍惚としているような。満潮はそんな朝潮を見つけ続け、ひたすらにリズムを刻む。

 

キィィィン…と言う音と共に、朝潮と満潮を白い光が包み、最後に眩い光を発して消えた。同時に2人のカチカチと口ずさむのも止まった。

 

「朝潮姉さん。終わったわよ」

「ふぁい…」

 

「な、何してたの…?素っ裸でそんなことしてたら、秋雲がいたら薄い本になってそうだけど…」

「何よそれ…朝潮姉さんの体内のリズムを整えたのよ。どうして私がこんなことをできるようになったかは知らない。けど、姉さんの体内で何かがカチカチ言ってるのが聞こえたの。でも、それはすごい歪で…だから、試しに今みたいにリズムを合わせてみたら、姉さん、すっごい調子がよくなったから」

 

もう目から鱗が止まんねえぜ。そう漣は思った。この鎮守府は不思議なチカラを持った艦娘が多すぎる。朝潮のことも、満潮のことも。きっと、他の艦娘もぶっ飛んだチカラを持ってるんだろう。

 

「これのめんどくさいところは姉さんがうつろになることなのよね…」

「ああ、うん。手伝うよ」

 

フラフラとうつろに…トロンとした目。半開きの口。間違いなくトリップしていた。2人で支えてようやくフラフラと歩き出す。こうなると1時間はボーッとしているらしい。ただ、そのあとはいつもの朝潮に戻り、体の疲れはすっかり取れ、脚も問題ないと言う。すげえぜ。ただ、これは朝潮にしか効果がないらしく、朝潮専門の癒し屋、と言うことらしい。明石曰く「調律」と言うらしいが漣にはさっぱりわからない。ああ、自分が不知火の調律者になれればなぁ、としんみり思った。だが、貴重なものが見れた。艦娘はまだまだ不思議なものだ、と自分も艦娘だがそう思える。

 

「ありがと。しばらく朝潮姉さんを見てなきゃいけないから」

 

そう言って満潮はボーッと座っている朝潮に異変が起きないかを見守るために部屋から朝潮の意識が覚醒するまで動けない。漣はそこまで付き合う気はなかった。じゃ、と言って満潮たちと別れ、ある所へと向かった。それは。

 

「執務室」

 

ノックをすると「はーい」と元気のいい声が返ってきた。提督だ。部屋に入ると、大淀や鳥海たちと忙しく書類を処理していた。

 

「漣か。珍しいな」

「はーい。どうも、珍しい漣ちゃんですよー」

 

「何か大事な話か?」

「うーん、まあそんなとこです。ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」

 

「いいぜ。どう言う内容かな」

「ぬいぬいのことです」

 

「不知火か…」

「満潮っちから聞きました。ぬいは…不知火は空っぽだって。でも、それは空っぽのフリなんだろうって」

 

「……そうだな。不知火は自分を守るために感情を殺している。そう、考えているよ」

「………ぬいは…ぬいはあたしをまた見てくれるようになりますか?」

 

「何かに苦しんでる顔だな。漣が不知火に無視される理由が何かあるのか」

「そう、ですね」

 

「それは漣が何かをして解決するのか、時間が解決するのかはわからない。ただ、不知火のタウイタウイと鹿屋で凍っていた心は動き出している。そこに漣が動いてもっと溶かせるのか、漣次第だろう。ただ、もしかしたら、漣が苦しんでいることを、不知火は知っているのかもしれない。でも、きっかけがないから漣に語り出せないでいるのかもしれない」

 

「苦しめているのはあたしですよ」

「さて、それはどうかな?」

 

「えっ?」

「漣がそう思ってるだけで、不知火はそうは思っていないのかもしれない。腹を割って話そうと言っても、不知火は聞き入れないだろう。漣は不知火は自分のせいで苦しんでいると思っている。不知火は自分のせいで漣が苦しんでいると思っている。お互いがすれ違っているから、話にならないのかもな。難しいだろ」

 

提督が言っていることがよくわからない。しかし、ギュウ…と胸に手を当て、チカラを込めて握るほど…胸にこみ上げるものがあった。ジクジクと傷をほじくられているような痛みが漣を襲う。蓋をしていた記憶が蘇る。陽炎のこと。

 

「きっかけは突然やってくるのかもしれない。やってきたときにどうするか。それは漣と不知火の問題になる。ただ、絶対にやっちゃいけないことが1つだけある」

「……それはなんですか?」

 

「逃げるな」

 

微笑を浮かべていた提督の顔がキッと鋭くなり、真っ直ぐな目で漣を見つめた。その一言にドクンと心臓が跳ねた。それは、もし不知火と真剣に話をするきっかけがやってきた場合、おちゃらけて陽炎のことは伏せていようと。流そうと思っていたこと。それを、強く止められたのだ。

 

「逃げるな。包み隠さず、本当のことを話して、自分が悪いのなら謝る。そうすれば、相手もしっかりと話してくれるかもしれないな。だから、逃げるな。逃げれば、それでもう修復は不可能だよ」

「逃げない……」

 

「そうだ。『勇気ある行動は人の心を開く』だよ。俺の大切な人が言っていた言葉だ。ま、なかなか実行できないんだけどな…」

「勇気ある…行動は…」

 

「不知火もいろいろと苦しんでいるのかもな。霞や霰から聞いた話だと、不知火は不知火で何か苦しんでいるんだろう。空っぽのフリをして、何かから逃げているんだろう。漣、俺が信用できないのはわかる。だったら、満潮でも、誰でもいい。ここの子を頼ってみな。きっとチカラになってくれるから。な?」

 

この人は自分が提督をどう思っているか見透かしていたか。悔しいけど、この人には勝てなさそうだ。とりあえずありがとうございましたと心のこもってないお礼を言って彼を苦笑させてから退室した。

 

ぬい…。

 

いつめぐってくるかわからない機会に、漣は不安を覚える。梅雨らしく、外は雨がザアザアと強く降っていた。まるであたしの心だね。誰か傘でもさしてくれない?心が寒い…寒いよ。誰か、助けて。

そう思うと、何故だか久しぶりに涙がこぼれた。彼女の心も、氷が溶け始めていた。




漣の過去。そして今まで引きずっている苦悩。艦娘とは何なのかと言う苦しみと、満潮たちが言う艦娘のあり方。横須賀にやってきて様々な変化と話で悩める漣。そして、同じく揺れ動く不知火。

彼女たちが歩み寄れる日は、いつか。彼女たちの苦悩はしばらく続きます。

それでは、また。
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