提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百三十九話

「しれえ!早く早く!」

「司令官!早く~!」

 

「こらこら引っ張らなくても屋台は逃げないって!」

 

雪風と文月に手を引っ張られ、いつもと違う商店街を歩く玲司。待ちに待った夏祭りと作ってもらった浴衣を着て、雪風や皐月、文月に夕立はテンションが最高潮。とにかく早く見て回りたくて仕方がないようだ。

 

「霰、手を離したらダメよ」

「満潮姉さん…早く。司令官…行っちゃう」

 

「はいはい、ほら、行くわよ」

 

霰は満潮が放っておけないとしっかりと手を繋ぎ、満潮はちょっと小走り気味に歩き、ようやく玲司のTシャツの裾を掴むことに成功。これで司令官とも、霰とも離れることはない。玲司は駆逐艦たちの歩く速さに合わせてゆっくり歩いているので疲れることもない。

 

「あーあ、やっぱり提督について行っちゃうんだね」

「仕方ねえだろ。浴衣まで用意してくれて、夏祭りにも連れてきてくれて。ついていかないはずがねえよ」

 

「確かにねー」

「で、お前は…」

 

「もがみん、はぐれると怖いのでこのままで…」

「最上?わたくしが迷子になるかもしれないだなんて…冗談はほどほどにしたほうがよろしいのではなくて?」

 

困った顔をしている最上の左腕には三隈が腕を絡め、右手は熊野を離さないようにしっかりと手を握っている。三隈は人の多さに困惑し、最上と離れたくないらしく、熊野はあっちの屋台へフラフラ。こっちの屋台へフラフラして見失いそうになったため、最上は自分の視界の範囲に熊野を入れておきたいがために手を繋いでいる。

 

「モテモテだな、お前も…」

「あーまあかわいい妹たちだからね。何かあると心配だしさ。そういう摩耶だって」

 

「ま、摩耶さぁん…」

「古鷹ぁ…そんなビビることねえだろ?」

 

「そ、そんなこと言ったって…こんなに人が多いと怖いです…」

「しょうがねえ奴だなぁ…ほら、行くぞ」

 

「わあ!摩耶さん!手を離さないでください!」

「あっついんだっての!!!」

 

「うう…」

「ああ、おい…泣くなよ…わかったって…」

 

「摩耶は大変ね」

「おら鳥海!のんきになんか飴舐めてないで何とかしろよ!ってか何だそれ!」

 

「源さんに頂いたんです。甘くておいしいわよ」

「あの変態オヤジ…鳥海に手出したらぶん殴ってやるからな…」

 

「それにしても、熱気がすごいですね。鳥海さん、ご一緒に回りませんか?」

「ええ。ふふ、いろいろ楽しみですね」

 

「ああ、おい!鳥海!あたしを置いていくな!!」

「摩耶さん、置いて行かないでぇ!」

 

「やれやれ、にぎやかだね。じゃ、ボクたちも行こっか」

「はい!もがみん♪」

 

「よろしくてよ♪」

 

重巡組はそれぞれ違うところを目指して歩いていく。最上達は姉妹3人で話し合った結果、「ルーチェ」にいるもう1人の姉妹のところへ向かって歩き出した。屋台よりもそちらが気になる。これが最上達の一致した意見だった。最上は妹たちと居たい。山城や時雨達のことも気になったが、そこは最上型の長女。やはり妹を放っておくことはできなかった。人ごみを離れ、最上達は足げくルーチェへ向かった。

 

……

 

「北上さん、これは何だい」

「見りゃわかんじゃん。綿あめだってさ」

 

「いい匂いがするのです!」

「お、かわいい妹さんだね。どうだい?おひとつ」

 

「こんな手のかかる妹はもった覚えはないかなー。で、食べるの?」

「おいしそうなのです!!」

 

「私はパスだ。あっちのが気になる」

「祭りを楽しもうってんじゃなくて食べ物を楽しむってな?もー、めんどいなー」

 

「北上さん!朝潮もよろしいでしょうか!」

「んな許可いらないっての」

 

北上も何だかんだで駆逐艦のお姉ちゃん役だ。めんどくさそうにしていながら、手はしっかり離さないようにしているし、フラッとどこかへ行こうと思おうにもギュッと浴衣を掴んで行かせない。朝潮なら大丈夫と頭では思っていても、しっかりと目は離さない。

 

「響はー?」

「私はあれがいい」

 

「かき氷かー。いいねー。あたしもそっちにしようかな」

「響ちゃん、わたあめを半分あげるのでかき氷が一口ほしいのです!」

 

「いいよ。半分はもったいない。少しでいいよ」

 

「あら~、朝潮姉さんいいわね~。私もイカ、あげるからちょうだ~い♪」

「大潮はレモンがいいです!」

 

「あのさ、いっぺんに言われてもわかんないっての」

 

はいはいと間違えのないようにきんちゃく袋からこうなるだろうと思っていたため、誰が何を食べたいのかをリストにし、1つずつ食べさせるようにした。

 

「はい、電。わたがしね。響はかき氷のイチゴ味ね。朝潮は…かき氷のブルーハワイ?渋いもの食べるね」

 

はいはいと北上が買う。渡す。電たちは食べるだけ。本当に面倒見がいい。

 

「あまくておいしいのです♪」

「うっ…何だい、この頭痛は…まさか…病気?」

 

「ガツガツ食べるから…あー、朝潮もか。もー、世話の焼けるー」

「うぐぐ…この程度…」

 

北上が響と朝潮の様子を見、ついてきた荒潮と大潮は大人しくこれまたかき氷(メロン)とイカ焼きを食べている。荒潮はおそるおそる氷を食べていたのでキーンとはならなかったようだ。大潮はいか焼きを食べてもっきゅもっきゅしている。

 

「アホォ!イカ焼き言うたらあの卵をぺっちゃんこにしたやつでな!なんもわかっとらんなあんた!」

 

見覚えのある小さな軽空母のような女の子がこれまた聞き覚えのある関西弁でイカ焼きのことを熱く語って(イカ焼き屋に理不尽なクレームを入れて)いるのが見えたが見なかったし聞かなかった。あの姉妹についてはもう何か関わらない方がいい。スーパー恥ずかしがり屋な川内は人ごみを見た瞬間に帰ると言って影に消えた。

 

「おーい、せっかく浴衣着せてもらったのにさー」

「むりむりむりむり…あんな大勢のところにいるのむり」

 

「えー…別にあんたのことをみるわけでもないのにさー」

「むりむりむりむりむりむりむりむり」

 

「えー…あ、消えた」

 

島風は玲司と歩いている。島風はお兄ちゃん大好きなんだからね!とみんなの前で堂々と言うくらいに玲司が好きらしいので、たぶんあとで引きはがすのが大変そうだ。摩耶と何で釣ろうか考えるほどに。

 

まあそれよりも今は…。

 

「北上さんも食べますか?イカ!!おいしいですよ!!」

「あんたの食べる分がなくなるからいいよ」

 

「大潮だけじゃなくて一緒に食べた方がおいしいです!ドーンと食べてください!」

「ん、じゃああたし焼きそば買うから食べよっか」

 

「はい!!」

「大潮、もうちょい小さい声でさ」

 

悪くない。自分も何だか体がふわふわ舞い上がっているようで、かなり楽しんでるみたい。玲司が作る焼きそばに比べれば、んーまあ50点くらいかな。でも、外で誰かと一緒に食べさせ合いをするなんて初めてのことで、少しだけおいしく感じられた。でもやっぱり、玲司と間宮さんが作る焼きそばが格別だよね、と思った。ああ、大井っちもいたらなぁ…。

 

「北上さん?」

「ん?なに?」

 

「ボーっとしてどうしましたか?」

「んーん、何でもないよ。ほら、熱いから気をつけな。豚肉も取りな」

 

「北上さん、荒潮も食べた~い♪」

「はいはい」

 

今の自分を大井が見たらどう思うだろうか。笑うだろうか。たぶん、大井も一緒に駆逐艦に雛の餌やりよろしく、せっせと口に運んであげてるだろう。そういう子だから。結局焼きそばは大潮と荒潮、電、響が食べてしまったので自分は大潮のイカ少し、電と響のかき氷を少しだけもらうだけになった。それでもいい。この子達の笑顔を守るって決めてるから。でも、全部食べちゃった、と罪悪感を感じたのか、電たちが少しずつお金を出し合って、もう一度焼きそばを買ってきた。

 

いいよあたしは。と言ったけど、「食べるのです!」や「ウラー!」と引かない子達に負け、焼きそばを食べさせてもらった。

 

「お小遣いは決まってるんだから自分のことで使いなよ」

「北上さんに食べてもらいたいから使ったのです!自分のことなのです!」

 

「北上さんにはいつも大変お世話になっております!ですから、どうか!」

「北上さん!ドーンと食べてください!!」

 

「ハラショー。北上さんには感謝しているんだ。だからみんなで出し合ったんだよ」

「……ありがと。じゃあいただきまーす。いいって、自分で食べるから!」

 

結局代わる代わる4人に食べさせてもらう北上。めんどくさそうな声を出しているが、嬉しくて抱きしめたいくらいだ。そのまま、玲司から離れ、北上が荒潮たちの面倒を見ることになった。騒がしいけど楽しかった。自然と笑顔になって、花火もそのままずっと楽しんだそうな。

 

………

 

「扶桑?扶桑!?どこ行ったの!?」

「ぽいー、匂いがいっぱいで扶桑さんの匂いがわからないっぽいー…」

 

「姉様!姉様!!あああ、何てこと…姉様にもし何かあったら…ああ、私は…私はあああ!!!」

「山城さん、ちょっと落ち着いて…あーんもう…」

 

扶桑の名を呼ぶ時雨。クンクンと匂いを嗅いで扶桑の香りを探す夕立。姉様の身を案じ、飛び出そうとする山城。山城をなだめて待機させる村雨。そう、扶桑が迷子である。屋台を眺めていたらふっと扶桑が消えてしまったのだ。あれ?扶桑は?と時雨が言って初めて気づいたくらいである。それくらい突然に扶桑が消えた。

 

「クンクン…こっちっぽい!」

「場所がわかったのかい!?」

 

夕立の鼻を頼りに人混みをかき分け、進んでいく。艦娘とわかったのか、興味からか、恐怖からか、道を開ける人たち。夕立が辿り着いたそこは…。

 

「焼きとうもろこし屋…?」

「おじさん、おいしそうな匂いがするっぽい!おひとつくださいっぽい!」

 

時雨はずっこけそうになった。山城は呆れているし、村雨も頭を抱えている。ぽいっぽいっと醤油の香ばしい匂いがするとうもろこしをハグハグと食べる夕立。その顔は満面である。

 

「ぽいー、おいしいっぽいー♪」

 

「夕立…」

「ぽい?」

 

「ちょっとお話しましょうか…」

「ぽいー!!!??」

 

殺意の波動に目覚めたようにゴゴゴゴゴゴ…とすごい威圧感を出して迫る時雨と山城。とうもろこしを落としそうになるも、それをこらえる夕立。はもはもと食べつつも、時雨達の威圧をかわす。

 

「あんたはあああああ!!!!!姉様に何か起こったら責任取ってくれるわけえええええ!?」

「ぽいー!ここで扶桑さんの匂いがしたっぽい!!!」

 

「え、ほんと?」

「夕立ウソつかないっぽい」

 

「どこかの民族みたいに言わないでもらえるかなぁ…」

「本当っぽい!!ここでたぶんとうもろこしを買ってるっぽい!クンクン…こっち!」

 

「ねえ、何であの子艦娘なのに犬みたいなの?」

「それは僕に聞かれても…」

 

誰が呼んだか「ぽいぬ」と言うあだ名がつくくらい、夕立は犬のようである。そしてなぜか特に横須賀の夕立は鼻が利く。雪風の必死で隠した傷を血の匂いでわかったり、血の匂いを追いかけたり。潮の匂いで途切れてしまったと言ってしまうくらいには。夕立の戦闘スタイルは野性的だ。直感と匂いで敵を発見し、味方も潮よりも濃い硝煙の匂いでかぎつけるくらいである。

 

夕立を追いかけることしばらく、ざわざわと人だかりができているところがあった。そこに…

 

「扶桑さん!とんもろこしおいしいです!!」

「ふふ、よかったわ。霰ちゃん、たこ焼きを落とさないようにね」

 

「はい」

「はあ…なんで私までこんな綿菓子を買ってもらって…」

 

「わたあめおいしいかも~♪霰ちゃん、焼きそばも食べるかも~」

「じゃあ、たこ焼きと…交換」

 

「扶桑…満潮」

「あら、時雨?どうしたの?」

 

「どうしたのじゃないよ!はぐれて心配してたんだよ!」

「あ、あら…ごめんなさい。いい匂いがしたのでちょっとふらりと…」

 

「私と霰、雪風とで一緒に行動してたのよ。司令官と別れてから。そしたら迷子で泣きそうになってる秋津洲さんとフラフラしてる扶桑を見かけたの。扶桑も時雨達とはぐれたって言うからここで待ってみたの!まったく、何で私が保護者なのよ…」

 

満潮のため息につられてはああ…とため息をつく時雨と村雨。

 

「姉様!姉様!私、唐揚げと言うものを買ってみたんです!あーんしてください!」

「まあ、おいしそうねぇ。じゃあ、私もこのべびーかすていらと言うものを…あーん」

 

「はああああん!!!姉様にあーんしてもらえるなんて至極恐悦ですぅ!!!」

「ぽいー!雪風、とうもろこしおいしいね!」

 

「はい!!おいしいです!!!」

「ベビーカステラもおいしいかも!」

 

 

結局なんだと艦娘が集まり、雑談をする。何人か男が声をかけようと思ったが、扶桑姉妹の美しさに手も足も出ず、中には扶桑が気づき、ニコリと笑顔を見せるものだから倒れる男が出るくらいであった。ある男性は山城の「姉様に近づくな」と言う威圧の目を「ごみを見るかのような目」に見えたらしく、それに興奮のあまり、どこかへ走り去ってしまったのがいたとか。

 

道行く女性はその扶桑姉妹の美しさに引き込まれると同時に、駆逐艦の食べさせ合いっこに尊さと母性をくすぐられ、何かを買ってあげようかさんざん悩んだ挙句、尊すぎて近寄れないとがっくり肩を落とす者もいたとか。

 

………

 

「いいよいいよー。もっと笑って!摩耶ちゃん、スマイルだよ!古鷹ちゃんだっけ?ああーたまんねえなぁ!美女の浴衣はたまんねえなぁ!メニアックすぎる!」

 

松子に捕まってしまった摩耶、古鷹、摩耶達より先に捕まってしまった五十鈴に阿武隈達巡洋艦組はたまたま通りがかった竹美と梅に見つかるまで数十分、よだれを垂らして危ないカメラマンになった松子に写真を撮られるがままだったと言う。

ちなみに松子は梅と竹美の厳重な監視の下、「つまらない」夏祭りを過ごすことになったとか。要するに欲情禁止、摩耶たちの撮影禁止、艦娘に同行禁止。温情により写真は破棄されることはなかった。後に摩耶たちの浴衣姿の写真は拡大され、金の額縁に入れられ、店に飾られ、摩耶に怒鳴られたとか、ないとか。

 

大和と武蔵はモーゼのごとくその美しさから歩く道を開けられていた。

 

「すっご…きれー…」

「逃げるんだぁ…勝てるはずがない…」

 

「となりの子、小さくてかわいい…ちょっと待って、胸…くっ!」

 

「なあ姉さん、暑いんだが…」

「う、ううう…む、武蔵と名取さん…て、てをはなさないでくださいね…」

 

「姉さんのせいでいろいろと屋台とやらが見たいのに見れんのだが…」

「武蔵さん、たぶん人混みが大和さんは怖いんじゃないかなと…」

 

「…大和型がこれしきで怖がってどうするんだ」

「だ、だって、こんなに人がいっぱい…ぐすっ」

 

「あー泣くな…わかったわかった…」

「大和さん、大丈夫ですよ。名取もいますからね」

 

泣き出しそうな大和の手をしっかりと握ってあげる武蔵。文句は言うが姉は大事にする。

 

「はーいそこのかわいこちゃん!俺らと「失せろ、軟派な男は好かん」

「ねえねえ、そこのお姉ちゃんたち!俺っちとトゥゲザーしよう「興味ないな」

 

「いようおね「失せろ」

 

軽い男が近寄るたびに大和と名取がビクッとなるが武蔵が一蹴。武蔵の鋭い眼で睨まれた男はたちまちに逃げ去る。中には姐さん…と言ってファンができてしまうそうだが。

 

「まったく、せっかく祭りを楽しんでいるというのに」

 

空いた手でイカ焼きを食べながら文句をこぼす。すると足にドンと衝撃が走った。足が冷たい。

 

「む?」

 

見下ろすと足に氷がかかっていた。白い武蔵の浴衣に赤いシミ。座り込んでいる小さな女の子。呆然としている。女の子の母親だろうか。大人の女性が走ってきて慌てている。

 

「す、すみません!すみません!あ、あの、お怪我は…!!」

「ああ、いや、私は何もない。そちらの方こそケガはないか?」

 

「ああ!ゆ、浴衣が…!すみません!弁償でもなんでもいたしますので!!!申し訳ございません!」

「何、浴衣くらいどうと言うことはない。それよりも」

 

そういうと手を伸ばす武蔵。ああっ!と庇おうとする母親。しかし…。

 

「すまんかった。私も祭りに浮かれて呆けていたようだ。泣かないのは偉いな。痛かったろう」

 

頭を撫でて女の子を見る。痛かったの質問に対し、女の子は首を横に振る。痛くない、と。

 

「そうか、それならよかった。しかし、氷はダメだなこれは。ふむ…ああ、すまん、この赤の氷を」

 

目の前のかき氷やで注文し、そしてできたものは女の子に。

 

「すまんかった。だが、食べ過ぎて腹を壊すなよ?ふふ、痛かったろうによく我慢した。偉いぞ、この武蔵が褒めてやろう」

「……あいがと!!」

 

もう一度くしゃくしゃと頭を撫でて大和の手を繋ぎなおし、行くか、とだけ言って歩きだした。ぽかーんと見送る母親と、あいがとー!と手を振っている女の子。武蔵もそれに応えて小さく手を振った。見ていた艦娘に恐怖を持っていた人々は、少しだけ考え直す者もいたらしい。

 

それぞれが夏祭りを楽しみ、いよいよ花火が始まろうとしていた。

 

 

「あ、提督さん、いたいた!!もうすぐ花火が始まるって!」

「おう、そうか。翔鶴、行こうか」

 

「は、はい…」

 

浴衣姿の翔鶴が少しだけ顔を上気させて玲司の前に立つ。玲司は自然に翔鶴の手を取り、しっかりと握る。玲司の温かい手の温もりで嬉しくなった。

 

「にひっ、じゃあ翔鶴姉をよろしくね。変なことしたら爆撃するから!」

「しねえって」

 

じゃーねー!とあらかじめ摩耶たちと時間を決めて落ち合う約束をしていたらしい瑞鶴は去っていった。

 

「あの…良い場所があるって聞いたんです。そこへ…」

「ん、わかった」

 

人混みをかきわけ、少し屋台なんかも見て回り、唐揚げやポテトを食べさせ合いながら歩く。こうしたことが当たり前のようにできる生活に感謝しながら。

 

そこは一般の人は立入禁止の場所であったが、あらかじめ梅に話を通してあり、魚屋の源が柵をどかし、入れてくれる。

 

「特等席で見て行ってくんな。おおっと、お邪魔虫は退散すらぁ」

 

案内してもらったのは源の漁船だ。曰く、ここからの花火の眺めが最高だ、と花火大会の時はいつもそこから茂や徳三、松子や梅、竹美と見ていたそうだ。夏祭りに来た瑞鶴が真っ先に玲司と翔鶴のことを伝え、2人でゆっくりできる場所はないかと打診してきたそうだ。じゃあ、と源が快く船を提供。

 

源さん達と瑞鶴に感謝しないといけないな。ポリポリと頭をかいた。祭りの喧騒とは一転し、静まり返って波の音が聞こえる。夜の母港もこんな感じだな…と思う。

 

「静かでいいですね。やっぱり私は人混みは苦手で…でもよかった。こうして静かなところで…」

「そうだったのか…なんかその…すまん」

 

「いいえ。みんな楽しそうでした。私も瑞鶴も祥鳳さんもとてもとても楽しかったです。こうして楽しい行事に参加できたこと、玲司さんに感謝しなくちゃ」

 

「みんなだって、翔鶴だって、楽しんでいいんだ」

「ふふ。玲司さんならそういうだろうと思っていました。だから、めいっぱい楽しんじゃいました」

 

「そっか。それならよかった」

「ずーっと雪風ちゃんや電ちゃん、駆逐艦の子達がまだかなまだかなって楽しみにしてましたし。摩耶さん達も楽しみだって」

 

「そっかぁ。ならよかったなぁ」

「玲司さん。本当にありがとうございます。あなたが私たちの提督でよかった」

 

「ん、お、おう」

 

まっすぐに何度もお礼を言われると恥ずかしくなり、今度は鼻の頭をかく。そんな大それたことはしてないんだけどな…。でもこの子達にとっては全てが初めてだ。これから始まる花火も。

 

「玲司さん。玲司さんは私を幸せにしてくださると言ってくれました」

「そうだな。みんなもだけど、特に翔鶴、お前は…」

 

「私の体を見て…戦いではないものでできた傷や痕。それを見てきれいと言ってくれて…私を…愛してくれて…私…どうやって玲司さんに感謝すればいいのか…」

 

「普段通りでいいよ。俺は何か特別なことをしてもらおうとは思わない」

「……そう言ってくれて…本当に…あなたに会えて…あなたに救ってもらって…本当に…」

 

ドン!と腹に響く音がした。花火だ。花火に照らされる翔鶴は…笑いながら泣いていた。その時の顔を玲司は生涯忘れないくらい、美しいものであった。

 

「玲司さん。ずっと私を…愛してくれますか?何度も聞いてしまって…ごめんなさい。でも、もう私はあなたなしではいられないから…」

 

「ずっと。ずっと翔鶴だけを愛すよ。そうだな、できれば翔鶴との間に子供もほしいな」

「…本当に。でも、私は艦娘ですから…」

 

「でもさ、俺は人間と違って深海棲艦の血が流れてる人間だ。艦娘に近いのかもしれないな。もしかしたら…」

 

「ふふ、できるといいな。赤ちゃん。あなたとの…愛の結晶…」

 

そこで2人して黙り込み、花火を見上げていた。遠くから、花火が上がるたびに歓声が聞こえる。翔鶴をそっと抱きしめ、翔鶴も玲司の腰に手を回し、空を見上げる。

 

「きれい…」

「そうだな」

 

玲司の肩に頭を乗せ、幸せそうな顔をして目を閉じる。でも、花火はしっかり見なきゃ。こんなに美しい者なんだもの。ボンボンボンと連続で上がる花火。色とりどりの花が夜空を彩る。ほかの艦娘も、横須賀鎮守府で留守番をしている紫亜や霞たちも、ただただ夜空を彩る花火に見とれていた。

 

「玲司さん。これからもずっと…私、翔鶴をお側に…」

「もちろん。俺もずっと翔鶴にいてほしいからな」

 

「…はい!」

 

一際大きな花火が上がったあと、2人はそっと唇を重ね、そのあともずっと抱き合っていた。

 

「玲司さん。今夜はお側に…」

「ああ。側にいてくれ」

 

そういった後、喜んだ顔をした翔鶴がかわいくて、また唇を重ねる玲司。お互い、胸に幸せな気持ちがいっぱい入り込んでくる。

 

「ふふ…赤ちゃんですか…さっき歩いていたときに女の子がお父さんとお母さんに手を繋がれていたのを見たんですけど、羨ましかったです」

 

「できると…いいなぁ」

 

(会えるよ)

 

「ん?」

「え?」

 

「なあ、翔鶴…いま…」

「はい…今の…は?」

 

さて、今の声は…一体?それが何なのかを理解するのはもっともっと先の話である。

 

………

 

花火が終わり、源が戻ってきて「おたのしみでしたね」と言われ、真っ赤になる翔鶴。そして怒った梅に海に蹴落とされるのであった。見てはいないのだが、若い男女が2人きり。何も起きないはずがないだろ?と言うと本当に魚の餌にされそうになってしまった。玲司は大笑いだが翔鶴は自分がさっき言ってしまった「赤ちゃんがほしい」と言う言葉を思い出し、頭から蒸気を吹いていた。

 

梅たちと雑談を交わしていると「おーい!」と瑞鶴や摩耶が手を振り、みんなと合流。みんな興奮冷めやらぬ様子で何と、家庭用の花火をいくつも買ってきて、鎮守府でもやりたいと大騒ぎ。

 

「はいはい、明日な」

「よっし!明日も鎮守府で花火大会だー!」

 

わー!と盛り上がる。みんなの楽しそうな笑顔。着任したときのみんなそれぞれ暗い顔をしていた時を思い出す。あの時のような表情をする子はもういない。

 

「あれ?そう言えば最上達は?」

「あ、あれ?ルーチェに行くって…」

 

「おーい、ボクたちを置いて何大騒ぎしてんのさー」

「何やってんだよ最上!明日も花火すっぞ花火!」

 

「え、ほんと!?やったね!」

「楽しみですわ!」

 

「よーし全員揃ったな、帰るぞー!」

 

はーいとゾロゾロとマイクロバス(古井司令長官と虎瀬大将からのポケットマネーによる寄贈)に乗り込み、鎮守府に帰る。花火を見終わり興奮冷めやらぬ雪風達駆逐艦はバスに揺られるとすぐに疲れて寝てしまった。鎮守府に着くと駆逐艦を部屋までそれぞれ運び、遊び疲れた他の子達もサッとシャワーだけ浴びて寝てしまった。

 

「提督よ」

「おう、武蔵か」

 

「祭りに連れて行ってもらったこと、感謝するぞ。良いものだな、戦いこそが全てと思っていたが…悪くない。何だ、これから風呂か?この武蔵が背中を流してやろうか?」

 

「い、いいよそう言うのは…」

「ははは!貴様の背中なら、祭りで声をかけてきた軟弱な男とは違うからな。構わんよ」

 

「むーさーしー?」

「む、提督、すまん。鬼が来たので退散する」

 

「誰が鬼よ!誰が!こら、武蔵!」

 

ペコリと大和が謝って部屋へ戻っていった。大和も奔放な妹を持って大変だな…ちょっと大和に同情した。

 

「玲司さん」

「お、翔鶴。ちょっと待っててくれ。すぐ風呂に入ってくる」

 

「………」

「翔鶴?」

 

「お、お背中!お流ししましょうか!!」

 

なんとまあ武蔵と同じことを…。せっかく勇気を出してくれたんだし…。

 

「じゃあ、頼めるか」

「は、ひゃい!」

 

「無理すんなよ」

「無理じゃないのです!」

 

「電か」

 

なぜか背中をぽこぽこ叩かれて提督用の風呂場へと向かう。妖精さんパワーで天然かけ流し温泉。大理石とヒノキで作られた浴場。

 

「ていとくさんともあろうおかたがちっちゃなおふろにはいるというのはかんむすさんがどんびきです。ですのでだいかいそうをします」

 

「なんということでしょう」

「それはまずいからやめなさい」

 

「はい」

 

安久野は風呂にあまり入りたがらない性格だったためか、一般家庭にあるような風呂しか備えていなかった。それをまた妖精さんが金平糖パワーで艦娘の大浴場に出している温泉を引っ張り、床は滑りにくく加工した大理石。浴槽と壁は癒し効果のある総ヒノキである。しかも木曽ヒノキ。これまた、謎の星の取引で取り寄せたもので一点物の浴場ができあがった。

 

「こんなでっかい風呂、俺1人で使うにはもったいねえなぁ…」

「せっかくですからかんむすとみずいらずでどうぞ」

 

「やらねえよ!」

 

そう言っていたのが気が付けば翔鶴と共に入っているわけである。普段物静かな翔鶴も、話したいことがいっぱいあるのかよくしゃべる。瑞鶴の浴衣姿がかわいかったこと。屋台が楽しかったこと。ほかにもいっぱい。背中を流してもらい、翔鶴が話していることにずっと相槌を打つだけでいい。

 

ゆっくりと疲れを癒し…。

 

………

 

「翔鶴姉…ゆうべはおたのしみでしたね」

「ず、瑞鶴!!」

 

「あのさぁ…その虫刺され、ずいぶんとまあ大きな虫に好かれたんだねー。あちこち見えてますけどー」

「ひゃっ!?」

 

「いや、わかんない子のほうが多いと思うけど…それにしては刺されまくったね」

「ふぁー…おはよー…」

 

「あ、大きな虫」

「なんだそれ」

 

「ず、瑞鶴!!!!」

 

バタバタと瑞鶴を引っ張って逃げていった。

 

「……次から考えるか」

「司令官、おはようございます!!」

 

「おはよう朝潮。すぐ朝飯の準備するな」

「はい!お手伝いさせて頂きます!」

 

「おー、朝潮はいい子だなぁ」

「ひゃっ!あ、あの…司令官…」

 

「お、わるいわるい」

「い、いえ…!その…司令官に頭を撫でて頂くと…不思議な気持ちになります…」

 

「そうかー」

「あ、あうう…」

 

煙を噴きながら歩く朝潮。朝から今夜は花火やるぞ!とうるさい摩耶やご飯はーやーくーとわめく北上や大潮たち。今日もまた、暑い夏の1日が始まる。




夏祭りー!でございました。

翔鶴姉と玲司の間もまた近まった感じですかね。少しずつ、恋人から夫婦へ。そんな流れを書いていきたいのでした。
次回はそれぞれの夏祭りということで、神通や満潮の視点で夏祭りを書ければと思っています。次回も楽しみいただければ嬉しいです。

それでは、また。
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