提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百十八話

コポコポと三角フラスコから気泡が出て沸騰した水。フラスコをチューブが刺さったゴム栓で蓋をする。フラスコは自動で持ち上げられ、逆さまに。お湯はコーヒー豆の入ったろ紙が入った漏斗が刺された別の三角フラスコへ。そのままビーカーに入れられて、明石コーヒーの出来上がり。明石は夏だろうと冬だろうと必ず熱いコーヒーを飲む。冷蔵庫もあるし冷たいやかんに入った麦茶だってある。けれど、明石は飲まない、

 

コーヒーは頭の回転を良くする。集中できる。作業効率が違うと明石は言う。

 

「ジャンキーやんけ!」

 

龍驤はそう言うが、彼女はコーヒーがないと生きていられない。いやまあ、龍驤は酒がないとやる気を損ねるのだから、結局明石のことは言えないのだが。

明石はコーヒーを飲みながらレポートをまとめる。最近大本営から出張と言う形でやってきた高雄が、一段落ついたであろう明石に話しかける。

 

「レポートは終わったの?」

「うん。今ちょうど一段落だよ。んー!」

 

「何を熱心にまとめていたの?朝潮さんの『牙』のこと?」

「ううん。それはもうまとめてある。これは私がここに来て、一番研究したいことかな」

 

んっ、とレポートを渡してきた。明石のレポートはとてもおもしろい。適当に書かれた戦闘詳報を読むのとは訳が違う。まあ、玲司と一宮提督の戦闘詳報はおもしろいけど。大きく書かれているタイトル。

 

「艦娘の蒼眼化による一時的な能力強化について」

 

艦娘の蒼眼化?何だそれは。そんなものは聞いたことがない。左上には「持出厳禁」の文字。つまり、明石のいる工廠からも持ち出してはいけない。当然、部外者は閲覧さえできない、明石が許可した者しか読むことができない。

 

「私は読んでいいのかしら?一応姉でも部外者よ」

「高雄姉さんはねー。読んだ方がいいと思うよ。ここの艦娘のことを把握したいならね。それが目的なんじゃないの?ここに来た理由」

 

「さすがね…清州派閥から本当に玲司君は横須賀に着任する資格があるのか?と突かれていてね。玲司君は艦娘に過保護だから…」

「あー、そう言うこと。まあお姉ちゃんが来るなんて視察くらいしかないもんねー。ま、『鎮守府』の席を狙う提督は多いからね。四大鎮守府に就くってことは、それだけハクがつくって聞くし。大本営に配属になる可能性もうんと高くなるからね」

 

「その程度の動機ではお父様は大本営には配属させないわね。そう甘いものではないのよ」

「わかってるってー!」

 

大本営に配属される。それはもう人生の勝利を約束されたようなものだと言われている。理由はわからないが、そう言うことになっている。しかし現実は、鎮守府や泊地から大本営に抜擢されても行先はいわゆる「窓際族」だ。仕事も与えられず、暇を持て余すだけ。偉そうなことを言っても、事務の人々もエリートの中でも生え抜きのエリートであり、仕事もバリバリこなすし、中には妖精さんが見える人もいて、提督の資格を持つ人もいる。その度胸がないだけで、素質はある。

窓際族になった提督は口ばかりで仕事はできない。本当に口でごちゃごちゃ言うだけで事務仕事をかき乱す。日がな一日、シュレッダーに廃棄書類を放り込んだり狂ったような量の書類をファイリングしたりとお手伝いさんでしかない。「わしが提督の時は」と語り出せば「もうあなたは提督ではありませんよ」と言い返されるし。

 

今の事務員さん達のほうが強い。艦娘にも比較的友好的な人も多い。最近、食堂の激ウマオムライスがなくなったことにショックを受けている。その点は申し訳ない…。玲司君を提督に抜擢したばかりに…。ただ、未来の我が国を支える若い方ですし、提督になって戦果を出してくださるのならありがたい存在ですと快く送り出した人たちだ。若い提督。玲司君。一宮提督や七原提督、九重提督には友好的である。

 

話が逸れてしまった。さて、とレポートをソファーに座り読む。艦娘の眼が蒼くなる?どう言うことだ。そんなことは聞いたことがない。

 

「うそ。一時的ではあるが『女王』に匹敵するチカラを得る?」

「私も半信半疑だよ。でも、実際に目の当たりにした北上さんや摩耶さんって言う証言者がいるからね」

 

「でも、眼が蒼くなるってそれは、玲司君の…」

「そう。玲司君の眼と一緒だね。でも、深海棲艦化したりするわけじゃない。私たちも見た深海棲艦のflagship改って呼んでる眼の色でもない。もっとこう…温かみがあると言うか…あーん、言葉にできないー!」

 

明石も実際に見たわけではないらしい。話を聞いてみる必要があるかもしれない。父や虎瀬提督が言うには「玲司の下に集う艦娘は何かが起きる」と口を揃えて言うくらいだ。実際、ショートランドでは有り得ない数の深海棲艦の大艦隊に勝利を得ている。何が起きたかなんて玲司でさえわからない。だが、かつての自分たちを守るために「女王」のようなチカラを発揮した鳳翔のこともあるし、きっと何かがあるに違いない。しかし、実際に見て見ないことには…。

 

「はいはーい!明石さーん!時雨が今すぐ明石さんに見てもらえって言うから来たんですけどー!村雨、何かおかしいところがありますか?」

 

考え込んでいたところに村雨がやってきた。村雨の顔を見た明石は飲んだコーヒーをビーカーに吐き出しむせていた。高雄もバサリとレポートを落とした。やってきた村雨の左眼は…蒼く輝いていた。

 

………

 

「う、うーーーーーーん……」

 

大きく唸りながら眼を見ていたが、明石も何がなんだかわからないと言う顔であった。やってきた村雨の眼。それは今ちょうど話をしていた蒼い眼であった。村雨の眼は変わっていて左眼は金色。右眼は赤であるのが明石の知っている村雨の眼である。横須賀の村雨は一度は敵の砲撃、おそらく駆逐艦の機銃か、それとも村雨が頑丈だったのか。頭を貫かれなかったのが幸いだった。その目の片方は潰れていたらしい。そして1年以上放置され、もう完全に修復は不可能、と言う判断を別の明石が出したと言う。

 

そもそも村雨の瞳は双方茶色ではないのか?何がなんだか「契の女王」明石でさえ把握できていないことも横須賀は多いのだ。「牙」の朝潮に続き、また普通の艦娘とは違う話が舞い込んできた。探究心の塊、明石にとっては実にここは飽きのこない場所であるなと思う。

 

「えっと、聞いてもいいかわからないんだけど…村雨さんの左目は…」

「もともとはこの傷があるように潰れました。あの時は痛いし、臭いし…最低でしたね」

 

「う…ごめんなさい…」

「あはは、いいんですよー!今は気にしてませんし。傷はどうしようもないけど見えていますから!」

 

「見えているって…その、艦娘の目は修復できても視力が落ちたり…修復自体が遅れるともう見えなくなり、治らないと聞いていますけど…」

 

高雄は何度か目をやられ、修復はできたが視力が大きく低下し、解体せざるを得ない状況になった艦娘。失明し、退役した提督と共に生活をする艦娘などを見てきたが、完全に潰れた眼球が治った事例は聞いたことがない。一体…なぜ、どうして修復したのだろう?

 

「提督が血を垂らしたって聞いてます。夕立が言うには、ポタポタと数滴?」

 

「なっ…」

「数滴でも…そうなるんだね…」

 

「えっ?他にもそんなことがあったんですか?」

「あるよ。その時はそりゃあもう玲司君も死ぬかと思った」

 

「ええ!?」

 

あの優しい提督だからやるだろうとは納得したが…。それが一体何であるのか?明石がまあ、それは追々、と言うとえー!と明石を非難した。

でも、優しい提督のことだ。きっと、自分の時みたいに自分をきずつけて、犠牲にしてまで青葉さんを助けたんだな、と思った。本当に優しい人だから。

 

………

 

ある日、提督って艦隊を指揮するのが前の提督より上手だけどどうして?と聞いたことがある。彼はかつてショートランド泊地と言う所にいて、提督をやっていたと言う。しかし、大規模な深海棲艦の侵攻によりほぼ全滅してしまった。重巡洋艦「青葉」だけが奇跡的に生き残り、提督も重傷を負って何とか生き残ったと言う。

ショートランドに戻りたい?と聞いたら悲しそうな顔をして「もうショートランドはないんだよ」と言うのでしまった…と思い謝ったことがあった。提督は笑っていいんだ、と言っていた。

 

「今はショートランドのことより、村雨やみんなのことが大事だからな」

 

そう言って優しく頭を撫でてくれた記憶がある。でも村雨は知っている。外れの慰霊碑に頻繁に手を合わせに行ってること。きっと、ショートランドの子たちのことを思ってるんだろうなって。だから、思わず近寄って聞いちゃった。

 

「ショートランドの子たちのこと、思ってたんですか?」

「バレちまったか。やっぱりな、ショートランドの子たちの事も考えてるよ。そりゃあ、俺が指揮してた子たちだから。忘れられるはずがない」

 

やっぱりショートランドの艦娘の話をすると悲しげな顔になる。前の人なんか沈めては「沈みやがって、使えない」って死んだ艦娘をさらに踏みにじることしかしなかったのに。

 

「ショートランドの子たちはみんな、自分の意志で、勝ち目がないと言われた深海棲艦の大艦隊をやっつけた。自分の命と引き換えにな。だから俺は今になって、悲しい、と言う気持ちももちろんあるけど、今は、みんなに生かされたこの命を大事にしたい。助けてくれたことも感謝している」

 

そう、ですか、としか村雨は考えても返せなかった。何を言っていいかわからなかったから。

 

「艦娘に感謝している人は少ない。守ってもらって当然の意識や、俺が守ってやってるって言う意識しかない。だからなのか、艦娘の立場は弱い。俺はそれを変えたいんだ。艦娘だって、笑って、いいもの食べて、遊んで。そういうことしていいと思うんだよな」

 

笑って、遊んで、おいしいものを食べて。それは今村雨たちができていること。臭い、汚い、痛みと熱でうなされていた時、朦朧としていた時にうっすらと見た光景。時雨と、夕立と…姉の白露。妹の春雨。みんなで笑って何か遊んでいた光景。夢見た光景を、欠けてしまったが残った姉妹で今は自分が体験している。こんなこと、してもいいのかなといつも疑問に思っていたこと。

 

「いいんだよ。村雨も、時雨も夕立も。いいんだ」

 

そう言って笑ってくれた。毎日が楽しい。提督には本当に感謝している。この毎日を守りたい。だからもっと強くなりたいな。そう思う時間が増えた。電の響を救うチカラがうらやましかった。夕立の強さがほしい。時雨の冷静な判断力と頭の回転がほしい。自分はどうだ?何もない…。そう思っていた。

 

………

 

「と言う話をしましてー」

「で、玲司君の青葉との話は?」

 

「………えへっ」

 

ごめんね、と言うポーズと共に舌をペロッとして笑っていた。ダメだこりゃ、と明石はずっこけた。結局、そこで頭を撫でてもらって嬉しくなって、自分も提督の仲間に入ってるんだな、と思って安心したら結局、自分の目を治してくれたとき、どうしたのかとか、全部聞き忘れてしまったのだった。

 

 

「また、かすっただけか…」

 

凄まじい轟音を響かせて遠く離れた的を狙う山城だが、やはり超長距離を的確に狙うには何かが足りない。きっちり精密に修正したつもりだが、思ったよりうまくいっていない。こんなことではまた役立たずと罵られ、捨てられてしまう…。せっかくよさそうなところなのに…。

成果を見せなくては。そうでなければ私の居場所はない。だが、何度撃ってもかするか、外れるか。なんで?何がいけないの?

 

「山城さん、ちょっといい?」

 

話しかけてきたのは村雨だ。遠くの的を覗き込むように見ている。おー、遠いねーとのんきだ。のんきなのはうらやましい。私は気が狂いそうなくらい悩んでいるのに。

 

「距離3キロってとこかな?うわぁ、すごーい。こんな距離を当てられるんですね!」

「当たってないでしょう…かすって終わりよ。これじゃダメなのよ…」

 

「うーん…ちょっと見せてもらっていいですか?」

「いいけど…」

 

ニッコリしながら言うものだから思わず許可してしまった。この子の笑顔はなんだろう、悪意がないからかとても引き込まれる。左目の傷痕が気になったが、それでもかわいいと思えるほどのきれいな顔。きれいな…眼。スッと山城の心に入ってきた。しかし、嫌な入り方ではなく、本当に、ごく自然にスッと入ってきた。今更やっぱり…とも言えず、ゴォンゴォンと大きな砲をを構える。照準を合わせ、砲撃態勢に入る。

 

「距離3000。風、西向きで微風。修正、妖精さん、1ミリ右。うーんと、上へ2ミリ…。うん、これでいいよ」

 

村雨が山城艤装の妖精さんに指示を出している。山城の妖精さんは時々山城の言うことさえ聞かないことがあるじゃじゃ馬であるが、山城と同じようにすんなりと村雨の言うことに従っていた。なら私の指示もちゃんと聞きなさいよ。

 

「山城さん、思い切り撃っちゃって!」

「……主砲、てえっ!」

 

ドォン!と凄まじい爆音。吹き出る火と黒煙。いやそれはいつものことだ。問題はそれより、村雨が下した修正指示。これがどうなのか。それが問題だ。何度修正したって当たらないんだ。何したって無理…

 

グヮシャー!!と言う轟音の後、爆発。擬似深海棲艦は大爆発し、もうもうと黒煙を上げていた。それは…命中。しかも直撃、クリティカルヒット!

 

「おー!グッドー!山城さんすごいじゃないですかー!」

「え、いや、私じゃなくてあなたが指示をくれたからでしょ…」

 

「そうかなぁ?でも、山城さんの艤装もすごいんですよ。1ミリの修正もスッとできたし、山城さんがもともと命中精度もすごいですから。村雨はお手伝いをしただけですっ」

 

いやいや…いえいえ。そんな言い合いが続いた。山城としては村雨のサポートがあったから。村雨は山城がうまいんだ。そう言うやりとりがしばらく続き、もう一度撃つことになった。

 

「じゃあ、まずは私だけね」

 

ボォン!シュルルルル…ボシャーン!至近弾。シュルルルル…スコーン!かする。ドボーン!外れ。

 

「むう…」

 

ちょっと不機嫌そうに頬を膨らませる。あ、ちょっとかわいい…と村雨は思った。山城の不機嫌が妖精さんに伝わったのか、妖精さんが砲撃の妖精さんを叱ってゲンコツを下した。上官だろうか。ゲンコツされたほうはじわ…と涙を流すのが見えた。

 

「こら、そこの妖精さん!」

 

打った妖精さんにメッと人差し指を立てて叱った。妖精さんがタジ…とちょっと引いた。

 

「ダメじゃない!そう言うことは今時流行らないよ!この子もしっかり頑張ってるでしょ!そういうことをしても山城さんの砲撃の精度は上がらないの!」

 

「あ、あい…ごめんなさい…」

「あねさん…」

 

「上官さんもしっかりサポートしてあげてね。そしたら、もっとうまくいくよ。村雨も、ちょっといいとこ見せてあげるから!」

 

「なん…だと…?」

「あねさん、いっしょうついていきやす!」

 

「さ、山城さん、もう一回いこっか」

 

そこから山城と村雨の妙なコンビができた。しかし、それから山城の命中精度も向上した。今までは移動しながらの砲撃はだいたい外れることが多く、直撃はほぼなく、よくて至近弾だったのだが…。こう見ると山城の命中精度が悪いように感じるが、戦艦の射程はだいたい2キロくらいが一番当たりやすいと言う。その距離ならば山城は99%命中させるほど、扶桑や大和、霧島。彼女たちよりも砲撃の命中精度は高かった。

そこからさらに1キロ伸ばすともう扶桑たちは当たらない。山城は僅かでも当てる。他人より何か優れているものがないと捨てられる…そんな強迫観念が生み出した特殊なチカラだった。あと一歩が足りない。そこをスッと村雨が補ってくれる。

 

「山城さん、次!砲撃修正!左、4ミリ!上、1ミリ!いいよ、撃って!」

「てーっ!!」

 

ドン!と敵が沈む。遠くから艦載機を放ち、厄介な爆撃や雷撃を繰り出す空母。強力な一撃で味方を苦しめる戦艦。そう言ったものを先制攻撃で翔鶴たちと共に沈めていく。

 

「山城、すごいわ!山城のおかげよ!」

「すごいね。提督が褒めてたよ」

 

そうして少しずつ自信を手に入れた山城。その後押しをしてくれたのが、村雨であった。

 

「あなたのおかげ…ありがと…」

「えへへ、なんだか照れちゃいますね!でも、一緒に頑張った甲斐があります!」

 

「これからも…よろしく…」

「はいはーい!村雨のいいとこ、山城さんに見せちゃうからね!」

 

そしていつの間にか山城と村雨の黄金コンビとなった。山城は3キロでも村雨のおかげでかなり命中するようになった。村雨はいち早く遠くの敵を双眼鏡などもなしに見ることができるようになった。最上や翔鶴たちのようにもっと遠くの敵は見つけられないが、村雨はそれでも、駆逐艦の目では発見しづらい敵艦を発見する能力に長けた。

 

そして、この日もノリノリで山城のサポートをしていたのだが。

 

「村雨…何その目…」

「え?」

 

山城に指差され、練習を中断。時雨が大慌てで「早く明石さんのところへ!」と言うものだから工廠へ行ったわけで。来たわけで。そしたら鏡で目を見せられて見た蒼い眼。時雨がある日突然見せた蒼い眼。自分もなっていたらしいがわからなかった。あらまあ、こんな風に私もなってたんだぁ、と他人事のように思っていた。

 

………

 

「うーん、戦闘中とか、感情がすごく昂ぶった時とか…そう言うのでもないんだぁ…あーん!レポート書き直しいいい!!」

「あらら…なんか、ごめんなさい?」

 

「う、ううん。レポートなんてそんなもんだし。適当適当。ところで、その眼になったことで何か変わったことはある?」

「え?そうですねぇ。それまでボヤーッと見えてた遠くの標的が、はっきりわかることかなぁ。あと、ちょっと音にも敏感になった気がします」

 

「ふーむ。ちょっとごめんね。ちょっとおしり向けてくれる?」

「えっ、えええええ!?ちょ、ちょっと。村雨はそんな危ない趣味はー…」

 

「ちちちちちちちがうって!?そ、そりゃあちょっと触るけどぉ!」

「やっぱり触るんじゃないですかぁ!」

 

「とーにーかーくー!深い意味はないですからおしりを出してください!」

「あ、明石ちゃん、アレ、やるの?大丈夫なの?」

 

「女は度胸!何でもやってみることです!いきます!」

 

おしりを明石にちょっと突きだすやいなや、ズンッと鋭い痛みが足の付け根あたりに走った。いっ!?とその痛みにピーンと体が伸びる。

 

「な、何するんですかぁ!?」

 

そう言うと同時にめまいに似た感覚がした。いや、それは違う。明石や高雄の動きが遅いのだ。明石や高雄の動き。アルコールランプの炎の揺らめき。カーテンの隙間から陽の光に照らされ、キラキラ舞う埃。全てがスロー。耳も違和感がある。高雄が何か言っている。ゆっくり、はっきり聞こえる。それどころか呼吸音まで聞こえるじゃないか。ボボボボ…と言う音はアルコールランプの炎。ブーン…ブーン…あっ、ハエがいるのか。ハエの羽ばたく音が聞こえる。ハエも止まって見える。

 

パンッ!と明石が手を打つ。するとその感覚は元に戻った。

 

「……?いま、のは?」

「すけべなことをしたわけじゃなくて、ちょっとね。潜在能力を目覚めさせるツボがあるんだ、おしりにね…それを突いたんだよ。今はその中で村雨ちゃんが得意になりそうなチカラだね。たぶん、視覚と聴覚の強化かな。村雨ちゃんは遠くの敵をしっかりみる能力。それから風の音を聞き、感じ、風速や風向をかなり正確に捉えているからね。もうちょっとそのチカラを伸ばせないかなって。あ、これはみんなに内緒ね。誰でもできるわけじゃないから」

 

カーテンを開けて外。海を見る。今の村雨は特に左眼が本当にどこまでも遠くを見通せるくらいなんじゃないかな、と思うくらい。風の音がうるさいくらいに感じられる。

 

「意識しなければそう邪魔にならないと思うよ。『女王』ほどになっちゃうと、私のこれは逆に邪魔になるんだけど」

「あはは、じゃあ村雨は『女王』って言う朝潮ちゃんのようにはなれないんですねぇ…」

 

「ごめんね。そう言う宣告になっちゃうね。『女王』になれるのは本当にごく一握りだから…霧島さんもがっかりしてたね」

「霧島さんも!?」

 

「玲司君は、『女王』だからとか、そうでないからどうとか。そう言うことはしません。安心してください」

「そ、そうですね…私、目にこんな傷も抱えてるし…どこかで、提督が私のこと醜いって思ってて…頑張らなきゃ、また大怪我した時に…前みたいに放置されちゃうんじゃないかな…とか…そんなこと考えちゃうんです」

 

「うん…」

「私、時雨や夕立が羨ましいんです。時雨は美人だし。冷静で、しっかりと周りを見渡して指示もうまいし…夕立はもうなんか…すっごい強いし。村雨はどうなのかなぁって。商店街に行った時、男の人にあの傷はねえなってボソっと言われたことがあったし…魅力もなければ強くもない。ここにいてもいいのかなぁって」

 

「そうなのですね。村雨さんはそれを誰にも相談できず、ため込んでいたのですね」

「はい…それに朝潮ちゃんのあのすごいのでしょ?もう自信なくなっちゃって…どうしたらいいのかなーって」

 

「そうですね。私からの助言は…その悩み、馬鹿め。と言って差し上げますわ」

「え、えええ!?ひどいよ、そんなの…」

 

「ふふ。ごめんなさい。理由も言わずにそれはよくなかったですわね。ですが、そのお悩みにお答えしましょう。私ではありませんが…」

「じゃあ、誰が答えてくれるんですか!?」

 

「俺だよ」

「僕もだよ」

「ぽい!」

 

「あ、えっ…」

 

振り向いた先には、微笑を浮かべてちょっと困った顔をしている提督と、怒った顔をしている蒼い眼の時雨と紅い眼を輝かせた夕立がいた。

 

「蒼い眼…か。青葉たちを思い出すな」

 

そう言うと提督は自ら蒼い眼について語り出すのであった。




蒼い眼について書こうと思ったら村雨のお悩みになりました。次回は蒼い眼と、青葉が生還した理由を語ろうかと思います。

射程距離の話ですが、艦娘の身長などを考えると、さすがに20kmや30kmはないか、と考え、1/10の射程距離、と言う独自考察です。実際にはもっと遠くまで当てることができるのかもしれませんが、私の作品では大体そんなものとお考えください。

それでは、また。

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