提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百十四話

司令官から焦らずにいこうと言われてから少し経って、少しだけ落ち着いた満潮の心。それでも、まだ燻った感じでもやもやとしていた。

自分には何ができるだろう。寝ても覚めても今はそれだけを考えていた。戦いで何かを見つけるしかないと思っているのだが、イマイチどうすればいいのかわからない。夕立のような超攻撃的で攻める戦いは慎重になりすぎてできない。雪風のように回避に特化したのはどうかと思えばついていけない。時雨や霰のように戦況を見渡せる司令塔も、彼女たちの方が上だ。

 

何も取り柄がないじゃない、私って。

 

ふん、と1人中庭のベンチで自嘲した。戦闘は平凡。頭脳も平凡。平凡なイチ駆逐艦では、戦闘で輝いて司令官に貢献することはできない。平凡。それが満潮の頭を悩ませた。横須賀は変わった能力を持つ艦娘が多い。

 

超本能型攻撃を行う夕立。

踊っているかのように攻撃を回避する雪風。

ふわふわと流れが読めない響。

冷静な駆逐艦の司令塔、時雨と霰。

そして、ゼローマックスーゼロの緩急が凄まじい姉。朝潮。

 

姉さんにはあって私にはない。あのチカラがあれば私も…と思ったが、あんなことは真似ができるはずもない。あんなことをしたら足が砕ける。姉さんはよく…。

 

そこでハッとなった。姉さん、脚は大丈夫なんだろうかと。何度も何度もアレを繰り返し、自分の固有能力だからと練習しているが、そうだ。脚が砕けるんじゃないかって今自分で思ってるのに!!ガタリ、と勢い良く立ち上がっていてもたってもいられなくなった。

 

………

 

結局その日、朝潮の様子を夕方から寝るまで眺めていたが何もない。

 

「姉さん、どこかおかしいところはない?」

「満潮、どうしたの?大丈夫よ。私は何もないわ」

 

そう言われてしまっては何もできない。けど、一度不安になると全てを自分の目で確認し、安心できるまでは頭の中を台風のようにあれこれと考えが渦巻いてしまう満潮の性格。石橋を叩いて渡るどころか叩きすぎて粉々にしそうになるのだ。

 

翌日、満潮は朝潮の動きを注視していた。もうこうなった満潮はただただ朝潮ばかりを目で追いかけていた。いつものようにゼローマックスーゼロの練習を繰り返す。少し前より動きが鈍い。ような気がする。

 

「姉さん、大丈夫?」

「満潮、どうしたの?私は何もないわよ。昨日も言ったでしょう?」

 

「そ、そうだけど…」

「ふふ、でも、心配してくれてありがとう。ちょっと休憩するわ」

 

「うん…」

 

満潮は見逃さなかった。自分と会話している最中に、朝潮の膝が笑っていること。そして、去りゆく際に、左足をわずかに引きずっていたこと。満潮の表情が少し険しくなった。

 

そうして練習終了後、朝潮は部屋へ戻ると言い出した。

 

「私は少し休んでから行くわ。大潮たちは先に行ってきて」

「あら〜、つれないわねぇ」

 

「ごめんなさい…」

 

朝潮は大潮たちと別れ、部屋へ。満潮はさっきより足を辛そうに引きずっている朝潮が気になった。ドックへ行き。脱衣場にて。

 

「あ、ごめん。忘れ物をしたわ。大潮姉さん、荒潮、先に入っていて」

「あらあら、満潮姉さんもぉ?満潮姉さんも最近様子が変だからぁ、心配だわぁ」

 

「う…ご、ごめん。考え事が多くって…」

「満潮ちゃん、何かあったら大潮に頼ってね…荒潮ちゃんもいるから」

 

「ありがと、うん。相談させてもらうわ」

 

手を振ってドックを後にし、急いで自室へ戻る。いるはずだ。自分の部屋に。様子のおかしな姉が。ガチャッと部屋のドアを開け、ふすまを開け、中を見る。すると…。

 

「痛い……痛いよ…」

「朝潮姉さん!」

 

「!?み、満潮……」

「呆れた…何してるの」

 

「い、いえ、別に…」

「足が痛いんでしょ?ずっと今日引きずってたみたいだし。左足、見せて」

 

「だ、大丈夫よ、ちょっと…痛いだけで」

「泣くほどなのにちょっとなの?」

 

「う、うう…」

「どうしてこんなになるまで放っておいたのよ!もう!」

 

「ぐあっ!!いた!痛い!」

 

朝潮はちょっと膝を動かしただけで苦痛の表情を浮かべた。もう足は限界のようだった。素人目にも、これ以上姉を走らせれば、取り返しがつかないことになる。満潮はゴクリ…と生唾を飲み込んだ。気づけてよかった。朝潮も自分と同じで何かと司令官に恩返しがしたい。自分にできることは戦うこと。なら、戦いで司令官に認めてもらうしかない。そうして、何か走るコツを掴み、朝潮にしかできない走りを見出した。

 

しかし、こうなるまで鍛錬を積み重ねて…慌てすぎだ。自分も焦っていたが、朝潮はそれを司令官はおろか姉妹にも伝えなかった。だから焦りが積りに積もっているんだ。だから壊れる一歩寸前だったんだ。

 

「姉さん。姉さんはしばらく練習禁止ね」

「えっ!?そ、そんな!練習をサボるだなんてとんでもない!」

 

「サボるんじゃない!このままやったら絶対姉さんは壊れる!足が壊れる!走れなくなるわよ!?」

「…………」

 

走れなくなる。その言葉に顔が引きつった。走ることが大好きで、それが自分の得意なことである。そう信じているのに。それができなくなってしまったら何が残るのか。それは…それだけはダメだ。

 

「わかった…」

「よし。嫌って言ったら司令官に言いつけてやろうかと思ったわ」

 

「そ、それはダメ!絶対ダメ!!」

「じゃあ、とりあえず1週間練習禁止ね」

 

「うぐっ…わ、わかりました…」

 

ガックリとうなだれる朝潮。そりゃそうだ。練習に命を賭けているかのように毎日練習に明け暮れていたのにそれを取り上げられては…。

 

「あはは、あははははは!!!満潮!くすぐった!いた!いたたたた!あはははははは!」

「じっとしててよ!」

 

とりあえずふくらはぎをもんでマッサージしてみようと思った。ふくらはぎは岩のように硬い。凝りすぎているんだ。とは言え、理屈も分からずに揉んでもかえってよくないか…。うーん…ここは、そうだ。あの人に明日聞いてみよう。

 

「あはははは!み、みちし!だ、だれかたすけて!あはは!いひひひはははは!!!」

 

考え事をしていた満潮は手だけをただ動かしてやめようとせず、大潮と荒潮が帰ってくるまで朝潮はくすぐったいのと痛いのとで地獄を味わった。

 

 

翌日、満潮はまず手始めに図書室へ行った。まずは人間の筋肉の構造やどうすれば効率よく凝りをほぐしたりできるようになるのか。そう言ったものを調べたくなったのだ。朝潮のふくらはぎ、太ももの筋肉はガチガチに使いすぎて凝ってしまっているから。横でマンガを読んでいた最上がギョッとしていたが気にしていられない。本で読むだけじゃわからない。次はでっかい図鑑を持ち歩きながら工廠へ向かう。

 

「うわお、満潮さん。整体師にでもなるの?」

「そうよ。無理をしすぎて歩けなくなりそうな人がいるからね。でも、私だけじゃ無理みたいだから、わかりそうな人に聞きにきたの」

 

「え、マジで…?」

「姉さんよ。他の子とは違う走り方をして、今足を痛めてるから1週間練習禁止にしたの。部屋でしょげかえってるわ」

 

「あらら…それはかわいそうに。でも、ちょうどよかった。私もね、朝潮さんの走りの詳細を教えて欲しいって誰か探してたとこなんだ。見て、これ朝潮さんの水上ブーツ。どうやったらこんなボロボロになるのかなーって」

 

「そう…それ、これからメモしていくわ。明石さんも協力してよね!」

「はいはーい!うちもタチの悪い姉がいーーーっぱいいるから、そういうのガッツリ勉強したからさ!」

 

こうして満潮と明石は協力関係になった。満潮は明石に教えてもらったことを凄まじいスピードで吸収していく。艤装のことも。足の筋肉のことも。腰、肩、背中、首。全てに足から負担が広がっていくからそれの予防策、ほぐし方。艤装のことも。

 

(すっごい、この子すっごい頭いい。全部吸収していく…!)

 

明石も舌を巻くほどの賢さだった。すぐさまモノにしていく。

 

そうして、朝潮にすぐ実践していく。島風が痛いと泣き喚いた足の疲れと首や腰などのマッサージも全部試した。

 

「ふぁ〜…」

「あ、朝潮姉さん?みんなの前で見せたらまずい顔してるわよ〜」

 

「気持ちよさそうだなぁ…満潮ちゃん、大潮にもしてよぉ」

「だーめ。これは朝潮姉さん専用よ。大潮姉さんには…ちゃんと…腕ね」

 

「あぁ〜…なにこれきもちいい〜」

「大潮姉さんまで…」

 

「荒潮もやる?荒潮は腰にきてるけど」

「わ、わたしは遠慮しておくわ〜」

 

姉2人のとんでもない顔を見て何かがダメになりそうな気がした荒潮は苦笑いして拒否。満潮の勉強と実践が始まった。

 

朝潮の練習に許可を出すと、「今日は練習を見学させてください」と鹿島に相談し、ただじっと鹿島の隣で朝潮の動きを見続ける。ノートにブツブツ言いながら書き込んでいく。

 

「最初の一歩は…右。止まる時は左足…チカラがたぶんこうかかる。止まる時は…で、次の一歩は…」

 

具合が悪いからかと思ったが、朝潮の動きをただただメモしていく。最初は要点だけだったり、走り書きだったりするが、そのうちびっしりと文字が並び、図や「ふくらはぎ 負荷80%」などと言った詳細が細かく書かれていく。水上ブーツの破損箇所や傷を細かくイラストにし、わかりやすくまとめられていく。その時の満潮の目は鋭く、一挙一動を見逃すまいと、鹿島の大きな声さえ聞こえていないのだ。

 

「あ、あり、ありがとうござい…ました」

「姉さん、お疲れ様。ほら、ほぐしにいくわよ」

 

「満潮、ちょ、ちょっと…」

「ダメよ、早くしないとまたおかしくなるから!」

 

「あ、あああ、待ってー!」

「姉さん!ブーツ貸してください!」

 

「ああ、大潮姉さん。これも明石さんに持っていって」

「らじゃー!」

 

「じゃあ、荒潮はドックが空いたら知らせるわね〜」

 

満潮のノートを大潮に渡して朝潮を連れて行く。一体何なんだろう?仲のいい姉妹どころか第八駆逐隊で朝潮さんをかなり優遇してるというか…?2週間に1回ほど、満潮は朝潮のメモを取るようにしていた。止めはしない。きっと、何かすごいことになると鹿島も思っているから。

 

……

 

ある時朝潮のメンテをしていると、どこからともなく音が聞こえ出した。

 

カチ カ…チ ガチ カチ

 

耳障りだった。何の音かわからず、イライラしながら足をもんでいたのだが、もみ終わって耳を済ませると、音がやや改善されていた。疑問に思いながらもその日を終えたが、気にしの満潮はそれが気になって気になってたまらなかったのだ。ヒントは姉のメンテ中だったこと。そして、メンテが終わるとよくなったリズム。ヒントはきっと朝潮姉さんにある。

 

すやすやと寝息を立てて眠る朝潮の胸に当てる。トクントクンと言う心臓の音と同時に…カチ…カチ…と音が聞こえた。これだ。図書室の柱時計のようにカチカチとリズムを刻む朝潮の何か。これを掴めば何かあるかもしれない。姉さんをもっと楽にできるかもしれない!そう思って疑問が一つ解決したので眠りについた。

 

翌日も朝潮のメンテ中にカチカチと聞こえ出す音。間違いない。やっぱり姉さんから聞こえている。

 

「姉さん、ちょっとごめん」

「ん?み、満潮!?」

 

額と額をくっつけると頭に響いてくる朝潮のリズム。

 

カチ…ガチカチ…カチ…ガ…チ

 

リズムがひどい。たぶん練習直後で足も体も疲れているからだろう。

 

「満潮…あ、あのその…」

「静かにして。聞かせて。姉さんの音…」

 

満潮が意識を集中すると別の音が聞こえる。

 

カチカチカチ

カチ…カチ…カチ

 

時計のような音だけが満潮の耳に入ってくる。このせっかちな音は大潮姉さんだろう。ゆっくりしているのは荒潮。今リズムがおかしいのは朝潮姉さん。

 

「カチ…カチ…カチ…」

「み、満潮…カ…チ…カチ」

 

姉さんだけの音に集中しよう。もっと聞かせて…。もっと深く。もっと大きく。

 

「み、満潮ちゃん…」

「静かに。きっと、姉さんのいたぁいのを取るために何かしてるのよ。満潮姉さんにしかできないと思うから」

 

「カチ…カチ…カチ…朝潮姉さんの音はこんなリズム。さあ、続いて…カチ…カチ…カチ…」

「あ、あう…カチ…カチカチ…カチ…」

 

違う。ズレている。もっともっと。姉さん。いつも私たちのことも考えてくれてありがとう。厳しいけど優しい姉さん。姉さんがしてくれた優しさを、私は姉さんを癒すってことで返したい。だから、もっと。もっと聞きたい。姉さんの優しい音。

 

カチ…カチ…カチ…

カチ…カチ…カチ…

 

揃った!これが姉さんのちゃんとした音!力強いけど、優しい。姉さんの性格そのものね。体のリズムが整ってる。ああ。これ、私も何だか心地いい…。ずっとこれを聞いていたいな。

 

「ふう…」

「………」

 

「満潮姉さん。どう?朝潮姉さんは」

「うん。今、音が揃った。今、姉さんの体中の音がきれいに揃った…」

 

「音…聞こえないよ?」

「……そっか。私にしか聞こえないんだ」

 

「すごいわぁ、満潮姉さん」

 

結局、朝潮だけなのかわからなかったので、満潮はそれが「調律」と知らず、朝潮だけではなく、大潮、荒潮をも調律し、骨抜きにした。

 

「あぅ~…」

「しゅ、しゅごいわぁ…」

 

「何てだらしない顔してんのよ!」

「ら、らってぇ…」

 

大潮、荒潮曰く、骨抜きにされる気持ちよさらしい。朝潮もハードな練習の後のささやかなお風呂前の楽しみになったらしい。満潮にリズムを整えてもらってから入るお風呂は、もう最高の解放感で、体中の疲れが爆発して外に飛び出ていくくらいだそうだ。

 

「ちょ、ちょっと!何よ!みんなして!」

「まあまあ、満潮ちゃん!リラックスしてくださいね!」

 

「うふふふふ♪満潮姉さぁん。いつも、ありがとう♪」

 

「私たちばかりではいけないと思って。満潮には私たちがしてもらっていることはできませんが…こうすることでせめてものお返しです。この一ヶ月、満潮にいろいろしてもらって体がとっても毎日軽いわ。ありがとう。満潮のような妹がいてくれて、私、朝潮はとても誉れ高いです」

 

「そうだよ!いつもありがとう!」

「満潮姉さんにはいつも助けられているものねぇ。これからもぉ、荒潮のお姉ちゃんでいてね?」

 

「私たち3人で、司令官に相談してケーキも用意したの。一緒に食べましょう!」

「さあさあ!満潮ちゃんがまず好きなところを取ってね!おすすめはこのイチゴが多いところだよ!」

 

「ふ、ふん!どうも!……お礼だったら、私だって言いたいわよ。朝潮姉さんは私やみんなのことを考えてくれて…ここへ来ることもできて…いつも厳しいけど優しくて、司令官に私たちの体調のこともいろいろと…気を遣ってくれて。大潮姉さんは…いつも元気で…何か悩んでるといっつもどうしたのって声をかけてくれて…元気元気って…いつもうるさいくらい元気をわけてくれて」

 

もうダメだ。もう、我慢できない。ぽろぽろと涙がこぼれる。私は、こんなにも姉妹に気をかけてもらって。荒潮とはケンカもしたけど…。

 

「荒潮とは…ここに来る前も、来てからもケンカをしたわね。ひどいことも言ってごめんなさい。けど、私、これからも私と一緒にって言ってくれて…すっごく嬉しかった。私はみんなに支えられて頑張れる。だからみんなに何か返したかった。お礼なら私だってみんなに言わなきゃいけない!朝潮姉さん、大潮姉さん…荒潮!みんな、ありがとう。みんな、大事な…姉さんと…妹。みんな…大好き…」

 

「う、ううう、みぢじおぢゃああああん!!!!」

「わあ!!!大潮姉さん!何よ大げさすぎよ!!

 

「グス…うう、朝潮は…朝潮は…感激…感激して…!!!」

「うふふふ♪デレた満潮姉さんもかわいいわね~」

 

「何がよ!?ほら、早くケーキ食べるわよ!!」

 

恥ずかしさと嬉しさでもうめちゃくちゃの中、食べる姉妹が買ってきてくれたケーキは、とってもおいしかった。

 

………

 

ある日朝潮の動きやクセを逐一毎日まとめたノートを持って明石のもとへと向かった。明石に頼まれていたのだ。修理をするにしても、同じように修理しては同じことにしかならないのでどんな力加減の割合なのかなど、詳細が欲しいと言われ、一ヶ月待ってほしいとお願いして、ようやく朝潮のまとめノートができたのだ。これでも満潮はまだ納得したデータとは思っていないほどであるが。

 

「いらっしゃーい!待ってたよこの日を!もう朝潮さんのデータが喉から手が出るほど欲しくって!」

「お待たせしてごめんなさい。これでもまだ(仮)のデータよ」

 

「おおう!いいですね!こういうデータって言うのは日々変わるからね!データ取りにこれで終わりはないですよ。よかったら、今度は一週間に一回の頻度でデータをください」

 

「わかったわ。とりあえず、はい」

 

やったー!と嬉しそうな明石。読むからちょっと待っててね。とビーカーに入れられた大和サイダー。ちびちびと飲みながら、明石を見ている。明石はものすごい真剣な表情でノートを読んでいく。

 

最初の方はおおざっぱなデータで参考にはならないが、2週間を超えた辺りからのデータがもう普通の人なら細かすぎて把握できないほどのデータ量だった。踏み出す第一歩の歩幅、踏みしめたときのチカラ。フルブレーキングでの足の角度、スピード、制動距離、さらにそこからの蹴りのチカラ、股関節や腰への負担。明石の頭に膨大なデータがインプットされていく。それと同時に修理箇所と当てはめて修理の設計図ができる。楽しい。これを計算しながら直すのは…絶対楽しい!!!

 

「満潮さん、ありがとう!!これ、すっごくいい資料だよ!!このノート、返すね!」

「え、いいわよ、ないと資料にならないでしょ?」

 

「だーいじょうぶ!頭に全部入れたから!よーし!さっそく修理するぞー!!!」

「え、ええ!?」

 

「あ、明日からまたデータお願いね!!いやぁいい助手ができたぞー!」

 

明石が輝いていた。キラキラしている。そうして朝潮の水上ブーツをいそいそと修理するのであった。

 

別の日には満潮が朝潮になってポーズをとる。

 

「ふむふむ。じゃあ、この時の一歩は他の一歩より大きいんだね。股関節にすごい負担がかかるね。前のめりだから腰もか。走行中は手のふりが激しい、か。じゃあ腕のここの筋肉に負担がかかってる感じ?」

 

「ええ、そうね。ここもカチカチがすごく悪くなるわ。足の付け根は姉さんが痛いって最初泣いていたところの1つよ。膝、足首、足の付け根はとくにひどいわね。ここのせいでカチカチがいつも狂うわ」

 

「カチカチ?」

「時計の秒針みたいな音よ。身体の調子が悪いと、朝潮姉さんも大潮姉さんたちもみんな調子が悪いの。だから私がいつも整えているのよ」

 

バサリと明石はノートを落とした。それはたしか「調律師」しか聞こえない音。明石も姉たちの調律をせざるを得ない状況だったのでやってみたが、とても疲れるもので滅多にできなかった。新しくやってきた艦娘のおかげで自分は艤装やブーツの整備。彼女たちに姉の身体の調律をやってもらい、毎度倒れそうになっていた調律と調整の激務から解放された。

 

なんてことだ。姉から最悪、調律も任されるかもしれなかったのに。特に朝潮は「女王の座に最も近い」と龍驤から称される艦娘。女王の調律は並大抵のことじゃない。特に「調律師」の称号を持つ者でなければ。満潮はまさに艦娘の中で奏でる音を捉え、それを正す能力を持っている。自分をしょっちゅう役立たずなんて自虐してるけど、役立たずなんてとんでもない。今後の朝潮の未来を輝くものにする光ある艦娘じゃないか!

 

「満潮さん!」

「わあ!?な、何よ!?」

 

「満潮さんのその聞こえる音は、特別な人にしか聞こえないんだよ!満潮さんのチカラは、朝潮さんを輝かせるための最っ高のチカラ!それは、今この鎮守府では満潮さんにしかないものなんだよ!」

 

「えっ!?」

 

明石は「調律師」のことを説明する。単に身体の疲れを取るためだけでなく、体内のリズムまで整えるそのチカラは貴重な存在であり、誰も彼もが持っているチカラでも、そう簡単に目覚めるものでもない。今の横須賀では唯一無二の能力なのであると。

 

「私に…そんなチカラが…?」

「そうなんですよ。それは、とっても大切なもの。朝潮さんを。大潮さんや荒潮さんをも輝かせることができるチカラです。うーん、ちょっといろいろとあたってみます。このまま終わらせるのは惜しいですから。しばらく、私と満潮さんだけの内緒ってことで」

 

「は、はあ…」

 

「調律師」のこと、満潮が記してくれた朝潮のデータを研究したいため、作業に没頭してしまった明石はもう何を言っても満潮の話を聞きやしない。諦めて工廠を出る。妖精さんもバタバタ忙しそうだし、邪魔になる。

 

「私…私だけのチカラ…?ううん、きっと他の艦娘にもいる。でも…大事にしなきゃ。よし…よし!!」

 

役立たずじゃない。活躍の機会は無限にある。明石にそう言われた時、私は飛び上がるほど嬉しかった。私には私の役立つチカラができた!ちょっと焦っていたけど、姉さんのことで必死になってたら…できた!だ、だめよ、何よその変な顔。鏡に映ったニマニマした変な顔。まあ、でも、嬉しい…嬉しい!

 

「よーし、やるわよ!」

 

満潮は体をうーん!と伸ばしてやる気満々で部屋へ戻っていった。「調律師」満潮がここに誕生した瞬間であった。




新年、あけましておめでとうございます。今年も拙作と三条玲司。そして横須賀の艦娘をよろしくお願いいたします。

新たなチカラを持って「調律師」満潮。爆誕です。こうして満潮と明石合同のもと、朝潮の改善策を模索していきます。

次回、新「女王」の誕生です。

それでは、また。

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