提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百三十話

本当に夢を見ているかのよう。だってそうでしょう?深海棲艦と艦娘が共に生活をし、同じようにご飯を食べ、そして一緒に眠る。

 

それも薄暗い洞窟のようなところではなく、畳の良い匂いがするお部屋。お日様によく干したお布団の上で、皐月や文月、時雨と扶桑と共に眠ることができる。こんな日が来るだなんて思っていなかった。お風呂にはもう入ったと言うのに、皐月や文月はまだ入っていない。親睦を深める洗いっこ(たぶん、皐月達は親睦を深めるって意味をあんまりわかっていなかったわね…)がしたいと言うことで夜にもう一度お風呂に連れていかれたわ。

 

ま、まあ霞に「くちゃい」…臭いと言われていたから気にはなってしまっていたのでもう一度よく洗っておいてもらおうかしら…と思ったわけだけど。霞の洗い方は申し訳ないけれどしっかり、とはいかなかったから。皐月と文月も結構雑と言うか…ごめんなさいね。時雨が丁寧に洗ってくれたのでよかったわ。時雨たちと同じ香りがする。本当にみんなと一緒、と言うのが嬉しくてたまらなかったわ。

 

「ありがとう、時雨」

「ううん。僕もきれいに洗ってくれて嬉しいよ」

 

「そう…それはよかったわ」

「………」

 

時雨が何か下を向いて私から目をそらす。どうしたのかしら。私、何か悪いことをしたかしら…。お願い、隠し事はやめて。嫌なら嫌ってはっきり言ってちょうだい。

 

「紫亜の今の笑顔…とってもきれいでさ…な、なんでかな。直視できなかったんだ…紫亜、とても美人だから」

 

「え…え?」

「何だか、今まで見たことないくらいとびっきりきれいな笑顔だったんだ」

 

「そうなのかしら…よくわからないわ」

「ご、ごめんね。気分を悪くさせたなら…」

 

「いいのよ。ふふ、きれいと言ってくれて嫌がる女の子がいるかしらね。あなたもきれいよ、時雨」

「あ、う…」

 

あらら、耳まで赤くなって…かわいい子ね。いじわるしたいわけではないのだけれど、何かこう…やめておきましょう。

 

「そ、そろそろ上がろうか!僕、のぼせそうだよ」

「ふふふ、そうね」

 

扶桑の髪を乾かすので慣れているのか、時雨は手際よく私の髪を乾かしてくれた。皐月達もやりたいと言ってくれたけど、時雨が独占して離さなかったわ。

 

「お姉ちゃん、その傷…」

「痛そう…」

 

あまり髪で目立たないようにしていたけれど、今は髪を時雨が束ねてくれたから、首の傷が丸見えになったのね。奴に引き裂かれた傷。これはもう消えない傷。

 

「今はもう痛くないわ。天気が悪いと時々痛むけどね」

「時雨や村雨と一緒だね」

 

「あのねあのね!大淀さんもついてるんだよぉ」

「ここのことは時雨から聞いているわ。ひどい人間もいたものね」

 

「でもねでもね!今の司令官はとっても優しいんだよぉ!」

「そうだよ!かわいいところもあるしね!」

 

「そうね。私をここに居させてくれるくらいだもの。それに…まさかあの時の子供だったなんて。時雨から聞かされて大笑いしていたのに忘れていたなんてほんと、いけないことね」

 

「本当にびっくりしたよ。何のいたずらなんだろうね」

「ええ…」

 

また会いましょうなんて約束はしていたけれど、人間に深海棲艦の血を入れたらどうなるかだなんてわからない。ただ、深海棲艦は治癒能力も高いし生存能力も高い。賭けだった。ああは言ったけれどまず生きていないだろうと思っていた。ところがどうだ。再会した男の子は青年となり、私が助けたことがきっかけで提督になっていた。本当、どうなるかわからないものね。

 

そして、私の親友のことも話をした。港湾棲姫。この名を聞いたとき、彼は暗い顔をした。少し前に、自分と、他の提督が島を焼き払い、撃沈させたと言うのだ。一瞬ドキッとしたけれど、あの子も私と同様、艤装に兵器は積んでいない。艦載機もない。それに、あの子は極度の怖がり。あの子が人や艦娘を襲うことはまずないはず。

 

「すまない…」

「いえ、それはもしかしたら別の港湾棲姫かもしれない。あるいは、似たやつで港湾水鬼かもしれない。ごめんなさい。あの子がいくら迫られたからと言って、人や艦娘を襲うとは到底考えられない。それに、別れたところは西方海域ではなかったはず…」

 

「……わかった、各地の出撃、鎮圧作戦があったならできる限り探してみよう。可能なら保護もしよう」

「それでは私に加え、港湾まで匿うことになる。ただでさえ危険なのよ?」

 

「だからと言って無抵抗の深海棲艦。それも武力も持たない者を攻撃することはできない。可能な限り、探してみるよ」

 

「……私があの子と別れてからここに辿り着くまではそう時間はかからなかった。近くの小さな小さな小島に隠れているわ。食べ物はなくても生きていける。ただ、あの子は海へ出ても速度が遅すぎるから、見つかれば命はない。うまく隠れているようね」

 

「近場…か」

「提督。海図をかき集め、それらしい島を探してみます」

 

「わかった。乗ってくれるなら摩耶と鳥海に協力してもらうといいぞ。あの2人、すげー細かいから」

「ええ。そうですね。摩耶さん、乗ってくれるでしょうか…」

 

「信じてみなって。チカラになってくれるさ」

「はい!」

 

ただ明日からな、と言われてこけていたけれど…大丈夫かしら。港湾…無事でいてね。きっと見つけ出してくれるわ。

 

それから私は扶桑の部屋に連れていかれ、んっふっふ、と待ち構えていた皐月と文月、それから時雨。扶桑と一緒に寝ることになった。皐月と文月が隣で眠り、扶桑がにぎやかでいいわね、と楽しそうで。時雨はお布団はどうだい?と聞いてくるからとても気持ちいいわと答えた。時雨はよかった、と嬉しそうだった。電気を消され、辺りは暗闇になるけど、文月や皐月の温もり、寝息、誰かが側にいてくれる心強さに、私は安心してすぐ眠りについてしまった。

 

………

 

ふと目が覚めると窓をたたく強い雨の音。通り雨だろう。私は夜の大雨は嫌いだ。お腹を貫かれ、首を引き裂かれたあの時を思い出す。あれは夜ではないけど、夜のように暗いときだった。ゴロゴロと雷まで鳴っている。ああ、まただ、窓の外にアイツが笑って立っているような気がして体を恐怖が包む。

 

怖い…またアイツが立っているんじゃ…。

 

「むにゃあ」

 

恐怖に震えていると皐月が寝がえりを打って抱き着いてきた。その暖かさと皐月の寝息が頬に当たるくすぐったさで少し恐怖が和らいだ。

 

「ふわぁ~」

 

さらに文月まで抱き着いてきた。文月はわきの下にぐりぐりと頭を押し込み、そこでまた静かに寝息を立てる。

 

「えへへ~」

 

楽しい夢でも見てるのだろうか。私の脇に顔を埋めながら笑っている。こ、これはこれで恥ずかしいのだけど…。でも、文月の笑う声で私の心は落ち着いた。肺の恐怖で溜まった澱のようにドロッとした何かを吐き出そうと大きく、でも皐月や文月を起こさないように息を吐いた。

 

「眠れないの?」

 

暗いけどわかる。時雨だ。起こしてしまったか…。

 

「ええ…ごめんなさい」

「ううん、僕も雷は苦手だから。音で目が覚めちゃったんだ。大丈夫?」

 

「……時雨達がいるから平気よ」

「そっか。ふふ、うれしいな。ふぁあ…おやすみ…」

 

「おやすみなさい」

 

寝ちゃったかしら。それでいいわ。気を遣わせて申し訳なかったわね。でも、時雨の声が聞けてもっと安心した。誰かと一緒に眠るってこんなに安心できるのね。ちょっと…皐月達は暑いけど…でも私にはありがたい温もりね。ありがとう。

 

………

 

目を覚ませばもうすっかり夜が明けて朝だった。何てこと…今までは日が昇ると同時にどんなことがあっても目を覚ましたのに…。

 

「おはようございます」

 

落ち着いたきれいな声。扶桑だ。にっこり笑って私を見ていた。

 

「おはよう。扶桑。ごめんなさい、遅くまで寝てしまって…」

「いいんですよ。起きる時間は決まっていません。ただ、0830までに食事を摂らないとご飯が抜きになってしまうんです」

 

時計を見ると0730(時計の見方は何となく覚えていた)。まだ朝食はなくならない。食べなくてもいいのだけれど、昨日夕飯を思い切り食べて、体がそれを覚えてしまったらしく、いやしくもお腹は空腹を訴えている。

 

私が着ていた服は洗ってもおそらくは差支えはないと思うけど…と思ったら枕元に似たような服が置いてあった。一体誰が?

服の隣には小さな…妖精さん?私を怖がっていない…?服に手をかけるとビッと親指を上に向けた。

 

「わたしたちがよなべしてつくったふくです。さいこうきゅうしるくでつくったいってんものです。うそです。ふつうのぬのです」

 

「ありがとう。よく私のサイズがわかったわね」

「わたしたちはめだけでさいずがわかります」

 

すごいわね…と言うかこれを一晩でどうやって…聞こうとすると「きぎょうひみつです」と言われた。どういう言う意味かしら…教えてくれないってことね。いけず。

 

「きょうはねまきからなにやらいっぱいつくるです。おしごといっぱい、やったー!」

 

ばびゅーんと言う音?がしたような気がした。妖精さんは開いた窓から飛んで行った。すごくやる気に満ちた妖精さんね…かわいい。ああ、いけない。時間はもう0745。ご飯を食べる時間がなくなってしまうわ。

 

………

 

秋津洲、と言う子がご飯を食べているときからずっと私をキラキラした目で見ていた。何だろう、とても嫌な予感がする。

 

「あの…秋津洲…?私に何かついているのかしら?」

「深海棲艦の調律がしてみたいかもぉ…!これは世紀の大実験かも!」

 

「じ、実験!?あ、あなた私に何をする気!?」

「大丈夫かも!痛いことは別にしないかも!ちょっとおさわりするだけかも!」

 

「かもってどういうこと!?すごく不安なんだけど!?」

「えっと、秋津洲さんのかもって言うのは口癖だから…たぶん、問題ない…と思うわ」

 

「満潮だったかしら…思うわでは困るのよ…」

「心配いらないかもー!この秋津洲、ぜーったい痛くしないかも!」

 

猛烈に不安になるのだけど…そのおかげでそれまでおいしいと思っていたお味噌汁の味がわからなくなったわ…。実験…どんなことをするのかしらね。

 

………

 

「カチカチカチ…」

 

満潮が額を私の額に当ててリズムをとっている。不思議な感覚ね。まるで私の中を覗かれているような感覚になる。不愉快ではないけど、ムズムズすると言うか…。

 

「……わからない。紫亜さんのリズムが感じられない」

 

満潮が言うには私のリズム?がわからないらしい。艦娘と深海棲艦では見えない何かがあるのかしらね。

 

「満潮ちゃんはまだまだ無理に聞き出そうとしてるかも。もっと、もーっと相手のリズムを聞き出そうとするんじゃなくて、耳を澄ませて聞くかも」

 

秋津洲が私の左胸に手を当てる。秋津洲の左手からじんわりと暖かい何かが流れてくる感じ。それは私の中に入り込み、少しずつ体に広がっていくような感覚を覚える。

 

「……紫亜さんの中はとってもとっても冷たいかも。まるで凍ってるみたい。これが『音』の邪魔をしてるかも」

 

自分の耳にドンドンと何か音が聞こえてきた。

 

「紫亜さんの心臓はとっても強いかも。暴れているような感じがするかも…」

 

私の心臓の音なのか。自分の心臓の音なんてわからないから…ドン、ドンと大きく、けど不安になるような音。怖くなってくる。

 

「……目を閉じて…今、紫亜さんは真っ青なきれーいな海の上に浮かんでいるかも。お日様が照って、雲は1つもなくて…そこでなーんにも考えずに浮かんでるかも。ぷかぷか。ぷかぷか。暖かい光が紫亜さんを照らしてるの」

 

秋津洲の手からその光景が伝わってくる。波は静かで…ゆらゆらと体を投げ出して浮かんでいる。優しい海…海ってこんなにも穏やかで優しいものだったのね。私の知っている海は、深海棲艦がいるからと薄暗い海で。荒れて、渦潮も荒れ狂って全てを暗い暗い海の底へ引きずり込む。そんな光景だったのに。

 

「暗い海はもうないかも。きれいな青い海がどこまでも広がって、白い砂浜。青い空。気持ちいいお日様。紫亜さんはそこにいるかも」

 

涙が出てきた。ほんとうに、私がこんなところへ何も気にせずにいられればいいのに。

 

「誰かが呼んでいるかも。その呼んでいる人は、誰?」

「……し、ぐれ…ふみ…つ、き…さつき…」

 

「3人ね。3人は笑ってる?泣いてる?怒ってる?」

「……ふふ、えがおね…わたしを…よんでる」

 

「これから…紫亜さんは笑顔に囲まれていくかも。もう1人じゃない。さあ、心のつめたーい感覚はとけていくかも」

 

「ああ…うあっ…ううう…あったかい…あったかい…わ」

 

私の心の厚い雲のような。雪を降らせているかのように冷たいものがなくなっていく。秋津洲の手のぬくもりが私に染み渡っていく。ドンドン言っていた音は…とくん…とくんと大人しくなっていく。

 

「……うん。音が聞こえる。トン…トン…トン」

「トン…トン」

 

「「トン…トン…」」

 

私と秋津洲の声が揃う。その秋津洲の声はとても落ち着くもので。それで私の中にいた怖いもの、冷たいもの。そして、重いものが全部…。

 

「大きく息を吸って。吐いて」

 

ふぅ~っと吐くと同時に今思って胸に溜まっていたものが全て息と共に出ていくような感じがした。

 

「はい、終わりかも~。帰ってきて~」

 

パン!と言う大きな音にびっくりしてハッとなった。辺りは海ではなく、秋津洲に連れてこられた畳のお部屋。秋津洲のお部屋らしいけどそこだった。

 

「紫亜さんは心も体もお疲れだったかも。だから紫亜さんから聞こえる音はすごく重くて…うーんと、錆びた鉄同士をこすってるようなすっごい嫌な音だったかも。だから秋津洲がきれいにしたかも!」

 

「うん…すごい。ガチガチすごいリズムが悪くて…止まりそうだったのに、今はカチカチ規則正しい。すごいなぁ…」

「満潮ちゃんもこれくらいできるようになるかも!頑張るかも!」

 

「うん。そうね。頑張るかも…頑張るわ」

 

私の体は何か重りを外したかのように軽かった。心も…晴れやかな感じで。

 

「あなた達は一体…」

「秋津洲たちはここのみんなの体のバランスを音で聞いて正しい音にする調律師かも!紫亜さんから聞こえる音がとっても気になったから治しにきたかも!」

 

「調律師…」

 

すごいわね。艦娘ってこう言う子たちまでいるのね。破壊と殺戮だけを考えている深海棲艦とは違う…。この子たちの目はとても輝いていて、正直私にはまぶしい。孤独と暗闇でしか生きてこなかった。この手では誰かを救うことなどできない。この目では光は見ることができない。私は深海棲艦。全てを憎み、破壊する存在。

 

「深海棲艦さんでも秋津洲たちと同じこともできるかも。同じように心があって、考える頭があって。手足があって。紫亜さんはここにいるみんなと同じことができるかも。ごめんね、少し心を覗いちゃったかも」

 

「秋津洲…いいのよ。謝らなくて。私はそうした闇ばかりを抱えてきた。皐月達に出会って、光を感じられた。けど、私は深海棲艦。闇の住人が光を求めてもいいのかしらって…」

 

「深海棲艦だからとか艦娘だからとか、そういうのでくくるのはよくない…と思う。私も、横須賀に来るまでは光とか、そんなのなくて、行きつく先は闇か、地獄か。そんなところで生きてきたから。けど、今の私はとっても充実してる。私なんかがって思ったらいつも司令官が、満潮も楽しんでいい権利はあるんだよって…そう教えてくれたから」

 

「深海棲艦だから闇が好きとか、闇に住まなきゃいけないとか、そんなの関係ないかも。結局は、自分がどうしたいかって、深海棲艦だからとか考えないで動いた方がいいかも。ほら、今は紫亜さんをああしなさいこうしなさいって押し付けるのは誰もいないから」

 

……

 

戦艦棲姫、私タチハ闇デシカ生レヌ。日ノ光ノ下デナドト夢ヲ見テイルヒマガアルノナラ、1人デモ多ク人ヲ殺シ、船ヲ沈メルコトヲ考エルンダナ。

 

クハハハハ!!アナタッテホンットバカネェ!深海棲艦ノクセニ!太陽ニ憧レルダナンテバッカジャナイノォ!?

 

戦艦棲姫…私タチハ本当ニ…影デコソコソ生キルシカナイノカナ…?

 

……

 

「私は…ここに、いて…いいの…?私は…あの暗いところで生きていた方が…いいんじゃないの?」

「それを決めるのは紫亜さんよ。私や秋津洲さんでもない。司令官でもない。決めるのは自分よ。私は私がここにいたいから。これのチカラでみんなの役に立てるからいる。こうしてる。だから、紫亜さんも自分で決めなさいな」

 

「提督にそうしたいって言ってもきっとおっけーって言ってくれるかも。それに、秋津洲や満潮ちゃん、皐月ちゃんたちがいるもん。みんなで一緒に歩いていけばいいかも」

 

港湾棲姫と別れ、1人になってからはずっと後ろめたい感じに引きずられながら生きてきた。何をするにも私はこれでいいのか…?こうしてもいいのだろうか?そうして考えた末に考えることも。何かを決定することもあきらめてきた。ただ皐月達については一緒にいたい。そう思っていた。

 

「おねえちゃん、ばいばいはやだ」

 

どこからやってきたのだろう。霞がいた。霞の目を覗き込みながらそう言った。この子の目は本当にきれい。皐月達の目とは違うけれど、キラキラしていて。吸い込まれそうで。私も皐月、文月、時雨。それに…こうして出会ったのも何かの縁だ。霞や私が助けた男の子…提督。扶桑。離れたくはない。行くアテもない。

 

「おねえちゃん。かすみ、いいこにするから。いなくなっちゃやだ」

「大丈夫。私はここにいるわ。霞のそばにもいるわよ」

 

「ほんと!?やくそく!」

「ええ」

 

「じゃあおまじない!こうしてね、こゆびとこゆびをくっつけてね。にへへ、しれいかんとおやくそくするときもするんだよ。だから、やくそく!」

 

「こうね。ええ。絶対に霞の前からいなくならないからね」

「うん!おねえちゃん!」

 

ばふっと抱き着かれる。抱き着かれるのはいいけど、初めて抱き着かれた時の「くちゃい」の言葉がよみがえる…。大丈夫かしら…?

 

「んふー…おねえちゃ、いいにおい…」

「そ、そう。よかったわ」

 

「またおふろ、いっしょにはいろうね!」

「え、ええ」

 

く、臭かったかしら?い、いえ…念入りに洗ったし…時雨達にも洗ってもらったし…大丈夫なはず…。そうね。霞がこう言ったから、ではなく。私は私の意志でここに、いたい。

 

「答えは決まったかも?」

「ありがとう、秋津洲。あなたと満潮のおかげで決心がついたわ。本当にありがとう」

 

そう言うとなんでかしら。秋津洲と満潮がぽかーんとしているのだけど…私、何か変なこと言ったかしら?

 

「きれいかもぉ…」

「う、うん…すごかった…」

 

「???」

 

私はどういう事かわからなかった。とりあえず提督のところへ行くと伝えると無言で首を縦に振るだけだし…何なのかしら…。霞が一緒に行くと言うので手をつないで私は提督の部屋へ霞に案内された。

 

 

「本当に私はここにいてもいいのかしら?」

 

そう言って私は提督に質問する。霞はミョウコウを見つけると彼女の膝に乗って大人しくしている。

 

「昨夜も言ったけど、紫亜さんが決めたことには反対はしないよ。出ていく、と言われたらちょっと考えるけど」

 

「私も出ていけと言われたらどうしようかと思っていたわ」

 

2人でぷっと笑った。お互いに言われたら困ることになるんじゃないかと考えていたらしい。ただ、そうではないと聞いて安心した。玲司君も安心したみたいね。

 

「俺にとっちゃ命の恩人だしな。できることならやるさ」

「よかったわ。改めて、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。皐月や文月が喜ぶよ。あの子達、いなくなっちゃわないかなって心配してたんだ」

「時雨もな。ハラハラしとったで。あとなんでか島風もな。たぶん、甘えられる姉やんがほしいんやろ」

 

「姉ちゃんじゃだめなのか?」

「……うちはお姉ちゃんって言うか妹みたいやと。腹立ったからゲンコツ食らわせて泣かせたったわ」

 

「それで泣いてお姉ちゃんにいじめられたってきたのか…大人げないことすんなよ…」

「うちはれっきとした姉やんやろ!?」

 

「まあ陸奥姉ちゃんや高雄さんに比べると…「おうお前、炎の餌食になるか?」

「そういうとこが島風に下に見られるんだろうが!」

 

「何やと!?」

「もー!けんかはめーっなんだからね!!!!」

 

「提督…龍驤さん。騒がしくするなら退室して頂きますよ?今ただでさえ西方海域の後始末で忙しいのに…」

 

「うっ」

「す、すまん…」

 

オオヨドが怒ってプルプル震えながら怒っているところを見ると本気で怒っているのかしらね…。霞にまで怒られて…ふふ、頼りない子ね。

 

「ほわぁ、紫亜さんって笑顔が素敵ですね…思わず見惚れてしまいました」

「オオヨド…?ええっと…その…」

 

「おねえちゃんはきれいだよ!おおよどさんもきれい!みょうこうおねえちゃもきれい!ちょうかいさんは…かわいい!」

 

「ふぇえ!?わ、わたわた…わたしなんてそ、そんな…あう」

「きりしまさんはねぇ、かっこいい!」

 

「あら、うれしいわねぇ。じゃあチョコレートをあげちゃいましょう!」

「やったー!」

 

いい所ね。ありがとう、玲司君。私はやっと自分が心の落ち着ける場所に辿り着くことができた。ほんと、何ていう偶然かしらね。感謝しているわ…。

 

 

「おねえちゃーん!」

「おーい!」

 

「あら、どうしたの?」

 

中庭で作業をしていたら皐月と文月がやってきた。昨夜、私はこれからここでお世話になります、と食堂でみんなに伝えると、張り裂けんばかりの大声でやったー!と喜んだのは皐月と文月。にっこり笑ってよろしくね、と言ってくれた時雨。みんな警戒して反対するかと思ったけど…すんなりと受け入れられたわね。

 

そうして、何もしない、と言うのはみんなに申し訳ないので私は時雨の協力のもと、本を借りて中庭にきていた。

 

「何してるの?」

「気になる気になる~」

 

「なんて事はないわ。暑いからね。お花のお世話をしているのよ」

「へー!あ、ここのひまわり、摩耶さんが植えたやつだね!」

 

「そうなの。摩耶はきちんとお世話していたのね。きれいに咲いているわ。今お水をあげたから」

「お花のお世話をしてるんだね~」

 

「ええ。ここはこれだけお庭が広いから。私は演習や戦闘には出れないし。なら、この中庭の広さを使ってお花を植えて、お花畑にしようと思って」

 

「ほんと!?わぁ、楽しみだなぁ!」

「いーっぱい、きれいなお花が咲くのかなぁ!」

 

「ふふ。今はまだみんなが植えた少しのお花しかないけど、提督にも許可は朝もらったから。少しずつ変えていくわ」

 

「ボクも手伝う!」

「文月も~!」

 

「ありがとう、2人とも。でも大変よ?」

「平気だい!」

 

「うんうん!」

 

「そう…じゃあ一緒にここの土をやわらかくして、コスモスを植えましょう」

「はーい!」

 

「あ、お姉ちゃん。今日は暑いよ~。だからぁ、待ってて!」

 

文月がどこかへ走って行ってしばらくして。手には…麦わら帽子?

 

「はい!お姉ちゃんの髪は真っ黒だもん。ねっちゅ~しょ~って言うのになっちゃうよ~」

 

麦わら帽子をしゃがんでかぶせてもらう。ああ、なるほど。頭の暑いのは幾分と和らぐわね。本当に優しい子ね。

 

「紫亜お姉ちゃん、麦わら帽子が似合うね!」

「そ、そうかしら…」

 

私が今着ているのは妖精さんが作ってくれた白いワンピース。妖精さんには黒がいいと言ったのだけれど…。

 

「いいえ、しあさんにはしろがにあいます。ようせいさんうそつかない」

「きぶんてんかんにしろですしろ」

 

「しろにしろ。なんちゃって」

「んふっ」

 

「紫亜も扶桑と一緒だね…でも僕も気になるな。白いワンピース。きっと似合うよ」

「しぐれさん。おいうちないすぅ!」

 

時雨と妖精さんに言われるまま、作ってもらって着てみたけれど…何だか恥ずかしいわね。

 

「し、紫亜。きれい…白、すごく似合うよ」

「やはりわれわれのめはくるっていなかった」

 

「びゅーてぃほー」

 

そうして私はそのまま作業をしているのだけど…。髪も縛って…ううん、ワンピースでは汚れてしまうわね。

 

作業をしていると次から次に艦娘がやってきた。摩耶に最上(漢字は書いてもらって覚えた)…大和に朝潮…みんななんでか私を見てボーっとしていたけど…何だったのかしらね?

 

「お姉ちゃん!きれいなお花、ちゃんと咲くかな!」

「皐月や文月が一生懸命手伝ってくれたんだもの。きれいなお花が咲くわ。私がちゃんとお水をあげたりするからね」

 

「うん!楽しみ楽しみ~♪」

 

「さ、汗かいちゃったからお風呂にいきましょうか。洗ってあげるわ」

「わーい!お姉ちゃんとお風呂ー!」

 

「いこいこ~!」

 

左手は皐月。右手は文月が手を繋いで。私たちはお風呂場へ行く。秋津洲もお世話を手伝ってくれると言うし。私の心はとても満たされている。今度はみんなでお花が咲いたときを楽しみにしましょう。

 

次の日、私はなぜか摩耶にお庭でたくさんのひまわりが咲いているところで、昨日と同じ白いワンピースと麦わら帽子をかぶされ、立たされ…写真を撮られたわ。もっと笑って!と言われても…。

 

「紫亜。僕も付き合うよ。お揃いだね」

 

真っ白なワンピースを着た時雨と一緒にひまわりを背景に写真を撮ってもらった。その時の私の顔は…時雨がいたからかしら。安心して笑顔だったわ。これは私の枕元に写真立てをもらってずっと飾っているの。恥ずかしいけど提督のお部屋にもある。

 

私は横須賀鎮守府のみんなに暖かく迎え入れられ、充実した生活を送れそうよ。港湾棲姫。必ず、見つけてあげるから、待っていてね。




こうして紫亜は横須賀鎮守府の一員になりました。
非戦闘員です。中庭のガーデニング隊隊長ということで、陰ながら鎮守府を支える子です。他にも清掃員として、などなどで活躍の予定です。あとは駆逐艦のお姉ちゃん役と言うことで。

次回はある駆逐艦の苦しい悩みをそろそろ解放してあげないといけないなと言うことで、ちょっと重いかな?ってお話になりかと思います。ktkr!

それでは、また。

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