提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百三十六話

『は?』

「いや、だから…戦艦『武蔵』の建造に成功したんですってば」

 

『ははは、玲司。いや、三条提督。冗談はほどほどにだね』

 

かつて大和が建造された時のように、古井司令長官が現実を受け入れようしないため、これで玲司は3回目の説明である。しびれを切らした高雄が電話に出た。

 

「もしもし、三条提督ですか?先日私がお送りしたパソコンにカメラがついているのでそちらで司令長官に確認していただきましょう。つなぎ方はですね…」

 

そういえば送ってきていたな。何だか妙に高性能な高雄さんが送ってきたパソコン。執務に使ったり艦娘のデータやメールなどは使わないでくださいと言われ、ほぼ置物と化しているものであったが…。実は玲司も機械には疎く、高雄に言われてもさっぱりであった。何とかここに動かしてください、ここを2回押してくださいと言われ、様になった。遠隔操作らしく、高雄が横須賀の執務室のパソコンを操作している。

 

しばらくして、モニターには高雄と呆然としている古井司令長官、おやっさんの顔が映った。

 

『これで聞こえますでしょうか?』

「高雄さん…!」

 

大淀がパァッと笑顔になってカメラに向かって手を振っている。鳥海が大淀のめったに見られないかわいくはしゃぐ様子にクスクスと思わず笑ってしまった。高雄も笑いながら少し恥ずかしそうに手を振っている。お互いなかなか顔を合わせる機会も連絡もできないので久しぶりに会う親友に嬉しいのである。

 

「高雄さん、ウイッス」

『三条提督、今はお仕事中ですよ』

 

「あ、ああ…ご苦労様です…」

『ふふ、よろしい。さて、戦艦武蔵さんが建造されたと言う事ですが』

 

「ええ。そうです。武蔵、ちょっと」

「ん?ああ。何だこれは。箱の中に艦娘?面妖なものだな。私が武蔵だ。大和型、その2番艦だ」

 

『……なるほど…本当に…』

「で、こんな箱が敵と戦えるのか?小さいし砲もないじゃないか」

 

「いや、あのな…武蔵」

 

モニターの前で説明をする玲司。わかりやすく横文字を使わず丁寧に説明している。ほう?とかふむ…面妖な…とか相槌を打ちつつもわかっているのかいないのか。大和も加わり「まあ、すごいんですね~」とかのんびりと話を聞いている。

 

とてもほんわかした光景だ。しかし、カメラはしっかりと、史上最強の戦艦、伝説の「大和」と「武蔵」を映し出し、存在感を醸し出している。かの「大和型」がここに揃い、横須賀鎮守府は抜きんでて素晴らしい戦力を持つようになった。しかし、それだけに、よその提督からのバッシングや嫉妬などが集中し、かわいい弟に何かあったら…と思うと心配になる高雄である。

 

「なるほどな。映像と音声を同時にとは。今の日本とはここまで技術が進歩しているのか」

 

「が、近代兵器では一切深海棲艦は傷つけられず、武蔵や大和たち艦娘がいなければ俺たちは生きていけない」

 

「よくわからんものだ。だが、この武蔵が来たからには心配はいらんぞ。大和もいるならなおさらだ。昔のシブヤン海のようにはいかないぜ」

 

「私たちだけでどうにかなるものでもないのよ?ここにいるお仲間とチカラを合わせてこそですよ」

 

「むう…まあ、そうだな」

 

『チカラが有り余っているようです。ですが、深海棲艦は個では倒せません。お仲間と手を取り合いチカラを合わせてこそです。武蔵さんはまずそこを学んでいく必要がありそうですね』

 

「善処しよう」

 

『長官…長官?長官!!!』

『はうあ!?む、むう…?』

 

『もう、ボーっとしていないでください。ほら、今モニターに映っていらっしゃるのが戦艦武蔵さんですよ。これでご理解いただけましたか?』

 

『お、おお…おお…なるほど。初めて見る子だね。うむ。素晴らしいチカラを秘めているように見えるね。三条提督を支えてあげてくれたまえ。彼はきっと君のためになるだろうからね』

 

「ああ。任せておけ。大和がずいぶんと気に入っているようなのでな。私も安心できる」

 

『そう言ってもらえるとありがたいね。では、よろしく頼んだよ』

「ああ」

 

うんうん、と司令長官は嬉しそうだった。自信に満ちた強い眼だと思う。そして、内に大きなパワーも秘めている。

 

「ああ、そうだ。司令長官、刈谷提督からメールをもらったんですが、宿毛湾のことで…」

 

高雄が真剣な面持ちで指を立て、「しーっ!」と言っているので止めた。カメラからの画像が小さくなり、何かメモ帳と言うものが開いた。

 

 

「これは盗聴されている可能性があります」

 

 

大淀が「なっっ」と声を出しても高雄がまた「静かに」と言うジェスチャーをする。大淀が口を自分でふさぐ。

 

刈谷提督が電話で「お前んとこは壁に耳あり障子に目ありだな」と言われてまた謎のことを言って…と思っていたが、これでやっと気づいた。そして、自分の能天気さに呆れた。

 

『うん?すまんね、よく聞き取れなかった。ちょっと回線の調子が悪いかな?』

「ああ、いえ。他愛ない話でしたので。また今度にしましょう。とりあえず、今回はこの辺で。武蔵が腹が減っているらしいので…」

 

『うん。そうだね。また近いうちに武蔵君のことを知らせなければならないし、会議の時にでも聞くとしよう。早く何か食べさせてあげなさい。あー、それから』

 

「それから?司令長官。早くしてくれないか。私はもう腹が減って仕方ないんだが…」

 

「司令長官にその言葉遣いはだめよ武蔵!」

 

『ははは。すまないね。これで最後だよ。重巡鈴谷と言う艦娘を探している。宿毛湾泊地から行方不明になったと報告が上がっていてね。刈谷提督もそのことを報告したのかな?なら話は早い。もし、どこかで座礁していたり、陸に上がって困っているようなら助けてあげてほしい。以上だよ』

 

「承知しました。では、また」

 

最後に高雄も手を振って。大淀も手を振って連絡は終わった。危なかった。刈谷提督から聞いた宿毛湾の話はまた違うものであった。

 

「宿毛湾のバカ、そろそろ消えるだろうからそこに七原を置く。お前がサポートしろ」

 

そんな報告だった。宿毛湾と言えば吹雪や朝潮たちのことがある。そして、霞。彼女たちにとても許せないことをした提督。そしてまた、鈴谷に何か非人道的なことをやっていたのか。行方不明…まさか霞のようにどこかの研究所で…?いや、それとは違う非人道的なことをやっているのか…?

 

安久野は艦娘の怒りや恨みをそのまま深海棲艦にぶつけられ、魚雷で消し飛ばされた。だが、それでは脚色されて終わりなんだ。どこかでは安久野は行方不明になった艦娘を探し、単身海に出て探していたところを深海棲艦に襲われ殉職した。艦娘のために海へ出るなど無謀であるが、必死に探し回る優しい提督であった、と。

 

バカげているがそんなどうしたらそんな美談になるのかわからないがそうなった。結局は否定され。

 

「艦娘にいろいろしでかして恨みを買って、惨めに豚のように喚いて深海棲艦に魚雷でぶっ飛ばされたって聞いたぜ?この豚がやってたこと、知らねえとは言わせねえぜ。どうせなら散々おもちゃにしてから殺ってほしいくらい汚え豚だったな。手足目玉くらいえぐってからやれよな」

 

と、その美談を信じていた一部の関係者の前でバッサリと切り捨てたそうであるが。そんな美談があってたまるか。あの男に限って。

 

そして宿毛湾の男も許せない。朝潮たちや吹雪にトラウマを残し、霞を壊したあいつを許せるわけがない。もうすぐ消えるなら…いや、考えるのはもうやめよう。また発作を起こして大淀や翔鶴たちを心配させる。

 

「さて、悪いな。じゃあ武蔵、今から俺がお手製の飯をふるまうとするよ」

「貴様がか?おいおい…私は味にはうるさいぞ。間宮がいるのならそちらのが…」

 

「ふふ、そう言って腰を抜かしても知らないわよ?」

「姉さんまで…なんだなんだ?」

 

「司令官さん、私もお腹がすきました」

「司令!この霧島もお供いたしますよ!」

 

「わ、私も…お腹が…」

「なんだみんなじゃねえか。大淀は…「いただきます!!!」

 

「はええなおい」

「提督、僕も…」

 

「オーケーオーケー。任しとけって」

 

食堂へ向かって一同、目を輝かせて玲司についていく。武蔵だけが不安そうであったが。

 

 

食堂には最上と無事合流できた熊野もちょうどいた。ほかにも吹雪、満潮、荒潮、扶桑、名取もいた。玲司が食堂にやってきたとたんにザワッと食堂が少しにぎやかになった。

 

「司令官!お疲れ様です!熊野さんに…ええと」

「武蔵だ。む、うまそうなにおいだな…」

 

「武蔵さん!よろしくお願いします!新しい艦娘さんに司令官が食堂に来たってことは…」

「ああ、晩飯はアレだよ」

 

「やったー!!!」

「それはあとでな。で、今は腹が減ったらしいからとりあえず…簡単なのでいいか」

 

「吹雪もご一緒します!」

「なになに!何作るの?ボクも食べる!」

 

「ふふ、私も頂こうかしら。ねぇ、満潮。荒潮ちゃん?」

「うふふふ、食べまーす」

 

食堂にいる全員が食べると言う。手間はかけられない。

 

「私も食べます」

「うおっ!?」

 

突然現れた神通。最近、川内に似てどこからともなくやってくる。これは艦娘達も思っていることで、間宮がわらび餅を作ったので食べる人ー?と言うといつの間にか五十鈴や朝潮の隣にいると言う。神通、この頃はとても食い意地が張っていると言うことがわかってきた。もじもじと違いますと言うが、食べ物については必ずどこからともなく現れると言うことだ。

 

うーん…と考えた結果、簡単でたくさん作れる料理。それは…。

 

「司令官、ピーマンは…そのぉ…」

「ふーぶーきー」

 

「は、はい!ちゃんと食べます!」

「あははー、吹雪はお子様だなぁ」

 

「最上、摩耶にピーマンこっそり食べてもらってるの知ってるんだからな」

「うっ…」

 

と、言いつつピーマンは少なめにしてあげる。玉ねぎはちょっと多め。ウインナーを半分に切り、その間に塩を入れた湯でパスタを茹でる。

 

玉ねぎやピーマン、ベーコンに火を通し、ケチャップをたっぷりと入れてさらに火を通す。この時点で食堂内にケチャップの酸味や玉ねぎの香ばしい香りが充満し、吹雪や最上はまだかなまだかなと歌いだしていた。そして空腹でたまらなかった武蔵にはこの匂いは凶悪なものであり、より胃を刺激される。

 

「んー、いい匂い…」

「ま、まだか…腹が減ってもう我慢できん」

 

そわそわと落ち着かない武蔵。

 

「もうすぐできますよ」

「む、むう…」

 

名取が落ち着かせようとするが、足をカタカタと我慢できないのか貧乏ゆすりが激しい。このままだと暴れだしそう…と大和が思うくらいである。

 

一方で玲司が作るものはもうすぐ出来上がりそうであった。山盛りのナポリタン。

 

「ほいよ!ナポリタン順番に取ってけ!武蔵!大和と一緒で超特盛な!!」

「おう!」

 

待ちきれなかった武蔵が勢いよく立ち上がり、山のようなナポリタンを受け取る。ズシリと重いそれは鼻腔を潜り抜け、脳に叩き込まれた匂いで我を失いそうになるくらいである。が、冷静に「いただきます」と手を合わせ、スプーンとフォークを手に取り、丁寧にフォークで巻いてスプーンに乗せ、ゆっくりと食べる。豪快にいくのかと思いきや、上品な食べ方である。

 

「うまい…うまいぞ!!いける…いくらでも腹に入る!!」

「おーい、次に食べたい子は皿を持ってきなー!」

 

間宮がパスタを茹で、玲司が炒めて盛っていく。大和は武蔵より若干少なめだが特盛。扶桑は大盛。神通も扶桑並に大盛(結構大きな山)。みんなウキウキしながら皿に盛られたナポリタンを持って席についていく。箸でそばのようにズルズルと食べる子。武蔵を真似て上品に食べる子、それぞれだ。少しお腹が落ち着いた武蔵が周りを見回すと、誰もが嬉しそうに、おいしそうに同じものを食べている。

 

口の周りを真っ赤にして食べている者もいる。味をかみしめるようにゆっくり食べる者もいる。みな、幸せそうだ。ここはそういうところか。

 

「もう、武蔵ったら。慌てて食べるから口の周りがケチャップだらけですよ?上品に食べているかと思ったら途中からガツガツと…」

 

「ふふふ、武蔵さん…」

 

名取と言う巡洋艦に笑われる。少し湿らせたタオルで姉に口の周りを拭いてもらう。

 

「お、おい。私は小さい子供ではないんだぞ。1人でできる」

「だーめ。ちゃんとしないと戦艦の威厳が台無しよ!お姉ちゃんに恥をかかせないでね」

 

「むう…」

「ふふふ!」

 

「な、なあ、名取。姉さんを止めて…むぐ」

「まだ赤いのよ。ちょっとんーってして」

 

「私は子供か!!」

「子供のように夢中でパクパク食べてた子は誰かしら?」

 

「くぅううう…」

 

これがきっかけで、最初は「怖そう」だった印象を持っていた食堂の艦娘達は、親しみやすそう、かわいいと思うようになり、お近づきになりやすくなったとか。

 

……

 

武蔵の隣で一緒に食べていた名取が鎮守府を案内する。武蔵にとっては初めてのものがたくさんなのでキョロキョロしては「名取よ、これは何だ?」「面妖な…」と何度も繰り返していた。

 

「ここにはおもしろいものや面妖なものがたくさんあるのだな。てれび…げいむ?ふむ…今度やらせてもらおう」

「はい。駆逐艦のみんながいつも楽しそうに遊んでいますよ」

 

「そうか。では混ぜてもらうかな。しかし、ここの飯はうまいのだな。晩飯も楽しみだな!」

「はい。司令官さんが作るご飯はどれもとってもおいしいんです。間宮さんが作るものもおいしいですよ」

 

「ああ。ふふ、それだけでもこの鎮守府でやっていく気になる。しかし、提督は提督らしくないな」

「そうでしょうか?」

 

「ああ。威厳がない。提督が飯を作って、駆逐艦と遊んで…あれで大丈夫なのか?」

「大丈夫、です。今の司令官さんだからこそ、名取たちは毎日が幸せで…楽しくって。それに、私たちを絶対に死なせないようにしてくれますから」

 

「それで本当に敵を倒せるのか?死なせない作戦など逃げ腰の作戦だろう。顧みず突撃し、艦隊を壊滅させることこそ勝利ではないのか?」

 

「今はわからずとも、いつかきっとわかりますよ」

「扶桑さん!」

 

名取だけでは心配だろうと扶桑がついてきたみたいだ。名取は扶桑が大好きだ。食事を共にしたり、たまに一緒の部屋で一緒に寝たりもする間柄。安久野の手から扶桑を守り抜いたこと。そして、扶桑も名取にそうしてもらったことに恩を感じているからか親密である。

 

「どういう意味かわからんな」

「敵を屠ることだけが勝ちではない、と言う事ですよ。私は名取さんを通して、敵を屠るだけではなく、お味方を守り抜くことで得る勝利もある、と知りました」

 

「……」

 

絶対に扶桑をあの醜い提督から守り抜く。絶対にあの男から、何も知らない駆逐艦や神通を守り抜く。そうして必死に戦った名取を知っているから。見事悪の手から守り抜き、今もそれを続けている。今度は絶対に死なせない。そう決めて辛い練習も真面目に取り組む彼女の小さな背中は、戦艦の扶桑からみても大きく見える時がある。

 

扶桑は名取を尊敬している。自分が初めて艦娘として生まれてすぐに。震える手で、名を口に出すのも怖くて震えていた自分よりも小さな彼女が、自分を強い目で「絶対に守ります」と言った時から。何度涙を流し、守れなかった命のために悲しみ、悔しんだか。何度、恐怖から心が折れそうになったか。それでも決して諦めずに戦い抜き、そして今も戦っている。そんな名取を馬鹿にする者は誰だろうと許さない。

 

「砲撃戦だけが戦いではありません。艦娘として生まれてからはそれ以外の戦いもあるでしょう。かつて、私たちが艦であった頃、乗っておられた方々も同じだったかもしれません。共に戦い、共に生きよう。歌って飲んで…お仲間と共に…戦いが終わった朝日を眺め、喜ぶために」

 

「ふむ…」

 

「そのうち武蔵さんもわかると思いますよ。ここはそういう場所なのです。そして、その場を作り上げたのが名取さんなんです」

「え、ええっと、私はそんな大それたことは…」

 

名取の両肩にポンと手を置き、笑う扶桑。扶桑は本当に名取が好きだ。時々無理をしていないか気にするし、風呂や寝るのも一緒が多い。鎮守府の名コンビでもある。

 

もじもじあわあわしている名取と笑っている扶桑を見ていると、どこか胸がチクッとするような。うまく言葉が出ないが、いいなと思った。この痛みは何だろうか。武蔵には理解できない。だが、「自分は1人」という思いが武蔵を焦らせた。どこか扶桑と名取が遠い。

 

「武蔵さん?」

「………何だろうな。まるで、体を魚雷や爆弾で貫かれたあの時の記憶よりも、痛い。胸が…痛い。お前たちを見ていると」

 

「それは、なぜ?」

「わからない…わからないんだ!私は武蔵。大和型だ。敵など恐れない。けど、なぜだ。なぜかわからないが…今お前たちに見限られたらと思うと…言い知れぬ恐怖が私を包むんだ」

 

「武蔵さん。それは名取でも怖いですよ。武蔵さんが恐れているもの。きっとそれは『孤独』です」

「孤独…?」

 

「ひとりぼっち。それは、私も嫌ね。周りに誰かはいるのだけれど、誰にも見てもらえない。認めてもらえない。それが孤独。けど、大丈夫ですよ、武蔵さん」

 

「はい!それはここでは感じなくなりますよ」

「ええ。武蔵さん。では、私たちから始めてみましょう。私たちとお友達になりましょう」

 

「ともだち?何だそれは?」

「え?えーと…うーん…扶桑さん?」

 

「うん…ふふ、武蔵さん」

 

あ、ごまかした。と名取は思う。けど、友達は何だろうと理屈で言ってもわからないものだ。実際に付き合ってみないとわからない。理屈ではないのだ。

扶桑が武蔵に手を伸ばす。武蔵はいいのか?と言うような…子犬のような目で扶桑を見る。扶桑はにっこり笑っていて「さあ」と手をもう一度伸ばす。壊れ物を扱うかのように武蔵は扶桑の真っ白な細い手を大事なもののように手で包み込んだ。さらに武蔵は名取にそーっと手を伸ばした。

 

名取もにっこりとして武蔵の少し大きな手を小さな両手で包み込んだ。暖かい。扶桑の手もすべすべしていて暖かい。ついさっきまで胸にあったチクチクとした痛みが消えていく。扶桑が言うには「心」と言うものらしい。「心」が落ち着く。

 

「……いい、ものだな。仲間と言うのは。友達と言うのは。名取。こんな場所を作ってくれたこと、感謝するぞ」

「え、ええ?私じゃないですよ」

 

「そうね。名取さんがその土台を作り、育んでくれたのは…提督ね」

「はい!司令官さんのおかげです!」

 

「そうか。では提督にも礼を言っておかねばな」

「ふふ、そうね。あら…いろいろと回っていたらもう夕飯の時間かしら」

 

「む。うまそうな匂いがするぞ!さっきのと言いうまい飯だ!扶桑、名取、いくぞ!」

「わ、わわ!武蔵さん、引っ張らないでぇ!」

 

「あらあら。ご飯は逃げませんよ」

 

泣き虫の大和。どこか無邪気な子供のような武蔵。はじめての大和型だからだろうか?どことなく大和型の2人は子供っぽい。それもまた、山城と同じくかわいい妹ができたみたいでいいわね、と扶桑は嬉しく思う。名取も守ってくれるお姉ちゃんができたみたいと思う。でも、五十鈴姉さんが嫉妬しそう、と苦笑した。

 

………

 

「ぽーい!!提督さん!早く早く!待ちきれないっぽい!!」

「しれいか~ん!文月もぉ~」

 

「司令官、ボク大盛がいいなー!」

「だー!!!今日の主役は武蔵なんだから我慢しな!!皐月はいつも大盛にしても大体残すからダメ!!」

 

え~~~!!と駆逐艦たちのブーイングを受ける玲司。なぜか悪ノリして皐月達に混ざってブーブー言っている最上に摩耶。

 

「最上さんと摩耶さんは梅干しとメザシと白いご飯でいいですね?」

 

「ま、間宮…さん」

「それだけは!それだけは勘弁してくれよぉ!」

 

「でしたら、席に戻って待っていること!さ、ここは危ないですよ!ぶつかって、大切なオムライスが床に落ちてしまったら…」

 

「ぞぉー!ダ、ダメダメ!摩耶、もどろもどろ…」

「オムライスなし…そんなの生きていけねえ…」

 

「まったく、子供じゃないんだからじっとしてなさいよ」

「五十鈴お姉ちゃん…スプーン片手に言ってもあんまり説得力がないかなぁ…」

 

「おーむらーいすー!あられちゃん、おむらいす、うれしいね!しあわせだね!」

「うん。霰も幸せ…霞ちゃんも…幸せ」

 

「………」

「武蔵、その足!貧乏ゆすりをやめなさい!」

 

「大和よ…腹が減っている時にこの匂いを耐えろと言うのは正直無理だ。わかるだろう。いや、わかってくれ」

 

「子供じゃないんだから我慢してよ…私たちは栄えある大和型なのよ?」

「そうは言ってもな…」

 

グギュウ…グゴゴゴゴ…

 

「ぷふっ…!」

「むーさーしー!」

 

「む、すまん。名取、笑ってないで助けてくれ」

 

名取や扶桑に助けを求める武蔵。その様子を見ていた玲司は、うまくやっていけそうだな、と嬉しくなった。それと同時に早く作ってあげないとなと思う。危なくないところから「くぅーん…」と犬のように鳴いている夕立たちのためにも…武蔵のためにも…。

 

………

 

「じゃあ、手を合わせて。いただきます」

「「「いただきまーす(っぽい)!!!」」」

 

待ちに待った玲司と間宮合作のオムライスをゆっくり味わって食べる子。貪るように食べる子。それぞれがそれぞれのオムライスを食べることを楽しむ。最近はもう人数も多いので間宮と玲司の合作が定番になっている。古参の北上たちは玲司だけのオリジナルオムライスを食べたことがあるため、あれは別格のもの、と位置付けている。まあ、これはこれで格別の味なので大好きであるが。

 

 

「ムグムグ…な、何ですのこれ?とてもよろしくってよ!!」

「熊野ってば、それって熊野が言うレディな食べ方じゃないよね…」

 

「だって、これ…んぐっ、おいひいですの!!!」

「熊野、食べながらしゃべらないでよ!わー、ご飯粒がー!」

 

口調は上品でも食べ方はあまりのおいしさにかきこむ熊野。これまた1人、オムライスの虜になる艦娘が増えた。どちらかと言えば最上の方がよく噛んで味わって食べているし、上品な食べ方である。ご飯粒1つ残さず食べる。これが最上や摩耶の玲司や間宮への作ってくれたことへの感謝の気持ちだ。おいしいご飯をありがとう。だから残さず食べたよと言う意思表示。

 

「ほら、ここにご飯粒残ってるよ。提督や間宮さん、お米を作ってくれた人に感謝して、全部食べなきゃダメさ」

「失礼ですわね!わたくし、ちゃんと全部食べます!今から食べようと思っていましたの!!」

 

ほっぺにも米粒がぺたぺた。まるで子供である。オムライスとなると、横須賀の艦娘はみんな子供のようだ。

 

「はふはふ…おいひいです!」

「ふぶきち食べながらしゃべんないの。いつもとちがってこの時だけはお子様になるんだからなー」

 

「う、うう…だっておいしいんだもん…」

「お?あたしに口答えするかー」

 

「あわわわ、ち、違いますよぉ!あー!!私のポテト取らないでください!!!」

「ふふーん、じゃああたしのこれをあげよう」

 

「わっ、チキンだー!」

「ほーれ北上様のチキンソテーだ。味わって食べなー」

 

「作ったのは間宮さんだと思うんですけど…」

「なにをー?」

 

吹雪と北上。いじる。いじられる。そんな間柄だが雪風と同じくらいかわいがっている。贔屓はよくないと思うが、時々寂しそうにしているのを見るし、夜たまに泣きながら相談に来て一緒に寝ることもある。寝言で初雪や白雪、深雪、叢雲。妹の名を呼び、ごめんなさい…とうなされることもある。だから気になる。

 

自分はお姉ちゃんだ、と自分を律しているように見える。でも、それで抑え込みすぎて雪風のように全てを抱え込み、かつての雪風のようになってしまったらと考えると恐ろしい。自分が支えてあげなきゃ。自分がお姉ちゃんで吹雪が妹。気軽に甘えられるようにしてあげなきゃ。そう北上は考えていた。

 

「よし、今日は一緒に寝るかふぶきちー」

「え、ええ?いいですけど…どうしてですか?」

 

「ふぶきちと寝たいだけだよ。今夜は寝かさないよ」

「そ、それってどういうことですか!?えっちなのはいけないと思います!!」

 

「ちっ…」

「ちって何ですか!も、もう…でも一緒に寝ます」

 

「そうかそうか。よしよーし。じゃあこのポテトもあげよう」

「それって私から取ったやつですよね!?」

 

んふー、と笑う北上とぷんすかしている吹雪。本当の姉妹のようだった。

 

「うまい…うまいぞ!いくらでも食べられる!!!」

「ええ、んぐっ…やっぱり司令のオムライスは最高です…はふっはふっ」

 

「霧島さんまで…」

「もうちょっと落ち着いて食べられないのかしら…」

 

「そういう山城はもうきれいに残さず食べたのねぇ」

「はっ?!ね、姉様これはですね…」

 

戦艦組もそれぞれ味わって食べている。霧島はオムライスだけは大和や赤城並に食べる。霧島曰く「魂までオムライス好きになってしまっています。一目見た時から」とのことだ。玲司は何となく事情を察しているが、霧島にはわからないだろう。

 

「武蔵、うまいか?」

「ああ。戦場に出て帰ってきた後、こういったうまい飯が食えるなら、生きて帰ってこなければならないな。何、任せておけ。私がいるからには誰も死なさん」

 

「そいつは頼もしいことだ。しっかり食って、バチっと頼むぜ」

「ああ、任せろ!」

 

そう言ってさらに武蔵の食べるペースが上がった。おかげで卵の在庫がなくなりそうだ。近々、そういえば来てほしいって松子さんに言われてたっけ。最近ちっとも顔を出さないものだから、源さんや梅おばさんに怒られそうだしな。

 

久しぶりに顔を見る商店街の人たちのことを思い浮かべ、玲司は少し申し訳ない気持ちと、久々に会えるのを楽しみにして自分も冷めてしまったオムライスを口に運んだ。




武蔵の他にいろいろと何かがありそうな予感…
さて、熊野と武蔵が加わり、より賑やかになりました。暴虐の姫君、戦艦レ級を倒しきるチカラをつけた横須賀鎮守府。これから先がとても気になりますね


次回は少し脱線し、久々に商店街の面々が登場します。また一波乱ある感じかな?

それでは、また。

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