提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十七話

「うそ…まさか、アイツが…?生きていたのね…」

 

横須賀鎮守府…の「第二十二駆逐探検隊」秘密基地で戦艦棲姫こと紫亜(しあ)が驚きの表情で時雨の話を聞いていた。戦艦レ級。以前ヤツのせいで自分は仲間を大勢殺され、自分も長い間傷を癒すことに時間を費やし、生と死の淵を彷徨った。

 

当時は死んでもいい。どうせこの世で私が生きていることを望んでいる者などいやしない、と生きることに随分と投げやりであったが今は違う。

 

「紫亜お姉ちゃんに会えてよかったね!」

「うん!あたし紫亜おねえちゃんだいすき~♪」

 

私を好きと言ってくれ、存在を認めてくれる皐月、文月。そして私に「紫亜」と言う私が私であると証明してくれる名をつけてくれた時雨。この子たちのおかげで虚無でしかなかったここでの生活に、ここの電球のようにポッと明かりが灯った。

 

私はそっと時雨を抱きしめていた。

 

「紫亜?どうした…の?」

「生きて帰ってきてくれてよかった。あなたや皐月達がいなくなったら、私はもう今度こそ耐えられないわ…」

 

「うん…僕も死にたくない。みんなや…紫亜ともっと生きていたい」

「私もよ。あなた達は私の生きる希望。光。闇でしか生きられないはずの深海棲艦である私に光を与えてくれた子達だもの。大切にしたいわ」

 

時雨もぎゅっと私の背中に腕を回して少し力を込めて抱きしめ返してくれた。温かい…心が温かい。私はもうこの温もりを知ってしまった。だから、もう一人には戻れない。この子たちがいなくなったら…。けれど、私はもう何も守る力はない。海に浮かぶことはできても砲はない。

 

「紫亜?」

「ああ、何でもないの。時雨は温かいわね…」

 

「そう…かな。ふふ、紫亜もあったかいよ」

「本当?それはよかったわ。でも、ちょっと暑いわね」

 

「夏だからね」

「季節の巡りを楽しむことができるのも、時雨達のおかげよ」

 

時雨から離れる。時雨は少し恥ずかしそうだった。どうしたの?と聞くと「紫亜は薄着だから…その…」ともじもじしていた。ああ。私の胸で時雨の顔を挟んでしまったものね。

 

「ごめんなさい。臭うわよね」

「違うんだ!海の匂いがするね」

 

「それを臭いって言うのよ」

「う、うう…」

 

「ふふ、ごめんなさい。いじわるを言ってしまったわね」

「むぅ、紫亜はいじわるだよ」

 

ふふふ、と大きく笑ってしまった。時雨はどことなくからかいがいがある。それがかわいらしいしたまらなく愛しい。私の心は彼女たちの優しさや愛しさで満たされている。私ももっと、この子たちとずっと一緒にいたいのだけれど…。

 

「お風呂に入れたらいいのにね」

「お風呂?」

 

時雨からお風呂と言うものを教えてもらう。温かいお湯。それに髪を洗ったり…何だかとても気持ちよさそうね。

 

「それは叶わない夢ね。鎮守府に入ることはできないもの」

「そう…だね…ごめん」

 

「いいのよ謝らなくて。そう。それで時雨や皐月、文月は抱きしめるととてもいい匂いがするのね。私、みんなのその匂いが好きよ」

「そ、そっか…うれしいな」

 

もじもじと笑って、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな時雨。素直でかわいいわねぇ。

 

「そうだ、戦艦レ級の話」

「ああ、そうね。脱線してしまったわね…それはでも今度にしましょう。日が長くなったからわかりにくいけれど、そろそろ帰る時間よ」

 

「えっ、も、もう?そんな…」

「私は逃げも隠れもできないわ。またお話してあげるから。それよりも、時雨が帰ってこないとみんな心配するわよ」

 

「うん…わかった。じゃあ、また明日にするよ」

「あら、大丈夫なの?」

 

「うん。しばらく出撃はないし、夜間哨戒も当番はだいぶ先だしね」

「そう。じゃあ、明日も待っているわ」

 

最後にもう一度だけ抱きしめる。これが私たちのお別れの時のしきたり。またね、と言う挨拶だ。そして手を振って時雨は駆けて帰っていった。

 

……

 

夜空は星一つ見えない曇天で、ぽつぽつと雨が降り出していた。港湾と別れた時も雨。ヤツと戦った時も雨。雨は嫌な思い出しかない。シクシクと首の傷跡。お腹の傷跡が、もう治っているはずなのに痛みを訴える。この傷を受けた時の痛みと、多くの仲間を引き裂かれた心の痛みは今も晴れることがない。

 

「姫様…ドウカ、ゴ無事デ!!」

「戦艦棲姫…マタ、会エマスヨネ…待ッテイマス…」

 

港湾棲姫…無事でいるわよね?いつか、会いたいわ…。

 

雨はしとしとからざあざあと音を立て、さらに大粒の雨となって降り注ぐ。空は闇を払うかのように時折、稲光が閃き、轟音が鳴り響く。落雷が近い。雷は嫌いだ。ヤツの砲撃音に似ているから。

 

パァン!と眩く光ると同時に、隙間から光が入り込む。その時、紫亜は外にナニカの影が見えた気がし、心臓を鷲掴みにされたような感覚と、息が詰まった。ドオォォォン!と言う落雷の音。それがさらに紫亜の体温を下げた。冷たい汗が出る。ハッハッ…呼吸がしづらい。

 

キヒヒ…

 

まさかと思い、外へ出る。周囲を見渡すが何もない。大雨が紫亜を濡らし、髪がべったりと顔や腕、足に引っ付き、不快になるがそれ以上にヤツを思い出してしまい、体を強く抱きしめた。寒い。雨に打たれた寒さじゃない。中に冷たい海水でも入れられたかのように寒い。ガチガチ…歯の鳴る音が響く。

 

(寒い…怖い…皐月…文月…時雨…怖い…わ)

 

もう1人は嫌だ。最近は夜が怖い。昼間の時雨の抱きしめてもらっている感覚がまだ残っているので耐えられる。夏は嫌いだ。この雷が嫌いだ。

早く収まってほしい…そう思うも無情にも雷と雨は長時間続くのであった。

 

 

あまり眠れずに朝を迎えた。嫌な雨ね。私を笑っているかのように明け方まで雨と雷は続いた。あの雨が嘘のように晴れた夏の朝。セミの鳴き声がうるさい。今日は一層うるさく感じた。雷の音よりはマシだけれど…。

 

どうも私はあの砲撃音がトラウマになっているようだ。雷の音が鳴るたびに私はアイツを幻視してしまう。今出遭っても秒で殺される。それでもあの子たちの盾くらいにはなれるだろう。死ぬのは嫌だけれど、あの子たちを見殺しにするくらいなら私が命を張ったほうがいい。ああ、こんなことばかり考えている。憂鬱だ。

 

この寂しさと不安はいつになれば解消されるだろうか。皐月や文月、そして時雨は次はいつ来てくれるだろうか?わからない。

 

「おねえちゃ~ん」

 

のんびりしたかわいい声が響く。この声は…文月?

 

「おーい、お姉ちゃん!起きてるー?」

 

この元気そうな声は皐月だ。ああ、私の心の中の雲を晴らしてくれる太陽がやってきてくれた。

 

2人は私に駆け寄り抱きしめてくれた。2人のちょっと汗ばんだ頬が私の肌に触れる。ちょっと冷たい。けど、安心できる冷たさだ。私の心は温かくなった。

 

「おねえちゃん、おはようございま~す」

「紫亜お姉ちゃん!おはよう!」

 

「やあ、紫亜。おはよう」

 

時雨も。3人みんな来てくれたの。ああ、よかった。

 

「おねえちゃん、雷が怖くて泣いてないかな~って」

「紫亜、大丈夫だった?ちょっと濡れてる気がするんだけど…」

 

「ええ。心配はいらないわ。雷は私、苦手なの。怖くて…みんなが来てくれてよかったわ」

 

「へぇ~、お姉ちゃん雷が苦手なんだ!へへっ、かわいいね!」

「そういう皐月だって雷が怖くて僕の部屋に夜中来たじゃないか…」

 

「わ、わぁ~!言わないでよぉ!」

「ふふふ、皐月も怖がりさんなのね」

 

「ち、違うもん!ボクが怖いんじゃなくて時雨が怖いって言うから!」

「じゃあ今度からは大丈夫だよ」

 

「えっえっ、時雨ぇ、それはないよぉ!」

 

ふふふ、あははは。3人の談笑。そのかわいらしいやりとりに笑顔がこぼれる。やはりこの子たちは私の太陽だ。今日はサンドイッチを持ってきてくれた。私は別に食事をしなくても生きていけるのだけれど。お腹は確かに減るけど。おいしいとは思うし、精神的にはいいと思う。本当なら毎日持ってきたいけどと皐月達は言ってくれるけど仕方がない。私の分の食事を作ってほしいとお願いした場合、私がいるとなればそれは大騒ぎどころではない。食べられるだけでもありがたい。けど、自分たちの食べる分を少なくして私に分けてくれるのは申し訳ないと思っている。

 

この子たちは自分が食べる分が少なくなっても気にしないと言ってくれる。水筒にお茶を入れてきてくれたりと本当に優しく、私が深海棲艦だからとかそういった区別は一切しない。しょうがないから分けてやるとかそんな気持ちは一切ない。本当にみんなで食べようと言ってくれる。うれしかった。

 

「今日は司令官、お出かけなんだ。演習なんかもないから今日は夕方までずっといられるよ!」

「うんうん。お姉ちゃん、眠そうだね~。文月がお膝貸してあげる~」

 

「え、え?いいわ。文月に悪いもの」

「ぶー、文月は平気だもーん!」

 

「紫亜、文月は甘えたいんだ。それに甘えてほしいんだよ。だから、寝てあげてよ」

「わかったわ…」

 

頬を膨らませて膝をぽんぽんからバシバシ叩き出した文月をこれ以上怒らせてはならない…そう思って私は時雨に促されるまま、文月の膝に頭を乗せる。

 

「おねえちゃん、おつかれさま~。文月のお膝でゆっくりおねんねしてね~」

 

そう言って文月は私の頭を優しくなでる。その行為がとても私には安心した。夜から私の心に巣食っていた恐怖心や不安感が全て涙となって流れていくような感じがする。

 

「おねえちゃん、こわかった?さみしかった?よしよし。文月がいるからぁ、もう大丈夫だよ~」

「うう、ううう!」

 

涙は温かった。頭がじーんとしびれて、私は文月のお腹の方に顔を向けて泣き続ける。不安だった。寂しかった。時雨や皐月、文月がアイツに殺されたりしたらどうしよう、とか。居なくなってしまったらどうしよう、とか不安で押しつぶされそうだった。

 

「えへへ、おねえちゃん。文月たちはぁ、いなくならないからね。ず~っとおねえちゃんと一緒にいたいな」

 

ぎゅっと頭を抱きかかえてくれる。それでいて頭を優しくなでてくれた。泣きながら、少しずつ私の意識はまどろみに落ち、そのまま眠ってしまった。

 

 

「寝ちゃった~」

「さすがは文月だよ。文月のお膝で寝るとボクいつの間にか寝ちゃってるんだよね。文月のお膝は眠くなる何かが出てるんだよ。ボクいっつも調査したいのに寝ちゃうんだー」

 

「じゃあ膝枕してもらわずに調べればいいんじゃないかな…」

「違うんだよ時雨!それも試したんだ!でもボクの頭が勝手に文月の頭に乗っちゃってそのまま寝ちゃうんだよー!」

 

そ、そう…とだけ返した。確かに文月には僕もしてもらったことがある。扶桑と似た落ち着きがある。文月の膝枕も扶桑の膝枕も人気だ。文月の膝は皐月か霰か島風が。扶桑の膝は山城か満潮か。がよく寝ているような気がする。時々扶桑は最上もしてもらってて寝ているかな。

 

紫亜はいつもどこか張りつめているし、自分たちが起きているときは必ず眠るのが惜しいと言ってずっと起きていた。今日も本当なら起きてずっとお話をしていたかったんじゃないかな。でも、疲れ切ってるんだね。そうだろうな…1人で僕は納得した。

 

玲司提督が来てくれてからはふかふかの布団があるし、みんなで間宮さん指導の下で干したりしているからいつもふかふかで眠れる。経費が下りた!と提督は喜んでいて、何をするのかと思えば冷房?と言うものを買ったと言い、妖精さんに全ての艦娘のお部屋、執務室、食堂、図書館、いたるところに取り付けてくれた。ヒヤーッと冷たい風が出てきて蒸し暑かったお部屋が一気に涼しくなる。夜はいいんだけど昼間がね…。夜も暑いけど、まあずっと窓を開けて寝ていたから慣れたかな。

 

扇風機って言うのも用意してくれて、あれで十分。夕立はタオルケットを蹴っ飛ばし、お腹丸出しで寝てたり時々無意識に脱いで下着で寝てることもあるんだけど…艦娘って風邪ひいたりするのかな?

 

紫亜もこんな蒸し暑い空間じゃなくて、涼しい僕たちと同じようなお部屋で眠れたらきっともっとゆっくり眠れるし、僕たちもいるから不安にもならないだろうに。提督に相談してみても…いや、提督は過去に深海棲艦に襲われて家族を失っているんだっけ。なら、ダメだろうな。紫亜が殺されてしまうかも…いや、あの優しい提督ならもしかしたら…。

 

「時雨、どうしたの?考え事?」

「ん?うん。紫亜も一緒に僕たちのような部屋があって、ゆっくり眠れたらいいのになって」

 

「ああ~。そうだよね~。文月もぉ、紫亜お姉ちゃんと一緒におねんねしたりしたいよぉ~」

「ボクも!でも…なぁ」

 

うーん、と2人も考えた。これは何度も文月たちと話し合ったことだ。提督になら。みんなならわかってくれる。でも、ダメだったら?深海棲艦を匿っていたと僕たちまで何らかの処分。解体や殺されてしまうのではないか、と言う考えに行きつき、結局提督やみんなに言い出せないでいる。

 

最近は僕がここに来てしまって構っていないからか「時雨は何か怪しいっぽい。夕立と遊ばずに秘密基地に行って何かをしてるっぽい。時雨ばっかりずるいっぽい」とふてくされているし、昨日は紫亜と抱き合ったからなのか「何か時雨から匂うっぽい。海の匂い…じゃないっぽい。秘密基地で何してるか気になるっぽい」とずっとお風呂に入るまで僕の匂いを嗅いでいたっけ…。

 

夕立の鼻がびっくりするくらい利くので危ない…。いや、今日もかなり怪しんだ目で僕を見ていたし、何とかごまかして来た。秘密基地の場所も全然教えていないし、まさか、匂いを頼りにここまで来ることはないだろう。ただ、いつまでもここに紫亜をいさせると言うのも…。

 

「ねえ、こんなところに来て何だか怖いんですけどぉ」

「クンクン…時雨の匂いに…皐月と文月の匂いもするっぽい!どんどん強くなっているからきっとここにいる!」

 

 

!?

 

 

この声は…村雨と夕立!?その声に文月と皐月もビクッとなってた。紫亜も飛び起きた。状況をすぐさま察知したのか、外へ逃げようとしたが…。

 

「時雨!秘密基地で夕立たちを放っておくほど何か楽しいことをやってるっぽい!!観念して夕立も交ぜるっぽいー!!!!」

 

夕立は陸上でも足がすごく速い。だから、奥まで短いこの広間まではすぐだった。当然紫亜は逃げる間もなく…。

 

「ぽ、ぽいいいいいいい!?」

 

見つかってしまった。

 

 

時雨がやってきた艦娘を外へ出さないように、お話をしようと思ったのだけれど、すぐに引き返し、大きな声で「し、し、深海棲艦っぽいいいいい!!!」と騒いでしまったので無駄に終わった。

 

「いいのよ。ここにいればいずれは見つかってしまうことはわかっていた。あなた達の好意に甘えてここにいさせてもらったわ。あなた達のことは私が庇ってあげる。そして、迷惑にならないように出ていくわ…」

 

「ダメだよ!!!紫亜お姉ちゃんは出ていかせないし死なせない!!!」

「そうだよぉ!文月たちがお姉ちゃんを守るんだよぉ!」

 

「ありがとう…けど、それでは文月や皐月までどうにかなってしまうかもしれない。もう手遅れでしょうけど…自分のことですもの。私が何とかするわ…」

 

「紫亜…ごめん、僕が…」

「時雨が謝ることじゃないわ。私がそもそもここに隠れていたのが問題だったのよ」

 

「じゃあ、お姉ちゃんを見つけたボクたちも…」

「いいえ。見つからなかったのが不思議だった。それに、私もここが鎮守府の敷地だったなんて、皐月や文月が来なければわからなかった。こうなる運命だったのよ」

 

うう…と皐月達がしょんぼりしていた。私はそっと2人を抱きしめていた。

 

「ありがとう、皐月、文月。時雨。少しの間だったけれど、楽しかったわ。時雨。紫亜と言う名前。私、忘れないわ。ずっと、この名で生きていくわね」

 

そう言っていたら多くの走ってくる足音が聞こえだした。これで、もう終わりね…。楽しい生活だったわ。文月たちを巻き込まないように私は彼女たちを離した。けど、皐月と文月は私にしがみつき、時雨は目の前で両手を大きく広げて私の前に立つ。

 

「し、時雨!?文月、皐月…お前ら!?」

 

「うー…お姉ちゃんに乱暴なことはさせないもん…!!」

「お姉ちゃんを撃つならボクたちも許さないからね!!」

 

「摩耶さん、僕たちの話を聞いてくれない、かな…」

「どけ、お前ら!しかもそいつ、戦艦棲姫じゃねえか!放っておいたらやべえ!」

 

「ダメー!!!お姉ちゃんは悪い深海棲艦じゃないもん!!」

「そうだそうだ!!!ボク達にやさしくしてくれたんだ!!!!」

 

「は、はあ!?お前ら、操られてんのか!?」

「僕たちは正気だよ」

 

「摩耶さん、落ち着きましょう。時雨、わけを話してもらえるかしら?」

 

黒く長い髪の艦娘が前に出て事情を聞いてくれるみたい。どうにかいきなり戦闘になったり、時雨達が仲違いをしないようにはなったようだけれど…。

 

 

「そうだったの…」

 

扶桑がいてくれてよかった。後ろで摩耶さんが殺気立っていたり、夕立が牙を剥いてグルルル…と唸っている中、とりあえずは落ち着いて説明ができた。警戒が緩まったわけではないけど、ひとまず紫亜に危害は加えないでほしいという願いは聞き届けられた。

 

「けれど、時雨?あなたがいながら深海棲艦を匿うのはよくないことね…これがもし、私たちや提督だけでなく、外部の人が事情を知らずに発見してしまっていたら?私たちも無事では済まないのよ?」

 

「……それは…ごめん…」

 

「提督に言い出しにくいなら私に教えてもらえれば便宜を図れたかもしれないわ。お菓子を内緒で買ったと言ったような小さな隠し事ではないのだから…」

「うん…」

 

「時雨を責めないであげて。元はと言えば私がここに隠れて生活をしていたことに問題があった。私が彼女たちに提督やみんなには知らせないでと言った。悪いのは私よ。この子たちのせいではないわ」

 

「……うーん」

 

フソウと言う艦娘は困った顔をしていた。話がわからないわけではないが、やはり規律はしっかりしておかないと何かあった時に問題が生じる。彼女たちに私のワガママを受け入れてもらったがために、彼女たちが責められてしまった。本当に申し訳ない。

 

「私は何も危害を加えず、このまま出ていくわ」

「だめーーーーー!!!」

 

「やだーーー!!」

 

「皐月、文月。わかって頂戴。私は深海棲艦。あなた達は艦娘。相容れないのよ…私がいることであなた達に迷惑がかかってしまう。それが私には耐えられないの。だから…」

 

「申し訳ありませんが、あなたの存在を知ってしまった以上、あなたをそのまま逃がすわけにはいきません。あなたが危害を私たちに加えないと言うのであれば、私たちも危害を加える気はありません。提督のお帰りを待ち、あなたのことを報告させていただきます。それまでは、私が監視の下、拘束させていただきます」

 

「扶桑…」

「……わかったわ。見ての通り、私は艤装はあれど、砲は全て使えないわ。私が妙な動きを見せたと思ったら、すぐさま私を撃っていいわ」

 

「おねえちゃぁん…」

「お姉ちゃん…ボク」

 

「大丈夫よ。私は大丈夫」

 

僕や皐月、文月の頭を撫でてくれて優しく笑ってくれた。少し悲しそうな顔をしていたけれど。これは僕たちと紫亜の永遠の別れになっちゃうのかな…。

 

「摩耶さん、夕立さん。落ち着いて。今は提督が大本営に行ってしまっているので、それまでは私が彼女のことを見ます。提督にはすぐに鳥海さんに報告してもらいます。時雨達も、しばらくは会えないからね…」

 

「わかった…」

 

紫亜は扶桑に連れられて行ってしまった。わああああん!!!と大泣きする皐月と泣くのをこらえ、でも大粒の涙を流しながら紫亜と扶桑を見送る文月。僕も…ただそこで立ち尽くすしかできなかった。

 

 

「皐月さんたち…とても懐いていましたね」

「ええ…本当にいい子達。みんなの優しさを一身に受けているのね。優しくてとてもいい子達よ」

 

「ふふ。少し羨ましいです」

「どうかしら。あなたの方がもっと懐かれているんじゃないの?」

 

「いいえ。皐月さんや文月さんは確かにとても人懐こいお2人ですが、あなたほどではありません。あなたの傍にいたいからと、夕方まで朝から帰ってこないこともありましたし」

 

別に得意になりたいとは思っていなかったが、それだけ自分が慕われているのがうれしかった。そんな私を見てフソウは笑った。

 

「深海棲艦には見えませんね…」

「時雨にも言われたわ…」

 

そういうと一層大きく笑った。私が案内されたのはいい匂いのする部屋だった。生活感がある…。

 

「あなたを拘束すると言いましたけど…ひどいことはしません。ここは私のお部屋です。提督がお戻りになるまで、ここに居てもらいますね。まだ事情がわかっておられない子たちがほとんどですので、大騒ぎになってしまいますから。ですが、手足を拘束したりなどはしませんので」

 

「それでいいの?私は別に…」

「皐月さんたちがあそこまで慕っておられたんです。暴れたり、破壊行動に走ったりはしませんよね?」

 

「そんなことをするつもりはないけど…」

「では、ここでしばらくいて頂きます。お茶は飲めますか?」

 

「ええ」

 

フソウはいそいそと何か作業を始めた。茶色い飲み物…ウーロンチャと言うものらしい。冷たいその飲み物は良い香りもしておいしかった。

 

「ごめんなさいね。私、どうもこの冷房と言うのは苦手で…扇風機でがまんしてね」

 

ふわーっと涼しい風が私に当たる。すごいわね、これ。風をこの機械が起こしているのね。髪が乱れて気になるけど…。

 

「あなたのこと、お聞かせいただけませんか?シアと言うお名前のことも」

「ええ。いいわ」

 

私は紫亜。時雨がつけてくれた名前。そのことを言うと扶桑(難しい名前ね)はとても嬉しそうに話を聞いてくれた。この人はこの鎮守府の一番偉い艦娘だろうか?いや、それ以上に話していて安心する。私がレ級に追われてここに来た話もした。そう…あの戦艦ね…とやや鋭い顔つきになったりもした。多くを聞こうとはせず、暑かったら言ってくださいね、と扶桑は言ってそれで終わりだ。

 

しばらく扶桑と談笑していると銀髪の小さな…駆逐艦だろうか?がやってきた。

 

「あら、霞ちゃん?今、お姉ちゃんは大事なお話をしているの。妙高さんのところに戻ってもらえるかしら?」

「や」

 

拒否された。駆逐艦…?であるはずだ。だが、目がきれいすぎる。この子、アイツのようだ。いや、暴力的、破壊的でないのは一目瞭然だけど…アイツのようだ。きれいすぎて、不気味である。

 

「おねえちゃん、だあれ?」

「私は深海棲艦。あなた達の敵よ」

 

「こわいひとじゃない。おねえちゃん、さみしそう」

「……」

 

この子は私の心が見えるんだろうか。そうね。ずっと寂しさに支配されていたような気がするわね。こうして会話をしていれば薄れるんだけど。

この子を見つめていると「えへっ」と笑ってこっちに近寄ってきた。大丈夫だろうか…。私は手を出す気はないが…。彼女は私の正座している膝の上に乗ってそのまま居着いてしまった。

 

「霞ちゃん。お客様にそのようなことをしては…」

「ああ、いいのよ。敵意がないとわかってもらえたなら」

 

「不思議ねぇ…霞ちゃんがこうも簡単に懐くなんて…」

「カスミ…と言うのね。私は紫亜。し・あ」

 

「しあおねえちゃん!」

 

カスミはこちらを向いてぎゅっと笑顔で抱き着いてきた。だが、すぐにクンクンと鼻を鳴らしている。

 

「おねえちゃん、くちゃい!!!」

 

私はそこですべての動きを止めて、どこを見るわけでもなく固まってしまった。




久しぶりに戦艦棲姫、紫亜のが登場です。
落ち着いたお姉さん扶桑と紫亜。2人の会話は書いていてお互い探りあいもありましたが書いていてたのしかったです。

次回は時を同じくして玲司はぢうしているのか?と言うお話です。ちょっとギスギスします。お待ちいただけましたら嬉しです。

それでは、また。

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