提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百四十六話

鈴谷がやってきた冬。寒い季節は終わり、寒い寒いと言って半纏が離せなかった鈴谷はようやく半纏を手放し、やや寒いと言いながら懸命におじさんの店を手伝っていた。最初のころはスマホのマナーモードのように梅や竹美に注文を聞いていたころとは違い、真面目にしっかり間違いのないようにオーダーを聞けるようにはなった。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

注文を聞きに来るのが艦娘だからか最初はお客さんも鈴谷もおっかなびっくりであったが少しずつ鈴谷はちゃんとスラスラと注文が聞けるようになっていた。喫茶「ルーチェ」は今日も奥様方の拠り所として人気である。

 

「はい。ラズベリーのムースと温かい紅茶ですね。レモンですか?ミルクですか?」

「ミルクでお願いね。鈴谷ちゃん、注文の聞き方がうまくなったわねぇ」

 

「そうかなぁ…」

「最初のころなんかい、いいいいらっしゃいましぇ…とかごちゅ、ちゅうちゅう…とか固まってたもの」

 

「お、おばさん!マジ恥ずかしいからやめてよぉ!?」

 

ホホホホ…とマダムの笑い声が周りから聞こえる。接客にもだいぶ慣れた。忙しいけれど毎日楽しく生活をしていた。

鈴谷から1つ提案をマスターに出す。

 

「じゃあさ、そろそろバーの方もお手伝いするよ」

「それはありがたいですね」

 

昼の喫茶店では今では注文間違いや料理を落としてしまうと言うこともなく、順調にウェイトレスを務めている。マスターもどちらかと言えば夜の方が忙しく、お客さんを待たせてしまうことも多い。何せ、夜のルーチェに来るお客さんはマスターのおもしろい話を求める人。ゆっくりと酒が飲める時間を求めて来る人。マスターに人生の相談をしたい人と様々で、話を聞きながら料理を出すと言うことができず、手が回らなくなってしまうことも多かった。

昼も忙しいが鈴谷のおかげで店が回る。ならば、夜もまた鈴谷がいてくれれば回るだろう。

 

「では、よろしくお願いします」

「はーい」

 

来た当初に比べて明るくなった鈴谷。マダムや梅、竹美達とも円滑に話もできるようになり、いじられることが多く、それに対してツッコミも入れて見たりするのでますますかわいがられている。だが、まだ男性に対しては恐怖心が強いのか、カップルで来ている男性にでさえ、少しそこはおどおどしているようにも見えた。

 

「鈴谷さん、夜は男性のお客様も多い。本当に大丈夫ですか?」

「出た心配性。大丈夫だって!もうだいぶ慣れたよ」

 

いひっと歯を見せて大丈夫とアピールする鈴谷。ならば…とマスターも信じて鈴谷を夜のバーにも出すことにした。

 

「注文はいりまーす!」

「おまたせしましたー!」

「ご注文をどうぞー!」

 

夜の静かなバーの雰囲気に合わない鈴谷の声。けど、それはそれで好評。

 

「居酒屋ではありませんので…」

「え、あ、ごめん…」

 

「ははは、いいよいいよ。花が咲いたように明るくていいじゃないか。マスター、バーボンおかわり」

「恐れ入ります」

 

「かわいいバイトさんが入ったねー。なに、コスプレバーにでもするの?あははは!ウケる!」

「ははは…」

 

どうもコスプレ…すなわち艦娘の格好をして接客していると思っているらしい。それはそれでありがたい。艦娘がいる、と言う噂ではなく、艦娘の格好をしたお手伝いがいる。その方がややこしくなくていい。メニューも昼よりは少なめ。しかし、マスターの気分で今日はこれ、と一品がころころ変わるのが大変だそうだ。お酒も気分次第。銘柄やカクテルの名前を覚えるのが大変だったようだが、鈴谷は頭がいい。スラスラと覚えていく。

 

「あー、また飲みに来たんですか?体のこと、大事にしてあげなきゃダメじゃーん」

「鈴谷ちゃーん…そう言わないでくれよぉ…」

 

「いらっしゃいませー。お?その感じはいい感じでいけた?」

「やったよ!告白、成功だよ!」

 

「やっりー!だって!」

「ははは、ではお祝いに一杯おごりましょう」

 

「茂さんまたケンカしてきたの?謝らないとまた梅さんに離婚届つきつけられるよ?」

「うるせええええ!今度こそはあんな奴知らねえ!!」

 

「あーあ…鈴谷しーらない」

 

(おじさん、やばい人また来たんだけどぉ…)

(鈴谷さんは今日はお休みにしましょう)

 

鈴谷は飲み込みも早ければ記憶力もよかった。お客さんの名前、容姿、顔。ほぼ把握している。その人がいつも一杯目に何を飲むかも覚えている。だからよく一杯目を出すと今日は別のが飲みたい気分、と最初にからかわれ、怒る姿もまたかわいい、と言われてまた顔を真っ赤にする。鈴谷は愛嬌もいいことといじりやすいが、極度に不愉快にさせることはしないお客さんばかりでいい人が多い。

 

……

 

「おい、俺に酒を注げよ!」

「……っ!」

 

「早くしろよ。女を雇ったってことはそういうことだろ?」

 

と中にはやはり何かを勘違いしたのかそういう男もいる。そう言った場合は…。

 

「おう兄ちゃん。ちっとお話しようや」

「私たちは鈴谷さんと楽しくお話をしていたんですが…」

 

「お客様。当店ではそのようなサービスを行ってはおりませんので、そう言ったお店へどうぞ」

 

ナイスなおじさま達が総出で不届きな輩から鈴谷を守ってくれる。時には…。

 

「いででででで!!!!」

「あんた鈴谷ちゃんの尻を触るたぁいい度胸だね!そこの馬鹿ども!ここはそういう店じゃないんだよ!出ていきな!」

 

「ちきしょうババア覚えてろよ!!」

「アタシがいながら他の子お尻触るってどういうこと!?もう別れる!!!!」

「え、あ、ちょ!」

 

「ふひっ、ここは退散するでござるよ!」

「女神がああああ!女神があああああ!!!」

「ママ…」

 

などなどやはり女の子がいると言うことでハメを外す人もいる。そこはマスター、梅や竹美、常連のナイスミドルなどなどたくさんの人に守られていた。

 

「やっぱり男の人は怖いね…」

「少しずつ慣れてきたようですが、あのような男性ばかりではないと…」

 

「わかってる。おじさんみたいな人や、いつも来てくれる渋い人とかムキムキの人とかみたいないい人もいるって」

「鈴谷ちゃんはかわいいからねぇ。けどまあ、ハメを外すのは頂けないけどね」

 

みんなに守られながら、何とか鈴谷は頑張っていた。

 

……

 

季節はまた巡り、鈴谷はうだるような暑さに参っていた。暑い暑いと文句を言いながらも仕事を順調にこなしていたが、ある日鈴谷に異変が起きた。

 

ガシャア!!

 

「鈴谷さん、大丈夫ですか?」

「……?」

 

「鈴谷さん?」

「………」

 

「鈴谷さん!」

「うわぁ!?った!?な、なに?え、ああ!お皿!あー、やっちった…ごめん、おじさん」

 

「鈴谷さん…あなた…」

 

マスターはわかってしまった。鎮守府にいないままもう数ヶ月。人間も定期的に健康診断が必要なように艦娘もメンテナンスが必要で、それを怠ると船は錆びるし機械もガタがくる。外に出た艦娘が鎮守府などに戻らないと生きていけない。おそらく…鈴谷が逃げてきたと言う店の艦娘達も…。目を逸らしていた現実に直面する事態となった。わかっていながら、何度も激しく拒否をするため、見過ごしてきたが…。

 

「鈴谷さん…」

「へへ、大丈夫。ちょっと体がだるくてボーっとするだけだから」

 

「それは大丈夫とは言いませんよ」

「うう…」

 

マスターは鈴谷に今の現状を話す。このままではまったく動くことができなくなり、寝たきりの置物になってしまうと言うことを。

 

「え、じゃあ…鈴谷が逃げたお店の人たちは…」

「……早い方はもうなっていると思われます。あるいは…そういった方を戻し、治してからまた送っているとも考えられます」

 

「……そ、そんな…」

「彼らにそのような知識があれば、ですが」

 

「私を助けてくれた鈴谷さんが…」

「……彼女らを救うには、貴女が私の知る提督の下へ行き、全てを話すべきです。彼は。彼なら。貴女の話を真剣に聞いて動いてくれるでしょう…」

 

泣き出しそうな顔をしながら鈴谷は唇をかみしめていた。自分が動かないと…何も変わらない。マスターもいい加減彼に電話をしたほうがいいか…と考えを巡らせていた。

 

チリンチリン…涼しげな音でドアが開くと鳴るベル。来客だ。

 

「こんにちはー。マスター、何か冷たいもの~…あっついよー」

「まあ、いい雰囲気のところですわね。気に入りましたわ」

 

「くまのん、本当にわかりますの?」

 

1人は聞き覚えがある。この声は…待ちわびていた彼の…。

 

「いらっしゃいませ。最上さん、お久しぶりですね。あなた方の声が絶えて久しい。お待ちしておりましたよ」

「やー、ごめんねマスター。何かちょー忙しくてさー」

 

「そうでしたか。皆様のおかげで我々は平和に生活ができております。さぞや激戦だったのでしょう…」

「えへへー。マスターたちがいなくなるとボク達の楽しみもなくなっちゃうからね。マスター、ボクナポリタン!三隈と熊野は何にするー?」

 

「ナポリタン1つ…と」

「あれ?」

 

ショートヘアにえんじ色の服を来た女の子が鈴谷を見る。その目を見たとたんにドクンと何かがこみ上げる。何だろう。私はこの女の子を知っている。

 

「鈴谷?」

「えっ?」

 

「鈴谷だよね?え、うそ!?どうしてここに!?」

「え、ああええと…」

 

女の子は驚きを隠せないでいたが、すぐに鈴谷だとわかるとにぱーっと笑い、何だか喜ばれていた。何がなんだかわからない。

 

「えーと…だ、だれ?」

「もがみん、すずやんが困ってます。勢いがよすぎですわ」

 

「あ、あはは、あは…ごめん。でも久しぶりに鈴谷の顔が見れたからね!ボクは最上だよ。最上型1番艦!鈴谷のお姉ちゃんだね」

「もが…み?」

 

「最上型2番艦、三隈ですわ。くまりんこ♪」

「最上型4番艦、熊野ですわ!ごきげんよう」

 

バチッと電気が走ったかのように記憶と記録が出てきた。そうだ…私は鈴谷。最上型3番艦鈴谷だ。

 

「マスター、どうしてここに鈴谷が?」

「……これはもう話せと言う天の啓示でしょうな…訳はたくさんありましてね…ところで…玲司君は…?」

 

「提督だったら今ボクたちのユカタ?ユタカ?の話で大忙しだよ。提督、呼ぼうか?」

「すみません、少しだけ話を聞いてください」

 

マスター特製ブレンドのアイスティー。さっぱりとした甘い香り。パッションフルーツと言う果汁を搾ったものらしい。甘いが爽やかな紅茶と果実の味が最上達は気に入った。甘いケーキも紅茶の苦みと酸味でリセット。鈴谷は最上達と向かい合い、マスターの隣。

 

「さて、しばらく時間が玲司君はかかると言うことですので、最上さん達にお話をしていきましょうか。彼女…鈴谷さんの今までの経緯とこれからのことを…。

 

「鈴谷、鎮守府だったらいかないよ」

「鈴谷さん、そうもいかなくなってきました。貴女は艦娘。艦娘は彼女たちと。そして鎮守府でなければ行きてゆけません」

 

「そんな…」

「現に体の動きが鈍くなっているのです。このままではここで動くことも喋ることもできなくなってしまいます」

 

「えーっと、どういうこと?」

 

最上達は今の話を全く理解できなかった。マスターの話を聞くことで、鈴谷の今の状態と、自分たちが外に出て生活をすると言うのは苦難どころではなく、無理であると言うことがわかり、愕然とする。

 

「艦娘は鎮守府で生活するしかできないのです。艦娘を売り飛ばし、外の世界に連れ出すなどと無知な提督が増えたものですな」

 

「まあ、マスター様はまるで提督のようですわね」

「そういえば提督も言ってた気がするなぁ。山で農作業して気ままに生活したいねって言ったら、提督と艦娘は海、鎮守府から離れられないって。そっかぁ。そういう事だったんだね」

 

「艦娘と関わっていた友人がいますのでね」

「それって機密漏洩ではありませんこと?最上、提督に通報した方がよろしいのではなくて?」

 

「ははは…何とも手厳しいですな、熊野さんは」

「あ、でもボク何となくわかるよ。マスター提督だったでしょ」

 

「………ほう」

「鈴谷を見る目がね。ボクの提督にそっくりなんだ。なんて言ったらいいのかなぁ。そうだ、艦娘を家族として見てるような目。提督と一緒なんだよね。あ、もちろん玲司提督の話ね」

 

「玲司君と、ですか」

「そう。艦娘を見守ってくれる目。でもおばさんたちや源さん達とは違うんだよ。うまく言えないんだけど、優しい提督はみんなマスターや玲司提督のような目をしてる。司令長官も。他の優しい提督もね」

 

この子は人を良く見ている。鳳翔にも、虎瀬や古井と同じ目をしていると言われた。

 

「あなた方の目は艦娘を。そして艦娘の未来を見ているのでしょう。優しい目。艦娘に慕われる目。その目を持たねば艦隊運用はうまくいかないんだと思います。今はお三方と…もういなくなられてしまった三条提督にしか備わっていない目」

 

鳳翔は彼の目をとても大切に。宝物のように語ってくれた。その目と自分たちの接し方こそが、艦娘に慕われ、絆を作り上げる大切なものであると鳳翔は語った。

 

「いつか。安城提督たちと同じような目を持った提督が現れ、私たち艦娘と共に戦ってくれるでしょう。手を取り合って」

 

そう言って幾月、幾年か。鳳翔の言った通りに艦娘に懐かれ、艦娘をとても大事にする提督に外でだが出会えた。とても大変な戦いを繰り広げ、悲しいこともあったようだ。それでも彼女らは笑い、甘味に顔をほころばせ、前を向いて走り続けている。最上。彼女の目は輝いているし、着任したてなのだろう。三隈や熊野もこれから最上のようになっていくのだろう。

 

横須賀の艦娘は以前の提督の時は目が死んでいたが、玲司がやってきてからは顔を合わせる度に皆表情がイキイキとしていくのを見るのが嬉しくてたまらなかった。表情をあまり表に出さない霰でさえ、少し口が笑っているように見えたりと素敵な光景だった。彼の父や、古井が思い描いていた笑顔の艦娘が溢れる光景。それが現実となって目の前にある。彼には本当に感謝せねばならない。

 

「ふふ…ここだけのお話にしてください。鈴谷さん。貴女を騙してしまって申し訳ありませんが…そうです。私は元提督です。夢破れ、己の心の弱さ故に去りましたがね…」

 

「おじさんも…提督」

「今は提督ではありません。妖精さんは見えますよ。玲司君についてきている妖精さんのことも」

 

「あはっ、やっぱりね」

「いやはや、目でだけ見破るとは恐れ入りました。ですが、今は私のことより鈴谷さんのことですな」

 

「そうだね。今度聞かせてね!マスターがどんな提督だったか!」

「いいでしょう。ですが、内緒にしておいてくださいよ?」

 

「提督にも?」

「ええ」

 

なんで内緒にするんだろうと言う疑問の目を向けられたが、鈴谷のことを知っておかねばならなかった最上は話を切り替えた。

 

「じゃあ提督に言ってくるよ。大丈夫だよ鈴谷。ボクたちもいるし、悪いことにはならないよ!あー、でも一応…提督と顔合わせする?」

 

「提督…」

「ボクも最初はね、なんだよーって思ってたんだ。鈴谷は怖い、だけどボクは憎い、かな。会いたくもないし着任させてもすぐ追い出してやるって」

 

「……そう、なんだ」

「会って悪いことはないよ。準備がいるなら提督にも相談して。戦わない、戦えない艦娘でも優しくしてくれるよ」

 

「うん…」

「ちょっと提督に相談してくるね!」

 

「え!?ちょ、ちょっとぉ!」

 

「もがみん、待って!」

 

最上はこういう時思い出したら即行動タイプである。戦闘ではしっかりと状況を見渡すのだが日常は割と猪突である。

 

「ぜひ会ってみてください。私からもそれしか言えません」

「……」

 

出会ってすぐに悪態を吐かれ、怒鳴られ、あんな訳の分からないところへ連れていかれ。提督と言うものをろくでもない大悪党のように思う鈴谷。けど、最上や三隈。特に最上があんなによく言う提督。提督がいなければ生きていけないと聞いてこのまま自分はどうなるんだろう、と言う不安の芽が急速に成長していた。

 

「頼りないように見えますけど、最上があれだけ信用してるんでしたらわたくしはついて行きますわよ」

「熊野…って、行かなくていいの?」

 

「このタルトがおいしくって…食べ残しはもったいなくってよ」

「単に食べたいだけだよね…?」

 

「そうとも言いますわ。んー、おいしいですわ♪」

 

ケーキを上品そうに食べているが、頬にソースがついていたりと子供っぽい熊野。何だか緊張が解ける。

 

「提督は」

「はい」

 

「提督は鈴谷が言っていましたけれど、悪い人ではないと思いますわ。レディをレディとして扱う態度や心構えなどはさっぱりですけど。まあ、悪くはなくってよ?」

 

その他にも天蓋つきのベッドを部屋に入れろと言ったらできない。レディの寝具にさえ文句をつける。ドックの脱衣所が古臭い。きれいになさいと言ったが情緒があっていいからと他の艦娘に止められた。みんな古臭いのがお好きなのね。でもあのフルーツ牛乳は絶対に撤去は許しませんの。

 

カレーやオムライスと言うものはレディの料理ではないが毎日作れと言ったらこれまた他の艦娘から拒否された。毎日オムライスでもよくってよ。ああ、でもあの緑の丸いやつを入れるなんて無粋ですわ。

 

などなど、提督の悪いことを言っているらしいのだが、ただのそれはわがままじゃないの…?と思う鈴谷。あの提督とは違うようだ。最上に聞かないとこれはたぶん、ただひたすらに熊野はわがままを言っているだけだろうと思う。後ろでおじさんが口をおさえて笑いをこらえている。

 

「美肌のためにお風呂に牛乳をいれてほしいと言ったら間宮さんに怒られましたの…納得がいきませんわ。でも、あの高貴なわたくしのためにバラの花を入れたお風呂はよくってよ?そのあとに飲むコーヒー牛乳がたまりませんの!」

 

「んっふ…」

「おじさま?何か熊野がおかしなことを言っておりまして?」

 

「いえいえ…良い鎮守府ですね」

「ま、まあそこは否定いたしませんわ。あとは提督がもう少しレディとは何たるかをわかってもらえれば」

 

十分理解していると思うのだが…まだ建造されたばかりのようだし、少しずつわがままの言わなくなるだろう。

 

「おじさん。鈴谷はやっぱり、ここでは生きていけないのかな」

「……貴女が艦娘であると言う以上、ここでずっと、と言うのは無理でしょう。人間と艦娘。見た目は同じでも中身は別ですからね」

 

「……そっか」

「それに、貴女に生きてくださいと願いを託した方も、きっと願っているはずですよ。その方ができなかった、鎮守府での生活。それも、私の知る提督のいる鎮守府での生活は、艦娘にとって夢のような世界、なのかもしれません」

 

「夢のような…」

「私たちが築き上げようとしてできなかった夢の世界。それに近い世界が、そこにはある。そう思っています」

 

「…熊野の話だと…本当にいい所みたいだね」

「ええ。お食事にニンジンがいつも多く入っているのは悪夢のようですわ」

 

「子供か!」

「好き嫌いはいけませんな。どれ、今度キャロットケーキでも作ってみましょうか」

 

「甘くておいしいのなら大歓迎ですわ!」

「熊野…キャロットってニンジンのことだよ。だから、ニンジンをまるまる使ってるんだよ」

 

「……遠慮しておきますわ」

「ああ、そのタルトにもニンジンを…」

 

「ぶーーーー」

「うわあきたな!!ちょ!マジありえないし!!嘘に決まってるでしょ!もう、おじさん!!!」

 

「ははははは、ジョークですよ」

「おじさま…許さなくてよ…」

 

「おおっと、申し訳ございません。ではニンジンジュースを。好き嫌いはいけませんよ」

「お断りいたします!!!もう来ませんわ!」

 

「あーあ、ここのケーキおいしいのに。レモンタルトとか、ほらこれ。今の時期なつみかんのジュレとかさ」

「考え直しておきますわ」

 

「気が変わるのはやっ!」

 

プンプン怒ったり、大人しくまたタルトを食べ始めたりとコロコロ表情が変わる熊野とツッコミを入れて、でも笑っている鈴谷。この2人のやり取りは見ていて飽きない。今までこんな大きな声をあげたり、笑った顔はなかった。やはり…そうですね。

 

「ちわー」

「鈴谷ー!提督連れてきたよ!」

 

「えっ!?」

 

提督、と言う男の人を見て思わず裏へ逃げ込んでしまう鈴谷。んっふ、となぜか笑う最上。

 

「あー、そのー。まずかった?」

「すごい早さだったねー」

 

ちらっと覗き見すると、初めて見た時の怖い顔の男の人でもなく、店で見たいやらしい顔をした人たちでもなく、落ち着いた人だった。小汚い臭いおっさんでもない。「さんま」と書かれた謎のセンスの服を着た人。提督の服でもないが、何となく提督なんだろうな、と言う空気が漂っている。

 

「あー、都合が悪いならまた来るけど…もう落ち着いたからとすぐ来れると思う」

「え、ええっと…ごめん、ちょっちいきなりは…」

 

「ん、オーケー。また来るよ」

「提督!ボクも連れて行ってよ!絶対だよ!」

 

「もがみんが行くのでしたら三隈もお供致します」

「またケーキをごちそうしてくださるのかsモガッ!」

 

「ははは、とびっきりおいしいキャロットケーキをご用意しておきましょう」

「むーーー!!むぐぐぐぐー!!!!!」

 

「あははは!マスター、熊野はニンジンが大嫌いなんだ。それで間宮さんからも怒られてるんだよ。キャロットケーキにニンジンジュースでお願いしまーす!」

 

「むーーーー!!!!!」

「泣くほどのことかよ…電だってニンジンは泣くほど嫌いだったけど克服したんだぞ。電が食べられて…熊野がワガママを言って食べないのは感心しないな」

 

「ぷはっ!電さんは電さん、わたくしはわたくしですわ!」

「雪風が作ったニンジンのグラッセ、食べてくれなかったってしょんぼりしてたぞ」

 

「ぐっ…ひ、卑怯ですわよ…そんな…」

「あー、あれかぁ。雪風、作り方が悪かったでしょうか…おいしくなかったでしょうかってすごい落ち込んでたね」

 

「うっ…」

「これを機に食べれるようになりましょう。大丈夫。おいしくお作りしますからね」

 

「……し、仕方ありませんわね。レディたるもの…好き嫌いなどあってはレディとは呼べませんもの…」

「何か、暁みたいだな。うちにはいないけど」

 

「あかつき?」

「ああ。一人前のレディってよく言ってる子でな。電のお姉ちゃんだ」

 

「わたくしを駆逐艦の子みたいに扱うとはどういう了見でして!?」

「いやぁ、たしかに似てるかも。暁よりお子様かも」

 

「むきーーーー!!!!!そこまで言うんでしたら食べてやりますわよ!!!それでいいんでしょう!?」

「提督、マスター、聞いた?鈴谷も聞いたよね!言質は取ったからね!」

 

「上等ですわ!!!」

「と、言うわけでマスター。よろしくお願いします」

 

「ほほ、かしこまりました」

 

じゃーねー!と元気よく手を振って出ていく最上。ごきげんよう、とペコリと上品な挨拶をする三隈。ぷんすかしながら出ていく熊野。そして、ごめん、と手でジェスチャーをして苦笑いして出ていく提督。ドアが閉まっても聞こえる最上の笑い声。そして「見ていなさいよ!!!今日はニンジン特盛でお願いしますの!!」と大声で提督に言っている熊野。ああ、熊野、絶対帰ってから後悔するんだろうな、と思う鈴谷だった。

 

「いかがですかな?」

「楽しそう…」

 

「ほっほ。では、心は決まりそうですかな?」

「わかんない…でも…ちょっと勇気を出してお話してみる」

 

(鎮守府で幸せな生活を送ってね)

 

その約束を忘れかけていた。今の生活も結構楽しかったから。でも自分は艦娘。そして、艦娘の先輩鈴谷に託された鎮守府で生きて幸せな生活をする。

その約束を果たすため、あの提督はいい人なのか、猫をかぶっているだけなのか。見極めさせてもらおう。

 

「おじさん。鈴谷は…幸せになっていいの?みんな…見捨ててきたのに」

「誰にでも幸せに生きる権利はあります。私がいい。ダメ、いえ。人が他人の幸せに口出しをする権利はないのです。貴女が思う幸せを貴女が描き、その思うままに生きて良いのだと思います」

 

「……鈴谷の…幸せ」

「最上さん達とわいわい生きること。それも貴女が描く幸せに続く1つの道なのかもしれません。『勇気ある行動は人の心を開きます』…私の親友が言っていた言葉です。月並みな言葉しか言えませんが、頑張ってください」

 

「……鈴谷の幸せの…道。約束…」

 

目が変わった。きっと、彼女は彼らについて行く道を選ぶだろう。それでいい。私は喫茶店とバーのマスター。彼女は艦娘。進むべき道が根本から違う。逸れそうになった道から正しき道への道案内。遠回りはさせてしまったがいいタイミングではないだろうか。彼なら道を外すことも外れることもない。

 

「さあ、今日はお休みで結構ですよ」

「嫌です。ちゃんと働きます」

 

「お皿を割ったりはしませんか?」

「うっ…ちょっち体は重いね…」

 

「気にしないでください。ゆっくり考えてください。貴女の思い描く幸せを」

「うん」

 

「さあ、歩けますか?」

「ちょっと、そこまで悪くないんだけど!?」

 

「おやおや、失礼しました」

「む~、やっぱりおじさん、鈴谷を子ども扱いしてない?」

 

「………」

「ちょっと!そこは否定してよ!ほら、おっぱいだってこんなに!」

 

「い、いけません鈴谷さん!警察に出頭せねばなりません」

「いひひ、わかればよろしい!」

 

はたから見ればその姿は何だか親子のようだったと言う。これもまた、鈴谷の歩いた幸せへの道の足跡なのだ。




鈴谷と最上たち、そして玲司との邂逅でした。
ちょっと熊野の性格が某一人前のレディみたいになってますが…ま、いいか(目逸らし

さて、鈴谷が横須賀に着任するまでの話は次回でおしまいにしたいと思います。鈴谷はどう思っていたのか?先輩鈴谷は?次回で明かしたいと思います。

それでは、また。
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