提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百二十九話

とつぜんやってきた子に「くちゃい(くさい)」と言われ、特大級のダメージを心に喰らった柴亜。扶桑に頭を何度も下げられ、謝られた。

 

「いいのよ…時雨にも同じように海の匂いがするって、遠回しに臭いって言われていたようなものだから…」

 

フォローになっていないフォローをし、さらに扶桑が頭を下げる回数を増やすことになってしまった。

 

結局このままでは延々とくちゃいと言われてしまい、柴亜の心が折れてしまうと言うことで扶桑、霞、柴亜で風呂を貸し切ることにした。柴亜はサラサラときれいな湯を体にかける度に目をキラキラさせ、自分の体がいかにベタベタしていたのか、と言うものを思い知った。同時に、湯をかけてもピチピチと水滴を弾く霞の肌に感激した。

 

妖精さん印の特製シャンプー(成分は謎)を使うことで、今までに感じたことのないくらいに頭が軽くなったこと。見様見真似で妖精さん印のコンディショナー、トリートメント(いずれも成分は不明)を使うことでサラサラ感が驚くほど向上。さらにさらに妖精さん印のボディーソープ(成分は不明)で体のベタベタが取れたことにとても感動した。

 

「すごいわね…私の体からとてもいい香りがするわ…」

「ふふ。この時季はとても暑いですからね。汗でベタベタしますけど、ここのものを使えばしばらくはサラサラで快適よ」

 

「うん!ふそうおねえちゃんもしあおねえちゃんもいいにおい!」

 

霞が抱き着いてきたので頭を撫でると嬉しそうだった。深海棲艦だからと忌避することも敵対することもない。それがうれしかった。

 

「提督とは連絡がついたそうで、夕方にはお戻りになられるそうです。それまでは私のお部屋でゆっくりしていてください」

 

「そう、死刑宣告はそれまでお預けね」

 

冗談ではなく本気だ。深海棲艦が全ての人間を憎んでいるように、人間もまた深海棲艦を皆憎んでいるだろう。破壊、殺戮。そのようなことを繰り返してきたのだから。どうせ私は人間の世界でも深海棲艦の世界でも生きられない幽鬼だ。ならば、時雨や文月、皐月達と出会え、楽しい時間を過ごしたことを思い出に、幸せなまま消えたい。いいことなんてほとんどなかった。だからこそ、皐月達との思い出は輝かしいものだ。

 

「まだ決めつけるのは早いと思いますよ」

「そう、かしらね…あなたは随分と前向きなのね」

 

自分はちっとも前向きではない。後ろ向きな考えが多い。ジメジメとしたところでしか生きない深海棲艦らしい考え方だろう。生きるのにはもう疲れている。

 

「おねえちゃんはさつきちゃんやしぐれおねえちゃんのおともだち?」

「……そうなのかしらね。私をお姉ちゃんと呼んでくれるから、かわいい妹。時雨は…友達かしらね」

 

「じゃあ、かすみのおねえちゃんになって!おともだちになって!」

「ええ?私が?」

 

「ふぇえ…かすみはいや?」

「いえ、そういうわけではないのよ。私は深海棲艦なのよ?」

 

「しんかいせいかんってなに?」

「え?」

 

この子が無邪気でかつ話が噛み合わない理由がわかった。この子は深海棲艦そのものを知らないのだ。人間なら誰でも知っているはずではないのか?そもそもこの子の目はアイツを思い出す。何も知らなすぎる…。

 

「紫亜さん。霞ちゃんにはいろいろとあって…」

 

霞は扶桑に促され、大浴場で元気に泳いでいる。その間に紫亜に霞が艦娘であること。様々な理由から心が壊されていること。つまりは…。

 

「善も悪もわからない…と言うことね。道理で私にここまで警戒も何もなしで近寄ってくるかと思ったら…でも、いいの?そういう事を私に話しても」

 

「あなたの目には邪なものはない。霞ちゃん、もともとはすごく警戒心が高くて人見知りなんです。ですが、あなたには何の警戒もなく近寄った。ですので、きっとあなたは私たちに牙を剥くこともない、そう判断したまでです。あくまで、今は私だけですが…」

 

扶桑はずいぶんと自分のことを買ってくれているんだなと思った。本来ならばすぐにでもこの腹に戦艦の砲を撃ち込むくらいのことはするだろう。拷問で深海棲艦の拠点を吐かせるんじゃないか、とも思っていたのだが。しかし、艦娘はこうでも提督がそうと言うわけではない。ここで期待をしていて拷問にでもかけられた日にはたまったものではない。

 

「おねえちゃん…あちゅい…」

「あらあら、いけない。そろそろ上がりましょうか」

 

お風呂で遊んでもう限界らしい。私ももう頭がフラフラしてきた。脱衣所の扇風機と言う機械の風が火照った体に心地いい。濡れた髪を乾かすのは大変で、扶桑も「大変ですよね」って言うから気が合うわね。冷蔵庫に入っていた牛乳と言うものがとてもおいしかったわ。

 

………

 

そのまま私は扶桑に連れられるまま、食堂と言うところに連れてこられた。ここではみんながご飯を食べるところと言う事らしい。今は誰もいない。警戒されているのか、扶桑の計らいか…。

 

「ようこそ、紫亜さん。私は給糧艦、間宮と申します」

「私の名前を知っているのね」

 

「はい。時雨さんにくれぐれも変なことをしないでと言ってお名前を何度も呼んでおられましたからね」

「そう…」

 

時雨。ありがとう。すごく気を回してくれたのね。感謝するわ。あの子は本当に優しい子ね…。本当にうれしいわ。

 

「時雨さんが言うにはおにぎりやサンドイッチなどが食べられると言うことですのでいつも私たちが食べているものでも大丈夫そうですね」

 

「ええ。よほど大丈夫だと思うわ。あまり食べたことはないんだけれど」

「わかりました。では今日は、あまり重くないものをお作りしますね」

 

にっこり笑ってどこかへ行ってしまった。彼女も扶桑と同じく、落ち着いた優しい雰囲気を持つ艦娘ね。しばらく待っているととてもいい匂いがする。

 

「かすみもおなかすいた!」

 

隣で霞もご飯を待つ。マミヤが奥からはいはいと弾んだ声で言ってきた。霞につられたのか私のお腹も減ってきた。ひとまずは、食事を楽しむとしよう。

 

うどんと呼ばれるものは少し食べにくかったけどおいしかったわ。霞もちゅるちゅると一人でおいしそうに食べていた。

 

「一人で食べられるのね。偉いわね」

「ほんと!?えへへ」

 

「ほら、熱いから気をつけなさい」

「あい」

 

おいしい。体にチカラがみなぎってくるよう。私も霞と一緒で黙々とうどんを食べた。

 

……

 

部屋に戻り、霞はご機嫌で紫亜の膝に頭を乗せてゴロゴロしていたが、しばらくして動かなくなったので何事かと思ったら、すぅすぅと寝息を立てていた。文月みたいね…かわいらしい。

 

「むにゃ…」

「ありがとう、扶桑。楽しかったわ…」

 

「そんなことを仰らないで。まだあなたの処遇は決まったわけではありませんし、暗い未来にはならないと思っています」

 

「そう。ならそれを期待して、待つことにするわね」

 

この時私は肝心なことを、お風呂に入り、ご飯を食べ、霞を寝かしつけ、扶桑と話し込む。これのせいと、ずいぶん前に聞いた話だったから忘れていた。ここの提督との、運命の再会だったと言うことを。

 

……

 

「深海棲艦と会話…成り立つんでしょうか?」

 

鎮守府への帰り道。大淀が助手席で不安を玲司に相談する。大淀の考える深海棲艦はとにかく自分たちに憎しみを限りなくぶつけ、殺しにやってくる。それしかないのだ。確かに先日の西方海域の深海棲艦と化してしまった加賀や沖ノ島の深海棲艦と化した響など。理性のある深海棲艦もいたが、結局は理性を乗っ取られ、襲い掛かられた。

 

そして、加賀を殺したあのおぞましい笑みを浮かべた「戦艦レ級」と言う深海棲艦。あれはもう冗談のようだ。笑顔で誰も彼もを殺す存在。思い出すだけで鳥肌が立つ。

 

「戦艦棲姫だからな。鳥海の話では扶桑が一緒にいるらしいけど、話は通じるし、戦意もないらしいぜ。それに、深海棲艦全部が人間や艦娘を殺すだけの存在じゃないって言うのは、俺がよく知ってるよ」

 

死に瀕した幼い提督を助けた深海棲艦。朧げに覚えている「あなたを助けたい」と言う言葉。そこに裏はない、とまで断言した提督。本当に深海棲艦だったのかもわからないが…。

 

「まあとりあえず会ってみて話をしよう。殺されることはないだろ」

 

……そうは言うが、我が鎮守府の提督が殺害されたとなると、もう自分も含め、ほとんどの艦娘がダメになってしまうだろう。翔鶴さん、雪風ちゃん、北上さん、間宮さん。隠しているけど提督にかなり依存している摩耶さん、五十鈴さん。朝潮さん達もダメでしょう。特に満潮さんと荒潮さん。

彼一人の存在でほぼ成り立っている鎮守府だけに、彼がいなくなることだけは避けなくてはならない。かと言って戦闘状態になり、万が一にも私たち艦娘の誰かがいなくなってしまったら、提督が今度はダメになってしまう…。

 

危険な綱渡りをしている鎮守府であるな、と改めて思った。艦娘がいなくなっても。提督がいなくなっても。横須賀鎮守府は終わる。でも、だからこそ。私は提督と、綱渡りでもいい。私たちの未来がどうなっていくのかが見てみたい。いずれは綱ではなく、分厚い鉄板の上を歩いていけると信じて。

 

「司令官、おかえりなさい!」

「……大変なことになってるわよ。早く行きなさいな」

 

「ああ、朝潮。ただいま。うん。すぐ行くよ」

「ちょっと!私の頭には!?」

 

「おかえりがないからなぁ」

「~~~~おかえりなさい!!!」

 

「はい、ただいま満潮」

「ふ、ふん!!」

 

満潮さんもすっかり提督にべったりと言うか。とても駆逐艦の中ではしっかりしているのに頭を撫でてもらうことを結構な頻度で要求している。朝潮さんも女王と呼ばれる駆逐艦の中でも最強と呼んでもいいくらいなのに、甘えん坊だ。来てすぐの時と比べるとずいぶん態度が軟化した。彼女たちの笑顔を守るためにも、提督に万が一のことがないように万全の準備をしなければ!!!

 

 

日が傾きかけた夕暮れ、執務室にてついに玲司と戦艦棲姫が対峙した。大淀が警戒しているが、戦艦棲姫を連れてきた扶桑は無警戒である。玲司もそう警戒はしていないように見えた。

 

「はじめまして。まずはすぐさま殺せとか言われなくて安心したわ。私は戦艦棲姫。あなた達人間と艦娘にとっては絶望をもたらす者…かしらね」

 

「はじめまして。横須賀鎮守府の提督、三条玲司と申します。まずそのように自分を貶めるのはやめたほうがいいかと思います。大淀、そう警戒すんな。大丈夫。この人は大丈夫だ」

 

「しかし…」

「扶桑が警戒していない。扶桑はこういう時恐ろしく敏感だ。その扶桑が警戒していないんだ。扶桑が言うように彼女に敵意も悪意もない、ということだ」

 

「ありがとう。信じてくれて嬉しいわ。貴方のことは時雨や文月、皐月からよく聞いているわ。とてもとても優しい提督さん」

 

「秘密基地は知っていたけど、まさか深海棲艦を匿っていたとはね…そこは予想外だった」

 

そこから戦艦棲姫、時雨がつけてくれたと言う紫亜と言う彼女がどのようにして秘密基地と呼ばれている鎮守府の敷地にまで辿り着いたのか、と言う経緯を話してくれた。知らなかったとは言え、ここでこうして身を隠していたのは申し訳なかったとも。

 

「私は深海棲艦。あなた達の敵。ごめんなさい。あなた達に教えられる情報は何もないわね…深海棲艦の集まっている場所はもう何年も前だからわからないわ。戦艦水鬼は少し前に死んだ、と聞いているけれど。ならば今の総大将は空母棲鬼だと思うわ」

 

「そうか…でも、たくさんの新しい深海棲艦が発見されていると聞く。そして世界各地で暴れていると言うから、統率が執れているのかどうかも怪しいな」

 

「ええ。おそらくは統率は執れていないでしょう。私ももう実情はわからない。ごめんなさい。拷問をしても私には何もないわ」

 

「そんなことをする気はない。文月や皐月、時雨達が世話になったそうで。優しくしてくれてありがとう」

 

罵られると想像していたら感謝された。そのことに少し戸惑っているようだ。大淀は何というか、少しずつだが「敵」として緊張していると言うよりは、その佇まいに緊張している。落ち着いた態度。優し気な赤い瞳。真っ黒な艶やかな長い髪。そして、大きく開いた胸元。色気が凄まじいのだ。妖艶。そんな言葉がぴったりである。女として…いろいろと負けている…。そう思って凝視していると、目が合ってしまった。優しく微笑んでいる。深海棲艦には見えない。

 

「私は生まれつき殺意や悪意なんてものはなかったわ。むしろ戦うことが怖い。そんな深海棲艦もいると言うことを覚えておいてほしいわ。ある時は死に瀕した人間の男の子を助けたこともあったわね」

 

「え!?」

「………」

 

大淀はついに声をあげ、椅子をひっくり返す勢いで立ち上がった。それは、提督から聞かされた…。

 

俺はな。深海棲艦に助けられたんだよ。

 

ま、まさか…まさか…!

 

「道理で…何だか血が騒ぐと言うか…落ち着かないと思ったよ」

 

提督がそう言って笑うと、彼女も何か思い出したようだった。

 

「……そういえば時雨に聞かされていたのに…すっかり忘れていたわね」

 

再び提督を見て紫亜は笑っていた。

 

………

 

部屋に入る前から何だか体がザワザワしていた。執務室に近づくにつれ、何というか血が騒ぐと言うか。鳥肌が止まらない。心臓の鼓動も速くなった。

 

玲司はそれが、深海棲艦と対峙すると言うこと。何の戦闘能力も持たず、チカラもなく。だと言うのに、向こうは簡単にこちらを破壊できるチカラを持つ深海棲艦である。それに対峙するのだ。何か起きればひとたまりもなく、死んでしまったら横須賀の子達をどうすればいいのか。そんな緊張感に包まれているのだと思っていた。

 

「あなたが…そうなのか」

 

グッウウ…心配ハイラナイワ…コノ子ヲ助ケタイノ…!

イツカ元気二ナッタラドコカデ会エルトイイワネ…。

約束ヨ…待ッテイルワ…ズット。

 

「大きくなったわねぇ…」

「子どもでしたからね」

 

「そうね。人間は成長するものね」

「ええ」

 

沈黙。2人とも思い出を噛みしめるかのように見つめ合っていた。しばらくの沈黙の後、玲司が口を開いた。

 

「助けてくださって、ありがとうございました」

「いいえ。あなたを苦しめていないかが心配だったわ。余計なことをして、ごめんなさい」

 

「いえ、むしろ感謝しています。助けてもらったからこそ、こうして今がある。艦娘と楽しい毎日を送っていますよ」

「……そう」

 

スッと右手を差し出すと彼女もまた手を出し、握手した。ヒンヤリと少し冷たい彼女の手。それでも、その手を握ったとたんに心臓がドクンと跳ねた。何か悪いことが起きるわけではなかったが。

 

「こ、こら待ちい!今行ったらあかん言うてるやんか!!」

 

外が騒がしい。姉の慌てた声がする。バン!と勢いよくドアが開く。入ってきたのは小さな駆逐艦。

 

「し、しれいかん!だめ!だめだよ!!!お姉ちゃんにひどいことしないで!!」

「じれいがん!!!やだああああ!!!!」

 

目に涙をため、真っ赤な目で必死に訴えかけるのは皐月と文月だ。皐月達とのことは紫亜から聞いている。ひどいことをする気なんてさらさらないが、いろいろとあるのだろう。彼女たちの関係は切っても切れないものなんだろう。

 

「皐月、文月。お姉ちゃんにひどいことはしないよ。安心しな」

 

「う、うう…ほ、ほんと?」

「ああ。嘘はつかないぞ」

 

「しれいかん…ボクね!好き嫌いもしない!ピーマンもちゃんと食べる!夜更かしもしない!だから…だから!」

 

「どうしたんだよ皐月。今文月にも言ったろ?お姉ちゃんにひどいことも悪いこともしないよ。司令官だって、お姉ちゃんにありがとうって今言ったところだよ」

 

「お、おねえちゃん!!」

「おねえちゃん!」

 

「皐月、文月。ひどい顔になっちゃって。お姉ちゃんは大丈夫。ほら、だから泣き止んで。いつもの笑顔を見せてちょうだい」

 

「ぐすっ…」

「うん…」

 

飛びついてきた2人を抱きしめ、優しく宥める。本当に姉妹のようだ。ここまで仲が良かったんだな、と見ていて微笑ましかった。ああ、雪乃もこんなんだったな、とふと妹を思い出した。

 

「で、どないするねん…」

 

龍驤が気まずそうに聞いてくる。それは、目の前の戦艦棲姫、彼女の処遇をどうするか、と言うことになる。彼女は深海棲艦だ。おそらく、どこへ行っても恐れられ、迫害され、いずれは自分たちの手で彼女を始末しなければならなくなるかもしれない。かと言って、彼女を殺す理由もない。となれば、これまでの皐月や文月と同じだ。父に隠し事ができることになる。

 

「大淀、扶桑。みんなを食堂に集めてくれ。1時間後に全員に話がある。これは大事な話だ。1人たりとて欠けないように」

 

「わかりました」

「かしこまりました」

 

龍驤が玲司を見ると笑っている。それも昔イタズラを思いついたようなちょっと悪い顔だった。その顔で、玲司がどうするのかを悟った。父にとんでもない隠し事ができるな…と龍驤は腹を括ることにした。

 

 

深海棲艦が鎮守府にいるとあって、ものすごい緊張感に包まれている食堂。深海棲艦は敵。そう誰に言われたわけではないが、頭に叩き込まれている。深海棲艦を倒すことこそが艦娘の存在意義である。そう、大本営で会議をしているときに他の提督が嫌と言うほど言っているし、自分たちはとにかく深海棲艦を倒さなければならない、と言う使命感で生きている。

 

それを変えたのは三条提督だ。提督が私たちを変えた。深海棲艦を倒すことだけが艦娘じゃない。感情があり、心がある。だから、できることはもっとある。もっと生きてて楽しまなきゃ。

 

「もっとさ。肩の力を抜いていこうぜ」

 

そう言ってくれた時の解放感。体が軽くなった。気も楽になった。私たちは提督に救われた。本当にいろいろと。

 

皆に集まるようにと号令をかけたあと、大淀は鳥海、霧島、妙高と龍驤を交えて提督と話をした。もちろん、この話は外に漏れてはいけない。漏らしてはいけない。漏れればここでの全てが無に帰す。艦娘は提督の大号令が出ればそれを厳守する。つまり、食堂でする話を外部に漏らすなと言えばほぼ問題はないだろう。提督を裏切ろうと言う野心など艦娘は抱かない。いや、まあ…安久野提督の一件があるので断定ができないと言う説得力のなさではあるが…。

 

しかし、今の艦娘たちはそんなことはしないだろう。三条提督との生活はとても皆充実しているし、失脚させることなどまずするはずがない。不安があるとすれば、駆逐艦「漣」だろうか。いや、そんなことは…ないとは言い切れないが…。

 

「じゃあ、それでいくぞ。悪いがここは提督としての権限を使う」

「どうせあかん言うたかて使うんやろが」

 

「あー、まあ」

「はーあ、お父ちゃんにも隠し事か…まあこれは言えんわ…」

 

「悪いな、姉ちゃん」

「ええて。うちはもうお父ちゃんの艦娘ちゃうしな。薄情かもしれんけど、今はあんたの艦娘や。お父ちゃんも陸奥姉やんも関係ない」

 

「ありがとな」

「ま、あんたはそう言うやろなって思っとった。うちはあんたの味方に付く」

 

龍驤さんも味方につけた提督。これなら何もないだろう。摩耶さんたちはどう思うか…。終わるまでは心配は消えないな。

 

……

 

「皆さん、ご静粛に!これより提督から重大なお知らせがあります!提督に、敬礼!!」

 

大淀の号令で玲司に向けて全員が敬礼。大淀がこれだけビシッと決めて言うと言うことはよほど大事なことなのだろう。そう捉えた艦娘たちは皆背筋を伸ばして聞く姿勢だ。玲司も見事な敬礼を艦娘たちにする。

 

「あー、楽にしてていいからな」

 

大淀がビシッとしても玲司がこれだ。けど皆態度を崩さない。真剣に聞き入る。

 

「知っての通り、今、俺の隣にいる彼女。深海棲艦だ。戦艦棲姫。名前は時雨がつけたそうだな。紫亜って言う」

 

その言葉に時雨に視線が集中するが、非難しているような目ではない。

 

「彼女には戦意がない。この数年、横須賀の敷地に隠れ住み、それより前も深海棲艦からも迫害され、住むところもない。身寄りはあるらしいが、そっちで生活するのは厳しいとのことだ」

 

正直ここまで見つからなかったのは奇跡だよな、と言うと文月や皐月がブンブンと首を縦に振っていた。

 

「さて、大淀や鳥海、龍驤姉ちゃんと話をした結果をみんなに話す。俺の意向としては、戦艦棲姫『紫亜』をここに置くことにした」

 

「あなた、待って。そのようなことをしてはダメよ。もし何かが起きた際にあなたも、艦娘たちもタダでは済まないわ」

 

「だからと言って、戦わない、戦えないあなたを放り出したくない。あなたは俺の命の恩人で、皐月や文月が姉のように慕っている。俺はあなたにこのままでは恩返しができない」

 

「だからと言ってそれでは返しが大きすぎるわ…私はあなた達に何かがあるのは…」

 

「心配せんでええやろ。うちのかわいい弟の命を救ってくれたからこそうちはこいつと出会えて、いろいろあったけど楽しくやれてきた。あんたのおかげや。うちも弟が世話になった恩人を深海棲艦やから出てけとは言えんわ」

 

「要はあれでしょ。外でその紫亜の話は出すなってことでしょ。別にそんなこと話す人いないでしょー。ほかの人間と話したくもないしね」

 

「提督の命の恩人だぁ!?それってまさかあれか!?だったらよ、いい人なんだろ!別にあたしは構わないぜ」

「皐月ちゃんや文月ちゃんがあれだけ泣いてだめって言うくらいだし…」

 

「霞が懐いたんだってね。ならいいんじゃない?」

 

ザワザワ。艦娘たちの会話には追い出せや敵だと言う言葉はない。むしろ歓迎的で。

 

「行くとこないの?だったらここにいればいいじゃん」

「皐月達がこのままだとなー」

 

「だそうだよ。紫亜がよければ、ここに居ればいい。俺たちは迷惑と思ってない。外に出れない不自由はあるかもしれないけどな」

 

「………」

 

「お姉ちゃん、行っちゃやだ…」

「文月も…やだぁ」

 

「……本当にいいの?」

「ああ。俺は何も問題はないと思ってる。あとは紫亜次第だ」

 

「お部屋でしたら、私と共有しましょう。ああ、でも私のお部屋はいつも騒がしいわね…皐月ちゃんたちが来ますから…」

 

「いえ、にぎやかなほうがいいわ。1人はもう…疲れたから」

「では、これからよろしくお願い致しますね、ふふ」

 

扶桑がそっとお辞儀をした。生きる希望を見出すことができた紫亜はこれでまた新たに生きる光を手に入れた。

 

「お姉ちゃん!」

「やったぁ!ねーねー扶桑さん、文月、扶桑さんと紫亜お姉ちゃんと一緒に寝たいよぉ!」

 

「ボクも!ボクもお姉ちゃんたちと寝る!」

「え、ええと…いいのかしら?」

 

「はい。でも、早く寝ないとおばけが出るからね?」

「うっ」

 

「は、はぁい」

 

「と言うわけだ。これから紫亜が生活を共にする。このことは鎮守府の建物の外で話をすることは絶対に許さない。むやみやたらに紫亜の話はしない。これは命令だ。いいな!」

 

こうして、戦艦棲姫「紫亜」は拠り所を見つけることができた。もうこれで寂しくも怖くもない。その日の夕食はいつも通り、新しい仲間が増えたと言うことでオムライスとなった。口の周りを真っ赤にした皐月や文月のお世話で大変そうだったが、それでも楽しそうだった。時雨も嬉しそうにしていた。

 

「ありがとう、時雨。私、本当にうれしい…」

「僕もだよ。これからよろしくね」

 

「ええ…」

 

こうして紫亜は横須賀鎮守府の一員となった。初めて食べるオムライスは、とても満足できたそうだ。




こうなるとどれくらいの読者さんがいたでしょうか。まさか紫亜が一緒に住むことになるなんてー(棒)
戦艦棲姫、紫亜。これからは横須賀の一員として。非戦闘員ですが住むことになります。

次回も紫亜のお話がメインとなります。次回もお楽しみください。

それでは、また。

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