「「はあ!?艦娘を拾っただぁ!?」」
「声が大きいですよ」
食材の買い出しに茂や徳三たちの店に行き、早くも松子から情報が行っていた梅や竹美と違い、まったくそんな話を聞かされていなかった茂と徳三が大きな声で驚いていた。
「なんだよ宗ちゃん!俺たち友達だ…だろ!?」
「俺たちに内緒でそんな…まだ間に合う。俺たちも付き合ってやるから、今から警察へ…な、な?」
「徳三君、君は私を誘拐犯か何かと思っていやしませんかね」
「け、けどよぉ…」
茂は単純にそんなこと知らないと驚愕。徳三はなぜか自分を犯罪者を見るかのような目で見ていた。心外である。いや、まあ艦娘を匿って防衛省ないし、軍関係者に連絡をしない、と言うのは確かに犯罪行為である。
とはいえ、不正に艦娘を引っ張ってきたわけでもないのでブラックに近いグレーと言ったことには違いないが。決して犯罪を犯したわけではない。
「事情があんだろ?宗ちゃんがんな犯罪するわけねえだろうが。つまんねえこと言ってっとこのサバで頭をぶん殴んぞ」
「宗春君、松子から話はちらっとだけ聞いたよ。まあ、あの子の話だから宗春君が艦娘にジャージを着せて喜ぶ変態だったってわけのわかんない話をしてくるもんだから要領は掴めてないけどね」
相変わらずとにもかくにも服のことしか話さない松子のせいで、自分はなんだかとんでない嗜好の持ち主ではないか、と言う話が尾びれ背びれをつけてどこかに行かないか心配である。
「ええ、訳ありのようでしてね。詳しい事情は聞き出せてはいませんが、どうも人間のせいで酷い目にあったようでして。人間に怯えきっています。おそらく、どこかの泊地、もしくは基地から歓楽街のようなところへ行かされ、商売をさせられていたと考えます。おそらく建造したてなのでしょう。
当たり前ですが、どこで建造されたかなどの証拠となるものもありませんし、艤装を持ったことすらなく連れ出されたのだと考えます」
「お、おう…」
「へえ…」
「民間の企業、および人間への譲渡は謎も多いことから禁止されています。国家機密を民間へ排出する行為は禁止されていますから。グレーではありますが、玲司君が管理のもと、私たちと触れ合うことは、人への艦娘は『戦争の道具』であると言う一部の人間への否定となりうる広報にもなりますので見逃されています。
これは明確な犯罪です。それも非常に重大です。このことが露見し、提督が見つかった場合はおそらくは日本のアルカトラズと呼ばれる島の監獄で一生を過ごすことになるでしょう。記憶の消去、そして何事もなかったかのように社会復帰はできないでしょうね。
それよりも、何の知識もない艦娘をこのように売り飛ばすなど許されることではありません。必ずこのようなことをした提督には罰が下るでしょう」
珍しく怒り、饒舌になっている宗春にきょとんとするいつもの一同。
「む、宗ちゃんって時々提督みてえだな」
「ん、む、そうでしょうか?」
「おう。俺もそんな法があるなんざ初めて知ったぜ。内部にえらく詳しいんだな」
「宗春君は元国家を守るエージェントだとか、警視庁、もしくは防衛省の幹部なんじゃねえかとか、暗殺者じゃねえかとか、いろいろと賭けてたんだよなぁ」
「ほう」
「お、おい源!」
「当たりだったら茂と徳におごってもらうつもりだったんだけどよ。さすらいのバーテンダーは予想外だったな!」
ガハハハハと笑う源とまたしょうもないことを考えていた茂と徳三に、顔が般若か生なりのようになっていく梅と竹美。
「あんたら、後でちょっと話があるから覚悟するんだね。事情はわかったよ。宗ちゃん、あたし達も協力できることはするからさ。艦娘ちゃんなら、なお放っておけないよ。でも、どうするんだい?いずれは玲司君に?」
「そうですね…彼のもとにいた方が彼女も幸せになれるでしょう。彼女の姉の最上さんもいますしね」
「へぇ、最上ちゃんの!宗ちゃんはいろいろとほんとよく知ってるねぇ!ほんとに提督みたいだよ」
「それはどうも」
宗春ことマスターの過去は商店街の人たちにとって謎に包まれている。あまりにも頭がいいのでどこかの学者。政府の裏で暗躍する諜報員。どこかの企業のエリートなどなど噂が独り歩きし、なぜか暗殺者。どこぞの国で鉄線を自在に操り、化け物を屠るスーパー執事なんて物騒な噂まで駆け巡るほどである。
提督であることは内緒にしてある。これは墓まで持っていく秘密だ。提督と言うものは民間人からしてみれば、疎ましい存在であることも多い。特に艦娘と深海棲艦の戦いは、戦争行為であり、戦争反対、兵器を操る危険な存在として、厄介ごとに巻き込まれることもあると言う。中には過激な反対派により日本に住む場所を失い、遠くアメリカへ軍のチカラで何とか送り届け、そちらで苦労する生活を強いられる者もいたと言う。
だからこそ、普通の企業に就くことはできなかった。経歴でバレてしまうから。就く気もサラサラなかったが。一応、防衛省勤務であったとバーなどで働くときは書いた。提督でもやってたの?と聞かれたこともあったが、そこはいいえ、省庁で働いていましたと言えばよかった。今は気ままな一人店主なのでそんなことを聞かれてもはぐらかすことはいくらでもできる。
そのせいでめんどくさい噂が乱立してしまっているが、彼はそれもまた、うちに来てくれるネタであると言うことで泳がせているが。警察などが来ることももない。冗談でみんな言ってるのだから。
「んで?その子の好きなものとかは聞けたのかい?」
「ええ、焼き肉が好きなようですよ」
「んふっ、そうかい。そりゃまあ違うかもしれないし、好きなものがなんなのかわかってなさそうだね。ま、宗春君の料理を日替わりで食べてりゃいろいろ見つかるだろうさ」
「ええ。何が好きか、探っていきましょう」
「料理は心を開く。あんたの受け売りだからね」
「まあ、正確には私の友人が言っていた言葉です。それに私も影響を受けて今もそう語っております」
彼は料理が好きだった。息子もその影響で料理人を目指したが、彼は提督をやっている。父が目を輝かせて作った提督と言う職業。彼は知っているか知らないが。彼は何かあれば料理を作って密会とは言えないほどうるさい密会を開催した。艦娘と共に何ができるのか。どう共に生きていくのか。彼の作る料理は味にうるさい私や古井君を唸らせるほどだった。
「でもよぉ、オムライスだけは息子に敵わねえの。ま、俺の方が他はうまいけどな!」
誇らしげにいつも息子のことを語らう彼。立派な料理人になって、店でも開いてくれたら毎日通うね、と語っていたが、彼は彼の遺志を知ってか知らずか継ぎ、彼の最期まで語っていた艦娘との絆を深くし、共に生きることを成し遂げている。
「さて、それでは彼女が心配になってきましたので帰ります」
「過保護だねぇあんたは…女の子はちゃんといろいろできるもんだよ。まあでも、早く戻っておやり。何かあったら遠慮なく頼っておくれよ!」
「感謝の極み」
紳士っぽくお礼をし、食材をたんまりぶら下げて帰る。別にいいと言ったのだが、源も梅も竹美もおまけをどっさりくれたのである。何だかんだで彼らも艦娘には過保護なところがある。
梅は文月や皐月、霰にひたすら甘く、転んだらダメだよとかおやつを用意してはいつも甘やかしているし、竹美も雪風や電、とにかく駆逐艦に冷やした果物なんかをあげて喜ばせているし、摩耶や瑞鶴など関係なしに頭を子供のように撫でたりしている。彼女たちは艦娘に理解がある。好意的だ。ありがたい。
さて、今日は何を作ってあげようか。そういえば昨夜、バーの常連がいつも頼むもはや裏メニューでもなくなったあれを影からじっと見ていたな。ではあれにしてみよう。早速作りたくなって急いで家へ帰った。
/
「はわぁ…」
「どうぞ。熱いですからお気をつけて」
「ねえ、おじさん鈴谷のことほんとに何だと思ってるの?」
「そそっかしいお嬢さんですかね」
「そそっかしくないですー。おじさん、人を馬鹿にしすぎだし!」
「ふふふ、それは失敬。さあ、お食べくださいな。昨日、それをじっと凝視していましたものね」
「み、見てたの!?えっち!」
「そこからお客さんに見つからないようにこっそり見ていましたねぇ。その中で一番目を輝かせていたのがこのパエリアでしたね」
「ち、違うし!なんでご飯があんな黄色いのかなーとか、あの黒いのなんだろうなーとか、何作ってんのかなーって見てただけだし!おいしそうとか思ってたわけじゃないし!」
「よだれを垂らしているのが見えましたよ」
「えっ?なんでバレたの!?」
「おや、本当に垂らしていたのですか」
「はっ!?むううう知らない!!!いただきます!!」
不機嫌そうな顔はしているものの、サフランライスに源のところで買った上質な海鮮をふんだんに入れた海鮮パエリア。常連にすら出さないいい食材をつい鈴谷のためにポケットマネーで用意した。決してお客さんに質の悪いものを出しているわけではない。ルーチェで出されるものはどれも上質である。
茂の八百屋。徳三の肉屋。源の魚屋。彼らはその道のプロであり、スーパーやショッピングセンターが乱立し、たくさんの商店街が潰されてきた中、生き残ってきた猛者だ。いいものを安く売る。そして買って行った人が喜ぶ顔が見たい。でもスーパーよりかは値は張る。しかし、品はどれも負けない。スーパーのチラシを見ては価格競争をするも堅実に今までやってきた。
その中でも彼らの目利きの業が見せる、とびきりいいものを鈴谷に食べてもらおうと思っただけだ。皆口を揃えて「激甘のお父さんみたいだ」と言っていたが。
実際どうだ。ちょっとカマをかけたら大当たりでヘソを曲げてしまった鈴谷の怒った顔がみるみると綻んでいく。米は同じく商店街の60歳をすぎているのに某ハリウッドスターのような丸太のような腕と、鋼鉄のような分厚い筋肉を持つ主人が仕入れた新潟は魚沼産のコシヒカリ。香りや艶、甘みが違う。茂や源が仕入れた海鮮と野菜の中でも特別彼らがオススメと言った食材。味見をしたら思わず私も笑顔になるほどであった。
「おじさん、これパエリア?だっけ?おいしいよ!」
「それはそれは」
「ん〜♪」
自分も食べてみるが、食材の味が活きている。これは120点を自分にあげていいでしょう、と思った。
………
「はぁ〜、おいしかった〜♪」
お腹をさすって満足げである。今日も寒いからか客の足は遠く、暇である。だいたいいつもバタついているが、たまにはこんな日もあっていいだろう。
「あら、お邪魔だったかしらね」
「!?」
「松子さん。先日はどうも」
「ああ、構わないよ。あれま…あれまあれまあれま…」
「う、うう…」
「鈴谷さん、この方が昨日貴女の着るものを用意してくださった方です」
「え…?」
「あー、あんなの正直渡したくなかったけどね。とっさにあたしも渡しちまったけど…さあ、ジャージばっかり着てたらいい女が台無しさ。ふむ、その服も悪くないけど…まずは…」
「まずは…?」
「あんたのスリーサイズを全部洗いざらい見させてもらおうかねぇ!」
「松子さん、彼女は人間を怖がっています。ですから、そのような行為は…」
「……ちっ」
「意味わかんないしぃ…なんなのこの人…」
「簡単に言えば服を作っておられます。女性の。ですが…まあ見ての通り難ありでして…おっふ」
「一言多いんだよ。同じ服をずっと着ているわけにもいかないだろ?あんたのサイズを測って、あんたに合う服を見繕うために来たんだよ」
「そ、そう…なんですか…おじさん、大丈夫?」
「ええ、肋骨を折られるかと思いましたが」
「余計なことを言うからだ。さ、すぐ終わるからね」
松子はスイスイと持ってきた巻尺で彼女もスリーサイズを測る。
「ふむ…こいつはいい胸してるね」
「細いね…あたしも若い頃はこれくらい…」
「いいね。健康的な安産型だね」
とセクハラ満載の測り方であったが、緊張しているのか鈴谷は大人しかった。と言うかさりげなく揉んだり撫でたりしていたような気がするが…あとで梅さんとお竹さんに言っておこう。鈴谷もひゃう!?とか言っていたし。
「オーケー。適当に持ってくるよ。で、この子は働かせるのかい?」
「人間に慣れてはいただきたいですが、しばらくはなしです。松子さんや梅さん、お竹さんから慣れていっていただくとしましょう」
「それがいいね。あたしも人間は嫌いだからね。かわいいきれいな女の子は大好きだけどね」
「それはそれでいささか問題発言ですな」
「うっせえ。まあ、待っててな」
慌ただしい人だ、相変わらず、とふう、と一息ついた。
「あ、ああああの人、す、すじゅやのお、おぱ…おっぱ…おしりも…」
「申し訳ございません…あの人は息をするかのように女性のそう言ったところを…その…お触りするのが好きな女性でして…鈴谷さんは何せ美人な方ですし、その…スタイルもよろしいですからなおさら」
「お、男の人じゃないからまだいいんだけど…その…もうやめてほしいかな…って」
「言い聞かせておきます」
間違いなく梅さんとお竹さんの雷が落ちるだろう。服については感謝はするが、それとこれとは話が別だ。
待つこと数十分。紙袋をどっさりと下げた松子が戻ってきた。
「ほい、これが冬服。こっちは暖かくなってから着るようの春物。夏物はまあ4月5月になってからでいいだろうさ。ああ、それからモデルになってくれない?夏服の。スタイルいいし、前に摩耶って子と五十鈴って子にモデルになってもらったらこれがまたいいの。人間のモデルはごちゃごちゃ文句言う割に映えないしさ」
出るわ出るわ普段着から部屋着、寝巻き。どれも凝っている。仕入れたにせよ彼女の自作にせよどれもオシャレだ。鈴谷はわかっていなさそうだが、かわいい!といろいろ広げては目を輝かせていた。なんだかんだと女の子なのだな。そして、どれもが鈴谷に似合う。さすがはプロフェッショナル。人を見てその人に合った服を持ってくる。性格はアレだが腕と目は確かである。
「これすっごいかわいいじゃん!パジャマ?寝るときに着るの?着る着る!」
「そうしとくれ。服は着てもらってこそ喜ぶもんだからね。いいねぇ。あたしゃ艦娘専門のブティックを作ろうかね…艦娘ちゃんを見るとマジで創作意欲が湧くよ。なんか東京に戻ってこいって連絡が来たけど、やだね」
「ほう。それはまた自分勝手な…」
「そうだよ。あたしの作ったものは売れないなんてぬかしておいて、ちゃっかりあたしの知らないところであたしの服を売り出して儲けてたり、いざ人気が出たらやってくれだのうるさいのさ。あんなモデル共にあたしの子達を託すなんざ死んでも嫌だね」
「おばさんも人間が嫌いなの?」
「大嫌いさね。だからあたしはクソみたいな会社をやめて、ここへ最後に流れ着いた。人もいいし、真正面から意見もくれるし、何より、ここには艦娘がよく来てくれる。最近ご無沙汰だがね」
「艦娘ってことは…な、なに?変なお店とか…」
「ご飯の材料を買いに来るのさ。どっちゃりあれ食べたいこれ食べたいって提督にわがまま言い放題でさ」
「それだけ…?」
「昔来てた提督はクソ野郎だった。服もボロボロで髪もバサバサ。体は汚れてしっかり面倒見てない感じ。何をしてもクソみたいな奴だった。でも、今の提督と来る子は目が輝いてる。食べるもの見て、おいしいの食べて、んであたしの店でかわいい服見て喜んでる。いい提督だよ」
「………」
「艦娘は提督のもとでしか生きていけないって聞いたよ。まあ、宗春君のとこで生活できるならすればいい。宗春君は優しすぎてそう言うとこ言えないから。でも、あたしが思うに…たまにここへ艦娘と一緒に来てわいわい艦娘と過ごす方がいいんじゃないのかね。何があったかは知らない。でも、生みの提督は屑野郎でも、育ての提督は本当にいい提督かもしれない。よく考えな。人は人の生きるとこがあるように、艦娘には艦娘の生きるとこがあるはずだよ」
じゃあ、あたしゃ帰って夏服でも考えるわ、と去っていった。彼女も苦労した都会での生活。紆余曲折を経てここへやってきたと言う。流行に乗らなきゃ生きていけないと言う生活から、自分が考えたものを売りに出すと言う生活は合っていたらしく、この街の人々には受けた。こんなのが着たい。この服、こうできないかな?と言う希望、質問に簡単に答えを出してその人に合う服を作る。最高らしい。
今や「センスは抜群だがセクハラがひどいおばさん」と言われてはいるが、繁盛はしている。
言いたいことはズバズバ言う性格なだけに、自分が言わないでいたことをまるで私の心を読んだかのように鈴谷に言った。艦娘は提督のところでしか生きていけない。鳳翔は…あれで大丈夫なのだろうか?とも思うが、大本営近くに店を構えていると言うのが秘密のタネだ。定期的にドックに入ったり、メンテナンスを受けているらしい。どのようなことまでかを聞いて、顔を真っ赤にして怒られてしまったが。
鈴谷も最終的には提督のいるところへ行かなければならない。そうでなければ、もしかすると深海棲艦に化けでもしたらもはや打つ手はないし、艦娘の存続自体が危ぶまれる。ましてや、一般人が街ぐるみで艦娘を隠していたとなると自分だけではなく、商店街の存続も怪しい。本当ならばすぐにでも玲司君に相談すべきだ。だが、極度に人間。特に提督に怯えている今はそれは得策ではない、と考えたまで。いや、得策ではないだろう。デメリットばかりの愚策だ。
「ねえ、おじさん…鈴谷はやっぱり…提督のところへ帰らなきゃダメかな…」
「本来ならばそうでしょう。ですが、今の貴女は…」
「……無理…かな」
「でしょうね。しばらくここで生活することは可能でしょう。ですが、いずれは…」
「そしたら鈴谷はまた元の生活かな」
「いえ、そのようには致しません。よく来てくださる提督は本当に艦娘を大事にしていらっしゃる方です。ですが、しばらくは人に慣れるところから始めましょうか。まずは私、松子さん。それから近くのお店の方々。少しずつ、悪い人間ばかりではないと言うのを知っていきましょう」
「うん…おじさん。おじさんってご飯を作ったりしてるんでしょ?鈴谷もお手伝いする」
「ふむ…」
「そのほうがいろんな人とお話ししたりできるっしょ?おじさん達みたいにいい人もいるし、あの提督みたいな人もいる。怖いよ?でも、いずれおじさんが言う提督のところに行った時、今のままだと役立たずになりそうだしさ」
この子は賢い。いや、鈴谷自身が賢くて、よく気がつく子で、思いやりがある。自分が置かれている状況も立場もよくわかっている。暇な時はとことん人が来ない時もあるが、確かに忙しい時は猫の手も借りたい時がある。たしかにありがたいが…いや、見ず知らずの人と接するのはまだ早い気がしなくもないが…。
「知らない人ばっかりだけどさ、鈴谷がんばるって。だから、ね?」
ここで首を縦に振らないところが過保護提督と言われていたところだ。心配性で気が小さく、駆逐艦のしっかりした子達が文句を言うところだった、優しすぎる提督。
(提督、それでは駆逐艦の子達が成長しません!かわいい子には旅をさせよ。実戦をこなしていかねば実力は身につきません!)
鳳翔によく怒られていたな。そうだな。何事も経験させなければ恐怖も薄れない。危ない人が来た時は下げるなどをしていたほうがいいだろう。まだ彼女を探している人間がいないかが心配であるが。とりあえず、彼女の意思を尊重するとしよう。
「わかりました。では、お手伝いは欲しいと思っていたところです。準備をし、私がいいと思えたらデビューといきましょうか」
「やっりぃ!おじさん、ありがと!怖いけど頑張ってみるね。それが鈴谷のためになるんでしょ?」
「そう信じています。まずはいろいろと知るところから始めていきましょう。接客はその後です。厨房を一緒にやっていきましょう、盛り付けから」
「はーい」
こうして鈴谷はルーチェでバイトを始めた。
「ですが、まずはその足を治してからですかね」
「はーい…」
傷の治りはやはり驚くほど早いが、やはりしっかり治してからでないとダメだ。
………
「えーと、こう?」
「いえ、これでは見栄えがよくありません。彩が大事です」
「じゃあ、こう?」
「これも…いいですか。ここにトマトを乗せるんです」
「あ、きれい…」
「でしょう?」
………
「ああ、ご、ごめ…」
「いえいえ。すみません。急かしてしまって」
「あっつ!」
「ああ、大丈夫ですか?水でよく冷やしましょう」
足の傷は1週間ほどで治り、修行を始めるゴーサインが出たので意気込んで挑戦してみたが皿を割ってしまったり、火傷をしてしまったり、かなりの不器用であるようだ。かつての鈴谷は自分で裁縫をしたり、料理の盛り受けの手伝いも見様見真似でほいほいやっていたが…艦娘にもいろいろ性格や個性がある。見ていて飽きない。
………
「はー…つっかれたぁ…」
「お疲れ様でした。夜は休んでください」
「でも、夜もお店やるんでしょ?」
「お疲れでしょう。今日は初めてですからお昼だけにしましょう」
「うー…お皿割ったり水道を暴発させたり…」
「ほっほ、見ていて楽しかったですよ」
「おじさん、何笑ってんのさー!!」
「いえいえ、何でもありませんよ」
「おじさんのバカ!知らない!いーっだ!」
ぽっと灯りが灯ったかのように家が明るくなった。いつも賑やかではあるが、落ち着いたものじゃない。懐かしい。あの頃のようだ。すぐにいなくなってしまうだろうが、それでも。ほんの少しだけでもいい。こうして私の心に灯りを灯してくれるのであれば。
「さあ、今日のまかないは牛テールのシチューです。お部屋に戻られますかな?」
「おじさん、それ見せつけておいてお昼抜きとかひどくない?おじさんもそう言う人なんだ…」
「あ、ああ、いえ、すみません。いたずらが過ぎました。さて、この鈴谷さんが盛り付けたサラダと共に…」
「やっぱり私のことバカにしてるー!おじさんのバーカ!」
「ハハハハハ」
「むきー!」
こうして少しでも気を紛らわせてくれれば。そして、この後、私に代わる彼のもとで、こうしてまた怒ったり笑ったりしてくれれば、私も頑張ったと言うことで。しばらくは私が彼女を見守ります。
………
春、厨房での仕事は慣れたのでオーダーを取ってもらおうと思ったのだが、やっぱり心配だったのでまずは松子、梅、竹美を相手に受付をやってもらったのだが。
「い、い、いいいいらっしゃいまし」
「ぶふっ!」
「さっそくだけど、注文いいかい?」
「ど、どぞう!」
「宗ちゃん、しばらく修行が必要だねぇ。あ、あたしロールキャベツね」
「そのようです。かしこまりました」
「ろ、ロールキャベツ一丁!!」
「「「中華料理屋か!!!」」」
「ふふふ」
「え、ええ!?だ、ダメですか!?」
「ダメだね。全然かわいいウェイトレスじゃない。ロールキャベツ入りまぁす!ってかわいく言わなきゃねぇ」
「うっぷ…」
「そこでえずいたおっさん、後で覚えときなよ」
「お、俺じゃないです!」
「知ってるよ、源、あんただね」
「知らねえです」
「ああ、鈴谷ちゃん、あたしカツ丼ね。裏メニュー、あたし専用のね。それから、新しい夏服をちょいと着てみておくれよ」
「か、カツ丼入りまぁす」
「かしこまりました」
「声が上ずってるよ、かわいいねぇ」
「か、かわいい!?」
「あれま、真っ赤になっちまったよ!」
鈴谷がうちに来て少し経ってから、まず松子を筆頭に梅さんとお竹さんの女性陣と交流。女性は彼女たちがとても優しいというのもあってかすぐ打ち解けた。それからさらに少しして茂君、徳三君、源ちゃんとも顔合わせをしたが、やはり男性に対し恐怖心があったのか、彼らの元気が良すぎる大きな声のせいか、すくみあがっていた。松子さんたちの協力もあって、少し会話ができるようになったが、やはりウェイトレスをさせるのは無理と判断。
鈴谷さんも順応力が高いのか2週間ほどでひとまず彼らともなんとか打ち解けられるようになった、ただ、時々怖がっている。そして…
「おじさん、鈴谷は料理はからっきしみたいだからやっぱり注文を聞いていったほうがいいと思うな。大丈夫だって!」
「では予行演習をしてみましょうか」
とやらせてみたらご覧の通り。ロボットのような動きと何を言っているかわからない状態にまで緊張し、松子さんはカツ丼と言っていたのにローストビーフ丼と言ってみたり、ペスカトーレをどこをどう間違えたらきつねうどんになるのか。まだまだ彼女のここでの生活は前途多難なようです。ですが、少し笑顔が自然と出、表情が変わってきたことは素直に喜ばしいことと思います。
彼女…艦娘と過ごす懐かしい時間。その時間は短くとも、素敵な子たちがたくさんいる彼の鎮守府へ笑顔で行けるように見守っていきましょう。
あまりずっとギスギスした話をお読みになると疲れる、そんな気がしたのでマスターと鈴谷のほのぼのした同居生活を書いておりますがいかがでしょうか、
松子は実は東京の一流デザイナーだったのですが、好みにそぐわないデザインを描き続けさせられたり、覇気のないモデルのせいで自分の服が腐っているように見えたりすることに嫌気がさして退職。マスターと同じく街を転々としては店を開くも自分の服が霞んで見え、流れに流れて今の小さな商店街で何もせず生きようと思っていました。
安久野のこともあり、軍や艦娘にも辟易していましたが玲司が連れてきた艦娘が輝いて見えた。そこから彼女たちを思い返してデザインを作り、艦娘に着て見せてもらうと服も、艦娘もさらに輝いて見えたことからデザイナーに復帰。今現在、その服が若い子から主婦に関わらず、少しずつ人気を得ていっていると言う。
松子の設定でした。最近は艦娘に着せたい服がゴマンとあると目をギラつかせているようです。
季節は寒い2月頃から3月くらいへと少し時間が進みました。最上たちと出会う夏まではまds時間がありますが、次回はその夏に時間を少しずつ進めて行こうかと思います。おじさんこと安城マスターと鈴谷の生活はもう少しだけ続きます。次回もどうぞよろしくお願いします。
それでは、また。