「それではこれより論功行賞を執り行う。まずは三条提督!」
「はい」
大本営会議へと赴き、玲司は今、西方海域での活躍を認められて勲章を授与されるところであった。刈谷提督との見事な連携。海路寸断および輸送船舶などに攻撃を仕掛けてきた港湾棲姫の撃沈。これは刈谷提督が仕留めたのだがそれのサポート。そして、空母型深海棲艦の撃破。これが大きい。
さらに玲司は上層部で追いかけていたが、数年前からすっかり姿を消した特級危険体と呼ばれている「暴虐の姫君」戦艦レ級の情報を得たと言うこと。これが赤い目をした他の深海棲艦の中でも「elite」と言われる脅威になりうる存在を認めたことだ。これがさらに上位の「flagship」ともなればもう手が付けられないだろう。
大淀は周りには悟られないようにしてはいるがもう嬉しくてたまらなかった。提督の功績が認められたのだ。いつも鎮守府のため、そして自分たちのために全力を尽くしている提督の働きがようやく認められたのだ。提督は自分ではなく大淀達みんなの働きのおかげだ、と言うが、やはり大淀や鳥海達は提督こそ、本当に褒められて然りだと思っていた。
「三条玲司提督。貴官の素晴らしい艦隊指揮、見事であった。その素晴らしい功績を称え、貴官に勲章を贈る」
「ありがとうございます。感謝の極みであります」
玲司の胸には勲章が付けられた。それだけでも大淀は誇らしい気持ちになった。どうだ、私たちの提督はすごいんだぞ。ふと高雄と目が合った。笑いをこらえているようだった。きっと自分は本当に。完璧にいわゆる「どや顔」を決めていたようである。恥ずかしくなって俯いた。
「貴官はこれまで南西諸島海域の未知の駆逐艦。北方海域キス島の救援作戦。そして西方海域での活躍。見事である。よって、貴官を准将から少将へ任命する」
古井司令長官の言葉におお…と会議室からどよめきの声が聞こえた。准将は将官を頑なに拒否した玲司に、仕方なく本来ならば存在しない仮の将官である「准将」の位置をつけた。それが、もうこれだけ武勲をあげたのであればその働きを認めなければならない。ついに玲司は仮初めの将官ではなく、本当の意味で将官となるのだ。
「ありがとうございます。少将と言う将官に恥じぬ活動をしてまいります」
玲司が古井司令長官に一礼をすると、小さく拍手が起きた。一宮提督、九重提督、七原提督が拍手をしていた。虎瀬提督や上郷提督が続き、何と刈谷提督までもが嬉しそうに拍手をしていた。大淀は目を疑ったが、玲司があの人はただの恥ずかしがり屋なんじゃないかと言う言葉を聞いていたのでありがたく思った。
「続いては刈谷提督!前へ!」
続いて刈谷提督が呼ばれた。さすがにいつもの気だるいような動きではなく、きちっとした歩みで司令長官の前に出た。
「刈谷提督。貴官も西方海域での討伐、見事でありました。その功績を称え、勲章を授与。さらに刈谷克巳少将を中将に任命する!」
「ありがとうございます」
これには玲司も熱い拍手を送る。迅速な動きと自分の艦隊を助けてくれたことにとても感謝し、感心した。刈谷提督を嫌う提督は多い。拍手はまばらであったが、そんなことは気にしてはいない。彼の秘書艦、龍田もとても嬉しそうであった。
ただ一人。恐ろしく冷めた目で刈谷提督を見つめる提督がいたが、刈谷提督はまったくもって気にもしていなかった。
/
「やあ、お疲れさまでした、三条少将殿」
「その呼び方やめろっての」
「それは失礼しました。少将への昇進、おめでとうございます。三条君」
「ああ。今回ばっかりは昇進から逃げられなかった。ありがとう」
「名実ともに、鎮守府を任せられる地位になったわねぇ」
「せめて中将にでもならなきゃな。でもまあ、ありがたく頂戴しておくよ」
「すごいですすごいです!三条提督すごすぎますよ!」
談話室で玲司、一宮提督、九重提督と七原提督が集まり、玲司の昇進をお祝いしていた。七原提督は手をブンブンと振って随分と興奮気味である。まるで自分のことのように喜んでくれる存在。それがありがたかった。
「ま、これであのギャーギャーうるさいジジイ達も、三条クンが将官になったことで文句言わずに横須賀を任せるでしょ」
「いいえ、あの若年者に横須賀と大和さんは任せられない、と先ほど言っておりましたよ」
「はあ…口だけは達者ねぇ…港湾棲姫にさえたどり着けず、潜水艦にボコボコにされて泣きついてたところを刈谷提督が三条クンを巻き込んで重い腰あげたんでしょ?」
「そ、そういう裏があったのですか…はわぁ…」
「え?マジ?」
「あら、何よ?その辺聞いてなかったの?」
「………俺はただ電話でお前と手組むことにしたから、としか聞いてねえよ」
「ああ…彼らしいわね…三条クン、彼を毛嫌いしてなかった?」
「いや、もう何ていうか考えが変わった。あの人にキレてばっかりいたら先がもたねえよ」
「へえ、成長したのねぇ。激怒して怒鳴り込みにいくかと思ったわ」
「そうかよ。言いたいことがあるなら言え」
ピシッ…と玲司以外が凍った。バッチリ今のことを聞かれてしまった。刈谷提督がニヤニヤしながら立っていた。
「あ、あうあうあうあう…」
(こんの男はほんとに神出鬼没なんだから…)
「で?俺に言いたいことってのがあんだろ、三条?」
「あー…」
早く言えと言わんばかりに動こうとしない。別に言うほどのものでもないんだが…電話では言っていたのだが、まあ面と向かって言っておいたほうがいいな、とも思った。
「ありがとうございました。うちの艦娘たちを助けて頂いて。それから、あなたの指示でうまくいきました」
「……」
ぽかーんとする一宮提督たち。そこは彼ら2人にしかわからないことだ。西方海域での約1ヶ月ほど、刈谷提督と玲司がどんな時間を過ごしていたかはわからないのだ。
「フン…」
しばらく見つめ合っていたが刈谷提督は鼻を鳴らすと踵を返し、龍田と共に去っていく。龍田はにっこりと玲司に手を振り、さらにごめんね、と手でジェスチャーした。
「何だったわけ?」
「私にはさっぱりですね…」
「え、ええと…何だったんでしょぉ…」
「何、あれはお疲れさんってことだろうよ」
「ええ!?三条提督わかるんですか!?」
「あらあら、いつの間にかそんな仲に発展してたのねぇ」
「おいやめろ」
そんなやり取りをしていると電話が鳴った。鎮守府からだ。昼ごはんも食べただろうし、何だろう。緊急の案件だろうか。
「もしもし?ああ、鳥海か。どうした?は?」
怪訝な顔をしている。何かあったらしいが一宮提督達にはわからない。何度も玲司は「は?」と言い「もう一回聞かせてくれ」と確認を取っている。大淀も気になるのか電話が終わるのを今か今かと待っている。
「わかった。すぐ戻る」
そういうと電話を終えた。ふぅ…と一息ついてから大淀に「帰るぞ」と言った。
「あら、緊急の用事?」
「ああ、申し訳ない。ちょっと俺がいないといけない話だった」
「ふむ。それでは仕方ありません。また次はゆっくりとお話をしましょう」
「ああ。悪い。じゃ、大淀、行くぞ」
パタパタと急ぎ気味で消えていった。せっかくゆっくりとできる時間だったのだが…緊急の案件ではどうしようもない。ふーむ、とこれからどうしようかを考えていたところ…
「こんにちはー!どうも!大本営広報課の青葉でーす!すみません、今よろしいですか?」
大本営所属の青葉だ。一体何事かと思っていたら…。
「皆さんの泊地、基地を取材させてください!」
「「「はい?」」」
こちらはこちらでいろいろとありそうであった。
/
「提督、どうされたのですか?緊急の出撃ですか?まさか、赤いレ級が出たとか…」
「いや、そうじゃない。ワケは車の中で話す。ここではちょっと喋れない」
「そ、そんな内容なんですか…」
「ああ。ちょっと…どうしたもんかな…」
「厄介ごと…ですね」
「ああ」
そう言いつつ速足で駐車場へと向かう。
「急ぎのところ、申し訳ない」
声をかけられた。その声の主は…。
「清州副司令長官!?」
大淀が慌てたように名を呼ぶ。冷たいような印象を受ける視線で玲司と大淀を見ていた。緊張が走る。彼は艦娘を轟沈しようが関係なく戦果を得、艦娘は兵器であると言い張るいわゆる艦娘軽視派の筆頭であったはず。何か、横須賀のことであったのだろうか。
「副司令長官…私に何かご用でしょうか?」
「………」
黙したまま何も語ろうとはしない副司令長官。数秒の間の後、彼は低く渋みのある声で玲司に問うた。
「三条提督。君は…艦娘をどう思う」
「どう、思う…質問の意味がわかりかねますが…」
「では質問を変えよう。君は艦娘が大事かね?」
「はい。私にとっては良きパートナーであり、部下…いえ、家族のように思っております。とても私にとっては…そうですね、命の次に大事ですかね」
「戦果や名誉よりも、かね?」
「そんなものより私にとっては艦娘の方が大事です」
そう玲司は言い切った。大淀はその言葉がとてもうれしく思ったのだが、相手が相手だけに今は嘘でも名誉などを重んじたほうがよかっただろうに…。
「………」
清州副司令長官は顔をしかめたように大淀には見えた。こ、これはまずいことになるのでは…。
「君は…それで良いのかね?艦娘は兵器。そう呼ぶ声も一部の提督でもある。民間人でもそう呼んで忌避する者もいると聞く。君は彼女たちを人と見、人と同じように接しているのかね?」
「はい。横須賀の艦娘は私にとって家族です。どのような艦娘であっても横須賀に来るのであれば温かく迎え入れます。全ての艦娘をそう呼べるほど、私の手は大きくありません。今の横須賀の艦娘。そして横須賀に来るのであれば、私はその艦娘を大切にしたい。艦娘は艦娘。それ以上でもそれ以下でもない」
「ほう…」
「感情があり、心がある。人とは違うのかもしれませんが、誰彼構わず暴力をふるうわけでもない。女の子らしいものを見ては目を輝かせ、仲間が傷つけば怒り、悲しみます。私には、彼女たちを物のように扱うことはできません」
玲司は一片の曇りもない目で清州副司令長官の目を見て語った。まっすぐすぎる。足を掬われればすぐに立ち上がれなくなりそうである。だが…彼にはそうならないように支えてくれる支柱である人間が多くいるように見える。まっすぐだからこそ艦娘に慕われ、人もついてくる。悪用しようとする人間は、恐らく周りの人間に弾かれるだろう。
「その言葉、間違いはないな?後で何かがあった時に後悔などをしたりは…せんだろうな?」
「ありません。後悔はしません。今のが私が提督を一度は離れてしまいましたが再び続ける動機です。私を貶めることに関しては目をつぶりますが、艦娘たちを危機に晒すような悪事を企むのであれば、私はそんな人物を敵とみなし、容赦はしません」
「そうか」
それだけ短く言い、また玲司を睨んでいるのか見つめているのかわからない目である。
「私も…君のように…」
「え?」
「……何でもない。その言葉、反故のないように」
「はい」
そうして清州副司令長官は何も言わずに去っていった。一体何だったんだろう。ぷはっ!と大きく大淀は息を吐いた。息が詰まって自然と息を止めていたようだ。艦娘軽視派のトップと親艦娘派の中でも特別艦娘を大事にする玲司。この邂逅は何を意味するのか。まだ玲司と大淀にはわからなかった。
………
「ここにお呼び出ししてどんなご用件でしょう?」
「………」
龍田が今にも殺しにかかるのではないか、という目で刈谷提督と対峙している人物を見つめている。刈谷提督の龍田は感情がわかりやすいのだ。どうでもいい人物にはニコニコと機械的な笑み。ちょっかいをかけたいなと思っているたとえば三条提督やその艦娘にはニコニコ…これは本当に信頼している人間にしか見せない笑みを見せる。刈谷提督が敵とみなした人間にはどこか見下した表情。相手にもしたくない人間には無表情。そして…刈谷提督がこいつだけは絶対に許さんと言っている特定の人物にだけは露骨に殺意を見せる。
「大府中将殿」
刈谷提督がそういう相手。タウイタウイの大府提督だ。その横には感情のない人形のような出で立ちの重巡愛宕。龍田は大府提督は殺意を向けるほどではあるが、彼の艦娘は哀れに思っている。艦娘としての存在を否定され、ただただ兵器と呼ばれることには我慢できない。それも嫌い。刈谷提督の過去の艦娘を沈めたことは殺したいほど嫌い。刈谷提督もかつては殺したいくらいの相手だったと言っているが…今はどうなのだろうか。
「私とあなたは同じ階級、中将同士…あなたがへりくだる必要はないかと思いますが」
「いいえ。私は新米中将。あなたは大将と呼ばれるに一番近い中将殿。私とあなたでは身分が違いすぎますよ」
「……そうして私を否定し、何の喜びがあると?」
刈谷提督の煽りに聞き返す。刈谷提督は人の怒りを焚きつける天才。多くの人間を言葉で激怒させ、先に手を出させ、返り討ちにする。そうして言い逃れをしたり、できずに罰せられることもあった。大府提督には効果が薄い。
「ねえよ。テメエなんかおちょくって喜びもクソもねえ。テメエに対しては殺意しかねえよ」
「……まだ、飛龍さんのことを根に持っているのですね。執念深いと言うか…」
「テメエにゃ一生わからねえよ。艦娘どころか人の痛みもわからねえクソ野郎にはな」
「……ええ。わかりませんよ。わかるどころかわかろうとも思いませんしね」
「そうだろうよ。で?俺をここへ呼び出した理由はなんだ?」
「いえ。単に中将になった刈谷提督へお祝いの言葉を、と思いまして」
「ハッ、見え透いた嘘ついてんじゃねえよ。テメエが俺をお祝い?笑わせんなよ」
「……」
明確な敵意を露に相手をする刈谷提督と、無表情でそれを受け流す大府提督。昔から破滅的に合わないこの2人。入りたてのころからいつも比較されてきた。天才的な指揮で多くの功を成してきた大府提督。型破りで破天荒な指揮の刈谷提督。評価は刈谷提督より、大府提督のほうが高い。
問題は多いがそれでも司令長官や副司令長官、上層部からの人望が厚い刈谷提督。彼はそのことを鼻にかけず、ひたすら自分の艦娘を大事にしてきた。だからこそ、上層部の信頼は厚い。清州副司令長官はそのことを表立って言うと問題になると思っているので黙っているが、暗に支持している、と龍田は聞いたことがあった。
「私はただ刈谷提督がうらやましいのですよ」
「は?」
「司令長官や舞鶴の虎瀬大将、佐世保の上郷大将…皆が貴方を高く評価する」
「知るかよ、そんな評価。俺は俺だ。それ以上でもそれ以下でもねえ。評価を気にして艦隊運用なんかしてられねえんだよ」
「艦娘のために?」
「だったら何だ?艦娘をボコボコ沈めて得た戦果で中将になったテメエが、今更俺の艦隊運用を真似るわけでもねえだろ」
「物を使い捨てて何か問題でも?」
「さあ?ねえんじゃねえの?お前が海に出してるものと俺が海に出してるもんが違うんだろ」
「私も艦娘を海に出していますが」
「俺が思う艦娘と、お前が使う艦娘は別だと思ってるよ。だから俺とお前がここで艦娘の議論をしたところで話になるわけがない。それに気付くのに5年くらいはかかったかな」
「……あなたが何を言っているかわかりません」
「お前、小中高大と全てぶっちぎりの首席だったんだろ?の割に理解する頭はねえんだな。だから言ってるだろ。テメエの艦娘と俺の艦娘の話ではそもそも土俵が違うんだ。語るまでもねえ」
刈谷提督は愛宕を見る。表情はない。よそで見かけた愛宕とは見た目は一緒でも愛宕とは思えなかった。
「……かわいそうだな。本当のお前はうるっせえくらい賑やかで、艦娘を笑顔にしたり、士気を上げたりする奴なのにな。それを潰されてこんな奴のお人形遊びに付き合わされてんだからな」
提督がそんなことを言うとは思ってもみなかった。しかし、刈谷提督は元はこう言う人物なのだ。指揮をしている最中でも艦娘が中破や大破したと聞けば艦娘のために怒る。艦娘が成果をあげればいそいそと自分は知らないふりをしてご褒美のおやつや何やらを用意して喜ぶ男である。そんな男が、人形のようになってしまった愛宕を憐れんでいた。
「私の艦娘を憐れんでも…」
「憐れみくらいはするだろ。かわいそうにな。俺んとこに来たら、毎日にぎやかでありがてえんだけどな。賑やかで…毎日目を輝かせて…駆逐艦のチビ共に懐かれて…そんな毎日を送らせてやるのにな。なあ、愛宕。お前はどう思うよ?」
「無駄ですよ。そんな言葉、これに伝わる…はず…」
「泣い…てる」
表情は一つも変えず、愛宕は両目から涙をこぼした。無理やり閉ざされ、封じられた心、感情を。刈谷提督はこじ開けたのだ。彼の言葉には重みがある。チカラがある。だからこそ、彼は人望もあり、艦娘も慕う。今はやり方を変え、嫌われるように過ごしてきた。それでも、葛城、飛龍。球磨、多摩。そして龍田。彼の素性を知る艦娘たちは彼を慕う。優しさが、温もりがしっかりと心に伝わってくるから。冷たい言葉の端々に思いやりの心が見える。
「……憐れだな、大府」
「……」
「こうまでして、大本営上層部にのし上がりたいテメエの心情はわからねえしわかりたくもねえ。ただ、上り詰めた先に待っているのは…テメエ自身もわかってんじゃねえのか?人はついてこない。艦娘は無理やり従えた連中。俺はそんなのについていく気はねえ。せいぜいサル山の大将でも気取ってるんだな」
「例え私一人になろうとも、私には目標がある。私は私の成すべきことを成すために上を目指します。そこにあなたがいては邪魔になるでしょう。そのときは遠慮なく切り捨てさせていただきますよ」
「わかってねえな。テメエ1人で軍は成り立たねえよ。テメエについてくる人間、いんのかよ」
「無理やり従えるまでです」
「話にならねえな。やっぱりお前とは話にならねえ。もうお前とこれ以上、ここでも、この先も、語り合うことは何もねえ。壁にでも話してろ」
刈谷提督がついにテメエからお前呼びに変わった。
「刈谷提督」
「話し合うことはねえ。俺は帰る」
「これを持って帰ってください。私には不要です」
ドンと愛宕を刈谷提督の方へ突き飛ばす。慌てて愛宕を受け止めた。
「そうかよ。ありがたくもらっていくぜ。龍田、行くぞ」
「………」
鹿屋にいる時津風が見たら腰を抜かしておしっこを漏らしそうなほどの刺すような殺気を込めた目で大府提督を睨むも、刈谷提督に促されてやめた。愛宕はまだ涙を流していた。龍田がハンカチで優しく涙を拭いてあげた。
「龍田、能代に電話して羽黒に部屋掃除するように言っとけ。羽黒に面倒見させる」
「は~い」
「愛宕、来い。帰るぞ」
「……」
愛宕の手を引っ張り、連れて帰る。腰に手を回し、歩くよう促す。愛宕はおぼつかない足取りで刈谷提督に引っ張られていく。しかし、無理に歩かせるような歩幅やスピードではなく、ゆっくり確実に愛宕をエスコートする。こういうさりげない優しさが龍田は好きだし、葛城からも好かれる理由である。
廊下を曲がり、刈谷提督達が消えた後も、無表情で立ち尽くす大府提督。しかし、その腹の内は激しい刈谷提督への怒りで満ち溢れていた。やり方を変えてきた。昔ならばこれだけ今の艦娘に対しても物扱いしたならば、激怒して殴りかかってくるはずであった。しかし、今回はまるで違う。
まるで自分を憐れんでいるような表情であった。憐れだな。その言葉にこちらが表情を出したりするのをグッとこらえたが激しい怒りに駆られた。なぜだ。自分のほうが立場も上で戦果も上だ。あんな甘っちょろい男よりも…。なぜだ。なぜ自分には鎮守府を任されない?
ギリッ…と思い切り歯をかみしめる。彼が私を嫌うなら私も彼が大嫌いだ。艦娘と仲良しこよしなどと、そんなことだから戦果もろくにあげられないのに。ようやく中将に這い上がってきたかと思えば偉そうに口上を垂れて挙句に憐れだと?ふざけるな。私が彼に劣っていることなど何一つない。憐れむ権利など彼にはない。
「お前はエリートだ。エリートはエリートらしく振舞うのだ。艦娘などと人ではない女に現を抜かすなど以ての外だ。お前は一刻も早く四大鎮守府、もしくは大本営で長官になれ」
「この程度の戦果で浮かれおって。そんなだからお前は鎮守府にも就けんのだ」
「エリート」
「常に上を目指すのよ」
「お前には大きな期待がかかっている」
「エリート。トップ。エリート。エリート。上を目指す。長官。昇進。」
エリート プ 一番 汚れた血
昇進 ライ トップ
軍人の家系 ド 出来損ない
本妻の息子ではない
「黙れ…黙れ黙れ…私は…私が頂点になるんです。そのためなら…何も欲してはいけない…ただ上を目指すのみ…」
(提督。おめでとうございます!)
(ああ、大淀。ありがとう。これからも一緒にがんばろうな)
(はい!!)
「横須賀鎮守府に着任することはまず通過点だ。舞鶴?佐世保?呉?そんなものは眼中にない。まあ、佐世保の上郷に認めてもらえればそれなりだがな」
彼はひとり歩きながら強く握りしめた手から血がポタポタ垂れていることにも気づかずに、港へと向かっていった。それを教えてくれる人も、手当てをしてくれる人も…側に誰もいない。
/
「ええ!?深海棲艦!?」
「ああ。それも戦艦棲姫。姫級と来た…今は扶桑が様子を見ているようで、扶桑曰く、危険はないとのことらしいけどな」
「で、ですが…突然何をするか…」
「帰るまでに何も問題を起こしてくれなきゃいいけどな。やれやれ。いろいろと問題が降ってくるなぁ、また」
「ですが、どうしてそんなに楽しそうに…」
「考えてもみろよ。深海棲艦と話ができる機会なんてあるもんじゃないだろ。しかも言葉が喋れる姫級。ちょっと興味があるんだよ」
「ですが、提督はご家族を…」
「けれどその戦艦棲姫がやったって言う証拠がない。とりあえずは話をしてみないと何もわかんないだろ」
どういうわけかうちの提督は深海棲艦と話ができると聞いてウキウキしているように見える。一体どうして…?ご家族も殺されたと言うのに…。いや、何か思うところがあるはずだ。提督は底抜けにお優しい人。深海棲艦にも手を差し伸べる。会話をする心の余裕があると言うこと。ここが他の提督と違い、一心に信頼できるお方だ。提督がそう仰るのなら、私はそれについていくまで。ですが万が一、提督に危害を加えようものなら…容赦はしません。
高速道路をひた走り、玲司と大淀は横須賀へと急いだ。
思惑がたくさん渦巻く海軍。人それぞれ、友情、私怨、欺瞞…たくさんの人がぶつかり、さらに拗れていきます。
とりあえず今回はここまでです。玲司と清州副司令長官。そして刈谷提督と大府提督。刈谷提督と大府提督はさらに拗れそうですね。
次回はついに玲司と紫亜が邂逅します。お楽しみください。
それでは、また。