提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百四十話

「しあおねえちゃん、はやくー!」

「はいはい、花火はまだまだ先よ」

 

浴衣姿の霞が浴衣姿の紫亜の手を引いて中庭へと連れ出した。霞は大はしゃぎと言った感じであり、それに困った顔をした紫亜であったがさすがに1人にしておくわけにもいかず、付き添うことに。とは言え、花火はまだまだ1時間以上もある。よほど待ちきれないのか、と思うとかわいらしいものだ…とは思わなかった。

 

「おねえちゃん、ここ!ここがいい!」

「ええ。いいわ。ここでじゃあ花火を待ちましょうね」

 

「あい!」

 

ふんふーん!と鼻歌を歌い、足をパタパタさせてご機嫌だ。あまり足を動かすとはしたないわよ、と言うと「うん!」と元気な声で返事する。

これだけを見ていればはたから見れば仲の良い姉妹の様だろう。しかし、霞が紫亜を連れ出したのは何か理由がある。じっとりとまとわりつく夏の蒸し暑い湿気が紫亜を包み込むように、霞にただならぬ気配を感じた紫亜は、少し冷たい声で霞に問いかける。

 

「で、いつまで子供のフリをしているのかしら?」

「ん?どういうこと?」

 

「間宮はいないし…あの子も近くにはいないわ。間宮と川内を無理やり追いやって、私を2人きりにした理由を聞かせて頂戴?」

 

本題を聞こうとしたのに子供のままで返されて若干いらついた紫亜は霞をやや怒気を孕んだ声でもう一度問う。霞はきょとんとした顔から…今の今まで子供のような表情を一変させ、妖艶な笑みを浮かべて紫亜を見た。ねっとりとしたその笑みは、あの戦艦棲姫である紫亜に寒気を覚えさせるほど妖しく、そして美しいものであった。

 

「そう怒らないでちょうだい。このわたしの姿をあなた以外に見られるのが困るからよ。ああ、あと1人いたわね」

 

「玲司君かしら?」

「それこそダメよ。あの子には絶対に知られてはいけない。そろそろ来るかしらね?その知っておいてほしい子が」

 

「え、ええと…あの…その子…どちらさま?」

「明石…?」

 

「んとねー、いまから10ぷんたったら、なかにわにきてほしいの!いっしょにはなびみよ?」

 

そう言われてやってきたのは明石だ。何が何だかわからないし、霞の恰好をした全然違う誰かと紫亜がいるし、わけがわからない。

 

「あなたは一体…何?」

「???かすみはかすみだよ?」

 

「この期に及んでまだそうする気?明石まで呼んでどういう事かしら?」

「あ、あのぉ」

 

「そう怒らないでよ。そうね、ここにあなたを連れ、明石を呼び出したのはほかならぬわたしだものね。はじめまして。わたしの名は霞…まあ、今は霞の体を借りている…名前はないわ」

 

「では聞くわ、名無しさん。あなたは一体何?」

「艦娘でも深海棲艦でも。ましてや人でもない。わたしは艦娘と深海棲艦の魂が混ざった極めて異質な存在」

 

「……は、は?」

 

明石は話についていけない。目の前の霞が何か全然違うものに見えた。

 

「あなたの目的は何?」

 

「ふふ、質問だらけね。いいわ、機嫌がいいから答えてあげる。私は艦娘と深海棲艦のなりゆきを見守る『傍観者』よ。わたしから干渉することは何一つない。人と艦娘が滅ぶのか。深海棲艦が完全に淘汰されるのか。はたまた人が艦娘を裏切り、深海棲艦と手を組んで艦娘を滅ぼすのか。その行く末を見届けるだけよ」

 

「霞ちゃん…ではない?」

「駆逐艦『霞』の魂は心と共に砕け散り、消えたわ。わたしはその空っぽの体に入り込んだ。そうしてここにやってきて、ただ子供のフリをしてみているだけにしようと思ったのだけれど…少しだけ…わたしもこの世界と言う壇上に立ち、役者を演じてみたのよ」

 

「傍観者が手を加えると言うのはいただけないんじゃないかしら?」

 

「そういうあなたもでしょう?深海棲艦でありながら、暴力を極度に嫌う深海棲艦の特異点。戦艦棲姫の中でもとりわけ強いチカラを持ち、戦艦棲姫改の名を与えられながら、破壊のためでなく守護のためにチカラに使った異端者でしょうに。そして、1人の人間の運命を変えてしまったけど。その優しさゆえに、ね」

 

「………」

 

「わたしには艦娘と深海棲艦に関わる全て記録されているわ。今までの全て。そして、これから起こること全ても記録されていく」

 

「私は傍観者を語った覚えはないわ。私は私の信念で生きているだけ。玲司君を助けたのも自分の意思。ここにいるのも自分の意思。私は元戦艦棲姫、紫亜としてここにいる。特異点なのは認めるけれど、『傍観者』と言うのは納得できないわ」

 

玲司に手を加えた時点ですでに「傍観者」ではなく、何の運命か命を救った彼の下で共に彼を支えることにした紫亜。忌むべき深海棲艦を見つかれば危険なことになることも承知の上で匿ってくれた。彼や彼と共に歩んでいる艦娘から笑顔をもらい。植物を育てることを生きがいとして与えてくれたここのみんなと共に自分も歩いていきたい。

 

だから、何かあればチカラになりたい。見ているだけで、指をくわえているだけだなどと、できるはずもない。紫亜は積極的に彼女らと関わっていく。子供のフリをして見ているだけのあなたと一緒にしないでほしい。

 

「そうね。あなたはそう言う強さと優しさを持っていたわね。ふふ、あなたに影響されたのか、わたしも傍観者はやめたのだけれどね」

 

「それって…あなたが何かしたってことですか?」

「ええ…あまりこういうことはよくないのだけどね。ここの居心地があまりにもいいから。少し手を加えたのよ。とある魂をここに呼び込んだ。それだけよ」

 

「とある魂…?」

「それは極めて異例の存在。今まで、どの人間も彼女を手に入れたくて手に入れたくて…でも手に入らなかった子達」

 

「大和さんと武蔵さん!?」

「サプライズにはちょうどよかったんじゃないかしらね」

 

クスクスと笑っている。艦娘が生まれて10年以上経つが、父、古井総一郎をはじめ、誰一人として邂逅も建造もできなかった日本最強の戦艦たち。どういうわけか、横須賀鎮守府にはその2人がやってきた。羨望、嫉妬、そんなものをよその提督たちの一部に振りまきながらも彼女たちはやってきた。武蔵はまだ未知数であるが、大和のその脅威の攻撃力は扶桑や霧島の比ではない。しかし、1つ疑問が残る。

 

「待って!だとしたら、武蔵さんはまだしも大和さんが建造されたときはまだあなたはいなかったじゃないですか!」

 

「私はどこにでも『居る』し『居ない』。でも見ることはできる。ああ、わたしの名前がないのは厄介ね…そうね…『零(れい)』とでも呼んでもらおうかしら。わたしはゼロ。この艦娘と深海棲艦が争う世界でプラスにもマイナスにもならない。だからゼロ。零をレイと読めば、少しは女の子っぽいかしら?クスクス」

 

「そうしてあなたもこの艦娘と深海棲艦の世界に干渉した1人ね。どこが傍観者よ」

「あなたもわたしも結局は艦娘の味方に付いた。それでも大きく傾いたわけではない。深海棲艦にはわたしたち2人を足してもありあまるほどの異端がいる」

 

「ああ、アイツね…」

「アイツ…戦艦…レ級…」

 

「正解。でも彼女だけじゃないわ。まだまだ艦娘側の脅威になる異端はいる。ただ、それを差し引いても抜きんでてアレが異常なだけよ」

 

戦艦レ級。深海棲艦が生み出した狂気の凶器。深海棲艦の誰の命令にも従わず、破壊の限りを敵味方関わらず繰り広げる暴虐。紫亜が言うには航空戦、雷撃戦、砲撃戦、対潜、すべてを戦艦でありながらやってのける異端。

 

「深海棲艦がアレを作り出したのは艦娘を滅ぼすため。だけど、アレはその目的から外れた外道よ。『原初の艦娘』と言うバランスを保つ存在でさえ危うい存在であったがために、それ以上の異端を艦娘にも作り出す必要があった。けど、異端を扱うには異端が必要だった。だから」

 

「玲司君が…深海棲艦の血を…」

「明石、あなたは工作艦でありながら科学にも明るい。ならわかるでしょう?普通の人間が深海棲艦の血が混ざるとどうなるか」

 

「……死にます」

「だから彼はその枠から外れた存在なのよ。死なず、混血児として今も生きている。1つ間違えれば死にも至るほどの綱渡りをしているし、深海棲艦側についてもおかしくはなかった。ただ、『世界』は彼を艦娘側に置いた」

 

「では、深海棲艦側にも玲司君のような…?」

「それはいないのよ。だからレ級が好き勝手に暴れまわり、制御が効かない。制御が効かないと言うことは艦娘を滅ぼすだけでなく、深海棲艦、人間、全てのものを破壊して回るでしょう。それに打ち勝つための『異端』…それが大和型」

 

「おっといれぎゅらーですな」と大和型が建造されたときに妖精さんがもらした言葉。霞…いや、零の話を聞いていると合点がいく。誰にも建造できなかった大和型を建造した深海棲艦の血が混ざった人間、玲司。「原初の艦娘」でさえ歯が立たなかった戦艦レ級。龍驤も彼女らを相手にしたら?と聞いたら真面目な顔をして答えた。

 

「あんなん、原初の艦娘が束になってやっと勝てるかちゃうか。最強て言うけど…それ以上に何かうちら以上のモンを持っとる。やっぱり、世代交代の時代が来とるんやな。陸奥姉やんや高雄もどう言うかわからへんけど…」

 

ただ皐月や文月が腕にぶら下がって一緒に遊んでいる武蔵を見ながら龍驤がそう言っていた。

 

「それに、この鎮守府には艦娘と言う枠から外れた艦娘が多すぎるわね」

「それも彼が呼び寄せたものにすぎない。いえ、開花させたと言うべきかしら」

 

「玲司君にそんなチカラが…」

「『異端』には『異端』を以て制す。女王と言う名を筆頭に蒼い眼…彼はそれを開花させるチカラを無意識で持っている。絶対的な信頼度がよその提督と違う」

 

彼に従う艦娘は最初こそいろいろあったが今では玲司に大きな信頼を置いている。依存してしまっている艦娘も少なくない。なるほど、それが彼女たちのチカラの源か。艦娘は信頼で思いもよらぬチカラを見せる。かつていた安城提督と鳳翔のように。

 

「この世なんてわからないことだらけよ。過去は見ることができても、わたしにも未来はわからない。かつてのショートランドのように壊滅し、艦娘が負けるかもしれないしね。わたしはこの先の戦いを見ることしかできない。いえ、できなかった。わたしも紫亜…あなたも『傍観者』ではなくなり、彼について戦う側になった。ここで成り行きを見守ることにしましょう」

 

「……ええ。私はあの日から言わば彼の味方。ですから、私はここで朽ちるまで…彼と共にいるわ。例え彼が死したとしても」

 

「わたしはここにきてから彼に優しくしてもらった恩がある。傍観者が情にほだされ、敵味方につくと言うのはルール違反なのだけれどね…でも仕方ないじゃない。わたしにだって恩や情くらいあるのよ」

 

紫亜と零。2人して笑う。戦闘には出られない、敵にはならない。彼を支えるくらいしかもうできないが、それだけでも十分だった。

 

「明石。あの子のチカラになってあげてね。私たちではあの子を見守るくらいしかできないから」

 

「い、言われるまでもないです!私だって、玲司君の支えになりたい!いつも悪いなって言ってくれて…褒めてくれて…龍驤お姉ちゃんも、川内お姉ちゃんも、島風ちゃんもそう!ここのみんなだって!玲司君がいるから頑張れるって!!だから、玲司君が何かあったりしたら、みんなが玲司君の支えになります!!」

 

「………そう。あの子を支えてあげてね」

 

明石の熱い思いにきょとんとした零。だが、すぐに優しい笑みを浮かべてそう返した。

 

彼女の心には罪悪感がある。彼女は割と悪意に敏感であり、駆逐艦「霞」の体がそれを覚えている。魂と心は代わろうとも、肉体がそれにどっぷりと浸かっていたため、保護された直後はまさに、本当に空っぽの子供だった。それを変えたのが、彼の血から見えた彼の過去だった。

 

同時に、零が言う「異端」の血が霞の体に入ったため、完全に彼女は目が覚めた。悲惨な過去。そしておぞましい悪意に晒されながらも彼は優しさと慈愛に満ちた人間だった。彼に興味が出た。伸ばしてくる手に体が恐怖の反応を示すも、零の強固な意思で押さえつけ、彼に抗うことをしなかった。

 

彼の手から伝わる温もりが心地よかった。本当はいけないこととわかりつつも、零は傍観者をやめ、彼に手を貸すことを決めた。影ながら。淡い恋心のような感情を持ったが、それは諦めた。本来自分はここにいてはいけない存在である。だから、彼に今の霞を演じながら甘えることはあっても、それ以上はいけないと律している。彼が近くにいてくれるなら…と傍観者のルールを破り、武蔵と言う異端を送り込んだ。

 

わたしでは彼をうんと支えられないから。明石やみんなで…支えてあげてね。影ながらわたしは支えるから。

 

「大和に関しては…いい加減レ級をどうにかしないと、と思ったのでしょう。海を駆けずり回り、日本以外にも被害を出しているから。わたしはその時、いるかいないかの状態だったから。でも、わたしの意識がなけれど、異端は生まれるもの。原初の艦娘しかり、彼しかり、紫亜しかり…」

 

「そうでなければ…均衡が崩れる…」

「崩れるではなく、破壊される。アイツはそういう存在。ルールなど一切ない。一切の邪気も何もなく、破壊することこそが常識。異端の中でもアレは…もうその範疇さえ超えているわ」

 

「……それを…彼と彼に集った艦娘。集うであろう艦娘で止められるか、ね」

「止めるわ。止めてくれる。彼とあの子達ならきっと」

 

「そのために私や秋津洲ちゃん、満潮ちゃんたちのようにメンテする側の異端もいますからね」

「ふふ、自分で異端と言ったらダメよ」

 

「えー…そういえば、どうして私にだけ?それよりかは、陸奥お姉ちゃんや龍驤お姉ちゃんのほうが…」

「あなたが一番話しやすかったからよ。龍驤は…きっと口うるさく反論してくるでしょうから。異端と言う言葉に拒絶反応が出ると思う」

 

「あ…」

 

龍驤は割と感情で動くタイプだが、自分の理解の範疇を超えた話には弱い。特に、自分が信じているものや存在するものでなければ拒絶することも多い。レ級と対峙したときもそれにより、思うような動きができなかった。

 

「信じひん、お前みたいな深海棲艦なんざ信じひんで!!」

 

高雄は…完全な理論タイプ。こういう超常めいたことにおいては確かに話にならない…。陸奥はそもそもそういう話を聞こうともしない。あとの姉は…うん、ダメだ。考えるだけ無駄だ。木曾ならあるいは…だが玲司とは少し距離がある。

 

回りまわって明石が一番話をしやすく、信じてもくれるしそれでいて反論や自分なりの論を返してくれると思ったから。そう零は言った。そして、何だかんだで紫亜を一番受け入れているのは玲司と明石だ。駆逐艦は遊び相手のお姉ちゃんくらいにしか思っていないし、巡洋艦はまだ紫亜を若干警戒している。あとは扶桑くらいか。話が通じて紫亜を信じ、ならば自分も受け入れてくれるだろうと思ったのが明石だった。

 

「明石、あなたはわたしを信じてくれるかしら?『海』が生み出したわたしを」

 

「目の前で零さんがお話しているなら信じるしかないです」

「そう…ありがとう。でも、普段のわたしは子供だから。記憶の片隅にでも留めておいてね」

 

「いえ、無理です。片隅に留めるどころか忘れられません」

「ふふっ、ふふふっ!そう!それなら嬉しいわ」

 

楽しそうに笑う零。紫亜も何か嬉しそうに笑っている。紫亜に対しても明石は友好的だった。と、言うか「人間」以外には友好的だ。体を調べながらいいスタイルしてるなぁ、とか。きれいな髪だなぁとか言いながらボディチェックをし、安全を確かめるものだからどこかおかしくなって笑ってしまったのだった。

 

「ありがとう。私を訝しむ前に外見を褒めてくれるなんて思ってもみなかったわ」

「あ…う…」

 

「あなたはいい艦娘なのね。悪意がまるでない」

 

いやぁ、あははは…と恥ずかしそうにしていた明石。以後、花壇や野菜畑の世話が終わると大体は明石の手伝いをしている。雑談ができて楽しいと明石は言うし、紫亜も話し相手がほしかったし、お互いにいいところがあるので。

 

「はあ…少し疲れたわね。そろそろわたしは休もうかしら」

「しばらくは…会えないんです?」

 

「さあねぇ…こうして集う機会があれば、かしら。一生ない、かもしれないし」

「そう…ですか…」

 

「だから、忘れないでね」

「忘れませんって!!!」

 

「冗談よ。そうね…そう近くない未来にまた会いましょう。お話ができてよかったわ」

「ええ。なかなかに有意義な時間だったわ」

 

「……彼は異端なだけに…敵が多いでしょう。だから、できる限りでいいの。守ってあげてね」

「はい!」

 

「ええ…」

 

「海が…世界…いえ、星がどうして艦娘や深海棲艦、わたし達を生み出したのかはわからない。けど、艦娘と深海棲艦。お互いが戦い合い、潰し合うのか…この戦いの果てに何があるのか。未来はわからない。けど、今を大切に…今は彼と…皆と歩み、共に生きましょう。そのためならわたしはどんなことだってする」

 

「あの…」

「なぁに?」

 

「さっきから、玲司君の名前を出さないのは…なぜですか?彼とかあの人とか…」

 

「あら、鋭いわね。ふふ、そうね…彼の名前を出すと、もうわたしは彼に惹きこまれるでしょうからね。今でも好きよ。まっすぐで、優しくて…不器用で。枠から外れた『霞』を受け入れてくれて。ここでの生活が楽しい。彼のおかげ。わたしね、彼の眼が好きなの」

 

明石と紫亜は思う。今こうして笑って生活できるのは玲司あってのものだ。悪いことは悪いと叱るし怒る。けど、それよりも…零の言う通り、明石も玲司が幼い時からあの眼が好きだった。

 

澄んだ…いや、澄み切った、極限まで磨かれた宝石のような。蒼い。人間の眼の色にはない蒼く澄み渡った海のような眼。あの眼で笑いかけられると元気が出る。褒めてもらえればキラキラ光るくらいやる気が出る。

 

「彼が艦娘と深海棲艦に深く関わるように仕向けたのかしらね?」

「さあ?それはわたしの意志ではないはね。海と言う広大な劇場を引き立てる役者として、『海』が彼を用意したのかもしれない。そうね…彼は艦娘と出会い、艦娘と共に生きるために生まれてきた人間なのかも…ね。紫亜。あなたも」

 

ふむ…と紫亜は人差し指を唇に当てる。考え事をするときはいつもそうだ。明石はこれがかわいらしくて好きだ。

 

「なら、なおさら守らないといけないわね」

「艦娘にとってはとても大事な存在…これからも彼は色々な悪意に晒される…まあ、大きな支えができたから良いと思うけど」

 

「ふふ、そうね。幸せになってもらわないとね」

「ええ…ああ…そろそろ…」

 

「そう。それじゃあ、またね」

「あ、あの、また…」

 

「ええ。また」

 

カクン…と頭を下げた。間もなく川内と間宮がやってきた。話疲れたのと、川内たちが来たから彼女は眠りについたのだろう。霞と零。どちらも零なのだが、スイッチを切り替えるように人格が変わる。

 

「おーい、花火始まるよー」

「あれー?川内お姉ちゃん、夏祭りに行ったはずじゃ?」

 

「むり。ひとごみ、すごい、むり」

「あ、ああそう…」

 

「間宮も行ってくればよかったのに」

「いいんです。私はここにいるだけで満足ですから」

 

「んん…ふわぁ…むにゃむにゃ…あれ…かしゅみ…」

「おはよう、霞。もうすぐ花火が始まるわよ」

 

「にゅ…花火…みりゅ」

 

先ほどとはうって変わっていつもの様子の霞。紫亜の膝の上に座り直し、はなびってなぁに?と言いながら間宮が用意した卵焼きやおにぎりをお腹が空いたのかもぐもぐと食べている。

 

やがて、明石や間宮の耳にヒュルルルル…と言う音が聞こえ、夜空を眩い光と共に花が咲いた。

 

「ひゃあ!」

 

ドン!と言う音に驚き変な声をあげた霞。大きい音に驚いたようだ。

 

「おー、こりゃいい場所から見れるね」

「これが…花火」

 

「そうだよ。夏の風物詩。あたしもあまり見たことはないけど、何回かは見たことあるんだ。すごくきれいなんだよね」

「うん。これからもっときれいになりますよ」

 

「び、びっくりしたぁ…でも、おそら、きれえ…」

 

夜空を照らす花火。間宮や霞、紫亜は初めて見るため、その色とりどりの鮮やかな花が咲く光景をしっかりと目に焼き付けていた。川内は扇子で仰ぎながら。明石も笑顔で。

 

「なんて、きれいなんでしょう…」

 

ホロリ…と間宮はその美しさに感激して涙を流した。こんな美しいものを、やるなと圧力をかけてできないようにした以前の人間に呆れた。しかし今は、このただただ見惚れるほどの美しいもので心を満たしたい。

 

「きれいね…私も初めて見たけど…この世界は汚いものも多いけど、こうしてきれいなものもたくさんある…そう知ったわ。ここに来れたおかげね」

「どーん!どーん!えへへ、しあおねえちゃん、きれいだね!」

 

「ええ。きれいね」

 

頭をなでてあげるとえへへ、と嬉しそうに笑った。たとえ先ほどまで難しい話をしていた子と同じ見た目でも今はかわいい妹のようなものだ。胸の中に何かがこみあげる。この子を愛しいと思う気持ち。霞だけではない。皐月や文月、さらに人懐こく話しかけてきてくれる雪風や時雨。島風たちにも同じ。「母性」と言う言葉はまだ出てこないが、たしかに彼女はそれを持っている。それが、幸せの秘訣だ。

 

長いようで短い花火は終わった。間宮は花火に感激してしゃくりあげるほど泣いているし、霞は舟を漕ぎ出しているし、いろいろと大変である。

 

「さあ、霞はもう寝ましょうね。みんなもすぐ帰ってくるわ」

「……うん。かすみ、なんだかつかれたの…おねえちゃん、いっしょ…ねんね…」

 

「はいはい。ほら、間宮も泣き止んで。来年もまたそうやって泣くの?」

「ぐすっ…ず、ずびばぜん」

 

「あはは…紫亜さん、今日はありがとうございました。なんか…いろいろ学べました」

「ふふ…私もよ。これからも良い所にしていきましょう」

 

「はい!」

「なになに?何の話?」

 

「へへ、川内お姉ちゃんには内緒のお話!」

「なにをー?おねえちゃんに内緒でとはいい度胸だね!今日は吐くまで寝かさないわよ!さあ、あたしと夜戦しよ!」

 

「ぎゃああああ!!絶対嫌!!」

 

毎日が怒りと憎しみをぶちまける世界。毎日が破壊と殺戮の世界。毎日が孤独の世界。毎日が賑やかで幸せな世界。

 

そのどれもが紫亜にとっては貴重な体験であったと言える。しかし、今は最後の毎日が賑やかで幸せな世界。この世界に足を踏み入れられたことを感謝している。例え自分が異端であっても、そこに身を置けること。それは…幸せなことだ。

 

………

 

「オラ、花火持って暴れんな!!」

「終わったものはこのバケツに入れてくださーい」

 

翌日、お祭りの帰りに摩耶たちが買って帰ってきた花火。昨夜の派手なものとは違うが、それでも夜を明るく彩る花火。

 

「おねえちゃん、きれえだね!」

「ええ。こんな花火もあったのねぇ…」

 

「なっつかしいなぁ。玲司君とよくやったね」

「ああ。龍驤姉ちゃんが振り回して陸奥姉ちゃん火傷させて、大破させられたこともあったな」

 

「おいそこ!うちのトラウマえぐるんやめえや!!!」

 

賑やかな花火。みんなが笑っている。最後はパチパチと何だか侘しくもある線香花火。ほんの一瞬のように思える間、必死に火花を散らし、最後にはポトリと落ちてしまう。

 

「あ、おちちゃった…もう、はなびおしまい?」

「そうね。もうみんななくなっちゃったわ」

 

「うう、かすみ、もっとしたいよぉ…」

「また来年、また夏が来たらみんなでしましょう。霞のお友達も増えてるわよ」

 

「おともだち!ほんと!?」

「ええ。だからその時、またみんなでやりましょうね」

 

「うん!しれーかん!らいねん!」

「ああ、今のみんなと、新しいお友達で一緒にしような」

 

「うん!!!」

 

例えこの私の幸せが線香花火のように少しの間でもいい。輝いてくれればいい。そうして私は零との約束を守り抜きたい。この身が果てようとも。この先起こるであろう激戦を、見ていることしかできないかもしれない。けど、何か1つでも玲司の支えになれば。それしか恩は返せないけど。それでも私は、この笑顔に囲まれた幸せな生活を。幸せの「しあ」と名付けてくれた時雨やみんなのために、見守り続けていたい。そう、強い信念を持って生きると紫亜は決めたのであった。




お留守番組の不思議な出来事でした。

艦娘や深海棲艦を生み出したのは海=星。そう言う解釈のもとでの話です。星が生み出したから人間では傷がつけられない。ダメージを与えられるのは星が生み出したもの同士だけ。
そして、そんな「世界」と膨大と表現するのもおこがましいチカラを体内に秘めているのが玲司です。ですから、玲司は人の血を持ちながらも「人間」とは大きくかけ離れた存在です。なので、彼こそが世界の異端の中でも最たる異端と言っても過言ではないのかもしれません。

時雨や村雨、かつての青葉を治癒したのは星のチカラを分け与えたから、ですがそれだけでなく、道理から外れたチカラが人間の血と混ざって艦娘を治癒した、と言う感じです。人間に星のことを解明できるはずもなく、けど星は彼を生かそうとする。そんな稀有な存在。まだこれは零しか知らない事実です(拙作の登場者の中では)

さて、時間を一度戻しまして、横須賀の艦娘たちはどう騒いだのか?それを見ていくことにしましょう。今回のお話は、玲司達には皆さん、内緒ですよ?

それでは、また。
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