提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十一話

冷めた目で自分を見つめる彼女を、瑞鶴は怒りを露わにして睨みつける。いくら睨みつけても、彼女は冷めた目で見つめ続ける。そうだ、これこそが瑞鶴の天敵だった艦娘。航空母艦「加賀」そのものだ。

 

「アナタハ…私ガ嫌イダッタアノ五航戦ニ似テイル…イツモウルサクテ…独リヨガリデ。アノ五航戦ノウルサイ方ネ」

 

「まさか、本当に…加賀さん…どうして…どうして深海棲艦なんかに!?」

 

「五航戦ノイツモ提督ニ犯サレテイタ方ネ。サア、理由ナンテナイワ。タダタダ、全テガ憎イダケヨ」

「どうして…いつも瑞鶴や雪風ちゃん、駆逐艦のみんな、摩耶さん達の身を案じていたじゃないですか!どうしてそんなことを言うんですか!?深海棲艦に何かされたんですか!?」

 

翔鶴が悲痛な声で加賀であった深海棲艦に尋ねる。加賀は興味がないかのようにふう、とため息をついた。

 

「私ガ沈メラレ、ソノ後深海棲艦ニサセ()()、憎シミヲ植エ付ケ()()、アナタ達ト戦ワサセ()()テイルトデモ言エバ満足カシラ?ソレデアナタ達ハ私ヲドウシテクレルト言ウノカシラ?」

「それ、それ…は…」

 

「いいよ、翔鶴姉。今の言い方でわかったよ。あんた、本気で深海棲艦に自分からなったんだね。それであんたはこうやって艦娘を…瑞鶴と翔鶴を狙ってるってわけね」

「……エエ」

 

「その動機は?たしかにあんたは私たちが嫌いだったかもしれない。何人もの翔鶴と瑞鶴を沈めて満足できないの?」

「エエ。沈メテモ沈メテモ満足シナイ。満タサレナイ。アナタガアノ瑞鶴ト翔鶴ナラ…ドウカシラネ…」

 

「そんなことをしてもきっと加賀さんは止まらないわ…きっと、さらに憎しみを増やして取り返しがつかないことになります!」

「ソレデモイイワ…私ノ怨ミガソレデ多少ナリ晴レルノナラ」

 

「晴れないね!あんたはそうやって恨み辛みを集めて亡霊のように海を彷徨うだけよ!はんっ!あの誇り高い一航戦が笑わせるね!」

 

一航戦と言う言葉にピクリと眉が動いた。彼女は無表情だが激情家だ。人一倍、特に怒りの感情は強い。「頭にきました」と言うと、もう完全に怒っている。激怒だ。あの提督はそれを聞いてこめかみの血管が切れて血が吹き出るんじゃないかと言うくらい怒り、喚き倒した。加賀の鋭い目つきには怯えていたが。弱い奴にしか手が出せない。怒鳴ることはできても直接手は下せない。だから、嫌がらせで入渠させずに沈めたのだ。子供よりひどい話だ。「せいせいした」と言った時は本気で殺してやろうかと思った。でも結局、自分も同じだ。強い奴には言うだけだった。

 

「言ウヨウニナッタワネ…五航戦。アナタニハ私ノコトナドワカラナイ」

「ええ。わかんない。それに、深海棲艦なんかに成り下がったあんたの事なんかは一生分かりたくもない!」

 

「ソウ…ソレジャア…死ニナサイ」

 

水面に夥しい数の艦載機が浮かび上がってきた。数が半端ではない。その数は、瑞鶴と翔鶴の艦載機を足してもなお足りない。その数に瑞鶴の頬に汗が一筋伝う。瑞鶴は一瞬で勝ち目があるかどうかわからなくなった。夥しい艦載機。そして、最後まで越えられなかった壁。横須賀でかつて最強で。一勝もできなかった空母。けど、負けるわけにはいかない。

 

やっと幸せを掴んだ姉。最近夜は部屋に帰ってこないで朝戻って来る。何かの本で読んだ言葉「ゆうべはおたのしみでしたね」と言うと真っ赤になって騒ぐかわいい姉。その笑顔と、幸せを守りたい。あんたにはわからないだろう。長門さんが何より願っていた笑顔満ち溢れる鎮守府。それが今現実のものとなった。もうあんな悲しみだけの鎮守府はいらない。みんなで守ると誓った。越えてみせる。あんたを…「一航戦」と言う壁を。「加賀」と言う壁を!!

 

「肉薄する!!くたばれ!!!!瑞鶴攻撃隊、発艦!!!!」

 

矢を放つ。矢はすぐに艦載機となり、加賀へと向かう。加賀は冷めた目ではなく、今度は確実に、瑞鶴を殺すかのような殺気を纏った目で顎をくい…と動かすと、龍驤がよく「たこ焼き」と呼んでいる丸っこい艦載機が動き出した。

 

「瑞鶴を…守って!翔鶴攻撃隊、発艦!!」

 

翔鶴もその数を見て艦載機を放つ。これならば制空権はもらった。2対1ならばあの「一航戦」にも勝ってみせる!!

 

「もらった!この勝負、いける!!」

「バカネ…」

 

瑞鶴達の艦載機、明石改造の「紫電改二」が加賀の艦載機を捉えた。艦戦隊が機銃を撃つ。激しい銃撃戦だが、少しずつ加賀の艦載機が墜ちていく。グッとガッツポーズ。

 

「取った!!」

「イイエ、取ッタンジャナイ…取ラレタノヨ」

 

どう言うことかわからずに加賀を睨んだとき、上空から音がする。上を見ると、またしても夥しい数の何か。それは…

 

「艦爆隊!?」

「きゃあああああ!!!」

 

轟音。それと同時に水柱が高く高く立つ。爆弾を落とし終えた通称「たこ焼き」が加賀のもとへと帰る。ズガァン!!と鳥海が無防備に佇む加賀へ向けて撃つ。バチュン!と当たった音がするが、艦載機が塊となって盾になり、加賀を守る。そんな…艦載機が盾にだなんて…。壊れて落ちた艦載機の代わりに新たな艦載機がまた浮かび上がって加賀を守る態勢を取っている。

 

「主砲!撃てッ!!」

 

霧島が撃つ。妖精さんが大急ぎで撃っては弾を込め、撃っては込め、艦載機を回復させる暇を与えずに深海棲艦に弾を届かせることができれば!!

 

「無理ネ」

「!?」

 

凄まじい落雷があったかのような音がした。

 

「ぐっ…艦攻隊…いつの間に…!」

「……しまった…!」

 

霧島、翔鶴、瑞鶴。攻撃が不能になる。瑞鶴と翔鶴は甲板と弓をやられ、霧島は航行不能。艦戦で制空権争いは囮で、翔鶴、瑞鶴を潰すのが目的。霧島は単に応戦しただけだ。

 

「アナタ達は動カナイ方ガイイワ。五航戦ヲ沈マセタクナイナラネ…」

 

大和や鳥海が砲を構え、狙いつつも、撃てば加賀が瞬間に全艦載機を翔鶴や瑞鶴に向かい、沈めるだろう。加賀にダメージを与えられるか。いや、無理だろう。また無数の艦載機が盾になり、ダメージが軽減される。

 

「どうして…どうして、こんな…こんな!」

「……決まっているじゃない。私は最初から、全てが憎かった。それだけのことよ」

 

「なっ…」

「加賀さん、あなた…」

 

深海棲艦の濁ってくぐもった声じゃない。これは紛れもなく、あの加賀の声だった。その加賀の声ではっきりと。憎しみを翔鶴と瑞鶴に伝えた。

 

「あの提督が憎かった。沈んでいく弱い艦娘は邪魔で。優しく皆をまとめようとした長門さんも…ただなすがままにされている翔鶴、あなたも。そして、何かと突っかかってきた、弱いくせにうるさかった瑞鶴も。全て…全て私は憎い。だから私は…怨嗟の声に乗ったわ。壊せ壊せ。憎め、怒れ。それに同調した。だから、私は深海棲艦になった」

 

翔鶴は涙を流した。こんな、加賀さんが…。

 

 

翔鶴。いずれ救いはあるわ。きっと。

 

 

こう言ってくれたのは、嘘だったのか…!私をどうにか救ってくれようとしたあの時の加賀さんは何だったのか…!信じた私がいけなかったのか!!

 

 

「嘘だよ…」

 

 

一瞬の間。下を向いてうなだれていた瑞鶴が小さくそう呟いた。小さく震えながらも、瑞鶴は小さく反論した。

 

「嘘だよ。そんなの…絶対嘘だ…」

「本当よ。何もかもが、艦娘として生きている時から憎かった。だから私は「だからそれが嘘だって言ってんじゃん!!!!」

 

「私が知ってるあの一航戦の鉄仮面は!!誰よりも気高くて!誇り高くて!何をやっても勝てなくて!!!強かった!!!」

 

瑞鶴はまだ下を向いたままだ。大きな声が辺りに響く。加賀は相変わらず冷めた目で見ていた。

 

「横須賀で…長門さんと並ぶ…希望だった…憧れだった…腹は立つし、いつも負けてばっかりで悔しい目にばっかりあってたけど…それでも、それでも…仲間として、先輩として…空母として!!憧れだった…!!憧れだったのよ!!!」

 

「瑞鶴…」

 

「長門さんと一緒で、誰よりも何とか沈むかもしれない駆逐艦や軽巡を長門さんと一緒に守るのに必死だった。長門さんとの話も何度も聞いた。本当に艦娘の時から私たちが憎かったなら、何で私を助けたのよ!!」

 

……

 

「敵の攻撃が激しい…みんな、持ち堪えろ!!」

 

長門が指示を出す。当時の艦娘の練度、提督の指揮能力からして、あきらかにキャパオーバーな海域に駆り出されていた。当然、この練度でこの海域の突破をすればさぞやもてはやされるだろうから、と言うくだらない自己満足から来る出撃だった。自分は無能ではない。ワシこそが一番強い提督なのだ。艦娘は優秀で、この程度の海域くらい突破できよう。そう言う虚栄心での出撃。

 

だが、度重なる出撃と失いすぎた艦娘。結果として長門や加賀、瑞鶴に負担がいく。瑞鶴はこの時、もう疲労でクタクタで、十全ではなく。攻撃も散漫、回避も散漫。そんな有様であった。

 

「瑞鶴!?何をしている!?」

「あの子…」

 

重巡リ級がもう疲労で虚ろな瑞鶴を狙っていた。いくら空母の丈夫さがあるとは言え、防御の態勢も取らずにまともに食らえばタダでは済まない。だが瑞鶴は攻撃に気付いていない。長門の呼びかけにも反応がない。このままでは瑞鶴が沈んでしまう。

 

「……ぐぇっ!?」

 

服の襟を思い切り引っ張られ、思い切り変な声が出た。それと同時にかなり引っ張られたため息が詰まり、むせる。

 

「ボーッとしていないでくれるかしら。今、あなた1人だけにかけている暇はないのよ」

「ゴホゴホッ…ごめ…加賀さん、顔!」

 

加賀は重巡リ級の砲撃を間一髪で避けたが、顔に深い傷ができてしまった。血が流れ落ちるが拭っている暇はない。袖でグイッと乱雑に拭っては、すぐに弓を引き、矢を放ち、リ級に痛烈な艦爆からの爆撃を浴びせる。

 

「あなたが死んだら、誰があなたのお姉さんを助け、守っていくの?しっかりなさい」

「あ、うん、ごめん」

 

「ずいぶん素直ね…砲弾を頭で受けでもした?」

「うっさい!」

 

「それだけ元気があるなら上々ね。弓を構えなさい」

 

チッと舌打ちしつつも、弓を加賀と同じように構え、敵を屠る。結局、この海域は駆逐艦を多く失ったため、作戦中止命令が提督から下った。貴様らのせいでワシは無能呼ばわりだ!クソが!と喚いていたが、そんなものはどうでもよかった。生きている。それだけで十分だった。

 

「今後、私たちがいなくなったら…あなたがこの横須賀を引っ張っていくのよ。しっかりなさい」

 

何度そう言われたことか。縁起でもないことを言うなと何度怒ったか。五航戦、五航戦としか言われなかった。最後の最後まで。けど、加賀が沈んだと言う報告を聞く少し前に、瑞鶴の耳もとで声がした。

 

「瑞鶴。後は…頼んだわね」

 

その時だけは、自分を瑞鶴と言っていた。死んでも言わないって言ってたくせに。馬鹿。大馬鹿。大馬鹿の鉄仮面。

 

………

 

「…………言いたいことはそれだけ?」

「答えになってない!!」

 

「そんなことは忘れたわ」

「そんな…こと?そんなことですって!?あれだけ、長門さんと私たちのことを案じてくれたことを。私を庇ってくれて助けてくれたことをそんなことですって!?………あったまきた!そう…だったらもうあんたを助けるとかそう言うのはなしよ!海の底へ叩き返してやるわ!!このクソ一航戦!!!!」

 

瑞鶴を光の塊が包み込む。その光は…おそらく…けど、触媒になるものも何もないと言うのに。いったいどうなるのか。一瞬、光の隙間から見えた瑞鶴の片目が、蒼く光っているのが見えた気がした。光の塊を気合いで吹き飛ばすかのように瑞鶴は思い切り立ち上がり、叫んだ。

 

「加賀あああああああ!!!!!」

 

瑞鶴の黒っぽい服は、白く。袴は赤く。羽ばたく鶴のように。カタパルトは木製から別の何かに変わっていた。感情の昂りで艦娘が途中で大規模改装とは…。瑞鶴のチカラの深さはどこまであると言うのか。

 

「……来なさい」

「全機発艦!!」

 

翔鶴の上空を飛んでいた艦爆隊が加賀を一斉に襲う。加賀は冷静に艦戦を飛ばして艦爆隊を攻撃。パラパラと落ちていく艦爆隊。加賀の艦戦部隊も速い!明石の改良が加えられ、スピードが上がったと言うが、それでもスピードは劣る。加賀の艦載機の統率力、そしてスピードは素晴らしいものがあった、加賀に爆弾が降り注ぐが、やはり艦載機でガードされる。

 

ッドォォォォン!!!!

 

爆音と共に加賀が吹き飛んだ。さらに時間差で瑞鶴が吹き飛ぶ。

 

「瑞鶴!?」

「来ないで!!!!ぐああああ!!!」

 

さらに瑞鶴の足元で大爆発。加賀の艦攻隊が放った魚雷だ。翔鶴が近づけば被害はさらに甚大なものとなる。駆け寄り、傷を見ないと…足がやられたならもう動けないのでは…!

 

「くっ…決まらなかった!?」

 

大和の渾身の一撃は読まれていた。機転をきかせて上空のガードに気をやっている瞬間を狙ったが察知されてしまった。しかし、威力は弱まったものの、艦載機の盾をブチ抜いて決まった一撃は、確実に加賀にダメージを与えていた。必殺の一撃を防がれたことで、大和も動揺が隠せない。

 

じゅわぁ…と言う潮の音だけが辺りに聞こえる。加賀は橙の目を爛々と輝かせ、大和や瑞鶴を睨みつけていた。その殺気は鳥海や妙高を震え上がらせるほどであった。深海棲艦としても、最強の一角になりうるその目の色は、戦艦棲姫や空母棲姫の中でもより強い「改」の持つ目だ。多くの艦娘、提督を恐怖のどん底に陥れたその目を今、横須賀の艦娘達も目の当たりにした。

 

「やって……ヤッテクレタワネ。頭ニキマシタ」

「加賀さん、声が…もう、本気で深海棲艦に…」

 

「私ニ傷ヲツケタノハアナタ達ガ初メテヨ。ソレガ…アノ横須賀ノ五航戦ダト言ウノダカラ…ナオ頭ニキタワ」

 

中破にもなっていないだろう傷だ。威力が弱まったとは言え、大和の一撃を小破程度で片付けてしまうその装甲にも驚きだ。今、瑞鶴が怒りで改装したと言うのなら、加賀もそうなったのではないだろうか。先ほどよりも殺気が強まり、そして…禍々しさも増した。何より瑞鶴は改装を施したにもかかわらず、再び中破だ。翔鶴とチカラを合わせても、やはり届かないだろう。

 

「ゔぉおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

けたたましい雄叫びと共に加賀の周りで爆発が起きる。同時に黒い影が加賀を襲う。ガキィン!!!と金属がぶつかり合う音。

 

「おめえら何してるにゃ!多摩達が時間を稼ぐにゃ!早く撤退するにゃ!」

「うふふふふ、私たちを無視するなんて寂しいわぁ〜?ちょっと遊びましょ〜?」

 

「長くもたねえクマ!ケツまくってさっさと逃げるクマ!」

 

ボンボン!とロケットランチャーや三式弾を撃つ。三式弾のおかげで艦載機が無数に復活すると言っても、すぐに傷を負うのでバランスが悪くなり、墜ちる。

 

「わっ!?」

「その作戦乗りました!鳥海さん、妙高さん、早く!!」

 

霧島が瑞鶴を担ぎ上げ、呆然としている鳥海達に指示を出す。霧島の判断では、大和の攻撃でさえ効果が薄いなら装備が十全ではない。加賀が強すぎる。戦ったところで損害が大きいし勝ち目がないと判断した。それよりも前に球磨達が動いた。実際、球磨達はこの空母を倒す術を持っていない。大鳳がいるが、翔鶴と瑞鶴2人でいっても歯が立たず、大和の砲撃も軽減された。その時点でどうにかまず、五航戦を目の敵にしていたのでこちらには隙だらけ。こちらも危険だが、こちらに注意を向けなければ三条艦隊がやばい。使えるものを何でも使って逃す!

 

余っているWG42や三式弾を使い、煙幕や水柱。大鳳の艦爆、艦攻も同じく。龍田が直接斬りかかり、注意を逸らす。

 

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 

悔しさに震える瑞鶴。また勝てなかった。悔しい。悔しいけど、誰も沈まなくてよかった。そう思える余裕はまだあった。

 

「ありがとう、球磨さん」

「クマ?」

 

「球磨さんたちが助けてくれなかったら、私たちもやられてたかもしれないから。あのタイミング、ほんとに助かった」

「クマー。球磨達だってどうやって逃げるか必死だったクマ。大和がアイツに隙を作ってくれたおかげで助かったクマ。こっちこそありがとうクマ」

 

「わ、私は何も…」

「にゃ。アイツは大和の砲撃1発で大和に意識せざるをえなかったにゃ。だから多摩達はガン無視だったにゃ。だから横から思い切りぶん殴ってやったにゃ」

 

「うふふ、助かったわぁ〜。ありがとう♪」

「あ、あう…私…うう、わたしぃ…」

 

「ゔぉお!?な、泣くなクマ!」

「にゃ!?た、多摩達は悪くないにゃ!」

 

安心して気が抜けた大和が泣き出した。横須賀の大和は泣き虫だ。それもとびきりの。まさか最強と名高いかの戦艦が大泣きするだなんて思ってもみないだろう。とにかく、仲間を守れたことに安心した大和は翔鶴がなんとか宥めて泣き止んだ。かなり時間はかかったが。

瑞鶴はまだ闘志は消えていない。次は…勝つ。どうやってかはわからない。けど、次は勝てる気がした。

 

 

「強ク…ナッタワネ」

 

加賀は瑞鶴達が逃げ去った後もそこに佇んでいた。静かに右腕を見る。だらだらと青い血が流れていた。これは球磨や多摩、龍田達の攻撃で受けた傷ではない。これは紛れもなく、瑞鶴が与えた傷だ。大和が撃って吹き飛ばされて受け身を取った刹那、ダメージを受けながらも「彗星」の爆撃で受けた傷。油断したとは言え、あの瑞鶴が私に傷を与えるとは…とじっと傷を見ていた。

 

かつて瑞鶴はどうやっても加賀に傷一つ与えられなかった。弓の腕も敵わず、いつもキーキーと言いながら怒るだけだった。だが、今回の瑞鶴は、吹っ飛んだ一瞬、僅かな隙をついて、正確に加賀を狙ったのだ。その正確な射撃は、瑞鶴の鍛錬の賜物だ。

 

「ゴメンナサイ…」

 

加賀は遠く夕陽を眺めて謝った。彼女は瑞鶴達、そして、かつての仲間である長門に謝ったのだ。加賀の自我は失われてはいない。むしろ、深海棲艦になどなりたくなかった。

 

「加賀。最後まで付き合わせてすまなかったな」

「いいえ…後悔などないわ。ただ…惜しむらくは…」

 

「瑞鶴か?」

「ええ」

 

「心配はいらん。必ず、仲間を守り、強くなる。だから見守るとしよう」

「そうね」

 

「では逝くか!仲間を守るため、共に逝くぞ!!」

 

 

そして加賀達は沈んだ。暗く寒い海の底で、私は深海棲艦の誘惑に負けた。蓋をして閉じ込めていた、あの汚らしい男の感情をこじ開けられた。そして、つけ込まれ、負けた。激しい増幅した憎悪を止めることができなかった。さらに、五航戦を見かけては憎悪が強くなった。憎くなどないのに。それよりも、生きているだろうか。ちゃんと仲間を守っているだろうか。それだけだった。なのに、五航戦を見ると憎悪に包まれ、沈めるまで止まらない。

深海棲艦の因子が瑞鶴と翔鶴のことを強く心残りにしていることを逆手に取り、憎悪を増幅させているのだ。加賀の感情を押さえつけ、ただただ深海棲艦として動かしているのだ。横須賀のかつての瑞鶴と翔鶴と知り、加賀は驚くほどの精神力で瑞鶴達を逃した。目を覚まし、深海棲艦になってしまったことは絶望したが、隣に長門がいないことに安心した。いや、もしかしたら先に深海棲艦となってどこかを彷徨っているのか。いや、彼女の心は気高く、強い。日の本の誉れとまで言われた彼女が深海棲艦に負けるはずなどない。きっと、私とは違って…あの子達を見守っていることだろう。

 

「五航戦…イエ…瑞鶴…私ヲ…殺シニ来ナサイ…殺シテチョウダイ…」

 

加賀の悲痛な頼み事だった。きっと、瑞鶴を見ればまた殺意の衝動に駆られるだろうから。強くなったあの子なら。誇り高き五航戦ならば。きっと私を飛び越えていける。だから、私を助けてちょうだい。待っているわ…。

 

加賀はひとまず島に戻り、傷を癒すのであった。

 

 

嘘だ。絶対に嘘だ。

 

瑞鶴は加賀の言葉を信じてはいなかった。自らの意思で深海棲艦になったなんて絶対にありえない。世界中の艦娘が加賀が自分の意思で深海棲艦に堕ちたと言う言葉を信じても、瑞鶴だけは絶対にその言葉は信じない。断じて信じない!

瑞鶴は長門と加賀が、どれだけ自分たちをいかに沈ませないか、あのクズ男の魔手が及ばないようにしていたか。どんな思いで最期を遂げたか。北上と同じくらい知っているし、加賀と長門が沈んだと知ったときは雪風と同じくらい泣いた。北上にどんな思いで鎮守府を託したのか、それも瑞鶴は北上から聞いていた。

 

「長門さんと加賀さんはさ。最後まであたしに謝ってた。仲間と一緒に笑い合える日を、心から祈ってる。だから北上さん、後は頼みました。加賀さんはそう言ってた。それから、瑞鶴をくれぐれも暴走させないでねとも言われたよ。まあ案の定加賀さんの思惑通りになったねぇ」

 

ケラケラと北上は笑いながら加賀が言い残したことを瑞鶴に伝えた。暴走して迷惑をかけた。顔が熱い。ついこの間のことのように思い出す。でも、そこまで予測もされていたことは、やっぱり加賀さんはすごいと言うか、腹が立つと言うか…。でも、それだけ呆れたとか、見ていられないと言われつつも、思われていたと言うことか…。見捨てられたわけではないし、嫌われていたわけでもない。ちゃんと見てくれていたんだ。そう思ったものだ。

 

だから、それだけ自分を含めて雪風や北上、姉を思っていた加賀が、艦娘として生きていた時から自分たちを憎くて仕方ない、と言う言葉は断じて信じられなかった。きっと何か加賀の考えがあるかもしれない。その真意を確かめるために、加賀に打ち勝つ何かを手に入れなければならない。瑞鶴は、加賀の圧倒的実力を痛感しながらも、闘志をみなぎらせ、加賀にどうやって勝てばいいか。それを考えていた。帰ったらみんなに聞いてみよう。私1人の問題じゃない。私には翔鶴姉や北上たちがいる。みんなで勝とう。そう自然と思えるようになっていた。

 




瑞鶴と加賀、因縁の対決はひとまず瑞鶴の負けです。第二ラウンドの準備をして、今度こそ先輩を打ち負かし、目を覚まさせてやる、そんな強い気持ちで瑞鶴は帰還。闘志は燃え、壁を乗り越える気迫は十分。

「天空の黒鶴」、羽ばたきの時。

それでは、また。

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