提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

119 / 259
第百十九話

「村雨と時雨のその眼。俺は2年前に見たよ。電や瑞鶴もこの眼になったらしいな。時雨や村雨はわかるけど…電や瑞鶴はなんでなんだろうな。俺にもわからん」

 

明石からもらった理科の実験コーヒー(玲司の命名)を飲みながら、優しい顔で村雨と時雨の顔を見る。今も煌々と輝くその眼を、どこか憂いを帯びた顔で見ていた。

 

「その眼は…青葉が見せたよ。たぶん、俺の血が入ったからだろう、と思ってる」

「やっぱりそうなんだ。提督、一度すごく調子が悪いときに僕たちと一緒の眼をしてたよね」

 

「ああ。前も言ったろ。俺は人であって人じゃない。半分は深海棲艦だからな」

「で、で、兄さん。青葉は一体、どうやったって言うの?」

 

「お前なぁ… まあ、村雨も前に気にしてたのをうやむやにしちゃったしな。早い話、あの時は俺も青葉も大怪我を負ってた。俺も体中から血を流してたからな。敵の総大将、戦艦水鬼がしぶとく生きてやがったのさ。青葉が庇ってくれたけど、俺も爆風にやられちまってな」

 

「………あの時は、私たちも絶望してしまったわ。私たちが助けに来た時、玲司君心臓が止まりかけていたし、青葉さんも動かなくて…」

 

「そこはほら、深海棲艦の血のおかげって言っとくべきかな。本来なら失血死してたろうけどさ。ほら、例の実験で数時間で1リットル抜かれても死ななかったくらい造血が早かったって実証されてたろ。普通なら失血死だったよ」

 

「それは…そうだけど…」

「最後の最後で戦艦水鬼に致命傷を与えたのは、もう立てる力も残ってなかったであろう青葉だった。その時の青葉の蒼い眼は印象に残ってる」

 

 

「俺らだけに…なっちまった…」

「司令官…金剛さんも…逝ってしまいました」

 

激戦が終わり、静けさを取り戻したショートランド泊地。建物も破壊し尽くされ、本当に何もなくなってしまった。金剛の電探の一部を握りしめ、悲しみに暮れる玲司と青葉。

 

「……クソッ!」

 

ダン!と拳を地面に打ち付ける。鋭い痛みが来るだけで、そんなことをしても仲間が帰ってくるわけではない。とにかく、これからどうするべきか…。

 

「これから…どうすればいいんだ」

「生きていれば何でもできますよ。ショートランドは離れなくてはいけませんけど…」

 

「………」

「離れたくないのはわかります。ですが、こうもボロボロでは再建も難しいでしょう…」

 

もうショートランドで毎日騒がしい生活を送ることはできない。憩いの家のような泊地はなくなり、家族同然の生活をしてきた仲間は青葉を残してもういない。ここに留まり、仲間を弔い、守り続けることはできない。

 

「生きてれば…か」

「そうですよ!青葉は司令官にずっとお供しますよ!ですから…ですから…また……またなんて…言えないよぉ…」

 

胸にぽっかり穴が空いたかのような虚無感。家族を失った辛さは、また新しい泊地や基地で築こう、だなんて思えなかった。しかし、青葉は艦娘。玲司は提督。そうも言っていられないのだ。でも…青葉は知ってしまったのだ。家族の繋がりを。その温もりを。ただの異動とは違う。ずっとやってきたここの仲間たちとの繋がりを青葉は忘れられない。

 

「けどよ…俺は…俺は提督だからよ…やるっきゃねえんだ…だからさ、青葉。ついてきてくれねえか。俺と…また…新しい艦隊組んで…また…一緒にさ…」

 

そう言って手を差し出してきた司令官の顔は、とても悲しそうに笑っていた。全部をこらえて、新たな一歩を踏み出そうとしていたその顔は…とてもとても悲しげで…側から見れば情けない顔だっただろう。だが、青葉にはその顔がとても…美しいものに見えた。無理だなんて言っていられない。司令官を支えてあげなきゃ。そう思った。

だから涙をぬぐって、司令官の手を取ろうと自分も手を伸ばしたとき、青葉は見た。だいぶ前に駆逐艦たちに紙芝居で見せた昔話の、それはおぞましい鬼と同じような顔をした何かが水面から激しい憎悪に満ちた顔で、こちらを睨んでいたこと。そして、背後に死神の鎌のように歪な砲を構え、一本だけまだ生き残っている砲をこちらに…司令官に向けているところを!

 

「司令官!!」

 

玲司の手を思い切り引き寄せ、その体を手繰り寄せる。そのまま回転をつけ、勢い良く放り投げる。と同時に耳が爆発したかのように凄まじい轟音と共に、ぶつりと青葉の意識は飛んだ。

 

………

 

「う、うぐっ…ゴフッ…」

 

目が覚めたと同時に胃から血を吐き出した。だが体の痛覚は先程の爆発で吹き飛んだのか、ない。腹部が焼けるように熱い。夢なのかこれは。いや、これは…夢ではない。体は何か鉛のように重く、反応は鈍い。あの時の悪夢が蘇る。頭に手を当てるとベッタリと赤い血がついた。どうやら俺は重傷らしい。

 

「シブトイ…クズメ…!貴様ノセイデ…メチャクチャダ…!」

 

憎しみと憤怒に満ちた表情で玲司を見下ろす、ボロボロの深海棲艦。今回の侵攻の大将、戦艦水鬼。雪風と金剛が自分の命と引き換えに討ち取ったはずだったが、驚異の回復力でまだ現世に留まり、今、玲司を殺そうとしていたのだ。

 

「ゴホッ…グッ…ウウ…貴様ヲ屠ルマデハ…私ハ…沈マンゾ……!殺…シテ…ヤル…」

 

もう砲を撃つこともできないのではないか?と言うくらい衰弱はしていた。陸に上がり、ゆっくり、ズル…ズル…と玲司に迫る。玲司は戦艦水鬼を相手にはせず、少し離れたところでボロボロになり、ピクリとも動かない青葉を呆然と見つめていた。

 

「あお……ば?」

 

弱々しく名を呼ぶが返事はない。それどころか…金剛と同じように光の粒子が風になびいて空へと舞っていく。それは…青葉の死を意味していた。

 

しれえ…雪風は…しあわせ…でし、た…

バイバイ…ワタシの最愛の人

 

「いやだ…待って…くれ…青葉…いくな…いかないでくれ…」

 

立ち上がろうとしたが転んだ。痛みがなくて気がつかなかったが、右足が曲がってはいけない方へ曲がっていた。チカラが入らない。だから這った。ハケで乱雑に塗りたくったような跡が続く。青葉を抱き起こそうとするたび、意識が飛びそうになる痛みが襲い掛かる。だが…それでも玲司はやめない。

 

「青葉…青葉…!ダメだ!いくな!俺を置いて行かないでくれ…」

 

そう言っても青葉は目を覚まさず、光の粒子が多くなっていく。こうなると、もう誰にも轟沈を止められない…。

 

 

おい聞いたか?こいつの血を100ミリ入れただけで深海棲艦の傷がみるみる治っていったってよ。

艦娘もだ。大破で轟沈寸前だった奴がよ。ま、深海棲艦の血だから解体しておいた。

 

 

……思い出したくもなかったが。俺の…俺のこれが…!

 

「うう…うおおおおお!!」

 

激痛を無視して体を無理やり起こす。身体中にチカラを入れたせいで、あちこちから血が吹き出たり、滲み出る。その血が青葉の目を背けたくなるような傷口に入る。額の割れた傷にも、頭を合わせて血を混ぜる。抱きしめ、しっかりと血が青葉と混ざるようにした。玲司は一心不乱に抱きしめて見えていないが、青葉の光の粒子が流れ出ていくのが止まった。玲司はそうと気づかず、自分の体が冷たくなっていく感覚はしたが、青葉を抱きしめ続けた。

 

「バカ…メ…ソンナニソノ艦娘ガ大事ナラ…ソイツト共ニ地獄へ送ッテヤロウ!フフ、私モ…モウモタン…ガ…貴様ヲ…提督ヲ殺セバ私ノ勝チダ!!殺シテヤル…コノ砲デ…跡形モ残サズニ!」

 

最後の1発。1発でいい。人間がこの大口径の砲をこの距離で喰らえば、赤い染み1つ残さずに吹き飛ぶだろう。自分もその爆風で死ぬだろう。それでもいい。こいつを。この忌々しい提督を。我らの敵の頭を殺せるならば!

 

「死ネエエエエエエエエ!!!!」

 

ドォォォォン!!!!

 

1発の砲撃音。それは…

 

「……っ!いい加減、沈んでくれ…ませんか?ここで、やられたら、雪風さんと金剛さんに申し訳が立たないんで!!」

 

撃ったのは青葉だった。グチャっと嫌な音を立てて戦艦水鬼が倒れ、泡沫となり、消えていく。戦艦水鬼の頭が半分吹き飛び、絶命した。戦艦水鬼を睨みつけるその眼は蒼く輝き、傷は大部分が塞がっていた。

 

「うっ、ぐあっ!?」

 

ガコン!と強烈な痛みが右腕に走り、砲を落とした。敵がいるかもしれないと慌ててぐったり動かない玲司を抱えつつ、砲を拾い直そうとしたが、持つと右手に激痛が走り、持てなかった。

一方で玲司は薄れゆく意識の中、強烈に輝く青葉の蒼い眼がとても美しい何かに見え、それは今も玲司の中で強く印象に残っていた。ああ、きれいだな…と思った次の瞬間、目が覚めたときには本土の病院のベッドだった。しばらくはあの蒼い光が忘れられなかった。

 

 

「じゃあ、青葉さんは提督や僕達と同じで眼が青くなるんだ」

「もうならないとは言ってた。あれは本当にどう言う時になるかはわかっていないからな。けど、電や瑞鶴が眼が蒼くなったのも、何かを守りたいとか、そう言うすごく強い意志が働いた時に起きたらしいから、そう言うのもあるかもしれないな」

 

「だから、玲司君の血が混ざった村雨さんや時雨さんが何かの弾みで蒼くなるんだよね」

「じゃあ、もしかして村雨たちもいずれは戦えなくなるの?青葉さんみたいに」

 

「これは私の考えなんだけど、青葉の血は限りなく深海棲艦に近いんだよね。可能性としては、深海棲艦の血。つまり玲司君の血だね。それが濃すぎて艤装が拒否反応を起こしてる」

「拒否反応…」

 

「深海棲艦の艤装を艦娘が装備すると神経が冒されるの。とてつもない激痛が走って、たぶんそのまま装備し続けるのは無理だね。私、試したことがあるけどそりゃあもう。気が狂うかと思ったよ」

 

「明石ちゃん、あなたそんなことを自分の体で試したの!?」

「あ、ああ、うん…ちょっと青葉からそんな仮説を立てられたから試したみたんだ。あははは…」

 

「笑い事ではありません!馬鹿め!と言って差し上げます!もう!」

「ご、ごめんなさい!もう懲り懲りだからしないよぉ!」

 

高雄に猛烈に怒られている明石。明石の探究心と青葉の取材魂は似ているような気がする。まあ2人の仲は良い。暴走してよく怒られているところもそっくりである。そして、深海棲艦の艤装を持って持てなかった明石。艦娘の艤装が持てなかった青葉。明石の仮説だが、艦娘が深海棲艦の艤装を持つと細胞レベルで拒否反応を起こし、激痛をもたらす。そのまま使い続けると神経から深海棲艦の細胞に侵食され、やがては細胞が全てに行き渡り、死に至り、深海棲艦と化す。

咄嗟の判断で深海棲艦の砲を使い、敵を倒したが、倒し終えた際に彼女が深海棲艦になってしまい、仲間に殺されたと言う非業の最期を遂げた艦娘がいたこともある。

 

青葉の場合は玲司から移された血液の中の深海棲艦の因子が原因ではないかと言う。明石がやったことの逆のパターンだろう。青葉の体がほぼ深海棲艦のようになっていると考えられている。だが、そこは玲司の血のチカラか…艦娘の姿を保ち、理性もあり、憎悪や怒りに駆られることもない。だが深海棲艦のチカラを濃く持っている青葉は、今まで使っていた砲が使えない。

戦艦水鬼を倒した時の一撃は、本当に奇跡の一撃と言えよう。蒼い眼のおかげだろうか?科学のチカラをもってしても、解明できないこともある。明石は未だに青葉が何なのか解明できない。青葉はこのせいで、艦娘、重巡「青葉」でありながら海に出れない。戦えない存在なのだ。

 

解体するとどうなるかわからない。敵に回せば確実に厄介な存在となる。だから、大本営で飼い殺しのようにされていたのだが、古井司令長官が彼女を広報に回したのだった。

 

「全部仮説で申し訳ないんだけど、時雨さんや村雨さんがドックに入るでしょ?傷だらけで。そこから玲司君の深海棲艦の因子が、電さんや瑞鶴さんの傷口を通して入ったのかなって。それにしては、強く出過ぎだけど…特に電さんだね。感受能力が高いのかな」

 

艦娘の性格は十人十色。摩耶のように豪快な子。最上のようにふわふわしている子。朝潮のように真面目な子。様々である。電はおそらく横須賀の艦娘の中で1、2を争うほど感受性が高い。深海棲艦でさえ助けたいと思う優しさ。仲間は全力で助け、傷ついた仲間を労る。

 

はわわ。ふにゃあ!ふぇえ…。ころころと変わる電の表情は見ていて飽きない。

 

仲間を想う気持ちは強い。響を返せと怒った時。彼女の眼は蒼くなった。そして、その蒼い眼で響を深海棲艦から艦娘に戻した。電の優しさが起こした奇跡だった。

 

瑞鶴はある時まで自分が1番と周囲を省みない性格だった。自分の強さのためだけにチカラを求めた。ある時を境に仲間を想い、強いチカラは仲間を守るためにと求めた。その強い強い思いが潜在能力と共に爆発。彼女はチカラが電ほど薄かったのか片目だけであった。それでも、彼女は一時的に扱いの難しい明石の改良版「彗星」を使いこなした。

 

高雄はその戦闘詳報に記憶があった。まさか、明石の「彗星」を使いこなすことができるとは、と驚いたことがあった。まさか、その話の裏で未知のチカラがあったとは。横須賀は本当におもしろい場所である。明石がそう言うのもわかる気がした高雄。

 

「感情が動く…か。じゃあ村雨や僕は一体?それに、夕立の眼は…」

「あ、夕立って私や時雨に治ってすぐに抱きついてたでしょ?その時に染み込んじゃったとか?瑞鶴さんもお風呂に入れてくれる時にサポートしてくれたし。ってことは、雪風ちゃんや大淀さんも?」

 

「大淀ちゃん…も」

 

親友の大淀。彼女の透き通った青緑の瞳は好きだ。他の大淀よりも澄んで輝いている。大淀にその兆候はないと聞いた高雄は少しだけがっかりした。

 

「でもまあ、高雄お姉ちゃんが目にかけてるだけあって、大淀の今後は楽しみだよね〜」

「ああ。大淀の頭の回転の速さは高雄さんそっくりだな」

 

あ、あら。そうなの…。自分と似てるだなんて…ふふ、何だか照れてしまいます。それに、どうしましょう、すごく嬉しい。嬉しい!

 

「高雄さんってかわいいんですね!手、ブンブンさせて何か照れてますけど」

「ああ、大淀がお姉ちゃんに似てるって言うから。もうなんて言うかすんごい親しい仲なのよね。大淀も私に高雄お姉ちゃんのことをかなり聞いてきたからねー」

 

「ほ、ほんと?ど、どうしよう、どうしましょう!」

「高雄さん、顔が真っ赤っぽいー」

 

「あはは…まあ親友だもんね」

 

高雄はなぜか大淀にすごく入れ込んでいる。一緒に自分が家族以外で唯一通した部屋で紅茶を飲んだ仲。好みも、趣味も似ているし、高雄は「未来視」と呼ばれるほどの軍師。大淀もキス島で抜群の指揮を見せた。艦隊の頭脳同士。大淀は大淀でよく明石に高雄のことを聞いている。今度はどんなものを送ろうかなとか。ハーブティーは好きでしょうか、とか。

 

「はいはい、2人がラブラブなのはわかったから」

「ラブラブ!?」

 

「わー、わー。2人ってそんな仲だったんだぁ」

「違いますからね!?それはその…親友ではありますけど…」

 

「話は逸れたけど、蒼い眼になったから『女王』の資格があるとか、そう言うわけでもないみたい。蒼い眼になるかどうかも未知数だね。夕立さんのが紅く輝いてるのは気になるけどね」

 

言っている間に村雨たちの眼はいつもの眼になる。輝きは失われた。鏡を見てうーん…と唸っている夕立。時雨も不思議そうにしている。

 

「ぽいー。光らなくなっちゃったっぽい。でも別に何か変わったわけでもないっぽい」

「実際戦ってみないとわからないわね…能力が上がったかって言われても、まだまだ不明なところが多いですから」

 

「まだまだ謎が多いからね。私もまだまだ研究が必要だから、データ。取らせてくださいね」

「う、うう…もう痛いのは嫌ですからね…?」

 

「あれはまあ…緊急処置と言うか…」

「村雨、何かされたっぽい?」

 

そう聞かれたので明石に何をされたかを村雨は素直に答えた。時雨はお尻を押さえて恥ずかしそうにしている。夕立はずるい!と怒っていた。

 

「明石さん!村雨だけずるいっぽい!夕立にもしてほしいっぽい!」

「ま、待って待って!そう誰でもできるわけじゃないんだってば!逆に体が壊れることもあるんだからね!」

 

「えー…」

「じゃ、じゃあもしかしたら村雨は…」

 

「ああ、村雨さんは伸びると思ったからやったんだよ。夕立さんは今は眠ってるだけ。そのうち爆発的に目覚めるよ」

「じゃあ、僕は…」

 

「……やる?」

 

ニヤァと笑う明石。何だかやりたくて仕方がない顔をしている。これは嫌な予感がする。が、明石はシュバッと時雨の後ろに回り込んで肩を掴む。すごいチカラだ。動けない。

 

「ちょーっと痛いだけですってー。ね?ね?」

「い、いや、僕はいいよ…遠慮しておくよ…」

 

「いやぁ、せっかく蒼い眼の持ち主なんですからここはパァッと目覚めさせておきましょうよ!」

「いいよ!僕は、やめ、あ、あー!ひゃんっ!?」

 

………

 

「うう…」

「うーん、いい仕事したなー!」

 

時雨はペタン座りをして何かショックを受けている。明石はキラキラと輝き、満面の笑みであった。村雨は自分も同じことをされたのか、と顔を真っ赤にしている。夕立は自分だけしてくれないと不貞腐れている。玲司は見なかったことにしていた。

 

「村雨もこんな風にされたんだぁ…村雨も、これでみんなの役に立てるかなぁ?」

「僕も…みんなと一緒にこの先もやっていきたいから…」

 

「夕立もそうだし、2人とも努力は怠っていないじゃないか。どれだけしんどい練習でも、鹿島が加わってからよりキツくなっても、泣き言ひとつ言ってないじゃないか。時雨は雷撃がかなり上達した。村雨は山城と組んで遠くの敵の砲撃サポートがうまい。山城が安心して砲撃できるとボソッと言っていたよ」

 

「山城さんが?」

「そうだ。山城は長距離砲撃で何とか敵を早く倒そうと考えていたみたいだが、どうにもうまくいかなくてな。普段の砲撃はうちで随一の命中率を持ってるんだけど、長距離だとな。あいつは『砲撃は当てなければ意味がない』と言うもんだから、ちょっとその辺はうまく宥めたけど…」

 

山城は砲撃をとにかく命中させることに特化し、外せば使えないと罵られ、萎縮させられてしまうことがトラウマになっていたのだ。当てて当たり前と言うが、他の戦艦がかすることさえ難しい距離の砲撃は、やはり難儀していた。そこに村雨がスコーンと命中させるようなサポートをしたため、面と向かっては言わないが、玲司には村雨のことを評価していた。私なんかでよければ、パートナーにしてほしいと。

 

「も、もちろんですよ!村雨でいいなら!よ、よかったぁ…迷惑だったかなぁって心配してたんです…」

「村雨は和を保とうとしすぎる。結果として、一歩引いてしまったり、迷惑なんじゃって言う思いが強く出ちゃうんだな。みんなは村雨が思うほど迷惑にも思っていない。明るくて、気さくなムードメーカー。背中の流し合いっこは村雨が考えたらしいな。あれ、好評らしいぞ」

 

「あれのおかげで朝潮たちとも仲良くなれたっぽい。摩耶さんたちとするのも楽しいっぽいー!」

「うん。ちょっと近づきにくいなって思ってた瑞鶴さんとも、ちゃんとお話しできるようになったし。僕は好きだよ」

 

「え、えへ、えへへ…そ、そうなんだ…あ、あれ?何か、目が熱いよ…」

 

村雨は泣いていた。いろいろと不安に思っていたものがなくなり、安心したようだ。迷惑じゃないだろうか。うるさくないだろうか。私は役に立てているだろうか。みんなにはポジティブに振る舞うが内心はかなりネガティブなところが多い。明るく振る舞い、重巡や空母と駆逐艦の仲を取り持ったりしていた明るいムードメーカー。みんながあまりにネガティブすぎてちょっと近寄りがたいと思っていた(扶桑、最上、時雨、満潮は除く)山城にもグイグイ話しかけて行っていた。

それと超長距離サポートのこともあり、表情に山城は出していないが姉の扶桑や時雨達と同等。戦闘においては一番信頼を置いているらしい。山城が玲司に頭を下げて村雨を相棒にしてほしいと頼んできたのだ。

 

「あの子がいるから、私は役に立てるんです。ですから…」

 

玲司は村雨に意向を確認してから答えを出すと言った。まあ、目の前で泣いて嬉しそうな顔をしている村雨を見たら、答えはもう決まっている。

 

「じゃあ、村雨と山城は常にコンビになるけど、いいな?」

「はいっ!もちろんです!」

 

「よかったね、村雨」

 

時雨と夕立が村雨を抱きしめた。苦楽を共にしてきた大事な姉妹。その仲の良さは見ていて微笑ましい。死の淵から救い上げてくれた提督のため。大好きな姉妹のため。そして、自分を認めてくれる仲間のために。村雨はより一層頑張ろうと誓ったのだった。

 

………

 

「お願い!当たってください!」

「これでも喰らえ〜ぃ!」

 

吹雪と文月の対空砲が吼える。バラバラと落ちていく敵艦載機。カスガダマは玲司の翔鶴が率いる艦隊と龍田率いる刈谷提督の艦隊が圧していた。

 

「ふふふ…死にたい子は出ておいで〜?」

 

龍田の得体のしれない殺気にやや霧島達も気圧されたが、すぐに霧島の喝で我を取り戻し、いつも通りの戦闘ができている。その中には…

 

「距離2500!風、ほぼなし!修正!上、2!目標、戦艦ル級!砲撃準備、よし!山城さん!」

「………撃てええええ!!」

 

ボゴオォォォォ!!!

 

山城の砲が火を噴く。村雨のナビの通りに撃った。しばらくして

 

『戦艦ル級、沈黙!村雨さん、3時の方向から空母ヌ級が攻撃態勢!』

「ヲ級は放っておいていいのー!?」

 

『このヌ級が村雨さん達を狙っている可能性があります。村雨さん、山城さん、どちらも中破以上のダメージを受けると救助に難があります。あちらは吹雪さん達が対処します』

 

「了解!自分たちの身は自分たちで守りまーす!山城さん、オッケー?」

「ええ。村雨、指示をお願い」

 

「オッケーでーす!いきますよ!距離、3500!いけますか!?」

「あなたがいるなら当てるわよ」

 

その言葉に嬉しくなったが今はグッとこらえた。距離、向き、角度修正…よし。

 

「今です!」

「ってぇー!!!」

 

村雨は狙った方角で大きな水柱が上がったことを確認。小さくガッツポーズ。それからしばらくして。

 

『提督。作戦終了しました。中破は文月、最上。小破は翔鶴。軽傷、霧島です。吹雪、時雨は無傷。それから、長距離隊のお二方も無傷です』

 

『了解。みんな、お疲れ様。気をつけて帰っておいで』

 

「やりましたね!山城さん、いえい!」

「………?」

 

村雨が両手を出してハイタッチの素振りをしたが山城はわかっていない。

 

「大成功だったんですよ!だからほら、手を出して?」

「…こう?」

 

「はい!いえーい!」

 

パチンと手を出しただけの山城にハイタッチをする。村雨はテンションが高い。山城は目の前の村雨がこんなにも自分と喜びを分かち合ってくれるのか、とそっちの方が嬉しかった。最初は冷たい態度も取ったし、愛想もよくないのに…。

 

「ほら!次は山城さんの番よ!村雨の手をバシッと!」

 

手を叩けと言うことなのね…とバチン!と思い切り村雨の手のひらを叩いた。

 

「はいはーい!グッドですよー!………いったぁ…」

 

思い切り痛がっている。しまった。加減するのを忘れた。ふーふーと手のひらに痛そうに息を吹きかけているのが何だか面白くてクスッと笑う。

 

「ごめんなさい…ふふ」

「あー!ひっどーい!」

 

「ふふふ…ごめんなさいったら」

 

抗議して寄ってきた村雨はお返しと言わんばかりに山城の脇腹をくすぐる。わはぁ!?と変な声を出してしまったが、村雨をくすぐり返した。じゃれ合う2人を注意しつつ、山城が少し楽しそうなところを見て安心する時雨であった。




やましぐではなくやまむら!?と言う異色のコンビとなりました。玲司の過去から始まった蒼い眼。今はもうわかりませんが、もしかしたら青葉以外にも蒼い眼になった艦娘がショートランドにもいて、奇跡を起こしたのではないでしょうか。

さて、西方海域もいよいよ大詰め。港湾棲姫がいる最後の海域です。刈谷提督との連携もうまくいっている様子。それとは別に沈黙して情報がない空母の深海棲艦。無事に終われるといいのですが…次回に続きます。

それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。