提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十三話

西方海域に再び戻ってきた瑞鶴と翔鶴。そして、かつて加賀と共に生きて、生き延びた横須賀の面々。さらには扶桑、大和、神通、吹雪、伊168、伊58。戦闘海域直前で停止。そしてみんなの方を向き、お辞儀をする。

 

「みんな、ここまで来てくれてありがとう。これから…敵、深海棲艦の加賀さんを…倒します。見た目は加賀さんだけど、敵だから。何があっても、どんな事になっても…絶対にためらっちゃダメ。みんなで帰るには…絶対にためらっちゃダメだから。いい?」

 

全員が頷く。情けは無用。かつての仲間でも、もう深海棲艦。一切の情を排除して敵を倒さなければ、相手は横須賀最強だった空母。さらに憎しみでチカラが増幅されている。死が待っている。

 

「瑞鶴」

 

北上が声をかける。あのいつも気怠そうにしている顔が真剣な表情。もう加賀の強い気配を探知しているらしい。夕立が唸っている。グルルル…。本当、夕立は犬っぽいと言うか…。

 

「何?北上」

「んー、別にこれと言ってないんだけどさぁ。あんたとはいろいろとケンカもしたし、いざこざがあったけど。やっぱり、大事な仲間だから。ダチだからさ。死んだらダメだかんね」

 

「ふふ、私を友達って言ってくれるんだ。ありがと。うん。北上もね」

 

ポン、と瑞鶴の左肩に手を乗せた。チカラを込める。それは、右肩をしっかりと握って、思いを託した龍驤のよう。胸が…熱い。

 

「龍驤さんのマネ。あたしじゃ加賀さん倒すの無理みたいだからさ。勝ってね。それ、左肩に込めておくからさ」

「うん…」

 

瑞鶴は何も言わなかった。北上の思いをしっかりと受け止めるために。2人にはもう余計な言葉はいらない。勝ってね。うん。それだけでいい。

 

「よっし、じゃあ、行きますかー!!各艦、配置について!!」

 

そう言うと潜水艦達は潜り、夕立や吹雪達、全員が位置についていく。と、背中をバァンと叩かれた。いった!?と声をあげた。

 

「気張りすぎんなよ!空はあたしと吹雪が守ってやっから!いってくるぜ」

「摩耶…うん!」

 

「帰ったら一緒に寝ようね、瑞鶴!」

 

摩耶と最上。2人は騒がしい悪友。今は安心して背中を。空からの攻撃を任せられる。みんなの思いは受け取った。行こう。

 

「瑞鶴、始めましょうか」

「うん。翔鶴姉。行こう!」

 

キナサイ

 

そう声が聞こえた気がした。言われなくなってやってやるわ!

 

「第一攻撃隊、全機、発艦!!」

 

まずは翔鶴が艦攻隊を発艦。それを確認したかのように、大淀から指示が飛ぶ。

 

『敵、艦載機発艦!すごい数…瑞鶴さんの方向へまっすぐ向かっています!同時に、敵艦隊、多数接近!各自!戦闘態勢!!!』

 

「来るぞ吹雪!すげえのが!!」

「はい!いつでも…いけます!!」

 

すぐさま翔鶴の艦戦隊と衝突。さらに後追いでたくさんの艦爆隊や艦攻隊が迫っている。その数は、おそらく龍驤と赤城を足してもまだ多い。しっかりと引き寄せ、摩耶が撃つタイミングを狙う。

 

(まだだ、まだ。もっとこっちへ来な。加賀さん、あんたの艦載機の動き、龍驤さんと赤城さんのに比べたら…トロいぜ!)

(見える…私にも…先生達の教えはすごい!私も、役に立つんだ!)

 

「撃てえええええ!!!!」

「たああああああ!!!!」

 

摩耶の掛け声と共に吹雪も機銃を一斉射。2人のハリネズミのような対空機銃が一斉に火を噴き、一直線に向かってくる艦載機をバラバラと撃ち墜とす。しかし、遠くを見ると墜ちたと同時にすぐさま次の艦載機が水底から浮かび上がってくる!

 

「とにかく撃て吹雪!弾が切れる限界まで撃ちまくれァ!」

「はい!!」

 

摩耶と吹雪はある大淀の仮定のもとで機銃を撃ちまくる。それは大淀を完全に信頼しているからこそできること。大淀を信じてただひたすら撃つ。そのふとした瞬間を狙って、瑞鶴は一本の矢を空へ目掛けて撃った。その勢いの乗った矢は空を裂き、まるで矢に白い小さな羽が生えているかのようだった。

 

……

 

(おかしい)

 

加賀は翔鶴だけが艦載機を放ったのは見たが瑞鶴の動きがない。アウトレンジから何を企んでいる?こちらからは高く飛んだ監視用の艦載機から情報はお見通しだ。アウトレンジから私に攻撃を仕掛けても、無意味なことはわかっているはず。なら…何を仕掛ける気?私が見ていること、無駄なことを知っている上で、アウトレンジから決めるよほど自信のある何かを…持っている。

だが、何をしてこようとも、いざとなれば盾を張ればいい。余裕は…ある。さあ、来なさい。

 

そうして瑞鶴の様子を見ていると、監視されている事に気付いていた瑞鶴が艦載機の方を見て何かくちを動かしていた。なんだ、何を言っている…?

 

バ   カ

 

次の瞬間、天高く放った瑞鶴の矢に火が灯り…消えた。

 

(!?)

 

空を切り裂く凄まじい音と共に、高速…いや、超高速で迫る航空隊。何だそれは。そんな速いものは知らない。対処ができない。すぐに迫ってきて爆撃を繰り出す。咄嗟に加賀は艦載機を水底から呼び出し、盾の形を取る。これならば…そう思っていた。が、その考えは一瞬で刈り取られた。

 

凄まじい爆音が聞こえる。それは…先日聞いた凄まじい音。それは…。

 

「くっ!?」

 

たまらず…前方に防御の陣形を取ったが、それでは…。

 

「よし!いっけぇ!」

 

上空への防御が回らない。やられた。キイイイイイイイン!!!と言う鼓膜が破れそうな豪音で迫ってきた何かがカキン!と言う音と共に爆弾を投下した。

 

爆発。爆発。水柱と煙が絡み合う。続いて翔鶴の艦攻隊の魚雷が炸裂。再び激しい音が響き渡る。瑞鶴、翔鶴、そして大和。3人の連携攻撃が光る。倒しきれるわけがない。けど、有効打になれば!

 

「頭ニキマシタ」

 

濁った加賀声が聞こえる。どうやら激怒したらしい。ふんっ、と腰に手をやって威張って見せながら前進する。アウトレンジからの攻撃はもう加賀には通用しない。距離を偉そうにしてやったと言う顔をして詰める。

 

「どうよ、加賀さん!私たちの連携は!」

「詰メガ甘イワネ…戦艦ガイルノナラ、一撃デ私ヲ倒スベキダッタワ」

 

「それがうまくいけばねー。だって、どっかの一航戦、しぶといしかったいからさー」

「勝利ノチャンスヲ逃シタワネ。コレデアナタ達ノ勝チ目ハナクナッタ」

 

「それはどうかな?私たちのチームワーク、侮って大丈夫?」

「心配ハイラナイワ。アナタノ仲間ヲ1人ズツ絶望ニ追イヤリ…最後ニ五航戦…アナタ達ヲ海ノ底ニ墜トシテアゲルワ。水底ニ墜チナサイ…五航戦」

 

「お前が墜ちろ、一航戦…加賀ァ!!」

 

カッと瑞鶴の片目が蒼くなった。それに呼応するかのように、翔鶴の全身を真っ白な光が包み込んだ。

 

「瑞鶴を…みんなを…守るの!」

 

見た目こそ変わっていないが甲板が瑞鶴とは違うが、若干姿が変わった。なぜか艦載機の搭載数が増え、攻撃力も上がった。瑞鶴は装甲を上げたがためにやや搭載数が少ないが、翔鶴は艦載数を増やし、攻撃に特化する。攻撃の「改二」と守備の「改二 甲」。翔鶴は改装が起きたことも気にせず、加賀へ向けて矢を放った。

 

「イイデショウ。勝負ヨ、五航戦」

 

海の底から再び艦載機を呼び出し、翔鶴と瑞鶴の攻撃に備える。しかし、攻撃にばかり手を回すと再び強烈な戦艦2名の攻撃が防ぎきれない。加賀はこの時点ですでに詰みを感じていた。だが、かつての一航戦の誇りに賭けて、あの五航戦に参ったと言う気はない。もともと死ぬ気だったのだ。ならば、最後まで見せてもらおう。今の横須賀の子達がどれだけ変わったのかを。

 

もうひどいことはされていないだろうか。ご飯はちゃんと食べれているだろうか。見たところ入渠はちゃんとできているらしい。見たことのない装備がいっぱい。手入れもしっかりされていて、きれいだ。みんなの目が輝いている。ああ、そう。今の鎮守府は…変わったのね。安堵した。

 

「吹雪!来るぞ!構うこたねえ!撃って撃って撃ちまくれ!!」

「はい、摩耶さん!いきます!」

 

摩耶さん。あなたは良い後輩を持ったのね。面倒見は良かったものね。対空、すごいわね。あなたはあなたのできることを見つけたのね。あなたはずいぶん悩んでいたから心配だったわ。ちゃんと、頑張っているのね。

 

バタバタ墜ちていく艦載機。数は先ほどより少なくなった。摩耶は大淀の指示をしっかりと守り、全力で撃ちまくった。ある仮定を信じて、砲身が焼け付きそうなくらい撃つ。

 

「艦載機の数が減った…?いえ、あれはハッタリですね」

「はい。大和さんと扶桑さんの砲撃を恐れているようです。ですが、まだ数は持っていると思います」

 

「各艦!まだ艦載機はあるはずです!気を緩めずに空を警戒してください!ですが、摩耶さんと吹雪さんを信じて攻撃を続けてください!」

「大淀さん、計算通り、敵艦は多くありません。私も最上達の支援に回ります」

 

「はい!お願いします!」

「大淀さんは私が責任を持ってお守りしますからね」

 

「扶桑さん、よろしくお願いします。五十鈴さん、潜水艦の撃破を開始してください!」

『了解!時雨、村雨!いくわよ!』

 

「これから潜水艦を?」

「はい、鳥海さんとの話し合いで、潜水艦もいるだろうと判断しています。ですが、すぐ出てくるのではなく、私たち各自が散開したあとに動きの速い者順から攻めてくるだろうと想定しました。現に、五十鈴さんは何か見えていたようですから」

 

「まあ、五十鈴さんは目がいいんですねぇ」

「え、ええ…そう、ですね…」

 

扶桑のズレた驚き方にズッコケそうになったが、なんとかとどまった。普段はこんなにおっとりしてズレているのに…

 

「では、私も援護を始めましょう。主砲!準備を!」

 

ズシンと周りの空気が変わり、目つきも鋭い。その気迫に一部の深海棲艦の動きが止まる。野生の獣のように動くイ級やロ級。ホ級などが反応してしまい、リ級も圧倒される。横須賀の扶桑は何か違う。そう演習でも言われるくらい、扶桑の気迫は凄まじい。

 

「扶桑さんが援護します!鳥海さんも向かいます!最上さん、戦艦のお相手、お気をつけて!」

『りょーかーい』

 

大淀さん。あなたの指揮は本当に素晴らしいものでした。あなたが全てを指揮してくれたらあんなにも仲間を失うことはなかったでしょう。嫉妬して自分がやると言った指揮はひどいものでしたから。その指揮に磨きがかかり、素晴らしい指揮ね。実際、私の艦載機はまだいける。あえて、私に聴こえるように言ったわね。ちょっと頭にきます。けど、そのあなたの抜群の指揮で、仲間を勝利へと導いて頂戴。

 

「私に続いてください!」

「了解、名取さん、敵は鳥海さんの計算通りだよ。やろう、電」

 

「なのです!電の本気を見るのです!」

「さて、私も全力で加賀さんにチカラを見てもらおうかな…いくよ」

 

響も白い光に包まれる。響は朝潮が「牙の女王」として開花し、より努力を朝潮と同じくらいした。結果としてまず改二に匹敵するチカラを得た。Верный。信頼と言う意味の艦となった。仲間との模擬戦では群を抜いてタフな耐久力。下手な駆逐艦の攻撃。軽巡の攻撃では良いダメージが与えられない。

 

「………ヴェールヌイ…いや、響、行くよ」

「響ちゃん、電ちゃん、お願いします!」

 

名取の号令と共に電と響が攻撃を開始。激しい砲撃戦になる。

 

ドン!!

ンンンンンン………

 

空気の響きを耳で正確に捉え、回避する。ヴェールヌイになると空気の振動がなぜか捉えられるようになり、攻撃してきた方向や海水の反響のしかたで敵の位置を捉えたり。そう言うことができるようになった。遠距離からの攻撃にもいち早く察知ができる。

 

「電、電から向かって2時の方向に敵だ」

「了解なのです!」

 

「私はこちらをやろうか。ウラー!」

 

電は響の言う通りに敵を迎え打てる。探す時間が省け、すぐに攻撃を開始できるのはありがたい。響もすぐに攻撃を開始。さらには響や電を攻撃しようとする敵艦をボン!と攻撃し、阻害する名取の存在。名取は自分が言うには空気。いてもいなくても気づかんとよく安久野に言われてきた。だから空気。ならその存在感の薄さを活かし、あたかも突然現れたかのように横から、後ろから思い切り殴られる。だからこそ、縁の下の力持ちと言われるわけで。

 

「当たってくださーい!」

 

横から打たれ、名取の方を見てしまうと今度は電や響から撃たれるのだ。名取を追えば別の艦に撃たれる。名取は危険な役目を負うが、それでも仲間の安全を確保できるのなら、自分も一層気を付ければいいだけだ。

 

響さん。あなたは沈んでしまったはず。では、違う子?いえ、あの電さんがあんなに信頼しているのなら、あなたはあの響さんなのね。ああ、どうしてかはわからないけど、生きて帰ってきたのならよかった。よかったわね…電さん。

 

電さん。あなたは響さんを始め、みんながいるわ。泣いてばかりではなくなったのね。泣き虫なのはいいけれど。あなたは笑顔がかわいらしいのだから、そのかわいい笑顔を保って。みんなに笑顔を振りまきなさい。

 

名取さん。いつも怒鳴られ、小さくなっていたけれど、自分が危険な目に遭う大変なこと。それは真似できるものではない。あなたは大きな何かを目に宿していた。その大きなチカラで…何かを変えた。成し遂げた目をしてるわね。あなたはいつも自信がなさそうだけれど、胸を張って大きくいなさい。きっとそれが鎮守府の支えになる。

 

「やあ鳥海。準備はいいかい?」

「ええ。そっちは任せたわ。私と大淀さんの目論見が確かなら…瑞鶴さん達の助けになるわ」

 

「よーっし、これで瑞鶴に貸しを作っておこうかな」

「もう…最上、ふざけないで。阿武隈さん、準備はいいですか?」

 

「冗談だよ!さ、いこうか!」

「阿武隈!攻撃に入ります!いってー!!」

 

最上が瑞雲を飛ばし、鳥海が砲を撃つ。瑞雲は加賀の周りを忙しなく飛び回る。鳥海が加賀の気迫に負けることなく、加賀に砲を撃ちまくる。目的は瑞鶴からの視線逸らしと盾を剥がすこと。阿武隈は周囲の軽巡や重巡に得意の魚雷を撃つ。

 

「きっと加賀さんの艦載機は無限にではなく、有限です。瑞鶴さんを勝利に導くにはひたすらに艦載機を撃ち墜とすことです」

「そう多くはないはず。摩耶と吹雪さんはとにかく飛んでいる艦載機を墜として。盾は私や大和さんが墜とすわ」

 

そう言う目論見のもとで加賀を狙う。危険だが勝つためだ。多少の危険は冒す必要がある。

 

「鳥海!左から敵が来る!」

「……最上、阿武隈さん、お願い」

 

「了解。無茶しないでよー」

「よーし、いきまーす!」

 

最上と鳥海のチームワークはいい。摩耶も加えて3人で出撃もよくやっているから。多くを指示しなくてもすぐにわかり、行動に移す。最上は横からやってきた戦艦や重巡を相手に立ち回る。フラフラしたり、突然止まったり、トリッキーな動きが得意だ。そうしているうちに戦艦に痛烈な一撃が刺さる。扶桑だ。鳥海のサポートで大和が動く。盾は削れていく。

 

阿武隈が名取と同じような行動を取る。魚雷の強烈な一撃もお見舞いしつつ。名取の動き、同じ軽巡なら真似してみようと教えてもらったのだ。姉のように本当に消えたかのようにとまではいかなかったが、それでも相手の砲撃の邪魔をすることはできた。阿武隈の場合はそこに自分の魚雷のチカラをミックスして果敢に攻めるやり方を覚えた。名取のように完全にサポートに回るのは難しいから、攻撃しちゃえばいいと言う結構強引なやり方ではあったが、型にははまったような気がする。

 

「扶桑、ありがとう!」

『どうしたしまして』

 

「盾の数が減った…ブラフではなくなってきたわ。最上、いける?」

「任せて!阿武隈、魚雷はまだいけるかい?」

 

「はい!まかせてまかせてー!」

 

最上さん。あなたがいてくれたら…ごめんなさい。責めてももう過ぎたこと。今はしっかり前へ出て戦っているのなら、それでいい。本当は頼りになるのだから。もっとその持ち前の明るさと、強さで、鎮守府を支えて。お願いよ。

 

鳥海さん。摩耶さんに気圧されて、その真価を発揮できないでいたけれど。やはり頭脳派ね。大淀さんに引っ張られたのかしら?いいこと。鎮守府を支えるにはみんなをまとめ、指示する頭脳が多ければいい。鎮守府はこれなら安心かしらね…。

 

阿武隈さん、名取さんもだけれど、あなたのお姉さん、守れなくてごめんなさい。私に抱きついて大泣きしていた時、慰めの言葉1つもかけられなくて申し訳なかった。前を向いて歩いているのね。魚雷、すごいわ。強くなりましたね。今までと服が違う…改二…と言うやつかしらね。いいことだわ…あなたはもっと強くなれると思うから…。

 

「見つけたわ!潜水艦!五十鈴の目はごまかせないのよ!」

「村雨、いこう!」

 

「はいはーい!お任せ!」

 

提督に助けられて、みんなと笑って。そうして僕たちはここにいる。加賀さん。僕たち、こうして海を走れるようになったよ。

傷は残っちゃったけど、こうして目も見えるし、ちゃんと走れるんだよ!

 

なんと村雨は加賀に手を振る。敵だと分かっていても。私たちをわかってくれているのなら、こうして元気でいることを伝えたい。ごめんなさい、と謝っていたことを朧げに覚えているから。いつの間にか村雨は服装が変わっている。加賀さんに見てほしくて、気がついたらなんか改二になっちゃってましたー。

 

「さあ、いくわよ!五十鈴のチカラ、見せてあげるわ!」

 

五十鈴は潜水艦が最初からそこにいるのがわかっている。どこに隠れようと、そこにいる。見逃さない。

 

「時雨!魚雷が来るよ!」

「!!!」

 

五十鈴に見つかったことで慌てた潜水艦が放ったものらしい。まっすぐこちらと瑞鶴の方へと伸びていく雷跡。しかし魚雷は途中で爆発する。北上が仁王立ちしている。いつの間にか魚雷を魚雷に向けて撃っていたらしい。

 

「五十鈴!」

「ありがとう、北上!バカね!当たらない魚雷を撃ったら狙ってくれって言ってるのと一緒よ!」

 

五十鈴は過去に妹を潜水艦にやられ、悔しさにどれだけ泣いたか。自分の無力さを呪った。そのため、安久野がいなくなった後は必死に潜水艦への対策を練りに練った。いつの頃からか潜水艦がどこにいるかがわかる不思議な目と勘を得た。潜水艦から攻撃を受ける前に爆雷を投下できる先制爆雷を繰り出すことができる。後にこれは五十鈴に限ったことではなくなるが、横須賀の五十鈴の場合は光の塊のようなものが見えると言う。姿を隠そうが気配を消そうとしても五十鈴にはお見通しである。

時雨や村雨はソナーや探信儀などを駆使してようやく見つけ出せるが、五十鈴がいればあそこ、ここ。それだけで済むので探索する手間と隙がなくなる。

 

「そこね。五十鈴には丸見えよ!」

「残念だったね…!」

 

五十鈴が指をさす。それは時雨達にそこにいるから投げろと言うこと。本当に投げ入れるだけ。足の裏を何かが叩くような感覚。爆雷が炸裂したのだ。悲鳴が水底から聞こえ、気配が消える。あっという間の出来事に、潜水艦隊の1つが混乱する。慌てて魚雷を発射。

 

「ちっ!魚雷!行ったわ!」

 

しかし、すぐ魚雷は爆発する。時雨達が固まっているとザバッとゴーヤが顔を出す。

 

「ひひ、魚雷に魚雷をぶつけてやったでち。五十鈴さんのおかげでこういうこともできるでち!」

「ちょっとゴーヤ。早く行くわよ。最上さん達をサポートするんだから」

 

「ぶー。行ってくるでち…」

 

不満そうにゴーヤは潜っていった。五十鈴の指差す先をイムヤ達も見ていて、魚雷を見つけたのだ。巧みな魚雷操作で魚雷をぶつけ、被害を抑える。何というか、潜水艦のレベルが妙に高い。鹿島がひっそりと教えていたらしい。潜水艦は味方にも秘密が多い方がいいのだろうか?

 

「さあ、気を取り直していくわ!時雨!ついてきて!村雨、あとは大丈夫!大和たちを支えてあげて!」

「りょうかーい!扶桑さん!上、2!右、5!目標、北上さん達に攻撃を仕掛けている空母隊!いっちゃってくださーい!」

 

『了解しました。主砲、撃て!!!』

 

ボォン!と音が聞こえた。村雨は今、扶桑や大和とどれくらい離れていて、敵がどこにいるかも大淀の無線から把握。目視で確認もしていたが、とにかく距離感を測るチカラが凄まじい。村雨が見つけた新たなチカラ。自分は何で役に立てるだろう?それを見つけた村雨は徹底的にサポートだ。対潜も得意だが、五十鈴や時雨は村雨の役割を深く理解していた。村雨の戦艦をサポートする距離感。山城だけでなく、扶桑や大和、霧島も頼りにしている。

 

「大和さん、上3!左右そのまま!そこ!」

『撃てええええ!』

 

扶桑の砲撃はこれはわざと外す算段だ。直撃弾は防がれるのなら至近弾で揺さぶりをかければいい。本命は大和だ。艦載機の破壊。扶桑の砲撃で気を逸らし、大和で直撃を狙う。戦艦の役割分担を瞬時に行う判断力も鋭い。居場所を見つけるために努力した結果だ。

 

村雨さん。目は治ったの?ならよかったわ…。あなたのかわいらしい顔に傷を残してしまったこと、ごめんなさい。もう治せないと聞いていたのに…一体誰が…でも。よかった。あなたの支援、素晴らしいわ。敵からしてみれば、厄介なことこの上ないけれど。自分のできることを見つける。それはとても難しいこと。あなたは昔からそう言うことをずっと考えていたものね。

 

時雨さん。あなたも…足、治ったのね。2人ともよかったわ。あなたは逆にまだ自分にできることを探しているのね。慌てないこと。そうすればきっと…でも…何か充実しているわね。きっと、何かいいことを隠しているような…。それはきっと、あなた達がより明るい未来を築く為のものになるのでしょう。頑張りなさい。

 

五十鈴さん。潜水艦に苦い思い出があるものね。潜水艦に対する並ならぬ努力をしたのね。それが絶対の自信になっているようね。昔のようにただ己の無力さを恨み、摩耶さんたちと閉じこもっているわけではなく、しっかり前を向いて走っている。閉じこもっていた子達、全員立ち上がれたようでよかったわ。

 

「ぽーい!そこの艦隊、邪魔っぽい!」

「あー、ごめんぽいぽい。そこの艦隊、すでに終わってるよ。だって、ねえ」

 

轟音。北上が静かに撃った魚雷が炸裂したのだ。イ級の群れがなす術もなく魚雷で吹き飛んだ。パラパラと破片が降り注ぐ。水柱に突っ込み、ずぶ濡れになりながらも直進する夕立。その先には大きく口を開けて砲を構える駆逐ナ級。駆逐艦のくせに巡洋艦でさえ致命的なダメージを与えることもある高火力の駆逐艦。まっすぐ突っ込む夕立を狙う。格好の的だろう。

 

「ぽーいっ!!」

 

緊張感のない掛け声と共に消えた。探す間もない。脳天にドンッと言う音を聞いてすぐ、ナ級は意識が飛んだ。脳天に穴が1つ。夕立は神通と共に練習していた跳躍を駆使したのだ。着水と同時に四つん這いで紅い眼を輝かせ、疾る。猛獣が荒野を駆けるかのように。牙を剥き出しにして、笑っているのか、怒っているのか。

夕立が狙いを定めている獲物にさらに神通が、逃げようとする先に正確に砲を撃って足止め。ギッ!?と妙な声を出して動きを止めるへ級。猛攻は少しずつへ級に傷をつけ、唸っている間に…紅き眼の獣が…。

 

ドンッ

 

頭を吹き飛ばされて終わる。絶妙なコンビネーション。神通を信用してこその突撃。

 

「神通さん!」

「はいっ!」

 

夕立さん、無茶な突撃…ではなく、相方を信じて危険なら引く。それを覚えたのね。私といたときは危険すぎて引き止めなければならなかったけど…そう。みんなと生きるために変えたのね。それができるだなんて、すごいわ。もうみんなを不安にさせるやり方はやめるのよ…?

 

「まさか、加賀さんが深海棲艦になっちゃうなんてね。やっぱり、あたしたちを恨んでたってのはマジだったわけ?」

「………」

 

「だんまりかー。つかさ、あたしと雪風に未来を託しておいて、自分はその未来を摘み取りに来たって言うの、マジ笑える。冗談じゃないよ…なめてんじゃねえよ」

 

冷たい眼差しで加賀を睨みつける北上。そう、雪風と横須賀の未来を託した人が、自分たちを殺そうと立っているなんて笑えない冗談だ。瑞鶴からそのことを聞いたとき、怒るというか呆れた。失望した。でも、実際に加賀を見た北上はクスッと笑った。何だ、昔と変わってない。

 

「……加賀さん、やっぱ嘘つくのへたっぴだね」

「何ノコトカシラ」

 

「いや、あたし達を殺そうって気、ゼロっしょ」

「何ヲ言ッテイルノ?カツテノアナタタチナラバ尚更好都合。全員沈メテアゲルワ」

 

「いやー、嘘だね。だったらきっちり防御取んなきゃさ」

 

加賀に迫る北上の魚雷。いつのまに。しかも数が多い!!咄嗟に艦載機を盾に使うが…加賀は大きく魚雷の爆発による波に足を取られる。体勢を立て直そうとしたとき、加賀は気付いた。自分に迫る、もう一つの魚雷の群れが迫っていること。

 

「ナ…」

 

防御を取る間もなく、魚雷が刺さる。それは確かに加賀に明確なダメージを与える一撃だった。放ったのは誰だ。辺りを見回す。そこにいたのは魚雷発射管をこちらに向け、涙目で佇む白い妖精。

 

「雪風…サン」

「加賀さん…ごめんなさい。あたしは…加賀さんを守れませんでした。幸運の女神なんて言われていたけど…雪風は…」

 

「それならあたしも守りきれなかった。単に…あたしの…あたし達のチカラ不足だったね…長門さんは許してくれた。加賀さん、あんたは?」

「許してもらえるとは思っていません。けど、ここで沈むわけにもいきません!ごめんなさい!みんなと一緒に…生きたいから!加賀さん!ありがとうございました!加賀さんと長門さん、北上さん…みんなのおかげで雪風は!生きてます!!これからも、しれえと!みんなと!加賀さん達が守ってくれたこの命!大切にします!!」

 

「………」

 

ああ…よかった。新しい提督を…慕っているのね。なら、もう酷いことはされていない。誰かが沈むこともない。そう。みんな。強くなったわね。北上さん。あなたに未来を託したこと。雪風さんを任せたこと。間違いではなかった。私は長門さんのように心から強くなかったから。深海棲艦の言葉に負けた。あなたや雪風さん。生き残ったみんなのように強い心があれば…大切なあなた達に牙を剥くこともなかったのに…。ごめんなさい。弱い私を許して頂戴。

……これで安心しました。もう何も思い残すことはない。さあ、いきましょうか。最後に…五航戦。いいえ、翔鶴、瑞鶴。越えていきなさい。瑞鶴。今度は貴女が…みんなを引っ張っていって頂戴。貴女にはそのチカラが絶対あるはずだから。

 

「モウ盾ヲ作ルホドノ艦載機ハナイ。後ハ…攻メルダケシカナイ」

「そう。ありがと、北上。雪風ちゃん」

 

「…決めてよ、瑞鶴」

「……瑞鶴さん!」

 

「さあ、ケリをつけよっか。加賀さん」

「エエ。終ワリニシマショウ……キナサイ」

 

艦隊は全滅。残るは加賀だけ…。全員で叩こうとはしない。これは翔鶴と瑞鶴。いや、瑞鶴と加賀の問題だ。お互いに弓を構える。強く引き絞った弦。弓がしなり…矢が放たれ、空を切り裂き、お互いを貫かんばかりに飛ぶ!

 

「勝負よ!加賀ァ!!これで終わりよ!!」

「瑞鶴…終ワリニシマショウ」

 

「いけえええええええ!!!」

 

瑞鶴の咆哮が辺りに響き渡った。

 




次回、決着。

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