提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百三十三話

「待ちなさい!!待って!!!」

 

漣が声を張り上げて不知火を止めようとする。漣の足は速く、いずれ追い付かれる。逃げることを諦めて、大きな桜の木の下で止まった。

 

「はぁ…はぁ…なんで、逃げるのさ…」

「……」

 

ふぅ、と一息ついて不知火は漣に向き直る。息を切らしつらそうにしているが、不知火と目を合わすと漣は少し驚いたような表情をしていた。

 

「……ぬ、い?」

「はい、不知火ですが」

 

「不知火…?」

「はい。陽炎型駆逐艦不知火です。陽炎に撃たれるところをあなたに助けられました」

 

「ぬい…ぬい、目が覚めたの?」

 

その言葉にキュッと唇を噛む。漣は本当に、今の今まで自分があの男の洗脳から覚めていないと思っていたようだ。罪悪感が増していく。でももう手遅れだ。逃げられない。腹を括れ。

 

「漣…不知火は…不知火はあなたが陽炎を沈める少し前から。もう洗脳と言うものは解けていましたよ」

 

「…え?」

「あそこで陽炎から殺意を向けられてまず目が覚めました。そして、あなたが陽炎を沈めたところで完全に」

 

「う…そ」

「嘘ではありません。それから今までは、まだ洗脳が解けていないふりをしていただけです」

 

「どうして…?」

 

漣は頭が回っていないようだ。無理もない。ここ数年、何をしても。何を話しかけても無表情で機械的だった不知火が、しっかりと漣の目を見て、漣の言葉をまだ少し機械的ではあるが聞き取り、しっかりと返してくれる。ましてや、実は洗脳が解けていただなんて、信じられない。

 

「……あなたに後ろめたいものがあったから。洗脳されていると思わせておけば、私はあなたから逃げることができました。ですが、もう無理かなと思い」

 

「何が…何が後ろめたかったの?」

「…あなたに陽炎を沈めさせてしまったことです」

 

「は…っ」

「『仲間殺しの漣』と自ら名乗らせてしまったこと。それで鹿屋基地でも浮いた存在になっていたこと。私はそんな漣をだまし続けていました。本来なら、そう呼ばれ、避けられていたことを不知火が違うと説明する立場にあったはず。それもせず、ただあなたから逃げていました」

 

「はは、ははは。そう、だったんだ…」

「申し訳ありませんでした」

 

「い、いいよ…別に。そうだったんだ。よかったぁ。もうずっと解けないんじゃないかって心配してたんだ!」

 

…いろいろ文句があるだろうに。何年自分をだましていたのか。それをよかったで済ませるあなたの優しさは…どれほどの深さか。

 

「漣…あなたは」

「あーいいのいいの!なんかさ、ぬいの洗脳が解けてたってわかったらムッカー!ってなったものがぜーんぶ吹き飛んじゃったよ!もー、ぬいも人が悪いなぁ!」

 

「……すみません」

「だーからいいって!じゃ、これからはぬいとぼの、ぼろさんで仲良くしてよね!」

 

きた。これだ。今度は自分が漣の幻を解いてあげなくてはいけない。司令と話をしたことだ。

 

 

「漣のことか」

 

不知火が話したいことがある、と言うとすぐにそう返してきた。玲司は不知火のことを全部知っていた。理由は全部刈谷提督からの受け売りであったが。

 

「俺を欺こうっつったってお見通しだ。いつまでもつまらねえ芝居してねえでさっさと全部吐いちまえばいいのにな」

 

こう言われてあっけにとられたことがあった。あの男は本当にいろいろと…すごいと言うか。玲司はただただ、刈谷提督の手腕、観察力などのすごさに圧倒されるしかない。

 

「まあ、そいつらを丸投げしちまった責任はあるからな。ヒントだけはやった。あとはお前で解決しろ」

 

そう言われたが実際には漣も不知火も。何も解決できていないことを玲司も気に病んでいた。龍驤にも話をしてみたが、今は誰が踏み込んでも余計に拗れるだけで解決の糸口がないと言うので困っていたところだ。龍驤も困っていたが。

 

「できるんやったらええんやけどな。今は漣と不知火が面と向かってあーだこーだしてくれへんことには何ともできん。どういう事情なんかもうちらは知らんし、知らんまま首突っ込んだかてめんどくさいことになるだけや。いつまでも逃げて回っとる不知火が漣と向き合わな、何も始まれへんよ」

 

「漣からはけんもほろろだからな。不知火が自分からどうしたいのか。それでも教えてくれりゃあなぁ」

「さーてな。不知火は堅物やでなぁ。玲司に相談したいと思ったとき。それはもうドン詰まりで手の施しようがないときや」

 

「いつまであんなことしてんのかね。それは結果として不知火自身の首もずっと絞めっぱなしなのにな」

「せやなぁ。洗脳されとるなんて嘘八百…それにだまされ続ける漣もまあ、何を意固地になっとんのか」

 

そう言ってただどちらかが何らかのアクションを起こすのを待つことしかできなかったのだが、ようやくと言うか不知火が動き出したのだった。

 

「…驚かないのですね」

「何をだ?」

 

「洗脳のこと…」

「ふっ、それくらいお見通しさ。で、漣をどうしたい?」

 

「…司令はご存じですか?漣が存在しない曙や朧の名を呼び、会話していること」

 

そのことを聞いて玲司は驚く。曙に朧。それは潮も関わる「第七駆逐隊」の駆逐艦のことだ。

 

「彼女はここにいる潮も含め、第七駆逐隊の完成だ、と言っていました。潮さんはひどく怯え、曙たちはいないと言ったのですが、そのことで漣がひどく激怒し、潮さんとの仲が悪いと言うか、漣が意図的に無視していると言うか…」

 

「…いないはずの艦娘の名を呼ぶ…それは、まずいな」

 

艦娘には心がある。仲間意識や友情。中には艦娘同士で恋愛感情のようなものも抱くこともあると言う。では、その仲間や友人、恋人が沈んだらどうなるか?人間と同じだ。心に傷を負う。軽い者もいれば、精神的に病み、出撃ができなくなったりする艦娘もいる。そう言った艦娘に関しては心のケアをできる施設もあるらしいが、実際に機能しているかは玲司も定かではない。

 

最近ではその施設よりも横須賀鎮守府に艦娘を送った方がいいのではないかと言う意見もあがるくらいである。「艦娘の精神病院」などと揶揄されることも多く、何度か打診が来たが、断りの電話を入れ「俺は心療医じゃねえんだぞ」と文句を垂れるくらいだ。

 

実際には雪風や翔鶴、北上に荒潮など実績はあるのだろうが、やはり専門医とは違うので無理である。大本営のほうでも何度かそう言った話が上がったが、古井司令長官が却下し、横須賀鎮守府をそう言った場にしようとする意見はねじ伏せている。

 

話が逸れたが存在しないはずの艦娘の名を呼び、会話をしていると言うのは非常にまずい状態であると思った。幻覚が見えている。

 

「漣は過去に深海棲艦になりかけていた曙と朧を自らの手で沈めたと言っています。そして、私の姉、陽炎も」

 

「なるほどな…仲間を守るためにあの子はひとり、辛い役を担ってたのか」

「不知火も含め、あそこでは誰もが司令のいいなりでしかありませんでした。その中で、漣だけが自我を持つことを許可された…いえ、もう相手にされていなかったのでしょう」

 

「じゃあ、朧や曙以外にも?」

「そう聞いています。陽炎、その他巡洋艦やほかの駆逐艦も。戦艦や空母は大事にされていましたので、あまり大破進撃はしていませんでした」

 

「ちっ、どいつもこいつも使い捨てにしやがって…」

「………」

 

「どうした?」

「いえ、そのお言葉は刈谷司令…鹿屋基地の司令も仰っておられたので」

 

「はあ?あー、うーん…そっかー」

 

複雑な心境である。苦手な人ではあるが、そういうところはなぜか時々合うのだ。

 

「司令は艦娘を使い捨てにすることは良しとしないのですか?」

「当たり前だろ。うちに来たからには大切な仲間だ。艦娘には感情があり、心がある。一緒にご飯を食べて、仲間と交流して。そんな子達を使い捨てに何て俺は断じてできない」

 

(同じ釜の飯食って仲間だなんだやってんだ。それが突然死んだら?使い捨てにされたって聞いたら?どうなるかくらい猿でもわかんだろ。わかんねえのがタウイタウイとか辺境の島にいるみてえだけどな)

 

「それよりも漣だ。幻覚を見るくらいに追い詰められてる」

「不知火の責任でもあります。生き残って心を許してくれていると言うのにそれを無視し続けて追い詰めてしまいました」

 

「…それは…そうだな。不知火がそういうなら俺は違うとは言えない。けど、このまま進展がなければ漣は壊れるぞ」

「はい。ですので、どうすればいいのかをお伺いしたく」

 

「……うーん、こいつは賭けだけどな。目ぇ覚まさせてやるしかないよ」

「目を…ですか?」

 

「ああ。でもそれには支えがいる。間違えれば漣の心は壊れる。だから不知火。お前がその支えの役をやるしかない」

 

「私が…」

「不知火も、いい加減いろんなものから逃げてないで立ち向かえ。今のままでは不知火も成長できないし、心の負担も増えるぞ。いいか。漣はずっとお前を見てきた。お前がいなかったらきっと耐えられなかった。だから、真正面から受け止めてやれ。その上で漣を助けてあげろ」

 

数年間、漣は不知火だけをほぼ見てきた。何度「ぬいがいなかったら…」と言っていた?見もしようともしなかったし、耳を傾けようともしなかったのに。それでも漣は不知火にすがりついた。もうそれしかないのだ。朧と曙のことで苦しんでいたようにも見える。

 

もう逃げていられない。逃げてはいけない。これまで苦しんできたんだ。自分が苦しめてきたんだ。だから…自分を友達と呼んでくれたこと。放り出さずにここまで来てくれたことに感謝しなくては。でもその前に、あの子の目を覚まさせてあげなければならない。

 

「承知しました。司令のご命令なら…」

「まだわかってないな。俺の命令だから漣を何とかしたい。それがお前の本心か?」

 

「……」

「今何かを決意したんだろ。目つきと輝きが変わったような気がする。なら、俺を言い訳にするな。お前の意思で!漣を助けたい、何とかしたいって思ったんじゃないのか?俺じゃ漣をどうにかできない。お前にしかできない。だから、覚悟を決めろ。漣を生かすのか壊すのかはお前にかかってる。逃げてる場合じゃないぞ」

 

「…失礼しました。漣は不知火が必ず…!」

「大変な役を任せるけど、頼んだぞ」

 

………

 

「ね、ぼの!ぬいが元に戻ったよ!ぼろさんも心配してくれてたもんね!メシウマですぞ、メシウマ!!」

 

司令とのやり取りを思い出していてあまり話は聞いていなかったが、やはり漣は曙や朧と話をしているらしい。が、自分には見えない。漣の笑顔が狂気に満ちている気がして怖くなった。しかし、これ以上放っておけば漣は戻ってこられないかもしれないのだ。

 

「漣。ひとつお尋ねしたいのですが」

「え?なになに?ぬいにならこのセクシー美少女、漣ちゃんのスリーサイズだってお教えしますよー!」

 

 

「あなたはさきほどから誰と話をしているのですか?」

 

 

 

 

 

 

大きな間。漣が笑顔のまま。しかし目だけは寒気がするほど光を吸い込むブラックホールのように光がない。その笑顔に不知火は薄ら寒い感覚と恐怖を覚える。

 

「何言ってんのさぬい~。ぼのたんとぼろさんがいるっしょ?ずーっとぬいのこと、心配してたんだよ?」

「不知火には何も見えません」

 

「あははは!まったまたー。そうやってぬいはいっつも漣チャンを困らせるんだもんなぁ」

「漣。私は正気です。漣は誰と話しているのですか?」

 

「だからぼのとぼろって言ってるじゃん!わかんない!?あけぼのとおぼろ!!!」

「どこにいるのですか」

 

「だからここにって言ってるでしょ!?」

「私はあなたから、曙と朧は沈んだと聞きました。自分で深海棲艦になりかけていた2人とも。自分の手で沈めたと言っていたでしょう」

 

「…は?何言ってんの?で、帰ってきたんだって!!」

「いつ?」

 

「……あなた」

 

何という…こと、と言葉に詰まった。つまり、漣はもう数年間、壊れたままだったと言うのか。いるはずのない曙と朧が帰ってきたと。あれはまだ日本に来る前からか。そういえば陽炎を沈めてしばらくしてから、だったか?もうどうなっていたかわからない。

 

しかし…漣はそれを聞いてから何か様子がおかしい。目が泳いでいるしガタガタ震えている。それでも不知火は止めない。こうしなければ、自分を助けてくれた恩人が、もう戻ってこれなくなるかもしれないのだから。

 

「…では漣。あなたの隣にいると言う曙と朧は。今、どのような表情をされていますか?」

「何言ってるかわかんない!!」

 

「質問に答えてください」

「うるさい!!それ以上ぼのとぼろのことを聞くな!!」

 

「いるのなら答えられるはずです。今、笑っていますか?悲しんでいますか?」

「うるさいうるさいうるさい!!!!!」

 

「答えなさい!答えない、答えられないのなら、そこに曙と朧はいないとみなします!」

「だまれえええええええ!!!!!!!」

 

漣が不知火に飛び掛かり、押し倒された。ブチブチとブラウスの第1ボタンと第2ボタンがはじけ飛ぶほど、強く胸倉をつかまれた。そのチカラは強い。自分が霞に同じことをしたとき以上の強さである。憤怒の表情に染まった漣。しかし、それで答えられずにこういう策に出てきたと言うことは。

 

「見えていないのでしょう?」

 

不知火は顔色を変えずにそう言った。すると余計漣の腕のチカラが増し、きつく締めあげられる。

 

「黙れって言ってるだろ!!!ずっと…漣を無視し続けておいて!突然口を開いて話を聞いてくれるかと思ったら!!!私を…私をからかって楽しいか!!!!」

 

「からかっ…かはっなどいませんよ」

「ならなんで?!なんでそんな風に聞くの!?」

 

「…私には曙と朧は見えません。ですので、どうしているかが気になったので」

「だからいるって言ってるのに!!!ほら!!!そこで!!!!!そこ…で…」

 

桜の木を指さす。しかし不知火に見えるのは青々とした葉を風で揺らす桜しか見えない。

 

「そこで、泣いていますか?私たちを見て、止めようとしていますか?」

「……んで………なんで?」

 

ワナワナと震えだし、そして頭を抱えてなんで?とぶつぶつと繰り返す。不知火は何とか漣を押しのけ、立ち上がる。漣はそこにうずくまったまま、ぶつぶつとなんで?と繰り返す。

 

「……いない…いないよ…ぼろとぼのがいないよ…ねえ、ぬい…いないの…いないの!!!」

「言ったはずです。私には見えない。いないと。なぜなら、あなたが2人とも沈めたのですから…」

 

「はぁ…はぁ!ひ、ひ!」

 

決定打を言った。荒療治になるぞ、と司令は言っていたがここまでとは…。

 

「あなたが私を今まで守ってくれたように。今度は私が漣を守る番です。漣…どうか、負けないで」

「い、いいひ…いひひ、わたしが…わたしがころしたんだ…わたしが…だいじな…だいななくちくたいを…あはははは、いひひひ…」

 

漣の中で何かが音を立てて壊れていく。今までぼろやぼのと言っていたのは誰なんだ。結局自分は道化じゃないか。

 

「あーはははははははははははははは!!!!!!!!!!ああああああああああああああ!!!!!!」

「漣!漣!しっかりしてください!!!」

 

絶叫に似た声で笑い声をあげ、そのままただひたすらに笑い続ける漣。大きな声を聞いた紫亜が駆け寄り、漣は明石のもとへと連れていかれた。

 

 

「立入禁止」と書かれた明石の工廠の入り口。医務室のようにもなっている部屋があり、明石がそこで壊れて笑い続ける漣を診ていた。中に入れたのは玲司と龍驤。

 

「薬が効いて寝てるよ。あ、玲司君に打ったら死んじゃうようなやつだからね。艦娘用の鎮静剤って人間に使うとほんとよくないって言うか鎮静剤と言うか毒だよ」

 

「そんなに強いのを打ったのか」

「そうじゃなきゃここでずーっとケタケタ笑ってるだけだよ。起きてからもどうなるかわかんない。玲司君、どう思う?」

 

「予想はしてた。不知火の話を聞くと、本当にタウイタウイで自分が沈めた朧と曙はトラウマだったようだな。その時点で心は壊れてたんだろうな。陽炎のことより、こっちのがきつかったんだろう。そりゃあそうだよな。『第七駆逐隊』を自分の手で沈めるなんて」

 

「姉やんや妹を自分の手で沈めるなんか、考えただけで気ぃ狂うわ…」

「…刈谷提督が毛嫌いする理由がわかる気がするな」

 

「なんやあんた。最近ほんま刈谷のおっさんと波長が合うな」

「性格はクソ悪いけど艦娘のことをよく考えてるからな。ああはなりたくねえけど」

 

(ま、そうでないとお父ちゃんや虎瀬のおっちゃんが信頼置けへんしな)

 

「それはそうと。漣さんは霞ちゃんとは違う、前線に出せないような状態になるかもね」

「……あの様子じゃあな」

 

「壊れた方が幸せ…そんな結末を見とうはなかったな…」

「漣さんはいもしない自分の隊の子を見てた。第七駆逐隊結成。そうだね。潮さんがここにはいるから」

 

「潮が血相変えて飛んできて心配しとったなぁ」

「優しい子だからな。潮はいつも漣の心配ばっかりしてたし」

 

潮も漣が曙や朧のことの話をし、いないよ、と言うと激怒して危険だったと言う。それ以上の追及はできず、こうなってしまったことをひどく後悔していると言っていた。

 

「潮も…漣ちゃんに何かできたらよかったのに…」

 

そう漏らしていた。ちゃんと漣は潮が寄り添っていてくれたことを理解しているし、喜んでるさ、と頭を撫でてあげたら「ひゃっ」と驚いた様子だったが、嬉しそうであった。潮の行為は無駄ではない。決して。信じて待っていてあげて、元気になったらまた話し相手になってあげてくれ、と言うと「はい!」と迷いのない瞳で玲司を見つめて返事をして、部屋に戻っていった。

 

「漣しだい…か。きっと、立ち上がってくれると信じてる。不知火と潮がいる。月並みな言葉しか言えないけど、頑張れ…漣」

 

薬のチカラで眠っている漣の頭をそっと撫でた。

 

 

「司令…漣は」

「しばらくは起きないよ。薬でぐっすりだからな。起きたら…またどうなるかは」

 

「……申し訳ありません。不知火が…」

「不知火のせいじゃない。これは漣のせいでもない。艦娘を洗脳し、いいようにしていた提督。つまり人間が悪いんだ。不知火たちのせいじゃない」

 

「……ですが、大見栄を切っておいて…漣をこのような目に」

「不知火はよく言ったよ。あのまま見えない曙たちのことをずっと放っておいた方がきっと問題になっただろうから」

 

「……」

「今は漣を信じよう。大丈夫。きっと不知火とちゃんと話もできるようになるさ」

 

そう言って頭を撫でると、不知火は大人しくなでられていた。どうしたらいいのかわからなかったのと、何とも言えない感情が胸にこみあげてきて、雪風や皐月たちに紛れてそっと頭を撫でてほしいと近寄るようになったとか。

 

……

 

「そうなんだ。不知火ちゃんが言ってくれたんだね」

 

今までだましていて申し訳なかったと、漣を見守ってくれていた潮に謝りに行ったら、怒った様子もなく、潮は笑ってお茶を出してくれた。

 

「…申し訳ありません」

「どうして不知火ちゃんが謝るの?不知火ちゃんは悪くないと思うな」

 

「ですが、私が漣の心を不安定にさせていたのではないかと」

「それは…違うと思うな」

 

「…」

「漣ちゃんはずっと不知火ちゃんを心配してた。本当は洗脳が解けていて、まだそのふりをしてるだけじゃないのかなぁって言ってた時もあったんだよ」

 

わかっていたのか…と思ったが、疑っていただけで確信は持っていなかったのか。ずっと、ずっと心配してくれていたと言う言葉に嬉しさと申し訳なさが募る。

 

「不知火ちゃん、漣ちゃんをお願いします。曙ちゃんや朧ちゃんはいないけど。いるのは不知火ちゃんだけだから」

「それに潮さんもいます。不知火1人では難しい、と思いますので」

 

「……うん。ありがとうございます。さ、今日はもう寝よっか。疲れたでしょう?」

「ええ。いろいろありすぎて疲れました」

 

「うん。えへへ、じゃあ今日は一緒に♪」

「私が一緒でよろしいのですか?」

 

「はい!あれ、今日は…」

「潮さん!一緒に寝ましょう!」

 

「あ、雪風ちゃん!不知火ちゃんが一緒に寝てもいいかな?」

「はい!不知火姉さん、よろしくお願いします!」

 

「姉さん?」

「はい!不知火姉さんは雪風のお姉さんです!姉さんと一緒に寝るのは光栄です!」

 

「あ、いえ…そうかしこまられると困ると言うか…」

「よかったね、雪風ちゃん」

 

「はい!」

 

今までのことをまったく気にしていないこの雪風。何というか豪快と言うか、細かいことを一切気にしていない。何だか自分のほうが姉のはずなのに妹になった気分だ。それくらい、ここの雪風はしっかりしている。演習で見たどこかの雪風は子供っぽく、自分が握手を求めても「こ、怖いです…」とストレートに怯えられたものだったが。

 

……

 

「漣さんは大丈夫なんですか?」

「いえ…わかりません。目が覚めてからもどうなるかが…」

 

雪風から漣の状況を聞かれても、不知火でさえ明石から外へ追い出されるほどであった。とにかく叫んだり、狂ったように笑ったりして会話にならず、明石の呼びかけにもまるで疎通ができていない様子だった。

 

薬で眠らされる前にはひたすらに「ごめんなさい」を繰り返し、そのまま眠りについた。目が覚めてまたこうなったら手の施しようがないかも、と司令に言っていた。玲司からは自分を責めるなと言われたが、自分が彼女の崩壊の後押しをしてしまった気がして、責めないほうが無理だった。

 

「漣さんはきっとよくなります!この鎮守府はたっくさん奇跡が起きるんですよ!」

「あ、それは潮も信じるかな。この鎮守府は強い何かに守られてる気がするな」

 

「……」

 

奇跡などと…。不知火はそういう類のものは信じない。奇跡が起きるなら、曙や朧を復活させ、漣を元に戻して見せろ、と思う…いや、それはわがままだろう。そうでなくてもいい。漣がまた気軽に「ぬい」と笑って呼んでくれるようにはしてほしい。そして、謝りたい…。心の底から。苦労をかけさせてしまった。そして…ずっとだましていて申し訳なかったと。

 

「不知火姉さん、考えていても今は仕方がないです。寝ましょう!明日しれえとお話しして、どうしたらいいかを考えましょう!しれえにご相談すれば絶対、大丈夫!」

 

「そうだね。提督に相談してみよ?きっと何かチカラを貸してくれるよ」

「……そう、ですね」

 

「困ったら誰かを頼るんです!そうじゃないと苦しいです。辛いです。しれえはいつでも相談に乗ってくれます。姉さんや雪風達だけで何も浮かばないなら、しれえや龍驤さんを頼りましょう!」

 

「……そうですね。司令はいろいろとご相談に乗ってくださりましたので、また頼ります」

「はい!それがいいです!」

 

「じゃ、今日はもう寝よっか。電気消すよ」

「おやすみなさい!」

 

寝る最後まで雪風は元気だった。けどすぐさま寝息が聞こえてきた。潮もである。あまりの寝つきの早さに驚いたが、自分もいろいろあって疲れたのか、すぐに眠りに落ちてしまった。

 

漣さん。あなたは不知火が…助けたい。それだけを思ってストンと眠りに…。と思ったが、司令の叫び声のようなものが聞こえた気がし、何だか怖くなって目が冴えてしまい、眠るのに少々時間を要するのであった。




漣と不知火。不知火が漣に救いの手を…と思いましたがうまくいきませんでした。しかし、これしきで諦める性格ではない不知火。何としてでも漣が日常を取り戻してもらいたい潮。そして、責任を持って引き取った玲司。

みんなの想いは漣に届くのでしょうか?

それでは、また。

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