提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百十七話

/鹿屋基地

 

カサカサと紙をめくる音が静かな執務室に響く。能代達は帰投。ドックへと向かわせ、その後は龍田や球磨も執務室から追い出し、作戦指示書を先ほどから何回も何回も見直していた。ミスはないか。抜けはないか。何か異常はないか。何度でも、何度でも。だが、自分が立案した指示書に何一つミスはないと信じている。

 

あるはずがない。あってはならない。絶対に。何が何でも。自分に1つでもミスがあれば、艦娘が死ぬ。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「提督はほんとマメですよね。ちょっとは息抜きも大事ですよ。ほーら!間宮さん行きますよ!」

 

昔、たった1人だけ沈めてしまった艦娘が言っていた言葉だ。今みたいに難しい顔をしていると眉間のシワをつままれて怒られた。今の艦娘は絶対やらないだろうな。いや、1人いたか。自分の過去と、方針をただ1人信用し、伝えたアイツくらいだ。

 

「無理してると、後がもたないわよ〜」

 

昔を思い出していたら同じように眉間のシワをつままれて、クスクスと笑われた。それは赤橙の着物を着た彼女ではなく、今の秘書艦「龍田」だった。

 

「入ってくんなって言っただろが」

「顔色、悪いわよ〜。もう3時よ。寝なきゃだめよ」

 

「うるせえ。ほっとけ」

「リランカの作戦の見直し…ではないわね。全て見直しているの?」

 

彼のテーブルには夥しい紙が散らかっていた、海図、大本営からの指示書。自分がおこした作戦指示書。自分で書き起こした作戦報告書。自分が記した交戦予想図。ありとあらゆる書類が散らばっていた。能代達が帰ってきたのは昼過ぎ。そこから刈谷提督はずっと何も飲まず食わずで海図を見比べていたらしい。

 

「もう。しょうがないわねぇ。何か作りましょうか?」

「……うどん」

 

「はいはい。きつねうどんね〜」

 

龍田はそう言って隣のキッチンへと向かった。刈谷提督の執務室は自室とキッチン、風呂が繋がっている。極力艦娘との関わりをせず、外へ出ずにいる。そのほうがいいんだ。関わりを持つのはもうやめだ。

 

………

 

「はい提督!きつねうどんでーす!間宮さんがお肉をサービスしてくれたよ!」

「悪いな。間宮も気を利かせなくてよかったのにな。ってかきつねうどんに肉追加はねえだろ…」

 

「いいじゃないですか、お得感ありですよ。それにしても提督はステーキが食べたいとかそれくらい贅沢言ってもいいと思うけどなぁ」

「俺はいいんだ。お前らで食え」

 

「もう。間宮さんに提督の分も作ってもらいますから!」

「おい」

 

ズルズルときつね(プラス肉)うどんを食しながら雑談をする若かりし頃の刈谷提督。相棒の航空母艦「飛龍」と。1番の相棒であり、妻のようだった。彼が提督として初めて手に入れた空母だった。初めての空母の運用は難が多く、苦労した。マメな性格の刈谷提督は空母だけにとどまらず、すべての艦種に関してノートを取り、事細かく出撃して失敗した際の反省点などもびっしりと書かれている。飛龍は提督のその性格と合ったのか、お互いにああだこうだと議論したまとめのノートがどっさり。だからか、距離が近かった。

 

「ん、うめえ!」

「次の作戦の確認ですか?根を詰めてやるのはいけないって、いつも言ってますよね?」

 

「ぬぐっ、ゴホッ…そ、そりゃそうだけどよぉ。次は大きな作戦だし、合同作戦だかんな。大府は信用できねえ。だから、俺がきっちりしとかねえと、お前も出撃するし、全員元気に帰ってきてもらわねえとな」

 

「だーいじょうぶですって!私たちは必ず帰ってきますから!」

「おう」

 

(待ってくれ。その作戦指示じゃダメなんだ。待て!出撃させるな!やめろ!)

 

笑う刈谷提督と飛龍を必死で止める、刈谷提督。体は立ったまま動かない。手は伸ばせるが届かない。声は出ない。やめろと必死で叫んでも、その声は2人に届かない。

 

………

 

「ひっ!ひっ!し、司令官…こ、これ…ぐすっ…飛龍さ…の!」

 

初期艦五月雨から渡された、彼女が気に入って積んでいた「九七式艦攻(友永隊)」だ。

 

(嫌です!これだけは提督にも貸しません!)

 

そう言って絶対に貸してくれなかったものが、彼の手に乗せられた。彼女はいない。これだけを託して逝ってしまったのか。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

獣のような咆哮をあげて、彼は膝から崩れ落ちた。相棒を失ったと実感し、心をごっそりとえぐられたような痛みがやってきて、耐えきれず叫んだ。ドォン!と扉を蹴飛ばし、ものすごい勢いで玄関へと走る。その目の前にいたのは…。

 

「大府うううううあああああああああ!!!」

 

今回の総指揮をした大府提督を走ってきた勢いのまま胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。カハッと衝撃に小さく肺の中の空気を吐き出す音が聞こえたが構わない。

 

「殺してやる…てめえ、わざと飛龍を!てめえ、殺してやるからな!!!」

 

………

 

「殺してやるからな大府ぅ!!!!」

 

執務室に響き渡る怒声にハッとなった。寝ていたのか…。辺りを見回しても、泣きじゃくる五月雨も。手に乗った友永隊の艦載機もない。

 

「…………クソ!」

 

呪うかのように小さく悪態をつく。そこに龍田がやってきた。

 

「大丈夫?」

 

心配そうに火を止めて提督のもとへやってきた。汗を手に持ったタオルで拭いてくれる。息は荒く、汗がダラダラと流れている。

 

「ずいぶんと大きな寝言ねぇ…」

「………」

 

龍田の冗談にも返答ができない様子だ。ふう、と龍田はわざとらしくため息をつく。ちょっと意地悪をしてやろう。そう言う気持ちが鎌をもたげていた。

 

「だから言ったでしょ?無理をしたらダメよ〜って。飛龍ちゃんにも言われていたでしょう?無理をせず、休んでくださいねって」

 

飛龍の名を聞いただけでビクッと刈谷提督が震えた。彼にとって飛龍は禁句なのだ。だが何のイタズラか、彼が鹿屋に着任して最初に行った建造で生まれたのは…飛龍だった。彼は徹底的に飛龍を避けた。飛龍自身も、この基地の艦娘に「あの提督はヤバい」と聞き及んでいるため、彼女もまた刈谷提督を避けた。ある日、キッチンで料理をしている際、強い酒を浴びるように飲みベロベロになりながら何かブツブツ言っている提督の声が聞こえた。頭でもおかしくなったのかしら?とその時の龍田はそれくらいの意識だったが。

 

「それでいい。飛龍。それで…俺を…恨め…憎め。不甲斐ない俺を…俺が死ぬまで恨め…」

 

泣いていた。飛龍が提督を憎んでいる?恨んでいる?よくはわからないがそこからだ。龍田が彼への距離を何となく近づけたのは。龍田はそれまで、刈谷提督はおろか、人間も艦娘も全てを信用していなかった。龍田が生まれた所の提督は、それはそれは気の弱い提督だった。どう言うわけか、彼は龍田に怯えた。笑いかけても優しくしても、どうしても彼は龍田を避けた。龍田は彼と仲良くしたかったので、徹夜で疲れているであろう提督を労おうとしておにぎりを作り、お茶も用意した。

 

食べてくれたかしら〜、と期待を胸に執務室のドアを開けようとドアノブに手をかけた時だった。

 

「提督殿。このおにぎり…龍田殿が?」

「す、捨ててくれ!あんな奴が握ったものなんて…ど、毒!そう、毒が入ってるに決まってる!か、艦娘なんてみんな化け物だ!」

 

「提督殿。たしかに龍田のあの笑顔、我々憲兵隊も不気味というか気持ち悪いと感じます。まあ、艦娘が握ったものなぞ不気味で食えませんな。では、処分しておきましょう」

 

それを聞いてから全てがめんどくさくなった。こっちが気を利かせても、あっちは艦娘と歩み寄ろうともしない。他の艦娘も仲良くなりたいと言っていた。仲良くなって一緒に頑張りたい。目をキラキラ輝かせて喋るこいつらも現実をわかっていない。何を言っても艦娘を跳ね除けているんだ。こいつらともつるむ気はない。

 

そうして龍田は次第にその誰彼跳ね除けるような態度を取ることから、艦娘からも恐れられ、誰もついてこなくなった。彼女は飄々と仕事をこなした。その方が気楽でいいと思った。

 

「た、龍田…き、君は私の言うことも聞かず、旗艦の命令さえ拒否することがある。申し訳ないが君の面倒を見るのは私ではもう恐ろしくてできない。き、君を追放する」

 

冷めた目で見つめると冷や汗を垂らして怯えていた。相当冷たい目をしていたようだ。ヒッと変な声をあげたのがおかしくてニコリと笑った。それさえも提督はヒィッと情けない声をあげた。

 

「うふふ。私も、あなたのような提督のもとでやっていくのは無理ねぇ。大本営に行って、解体申請書でも出して消えることにするわ〜」

 

龍田は自分の意志で大本営に行き、解体申請書を自ら古井司令長官に提出した。司令長官は難しい顔をしてちょっと待ってほしい、と返事した。結局、解体の話はうやむやにされ、刈谷提督と出会い、今に至る。最初こそ、傲慢で冷酷なのだろうと思った。しかし、初期艦と言う五月雨を大事そうにしていたり、大破をすれば悪態はつくが必ず撤退させたり。謎の多い提督だった。過去の経歴も調べても出てこない。大きな問題を数々起こす問題だらけの提督がなぜ追い出されずにまだ提督をやっているのか?疑問で仕方なかった。

 

そして、龍田は知ってしまった。酔った提督から漏れた言葉。飛龍に詫びる言葉と恨めと言う言葉。過去に飛龍を沈めたことがある?じゃあ、今はどうして艦娘は「道具だ」などと言うのか?龍田は頭の回転が速いので、すぐにわかった。彼は過去に飛龍を沈めたことがあって、別れを恐れているのだと。道具と言って冷たくしておけば、いざと言う時に苦しむこともない。五月雨の扱いを見ていれば、無理であると思ったが。

 

いつの頃からか龍田はつきっきりで刈谷提督のお世話をするようになった。

 

「どう言う風の吹き回しだ?」

「ただの気まぐれよ〜」

 

彼は世話をされることに文句は言わなかった。好きなものを聞き出すのに苦労もしたが、おいしいきつねうどんの作り方を伊良湖に聞いてみたりもした。作って汁まで飲んでくれたことは嬉しかった。信用されたのか、自分にだけこの基地の方針を教えてくれた。それを全力で支えることにした。この人が私は好きになった。そうなるまでに時間はあまりかからなかったような気がする。鹿屋基地の恐怖の象徴として君臨しながら、彼のやることを見守る。怖がられるのは得意なのだ。球磨や多摩には見破られてしまったけど。

 

お互いが不器用ではあったが不思議と補いあえた。カチッと何かハマるものがあった。だからこそこうして側にいる。ケンカをすることもあるが、1日経つと忘れる。提督の信念を守るために提督は表から出ず、龍田か球磨が艦娘に提督の指示を仰ぎ、伝達する。こうして数年、鹿屋基地はうまくいっていた。

 

「ねーえ?私にこんなお高そうな指輪をはめさせて、私をどうする気かしら〜?」

「どうもしねえ。そいつはたまたまテメエに似合いそうだったから買ってきただけだ」

 

「あらぁ。私の好みだわ〜。たまたまで、私が好きそうなデザインの指輪を買ってこれるかしら?」

「知らねえ」

 

不器用に指輪を差し出し、これつけとけと一言だけ言い放って書類で顔を隠した提督。派手でなく、むしろシンプル。けど、小さくダイヤがはめられ、デザインがとても龍田好みだった。龍田は指輪を外し、しげしげと指輪を眺める。指輪の裏側に書かれていた文字。それがさらに龍田が提督を好き、というか愛するようになった理由。その文字は…

 

Mors Sola

 

最初は全く意味がわからず、メモに取っていろいろと辞書を読んだりもしたが皆目わからず、提督には内緒でどういう意味なのかを探し続けた。ある日、食堂でメモを眺めながらボケーっと考え込んでいるとメモを見られたようで。

 

「死が2人を分かつまで…どうしたんですか、この言葉?」

 

その言葉をサラリと口にしたのは駆逐艦「秋雲」であった。マジマジと文字を眺めているが、龍田は何日かけてもわからなかった言葉を、一目見ただけでサラッと言われたことに驚きを隠せなかったが、答えを聞けてすっきりした笑顔で秋雲を見る。秋雲はにっこりした龍田の笑顔が、何かフィルターでもかかっているのか、ニタァ、と笑っているように見えた。「あ、死んだ」と思った秋雲。

 

「うふふふふ、秋雲ちゃんすごいわぁ!どうして読めたの?」

「あ、ああ、いや…あたし、本を読むのが好きだから。どっかで見たことあるんだよね、その言葉。いやぁ、ヤンデレっぽくていいっすよね!」

 

ヤンデレと言う言葉の意味がわからなかったが、とりあえず答えを教えてくれたのでお礼に伊良湖券を進呈。のちに首が飛ぶかと思った、と言う感想を他人から聞いている。龍田には内緒であるが、この言葉を使った龍田に似たヤンデレ少女のマンガが鹿屋基地で流行ったとか。作者は「オータムクラウド」と言う名で恥ずかしいちょっとエッチな本だった。見つけたら手を落としてあげようかしら〜?と龍田が言っていた。

 

「提督?」

「あ?」

 

「死んでも永遠に一緒よ〜」

「は?」

 

何を言ってやがると言うような顔をした提督だったが指輪を見せるとプイッとそっぽを向いて顔が見られないようにしていた。

 

「死んでも永遠に一緒よ?」

「そうかよ。好きにしろ」

 

顔を見せてはくれなかったし、言い方は冷たく思ったが、彼なりの受け入れの言葉なのだ。龍田にしかわからないだろう。その夜、寝ようとしていた時にベッドに入ったら拒否しなかったし。龍田のファーストキスはコーヒーの味がした。そんな過去があった。それから龍田は幸せな毎日を送っている。

 

 

「これを…私にですか?これって…友永隊!?」

「改二になったんだ。実力はある。これで敵を蹴散らせ」

 

龍田に指輪を送ってからしばらくして、刈谷提督は鹿屋基地で建造した飛龍が改二なった際、「飛龍」が頑として自分にも渡さなかった艦載機を飛龍に託した。飛龍は驚きのあまり放心状態で戻っていった。

 

「いいの〜?」

「ああ?」

 

「あの艦載機、大切なものだったんでしょう?」

「……艦載機はここで飾っておくプラモデルでもオブジェでもねえ。空母が飛ばしてこその艦載機だ。ここでは飛龍が一番空母の中では強え。あいつなら使いこなすだろ。それに、そのほうがアイツも喜ぶだろ。嬉しそうに飛ばしてやがったからな。俺には…」

 

「提督には〜?」

「お前がいる」

 

その言葉に龍田は目を見開いた。そんな言葉を言われるなんて、微塵とも思っていなかった。まさか、まさか自分のことをそこまで思ってくれる人がいたとは。

 

「あ、あんなやつ、いなくなればいい!」

「龍田さんってさぁ、怖いよね。近寄らないでって感じ」

 

その言葉を引きずってきた龍田だったが、提督の言葉で心にがんじがらめになっていた鎖がカシャンと外れた音がしたような気がした。スゥッと心が軽くなった気がした。

 

「ふふ、ふふふふ…うふふふふふふ!!!」

「なんだ、気持ち悪いな」

 

「ふふふふ!そんなこと言ったら、もう逃げられないわよ〜?」

「ふん、テメエこそ後悔すんなよ」

 

提督の膝に座り、熱のこもった視線で提督を見る。そして…

 

「おーい提督ー。ちょっと聞きたいクマ。あー、取り込み中だったか。また後にするクマ。ってか寝室でやれクマ。完全防音で誰にも邪魔されないクマ」

「球磨、テメエ1人でキス島行くか?」

 

「キヒヒ、望むところクマ」

 

本当に出撃させたら本当に1人で主力艦隊まで全部沈めてきたので、「グリズリー」と言う球磨が言うには不名誉な称号をもらったとか。

 

 

リランカへの情報を確認、編成を決めていた時だ。一本の電話が鳴った。またアイツではないのかと龍田が嫌な顔で出る。

 

「はい。鹿屋基地で〜す。えっ?は、はい。お待ちくださ〜い」

 

大府ではない。誰だ。言葉遣いからして三条提督でもない。虎瀬提督だろう。そう思っていたが…。

 

「提督、呉の堀内提督よ」

 

書類を放り投げて受話器をひったくる。

 

「お久しぶりですね、刈谷君」

「……ご無沙汰しております、堀内提督」

 

彼は誰にでも敬語だ。決して横柄な態度も取らない。嫌味ったらしくもない。常に誰にでも平等。どこかの嫌味なクソ野郎とはえらい違いだ。

 

「あなたが私の説得に応じてくださって、鹿屋基地と言う小さな所で申し訳ありません。そこしかあなたのポストを用意することができませんでした」

「いいえ、十分です。あれから5年。まさか、5年も続けてるとはね…」

 

「私は信じていましたよ。あなたが艦娘を結束させ、上郷提督ともうまくやっていけるとね」

「上郷提督がやめても佐世保に行くかはわかりかねます」

 

「手厳しい一言です。ですが、あなたらしい」

「どうも」

 

感情にどうも乏しく感じられるが、これでもとても喜んでいるのであるが。4大鎮守府の1つ、呉鎮守府を任されている凄腕の提督、堀内提督。「冷静なれど激情家」の異名を持つ淡々と喋るのは相手に恐怖感を与えるが、冷酷ではない。知っている人は温かみさえ覚えると言う。

 

「大府提督が何やら画策しているようですね。目的は若手潰し…いえ、古井派の若手潰し、でしょうか。そこにあなたが噛み付いた。それで動けなくなっていると見ますが」

「おっそろしいっスね。どっかに監視カメラや盗聴器でも付けてるんスか」

 

「さて…そのような後々面倒なものはありません」

 

刈谷提督が思うに人間の「未来視」だろうと勝手に想像している。それくらい、先を読まれている。

 

「いずれあなたは佐世保に着任せざるを得なくなります。あなたが支えている若手を守るならね」

「いいんスか。大府が黙ってないと思いますが」

 

「彼もそういえば佐世保の席を狙っているようですね。いえ、彼はどこでもいいので鎮守府を任されたいのです。舞鶴でも、横須賀でも…そうすれば清州君と距離が近くなりますからね」

「奴はなんでそこまで清州副司令長官に?」

 

「『艦娘を道具と見、合理的かつ最高のパフォーマンスを見せる』と言うこと。そして、清州君の思想思考に心酔していること。そして己と似ていると思っていることでしょうか。深海棲艦を心底憎んでいる以外はまるで共通点がありません。リンガの彼もそうですが、まるで清州君をわかっていません」

 

ふう、とタバコでも吸っているのだろうか。いや、彼は嫌煙家のはず。ため息か。

 

「だからこそ彼に鎮守府の椅子に座る資格はありません。ましてや、大本営の椅子に座るなどありえない」

 

ピシャリと堀内提督は言い放った。大府がどれほどまでに努力を重ねているかは知っている。鎮守府に着任することがそんなに偉いのかは知らないが。おそらく、データ送信の大層なサーバーを設置したのも、横須賀に着任できるからと思っていたのもあるだろう。だが奴ではなく、ショートランドの英雄と言われた三条が着任した。それは刈谷提督自身も予想だにしていなかった。あの時、大府は静かに怒り狂っていただろう。ざまあみろと思った。

 

「三条君を横須賀に着任させたのは私たち四大鎮守府の横須賀を除いた提督と、柱島の三好提督。古井司令長官。そして、清州副司令長官ですよ」

「清州のおっさんまで…?」

 

「ええ。大府提督の話を振ってみましたが、首を横に振って終わりでした。彼も思うところがあるのでしょう。私もいずれ、呉は一宮提督に渡すつもりです。大府君の席ではない。刈谷提督や三条提督、一宮提督のような方こそ、鎮守府の椅子に座るに相応しい。舞鶴には、まだまだ見守り、指導する必要はありますが、九重君が今推されています」

 

ああ、大府。ご愁傷さん。俺は鎮守府の席だ、中将だ大将だは興味ねえが…飛龍との約束は守りたい。龍田の笑顔も守りたい。それを果たすために鎮守府の席がより便利なら、喜んで使わせてもらう。だが…哀れだな、そうとも思う。

 

「あなたの元気そうなお声が聞けて私は嬉しく思いますよ。では、私はこれで。元気そうで何よりでした」

「ええ。どうも」

 

「龍田君にもよろしくとお伝えください。それでは、また」

 

電話は切れた。ふん、言いたいことだけ言ってさっさと切りやがって…と思ったが、まあ感謝はしておこう。冷徹マシーンなどと呼ばれている堀内提督だが、あれでも轟沈数は0だしのびのびできる環境で艦娘の士気も高く練度も高い。だが鎮守府の内情はほとんどわからない。内情を知る人間はよほど彼が気に入った提督しか知らない。大府提督は自分たちと同じ考えと思っているようだが、彼は演じているだけでこちら側だ。彼がああ言ってくれているのなら安心だな。ふん、と小さく息を吐き、再度受話器を取り、別のところへ電話をかける。

 

「ああ、ジジイか。腰痛めてねえか?話がある。テメエがどうせまだるっこしい手回ししたんだろ。堀内提督にあれこれ吹き込みやがって」

 

彼は絶対に口に出さないが、今まで自分を育ててくれて、見守ってくれている師匠と思っている老提督に電話した。1時間ほどたわいない話を向こうがしてきたが、意を決して彼は話があるといって続けた。

 

「あの話、近いうち受けてやる。それだけ…うるせえな。そこまで騒ぐほどのもんかよ」

 

結局また1時間電話は続いた。うるせえ、ああ、そうかよ。そんな言葉ばっかりだった。

 

 

リランカへの進撃が終わり、数日。次の海域、カスガダマへの作戦を練っていた。この頃ずいぶんと彼の機嫌がいい。何かあったのだろうか、と不思議に思っていた龍田。まあ、ストレスが緩和されたのならこちらも嬉しいなと思っていたのでよしとする。もう一つ、彼の機嫌をよくさせるものがあった。

 

「提督。お手紙よ〜。五月雨ちゃんから」

「見せろ」

 

大湊警備府 五月雨。と書かれた封筒。星のシールが貼られた封を開け、手紙を読む。

 

「ていとく。お元気ですか?体は問題ありませんか?五月雨は今日も元気です!一宮ていとくもほめてくれます!ていとくが私を大みなとへ行けと言ってから、こちらでもやさしくしてもらっています!ていとくにまた会いたいです。おおみなとにもあそびにきてくださいね」

 

写真が入っていた。一宮提督と、嬉しそうに寄り添う、かつての初期艦。元気でやっているなら何よりだ。お前はそっちで笑っている方がいい。俺のもとで辛そうに毎日笑っているより、そっちで心から笑って過ごせ。俺にはそれしかできないから。俺はお前を苦しませるから。元気でやれ。それが一番嬉しいから。

 

……

 

「でいどぐ…」

「泣くな…俺はやることがある。だから1から全部やり直しだ。お前は大湊で元気でやれ。そこの提督は本当にいい提督だ。よくしてくれる。お前をそっちへやるのは…いや、元気でやれ。で、お前が学んだことを提督に教えてやってくれ。五月雨は俺の中では1番の優等生だからな」

 

「うう…グスッ」

「元気でな。手紙でもくれりゃうれしい。たまにでいい。送ってくれ」

 

「ゔぁい!」

「鼻かめ…」

 

………

 

それから1ヶ月に1回、必ず手紙を送ってくる。毎月楽しそうな内容を書いて送ってくる。もともとマメな性格だから絶対送ってくると思っていた。誰に似たんだろうな。一宮とマグロを食べに行ったが、季節が全然違うのでガッカリした話が書かれていた。けど、ウニが旬だったらしくウニ丼がとってもおいしかったとも嬉しそうに書かれていた。一宮提督とのツーショットとは別に、おいしそうにご飯粒をほっぺにつけまくり、口いっぱいにウニ丼を頬張っている写真が添えられていた。ああ、今の時期うまいもんな。と思わず笑った。撮ったのは一宮か。イタズラで五月雨に内緒でこっそり入れたに違いない。

クソ真面目そうで、彼もなかなかにおちゃめだ。この間はミツバチに驚いてひっくり返っている五月雨の写真を送ってきた。雪かき中に転んで雪の山に埋もれる写真。五月雨が書いている、提督と一緒に写真を撮りましたので一枚送りますね!とは別の写真。そう言うお笑い写真の裏には、丁寧な文字で「雪に埋もれて乾かすのが大変でした」や「このあとおかわりを要求されました」などと一言コメントが書かれており、誰もいないときには静かに笑っている。今日もおかわりか。がめつくなったな、と笑っているところを龍田に見られた。

 

「顔、笑ってるよ?」

「うるせえ。おい龍田。腹減った。うどん作れ。ざるうどんだ。暑いんだよ」

 

「はーい。ふふふ」

「何がおかしいんだ」

 

「別に〜?」

 

チッと舌打ちはしているが、顔は笑っていた。こんな提督も素敵。そう思う龍田であった。私はあなたと共に。

 

「ああ、龍田」

「なぁに?」

 

「そう遠くねえ未来に、佐世保に移る。心構えだけしとけ。今は誰にも言うな」

「あらあらあら。あらあら〜。了解で〜す♪」

 

ああ、ますますおもしろいことになってきた。これだから彼のところでやっていくのは楽しいんだ。きっとあの写真は、彼の初期艦だった五月雨の写真だろう。飛龍と同じくとてもかわいがっていたらしいから。ついに佐世保へ動く決心がついたのね、とそこも安心した。いろいろな思いがこんがらがって躊躇っていたけど、ついに。なら、私が頑張って支えなくては。そう心に誓うのであった。

 

「どう。お味は〜」

「まあまあだな」

 

「あら〜、ありがとう♪」

 

彼のまあまあはすごくおいしいと言う意味だ。素直じゃないんだから、と自分もざるうどんをすすりながら少し笑った。暑い1日。束の間の静かで平和な1日を、2人きりの執務室で過ごすのだった。




西方海域攻略の合間に刈谷提督と龍田の話でした。

「怖い提督」と「怖い秘書艦」のお話はいかがだったでしょうか。怖いですね(棒)
なぜかお話を聞くと、刈谷提督の人気が高いように思います。おかしいなー

次回はまた玲司に視点が戻ります。山城能力が開花?な話です。次回もお待ちいただけますと嬉しいです。

それでは、また。

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