提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百三十一話

1人母港の岸壁に腰かけて足をブラブラさせながらボーっと海を眺めている駆逐艦。タウイタウイ、鹿屋基地を経て、鹿屋基地からも放り出されたような感じで横須賀に流れ着いた艦娘。特型駆逐艦「漣」である。

 

彼女は演習も出撃もない日は誰とも関わらないよう、ここでただただ日が暮れるまで海を眺めたり、下を見ては泳ぐ小さな魚を目で追いかけたり、波を漂うクラゲを見つめていたりしている。

 

不知火のことを考えるとき、ここでの生活のことを考えるとき。彼女はここで波を眺めて考える。ここに来てからの生活は、みんなにも提督にも言っていないが楽しい。楽しいのだが不知火のことを考えると楽しんではいられない。自分は不知火の姉である陽炎を沈め、不知火から恨まれている存在であるから。

 

さらに不知火は感情が戻っていない。最近は出撃しても必要以上に深海棲艦を破壊しようとは考えなくなってきたようであるし、過度な出撃の要請も提督に頼んだりしていないらしい。

 

「不知火の感情を呼び覚ましたいだ?テメエにできんのかよ?」

 

鹿屋の提督にそう言われた。できるできないはわからない。けど、やってみたい。私が不知火を壊したんだから。

 

「不知火を壊したのは陽炎でもテメエでもねえ。テメエは気負う必要はねえ。テメエがどうにかして不知火は治らねえよ」

 

そう言われ、極力不知火に近づくことはやめろとまで言われた。不知火は私を見ていない。見えていない。だからきっと、私を恨んでいるんだ。私を見ろと怒鳴っても、彼女は私を見てくれなかった。

 

「はぁ…どうすればいいのかな…」

 

もうわからない。不知火は私を一つも見ようとはしてくれない。怒鳴ってもダメ。おどけてもダメ。ははは、そうだよね。不知火の大切な姉を殺したんだもん。でも…でもね…。

 

「つらいよ…無視は…嫌だよ…」

 

膝を抱え、顔を埋めて泣く。私はみんなを笑わせるピエロなんだ。ピエロが泣いてはいけない。でも、ピエロだってできてないじゃないか。私はただのサボり魔。演習もそこそこ、気分じゃないとサボっている。朝潮に大きくかけ離れた実力を見せつけられたのも1つの原因だろう。朝潮だけじゃない、夕立に霰、時雨に吹雪。みんな強い。そんな中に自分が食い込んでいけるはずは…ないな。そう諦めていた。

 

漣は孤独だ。鎮守府の誰とも打ち解けようともせず、こんなところで一人海を眺めているだけなのだから。

 

「クラゲはいいなぁ…ぷかぷか海を浮かんでるだけだもんなー」

「そうとは限りませんよ?」

 

抱えた膝の隙間から波に揺れるクラゲを眺めていたら隣に誰かが座っているのも気が付かなかった。と言うかびっくりするじゃん。気配もなく隣で声かけられたらサ。

 

「………ゲェッ!?鹿島さん!?」

「はい。鹿島です♪ふふっ、びっくりしました?」

 

「そ、それはそのぉ…びっくりするに決まってるじゃないですか!!」

「うふふ。ならドッキリ大成功です!いつも漣さん、不知火さんにドッキリを仕掛けようとしていましたから」

 

「……でも、ぬいは…」

「いろいろとあったんですね」

 

それが何なのかを聞いてはこなかった。鹿島さんは「あ、小魚さんが泳いでますよ」と言ったり潮風が気持ちいいですねと言ってきたり。私がなんで悩んでいるのかを聞こうとはしなかった。それが逆にイライラした。何しに来たんだこの人は。

 

「で、何しに来たんですか?」

 

イライラしていたせいでかなりぶっきらぼうに言ってしまった。と後悔はちょっとだけ。しかし、考え事(をするフリ)をするには邪魔ではあった。

 

「本当は誰かにいろいろとお話を聞いてほしそうだなぁって。いつも思ってたんです」

「ないですよ。漣チャンはお気楽な毎日を送っていますからネ」

 

「そうですか」

「そうですヨ」

 

漣は立ち上がってパンパンとスカートの埃を払ってスタスタと立ち去って行った。鹿島は心配そうに漣を見送るしかできなかった。

 

 

「はぁぁぁぁぁ…」

 

食堂でベターッとダレる鹿島。うまくいかないものですね…と考え込む。

 

「そんな、1回や2回話したくらいで心を開いてくれるもんじゃないよ、漣は」

「ひゃあ!?て、提督さん?」

 

「炎の料理人」と墨で書いた謎のエプロン(龍驤が書いたもの。ヘタれて入れ替える度に龍驤が筆で書いている)とタオルを頭に巻いた玲司が声をかけてきた。これから夕飯の支度らしい。はい、と鹿島の目の前に置かれたものはボールいっぱいのグリーンピース。豆ごはんにするらしい。今日は鹿島の好きな和食のようだ。

 

「ちょっと豆を取り出してくれ。ここをこうしたら簡単に開く。ボールに全部な」

「は、はい…」

 

「いやぁいてくれて助かった。俺も次の下準備ができる。

 

そう言って魚の切り身を何かのタレに浸している。ブリか。おそらくブリの照り焼きだ。鹿島はこの絶妙な甘辛さのタレで焼かれたブリが大好きだった。

 

「と、言うか、私がため息をついただけでなんで漣さんのことで悩んでるってわかったんですか?」

「ずーっと漣のことを気にかけてくれてるし、さっき漣に話しかけて玉砕してたって妖精さんが言ってきた」

 

「妖精さん…いいなぁ、妖精さんとそんなに心を通わせることができて…」

「今でこそ妖精さんとは大の友達だし、相棒だからな。けど、妖精さんが見えるようになってすぐの時なんかは全然かみ合わなかったよ。俺が突き放してたし」

 

「そう…なんですか…」

「ああ。妖精さんは友好的にしてくれたけど、俺はあの時何もかもが信じられなかったしな。毎日毎日、跳ねまわって遊んで話しかけてきてくれて。少しずつ俺も打ち解けていった。この子達は本当に、俺と遊びたいだけなんだって」

 

「時間が…必要なんですね」

「昔の俺よりはマシだろうな。漣は臆病な子だから。あの子は別にそう心を閉ざしているわけじゃない。少しずつここにも馴染んできてる。けど、誰かに打ち明ける勇気が足りないだけさ」

 

「本当はやっぱり、誰かに自分のことを話したい、のでしょうか」

「そうだと思う。鹿屋はそんな空気じゃなかったんだろう。ここはみんなオープンだし、俺じゃなくても間宮や龍驤姉ちゃん。駆逐艦の子なんかは結構鹿島を頼ってくるんじゃないか?」

 

「そうですね。みんな素直で。ちょっとしたことでも相談してほしいって言ってきてくれますね」

 

鹿島は演習や鍛錬は厳しいが、それ以外では優しいお姉さんで、相談事なんかは接している時間が1日で長いためか公私を問わず相談が多い。さすがに部屋にアシナガバチが入ってきたから何とかして、と泣きつかれたときは困ったが…。ちなみに妖精さんがうまく誘導し、アシナガバチは去っていった。

 

「満潮なんかも最初は結構警戒されたし、吹雪もそうだったな。響もだいぶ警戒が薄れたなぁ」

「ふふ、それは提督さんが一生懸命私たちのことを考えてくださって、お話をしたり、ご飯を作ってくださるからですよ」

 

「根が素直だからな。一度心を開いてくれればもうあけっぴろげだよ。電なんかは髪を洗ってほしいって言ってきたりしたけど、申し訳ないけど却下だった」

 

「あ、あわわ…提督さんとお風呂…」

「おい、想像すんな」

 

「うひゃあ!?す、すみません!」

 

提督さんとお風呂。そこに電さんや響さんと…ハ、ハレンチです!!!鹿島が勝手に想像しただけなのに、なぜか玲司はハレンチである、と言う大変不名誉なレッテルを鹿島に知らないうちに貼られてしまった。

 

「漣がなんであんなにハイテンションでおどけてるか知ってるか?」

「え?皆さんを明るい気分にさせるためじゃないんですか?」

 

「自分を隠すためさ」

 

自分を隠す…?それはどういうことだろう?

 

「鹿島さ。漣の性格ってどう思う?」

「ええっと…明るくて…ムードメーカーで…誰とでもすぐ打ち解ける子だと思います」

 

「そうだな。よその漣もそうだろうな。けど、あの子の本質は寂しがりで、臆病。自分の本心を知られることを極端に怯える気の弱い子。そう思ったことはないか?」

 

「え、ああ…そのぉ…ちょっと、あります」

「ふふ、そっか。ちょっとは感じたか」

 

「以前大本営で教えていた漣さんは、お手紙でたくさんの感謝の言葉を書いてくださりました。あれは嬉しかったなぁ。私、そのとき練習巡洋艦としてまだまだ駆け出して、失敗ばっかりで落ち込んでたんです。

でも、私から卒業して配属先が決まって、異動する前に。私にこれ、お部屋で1人で読んでくださいね!って渡されたお手紙」

 

それは鹿島がここに来てからもタンスにしまってある宝物だ。くじけそうになったら読む。

 

厳しかったけど、漣のことをよく見てくれて嬉しかったです。ありがとうございました、先生。私、鹿島教官に出会えてよかったです。教官のことを忘れずに、配属先でもがんばります。

 

教官としてうまくいかず、姉の香取に追いつけず。艦娘たちからは頼りない教官と言われ。香取教官のほうがよかったとも言われ。教官をやめてしまったら自分の存在意義はないし。どうしようか悩んでいた時に、1人鍛錬が終わった後もずっと練習を続けていた漣がいた。彼女はほかの艦娘が鹿島教官より香取教官に聞こうと言っているのに、漣は「香取先生は怖いんですよー。もう鬼かって!あ、これ内緒ですよ!今食べたチョコに免じて黙っててくださいネ!」と物で釣られてしまった。

 

自分が横須賀に異動になると言う手紙を送ると、かわいいうさぎの絵と共に「がんばれー!」と応援の手紙を送ってくれた。とても嬉しかった。彼女は今、確か佐世保にいるんだっけか。元気そうでよかった。「トリックスター」と言う通り名があるとかないとか。

 

「いい子だろ、漣って。普段ものすごい問題児って感じなのにさ。でも、今うちにいる漣はそうだなぁ。ちょっと違うよな」

「はい…いつも元気がないですし…何かをずっとガマンしてるかのように思います」

 

「だろうな。あの子は今ものすごい壁に悩んでる。一緒にやってきた不知火のことでな」

「そうなんですね…」

 

「うん。詳しくはわからない。でも、時々不知火に怒鳴ったりとか、泣いたりとか、いろいろあるらしい」

「何なのでしょうね…あの!鹿島におまかせできませんか?漣さんのこと」

 

「わかった。俺もいろいろできることはするよ」

「はい!よろしくお願い致します!」

 

大きなお辞儀をして出て行った鹿島。やる気は十分だが…大丈夫だろうか?実は玲司は鹿島に嘘をついたのである。漣と不知火に何があったのか、実は知っている。漣が教えてくれたのだ。

 

「ちっ、しょうがねーですねー。ご主人様ですから特別大サービス!キタコレ!漣ちゃんの大サービスはめったにないんですからネ!」

 

少しは信用されているんだろうか。何で俺に話したんだ?と聞くと

 

「だってご主人様は漣チャンのご主人様じゃないですか」

 

そう言っていた。本当は話を聞いてほしくてたまんないくせに。大淀に怒られてからは騒いだりしないが、時々ここでお茶を飲んでいたりする。鹿屋から来た漣は、単に構ってほしい、愛情に飢えているんだろう。そう思った。ショートランドの漣も、寂しいときは寝室に忍び込んで寝てたりしてたから。

 

扶桑は優しすぎて漣に踏み込んだことが聞けなかった。霰も言葉が少なすぎてダメだった。摩耶や五十鈴、巡洋艦のことは怖がっているように見えた。鹿島なら大丈夫だろうか?

 

「あとは…潮か」

 

同じ第七駆逐隊、潮ならどうだろう?潮は漣にやや怯えていたようだ。不知火のことに夢中すぎて。いや、しかし、カギになるのは潮だろう。鹿島と潮。なんとか漣を支えてほしい。そう思う玲司であった。

 

 

夜、漣は眠気がまったく来ないでいた。部屋は扇風機が動いているし、海からの風がやや冷たく、肌寒いくらいだった。半袖半パンで寝ていたからと言うわけでもない。単に、嫌な夢を見たからだ。

 

(今夜は寝れないなぁ…もうやだなぁ…)

 

潮を起こさないように静かに部屋を出た。夜の散歩はたまにやっている。潮が言うには、夜見回りしている人に見つかると、次の鍛錬のメニューが鬼のように厳しくなると言う事らしい。特に鹿島に見つかった場合は特にひどく、響と朝潮が何のためかは忘れたけど部屋を出たとたんに鹿島が駆けつけてきて、お説教。次の日、終わったら動けなくなるくらいの厳しい鍛錬になったのだとか。

 

噂では、神通さんが寮全体の気配を把握していて、寮外へ出ようとしたらすぐさま見回りに通報される恐怖のシステムがあるとか。ないとか。川内さんが闇夜に紛れて実は追跡しているとかそんな防犯やら監視システムがある…らしい。

 

そんなことがあってたまる…かもしれないなぁ。この鎮守府は変なチカラを持った人が多いから。いや、まあそれはそれで本当かどうか確かめたくなるので実際にやってみた。漣は寮を出て、母港にいつものように腰かけて港に打ちつける波の音を聞いていた。夜風が気持ちいい。

 

「結局…誰にも相談できないなぁ…」

 

大きな独り言。さんざんここの提督のことも潮や駆逐艦には悪く言っている。信用できない、何かしてくれるわけではない。そう言う風に言って触れ回ったのだ。いまさら言えるわけがない。自分の本心を語ったところで誰も信用してくれないだろう。自分で蒔いた種なのだが。

 

「私でよければお聞きしますよ」

「おわあああああ!?!?!?」

 

静かな夜の母港に叫びが響き渡る。幸い寮からは距離がそこそこあるので誰にも聞こえはしなかったろうけども。飛び跳ねた勢いで海に落ちそうになる漣を誰かが必死に引っ張ってくれたおかげで何とか落ちずに済んだ。漣はオバケとかも苦手だ。ドッキリなんか大嫌いだ。心臓が止まって陸で轟沈するかと思った。

 

「は、はあ…はあ…び、びっくりしたぁ…」

「す、すみません…驚かすつもりはなかったのですけど…」

 

「誰もいないはずの母港で音も気配もなく後ろから声かけられたら驚くに決まってるじゃん!!!もう、何ですか、鹿島さん!!」

「あ、あうう…ご、ごめんなさい…」

 

声をかけてきたのは鹿島教官だった。練習の時は凛々しく、声もハキハキとして通る。厳しい教官なのだが、それ以外は何というか…天然ボケを連発しまくるおっちょこちょいな人である。ごめんなさいごめんなさいとペコペコ平謝りしていた。

 

「も、もう謝らないでください!ってかどうしてここがわかったんですか?」

「そりゃあたしが教えたからね」

 

「わあああああああ!!!???」

 

漣の影からにゅっと顔を出す。それがさながら生首のようだったので飛び上がり、また海に落ちそうになっていた。鹿島が「漣さんしっかり!落ちちゃダメですよぉ!」とまた漣を引っ張っていた。

 

「やーごめんごめん。びっくりした?」

「心臓が止まるかと思いましたよ…」

 

「あはは!ごめんごめん!」

 

鹿島のように真剣に謝らず、別に悪びれた様子もないのは軽巡川内だ。提督のことを兄さんと呼ぶ謎な人。ご主人様はそういう趣味なんだろうか?ご主人様よりお兄ちゃんって呼んだ方が反応するし喜ぶ…?島風もそう言っていた。お兄ちゃんじゃかぶるな…じゃあお兄様?これならあの提督も…。漣の中で何か提督を見る目が変な方向に突き進んでいた。

 

……

 

漣が落ち着いたところで鹿島が隣に座り、川内は月を眺めていたり、虫を探していたりと落ち着かない。

 

「何かお悩みですか?鹿島でよければ相談に乗りますよ」

「…うん」

 

歯切れが悪い返事を鹿島に返す。

 

「困ったことがあって、私にも言えないことなら提督か…鹿島さんがいいよ。何でも相談に乗ってくれるよ」

 

そう言っていたのは潮だ。プライベートのこと。戦術や戦法のこと。聞けば一緒に考えてくれるし悩んでくれるらしい。相談事なら鹿島が一番だと言っていた。

 

「不知火さんのことですか?」

 

ドキッとした。なんですぐそこで不知火のことが出てきたのか。確信をつかれて混乱した。

 

「うあ、う…はい…」

 

混乱した末に素直に「はい」と肯定した。

 

「ふふ、潮さんから話はお伺いしていたんです。漣さんが一緒に来た不知火さんのことですごくすごく悩んでるって。もう頭がいっぱいで溢れかえっちゃいそうでしたって」

 

「そこまで…うん、そうかも…」

 

鹿島の表情はよくわからなかったが、単に興味本位で聞こうとしているわけではない。そんな口調だったし、返し方だった。ジクジクと心の傷口から出ていた何かが少しずつ嵩を増す。積もり積もった悩みは堰を切ってドバドバと流れ出始めていた。

 

「鹿島さんは…どこまで知ってるんですか?」

「私はただ漣さんと不知火さんに何かがある…としか…」

 

「そうですか…あの…ね…その…漣とぬいは…」

 

漣が不知火と何があったのかをぽつぽつと話していく。タウイタウイで生まれた2人。タウイタウイと言えばあまりよくない話を聞くところだ。大府提督は怖いし、艦娘は何があろうと顔色一つ変えない子達なため、不気味だ。早い話、洗脳のようなことを施すのだそうだ。不知火はそのせいで感情を失ったと言う。

 

(不知火さんの感情が薄いのはもともとのはずです…けど確かにそれ以上に目が死んでいる印象があります。けど…今は…)

 

そうしてしばらくして、漣と不知火が出撃した際に、深海棲艦になろうとしていた不知火の姉、陽炎を漣が撃って沈めたのだと言う。それは正しい判断だ。そこで躊躇していれば間違いなく、深海棲艦の意思に負けた陽炎が不知火や漣を沈めていただろう。

 

問題は漣が不知火の目の前で陽炎を撃ったことだ、と漣は言った。それでショックを受け、漣を見ないようにしていると。何度謝っても…何度怒鳴っても。何をしても不知火は漣を見ない。見てくれない。ぽつぽつと語りだした漣はいつの間にか嗚咽交じりに話していた。

 

「だがあね…どうじだらいいのがわがんないの!!うわあああん!!!!」

 

どうしたらいいかわからない。それが漣の精いっぱいの答えだった。何をしても不知火は自分を相手にしてくれない。漣だって不知火に怒鳴りたくはない。怒鳴っても疲れるし、寂しかった。けどほかの誰にも話せない臆病者だし。どうしたらいいかがわからず、もやもやしたものをずっと心に溜めていた。そうしてそんなもやもやしたものがイライラとなり、さらに不知火に怒鳴りつける。そんな自分が嫌になっていて、最近ではおどけるのももう辛いらしい。

 

「もうどうしたらいいのかな…」

「なんだ、そんなの簡単じゃん。ねえ鹿島」

 

「ええ。私もそう思います」

「え、え…どうしたらいいの…?」

 

「正直に言うと怒るかもしれませんけど…漣さん。あなたも不知火さんが見えていませんね…不知火さんのお姉さんを沈めたと言う罪悪感?後悔からでしょうか。いろいろなものに目を背けていると思います」

 

「……あたしが不知火を見てないって!?そんなわけない!あたしを見てくれないのは陽炎を目の前で撃って!あたしが沈めたからだ!!!それ以外になにが不知火をおかしくしたの!?」

 

「まあ落ち着きなよ。漣のそういうすぐカッとなるとこ、鹿島にもつっこまれてるでしょ」

 

川内は漣が怒鳴ろうともサラリとそれを流す。それに怒りのボルテージが上がる。それと同時に欠点を突かれてさらにカッとなる。

 

「あんたは不知火をちゃんと見てない。見ようとしてるようで見てない」

「なっ…!!」

 

「お、落ち着いてください!」

「そーそー。ちゃんと落ち着いて話を聞きなよ」

 

「川内さんも煽らないでください!!」

「あー、ごめんね。最近北上のしゃべり方がうつってきた気がするな」

 

「全然似てませんけど…」

「あれ?」

 

川内は基本落ち着き払っている。鹿島も驚くほどここの川内は落ち着いているのだ。夜戦だー!夜戦!とうるさい川内はいない。「宵闇」川内は夜戦で騒いで大暴れする性格ではもともとなく、闇に紛れ。陰から影へ。音も気配もなく敵を屠る。そんな戦い方をする川内は彼女だけ。昼は普通にわーわー騒ぐが夜はそう騒がない。むしろ姿を見せて話をすることが稀な存在。漣は知らないが。

 

「不知火がまだ洗脳が解けていないって?違うよ。すでに不知火の大府提督による洗脳は解けてるよ」

「えっ!?」

 

「はい。川内さんの言う通りです。不知火さんはすでに解けています」

「そ、そんな…じゃあ、なんで?なんで不知火は漣を…?」

 

「後ろめたいことでもあるんじゃない?」

「何それ…まさか、スパイ…?」

 

「違う違う。そういうのはないよ。あたしにスパイとかの隠し事は無理だよ。そういうのは一発だからね。機械的なことは明石に勝てないけど、諜報ならあたしがいるから無理」

 

「そ、そんな…」

 

「あー、まあ漣は悪くないんだよね。悪いのは…不知火自身さ」

「え、そ、それってどういう…」

 

「それは不知火さんに直接聞いてみたほうがいいでしょう。あえて言うなら…漣さんに負い目を感じている、と言った方がいいのかもしれません」

 

「だって、あたしには何を聞いても答えてくれないって言うのに…」

「それももう限界かと思います」

 

「う、ううう…」

 

唸っても解決策がわからない漣。もう不知火に関しては臆病になりすぎている。どうせ避けられるなら…。

 

「諦めんな。あんたも諦めてるから不知火も見てくれないんだよ。どうせとかそういう考えは捨てな。あんた、ここに来る前から不知火にドンとぶつかって行ってたんでしょ。だったらそれをもう一回やってみせなよ」

 

「しっかり。不知火さんだって漣さんを待っているのかもしれません」

「………」

 

ギュウ…とスカートのすそを握る。そっか。あたしはそんなうじうじしてる性格じゃなかったじゃん。なら…思い切ってやってるぞ!

 

「おっ、いい目だね。ここに来てから今までで一番いい目の輝きをしてるね」

「ふふ、そうですね。よい結果が出ることを祈ってますね!」

 

「…鹿島先生、川内さん。ありがとうございました。よーし!明日当たって砕けるぞー!」

「いいね。それそれ。思い切っていきな。よーし、これで今夜は気持ちよく寝れるなー。あ、明日の鍛錬、鹿島がみっちり漣を鍛えてくれるからね」

 

「ふぁっ!?どういうことですか!?」

「夜間の寮から出ることは禁止されています。それはそれ、これはこれです」

 

「そ、そんなぁ…お、お慈悲を…なにとぞお慈悲を…!」

「ふふふっ、冗談ですよ♪明日はゆっくり、不知火さんとお話ししてみてくださいね」

 

「なぁっ!だ、だまされたぁ…」

「今回は目をつぶりますけど、次は私のスペシャルメニューを受けてもらいますからね」

 

「は、はい…」

 

では、おやすみなさい。と鹿島が言うと漣は挨拶を返して寮に戻っていった。トボトボと、ではなく、何かやる気に満ちたような足取りであった。

 

「うまくいくといいね」

「ええ。そうですね」

 

「きっとうまくいくでしょう」

「きゃあああああああ!?」

 

「そんな隠れて見てなくてもよかったんじゃないの、神通」

「いえ、私がいると漣さんはなぜか畏縮してしまいますので…」

 

「あっはっは!!神通は鬼気迫る鍛錬してるし、その時いつも怖いからね!」

「うう…そんなことはないと思うのですが…」

 

(この2人、気配がいつもないから怖いです!)

 

突如現れた神通に心臓がバクバクするほど驚いた鹿島であった。保護者(?)たちも早々に切り上げてそれぞれ休んだ。

 

 

翌日の昼、不知火を探して鎮守府をうろうろする漣。怒らない…感情的にならない。冷静に。冷静に…。そう考えて不知火と話をしよう。そう思っていた。このままではずるずると横須賀のみんなとも馴染めないし、不知火とのことでズルズルとみんなに迷惑もかけられない。そう決めたのだ。

 

中庭に出て、最近新しくうちにきた深海棲艦の紫亜が、ここでぼんやりと自分が花の世話をしている時にそれを眺め、そのまま桜の木の下のほうへ行ったと聞いた。行ってみると桜の木の下でボーっとしているように見えた不知火を見つけた。一度深呼吸をし、不知火に声をかけた。

 

「ぬい!ちょっといいかな」

「……!?」

 

漣が声をかけると勢いよく立ち上がり、そのまま全速力で逃げてしまった。

 

「……あったまきた!」

 

結局、漣は頭に血を上らせて不知火を全速力で追いかけるのであった。




漣と不知火のいざこざ編。まずは漣視点です。

次回は不知火の視点から見ていこうと思います。さて、鹿島や川内は何を知っているのか?不知火が漣を避ける理由は?次回に続きます。

それでは、また。

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