提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

144 / 291
第百四十四話

「私のこと、買ってくれない?」

 

目の前の男に言った。どうやっても逃げられない。足はもう動かないし、何よりもう疲れた。ネガティブな彼女はもうあきらめてしまったのだ。先輩鈴谷から託された希望や夢を、もう捨てようとしていた。だったらもう、戻る前にこのおじさんのほうが優しくしてくれそうだし、全部散らしてしまおう。もう、疲れた。寒い。痛い。うざい。

 

「年頃の姿をした女性がそのようなことを気軽に言うと、何をされるわかりません。あなたを買うことは致しませんが、ひどく凍えておられるし、その足も手当てをしたほうが良いでしょう。あなたに何もしないと口でしか約束はできませんが、それでもよろしければ中へどうぞ」

 

ゆっくりと近づいてくるおじさん。頭や肩の雪を払ってくれ、そして頬に手を当てる。

 

「ずいぶんと冷たい。さあ、中へどうぞ。鈴谷さん」

 

背中をそっと押され、抵抗することもなく鈴谷は全てを諦めて中へと入った。これで私もあの人と一緒だ。泣きそうになったが泣いても仕方がない。現実と受け入れよう。もう、いい。

そして、喫茶「ルーチェ」のドアは閉じられた。

 

 

「ひとまず体を温めましょう。足は痛みますが…このままでは冷えたままです。まずはシャワーを浴びてきてください。そのあと、足の手当てを致しましょう」

 

そう言って、お風呂へと案内してくれた。そう言っておいてここでするんだろうか?ここでヌメヌメした何かを体中に塗りたくってサービスする仕事があった。ならば…覚悟を決めよう。

 

「では、痛むと思いますがごゆっくり」

 

バスタオルと何か服をカゴに入れ、おじさんは出ていってしまった。

 

「ねえ?お風呂でそういうことするんじゃないの?」

「先ほども言いましたが私はあなたとはそういった行為は致しませんよ。足の傷が痛むでしょうが、少しでも温まってくださいね」

 

お湯の出し方、シャンプーは男物で申し訳ありませんが使いたければ。体はこのタオルで、終わったらここをひねるだけ、など簡単な説明をした後は、また「ごゆっくり」とだけ言って出ていってしまった。

 

何だか無駄に大きなお風呂だ。誰か…まさか前と同じように艦娘を隠している…?今はそれよりも裸になったことと体が冷えていることで熱を体が求めている。シャワーを浴びたらきっとあのおじさん、裸になってベッドで待ってるんだろうな。そしたら私は…。

 

「いった!!!!!!あいたぁ!!!!」

 

お湯は思いのほか熱く、傷だらけの足に染みた。あまりの痛さに大声は出るわ、足をジタバタさせたがために滑って転んで頭を打った。すぐにおじさんがドア越しに「大丈夫ですか?」と聞いてきた。そこに椅子があるでしょう?使ってくださいね、と遅い説明がきた。最初に言ってくれれば頭を打つこともなかったのに…。

 

椅子に座り、落ち着いて足は痛むが体はじんわりと温まっていく。体の芯まで冷え切っていたのか背中がぞくぞくする。足はズキズキと痛むが、頭の先からつま先まで温まっていく。ちょっと嬉しい。

 

体が温まるとわがままなもので足の裏の痛みがとにかく辛い。完全に温まっていない気もするが、痛みに負けて浴室を出た。バスタオルはふかふかでいい匂いがした。服も何だかいやらしいのではなく、いつのまにか女性向けの服が置かれていた。やっぱり、そういう…店?おそるおそる服を着ていると何やら女性の声が聞こえた。おじさんの声もする。気になる…やっぱり聞き耳は立てたくなるものである。

 

………

 

「で、かわいい艦娘ちゃんにあろうことか ジャ ア ジ !ジャージと来たよ。運がいいことにあたしゃ今年の秋冬の服のデザインを考えるために徹夜で考えてたから起きてたからね。で、宗君から電話が来て何事かと思ったよ。女の子でも雇ってメイド服でも作ってくれとでも言ってくるかと思ったら、女の子が着るジャージはないかと来たよ!!あるよそりゃ!!!売りたくないけどね!ジャージを手渡すときに血を吐きそうになるけどね!!!」

 

「はい…」

 

「かわいいネグリジェだとかパジャマだとか!そういうのをこさえてくれはなかったのかい!?あたしゃショックのあまり電話を落としそうになったよ。で?何でまた艦娘ちゃん?」

 

「事情は聞きだせておりません。ですが、ただ事ではないと私も少々慌てまして」

 

「……そうかい。じゃあ落ち着いたら連れておいで。サイズ測って服とか作らないとさ。あと、足のサイズ。それだけは教えて頂戴よ。靴くらい差し上げるさ」

 

「松子さん。何から何までお世話になります。今度奢りますよ」

「そうかい。期待してるよ。ああ、それから」

 

「はい」

 

「守っておやりよ」

「もちろん」

 

………

 

そうして松子は帰っていった。オシャレに死ぬほどうるさい彼女だからこそ、女の子の寝間着をジャージで過ごしてもらうことは耐えがたい屈辱なのだという。よくわからないが、それでも持ってきてくれたことには感謝をしたい。さすがに血相を変えて

 

「あんた!元提督だからって艦娘の面倒を見たいって我慢できずに誘拐でもしてきたのかい!?」

 

そう言われてこちらもどうしようかと悩んだものだが…。だからと言ってそこまで気が触れたわけでもない。

 

「提督」と言うことから逃げてしまったことは未だに未練がある。何度吹っ切ろうと料理に没頭しても、カクテルシェーカーを無心で振るおうとしても、どうしてもひょっこりと顔を出し、昔のことを思い出してしまう。

 

(提督、ちぃーっす!!ねえ提督、今日は何すればいいの?どうする?何する?)

 

家に招き入れた艦娘。重巡「鈴谷」。彼女は「航空巡洋艦」と言う素晴らしい能力を持った艦に改装できる。結局私はそれにしてあげられないまま終わってしまった。後悔ばかりが募る。

いや、今は後悔している場合ではない。間違いなく彼女は鈴谷で、いたずらにしょっちゅう困らされ、時に鳳翔の雷がなぜか自分にも落ちたものだ。

落ち着け。彼女とは違う。今の彼女は何か暗い何かがある。彼のように。いつも目を輝かせた艦娘を連れてくる彼のように自分はいかないだろう。どうしたものか。

 

ひょっこりと鈴谷が濡れた髪をバスタオルで拭きながらやってきた。カウンターに促し、座らせる。キョロキョロと落ち着かず、辺りを見回している。

 

「ここには私と貴女以外はおりません。何度も言いますが、口でしかお約束できませんがあなたを危険な目や性的な目で見ることもありません。さて、まずはその足を診ましょうか」

 

奥から救急箱を取り出す。マメなマスターはいろいろと近所の薬屋さんから仕入れている。消毒液、ガーゼ、包帯…赤チン…いや、これは若い子には通じないでしょうね。

 

「さて、ちょっと染みますよ」

「いっ!?」

 

深く切れているところもある。はだしでどれだけの距離を歩いてきたのか。ガラスなどが刺さっていないかをしっかり確認する。本来ならば、これはすぐにでもドックに入れてあげて、高速修復材を用いるべきであるが、うちにそんなものはない。人間と同じ手当しかできない。

 

「どこをどう歩いて…いえ、走ってきたのかはわかりませんが、相当な距離を走ってこられたようですね。思った以上に傷が深い」

 

「そう、なんだ…ね、ねえ、まだ終わらない?」

「すみませんね。念入りに消毒しておかないとあとで怖いですので」

 

「私、艦娘だよ?そんな大げさな…」

「レディの傷を放っておくと言うのは私の信念に背く行為ですので。それに、艦娘と言えど傷を放置しておくと何が起きるかわかりませんからね」

 

「おじさん、艦娘にく、詳しいんだね…」

「この商店街は艦娘がよく来てくれるんですよ、提督と一緒に。ですので、他の人よりは艦娘に詳しいんですよ」

 

「て、提督…」

「とても優しい提督です。艦娘の皆さんも目が輝いています。ご安心ください。後ほどその提督に電話をし、貴女もそちらへ「やだ!!!!!!」」

 

途中で言葉を遮って強い言葉で拒否をする鈴谷。もうそれだけでどこかの提督が絡んでいる。それも悪い方向に。

 

「ですが、ここで生活をずっとしていくと言うわけには…」

「絶対行かない!!提督のとこに戻ったらまた変なとこに連れていかれるもん!!!」

 

「あなたの所の提督に引き渡すわけではありません。そんなひどいことをする方ではない所へ…」

「絶対信じない!!おじさんもやっぱり仲間!?なら私…!」

 

「逃げられるのですか?その足で」

「……逃げれる。ここで…これを使って…!」

 

鈴谷の朝食を用意するため、置いておいたフォークをこちらへ向ける。おそらく彼女は昔あった提督や人間に強制的に服従させる刷り込みのようなものはされていないようである。いや、あれはそもそも、私が現役の時にすでに禁止され、全て破壊し、設計図なども焼却したはずだからもう存在するはずはない…いや、悪しき提督がまだ設計図をどこからか復元させていれば…。それはどうでもいい。

 

「私を刺せば余計に事がややこしくなりますよ。ですが、それでも逃げる意志があると言うのであれば…」

「ちょ…何して…」

 

「私を刺してお逃げなさい。大丈夫。貴女のことを誰にも知らせることはありません。強盗が押し入ったとでも言えば、貴女は逃げ切れる」

 

フォークを首。頸動脈の所に誘導し、押し込む。鋭い痛みがくるが気にせず、鈴谷をまっすぐに見つめる。少し微笑んで見せて。

 

「人間のせいで苦労をされたようですね。憎しみを募らせ、安易に人を傷つけたり殺すようなことをしてしまうと、もう取り返しがつきません。よくお考えなさい。ここでフォークを離すのも、突き刺すのも貴女の意志次第です。傷つけて逃げた場合は貴女を追いません。殺した場合はそのままそこからお逃げなさい」

 

「な…で」

「さあ。よく、考えなさい。私が言うことはありません。貴女が選択するのです」

 

「…う、うう…」

「今際の際の戯言に過ぎませんが、逃げたところで貴女の行く先は闇です。貴女さえ許すのなら、ここで暮らしていくことも可能です。その方が遥かにマシではないかと思います。闇に自ら足を踏み入れることもない」

 

説得に応じるだろうか?いや、応じる。マスターには確信があった。彼女はもう逃げることも諦めている。思いついて脅してみたが通じないので焦っている目。そしてその泳ぐ目は逃げたとしても未来がわかっている目だ。憔悴し、思い付きでやってみたがマスターには脅しは通じなかった。ならもう八方塞がりだ。逃げ道はない。だからもうどうしようもない、と言う憔悴と諦観の目をしていた。このままでは本当に鈴谷は生きながらに地獄を再び見ることになってしまう。

 

「わだじはどうじだらいいの…?」

「私が教えられるであろう道はここで住むほうがマシと言う事だけ…逃げたとして…逃げ切ったとして…あなたの救われる道が見えない…」

 

「もうわだじに逃げ場なんで…」

「ひとまずここが貴方の逃げ込み先になるでしょう。後のことは追って考えましょう」

 

「うう、ううう…」

「みすぼらしいジジイしかいませんが…」

 

「うああああああああん!!!!」

 

フォークを投げ捨て、敵ではないと認識してくれたのか大泣きしながら抱き着いてきた。ああ、ケンカして「もう提督なんか知らないし!べーっ!!」と激怒した鈴谷が夜、執務室で仕事をしていると涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をした鈴谷がやってきて「鈴谷のこと嫌いにならないで」と私と鳳翔さんでなければ聞き取れないくらいもう嗚咽混じりの声で言ってきて、私に飛びついてきたことがあったな。そのあと私は悪くないのに鳳翔さんに3日くらい嫉妬でツーンと冷たい態度を取られたっけ。懐かしいものだ。

 

グスグスと鼻をすすり、まだ涙を流しているものの座って待つ鈴谷を横目で見ながら料理を作る。立ち上る何やらお腹が鳴ってしまうようなにおいに鈴谷は泣くことをやめ、じっとマスターを見つめていた。

 

「もうすぐできますからね」

「うん…」

 

大泣きしたのが恥ずかしかったのか妙にしおらしい。素直に待っているのは昔の鈴谷と同じ。

 

「さあ、できました。お腹がすいたでしょう。ゆっくり食べてくださいね」

 

胃にやさしいミルクリゾット。さわやかなサラダ。ミルク。とりあえずはあまりいいものを食べていないだろうし、食べさせてもらっていたかどうかも怪しい。なので鈴谷の体のことを考えた朝食。提督の時代、徹夜で溜まった執務を終えた後、ちょっと厨房に行ってミルクリゾットを作って執務室で食べていたら舞風にあまりのおいしさに食堂で自慢し、大変な目にあったこともあるくらいの一品。

 

「…あ、あの…」

「食べてください。誰も怒りもしませんし、取り上げもしません。それは貴女の朝ごはんですから」

 

いただきます。と手を合わせて自分が食べ始めると、それに続いていただきますと真似をしてリゾットを口に運ぶ。ゆっくりもそもそと一口は運んだら「あちっ!」と舌を出して悶えていた。

 

「慌てずゆっくり冷まして食べましょう」

「早く言ってよ…」

 

「それは失礼しました」

 

そこからは無言だった。安城マスターお手製ノンオイルドレッシングもよかったのか、サラダも平らげていく。

 

「おかわりもありますよ」

「おかわり」

 

「かしこまりました」

 

よほどお腹が空いていたのだろうか?昼もこれにしようと多めに作っておいたリゾットを朝食で食べつくしてしまうほどであった。

 

「ふぁ~…」

「お腹がいっぱいになって眠くなりましたか?では、寝床を用意しなくてはなりませんね」

 

「………」

「貴女の考えていることはしませんよ」

 

「そ、そう…」

 

なるほど、少し読めてきたが「そういう店」に連れていかれたのか。ならば男がシャワーを浴びなさいとか、寝床を用意すると言えばそう捉えて警戒されるのは当たり前だ。あくびをして少し警戒が薄れたか?と思ったらこの警戒ぶり。そうとしか考えられない。

 

「眠いのなら眠りましょう。大丈夫、内側から鍵がかけられるようにしておきます。ですが、カギはなくさないでくださいね。外へ出られなくなってしまいます。少々お待ちを」

 

大人しく椅子に座って待つ鈴谷。相変わらず素直でいい子です。今日は緊急事態だけに使うしかないが、今度干しておかねば。たまに徳三君や茂君が梅さんや竹美さんとケンカして泊めてくれ、今日は絶対に謝るまで許さんと怒ってくるのだが、ふたを開けてみればどちらも怒られ、家を追い出されたのに強がっているだけで、一夜明けて家に帰ると泣いて土下座しているところを目撃してしまったこともある。

 

シーツは洗ってある。毛布に布団。マット。全て完璧に一流ホテル並みの完璧なしわ1つない完璧なベッドメイク。カギはもう間に合わせの南京錠。鈴谷さんはそそっかしいから大丈夫でしょうか。

 

「さて、できましたよ。こちらへどうぞ。寝間着はまた用意しておきます。ジャージで申し訳ありません。寒い場合はエアコンもどうぞ。では、おやすみなさい」

 

ドアを閉め、自分はこれからの仕込みだ。遅くなってしまった。果物をカットしながら鈴谷のことを考える。本当ならば今すぐにでも玲司に電話をし、保護してもらうべきだ。と言うか保護してもらわねばならない。しかし、あの怯えようでは引き渡してしまえばおそらくまたどこかへ逃亡してしまうだろう。

 

野良の艦娘など笑えない。彼女たちは人の世界で住む者ではない。鎮守府、泊地、基地…とにかく「提督」とつながっていなければならない。彼女は繋がりを失った。ならば、そのつながりを見つけてそちらと繋げなくてはならない。だが…昔のことを思い出し、それだけはやめてと懇願する鈴谷をどうしても引きはがせなかった。

 

月日がある程度流れてもどうだろうか。人間に対し恐怖しか持たない艦娘は今まで自分は見たことがないが、生きていけるのだろうか。人間との信頼関係で成り立っているものを簡単に破壊し、あまつさえ自分の金稼ぎの道具。快楽のためのもの。断じて許されない。その辺りは、そういったことにとても厳しい親友がいる。彼らに任せよう。

 

作業に打ち込もうにも彼女が気になる。ちゃんと寝ているだろうか?こっそり窓を開けて逃げ出したりしていないだろうか?外は珍しく積もるほどの雪だ。外へ出れば大変だろう。服は寒くないだろうか?布団や毛布は万全だっただろうか?考えてもキリがないほどのことを考えている。

 

古井や虎瀬から「過保護の安城」、「親バカのムネ」などと呼ばれるほどの過保護提督だったころと変わっていないのであった。

 

 

もふっとおじさんが用意してくれたベッドは柔らかく、毛布ももふもふで柔らかく、硬くて痛い床で寝るのとはわけが違った。じわぁ…と布団が疲れを吸収していくかのように、体がグンと重くなった。寝ない。寝たら連れていかれそう。どうにかして鈴谷は睡魔に抗ってみようとしてみたが、今までの汚れと疲れを洗い流すような寒さを飛ばしたシャワー。ろくでもない食べ物ばかりを与えられてきたがために絶品だった料理。そしてこの包み込むような暖かさをくれる布団。

 

耐えきれるわけがなかった。鈴谷はスイッチで電気を消すかのようにバチンと意識が遠のいた。何だかんだでまだ図太い鈴谷である。

 

(夢なんて見ないよ。艦娘は夢を見ない。浅い眠りを繰り返して、また明日の希望もない1日をどう過ごすか眠い頭で考えるだけさ)

 

先輩鈴谷が言っていた。自身もこんなことなら見ない方がマシ。なら見ないよねと信じていたが…。

 

………

 

「おーい鈴谷~!すごいじゃないか!ボクお姉ちゃんとして鼻が高いなぁ~」

「もがみんは大破してどうしようどうしようって言うだけでしたものね」

 

「なぁ!?そ、そんなことないよ~!ちゃんと索敵したじゃないか!」

「敵を発見したのはわたくしの偵察機ですわよ!」

 

「く、熊野!それは言わないでよ!!三隈~、何とか言ってよ!」

「くまりんこ」

 

「それだけ!?」

 

誰?最上って誰?三隈って?熊野って誰?わからない。でも、なんだか褒められている。それは嬉しい。

 

「よくやったぞ、鈴谷。熊野が見つけ、三隈がサポートし、鈴谷が撃ってバシッと決めてくれたな」

「提督まで!もー!ひどいよ!ぷんぷん!」

 

「へへー!うーんと褒めてね!!」

「おう。今日の晩ご飯、好きなの作るぞ」

 

「マジ!?やっりー!鈴谷ねー!んーとねー!焼肉!」

「………」

 

「な、なに?」

「い、いや、まあ、いいよ。じゃあ、それで」

 

「なにさー!」

「ぷぷ…提督、ボクエビフライがいいな」

 

「鈴谷、もっとレディらしいリクエストはないんですの…?」

「ふ、すずやんらしいですわ」

 

「うるさーーーい!!!だーめ!!!鈴谷のリクエストー!!!」

 

………

 

目が覚めた。顔は寒さからかキンと冷えているが、顔より下は布団のおかげで温もりを感じられるが、顔が痛い。何だか覚えていないがとても幸せな気持ちになっていたような気がする。誰かに褒められていたような…。夢?そんなバカな。

 

外は暗く、白いものはまだ降り続いている。街は白に染まり、道行く人間は急いでどこかへ通り過ぎていく。とてもいい匂いがしたのでもそもそと起き上がり、南京錠を不器用な手先で開けてドアを開ける。ドアを開けるといい匂いはさらに増して、フラフラと導かれるように下へ降りた。

 

階段を下りるとおじさんが忙しそうに料理を作っていた。ジューといい音がし、匂いもより強くなる。

 

「おじさん?」

「おや、おはようございます。お腹が空きましたか?」

 

「すいた。今起きたとこなんだけど」

「ほっほ、よくお休みになられましたね。すみません、食事は少しお待ちできますか?今手が離せませんで」

 

そう言うとおじさんは忙しそうにあれやこれやと朝作ってくれたものとは違うご飯をいろいろと作っていた。とてもおいしそうだ。

 

「落ち着いたら鈴谷さんのご飯も作りましょう。何か食べたいものはありますか?」

 

そう言われると困る。自分はそんな料理の名前なんか知らないんだから。

 

「あ、えと…その…や、焼肉…」

 

なぜか急にそれだけが出てきた。でも何だか笑われそうだったので恥ずかしい。

 

「かしこまりました」

 

笑われることなくそう一言だけ言われた。でも何か…。

 

「ねえ、何か笑ってない?」

「気にせいですよ」

 

「絶対笑ってるし!」

「ふふふ、違いますよ」

 

顔が熱い。くそー、絶対頼むべきものじゃなかったと後悔した。

 

「手伝おうか?」

「大丈夫ですよ。お部屋でゆっくりしていてください」

 

腑に落ちないが何をしたらいいかわからないし、落としたりでもしたら大変そうだ。邪魔にならないよう、静かに2階へ上がった。

 

呼び出しもない。変な男の機嫌を伺うこともない。何も気にしないでボーっとできる時間。今までは話し相手がいたが、今はいない。おじさんも忙しい。これから先どうすればいいのだろう?どこへも行く宛はない。おじさんの言う通り、どこへ行っても未来は闇。この外の白い世界のように冷たく寒い世界しかないだろう。ここはまだ暖かい。寒くもないし痛くもない。気持ち悪いこともない。ご飯はおいしかったし…。

 

「鈴谷さん、今よろしいですか?」

 

考え事をしているとおじさんが来た。どうぞ、と言うとご飯を持ってきてくれたらしい。いい匂い…。

 

「リクエストにお応えして焼肉定食です。お茶は熱いですよ、お気をつけて」

「ねえ、おじさん何だか鈴谷を子供みたいに見てない?」

 

「ははは、私ほどの年になれば鈴谷さんはさしずめ、かわいい孫娘と言ったところでございましょう」

「むー…」

 

「さあ、良いお肉を焼きました。冷めないうちにどうぞ。私はまだお仕事です。食べたら部屋の外へ食器を出しておいてくださいね。食べてすぐ寝ては牛になってしまいますからね。ああ、テレビが見たければこちらを。それから布団はちゃんとかぶって「もう!だから鈴谷はそこまで子供みたいじゃないし!!ってかご飯食べさせてよ!」

 

「おっと、これは失礼いたしました。では鈴谷さん、ごゆっくり」

「ん?ちょっと待って。そういえばさ、鈴谷、名前も言ってないのに最初から鈴谷って呼んでたよね?なんで?」

 

そう聞くとしまった、と言うような顔をしていた。

 

「……私としたことが。年は取りたくないものですね。おじさん、うっかりです」

「お、おじさん、やっぱり…鈴谷のこと…」

 

「ご存知ですよ。私は元提督ですからね」

「へっ?」

 

「今はここでお昼はカフェ。夜はバーを営む者ですが。隠していたわけではありませんが…申し訳ありません。ですが、あなたをどこかへ送ろうなどとは考えておりません。改めてお話ししましょう」

 

「おーいマスター!つまみまだー!?」

「すみません、後ほど、私の話を聞いてくださりますか?」

 

「……わかった。おじさんの話を聞いてから考える」

「ありがとうございます。鈴谷さんは素直でいい子ですね」

 

「おじさん!!!」

「ああ、すみません。ふふ、失礼しました。では後ほど」

 

頭を撫でられ、まだ子供扱いするおじさんについ怒ってしまったが、悪い気はしない。人間に騙されたらダメだよと先輩鈴谷に言われたが、自分も甘いんだろうけど、おじさんを信じよう。だって、今までの人間と目が違う。

 

「あ、そういえばおじさんの名前知らないじゃん…」

 

そうだ。鈴谷は鈴谷って呼ばれてるのに自分はおじさん呼び。これって失礼じゃないか?と思い始めた。うん、まずは自己紹介から始めようかな。そう言うところは律儀な性格をしているのであった。

 

「おいしっ!」

 

柔らかく、抜群においしい焼肉。しっかりと丁寧な味付け。お米もつやつやで肉に合う。お皿を持ち上げると何か紙に書いてあった。

 

『野菜もちゃんと食べましょう』

 

あのおじさん、マジで鈴谷を子供にしか見てない。くっそー、何だかすごい悔しい。あとでまた怒ってやるんだから。きゅうりをポリポリかじりながらおじさんへどんな文句を言おうか考えるのであった。

 

「あ、これもおいし…」

 

ドレッシングのおいしさにすぐ怒りが冷めてしまったが。




鈴谷、おじさん(マスターに拾われる)のお話でした。
しばらくはマスターと鈴谷のお話になります。

おじいちゃんと孫みたいな関係をお楽しみいただければ。そして、鈴谷はこの先どうしていくのかもご覧いただければと思います。

それでは、また。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。