提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百十五話

秋津洲と言う「調律師」を仲間に加え、満潮はさらに調律師としてのチカラをつけていく。それと同時に、朝潮や姉妹の調律も練習としてこなしていく。そして、もうひとつ。満潮には新たな仕事が与えられ、毎日忙しい日々を送ることになった。

 

/工廠

 

「朝潮姉さんの水上ブーツを作るって…そんな簡単に言うけど…」

「正直私も久しぶりだから、戸惑ってる。『原初の艦娘』でない艦娘のために作る、私渾身の水上ブーツを作るって言うのはね。これはデータにもない。今までの艦娘にもない、初めてのこと。そして、これを作るって言うことは…」

 

「言うことは、何?」

「新しい『女王』が生まれるか。それとも、私が朝潮さんを壊してしまうか。2つに1つ。これは大きな賭けになると言うこと」

 

朝潮姉さんが壊れてしまう。その言葉に満潮は凍りついた。司令官のために。私たちのために。日々凄まじい成長を遂げ、何よりも走ることが大好きな姉が…走れなくなってしまう…。そもそも女王って何?いや、それはそうと。

 

「………それは、それは…可能性があるってことで、絶対ではないわよね?」

 

「絶対ではない。でも、これに関してはデータがないからね。龍驤姉さんや島風ちゃんたちは、一緒に生まれた姉妹だから。「血」の繋がりはなくとも、艦種が違えど「魂」で繋がってる。だから、データも取りやすかったし、癖なんかもよくわかった。でも、朝潮さんはそんな繋がりはない。データも癖も、私はこの満潮さんがくれたノートでしか、わからない。じっくり見ても、姉妹のようにはいかない」

 

でも、と明石は続ける。一見、きれいに修復された朝潮の水上ブーツを満潮に見せながら続ける。

 

「姉さんの…ブーツ」

「もう、限界だね。このブーツは。いろんな部品をつぎはぎで直しては来たけど、もうもたない。普通に走る分には当分もつ。でも、もう朝潮さんの固有能力を使ったらこのブーツは限界を超える。だから、もうこうなったら作るしかない」

 

姉さんが今までやってきたことがこれが壊れてしまえばもう無駄になってしまうかもしれない。だが…何とかして、嬉しそうにチカラのことを話し、自分を頼ってくれる姉を…こんなことでもうダメだから…とは口が裂けても言えるはずがない。チカラが使えなくなれば、姉さんが痛みに苦しむこともない。でも…。

 

「明石さん。姉さんとここに来てもいい?私だけで決められないわ」

「……そう、か。そうだね。じゃあ、朝潮さんも交えてお話ししましょ」

 

そういうと、ええ、と言って満潮は出ていった。

 

「そんな大きい話、満潮だけやと手に負えんわなー」

 

ムクリとソファーで昼寝をしていたふりで話を全部聞いていた龍驤が起き上がった。龍驤は明石とのお喋りが好きだ。明石の艤装を整備する音も好きで、よく寝れるんだとか。

 

「ってか満潮を朝潮をダシに脅すなや。『女王』になるの確率の方が気持ち朝潮は高いんや。自分かて知っとるくせに。『女王』を名乗らんでもええけど」

 

「あははは、満潮さんが1人でやってってお願いするかどうか試してみたんだよね。満潮さんは1人で何でもやっちゃう性格だから」

「アホやのう」

 

「むっ、それどういうこと?」

「お前がまだ未熟って姉やんやうちが言うんはそう言うとこや。艤装やデータでしか人を見てないから、そう言う言葉が出てくるんや。答えはどうやった?」

 

「朝潮さんに聞いて連れてくるって」

「満潮は1人で何でも解決しようとしたか?」

 

「………」

「よその満潮はそういう風に行動するっちゅう()()()()()()()()()()でしか見てないからそうなるんや。満潮は独りよがり。朝潮は忠誠心だけで動く。そうかもしれん。せやけど、お前ここに何ヶ月おんねん?ええ加減うちら姉妹がおったらそれだけでええって言う考えは捨てえやって、うちここに来て何べん言うた?横須賀に異動してきたんやから明石かて横須賀の一員や。ええ加減ここの一員になりいや」

 

仲間と言えど一線を引く明石。「契の女王」としての傲りなどではない。ただ明石が仲間に入るのが怖いだけなのだ。知識や理論などで理論武装をし、そのデータ内のことでとりあえず穏便に済ませる。ケンカになったり、自分が悪いと思われないように。

 

「満潮はお前を仲間で。艤装のことならスペシャリストやから本気で相談に来た。朝潮をほんまにどうにかしたいって理由で。工廠にこもってあんまりここの子らと交流しようともせんと。真剣に悩んでる満潮相手に、また理論武装でいくんか?そんなんで、朝潮に最高のモンが作れるんか?」

 

「………ここのところ毎日満潮さんとやりとりをしてきた。大潮さんとも。2人ともほんとにいい子だね。真剣に私にぶつかってきてくれる。時々様子を見に来てくれる扶桑さんも、ほんとに私を心配してくれてる。私を…その辺の提督みたいに真似してそこの工作艦とか、言わない。大本営の艦娘みたいに、仲良くしようと思っても『契の女王』だからって向こうから線を引いたりしない…。

明石さんって、ちゃんと名前で呼んでくれる。私を本当に心配してくれる。満潮さんも本当に、ありがとうって…さすがは明石さんねって」

 

「ほんなら、やることは1つちゃうか?」

「うん…うん!」

 

龍驤の胸で声を殺して泣く明石。工作艦の際立った能力ゆえにいつも整備を押し付けられた。おい、とかお前とかしか言われない。極め付けは通りすがりに聞いた「あの工作艦に全部押し付けてしまえ」などと名前さえ呼ばれない。艦娘が持ってきてくれて、楽しく話をしようとしても、線を引かれていると感じてそれすら嫌になった。

だったらこっちからだいたいの艦娘の性格をデータとして取り込み、データ通りに接した。姉や父、兄だけはちゃんと心を開いた。もうそれ以外の艦娘や人間はどうでもいい。そう思っていたのだけど。兄率いる艦娘はどうだ。ちょっと艤装を直しただけでも、今までなら当然、と言う感じの艦娘たちだったが。

 

「ありがとう、明石さん!」

「うわぁ、すごいや!明石さん、すごいよこれ!」

 

「明石さんわりい!また壊しちまった!忙しいのにごめんな…?」

「うふふ、ありがとうございます。お礼に飴ちゃん、食べてくださいね♪」

 

みんながお礼を言うし、笑ってくれる。名前もちゃんと呼んでくれる。たまらなく嬉しかった。

 

「またですかー?もう、次は気をつけてくださいよ」

 

そう嫌味を言っても「ごめんなさい」と言う言葉が返ってくる。ああ、嫌な奴、と自己嫌悪していたのだが…。みんなはちゃんと私を仲間だと思ってくれてたんだね。ごめんね。私はひどい奴だ。

 

「明石をここへ動かしたんは、明石を明石と見てない連中のせいで疲れとる明石をどうにかしたかったからなんやて。お父ちゃんには明石に内緒なって言われとったんやけど。まあ、あんたが玲司のおまんま食わな仕事せえへんって言うワガママに乗じて…ってのもあるけど」

 

お父さん…!ごめんなさい!そう思ってくれてたのに!

 

「ごめんなさい…!みんな、ごめんなさい!!ああああああ!!!」

「うちに謝られてもなぁ。謝るんやったら真剣にあんたを頼っとる子らにちゃんと謝りや」

 

強く頷いて泣いていた。まあしゃあないのう。と龍驤は思った。ここの子らはみんなええ子やから。ひとりひとりが輝いている。そんな中で、朝潮が一層輝くチャンスが回ってきただけだ。それを輝かせることができるのか、壊すのか。明石のプレッシャーも大きい。けど、仲間の支えがあるなら、きっと明石もステップアップができるんじゃないかと龍驤は思っている。

 

(見せてみいや。『契の女王』明石のチカラ!)

 

………

 

なんだか目が腫れている明石にちょっと戸惑いながらも、満潮は朝潮を連れてきた、事情は明石が鼻声ながらも伝えた。朝潮も驚きの表情だった。そうして満潮も朝潮のデータを取っていたことを説明した。びっしり書かれた自分の走り方を記したノート。朝潮は何が書かれているかわからないが、満潮が自分のことを考えてくれていたことに、すごく嬉しくなった。

 

「それで、今から朝潮さんに聞きたいんだけど…私が朝潮さんの水上ブーツを作ろうと思うの。でも、私が作ったものとなると、今までの履き心地も変わると思うし、もしかしたら…合わずに朝潮さんの脚が壊れてしまうかもしれない…それでも…」

 

「明石さんが直してくださったブーツ…最近だと、おそらくですが、満潮が取ってくれたこの…私のデータ。これをもとにいろいろと考えてくださっていたんだな、と思います。とても、なじむものでした。いつも、ありがとうございます。満潮も、ありがとう」

 

満潮はそっぽを向いている。頬をポリポリとかく癖は恥ずかしいけど嬉しい時の仕草だ。朝潮はクスッと笑った。大潮も荒潮もよく最近は気を遣ってくれる。申し訳ないと思う反面、心配してくれるのはお姉ちゃんとしては嬉しい。

 

「私は明石さんを信じます。明石さんと満潮が考えてくださったものに、間違いはないと確信しております!どうかよろしくお願いします!」

 

深々とお辞儀をする朝潮に心打たれた明石。フッと笑う龍驤。満潮も笑う。

 

「よーし、じゃあ朝潮ちゃんにとって最高のブーツを作るぞー!」

「あ、朝潮ちゃん!?」

 

「あ、あれ、ダメ…だったかな…」

「い、いえ!ちゃ、ちゃんと呼ばれるのには、まだ…慣れていなくて…」

 

「ええ?雪風や皐月たちからも、扶桑からも言われてるでしょ?」

「そ、それは慣れたんだけど…明石さんは…いままでさん付けだったので…その…ちょっと、恥ずかしいですね…」

 

演習ではあの勇ましい朝潮の恥ずかしがる姿は龍驤にとっては新鮮だったらしく、ツボにハマる。明石もデータにはない朝潮の姿がとてもかわいらしかったようで、キラキラと言いながら足のサイズを測ったりしていた。

 

「よっし!じゃあこれで私が責任をもって朝潮ちゃんのブーツを作ります!満潮ちゃんには協力を引き続きお願いね!」

「わかったわ。姉さんはとりあえず普通の練習をして。いい?絶対チカラを使ったらダメだからね!」

 

「わ、わかったわ…」

「それじゃあこのことを兄さんに説明してくる。満潮ちゃんもお願い」

 

「し、司令官に言うんですか!?」

「そうだよ。やっぱりこう言うのは提督に伝えるものだから。内緒ではできないね」

 

「ど、どうしても、ですか…?」

「ん?どないしたんや。内緒にする必要はないやろ」

 

「で、ですが…私のブーツのことくらいでは…」

「どうせ、そう言って期待させておいて期待外れだったときにがっかりされて捨てられるとか思ってるんでしょ」

 

「うっ…」

「はぁ…やっぱり。いい?司令官は!ぜ・っ・た・い!そんなことを考えたりしない!」

 

「それとね。やっぱりこう言う開発って資材をある程度使うんだよ。ある程度の予測を言っておかないといけないんだ」

 

「例えば、今燃料が5万あったとするやろ。出撃でだいたい毎日1000くらい使うとしようや。まあ、遠征で確保したりでプラスになるのもあるけど、それは無視。司令官は1日1000やから、まあだいたいこんくらいはもつわって計算をしとるんよ。せやけど、明石が内緒でこれを作って、500使うたとしよ。で、だいぶ減ってきたなぁって時に、やばい敵の攻撃があった時、予想以上に資材が減ってたらどうなる?」

 

「……なんでこんなに減ってるのか…と慌てると思います」

「そういうことや。1000の減りと1500の減りじゃ数ヶ月後の計算とは絶対大きな狂いになって、いざっちゅう時にごっそり減ってて、余裕をもった戦いができんくなるかもしれへん。せやから、必ず報告がいるねん。朝潮の命にも関わるかもしれへんからな」

 

「わかりました…」

 

「そんな不安がらんでええて!玲司のことやから二つ返事でオッケーやわ!ほないこかー」

 

明石と龍驤の気楽な雰囲気にちょっとリラックスする朝潮。満潮も玲司を信じている。

 

「ああ、いいよ。明石、悪いけど頼む。朝潮は楽しみにしてような」

 

本当に二つ返事だった。あんぐりと口を開けて司令官を見る朝潮と、ほら見なさいと言った表情で朝潮を見る満潮。やったー!と喜ぶ明石。

 

「朝潮が毎日頑張っているのは知ってるし、見てる。満潮が一生懸命お姉ちゃんのために勉強しているのも知ってる。それをさ、ダメなんて言えないだろ。頑張っている子の可能性は無限!これって最高だろ。だからさ、報告はしてほしいけど、いくらでもやってくれ、明石」

 

「はーい!がんばりまーす!」

 

「朝潮。何も気にしなくていいんだよ。朝潮は頑張ってるんだ。いつも頑張ってるな。きっと、明石が最高のやつを作ってくれるから。しばらくは普通の練習な。アレは出来上がるまで禁止!」

「は、はい!」

 

「満潮、今の聞いたな?もしやったら朝潮のおやつ抜きで。少しは足も休息は必要だろうし」

「わかったわ。姉さん。約束は絶対だからね」

 

「そうか。うちから『女王』ができるか」

「ねえ、司令官。龍驤さんや司令官が言う『女王』って何?」

 

「ああ、それはな」

 

女王。原初の艦娘やジェネシスにしかない称号。他の艦娘にはない固有能力とそれによる圧倒的なチカラを持つ艦娘だけが持つニノ名1つ。

 

『刃の女王』や『炎の女王』『雷の女王』のような『女王』の称号もあれば『ハヤブサ』や「黒狼』のような固有名詞もある。誰が名付けたか、そこまではわからないがいつの間にかそう呼ばれていた。長い時を経て、新たな『女王』と言うニノ名を持つのか、それとも磯風達のような名を持つのかはわからない。ただ、自分のところの艦娘から『女王』が生まれるのは玲司も嬉しい。それが自分が有名になるからではなく、艦娘「朝潮」の成長を喜んでいるのだ。

 

人間にひどい目に遭わされながらも自分を慕ってくれて、よく司令官のために強くなると言う目標を聞かされた。自分はそんな風にならなくていいよと言っても、私は頑張ります!と透き通った目で見られてはね…と思った。満潮から話を聞いていたが。痛くとも決して投げ出さず、頑張ってきたんだ。きっとその努力が花開くんだ。その時が来た。

 

「姉さんが、そんなすごい名を…龍驤さんたちのように…」

「あー、まあ、んなこと言われてるけどうちはあんま気にせんなぁ。まあ、うちらからうちは『女王』やで!とか言うたりもせんし」

 

「『炎の女王』なめんなやって怒ってボッコボコにすること、あるけどね…」

「そんなん言うたかなぁ」

 

「ええ…ま、まあ別に名簿になんとかの女王!とか載ったりもしないし、結局は横須賀の朝潮ちゃんは朝潮ちゃんで、何も変わらないから安心してね」

 

龍驤や明石はこう言っているけど、自分の姉が龍驤や明石達のように名を連ねると言うのは…誇らしい気がする。

 

「朝潮。これからも頑張ろう。でも、とりあえずしばらくは休もう。休むことも仕事のうち。な?」

「はい。司令官がそうおっしゃるなら…」

 

「よし。じゃあ、そういうことで。うーし、仕事仕事ー!」

「お手伝いします!」

 

朝潮は当分、司令官の仕事を手伝うらしい。満潮はとりあえず明石と共に工廠へ向かうことにした。

 

「さーて!じゃあ、作っていきましょうか!満潮ちゃんの朝潮ちゃんデータが絶対にいるの!だから、お付き合いよろしく!」

「……ん。わかったわ」

 

「あ、でも秋津洲さんとの『調律』の練習もあるんだよね。その時は抜けてもらっていいからね」

 

そう言って作業台に立つ明石。座って見守り、朝潮のデータを細かく明石に教えていく。いつものようなパパパッとした艤装の作成じゃない。慎重に、慎重にデータと睨めっこして組み立てていく。ちがーう!とバラして1から組み立て直していくことを繰り返す。

 

「違うわ。姉さんの踏み込みは親指にチカラがすごいかかるから、ここに…」

「おおう、そっか。あ、これだね!すっごいチカラだね!そうすると、また中の構造が変わるわね」

 

「満潮ちゃーん!練習するかもー!」

「は、はい!今行きます!」

 

「うん、行っておいで。満潮ちゃんには大事なことだからね。『女王』の調律は、本当に大変だからね」

「うん!」

 

………

 

午前は明石と艤装作り。午後からは秋津洲との調律の訓練。神経をめちゃくちゃ使う。鹿島との訓練を丸一日やったかのように、夜はクタクタになる。

 

「あ〜…」

「こめかみをこうやるといいらしいわよ〜」

 

「満潮ちゃん、凝ってますねー!」

 

夜はお風呂上がりに大潮と荒潮がマッサージをしてくれる。そして大潮達が寝ても、その後に調律の反復と朝潮のデータのまとめ直し。過密スケジュールだった。

 

「ごめ、明石さん…ちょっと、そこのお布団借りるね…」

「徹夜は乙女の敵よ!寝て寝て!」

 

「明石さんだって…」

 

鹿島が昼になっても食堂に来なかったので見に来たら、明石と一緒に布団で寝てたり。試行錯誤を繰り返しながら少しずつ、形になっていくブーツ。

 

「ちょっとこれ履いてやってみて」

「わかったわ!」

 

とりあえず完成したブーツを朝潮に履いてもらって試走。が…。

 

「す、すみません!!!」

「いとも簡単に壊れた…」

 

「あーいいのいいの!これじゃダメだね!朝潮ちゃん、ごめんね!これじゃ製品未満だよー。作り直し!!」

「データ取ったわ。ここが変更点よ」

 

「サンキュー!」

 

………

 

「姉さん、もう寝て!お願いよぉ!」

「このままじゃ満潮がダメだわ!」

 

「おやすみの準備できましたー!」

「ううう…不覚だわ…」

 

「オラァ!明石ぃ!!お前何日寝てないんや!?港湾水鬼みたいな目つきになっとるで!?」

「なぁに…たったの6日よぉ…」

 

「寝れ!!!」

「やーだー!まだできないのぉ!」

 

「じゃかあしい!!おら横になれぇ!」

「あー!オフトゥンー!!!ダメー!寝ちゃうー!!!Zzz……」

 

……3週間後

 

「こ、これで…これで…!」

「できた…わ…できたわ!」

 

幾多の徹夜とそれによる激怒の嵐を受けながら、ようやく形になった、朝潮の水上ブーツ。満潮の調律と、この目で姉の走りの全てを見てきたと言っても過言ではないほどの濃密な朝潮のデータ。同時に『契の女王』としてのチカラを十二分に発揮して作り上げた、最新の技術をふんだんに盛り込んだブーツ。

 

『海を疾り。そのチカラを全て受け止め、そして荒ぶる海を自在に疾る。その秘められたチカラを解放し、海をも噛み砕くかの如く者。それはまさに『牙』!疾れ、波を噛み砕け『牙』よ!今ここに…『契の女王』の名の下に、この艤装を…駆逐艦朝潮に捧げる』

 

明石がそう唱え、最後のネジを締めると同時に、朝潮の水上ブーツは眩く輝いた。やがて何事もなかったかのように、静寂を取り戻す。

 

「これでもう、これは朝潮ちゃんだけのもの。何者にも使えない。本当に、朝潮ちゃんだけの…もの。私の。『契の女王』だけが作り上げることができる…世界にたった一つの艤装。さあ、持っていって」

 

「え?でも明石さんは…」

「私は演習場で待ってるからさ。これを渡すのは満潮ちゃんの役目だよ」

 

手に持ってみる。驚く程軽い。羽根のようだ。すごい、姉さんは足に羽根を着けるのか。そんな気分だった。こんな大役、私じゃなくて…でも、やっぱり姉さんに渡したい。

 

カチ…カチ…カチ…

 

艤装から音が聞こえる。これは…朝潮姉さんの音。

 

「気づいたね。朝潮ちゃんの音。もうそれは朝潮ちゃんとリンクしてるんだよ。だから、朝潮ちゃんにしか履けないんだよ」

「私…行ってくる!」

 

 

「姉さん!できたわ!姉さんのブーツ!ほら、早く!行くわよ!」

「み、満潮!?ちょっと待っ…わあ!」

 

部屋でバナナをもしゃもしゃしてた朝潮を強引に引っ張り出して無理やり連れて行く。大潮と荒潮は目を合わせたあと、あんな興奮してキラキラした満潮は見たことがなく、何だかおかしくなって笑った。朝潮達のあとを追いかける。

 

演習場でおそるおそるブーツに足を入れる。履いた瞬間、キュッと朝潮の足に吸い付くような感覚。まるで今までずっと履いてきたかのように、しっくりとくる履き心地。

 

カチ…カチ…カチ…

カチ…カチ…カチ…

 

何もかもがしっくり来る。満潮がいつも言っているカチカチが規則正しく聞こえる。足が軽い。体まで軽くなってきた気がする。

 

「さあ、姉さん。準備はいい?」

「ええ。朝潮、行きます。行きます!」

 

ドッと右足を蹴る。その勢いは大きな水柱を立てた。うおっ!?と摩耶が驚く。速い!!一気にトップスピードへ。そして、フルブレーキング!今まで見てきた以上の水柱が立つ。朝潮は鋭い目つきで的を見る。

 

「姉さん、どう?」

「……一段階あげてもいい?」

 

「ええ。姉さんが大丈夫と思うなら」

「いきます!!第二段階!!」

 

ドンッ!と砲弾を撃ったかのような音と水柱を上げて走り出す。そのトップスピードは比ではない。ブレーキングも凄まじく、かなり踏ん張らないといけないらしく、制動距離も長くなった。が、満潮が今まで見ていた辛そうな顔ではない。膝と足首、ふともも、ふくらはぎ。全てに電撃でも走ったかのような痛みはなさそうで、何か物足りなそうにしている。

 

「うん。ブーツがしっかり衝撃を吸収してるね。バランスが取れていない、修理してつぎはぎだらけのブーツだと、チカラを吸収しきれずにチカラが全部足に行っちゃうんだよ。満潮ちゃんが朝潮ちゃんの全ての癖、チカラの逃し方、ブーツのチカラへのかかり方。見てよこれ。満潮ちゃんのノート」

 

僅か1ヶ月でびっしりと書かれた数冊のノート。走り書きの文字とイラストが書かれたノート。事細かくびっしりと文字と、チカラのかかり方○◯%。角度◯◯。体への負担。調律したときの状況。全てが細かく書かれたノート。もはや科学者か何かのようだった。現場では走り書きと簡単なイラストを取る用のノート。制作の手伝いと調律のあと、姉妹が眠っているときに走り書きノートをきれいにまとめて図も細かく記したノート。細かく丁寧で、それでいてわかりやすいノート。どちらも数冊、びっしり余すことなく書かれていた。

 

「『調律師』でありながら『観測者』でもあるんか。何でや。何で…こんな…こと…」

 

ただただ驚愕しかない。横須賀、大湊には多数のこう言った能力を持つ艦娘が集まり出している。幌筵にもそうである。ここの満潮は特に「調律師」と同時にあらゆる艦娘の能力を数値化、データ化する「観測者」と呼ばれる珍しい能力を持っている。「観測者」は『刃の女王』陸奥も持っている。今は朝潮にしか視えていないが…。

 

「私にももうわからない世界だよ、横須賀は。でもね…面白くなってきた!」

「うちもや。なんや…めっちゃおもろなってきたやんけ…!」

 

(ふーん、すっかりこの子達も横須賀の仲間として、頑張れているのね)

 

「3本目!姉さん、思い切り行って!」

 

朝潮の目にはなぜだか無限に広がる海が見えた。狭い演習場ではない広い海。足からチカラが湧いてくる。

 

(とまったあと、もうかたほうのあしをふみだしてみて)

 

今のは誰だろう。いや、今はそんなことより思い切り走りたい!朝潮は思い切り右足を踏み出した。すごい衝撃が顔にくる。頭を誰かに押さえつけられているような。左足でフルブレーキをかける。膝を少し曲げ、衝撃を少しでも和らげる。凄まじいパワーが足にのしかかる!今までのようないわゆる上靴のようなものではなく、走り出しの際は足首を柔軟に動かせるが、フル制動の際にはしっかりと足首を固定して足首から膝、筋肉に負担をかけない本当のブーツのような設計で明石と満潮の研究で作り出した。バランスよく脚にチカラを分配し、負担を分散させて脚へのダメージを防ぐ。

それでも左足にかかった凄まじいパワーが、朝潮が踏ん張ってもなお逃げずに襲い掛かる。これこそが、朝潮の特に左足を痛めつけたものだった。このままでは左足が…!

 

(いまだ!けりだすんだ!)

 

「おおおおおおお!!!」

 

誰かの声の通り、右足を思い切り蹴り出した。するとどうだ。目の前の巨大な水柱を切り裂いて、水の刃が飛んでいく!!その刃は、前方にあった擬似標的を粉々に破壊する!!左足に蓄積された凄まじいブレーキのチカラを右足で蹴り出すことで発散させたのだ!

 

「すごいじゃないか、朝潮。ハラショー!」

 

軽く息を切らして佇む朝潮を、響が興奮した様子で感激していた。よきライバル。よき友人。よく怒られているが、朝潮はそれでも、自分が心配した際に笑ってくれたり、自分がグロッキーになっていると心配してくれたりと気を遣い、遣われる。競争しても最近は負けることが多かった。

特別な練習を始めてからは「ああ、そうか。なら勝てるわけがないね」と朝潮の練習を満潮と同じくらい見守った。何もできない自分が悔しかった。足を痛がっている時も、満潮を呼ぶことしか…。でも、それよりも、何よりも。朝潮が私の前を走るなら。私も並べるくらい頑張ろうじゃないか。別のことで何か。今はこっそり練習中だ。待ってて朝潮。必ず追いついてみせるからね。

 

(待っていますよ。響さん)

 

ハッと気づくと朝潮が自分を見ていた。そして、笑っていた。言ってくれるよ。そこに辿り着くのは楽じゃないよ。でもさ、その顔。ちょっとイラッとするからさ。待ってなよ。必ず。必ず追いついてやるさ。不死鳥の名は伊達じゃないんだ。不死鳥はどこまでも翔べるんだ。見てなよ朝潮。ウラー!!!

 

………

 

最初は2人で、よく大潮たちも巻き込んで駆けっこをしたものだ。私がいつも前を行き、彼女は転びそうになりながら後ろをついてきていた。結局鹿島さんに怒られて2人で走っていたね。また負けたと悔しさを滲ませては、何度も挑んできて、でもずっと私が前だった。

いつの頃からか、どうやっても前に出られなくなった。すごい蹴り出してグングンと前をゆく。悔しいから私も走り込みをした。電に今のはどうだろう?と聞いて。電のアドバイスで万全を来しても差は開く一方だった。

 

「すごいね。もう朝潮には駆けっこで勝てないね」

「………」

 

寂しそうだった。でも、私はまた言うんだ。負けるってわかっていても。

 

「悔しいから、今日も勝負を挑みにきたよ。今日は負けないよ。ウラー!」

「は、はい!勝負は受けて立つ所存です!」

 

「負けた…」

「ありがとうございました!」

 

笑ってた。腹が立つくらいのドヤ顔でありがとう何ていうもんじゃないよ。

やがて特別な練習を始めて、もうあまりに辛そうなので「勝負だ」とは言えなかった。苦しそうに足を押さえる彼女に声がかけられない。

 

「大丈夫かい?」

 

そんな月並みな言葉しか出なかった。声にならない声ではい、と行った時、自分には何もできない無力さを思い知った。満潮に任せるしかない。でも、それで何もしないのは馬鹿じゃないか。朝潮は私の前を走ってるんだから。私だけが、立ち止まっていていいわけがない。私も走ろう。君が前を走るなら。君が前で戦う剣なら。私が君の背中を守る盾になろう。私には私のできることをやるまでだ。未だうまくいかないけど。

 

負けないよ、朝潮。

負けませんよ、響さん。

 

これもいつからだろうね。拳と拳をコツンとぶつけ合う、私たちだけの合図。無意識にやっていた。クタクタで満潮と大潮に運ばれている時でも、朝潮はチカラなく拳を出してきた。私はそっと拳を当てた。いっつもふたりで負けない負けないと言いながらも拳を合わせて。

 

「響さんには…その…感謝しています」

 

そう言った時、私は心底変な顔をしていただろうな。

 

「何ですかその顔は!人がせっかく感謝を述べたのに!」

「いや、頭でも転んで打ったのかと」

 

「打っていません!!失礼な人ですね相変わらず!」

「で、なんで私に感謝を?」

 

「……この人はほんとに…響さんのおかげだからですよ」

「私の?」

 

「響さんが駆けっこを挑んでこなかったら。いいえ、その前に私が来て間もない頃に言ってくれたこと。響さんの背中に追いついてみろって言葉」

「ああ、朝潮の反応がおもしろくて挑発したやつだね」

 

「…………」

「冗談だよ。怒らないでよ」

 

「時々冗談に聞こえないんですが」

「すまないね。ああ、言ったね。見事に追い抜かれてしまったよ。でも、それは朝潮の努力があったからだ。私も手を抜いたわけじゃないよ。本気だった。すごいことだ。朝潮にしかないチカラを手に入れたんだ」

 

「ですがそれは響さんのおかげです。響さんが発破をかけてくれなければ、こうなることはなかったでしょう」

「どうだろうね。きっかけは私かもしれない。けど、掴み取ったのは朝潮だ。私でなければ別の何かだったろうさ」

 

「結果としては響さんのおかげです。ですから、響さんにお礼を」

「……そうか。けど、だからと言ってまだ負けてはいないと思っているよ。私は私なりに、君の背中を追うよ。君が前を行くなら、私は君の背中を守れるくらいにはね」

 

「……待っています」

「よし、じゃあ駆けっこしようか。勝った方が今日の夕飯のおかずを好きにもらえる」

 

「いいでしょう。受けて立ちます!」

 

結果は当然、朝潮の勝ち。満潮に面倒を見てもらってからは調子もいいらしいし、やっぱり速い。ぶっちぎりで私の負けだ。悔しい。

 

「朝潮は速いね」

「島風さんには及びませんが」

 

「あれは次元が違うよ」

「ま、まあ…」

 

「待ってて」

「はい?」

 

「必ず、朝潮の背中に追いついてみせるから。今度は私の番だ」

「はい。待っています」

 

そう言ってまた、拳を合わせたね。朝潮。私を友達と呼んでくれるかい?

 

当たり前じゃないですか。

 

………

 

「響ちゃん、いいのですか?朝潮ちゃん、すごいのです!」

「知っているよ。もう、私たちのやり取りは終わっているから」

 

「???」

「私も頑張らなきゃね」

 

………

 

横須賀の仲間からすごい歓声が上がる。すごいじゃないか!ともみくちゃにされる。それを潜り抜けて司令官のもとへたどり着いた。

 

「し、司令官…」

「…頑張ったな、朝潮」

 

その一言と、スッと伸びた頭を撫でる手に、朝潮は感極まった。

 

「し、しれいかん…わたじ…あざじおは…」

「これからも、よろしく頼むよ」

 

「はい…はいっ!!」

 

ビシィ!と涙を流しながらも見事な敬礼を司令官へ。それを見てまた頭を撫でる。満潮も頑張ったなーと頭を撫でると真っ赤になって怒っていた。玲司は笑っていたが。

 

「これで、1人。横須賀に女王が誕生だね」

「さしずめ、明石が『牙』って言ってたから、あの子は『牙の女王』と言ったところね」

 

「新女王の誕生の瞬間をこの目で見れるたぁなぁ。長生きするもんやな。ま、かわいらしい女王やこって」

「あら、それなら磯風や島風だってそうじゃない?」

 

「まあね。おもしろいなぁ。ウズウズするよ」

「川内。演習をするには早いわ。まだまだ、横須賀も、大湊も。もっと伸びてもらわないとね。これからの未来は、今2人の提督に託されているのよ。幌筵の人も含めると3人か。ふふ、いい感じね」

 

「まあまあ。今は新しい女王。ああ、いやいや朝潮を祝ったろうや。玲司のおいしいもんが食べれるで!」

「はーい!いただきまーす!」

 

「赤城?食べ過ぎはいけませんからね?」

「……はい」

 

こうして、横須賀鎮守府に新たなチカラを持つ朝潮と満潮のコンビが生まれたのであった。「牙の女王」朝潮。そして、「調律師」であり「観測者」満潮。響も新たなチカラ目指して努力を続ける。横須賀鎮守府は新たなチカラを持って、西方海域へと挑んでいくのだ。

 

………

 

ブーツは更なる調整のため、明石に預けて朝潮はドックに向かう。ただ、大浴場に入って汗を流すためだ。ドックの前には響がいた。

 

「やあ。お背中をお流ししましょうか」

 

その時の朝潮の顔は、凄まじくひどい顔だったと思う。失礼なことをしてしまったが、あの響がそんなことを言うものだから怪しさ300%。怪しすぎた。日頃の行いは大事である。

 

結局頭と背中を流してもらうことに。響はなんだかご機嫌であった。表情は霰と一緒であまり変わらないが。

 

「で、何を企んでいるんですか?」

「企むなんてとんでもない。友達の快挙を祝うのは当然じゃないかな」

 

「そう、ですか…ありがとうございます」

「朝潮」

 

「はい?」

 

響が拳を突き出していた。それは2人だけの合図だ。

 

 

2人だけの、友情の証。

 

 

お堅い朝潮。自由すぎる響。水と油のように合わないくせに。ケンカばかりしてたのに。お互いが認め合う仲だ。姉妹という垣根もない。まあ、駆逐艦同士くらいしか合わないんじゃないかな。それでも、この数ヶ月、濃い付き合いをしたんじゃないかな。ああ、あと超絶負けず嫌いなところはそっくりか。

 

「負けないよ」

「私もですよ」

 

そう言ってコツンと拳をぶつけ合う。それは特別な証。負けないよ。一緒に頑張ろう。そういう意味も込めて。

 

「でも、やっぱり胸の大きさでは私の勝ちだね」

「は?」

 

「ほら、並んでみると私の方が大きいと思わないかい?」

「どこがですか!?私の方が大きいです!」

 

「よく言うね」

「なら触って確かめればいいじゃないですか!」

 

そう言って響の手を取って胸に手をやった時だ。

 

「朝潮ちゃんおめでとう!すごいよ……ね?」

「ふ、吹雪さん!?」

 

「やあ吹雪。見ての通りちょっと取り込み中なんだ。頭でも洗って待っててくれるかな」

 

「あ、いえ。お気遣いなく。どうぞ、私は出ますからごゆっくり…」

「吹雪さん!?なんで逃げるんですか!?待ってください!違うんです!誤解です!!」

 

「自分から触らせておいてそれはないんじゃないかな」

「黙っててください!!吹雪さん!待って!」

 

「あははは…失礼しましたー!」

「ああああああああああああ!!!!???」

 

その後、吹雪を説得するのに大変な労力を費やし、満潮にリズムが狂いすぎてるんだけど!?とひどく心配されるのであった。

 

『牙の女王』朝潮。その苦労は、絶えない…。




新「女王」朝潮の誕生でした。いろいろと詰め込んだらめっちゃくちゃ長くなってしまいました。

夕立や神通達はまだ「女王候補」と言うだけですが、もほぼ確定しています。いずれは女王と名乗れるでしょう。

そろそろ少しずつですが西方海域の攻略に出ます。刈谷提督の活躍もご期待ください。

それでは、また。

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