提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十四話

「いけえええええええ!!!」

「………」

 

瑞鶴が吼えながら矢を放ち。加賀は無言で放つ。動と静。正反対の性格をしている2人の空母がぶつかり合う。お互いが放つは瑞鶴は最も得意とする艦爆隊。加賀は艦攻隊。

 

「いけー!てっきちょくじょう、きゅうこうか!とつれとつれー!」

「うおおおお、しょうりはわれらにありいいいいい!!!」

 

強烈なGに耐えつつ瑞鶴攻撃隊が急降下。対する加賀の艦攻隊は何も言わずにただ魚雷を投下。加賀に自分の身を守るシールドになる艦載機はもうない。瑞鶴は装甲空母になったとはいえ強烈な魚雷の一撃を喰らえばただでは済まない。加賀は瑞鶴の艦爆の速さに戸惑い、瑞鶴も不規則に動く加賀の艦攻隊の回避ができないでいる。

 

お互いがお互いを攻め、爆発に飲まれる。

 

「ぐぅっ!」

「チッ…」

 

直撃はしなかったが爆風が痛い。一度苦悶の顔を浮かべたが、んふっ、と瑞鶴が笑い出した。それはやがてあはははは!と大笑いを始める。その瑞鶴に、翔鶴は不安になった。

 

「瑞鶴…?」

「おい、なんだよ、壊れちまったか…?」

 

「あー、やっぱり加賀さんは強いなぁ」

「瑞鶴、あんた、諦め…?」

 

「強いなぁ。でもさ、やっとだよ。やっと!」

「やっと、どうしたんですか?」

 

「やっと1発傷つけられたよ!へっ、バーカバーカ!鉄仮面!」

「………アナタ、フザケテイルノ…」

 

「ふざけてるわけないじゃん。こっちは必死だっての。だいたい何?翔鶴姉と2人合わせてギリギリ。私はちょっと傷いったし、加賀さんはあんま効いてないし!でもさ」

 

「デモ…何?」

「昔っから1発も入れられなかったのに、かすり傷でもいれてやれたってのはでかいね。希望がないわけじゃない。みんなのチカラなしじゃ厳しいけど…1発いれて、あんたの口から参りましたって言わせてやるから!」

 

瑞鶴の目はとても、加賀から見て美しいものだった。キラキラと輝き、自分の水面に映る濁りきった目とは違う。しっかりと前を見据え、強いチカラで加賀を見つめていた。決して消極的にならず、諦めず、見る者に勇気を与える目だった。みんなそれを見て、不屈の精神、絶対に勝てるという自信を持ち、不安から攻撃が消極的にならない。

 

瑞鶴の背中は大きく見えた。何ものにも壊されない、ドッシリと安定した壁。加賀から見ても、腕を組み、立ちはだかる瑞鶴は、昔のピーピーと囀っていただけの雛鳥とは違う。瑞鶴を成長させたのは間違いなく、ここで固唾を飲んで戦いの行く末を見守る仲間達と。そしておそらく、遠くで見守っているであろう提督のおかげか。

 

ハッとなった加賀。腕を組む瑞鶴の後ろに、同じようにして大きく立っているように見えるかつての戦友。リーダー。長門の面影が見えた。長門はこちらを見つめ、笑っているように見えた。悲しんだり、哀れんでいるようではない。私を…まだ見捨てていないのか…。周囲を見渡せば北上のそばには大井がいた。大井も沈んだ仲間…ああ、貴方達は…私のようにはならなかったのね…。

 

『加賀。もう何も心配はいらん。瑞鶴は…もう立派に翔べる』

『ほんと、世話が焼けますね、あなたは』

 

……そうか。あなた達がそう言うなら…もう思い残すことはありません。瑞鶴…強くなりましたね。

 

「イクワ…」

「ええ。これで決着よ!!」

 

お互いが矢を放つ。再び瑞鶴の彗星艦隊と加賀の艦攻隊が通常では考えられないスピードでお互いに向かって飛んでいく!

 

「いけええええええ!!!!」

「……!」

 

瑞鶴は吼えつつも加賀の顔が一瞬曇ったことを見逃さなかった。瑞鶴は確かに見た。艦載機が飛び交うその隙間を、翔鶴が放った矢が飛んでいったこと。それが加賀の腕をかすめ、僅かながらに手元と集中力が切れたこと。パッと後ろを見れば、翔鶴も強い眼差しで残心をして加賀を見つめる姉がいた。サンキュ!翔鶴姉!そう思って加賀を再び見つめる。加賀は橙色の目を細めたりすることもなく、瑞鶴を睨んでいた。だが、翔鶴のせいで艦隊に乱れが生じていた。これで決められなければもうみんなのチカラを借りても無理だ。それくらい絶好のチャンスだった。

 

横から摩耶と吹雪が懸命に加賀の艦載機を墜とす。加賀は集中力を取り戻し、隊列を整えさせる。瑞鶴は守りを固めつつ、攻撃態勢。加賀の艦隊も魚雷を投下。お互いが攻撃を開始!

 

ドオオオオオン!!ゴッバアアアア!!!

 

爆撃、そして雷撃の炸裂音。黒煙と真っ白な水柱が高く上がる。翔鶴達は動けない。どっちだ、どっちが立っている?勝敗は!?

加賀が煙をめんどくさそうに振り払い、立っていた。ダメージは大きいようだがまだ戦闘は続行できるようだ。一方で瑞鶴は…。

 

「命拾イシタワネ。殺ス気デイタノダケド…」

 

水柱が消えるとボロボロの瑞鶴が立っていた。いや、立っているだけだろう。甲板は壊れ、弓も折れ、もはや発艦はできない。息を切らし、フラついている。立っているのがやっとで、もう戦えない。だが、蒼い眼は強く輝き、闘志を失っていない。

 

「ソノ眼…ソノ眼ガ私ヲ苛立タセル…五航戦…何ガアナタヲソウサセルノカシラ」

「守りたいから」

 

「……何?」

「守りたいから。みんなを。提督さんを。私たちに優しくしてくれる人間のみんなを。私たちが楽しく笑って過ごせる毎日を!だから!私はここで負けるわけにはいかないの!!終わらせない!終わらせたくない!この毎日を!今日はどんなおいしいご飯が待ってるんだろう!明日は何が待ってるかな!みんな!みんなワクワクして楽しい1日を過ごしてる!それを終わらせるわけにはいかないの!!」

 

「瑞鶴…」

「そうだぜ!鎮守府は変わった!瑞鶴の言う通りだ!毎日めっちゃ楽しいぜ!」

 

「ご飯、毎日おいしいのです!摩耶さん達と鬼ごっこ、楽しいのです!」

「新しい加賀さんが知らない仲間も増えたよ。みんなで楽しくやってる。ハラショー」

 

「くさーいきたなーいドックも変わったよ。いいお湯で疲れなんか吹っ飛んじゃうね。露天風呂から眺める海に沈む夕陽。たまんないよ!毎日入っていつも元気いっぱいさー」

 

摩耶が、電が、響が、最上が言う。辛そうにしているがそれを聞いて瑞鶴は笑っている。生まれ変わった鎮守府を。本当なら加賀さんにも見てほしい。言わないけど。死んでも言わないけど。毎日加賀さんの夕飯のおかずを一品奪って、お風呂では背中をわざと強くガシガシ洗ってやる。夜は枕投げで徹底的にいじめてやるんだ。うちには電ちゃんがいる。響ちゃんを救った電ちゃんがいる。そうして艦娘に戻ったら、私が今度は上で、加賀さんが下。こき使ってやるんだから。だから、負けられない。

 

「クダラナイ…ソンナモノハ私ニハ不要ヨ。私ガ望ムノハ…アナタタチノ…完全ナ、敗…北…」

「ちゃんと言い切りなよ加賀さん。あんた、声震えてるよ。それにさ、深海棲艦はそんなことで涙を流したりしない」

 

北上に言われ、頬に手をやる。青い涙が流れていた。口ではどうとでも言える。だが、私は心までは深海棲艦に屈してなど…いない!だが、体は目の前の瑞鶴を沈めようと動いてしまう。

 

「終ワリヨ。五航戦。イエ、瑞鶴」

 

瑞鶴目掛けて弓を構える。手が震える。殺セ、コワセ!殺したくない。壊したくない。私にとっての光を。長門さんと託した希望を。手が震える。矢が…放てない。

 

「嘘つき」

 

そう瑞鶴から声が聞こえた。その声に動揺した。ドン!横から衝撃を受けた。雪風が、加賀を撃っていた。盾はなく、直撃。駆逐艦の砲だ。そう痛くはない。しかし、その隙にブロロロロ!!とプロペラの音が聞こえてきた。それは…。

 

「私の彗星隊、1発だけでも隙を見せた際にブチ込むための隊をまだ置いておいたのよ…もうギリッギリだったけど、これで終わりよ!!!」

 

瑞鶴は先ほど放った矢のうち、1本、すなわち一隊だけは彗星を上空で旋回させていたのだ。龍驤が言うには「黒鶴隊」。瑞鶴の航空隊の中で最も練度が高く、攻撃力も高い。明石が瑞鶴専用にチューニング、カスタマイズし、さらには妖精さんの熟練度も最も高い。上を見上げれば、超高速で空を裂いて獲物を狙う猛禽のように加賀目掛けて急降下をしていた。まさか、これを待機させながら私と戦っていた?それでいて私に、まさに一矢報いるとは…。

 

こんなに天高く飛べるようになったのね。そして、皆を率い、大きな背中を見せることができるようになるまで成長していたとは。これなら…本当に鎮守府は大丈夫ね。私はこれで、心おきなく…逝ける。

 

『見守ろう。共に』

 

いいえ。私は汚れてしまった。深海棲艦になってしまった。だから、長門さん。あなたのようには、なれない。せめて、私が一番の弟子と思っていた瑞鶴に倒されよう。それで終わりだ。

 

「加賀さん、避けてぇ!!!」

 

馬鹿なことを言う子。だからあなたは五航戦なのよ。もういいの。あなたの成長を見れて私は十分。もう終わらせて。ありがとう。あなたが私を終わらせてくれる子でよかった。

 

スゥ…と目を閉じる。隊長妖精さんは瑞鶴の言葉に驚き、投下を止めようとしたがもうその時すでに遅し。爆弾は彗星から離れ、加賀へと降り注ぐ。もう加賀は爆弾を防ごうともしない。ふっ…と加賀の口角が上がったように瑞鶴は見えた。

 

爆発。爆煙。轟音。精鋭「黒鶴隊」は少しの狂いもなく。完璧に加賀へと爆弾を落とした。完璧に。完璧にだ。防御も取っていないなら…。

 

「お、おい瑞鶴は、今…」

「ええ…避けてって…」

 

「加賀さん!!」

 

瑞鶴が煙も晴れない加賀のもとへと駆ける。ぴゅうと風が吹くと、煙が晴れ、加賀は倒れており動かない。

 

「加賀さん!加賀さん!しっかりして!この嘘つき!私を殺す気なんて…私たちを殺す気なんてなかったくせに!!」

「うるさい…わね…あなたの声は…うるさくて…嫌いよ」

 

「ええ、こんな時でも私を馬鹿にするあんただって嫌いよ」

「そう…それで、いい…ゴフッ!」

 

「加賀さん…電ちゃん!電ちゃん!加賀さんを元に戻せない!?電ちゃんなら響ちゃんみたいにあんたを艦娘に戻せるかも!」

「無理…ね」

 

「そんなのやってみな…!?」

 

瑞鶴は加賀の掴んだ服の隙間から見えた体を見て、固まった。加賀の体はもう…。瑞鶴は静かに加賀の着物の襟を正し、体を見えないようにした。

 

「もう、限界…なのよ。無理やり…深海棲艦に…させられ…しかも、急ごしらえで…少しずつ…私は…壊れていた。思うのは…みんなが…私のようになっていないか…」

 

「加賀さん!今やってみるのです!」

「電さん。もういいの。私はもういいの…あなた達、の。元気な姿が見れただけで…いいの」

 

「何言ってんだよ加賀さん!あたし達はあんたがいたからここまで生きてこられた!加賀さんだって頑張ったんだ!これからは、加賀さんだって…あんただって幸せになっていいはずだろ!?」

 

「加賀さん、体が光に…」

「そんな…加賀さん…」

 

加賀の体は轟沈と同じだ。光になって消えていく。海に沈むのではなく、光となって消えていく。こうなると、もう助からない。電の奇跡ももう、通じない。

 

「加賀さん、最初から死ぬ気でいたんだ」

「ええ、そうよ。北上さん、あなたに未来を託して…よかったわ」

 

「そう。さっきはごめんね。なめてんのかとか言って」

「いいのよ。雪風さんも…」

 

「はい…はい!ゆ、ゆきかじぇは…ゆきかじぇは、かがしゃんや…きたかみしゃん、みなしゃんのおかげで…元気になれました!」

「よかった…笑顔を見せて…」

 

雪風はボロボロと涙を流しながらも、しゃくりあげながらも、笑顔を見せた。とびきりの笑顔だ。

 

「……いい、笑顔ね…」

「……はい!!」

 

加賀に敬礼する雪風。少し笑っているようにも見える加賀。もう光の量が多くなってきた。

 

「五航戦…いえ、瑞鶴。これ、を…」

 

もう消えかけの手に持っていた弓。加賀が艦娘の時からずっと持っていた自分の弓。それは自分の腕と同じだ。どす黒くなっているが、構わず瑞鶴は弓を手に取る。どす黒い弓は、卵の殻が破れるかのように美しい、でもかなり使い込まれたような木の弓に変わる。間違いない。これは加賀がずっと使っていた弓だ。ずっと見てきたものだ。瑞鶴が見間違うはずもない。

 

「あなたに…託すわ。弓が折れて…使えないなら、それを使いなさい。あなたに使えるか…わかりませんが」

「使いこなせるよう練習するわよ。あんたより使いこなしてみせるんだから」

 

「そう。期待しているわ…」

 

弓を渡した手も光となって消えた。加賀は目を閉じる。

 

「五航戦…いえ、ず、いか、く…」

「何よ」

 

「強く…なった、わね」

「そりゃあ鍛えられたからね。ずっと昔、表情一つ変えずに口うるさい人から。それに、今の師匠とね」

 

「安心…した、わ…これなら…もう、思い残すことは…ない」

「そう」

 

「ず、い、かく…あり…がとう」

「お礼を言われる覚えなんてないわよ」

 

「みんな、ずい、かくを…お願い…ね」

「やだ…やだ!私はまだまだなの!あんたに!加賀さんに私!まだ教えてもらってないことがいっぱいある!私はまだ加賀さんを越えただなんて思ってない!」

 

「立派に…越えたわ…翔鶴も…みんなも…生きて…ちょうだい…」

「加賀さん…ありがとうございました…」

 

「泣かない…帰るまで…気を、抜かない、の…ごこう、せん………!?」

 

加賀を抱きかかえていたのだが、最後のチカラを振り絞り、瑞鶴を突き飛ばした。なっ!?と言う声が聞こえたが、それを最後に加賀は意識が途絶えた。同時に凄まじい爆発が起きた。

 

ああ、まだまだ世話の焼ける子ね。泣いていて気付かないなんて。だから五航戦なのよ。でも、これであの子は生きられる。私はどうせ消える運命。なら、それでいい。生きなさい、瑞鶴。その弓でみんなを守りなさい。信じているわ。加賀は光の塊となって消えた。最後に、1番の子と思っていた瑞鶴を守れたことを誇りに思って。

 

一瞬何が起きたかわからなかったが、それは皆同じだった。全員を混乱から目覚めさせたのは、妙高からの無線だった。

 

『皆さん!無事ですか!?正体不明の凄まじいチカラを持った何かが皆さんに接近しています!!!今すぐ逃げてください!!データ、照合します!!』

 

「て、敵!?新しい敵!?」

「落ち着けお前ら!」

 

「……恐ろしいほど禍々しい何かが来るわ…全員、気をつけて…」

「と、とにかく撤退の準備をしよう!瑞鶴!?加賀さんは!?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃない!早く逃げるよ!瑞鶴!早く逃げるよ!」

 

 

ドコニ行クノ?キヒヒヒ!

 

 

駆逐艦は背筋が凍る。巡洋艦も動けない。戦艦はソレを見据える。ソレは一隻だけだった。しかし、一隻でほぼ全員を震え上がらせるほどの何かを醸し出していた。見たことがない。新種か?こんなものが深海棲艦に?

 

「アタシモ仲間ニイレテヨ!遊ボウヨ!」

 

フードをかぶり、よくは見えないが…その口元はサメのような牙。それを剥き出しにし、ニタァ…と笑っている。赤い目は光がなく、狂気を宿しているようにも見える。背丈は駆逐艦ほど。小さい。そして、お尻の辺りから生える尻尾。無数の牙と、奥には大きな砲が見える。その砲は扶桑の砲のように大きく、駆逐艦の砲ではない。

 

扶桑は一目でコレが異質で、今戦っては全員が死んでしまうことを悟った。自分が囮になろうとも思ったが、今のままでは瞬殺される。傷もあるし弾もかなり使っているし、燃料も少ない。ましてや瑞鶴はほぼ大破。他の子達も疲れが見え隠れしている。逃げられない。

 

『お前らはよ逃げろ!!!敵う相手やない!!!そいつは……そいつは………!!『暴虐の姫君』!!!戦艦レ級!!!!!』

 

「逃げろったってどうやって逃げろってんだよ!?」

「……私が」

 

「駄目よ、大和さん。私と大和さんが相手でも、この深海棲艦は止められない…」

「隙がないよ…大淀、どうする!?」

 

「こんな…計算外よ…どう計算しても…私たちが逃げられる確率は…ゼロに近い…」

「鳥海さんもですか。私も、残念ながら。全員で逃げ帰れる確率はほとんどありません」

 

大淀と鳥海が計算をあきらめている。いや、見ているだけでも血が凍りそうな雰囲気を醸し出している、戦艦レ級と呼ばれる深海棲艦。「牙の女王」などと同様に、二ノ名がつけられたモノ。ここで私たちは終わりか。これでもう、私たちは家に帰れないのか。

 

……カ………ろう………

 

小さく、蚊が飛んでいるかのような声で何か聞こえた。

 

「バカやろう…」

 

瑞鶴だ。弓を抱え、うずくまっている瑞鶴から聞こえた。ゆらりと立ち上がる。下を向いたまま。

 

「帰るよ…私たち。提督さんが…祥鳳ちゃんたちが待ってるんだよ。ゼロじゃないなら逃げれるじゃん」

「瑞鶴…そうね」

 

翔鶴が落ち着いた表情で肩に手を置く。そこは…加賀がずっと手を乗せていたところ。

 

「帰りましょう、瑞鶴。加賀さんも…やっと…帰れるわね」

「うん…でもさ…私、ひとつ許せないことがあるんだ」

 

「ええ。私も、許せないことがあるの」

「だよね…やろっか、翔鶴姉」

 

「ええ」

 

「よくも加賀さんを撃ったな!!絶対許さないからな!!!!!」

「加賀さんを撃ったこと、絶対に許しません!!!!!!」

 

加賀の弓を構え、もうあとは艦攻隊しかいない瑞鶴であったがそれに構わずに矢を放つ。翔鶴も、最後まで温存していた瑞鶴の「黒鶴隊」と同じく、精鋭艦攻隊「白鶴隊」を発艦させた。

 

「くたばれ!!!!このクソがああああ!!!!!」

 

「ヒヒ!ヒヒヒヒ!!!!遊ンデクレルンダナ!ジャアイクゾー!!!」

 

どこから出てきたのか艦載機が出てきた。それは少数ながらも鋭い動きで瑞鶴たちの艦載機をすり抜けていく。

 

「てめえ、加賀さんを殺したこと、海の底で後悔しなよ」

「……許しません!!!」

 

北上のまだ残っている魚雷をありったけ放った。雪風も同じく魚雷を見舞う。

 

「は!?」

「えっ…!?」

 

こちらに向けて見える雷跡。レ級は北上たちの気配を察し、魚雷をお返しに見舞っていた!

 

「大和さん!左1!水平!!!扶桑さん、そのまま撃って!!!」

 

戦艦2人による強烈な、砲撃を食らわせる。しかし…。

 

「オオッ!強イゾ強イゾ!!!ジャアワタシモ…ボーーーーン!!!!」

 

尻尾のような艤装から重い砲撃音。それに反応できなかった大和が吹き飛んだ。

 

「ぐあっ!?ガッ!!」

「大和さん!?」

 

あの最強と呼ばれる装甲を持つ大和がいとも簡単に吹き飛んだ。そして…艤装に大穴が空いていた。何だこれは。

 

「オオ!?カクレンボマデ!?ヒヒッ、イケ!!」

 

さらに艦載機が出て、ボチャン、と魚雷を投下。ドンと水中で爆発、まさか!

 

「ブハァ!?」

「ゴホッゴホッ!ゴーヤ!?」

 

「う、うう…大丈夫でち…でも、もう潜航できないでち…」

 

「うあああああ!!!!」

「きゃああああ!!!!」

 

「な、翔鶴さん!瑞鶴!!」

 

「ヒヒッ!ヒヒヒ!!!楽シイ!楽シイナァ!モット遊ボウ!!!」

 

「な、何なんだこいつ…」

 

さらに爆発。今度は北上と雪風だ。北上が水面に浮いて動かない。雪風も重傷だ。

 

「北上、雪風…!」

「クソオオオオオオ!!!!」

 

「最上、待て!!!」

 

仲間がやられていくことに怒りが最高潮になった最上がレ級に襲い掛かる。最上のほうを向いて笑って砲を構えているところに横から砲撃で撃たれるレ級。名取だ。

 

「名取、気を付けて!こいつは!」

「は、はい!」

 

「よくもやってくれたぽい!お前なんか沈めてやる!!!」

「よ、よせお前ら!!!!」

 

摩耶の制止も聞かない。鳥海も向っていた。普段冷静ながら、怒ると手がつけられない鳥海。加賀を撃ったこと、仲間がやられていくのが我慢できないようだが、今は分が悪すぎる。手を出すことが悪手なのだ。どうすればいい…どうすればいい!!

 

「オーニサンコーチラ、手ノナルホーヘ!」

 

最上と名取、後ろから迫ってきた艦載機に魚雷を撃たれる。鳥海と神通。魚雷を撃たれる。名取、距離を詰められ、思い切り殴られる。夕立、砲を撃たれるが直前で回避。しかし、発砲の衝撃が凄まじく、よろけたところを腹に尻尾で噛みつかれる。

 

「ガアアアアアア!!!!」

 

「夕立!!!神通、動くな!!!!」

 

神通が般若のような形相で夕立をどうにかしようとしたが摩耶に止められた。夕立の腹に深く食い込む牙。ボタボタと血が流れ落ちている。

 

「ギギギ…じ、じね!!!!」

 

ドン!!!

 

夕立が至近距離で顔面に撃った。しかし、効果はイマイチでほとんど効いていない。反対に腹に食い込んだ牙が万力のように夕立を締め付ける。

 

「ウギギ…ガアアア!!」

 

獣のような声をあげて叫ぶ。口からも血がドボドボと溢れ出す。周囲は重傷で動けない、もしくは倒れて動かない仲間たちだらけだ。神通が今にも飛び掛からんばかりにしているが、口から血を流しながら耐えていた。大淀は動けない。どうする?もう自分たちに残された時間はない。摩耶は涙を流していた。吹雪も怯えて腰を抜かしている。阿武隈は北上に呼び掛けている。

 

どうしようもできない。その事実に摩耶は涙した。己の無力さが…憎い。

 

「突っ立っていないで艦載機を撃ち落とすことくらいしたらどうだ」

 

隣で聞きなれない声がする。駆逐艦?巡洋艦?誰だ?黒く長い髪をたなびかせ、鋭い切れ長の目で摩耶を見ていた。誰だ!?いつの間に応援が!?

 

「舞鶴鎮守府所属。防空隊隊長、磯風。お前たちの救援に参上した。手を貸せ」

 

舞鶴鎮守府。どうして増援が来たのかはわからない。しかし…こんな駆逐艦では…。

 

「ふん。あの時と変わらんな。だが、私たちも以前とは違うぞ。成長した『黒狼』の姿、見せてやろう」

 

ガコン、ガコンと磯風と名乗る駆逐艦が対空砲火を構える。見たこともないものだ。摩耶の機銃群よりも多いのではないだろうか。

 

「ゆくぞ!!!」

 

オオオオオオオンと言う、まるで何かが吼えているかのような掃射音。バタバタと、先ほど墜とせなかった艦載機が墜ちていく。相手の艦載機もタダでは墜ちない。ウネウネと機銃を回避する。

 

「チッ、さすがだな。称賛に値する」

「言ってる場合かよ。利根姉さん!当たりだ!いたぞ!」

 

「おお、さすがは我輩じゃな!退路もしっかり確保しておいてやったから、ちくまー!いせー!とっとと撤退じゃー!!」

「はい、姉さん!」

 

「了解!さ、こっち!」

「木曾姉さん、私もこいつらを連れて撤退するぞ」

 

「おう」

「オ、鬼ゴッコノ続キカ?」

 

「ねえよ。鬼ごっこは終わりだ」

 

バチュン!と尻尾の顔面目掛けて利根が撃つ。はずみで夕立が落ちる。すかさず危険を顧みずに滑り込みをして夕立を救出。そのまま駆けていくピンクの頭の駆逐艦。

 

「キャプテーン!救出できましたー!」

「おー、子日ナイス。よし、撤退すんぞ!」

 

「逃ガスト思ッテルノカ?」

「無理だろうからさ。ケツまくって逃げるためにお前を囲んでおいたんだよ」

 

「エ?」

 

瞬間、水面が爆ぜた。水柱が邪魔で何も見えない。ダメージは多少。すぐさま反撃に砲をでたらめに撃ったが…。

 

「お前、ほんとバケモンだな。さすがだ。この木曾が褒めてやるぜ」

「キヒッ、キヒヒ!!」

 

「チッ…でもま、お前がオレを気にしてる間に、逃げれたみたいだからよしとするぜ」

 

レ級が周りを見渡すと、散り散りに逃げる艦娘たちがあった。砲を向けようとしても、目の前の艦娘が何をするかわからない。本能でこいつから気をそらすと危険だ、と判断した。この魚雷を撃ったやつは強い。今戦った奴らとは違う。そう判断した。

 

「さて、次は何して遊ぶ?何してもお前にはオレの魚雷を食らわせてやることになるけどな」

「飽キタ」

 

「は?」

「オ前1人ヲ相手ニシテモツマラナイ。帰ル」

 

「……」

「デモ…」

 

 

ツギハオマエラゼンインクッテヤル。

 

 

そういうと背を向けて「キヒ!キヒヒヒ!!!イヒヒヒヒヒ!!!!!」と背筋が凍りそうな笑い声を浮かべて姿を消した。

 

「親父…マジで荷が重すぎるぜ、これ」

 

木曾はただ、静かになった海に立ち、天を仰いだ。

 

………

 

「おい、いいのかよ、あの人置き去りにして…」

「何、心配はいらん。あの姉はそう簡単に殺しても死なん。それより、自分たちの艦隊のことを気にした方がいいんじゃないのか?」

 

「そりゃそうだけどよ…」

「む。噂をすればだ。こちら磯風。ああ、問題ない。全員撤退している。まもなく戦闘海域外だ。ああ、玲司兄さんには連絡した。うむ、礼にオムライスをふるまえと言っておいた。うむ。予定通りの場所で」

 

「うむうむ、よく生きておったのう。あやつに会うて生きておったのは陸奥姉さん達とおぬしらだけじゃ!」

「は、はあ」

 

「それよりも磯風!今聞いておったぞ!玲司のおむらいすが食えるのじゃな!?やったー!!!」

「うむ。そう催促しておいた。私も久々だ。楽しみにしておこう」

 

「あ、あのぉ、はしゃぐ前にけが人の介抱をしてくれませんか?」

「おお、おお!もちろんじゃとも伊勢!我輩、今玲司のおむらいすが食えると聞いてご機嫌じゃ!筑摩も玲司のおむらいす、楽しみじゃろ!」

 

「はい姉さん。楽しみですね」

「仕方ない。これでオムライスと牛乳寒天は堅いな」

 

「とほほ、ごめんね…」

「い、いえ…助けてくださってありがとうございます…」

 

「まあ今はそれどころじゃないからさ、自己紹介や事情の説明は帰って傷を治してからにしよっか。大丈夫、ちゃんと帰れるよ」

 

 

「そうですか…瑞鶴…私たち、みんな帰れるわ」

「そっか…うん。帰ろう…みんなで。帰ろう…加賀さん…」

 

瑞鶴は加賀の弓を抱きしめ、そこに加賀いるかのように語りかけた。右肩にずっと、加賀が手を乗せてくれているような感覚が鎮守府に戻るまで続いていた。その温かさのおかげで意識を保っていられたんだと思う。

 

瑞鶴、しっかりしなさい。

 

そう怒られたような気がして、怒られているのにうれしいな、と思うのであった。




これにて加賀と瑞鶴の戦いは終わりです。そして、突如姿を現したレ級。数年の沈黙を破り、なぜ現れたのか?これから明かしていければと思います。
次回はやや真面目からコメディに変わります。なんせ、フリーダムな磯風と利根の登場ですので。

それでは、また。

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