提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十五話

無線が途切れてからと言うもの、玲司は気が気でなかった。強烈な反応。データ照合を霧島が慌てて行った際、モニターに映し出された姿を見て龍驤が血相を変えて霧島からマイクを奪い取り、逃げろと叫んだ。名前を聞いた途端玲司にも戦慄が走った。

 

戦艦レ級。

 

それは「暴虐の姫君」と呼ばれ、陸奥や赤城、龍驤を瀕死に追いやった深海棲艦であった。あの時、玲司は片時も陸奥たちの傍から離れなかった。血を使うことは父から禁じられ、目を覚ました時は大泣きしたものだ。

 

そして今。そいつが自分の艦娘に迫っている。またか。また俺は艦娘を失うのか。ショートランドの時のように。いや、そんな自分が弱気になってどうする。生きている。絶対生きている。頼む、何か一言でもいい。無線をくれ。天に祈りながら玲司は通信をとにかく待った。

 

『聞こえるか?応答求む』

 

突然執務室に声が響く。無線だ。だが、横須賀の誰でもない声だ。しかし、聞き覚えはある。

 

『ん?壊れてるのか?聞こえ『玲司!玲司はおるかの?おーい!』姉さん、耳もとで騒ぐのはやめてもらおう』

 

緊張が一瞬で壊れた。龍驤は派手にズッこけた。霧島も変な顔になる。

 

「い、磯風か?」

『ああ。その通りだ。父上の指示でな。今はまだ逃げている最中だからな。簡単に言おう。兄さんのところの艦娘は全員無事だ。大破が出ているが、全員生きている。入渠の準備が必要だ。もう追跡はないだろうから、沈むことはないだろう。それに、私たちもいるからな』

 

その言葉に玲司は大きく息を吐いた。全員無事。それだけが聞けて十分だ。安心した。小さく「玲司ー!のう玲司ー!おむらいすが食べたいのー!」とひたすら言っている利根の声が響く。

 

「磯風と…利根?舞鶴の艦隊が?」

『ああ。西方海域におそろしく強い反応があると聞いてな。木曾姉さんは奴を足止めしている。まあ姉さんなら逃げるだけなら心配はいらんだろう。とにかく、ドックを使う準備をしておいてくれ』

 

「いそかぜぇ!我輩も玲司と話したいのじゃあ!」とまた気の抜けた利根の声がする。相変わらずだな…利根は…と頭を抱えたが。そのマイペースがかえって玲司を安心させる。

 

『父上から利根姉さんには無線を渡すなと言いつけられている。すまんが横須賀に着くまでは我慢してくれ。木曾姉さんにも言われているからな』

 

『な、なんじゃとー!?ふふん、まあ我輩は優秀な偵察役じゃからな!無線で話してる間に敵を見つけ逃したら大変じゃからのう!良いぞ良いぞ!なら我輩は我慢する!のう筑摩!』

 

また龍驤がズッこけた。丸聞こえで緊張感のカケラもない。利根と磯風に関してはいつも通りである。これが普通なのだ。木曾の苦労が目に見えている。妙高までもが微妙な表情をしているが、これでも最強の十傑「原初の艦娘」の2人である。緊張感がなさすぎて困るのだが…。

 

「あ、ああ。そうか…助かった。気をつけてな。その…利根にはオムライスを作ってやるから頑張れって伝えておいてくれ」

 

『そうか。姉さんも喜ぶ。ところでこの磯風も奮闘したのだ。兄さんの作る牛乳寒天が食べたいのだが』

「アホなこと言うてんとはよ帰ってこい!!」

 

『む?龍驤姉さんか。姉さん、今は兄さんと話をしているんだ。邪魔しないでくれ。みかんは多く頼む』

「わかったわかった。ちゃんと帰ってきたら作るから…木曾にもくれぐれも気をつけてくれと言っておいてくれ」

 

『わかった。みかんは多めだぞ』

「なあ、俺の話聞いてた?」

 

『では通信を終わる』

「おい!みかんはわかったから木曾にも伝えておいてくれって!ああ切りやがった!あのウルトラマイペースの2人何とかなんねえのか!?」

 

「知らんがな…」

 

虎瀬のおじさん、木曾。次からは絶対に磯風にも無線を渡さないでくれとくれぐれも言っておかねばならない、と固く誓うのであった。

 

 

木曾達と共に帰投した瑞鶴達はほとんどが重傷で、北上、夕立、大和が特にひどい。あの大和が聞くところによると一撃でやられたと言う。夕立は腹部に穴が無数に空いているし、北上もボロボロだ。瑞鶴もひどいものだ。加賀にやられたと言うことであるが、それでも危ないところであった。とにかく修復材をいくら使ってもいいのですぐさまドック入り。横須賀のメンバーと、舞鶴からやってきた伊勢や子日などに連れられ、戦闘に参加したみんなはドックに連れて行かれた。

 

「んふふふー、のう玲司、おむらいすはまだか!?」

「いや、まずは全員回復してからだし、もう間宮が今日の夕飯の準備を始めている。作るなら明日の夕方までないよ」

 

「ガーン!?な、なんじゃと!?う、嘘じゃ、我輩…玲司のオムライスを期待してここまできたんじゃぞ!?」

「牛乳寒天もないのか。兄さんはいつからそんな鬼畜に堕ちたんだ」

 

「今そんな話してる場合じゃねえだろ!恥晒してんじゃねえよ!」

「木曾…あんた、ほんま大変やな…」

 

「姉さん、同情するならここで面倒見るか…?」

「いや、遠慮しとくわ…」

 

ガックリと肩を落とす木曾。そう、この利根、磯風のおかげで木曾の胃はいつも痛い。特に外出先で何かこうぶっ飛んだことを言わないか、言った後のフォローと、とにかく猛烈なストレスが木曾にはのしかかるが、彼女らを止めることは木曾にしかできないのである。

 

「まあ、何や…お疲れさん…」

「サンキュ…」

 

こうして龍驤が木曾を慰めている最中にも「もうはらぺこじゃー!生きていけぬ!ちくまー!ちーくーまー!」と騒ぐ利根。

「なら何か食堂で作るとしよう」とフラフラ食堂に行こうとする磯風に…

 

「うるせえええええええ!!!!!!」と玲司がブチギレる。ああ、これが昔の日常やったな…と昔を振り返る龍驤であった。

 

 

「はむっ…んー!やっふぁりれいひのおにひりはうまいほぅ!」

「利根姉さん、食いながらしゃべるのやめろっつってんだろ」

 

あまりのやかましさに急遽おにぎりを作る。ただの塩にぎりだが、横須賀の艦娘も大好きだし、利根達も大好物なのでとりあえずおとなしくなる。徹夜での執務など、玲司や大淀達の夜食を作るときに使う冷凍したご飯をチンして作っただけのものである。炊きたてではないのか?と磯風が言ったとき、玲司の顔が修羅になったので龍驤がやばいと思って怒ったおかげで、玲司の怒りが噴火しなくて済んだ。

 

「で、報告なんだけどよ」

 

とにかく後ろでもっきゅもっきゅおにぎりをほおばり、静かになった利根と磯風は無視して木曾が報告を始める。後ろの2人が報告、説明をすると宇宙人と会話してるみたいだぜ、と言う木曾が言うので全部自分が報告をしているのだ。木曾がいない出撃の時は、隣にいる伊勢が大体報告役。最悪の場合は筑摩だ。この誰か1人は必ず編成に組み込む。でなければ何が何だかわからない報告になるから。

 

木曾の報告では、西方海域に時々強い深海棲艦の反応が観測されるということで注視していたのだそう。つい先日の刈谷提督と玲司との合同出撃において港湾棲姫が斃された際も、一瞬ではあるが観測されたこと。さらに出撃予定で玲司が出撃すると聞いた際には父、虎瀬提督が急遽編成を組むと言って慌てて飛び出たこと。

 

出撃して間もなく、大本営の高雄から正体は「暴虐の姫君」であったことが判明したことが明かされた。

 

「道理でオレ達姉妹を総出で出すと思ったぜ。って言っても、あいつが飽きたとか言って帰らなきゃ、オレの命もなかったかもしんねえけどな」

 

「我輩たちがおれば百人力じゃぞ?1たす1で100になるんじゃぞ。1たす1たす1なら…あー、うーんと…100まんじゃ!!!のう筑摩!」

「はい姉さん。100万力ですね!」

 

この姉にしてこの妹ありか…いや、玲司の知る筑摩はもっと頭の回転が早く、司令塔になりうる艦娘であったと記憶しているが…。

 

「あー…いつも利根姉さんの言うことをはいはい言ってるけど、あれでも頭の回転クッソ早いんだわ…利根姉さんに合わせてるってことで…」

「そ、そうか…」

 

横須賀で言う大淀や鳥海の立ち位置らしい。いや、まあ、利根が特別ちゃらんぽらんなわけであって、それにあえて合わせているだけか…。そう思うしかない。そう思っていたら筑摩がこっちを見てニッコリ笑った。ああ、いかん。やばいことを考えていたら見破られた。利根のことを馬鹿にしてはいけない。そう思っていたらうんうんと頷いていた。お、恐ろしい…。

 

「しかしのう…ようはわからんがあの最強と言われとる大和の装甲をいとも簡単にブチ抜くとはのう。何とも恐ろしいヤツじゃ。じゃがのう。深海棲艦にしては恐ろしくきれいな目じゃった。汚れが何一つない。昔、街で見かけた赤子のようじゃ」

 

「は?」

 

「深海棲艦の目じゃなかったのう。汚れが何一つない。ただ、遊んでほしい童のようじゃ。破壊と殺戮が遊びと教えられたのか…それともハナからそう思っておるのか…我輩にはわからん。恐ろしいものを作ったのう。おそらくあれじゃ、深海棲艦でも手が付けられん感じかの」

 

「ふむ。利根姉さんの言うことは3割くらいしかわからんかったが、それがとにかくヤツの強さと言うわけか」

 

「ヤツには深海棲艦を深海棲艦として存在させる理由がない。恨み、怒り、憎しみ、悲しみ。そういう感情を持っておらんのじゃろうなぁ。なんか…かわいそうなヤツじゃのう…」

 

シーーーーーーンとする執務室。しゃべり終えた利根はまたうまうまと言いながらおにぎりを食べる。

 

「だ、誰だ?利根姉さんじゃねえだろあんた?誰が化けてやがんだ!?」

「木曾、お前何を言うとるんじゃ。我輩は利根であるぞ!お前の姉じゃ!のう筑摩」

 

「はい、姉さん。間違いなく木曾隊長のお姉さん、私の大切なお姉さん、利根姉さんですよ」

「いやいや絶対ちゃうって!利根がそんなしんみりまじめに語ったことなんかあるかい!なあ川内!」

 

「ちょっとー!私の名前呼ばないでよー!せっかく隠れてたのに!!」

「なんじゃ川内。おにぎりはやらんぞ!」

 

「いらないってば!!」

 

ぎゃーぎゃーと姉妹でもめ合う。伊勢はまーた始まった…とあきれ顔である。と言うか報告が一切進まない。レ級が出たまではわかったのだが、木曾ももう川内や利根ともめているので完全にストップである。玲司は懐かしいと思う反面、早く話を進めてくれと思った。

 

……

 

結局、わかったことはレ級が現れた。深海棲艦となった加賀は木曾たちが到着した時にはすでに影も形もなかった。これは瑞鶴の報告待ちだろう。夕立が危なかったところを子日が助けた。木曾が魚雷を何発と囲んで撃ち込んだがダメージは薄い。ヤツが飛ばしたであろう艦載機を磯風がある程度墜としたが、ヤツ一隻でかなりの数の艦載機を飛ばしていること。姉の北上と雪風は魚雷でやられていたこと。北上をやったことに結構ムカついて魚雷を多めに撃ったんだけどな、と木曾は語る。

 

「大和の装甲をブチ抜く火力。磯風が墜としきれない艦載機。北上と雪風を襲った魚雷。ゴーヤを大破させる対潜能力。木曾の魚雷を軽傷で済ませる装甲。駆逐艦とは言え夕立を食いちぎらんばかりに強靭なチカラ。なんだそりゃ。こいつ一隻に全部を詰め込んでやがるのか…?」

 

「結果がさっき利根姉さんが言ったような感情と行動理念だろうよ」

「赤い目…か。うちや陸奥姉やんが戦った時はそんなんなかった。数年で恐ろしいもんに成長しよったな…」

 

「全員生きて帰ってこれた。とりあえず今はそれでいい。子日、夕立を助けてくれてありがとう」

「えへへー♪」

 

夕立はもしかしたらレ級に食い殺されていたかもしれない。子日のおかげだ。玲司は頭を下げる。そして改めて木曾たちに礼を言う。

 

「木曾たちのおかげで全員助かった。本当に感謝してもしきれない。本当に…ありがとう」

「礼なら親父と古井のおやっさんに言ってくれ。あと清州のおっさんな」

 

「清州副司令が?」

「あのおっさんもレ級追いかけてるみたいだな。まあ、大本営で『最警戒』で探し回ってたのがアイツだからな。何年もずっとそのまんま、清州のおっさんが解除をしなかったらしいぜ」

 

「……今度お礼を言っとかないとな」

「カッとなって殴ったりすんなよ?」

 

当たり前だ。と木曾に返す。艦娘を軽視している筆頭であると聞いているが、やはり謎が多い。一度しっかり話がしたい。今度の大本営への出頭の際に話ができれば。それに期待するしかない。謎多き人物、清州副司令長官。旧自衛隊の際も随分と高い階級を持っていたとも聞く。噂だけではわからない。玲司は勇気を出して話を聞こう。そう思った。

 

 

「と言うわけよ」

 

入渠が終わり、報告を一刻でも早くしたかった瑞鶴はすぐさまドックから出て玲司に報告をしにやってきた。翔鶴も続いている。ゆっくりしててよかったんだぞと玲司が言ってもいいえ、と答えた。北上や雪風、大和たちももう上がっていて、食堂にいるらしい。

 

加賀は瑞鶴がしっかりと戦闘不能まで追い込んだ。電のチカラを借りて加賀を艦娘に戻そうとしたが、加賀の体の維持ができず、戻せなかったこと。そして、レ級の攻撃を加賀が庇ってくれたこと。手も足も出なかったこと。大和でさえ一撃で大破させられたこと。全てを伝えた。

 

「そうか。本当に…生きて帰ってきてくれてよかった」

「木曾さんたちのおかげだよ。逃げる隙なんてなかった」

 

「アイツの気まぐれで助かったようなもんだ。飽きたって言わなきゃオレの命もなかったろうしな」

 

戦艦レ級。圧倒的強さを誇るからなのか、さっき利根が言っていたように子供のような性格だからなのだろうか。ただ、全員が束になっても敵わなかったのなら最悪の場合は出撃メンバー全員が帰れなかったであろう。利根達もわいわいおにぎりを食べて姉妹ケンカすることもできなかった。

 

「わかった。今日はもう日も暮れる。間宮が飯を作ってくれているはずだから食べてゆっくり休んでくれ。夜更かしは厳禁。しっかり寝ること!」

 

「わかった。みんなにそう伝えるね。提督さん…ただいま」

「ああ、おかえり。俺もすぐ行くよ。今日は全員業務終了!!!」

 

バン、と目の前のノートパソコンを閉じる。妙高も資料をすべて片付け、ふう、と一息吐いた。今はただ、全員の無事を喜びたい。そして、大きな仕事が1つ片付いたこと。もう玲司も今日は何も頭に入らなかった。

 

………

 

食堂では帰りを喜ぶ待機組と出撃組でにぎやかだった。間宮はずいぶんと腕を振るったな、と言うくらい、出撃組全員の好物がそれぞれ並べられていた。誰が食うんだこんなに…。

 

「ああ、提督!お待ちしておりました!さあさあ、全員揃いましたね!舞鶴の皆さんもどうぞ!」

「おお!うまそうな料理がいっぱいじゃぞ!ちくま!ちくま!全部うまそうじゃ!」

 

「はい姉さん!おいしそうな匂いですね!」

「うむ…兄さんの指南か。ずるいな。この磯風もまた教えてもらいたいものだ」

 

「おー、にぎやかだなぁ。ま、うちもかなりにぎやかだけどよ」

 

全員が席につく。島風がおっそーい!と声をあげる。

 

「全員揃ったな。手を合わせて…いただきます」

「「「いただきまーす(なのです!)(ぽい!)」

 

全員が料理に手を付けだす。好きなものが多くて多くの手があちらこちらで交わる。

 

瑞鶴はからあげ。摩耶はハッシュドポテト。夕立は鮭のおにぎりなどなど。

 

「子日ちゃんだっけ?助けてくれてありがとうっぽい!ねえ子日ちゃん、夕立、おにぎりがアイツに食べられたところから出たりしてないよね?」

「うん!大丈夫だよ!」

 

「姉さま!このえびふらい、とってもおいしいですよ!」

「ええ。おいしいわねぇ。いっぱい食べましょうね」

 

「むう、この料理、兄さんから教わっていないぞ。仕方がない。この磯風、これより横須賀鎮守府の「言わせねえよ!?」」

 

「んぐっ…か、からあげがのどに…ちくまー!ちくまー!」

「はい姉さん、お茶です!」

 

「時雨ちゃん、お疲れ様ぁ」

「時雨隊員の無事帰還を祝ってかんぱーい!」

 

「おうっ!」

「も、もう…大げさだよ…」

 

にぎやかな食事風景。誰一人欠けずに楽しい食事。玲司はホッとした。それを見て間宮が笑っている。

 

「本当に…無事でよかったですね」

「ああ。しかし、無茶をさせてしまったな」

 

「ですが、あのレ級は予想外でした。提督の責任ではありません」

「むう…」

 

大淀がフォローを入れる。完全に計算外だった。加賀で全力を出し切った後にあのインチキのような何でもありの戦艦。刈谷提督でさえ、突如電話がかかってきて安否を確認してきた。刈谷提督から安否の確認が来るとは驚いたが、全員無事ですと答えると「そうかよ」と言ったあとしばらくして「悪かった。これは俺のミスだ」と謝罪してきたのである。

 

『お前の責任じゃない。今回の監督は俺だ。不意の襲撃に気づけなかった俺の責任だ。お前は何も悪くはない』

 

「ですが、刈谷提督にやめておけと言われたのに強引に出撃させたのは私です。私にも責任はあるはずです」

 

『ない。お前に責任はない。深海棲艦の妙な動きに気づき、迅速にお前が対応し、これを打ち倒した。だが突如『戦艦レ級』に急襲され、損害を被った。大本営がいち早く気づきこれの救援に当たり、無事全員生還した。こういうことだ』

 

「それでは刈谷提督が…」

『お前に気にされるほどのことじゃねえ。お前はお前の艦娘のケアをしろ。いいな。下っ端が偉そうに上官の心配してんじゃねえよ』

 

これ以上言うとまた毒がきつくなりそうだな…と思ったのでわかりました。とだけ言って切った。どことなく元気はなかったが、艦娘は無事だったと伝えると少しだけ安心したような声が聞こえた。あの人は艦娘のことを心配するいい人なんだろうな。前々から電話でそんな感じが見え隠れしている。まあ提督もいろいろ、何かあるんだろうと思うしかない。

 

玲司の印象は最低の人から性格は悪いがいい人なんだろうと言う風に変わった。こんなこと聞かれたら間違いなくえらいことになりそうであったが。あの人の理念は何だろう。刈谷提督もゆっくり話がしたい人の1人である。ただし、めんどくさそうであるが。

球磨達が自分たちの退路を開いてくれたと瑞鶴が言っていた。突撃せよなどではなく撤退だと言っていた。結果、全員生還した。つまり、刈谷提督は艦娘を使い捨てにしない人なのだと言うことがわかった。

 

そういえば龍驤もおっさんというくらいには慕っている。嫌いな人間や興味のない人間にそんなことは言わない。姉は何か知っているのだろう。教えてくれそうもないし、自分で探るしかなさそうだ。大本営でどうせ会える。そう思ってとりあえず今は帰ってきた艦娘達を労うことを第一にしようと考えた。

 

「うっ…うっ…でいどぐ…わたじ…うわああああああん」

「よしよし、がんばったなー大和!偉いぞ!」

 

「うわぁ、大和さんってかわいいんだねぇ!」

「子日ちゃん、飛びついちゃダメだからね!」

 

「あんたの対空すげえな!今度教えてくれよ!」

「いいだろう。この磯風が面倒を見てやろう。ふふん、これで横須賀に着任は決まったな」

 

「んなわけあるかい!虎瀬のおっさんの許可がいるっちゅうねん!」

「だが、摩耶がこの磯風のチカラを欲しているんだ。これはもう異動許可をもらったのと一緒ではないのか?」

 

「ないっちゅうとんねん!おっさんの許可がいるっちゅうとるやろが!」

「私がいたほうがいいだろう、吹雪?」

 

「え、ああ、あう…」

「吹雪を懐柔しようとすな!」

 

「あー!お姉ちゃんどうして島風のたこさんウインナー取ったの!?」

「我輩が最初から目をつけておったんじゃぞ!?」

 

「うっ…うええええええん!!!おねえぢゃんのばがああああああ!!!!」

「し、島風!?こ、これ!わかった!代わりにこのパセリをやろう!」

 

「わああああああああああん!!」

「利根姉さん!それで許されると思ってんの!?」

 

「川内!パセリではいかんのか!?ち、筑摩ー!」

「はい姉さん!あちらのテーブルから唐揚げをもらってきました!」

 

「私の唐揚げを奪ったことは許されませんよ…」

「げぇっ!?赤城!!」

 

「木曾ー、あれ止めれないのー?あーもーうるさーい。しまかぜー、あたしのお肉もあげるから泣くなー」

「ううう…グスッうえええ…たべ…食べて、いい、の?」

 

「いいから食べな。もー、くちくの食べるもの取らないでよー。ほらあーん」

「あむっ…おいひい♪」

 

「オレにゃ無理だ…うっわ、北上姉さん島風の扱いうま…ちょっとオレも教えてもらおうかな…」

 

騒がしい夕飯である。一方で瑞鶴は静かにご飯を食べていた。今は…騒ぐ気分ではない。さっと食べて食堂を後にした。

 

………

 

瑞鶴がスッと食堂を後にしてしばらく。翔鶴は瑞鶴を探して弓道場に来ていた。前もそうだった。考え事や悩み事があると瑞鶴は弓を引く。1人、黙々と。やはりいた。加賀から託された弓を持って。

 

「瑞鶴。やっぱりここにいたのね」

「翔鶴姉か。ああ、ごめん。勝手にいなくなって心配させちゃったか」

 

「ふふ、ここにいると思っていたわ。加賀さんの弓、引きたくてしょうがないって顔をしていたもの」

「えへへ…バレたか」

 

「あ、あの、瑞鶴さん…いますか?」

「おー、祥鳳ちゃんもいらっしゃい!」

 

「よかった、こちらにいたんですね。どうかされたんですか?」

「んー、私の師匠とも呼べる人から弓をもらったんだよ。だから、これに早く慣れたくってさ」

 

「師匠…?」

「うん。すごい空母だった。強い人だったね」

 

「それは…倒しに行った…」

「うん」

 

祥鳳はしまった…と俯いた。翔鶴がすっと肩を抱いて耳もとで「大丈夫ですから」と言ってくれたことでちょっとマシになった。

 

「あ、あー!ごめんごめん!気にしないで!深海棲艦になっちゃったんだから倒さなきゃ私たちが死んじゃうしね!」

「うう…」

 

祥鳳は気まずい。祥鳳はここで昔何があったかは詳しく聞いていない。瑞鶴の方針で「聞いたところで暗くなるし、知らないほうがいいよ」と聞かされ、ここが昔はひどい所だったんだろうな、と察した。聞いても確かに気分がいいものではないし、瑞鶴も楽しくやろうよと言っているので聞かないようにした。

 

瑞鶴は今までよりもやや大きな弓を引いていた。瑞鶴の師匠から託された弓。的に刺さる矢はズレも大きく、瑞鶴には大きいのではないだろうかと思った。

 

「うーん、やっぱりあの人と一緒でクセが強いなぁ。でかいし重いし」

「いけそうなの?」

 

「いけるいけないじゃなくて、これでやっていくしかない。ああ、この言い方はダメだね。この弓で私は戦っていきたい。これが使い物にならなくなるまで。私はこの弓で、アイツを倒す」

「………瑞鶴。そうね。仇はとらなくちゃね」

 

「この弓でアイツを倒して報告してやるんだ。仇とか、そんなの望んでないだろうけど。私が許せないから」

「うん。私も、もっと腕を磨かなきゃ。祥鳳さんも仇は気にしなくていいけれど、しっかり一緒に頑張っていきましょうね」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

「あー!祥鳳ちゃんは素直でいいなー。師匠に爪の垢を煎じて飲ませたいくらい」

 

そう言いながら矢を放つと…弦が瑞鶴に襲い掛かるように腕にヒットした。

 

「いったー!?何よ!ほんとのことでしょ!?」

「瑞鶴、落ち着いて?もう、すぐそうやって言うから…」

 

「この弓呪われてるんじゃない?明らかに私を襲ってきたもん!」

「はいはい。それより早く冷やしましょう。祥鳳さん、ごめんなさい。食堂から氷水をもらってきてくれるかしら?」

「は、はい!」

 

祥鳳が慌てて氷水を持ってきて冷やしている最中も、ずっと文句を言っているのであった。

 

 

翌日、朝食を終えて執務を始める前にいつものようにお墓に花を供えに中庭にやってきた玲司。最初から建てられた、轟沈した艦娘の慰霊碑とは別に、北上が作った小さな墓。そこにも日課で線香と、交渉の末に届けてもらっている献花を持って。今日は先客がいた。

 

「よお、今日は人数が多いな」

「あっ、しれえ!」

 

「やっほー」

「玲司さん。毎日ありがとうございます」

 

「何、いいってことよ。しっかり墓守りは任せろ」

「提督さん…」

 

瑞鶴達も今きた所らしい。雪風がすぐ抱きついてくる。頭を撫でてもらって雪風はご機嫌だ。献花を雪風に渡し、線香に火をつける。落ち着く線香の香りが周囲に漂う。

 

「さ、翔鶴と瑞鶴と北上は線香をここに刺してあげな。雪風はこことここにお花を」

「はいっ!」

 

線香と花を供え、静かに手を合わせる。

 

「加賀のことを長門と大井に報告か?」

「うん…無事に救えたよって…」

 

「そうか。光になって消えたなら、もう深海棲艦になることはない。加賀もこれで…ゆっくりできるかな」

「そう…だね」

 

「ここに加賀さんの艤装の破片、埋めたんだよ。でも、深海棲艦として彷徨ってたんだよね」

「けど、加賀は帰ってきたようなもんだろ」

 

「それは…そうなのでしょうか…」

「瑞鶴に弓を託したんだろ。弓は空母の命と言ってもいい。それが横須賀に帰ってきた。まあ瑞鶴が持ち出して使うけど、魂はここにいてもいい気がするな」

 

玲司の言葉に北上や瑞鶴は静かに墓を見る。長門や大井がいるこの墓。そこに…加賀がいたならば…。怖いものなんてない気がする。

 

「加賀さん…もしここに帰ってきてくださったのなら…長門さんと大井さんと共に…私たちを見守ってください」

 

そう言いながら翔鶴が祈りを捧げる。ビュオッと強いが柔らかい風が吹く。それは加賀の返事ではないかと思った。

 

「おかえり、加賀さん」

ただいま

 

ぶっきらぼうにそう答えたような気がした瑞鶴はふふっと笑った。

 

「今瑞鶴はうちのリーダーなんだ。加賀さんが見てくれてた方がシャンとするだろうから、見てあげててね」

「ちょっと、あの人に四六時中見られるの嫌なんだけど」

 

「雪風は嬉しいです!加賀さん、おかえりなさい!」

「ほら、雪風は嬉しいって。ってか加賀さんの弓持ってんだからそりゃあ見るなってのが無理じゃない?」

 

「うわぁ!最悪!」

「ふふふ、頑張ってね、瑞鶴」

 

「ほーれ、墓の前で騒ぐなっての。食堂で冷たい茶をもらって今日もがんばるかな」

「お手伝いしますね」

 

「お、もうすっかり奥さんだねぇ」

「え、あ、そ、そうでしょうか…」

 

「しれえと翔鶴さん、お似合いです!」

「や、やだもう…えへ、えへへ」

 

「あーあ、お熱いことで。あたしゃかき氷でも食べよっかなー」

「私も食べようかなぁ」

 

「雪風はイチゴがいいです!」

「ってわけで翔鶴、俺らも食ってくか」

 

「はい!」

「えー、熱くて溶けそうじゃん氷」

 

「んなわけあるか」

 

たわいない会話をしながら墓を後にする。その後ろ姿を見守る3人の英霊。

 

1人は長門。

1人は大井。

 

もう1人…長門と大井に笑って迎え入れられた、瑞鶴に託した弓と共に帰ってきた加賀であった。長門がうん、と大きく頷くと、滅多なことでは感情を露わにしない加賀が涙を流して同じく頷いた。加賀も響と同じく、長い長い旅をようやく終え、横須賀に帰ってきたのだった、見慣れない駆逐艦が楽しそうに走り回る姿を、嬉しそうに眺めて英霊たちは横須賀鎮守府を見守っていくのであった。




これにて西方海域の戦闘、終了です。
これからはその後ですね。こちらを書いていこうと思います。

次回は何を書こうか、ちょっと悩み中ですが、刈谷提督の話になりそうな気がします。

それでは、また。

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