提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十話

よーし、じゃあ西方海域合同作戦もこれで最後だ。カレー洋リランカ島にいる港湾棲姫の討伐を主眼とした編成を組んでいくぞ」

 

刈谷提督との合同作戦もようやくこれで最後。カスガダマの龍田の戦闘能力の高さには驚いたが、それ以上の実力があると言う軽巡コンビ、球磨と多摩が出てくると言う。球磨艦隊は港湾棲姫よりも空母深海棲艦の討伐を主眼に置くと言う。旗艦が戦艦や空母。いわゆる「大艦巨砲主義」ではないのがさすが刈谷提督と言うべきか。

 

戦艦空母こそ誉れであると言う意見が多く、戦艦や空母を旗艦に置くことを好む提督が多い。戦艦や空母を旗艦に置かざるをえないことも多いが、刈谷提督は今まで戦艦、空母を旗艦に置いていない。能代や龍田、球磨、重巡羽黒などである。

こちらも最近は翔鶴や瑞鶴だけでなく、大淀や鳥海を旗艦にすることも多くなったが。

 

「まず旗艦は鳥海!」

「はい」

 

短い返事ではあったが確かな覚悟を感じる。艦隊の頭脳、鳥海を旗艦に置く。鳥海は大淀の指揮を見て、かなり多くの戦術を吸収した。玲司の所は1人より2人、2人より3人で考えた方がたくさんの意見が出るし、案も出る。その方がうまく行くことも多い。そして、戦場へ出たとしてもその場で臨機応変に作戦を変更もできる。執務室から。そして現場から。動きを噛み合わせる作戦。それこそが玲司の「生き残るための知恵」であった。ショートランドでもやっていたことだ。

 

「続いて、妙高」

「はい。妙高、推して参ります」

 

さらに頭脳をもう1人。妙高は攻守のバランスがいい。あくまで鳥海の補佐。そして攻撃。高火力で敵をねじ伏せることができる。頭の回転も早いので、鳥海の数少ないかもしれないが穴を埋めることもできるかもしれない。妙高も頭脳として目まぐるしく変わる戦況を逐一把握してほしいと言う願いを込めて、少しずつ戦場での流れを掴めるようにトレーニング中だった。そして、今回の大一番。鳥海と共に出番が回ってきた。実力は確かだ。

 

「次、翔鶴と瑞鶴」

 

「はい」

「よーっし!瑞鶴、出るわ!」

 

空母の攻撃の双角。空母不足に悩まされて、申し訳ないと思いつつも出さざるをえない状況。翔鶴は水面を。瑞鶴は天空を駆ける鶴。戦艦に続く、高い攻撃力と広範囲の敵を蹴散らす航空攻撃で大打撃を与える攻撃の要。そして、龍驤と赤城の空母としての戦い方を叩き込まれ、何も迷いのない心。空母がいて、空からのサポートが味方を有利に運ぶ。冷静でなくてはいけない。冷静な表情の裏に、熱い闘志が垣間見える。

 

「次、霧島!」

「うぉっす!出撃よ!」

 

戦艦霧島。戦艦でありながら頭脳派。鳥海、妙高と同じ目的である。だいぶ慣れてきたし、大淀の時は1人だったじゃないか。と言う意見をもらうかとも思ったが、大淀とは違うと言うのは理解している。それと別に「戦艦」としての役割もある。その強力な砲撃で敵を蹴散らすのだ。それこそ、霧島が最も意欲を見せているものだ。

 

「最後は……大和」

「はい、提督。お任せください」

 

どこにもいまだにいない戦艦。最強の戦艦大和型。切り札中の切り札。大和、久方ぶりの出撃。目的は港湾棲姫よりは未知の深海棲艦との交戦時に必要であろうと考えた結果だ。港湾棲姫にも十分な火力である。むしろこちらは対地装備でない分劣る。霧島や鳥海たちに対地は任せてある。存在感が違う。

 

「よし、行くぞ!大和だけじゃない!みんなのチカラを刈谷提督たちに見せてやれ!」

「サポートは万全にいたします。皆さん、どうかお気をつけて!」

 

玲司と大淀の言葉に「おお!」と頼もしい声が出た。こうして、西方海域の大掛かりな作戦最後の出撃を玲司は見送った。

 

 

(チッ、胸騒ぎがするな…)

 

球磨達の出撃を見送った後、突然嫌な予感がした。予知能力などは持ち合わせてはいないのだが、刈谷提督の胸がザワつく。これが強い時は、必ずと言っていいほど当たり、本当にロクでもないことが起きる。今回の胸のざわつきは今までにないほど強いものであった。ひどく不愉快だ。

 

「提督…よろしいでしょうか…」

 

能代がやってきた。苛立ちを見せないようにしようとはしたが、眉間に思い切りしわを寄せて「なんだ?」と聞いてしまったため、能代はひどく怯えていた。

 

「も、申し訳ありません…ひ、飛龍さんから連絡がありました。港湾棲姫はリランカ島に鎮座。飛龍さんの偵察機を相手にしていないようです」

 

斥候として行かせた飛龍率いる偵察隊からか。飛龍、飛鷹。戦闘海域には入らず、海域外からの調査を目的としている。数は少ない方がいい。危険は承知だったが、情報を得るためだ。港湾棲姫は領地を侵さない限りは何もない。だが、奴がいることで深海棲艦を呼び寄せ、輸送船などを襲い、海路を断ちにくる。港湾棲姫がいることで別の危機に晒される。だからこそ叩いておくのだ。こちらはすでに準備してある。球磨達には相応の準備はさせた。

 

「提督、こんな装備で島吹き飛ばす気かクマ?」

「にゃあ、それはそれでおもしろいニャ」

 

球磨と多摩がそう言うくらいには過剰だ。それでいい。しょぼい装備持たせて壊滅的危機に陥るよりは、過剰に準備しておいた方がいい。三条提督のほうも過剰に出してくるだろう。問題は港湾棲姫じゃない。それよりも、問題はもう一方。空母型の未知の深海棲艦。こちらが問題である。戦力は不明。一応秋月と照月を編成に入れたが、いけるかわからない。情報では恐ろしいほどの量の艦載機に襲われたと言うこと。秋月と照月は別として、できれば鉢合わせたくない。

 

対地装備が必要なのに、さらに水上兵器が必要な敵が同時に出ると言うのは嫌いだ。こちらも手は打ってあるが、それでも火力の高い球磨と多摩の攻撃力が落ち、空母へのダメージが減るのは鬱陶しい。大府が早々に身を引いた理由がこれだ。こちらの被害が増える。あの野郎、理由なくボンボン艦娘を沈める割に、こういう時はすぐ引く。こちらに回す理由は簡単だ。単に嫌がらせだ。こちらの資材、修復材。これが著しく減ることに愉悦を感じているのだ。そしてあわよくば艦娘が沈めばいい。そう思っている。

 

「飛龍さんのことは…申し訳ありませんでした」

 

あの時の愉悦に浸った顔。あの時奴は薄ら笑いを浮かべ、確実にこちらを見下していた。怒りのあまり1発顔にブチ込んでやった。すぐ様憲兵に取り押さえられ、動けないくらいボコボコにされた。奴の飼い犬になった連中だ。容赦がない。

 

「嫌いなんですよ。艦娘が沈んだくらいで悲嘆に暮れるあなたが。艦娘と仲良く?寝言も大概にしてほしいですね」

 

冷めた目でそう言った。そう言いやがった。だから笑ったら痛む体だったが、大笑いして言い返してやった。

 

「ククッ…艦娘に懐かれてることに嫉妬か?テメエ、誰からも嫌われてるもんな」

「………馬鹿なことを」

 

あの時たしかに歯を思い切り噛み締めたことは忘れてはいない。本当かどうかは知らないが、奴は艦娘も深海棲艦も全てを憎んでいると言う。理由は知らない。言えることはただ一つ。奴は俺が嫌いで。俺は奴が大嫌いだと言うこと。いがみ合うのはそれだけで十分だ。

 

「あの、提督…聞いています…でしょうか」

「あ?ああ…で、そんだけか?」

 

ボーッとしてしまった。飛龍を沈めるように動いたのは本当にこちらに何かムカつくことがあったのだろう。まあいい。奴とはいずれ決着をつける。それより、飛龍達のことだ。

 

「飛龍達は何もないのか?」

「は、はい。危険を感じ、距離を取って撤退するようです。『提督が危険を感じたらすぐ撤退しろ』と言う絶対命令だそうです」

 

「…そうか」

 

それを聞いて安心した。今の飛龍は多少無茶をするところがあり、心配だった。帰ってくるなら…安心だ。それでいい。

 

「それで、飛龍さんが言うには、飛鷹さんが空母型の深海棲艦を発見したそうです」

「へえ?そいつは上々だな。何かわかったのか?」

 

「はい。こちらを見つめ、恐ろしい殺気を感じたので艦載機を慌てて戻したそうです。追尾などはありませんとの報告です。それで、見た目ですが…」

「ああ。聞かせろ。それが重要だ」

 

「はい。未知の空母型深海棲艦。その見た目は…空母『加賀』のようだった…と」

 

………嫌な予感は確信に変わった。そいつは人型であり、あの加賀の見た目ならおそらく、半端ではない強さを持っているだろう。引かせるわけにはいかない。ここで偉そうに踏ん反り返っているだけの役立たずなクソ人間様はアイツらが危険だとわかっているのに偉そうにしているだけだ。自分の役立たずぶりにイライラする。

 

「……わかった。もういいぞ。下がれ」

「はい…失礼します」

 

パタン…とドアが閉まる。能代の気配が遠くへ行ったことをなんとなく感じ、立ち上がる。

 

「クソが!!!!!!」

 

ドガン!と思い切りゴミ箱を蹴飛ばす。怒りは最高潮だ。どう考えても奴はこの空母が恐ろしく強いと言うことを知っていた。こっそり情報は仕入れている。奴の部下の出した艦隊が港湾棲姫に阻まれ、さらに横から思い切りこいつに壊滅させられたと。そしてこの部下は使えないと言う理由から「異動」させられたと言うことだ。人も艦娘も、何一つ道具であり、使えないなら消す。こう言う奴だ。死んでも気が合わない。

 

次は、全員生きて帰す。もう誰も沈ませない。

 

「能代、もう一回執務室に来い。作戦のサポートをしろ」

 

龍田は再び出撃している。球磨達とは別に。だからこそこう言う時、能代は龍田の指示を一番に聞いている能代が適任だ。能代の胃は大丈夫かな。なんてことを思ったりしてして少し怒りも冷めた。

 

 

「こちら鳥海。球磨さん達と合流しました。これより、島に接近。港湾棲姫と戦闘に入ります。各艦!戦闘準備!!」

 

ガシャコン!と武器を構える。どこから仕入れたのかはわからないが、これまた倉庫に眠っていた「WG42」だ。とある国の対地用兵器。さらに20.3cm砲も構える。弾は三式弾。鳥海と妙高の今回の作戦においては最高の武器だ。一方で球磨と多摩も、「WG42」を装備。多摩は何か小さな船を抱えている。よく見ると中には妖精さんや小さな戦車が載っている。大発動艇か。それに陸戦隊の妖精さんと戦車のようだ。なるほど、それは港湾棲姫には強烈な一撃を叩き込むものだ。

 

「にゃあ!それ、行ってくるにゃ!」

 

「うおーー!われわれのたましいのいちげきをくらわせてやれー!」

「とつげきいいいいいいいい!!!!」

 

小さな大発動艇が島目掛けて突っ込んでいく。

 

「ふっふーん、ぶちかませクマー!!!」

「とおおおおおおおお!!!」

 

「み……くま!!!」

 

多摩の大発動艇(八九式中戦車&陸戦隊)と静かに龍田が放った特二式内火艇の突撃と同時に球磨、三隈、熊野の球磨が言うには「クマクマ艦隊」がロケットランチャーや三式弾を放つ。

 

鳥海はずいぶんと軽い編成だと訝しんだ。空母に見たことのない空母がいるし。翔鶴たちの弓や、龍驤のような式神とも違う。自分たちの砲のように、トリガーを引いたら矢が発射され、それが艦載機となって飛んでいく。不思議な空母がいるものだ。

 

「大鳳!周りの砲台を頼むクマ!」

「わかりました!」

 

大きな爆弾を積み、艦爆隊が飛んでいく。彼女も何というか、滅多にお目にかかれない空母のようだ。そんなものを気にしている場合ではないのだが。

 

『島から水上部隊の応援を確認!強い反応があります!』

 

大淀からの通信。強い深海棲艦の反応に鳥海の緊張が高まる。もう空母の奴が出てきたのか!?

 

「鳥海さん!空母型の反応、ありません!リ級とル級の目が青い……気をつけて!」

『敵、データ上にありました!flagship改!いずれも強力な砲を有しています!港湾棲姫は放っておいてそちらの敵の殲滅の優先を!』

 

「了解しました!こちらはそちらに回りましょう!球磨さん!そちらはお任せします!」

「言ってくれるクマ!しょうがねえクマ。おめえら!気張れクマ!」

 

「うふふふふ…腕がなるわねぇ…」

「次、突撃ニャー!!」

 

「ううう、皆さんが怖いぃ…」

「大鳳!気張れつってんだろうが!死にてえクマ!?」

 

「は、はいいいいいい!!!」

 

あっちはやや緊張したらしいがすぐさま元通り。むしろ逆に目が血走っているようにも見える。

 

『大鳳。お前は増援を行け。放っておくと生存率が下がる。あいつらの援護に回れ。生存率を上げるぞ。死にてえなら好きにしろ』

「はい!」

 

ドッゴォン!!!!!

 

球磨と龍田が目を見開いて凄まじい轟音のした方を見る。もうもうと大量の黒煙を吐き出し、もう1発。ドッゴォン!!!

 

「弾込め、急いで!いい子……よし!撃てぇ!!!」

「主砲!よく狙って…撃てッッ!!!」

 

戦艦「霧島」と同時発射。霧島の砲撃の音が小さく聞こえるほど、大和の砲撃の凄まじさ。腹や全身を鈍器で殴られたかのような衝撃。これが最強と呼ばれた「46cm砲」の圧倒的パワーか。こんなもん食らったらマジで沈むどころの話じゃねえクマ、と球磨は身震いした。龍田も同じようだった。これが、三条提督の切り札、「大和」なのか。軽巡が紙切れのように爆散する。

 

「すげえクマ」

「ええ。おバカさん達が血眼で欲しがるわけね〜」

 

「それならうちの大鳳だって負けてねえクマ。大鳳だってうちだけの艦娘クマ。オンリーワンクマ」

 

ニヒッと謎のガッツポーズを見せる。球磨が言いたいのは「うちにもオンリーワンがいるから、負けたわけじゃねえクマ」と言いたいのだ。彼の負けず嫌いがうつったのかしら?と思わず笑った。

 

「笑ってないでさっさとロケラン撃つにゃ!サボんにゃ!!」

「おー、すまんクマー」

 

「あらぁ、ごめんなさぁい」

 

オラァ!!とまた島に砲を撃ち込む球磨。無線から球磨宛に怒りの通信が飛んできた。

 

『テメエ、俺の鼓膜を破りてえのかよ』

 

大和の砲撃音をわざと無線で聞かせたのだ。大和の凄まじさを伝えたかったのだが、あまり意味がなかったらしい。すまんクマーとまた謝っておいた。キヒヒ、たまにはこういうイタズラも悪くないクマ、と思う球磨であった。

 

………

 

大和や翔鶴たちのおかげで水上部隊の殲滅は成功。しかし、鳥海と妙高、そして霧島も違和感を覚えていた。逆に冷静さを欠きそうになる状況である。それは球磨や龍田も感じている。不審に思った球磨達は、一旦島への攻撃を止めた。それに気づき、鳥海達も攻撃を止めた。

 

「気づいたクマか?」

「ええ…どうも…おかしい気がします」

 

「さすがねぇ…提督?」

『ああ、耳が痛えが聞こえてんよ。港湾棲姫はどうしてる?』

 

「虫の息ねぇ。彼の部下が簡単にやられたって言うくらい、港湾棲姫自体も強いって噂だったけど〜?」

『そりゃこっちの攻撃が過剰なんだよ。カミ車なんざ、そいつらが持ってるわけねえからな』

 

『こちら横須賀。例の深海棲艦の反応、ありません。港湾棲姫、信号微弱。おそらく、刈谷提督艦隊の陸戦隊が砲台、及び港湾棲姫に猛攻撃を浴びせています。その他、応援等はありません』

 

おかしい。港湾棲姫との連携で横から邪魔が入ったと言うが、それがない。港湾棲姫自体の討伐はもうすぐ終わる。ここで例の空母が出てきてくれないのでは作戦終了とも言い難い。調査には時間がかかるし、再度と言ってもどう対応してよいものか…。

 

「周りを偵察してるけど、何も反応もないし、姿もない。でも何かおかしい。体がピリピリする…港湾棲姫だっけ?これはもう終わる。けど、何だろう。ヤバいのが…来る」

 

瑞鶴が何かを予感している。瑞鶴も多くの死線を潜り抜けてきただけに、この勘と言うものはよく当たる。球磨と多摩、龍田も警戒を解いていない。球磨と多摩は獣の本能か。龍田は「女の勘」である。翔鶴も広範囲に渡って索敵をしている。彼女も警戒を怠らない。

 

『球磨。港湾棲姫を撃沈したら退け』

「………できないクマ」

 

『退け。絶対命令だ。退け』

「できねえクマ!」

 

『なんでだ。テメエ、理由次第ではタダじゃ済まさねえぞ』

「動けねえクマ。横須賀の鳥海や妙高も言ってるクマ。今退いたら、全滅するかもしれんクマ。球磨の勘がそう告げてるクマ。球磨の勘は当たるってあんたも知ってるクマ?」

 

『………』

『こちら大淀、各艦、全員警戒レベルを最大にしてください!……ん…がおかしい!………き……す!!』

 

「!?無線妨害!!」

 

鳥海が叫ぶ。球磨と龍田も無線を繋ぐがノイズを出すだけだ。「クソ!」と球磨が悪態を吐いた。大淀のアシストは万全だった。敵の発生位置、ルート、全てが大淀の書いたシナリオのようだった。それが途絶えた。こいつらこんな有利に事を運べるのか、羨ましすぎるクマと思うくらいだった。それに依存していた球磨は一気に不安になる。

 

「球磨姉さん、港湾棲姫、撃沈だニャ」

「そうか。多摩、みんなで撤退準備をしろ」

 

「……?球磨姉さんも撤収だニャ?まさか、この妙な雰囲気の中、自分は残るからみんな逃げる準備をしろって言ってるニャ?冗談じゃねえニャ」

「うるせえ!早く準備しろっつってんだよ!!!」

 

「球磨ちゃぁん?クマが抜けてるクマ〜。クスクス」

「………」

 

「水臭いじゃなぁい。さ、警戒はそのまま、退く準備するわよ〜」

 

退路を決める。前方は多摩。後方は球磨、龍田。追いかけられても、熟練の球磨、龍田で対処するのだ。どちらかが欠けるかもしれない。いや、死ぬつもりはない。どっちも悪運は強いんだ。陣形を組んですぐ、異様な気配に目を見開いた。

 

………

 

「大淀の無線が…」

「いえ、もしかしたらこうなるかもと言うのは想定通りです」

 

「はい。万が一無線妨害があった際にはすぐさま撤退せず、様子を見ると言う結論に至っています」

「今、ここで慌てれば間違いなく隙を与えます。おそらく、こうなるだろうとは予測していました」

 

瑞鶴は鳥海、妙高、霧島。頭脳派3人もいるのか?と言う考えもあったが、来てくれて正解だと思った。安心感が違う。うちの軍師達はこんなにも頼り甲斐があるなんて。

 

「空母は港湾棲姫を仲間と思っていないと思います。そして、今まで手出しをして来ないのは…おそらく、ある人の様子を見ているから…でしょう」

 

「えっ?どう言う事?」

「もしかして、私…?」

 

大和が自分を指さしたが、妙高は首を横に振る。大和では…ない。では…誰だ?

 

「大淀さんと高雄さんが調べたデータでは、ここに来た艦隊は大府提督とその部下のもの、合わせて10は来ていると言うデータを得ました。大府提督のものですので、どこまで信用できるかはわかりません。ですが、あるデータだけは本物であると思っていたそうです」

 

「それは一体、何なのですか?」

「翔鶴さん。私は今でも眉唾なんですけどね?壊滅した艦隊には、必ず…()()()()()()()()()()()()()()…と言うことです」

 

「ある艦娘?それって…まさか!?」

 

「五………航戦…………」

 

ゴボッと言う音と共に、鈍く、錆びた鉄を擦り合わせたような嫌な声が聞こえた。静かに、全てを恨み、憎むかのような怨嗟の声。瑞鶴と翔鶴にははっきりと聞こえた。そう…「五航戦」と。

 

「大和さん、待って!!」

「!?ですが、敵の反応!」

 

「無闇に撃つのは危険です!撃たないのが危険なのも承知ですが!!」

 

泡が浮かび出た所に砲を向けた大和を制止する鳥海。全ては冷静に。氷のように。決して自分が今冷静を欠いたら終わりだ。今の声で予想は確信に変わる。ああ…夢であってほしい。違うと安心させてほしい。でも、やっぱり。私と大淀さんの計算通りだったのね…。

 

瑞鶴が矢を向ける。誰だ。自分たちを狙う、浮かび上がってくる何か。いや、何かと言うか…わかっているんだ。わかってしまった。先ほどの声で。あの嫌味ったらしい呼び方。「五航戦」と言う呼び方はもう彼女しかいない。でも、違う。違う。彼女の記憶を持った別の奴であってほしい。お願い。お願い!!

 

翔鶴も矢を向けた。あの呼び方。それはもうあの人しかいない。どうして自分たちをそう呼べたのか。今から目にする深海棲艦は、もしかして最悪の邂逅ではないのだろうか。瑞鶴…大丈夫かしら…。玲司さん…そして、玲司さんと共に戦った艦娘の皆さん…どうか、私たちをお守りください…。

 

「何かあったらきっと、チカラになってくれるよ」

 

そう慰霊碑に手を合わせながら言ってくれたから。お願い、瑞鶴を…みんなを守って!!

 

水底から浮かび上がった深海棲艦。それは人型であった。そして、球磨達は見た。それは能代から出撃してしはらく経ってたから聞かされた情報の通りの姿をしていた。しかし、深海棲艦の中でも、とびきりの奴だ。禍々しい真っ黒のオーラが濃霧のように奴を包んでいる。こいつはやべえ。そう思った。龍田も薙刀を構えているが、その禍々しさに圧倒されていた。

 

球磨達には一瞥もくれず、ソレは瑞鶴達を見た。瑞鶴は目を疑った。ソレは見覚えのある見た目をしていた。真っ赤な殺意のこもった目。しかし、華美な装備も、戦艦棲姫のような巨大な艤装もない。手に持ったシンプルな黒い弓。真白な太ももまであるソックス。かつては黒ではなかったか?真っ黒な袴。上は血染めのように所々朱い。切れ長の目。そして、長くもなく短くもない髪をサイドで括った髪。それは変わっていない、茶色の髪。

 

「……そのほっぺの傷さ…私知ってるんだよね。それさ、あるほんっとにめっちゃくちゃ生意気と言うか…腹が立つくらい無表情でさ。自分の命は自分で守れって言ってた私の大っ嫌いな空母がさ、一度だけ庇ってくれたんだよね。その時についた傷なんだけど…あのクソ提督がドックに入れないって言って、そのまま傷で残っちゃったんだ。場所も、傷の大きさもまんまじゃん」

 

「瑞鶴…」

 

「そっかぁ…霞ちゃんがあの時、いないよって言った理由ってこれだったんだね」

「瑞鶴さん…?まさか…!」

 

妙高が狼狽る。それは妙高も聞いていた。

 

「そこに青い袴をはいた生意気そうな顔した空母っぽい人、いない!?」

 

その言葉。ああ…何というイタズラでしょう…残酷すぎやしませんか…。妙高は涙が出そうになった。

 

「後は頼んだって北上に頼んだってね。みんなを生き残って…生き延びてねって言ってたんじゃなかったの?どうなのよ…答えろッ!!!」

 

瑞鶴が鋭く彼女を睨みつける。深海棲艦は髪を少しかきわけ、興味のないような目で瑞鶴を見つめ直す。瑞鶴は怒りの表情のまま、かつての彼女の名を叫んだ。

 

「加賀ァ!!!!」




お花見の時、瑞鶴はどんな気持ちで彼女がいないことを考えたでしょう?そして、その結果が、この再会でした。瑞鶴はただ信じ続けました。きっと、見守ってくれてるよね?と。

次回、瑞鶴と加賀。激情のぶつかり合い。

それでは、また。

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