提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百五十一話

「提督様…」

「様はいらねえ。提督と呼べ」

 

「提督さ…」

「提督だっつってんだろ」

 

「提督!」

「葛城、テメエはうるせえ」

 

「何よ!」

「一体なんなんだお前は…愛宕、こいつみてえに提督って呼べ。いいな」

 

………

 

「こらー!睦月ちゃん!グリーンピースを食べなさい!長月ちゃんを見なさい!」

「ん…んふー!!んっ!鼻をつまんで牛乳で流せば食べられる…」

 

「さすがだ長月。私も真似しよう…」

「ふぇーん!食べますよー!」

 

「葛城さんの目はごまかせないわよ、睦月ちゃん」

「おい球磨。テメエチビが好き嫌い克服してんのにテメエはなんだ?あ?」

 

「うっぷ…だからってグリーンピース特盛は嫌がらせ…ク…マ…」

「愛宕さんは好き嫌いは…ないわね…多摩さん、お魚嫌いというのは…」

 

「多摩は猫じゃないにゃ」

「じゃあなんでにゃあって言ってるの?」

 

「阿賀野、それ以上はいけないにゃ…」

 

龍田は食事を摂りながら食堂を笑顔で眺めていた。悪くない。いや、とても楽しい光景だった。これが、過去の刈谷提督がやっていたことらしい。刈谷提督に会う前は恐れられ、避けられていたため、ここの艦娘達に怯えられることも慣れていた。しかし最近は龍田も怖い雰囲気がなくなったことで、駆逐艦が気軽に話しかけてきたりすることも増えた。龍田は素直に嬉しい。

 

「あはは、また球磨さん怒られてる。愛宕さんも何か残してみたら?提督にいろいろといたずらされるかも」

「……」

 

飛龍が愛宕に何かよからぬことを吹き込んでいる。飛龍も少しギクシャクしたものがなくなり、活発なみんなを引っ張るリーダー的存在になった。事務は龍田と能代。長門、飛龍、葛城、球磨で戦闘を引っ張る。鹿屋の戦果はここ最近。いや、三条提督とタッグを組んでから上がった。自分がずっと望んでいた場所が出来上がってきた。

 

「龍田よ」

「長門ちゃん、どうしたの?」

 

「いい加減ちゃん付けは…」

「あらぁ、かわいいからいいじゃないの〜、ねえ榛名ちゃん?」

 

「はい、とても似合っていますよ」

「うう…ま、まあそれはいい…良い場所になってきたな、と思ってな」

 

「ええ。長門ちゃんは提督のやり方は知ってるでしょ?」

「ああ。私も長らく良き提督に恵まれなかったが…今の刈谷提督ならばずっと仕えていたいと思う」

 

「榛名も!そう思います」

 

「うむ。私と榛名も、恵まれていなかったからな。愛宕はすんでのところで良い提督に巡り会えた。以前の提督ならば不安であったが、今ならば安心だ」

 

協力者であったが、かなり怪しいところもあった刈谷提督。時には心配にもなったし訝しんだこともあったが、能代と水の掛け合いをしているそこから態度が軟化した提督には長門は信頼を置いている。古株である長門は愛宕と同じようなことになっていた葛城をあそこまで戻した実績も知っている。信頼しないわけがない。

 

「葛城。片付けが終わったら執務室に来い。龍田と葛城と愛宕以外は入室は禁止する」

「わかったわ」

 

食器を集めて流しに持っていく葛城。他の艦娘が何するんだろうね〜。新しい作戦にゃし?などと言う話をする中、球磨が心配そうに声をかけてきた。

 

「まだカウンセリングが必要クマ?」

「ここにあいつがいて俺がいる限りは一生だ。結局は暗示みたいなものをかけて奥底に封じているだけだ。これだけやればなんて終わりはねえ。いつフラッシュバックするか。簡単に言えば、時限爆弾の時間を伸ばしてるようなもんだ」

 

「葛城の傷は深いんだなぁ…」

「ああ。俺が思う以上にな」

 

「愛宕は楽勝クマ?」

「高えよ。でもな、愛宕は俺の艦娘だ。俺が元に戻してやるよ」

 

「球磨も…提督の艦娘クマ?」

「何言ってんだテメエ。テメエだって俺の艦娘だ。勝手にくたばったりすんじゃねえぞ。おい葛城、龍田、行くぞ」

 

「はい」

「はぁい」

 

ペシンと球磨の頭を軽く叩いて食堂を後にする刈谷提督。ボーっと背中を見送る球磨であるが…。

 

「にゃ?球磨姉顔が真っ赤にゃ」

「………」

 

「提督に何を言われたにゃ?」

「何でもねえクマ…」

 

「テメエだって俺の艦娘だ。勝手にくたばったりするんにゃねえぞ」

「しっかり聞いてたクマ!?」

 

「多摩の耳は猫の耳にゃ。でも猫じゃないにゃ」

「ヴォオオオ!!!!忘れろおおおおお!!忘れねえなら今すぐ終わらせてやる!!!!」

 

「があああああああ!!!!!」

「おおっ、見事なアルゼンチンバックブリーカー!」

 

「あがっ、ぐふっ、ギ、ギブ…にゃ…あっ」

 

ゴキゴキッと鈍い音が多摩の背中から聞こえ、多摩は哀れ息絶え…「て、ねえにゃ…勝手に…殺すにゃ…」

 

「フー!フーーー!!!」

「あーあ、球磨さんが熊みたいになってる」

 

「そんなこと言ってる場合!?すぐドックへ!」

 

榛名が多摩を抱え上げ、飛龍と伊勢がタッグで猛獣ノ血ニ狂フ球磨を止める。長月や菊月は球磨の恐ろしさに涙を流し、睦月や如月たち、駆逐艦が震え上がる。以前はこうではなく、単に提督と龍田が怖かったのだが…。中には深雪のようにいけいけー!と騒ぐ子もいる。長門は別の意味でいろいろと危ないこの基地の艦娘達の足並みを揃えるのには骨が折れそうだ…と溜め息を吐いた。

 

………

 

「愛宕、テメエのしたいことは何だ」

「私は…兵器。敵を屠り、提督様に勝利をもたらすこと…」

 

「薄っぺらい上っ面のバカの理念とか目標はどうでもいい。テメエが何をしたいか考えろ」

「……私は兵器。敵を屠り、例え沈もうと提督様に勝利をもたらし、提督様の理想郷を作ること。私たちは兵器。兵器に感情は必要ありません。兵器は敵を倒すことだけを考える…」

 

「重症だな。葛城は傷を癒すことだったが…こいつは壊された穴を埋める必要がある。いや、ちげえな」

「壊された心でも意味合いが全然違うわねぇ」

 

「違う。壊された、じゃない。こいつはいかなる誰の言葉も心に届かないように心を分厚いコンクリの壁で覆われてるようなもんだ。心の中はあのクソ野郎の呪詛が詰まって余計にそのコンクリの強度を増してやがる」

 

「じゃあ愛宕ちゃんはもう戻らないの?」

「コンクリなんざ爆破してやりゃいい」

 

「それじゃあ愛宕ちゃんの心まで壊れないかしら?」

「えっ!?それって…」

 

「それを壊さないようにするのが俺の仕事だ。必ず何かある。不完全な施工じゃ例え高級マンションでも欠陥だ。例えその穴が針のような小せえ穴でも、そこから破壊できる術はある」

 

「提督は諦めないのね…」

 

「今俺らは艦娘がいねえと生きていけねえように、艦娘も人間がいなけりゃ生きていけねえ。このまま放っておけって言うのか?こいつは何の罪もねえのに自分らの勝手でこんな目にあわされてんだ。放っておけるはずねえだろうが」

 

これを施術した人物。大府提督に対して明確な怒りの表情を見せる刈谷提督。彼は大府提督の冷酷非情さを嫌っているわけじゃない。そんなことはクソ程どうでもいい。彼が怒りを露にする際は大体が艦娘を蔑ろにしたり、このように非人道的行為を行った時だ。

 

恐怖におびえる艦娘達に口はとても悪く、お世辞にもいい行為とは言えなかったが、それでも轟沈なし。衣食住の待遇は抜群であった。本当は艦娘のことをしっかり考える提督なのだ。

無茶をして轟沈覚悟で突撃しようとした艦娘には猛烈に、でも静かに怒った。このままでは轟沈してしまうかもしれない不知火や、続こうとした漣を横須賀へ行かせたのは自分ではもうどうにもできないと判断したから。

 

愛宕の命令に忠実すぎる姿勢はかえってありがたかった。不知火はとにかく出撃し、苛烈に攻めて攻めて沈むまで攻めるような何かだった。大府提督の洗脳が解けていることも知っていた。だから、艦娘と提督が一体になって物事を解決すると言う話をチラッと古井司令長官から聞いていた刈谷提督は玲司のところへ行かせたのだ。

 

「愛宕、よく聞いとけ。俺はテメエにかわいそうなヤツだとは言った。けどな、それだけでテメエを引き取ったわけじゃねえ。俺はテメエが気に入ったから連れてきたんだ。普段のテメ…お前は面倒見がよくて優しい奴だ。良くも悪くも賑やかで場を和ませる。だから俺はお前にそうなってほしいからここへ連れてきた。愛宕、あんなクソ野郎の言葉に負けんな。俺らと一緒に来い」

 

これが刈谷提督の本当の心か。龍田と葛城は初めて聞く刈谷提督のものすごい熱意と、優しい言葉に鳥肌が立つ。気持ち悪いからではない。自分たちをここまで思ってくれているのか。こんなに優しい人だったのか。その言葉に心が、魂が喜んでいるのだ。私はこの提督に拾われてよかった、と。葛城に至っては背を向けて肩を震わせている。

 

「お前は俺が何とかする。俺の言葉やみんなの優しさで泣くくらいなら、お前には届いてんだろ?待ってろ。必ず助けてやる……待ってろ」

 

グググ…と愛宕の肩に置いた手にチカラが篭もる。刈谷提督の、別の人間には見せない確かな優しさ。彼はそういう性格なのだ。葛城も龍田も球磨も多摩も。能代も。みんなその刈谷提督に救われた。大本営の夕張が葛城についてはもうダメかも…と言ったことに対して怒りを見せたこともある。

 

「ふざけろ。何も施しも問診もカウンセリングもしねえではなから諦めてんじゃねえ。テメエと大本営が見きれねえなら俺が連れて帰る。テメエらにはもう頼らねえ」

 

「待ってください!突然深海棲艦になるかもしれないんですよ!?そうなったら提督も艦娘も近隣にも危険が及ぶんです!」

 

「可能性の話だ。なったらなったで考える」

「許可できません!私も大本営のそういった権限は若干あります!深海棲艦になるかもしれない艦娘は解体…!」

 

龍田に葛城を連れていかせようとするが、夕張が阻止する。しかし、解体と夕張が言葉を発した所で夕張は体を強張らせ、目を大きく開いて固まった。目つきは悪いしいつも人を小馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべている刈谷提督だが、その時ばかりは夕張を殺さんばかりの怒りの表情で立っていた。

 

「テメエ…」

「ひ、ひいい!!」

 

凄まじい睨みに出入り口で夕張は腰を抜かし、刈谷提督はそれを無視して葛城を無断で連れて行ってしまったのだった。後ほど古井司令長官に命令を無視したことを詫び、膨大な量の始末書を書き、何かあった際には全責任を負うとまで言ったのだった。それはさすがに司令長官が無理だと言ったが。

 

葛城はそのまま刈谷提督のカウンセリングにより、一か月に1回ないし2回。別途、情緒が不安定な時などに執務室で面倒を見ている。これにより、葛城は刈谷提督から離すわけにはいかなくなった。葛城は離れる気などないし、刈谷提督も離す気がないのでずっとそのままだ。

 

以降夕張は毎回、刈谷提督を見るなりトイレに篭って帰るまで出てこなくなった。

 

………

 

話を戻そう。龍田が見たこともない強いチカラを込めた目で愛宕を見ていた。

 

「てい…とく…」

「待ってろ愛宕。龍田。今日はもういい。阿賀野を呼べ」

 

「うん…」

 

今まではただただ涙を流していただけだが、今度は体を震わせて泣いていた。刈谷提督の強い思いが伝わったらしい。葛城の時と同じだ。葛城の時は龍田にさえ何をしているか見せなかったくらいだ。葛城にいつもどういう事をしてもらっていたのか、と聞くと顔を赤らめて逃げ出すような何か。思い返せば葛城だけずるい。ああ、いや、いつも愛してもらっているわけだから…それは信じている。ただ、自分だけが独占するのではなく、葛城や今で言うと榛名や能代も別にいいのではないだろうか?とも思っている。

 

「みんなで提督と…かぁ…それはそれでいいかもしれないわねぇ…提督、頑張ってね~♪」

 

龍田は想像してみると楽しそうだったのでクスクス笑いながら阿賀野を呼んだ。どうせなら阿賀野ちゃんも…と思うとさらに楽しくなり、阿賀野がドアを開けた時、そこにはニッコリと笑っている龍田がいたので阿賀野は死を覚悟したとか。

 

………

 

「う、ううっ、ぐすっ!うう!」

 

阿賀野に愛宕を任せ、龍田も面倒見ると言って部屋を出て…部屋に残ったのは刈谷提督と葛城。葛城は覚えていた。龍田でさえ見ることのできなかった提督の優しさを一番見てきたのは、鹿屋の中では葛城だ。

 

「思い出させちまったな…悪い」

「うう!提督!提督が謝ること!ない!」

 

夢でもたまに見る、自分が徹底的に罵られ、殴られ、尊厳と自我を崩壊させられたこと。長い夢を見ていた時に葛城が聞いたのが、忘れもしない、優しい男の人の声。

 

「心配するな。俺が守る。お前は…笑ってろ」

 

何度お前は笑ってろと聞いたか。抱きしめられ、頭を優しく撫でられ、その言葉をずっと聞いてきた。提督は裏切らなかった。手を変え、品を変え、提督はひたすらに自分が笑っていられるように守ってくれた。過去の暗い事は忘れられない。けど、それ以上に提督にしてもらった事は忘れない。愛している。龍田に負けないくらい葛城だって提督を愛している。

 

「葛城」

「ぐすっ…」

 

「2番目になっちまったが…受け取ってくれるか?こういうの、人間じゃできねえんだけど…艦娘なら…お前がいいって言うなら」

 

葛城に渡したのは指輪だ。龍田と同じく「Mors Sola」の文字が彫られたプラチナの指輪。死が2人を分かつまで。その説明をすると胸に顔を埋めて大泣きし始めた。

 

「死なせない。龍田と共々、ずっと俺の側にいろ」

「いるに決まってる!あなたと離れる気なんてない!」

 

「そうか」

「愛してる…愛してる!!」

 

「俺は弱えからよ…龍田と一緒にはなっちまうが…」

「いい!それでもいい!」

 

「そうかよ」

「提督…」

 

「ああ」

 

 

「愛宕さん!こっち!」

 

それから葛城はさらに刈谷提督をよく支え、愛宕の面倒を見た。昔の自分を思い出したから。ボロボロで早く殺してくれと思うくらいだった時の自分とかぶる。だから愛宕の面倒を見させてくれと頼み込んだ。刈谷提督は自分こと龍田と、そして重い心の傷を抱えながらもそれを乗り越え、何とかやっている葛城とで。全力でサポートする。

愛宕の手を引く葛城の左手の薬指に光る指輪。

 

「やっと渡したのね〜」

「ああ」

 

「うふふ、時間がかかったわねぇ。葛城ちゃんは提督に依存しているしねぇ。ふふふ、提督は激しいから、分担してくれると楽できるわねぇ…あぁ、でもぉ…」

 

「心配すんな。どっちもきっちりしてやる」

「ふふふ!よろしくお願いしまぁす♪」

 

「提督。少しご相談が」

 

能代が提督に相談を持ちかける。夜な夜な起き出し、寮を愛宕が徘徊しようとするらしい。今、能代が様子を見るために愛宕と相部屋なのだが、深夜に目を覚ますと愛宕がおらず、ぼーっと廊下を徘徊していると言う。肩を掴んで連れ戻すのだが、やはり反応はイマイチで自分の言う事は聞こうとせず、徘徊を続けようとするのだそうだ。

 

「俺の命令なら…あるいは…か?」

「はい…何をするでもなく、どうしたいのかもわからず…」

 

「わかった。よく知らせてくれた」

「わっ!?」

 

頭を撫でられ、伊良湖券を渡され、やっぱりまだ慣れない能代だが…嬉しいものは嬉しい。能代だって心配なのだ。愛宕が。提督なら何とかしてくれると信じている。

 

刈谷提督は執務室で考えていた。その口元は全く笑っておらず、怒りの表情が見て取れる。葛城も滅多に見ない刈谷提督の憤怒の表情に動揺している。

 

「提督、どうしたの?」

「考え事にしてはよくない顔ねぇ」

 

「やべえんだよ」

「え?」

 

「愛宕がやべえって言ってんだ」

「それってどう言うことかしら〜?」

 

「深海棲艦になるまで時間の問題なんだよ」

「深海棲艦…、?なんで…愛宕さんは今…どうなってるの?」

 

「あの野郎…あの野郎……!!」

「仕組んでたのねぇ…」

 

「仕組んでたって、何を…」

「あのクソッタレは最初から俺が愛宕を連れ帰るとわかって連れてきてやがったんだ。目論見通り、俺は愛宕を連れ帰った。きっと俺が愛宕の心を揺り動かすことも知っての上で。そうしてここへ連れて来させ…俺を、潰す気なんだろう」

 

「そんな…そこまでして提督をどうにかしたいの!?」

 

「そういう奴だ。完全に敵と認識したらしいな。漣の話を思い出した。あいつんとこの艦娘は大破して進撃したわけでもねえのに途中から深海棲艦になって体を再構築させ、襲い掛かったってな。今は沈める役がいねえんだろ。あるいは何かを企んでいる。同士討ちでもさせて、よその艦娘を混乱させてえんだろうな」

 

「なんて人なの…私の前の提督よりひどいじゃない!」

「……殺しておいた方がいいんじゃないのかしら」

 

「できたら苦労しねえ」

「じゃあ愛宕さんは…」

 

「死なせねえし解体もしねえし深海棲艦にもさせねえ。俺が助けるって言ったんだ。助ける」

「そ、それでもし提督に何かあったら…」

 

「死んだら私も終わりね~」

「龍田さん!!」

 

「死んだらダメよ?」

「お前に言われなくても」

 

「提督…無茶しないでね…」

 

刈谷提督に抱き着いた龍田はわずかながらに震えている。葛城よりも本当は龍田が一番刈谷提督に依存しているのだ。彼無しでは生きていけないくらい。それくらいに龍田の「彼と共に生きる」と言う決意は強くて大きい。刈谷提督は無理やり龍田の口を自分の口で塞ぐ。

 

「むっ!?」

「……」

 

「ぷぁっ!…提督?」

「黙って見てろ。不安がられると失敗するだろうが。いつもみてえに笑ってろ。葛城も」

 

「むーー!!」

 

今度は葛城の口を塞ぐ。強引な人だと龍田は思う。けど、それでいつもこの基地をグイグイ引っ張ってきたのだ。

 

「ぷはぁ!て、提督…」

「心配すんな。勝つのは俺だ。あんなちょせえもんで、俺に送り込んだところで何もならねえよ」

 

刈谷提督はいつものようにニヤリ…と笑った。負けは認めない。あいつには絶対勝つ。

 

 

2週間ほど経った。愛宕はそれまでやっていた徘徊をぱったりとやめ、今度は部屋で起き上がり、ボーっと月や空を見上げるだけだった。ときどきビクンと何か体をけいれんさせているように能代は見えた。その異質な雰囲気に、能代はついに提督の下へ報告に向かった。

 

「その…とても何と言うか…不気味でして…」

「……頃合いだな」

 

「頃合い…?」

「能代、今夜愛宕を俺の部屋に連れてこい」

 

「え、ええ?」

「理由は聞くな。変なことじゃねえ。あのバカが考えそうなこった」

 

「は、はあ…」

 

能代は心配そうな顔で提督を見るが、提督の表情でいかなる状況かを把握した。

夜になり、愛宕を連れてきた能代。下がれと言ったが放っておけず、成り行きを見守ることにした。だが、龍田が艤装を装備し、部屋にいることがもう異様でしかなかった。

 

「はい」

「龍田さん…これ」

 

「愛宕ちゃんに何かあったら、容赦なく撃ってね」

 

渡されたのは15.5cm砲。

 

「どうして!?愛宕さんを撃つだなんて!!」

「万が一だ。あのクソ野郎、時限爆弾を仕掛けてたんだ」

 

「時限…!?」

「爆発するわけじゃねえ。時間が経てば深海棲艦になるようにな。こいつだけはうまいこといったんだろうな。後がねえとなると、機械は無茶してぶっ壊れたか、別の誰かにバレたか、身の危険を感じてやめたか」

 

「最近けいれんしてたんだろ?そりゃ深海棲艦になる前触れだったかもしれねえ。このところひどくなってきたのはそれが原因だろうよ」

 

「ぐっ…あぅ!」

「愛宕さん!?」

 

愛宕は苦しそうな声をあげ、ビクビクとまたけいれんしだした。

 

「おい、聞こえるか。聞こえたら返事しろ、愛宕」

「は、い」

 

「命令だ。負けるんじゃねえぞ。中で暴れてるヤツに負けんじゃねえぞ」

「は、ううう」

 

「愛宕ちゃん、ここで負けたらダメよ?一緒に提督と頑張っていきましょう?」

「愛宕さん!負けないで…!ここで…ここでみんなと!」

 

「う、ぐ…アア!」

 

声がおかしくなった。よく見ると目の色も赤くなっている。

 

「へえ、エリートかよ。ここまで仕組んだわけじゃねえだろうが」

「テイ…とく…」

 

「いいか、愛宕。ここで負けんじゃねえぞ。テメエにゃ能代や阿賀野と一緒にチビの面倒見てもらう仕事を任せるんだよ。うるせえぞ?うちのチビ共は。いつも賑やかなテメエにはお似合いだと思ったんだがよ」

 

「コロ…す!憎イ…人間!!!」

 

目を見開くと完全に赤い目になり、強烈な殺意を刈谷提督に向ける。そんなことは構わずに愛宕の両肩を掴む刈谷提督。苦渋の決断で愛宕を撃とうとする龍田。しかし、刈谷提督が止める。

 

「てい…とく、諦めて…ないの?」

「俺が諦めたらこいつは終わりだ。言ったろ、こいつを元に戻してあのクソ野郎の前に連れて行って勝ち誇ってやるんだよ」

 

「グギギ…艦娘…人間…コロス…!」

「それがお前の本心か愛宕?お前の本心は違うはずだろうがよ!!!ぐあっ!?」

 

ドシュッと鋭く伸びたナイフのような爪で刈谷提督の左胸をえぐろうとした。が、愛宕は肩に爪を突き刺した。

 

「コロス…殺し…コロス…コロセ!殺し…たく…殺したくない!!!」

「愛宕さん…」

 

「いいぜ…愛宕。その根性嫌いじゃねえよ。グッ…よお聞こえるか深海棲艦のバカ。テメエはここには必要ねえな。俺が必要なのは愛宕だけでな。テメエの居場所はここにはねえ」

 

そう言うと怒りの表情で今度こそ刈谷提督の心臓を穿とうとする。龍田と能代は刈谷提督の砲撃命令がないので何もできない。

 

「愛宕ォ!負けんじゃねえぞ!!!お前の居場所はここだ!!!俺はお前が気に入ったんだ!!!!こんなところで深海棲艦なんかになってんじゃねえぞ!!!!」

 

「ウ…ウアアアア!!!!!」

 

深海棲艦の衝動を抑え込み、精神力だけで。もうほぼ深海棲艦になっていると言うのに刈谷提督、そして周りの龍田や能代への危害を与えることを踏みとどまっていた。

 

「提督への攻撃を…止めてる!!」

 

針のような穴。そこに刈谷提督は優しさと言う破砕帯をねじ込んだ、と例えるべきか。大府提督が施した術を一押しで破壊できるような。何という提督か。

 

「ウアアアアアアア!!!!」

「抵抗しろ愛宕!!」

 

「ガアア!!」

「ぐあっ!ゴフッ!」

 

腹部を蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。血を吐く刈谷提督。さらに悲鳴をあげて刈谷提督その爪を…振り下ろす!!!!

 

「提督ううううう!!!!!」

 

ズブリ…と言う音がした。龍田も能代も目を大きく見開いてみていた。

 

「あ……あ」

 

そこには…左胸から背中にかけて

 

「あた…」

 

爪を生やし、血を垂らす…

 

「あたご…」

 

愛宕の姿があった。

 

「愛宕おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

廊下にまで響き渡る刈谷提督の声。それと同時に赤い目も消えた愛宕が崩れ落ちた。心臓を自ら貫いた。それは…自分から機関部を破壊したと言うこと。

 

「バ、バケツ…!バケツ、持ってきます!!!!」

 

能代が冷静にバケツ。高速修復材を取りに部屋を転がり出ていった。青い血が胸から止まらない。刈谷提督の白い服とシャツを真っ青に染めていく。それは深海棲艦の血だ。もう、ほぼ深海棲艦化は完了していたのだ。

 

「うそだ…うそだ…死ぬんじゃねえぞ愛宕…死なないでくれ…」

「ゴボッ、ゴボボ」

 

血の泡を吹きながら何かをしゃべろうとしている。つま先から愛宕は水の泡になっていく。

 

「ダメだ…ダメ…行くな。行くんじゃない。行かないでくれ。俺は…俺…」

「ゴボ」

 

「なんだ、何が言いたい?」

「ゴホッ…あ、あ」

 

「愛宕ちゃん…?」

 

 

ありがとう。私を引き取ってくれて。

 

 

「あた、ごちゃ…!」

「礼を言うには…まだ早えよ…ま、まだ、これから…これからだ…!これからだろ!!!!これからお前はいっぱい笑って幸せになるんだよ!!!それを守るのが俺の仕事だ!!!!!それすらできねえなら提督なんかじゃねえ!!!!!行くな!消えるな愛宕!!!!」

 

「グフッ…コ、コロス…」

「うるせえ!!!!テメエにゃ用はねえんだ!」

 

「コ、コロ…」

「死ぬんじゃねえ…消えるんじゃねえよ、愛宕!!!!俺は…俺は!!!」

 

「提督!バケツを持ってきました!かけます!!!!」

 

提督ごとぶっかける。はたして効果があるのかはわからないが。しかし、若干水泡化が遅くなった気がした。

 

「コ、コロセナイ…ナラ…コイツモオマエモ…キキキキキ…ミチヅレダ」

「なっ?!」

 

深海棲艦が消えると愛宕まで。魂の消滅と同時に愛宕も道連れに…!

 

ドスッと愛宕…いや、深海棲艦が刈谷提督の腹を突き刺した。道連れにするつもりだ。

 

「提督!?」

「う…そ…!」

 

「キキキ!!!オマエモミチヅレ!ミチヅレ!!」

 

刈谷提督は腹に突き刺さった爪を、どこから絞り出したかわからないチカラで抜いた。寒気を覚える体に鞭を打ってニヤ…と笑う。コイツハナンダ…ニンゲンカ?

 

「ゴフッ…愛宕は…連れていかせ…ねえ!」

 

口から血を吐き、そして…そのまま…目の前の人間に何が起きたかわからず、驚き開いたままの愛宕の口を口で塞いだ。

 

愛宕の中に刈谷提督の血が流れこむ。どうしてそうしようと思ったのかはわからない。刈谷提督も頭が回っていなかったのか。痛みで朦朧としていたのか。しかし…。

 

「ングッ!ブハァ!?」

 

突然苦しみだし、刈谷提督を突き飛ばして喉をかきむしりだした。苦しんでいる。龍田も能代もどうなっているかまったくわからない。

 

「グアッ!ゴフッ…ウアアアアアア!!!!!」

 

シュウシュウと黒い煙を噴きだし、もがき苦しむ愛宕。刈谷提督はその愛宕を掴んで起こし、うろたえて泳ぐ目の愛宕の目をしっかりと見た。

 

「愛宕、死ぬな。俺たちと一緒に来い。俺が…俺がお前を幸せにしてやる!!!!」

「ギッダマ…レ…!」

 

「テメエに言ってねえんだ…テメエはさっさと愛宕ん中から出て行きやがれーーーー!!!!!!!」

 

刈谷提督が凄まじい剣幕で怒鳴るとおぞましい悲鳴をあげ、口から黒い霧が吹き出て霧散した。

ーーー静寂。の後に刈谷提督と愛宕はドサリと倒れ込んだ。

 

「えっほえっほ」

「ごうちんさせるなー。いそげー」

 

「とんてんかんとんてんかん」

 

どこから現れたのか、倒れ込んだ愛宕の周りを妖精さんが囲み、何か作業をしている。すると水泡化が止まり、そこから少しだけ光の粉が舞ったが止まった。

 

「せふせふ」

「ていとく、さくせん、せいこうしました!」

 

「ああ…ありがとよ…能代…龍田…」

 

「は、はい」

「………」

 

「愛宕を…ドックへ…たの…む」

「提督…?」

 

「い、いや…ダメ…」

「ねむ…い…ねる」

 

「寝たらダメよぉ…待って…置いて行かないで…」

「誰が置いていくか…よ。マジで…寝るだけだ。能代…愛宕…を」

 

「は、はい!」

「はいはいていとくさんのちりょうしましょー」

 

「ここのていとくはよいていとく。くちくかんにやさしく、つんでれだ。ああ~ていとくよ~♪ふぉーえばーそーふぁいん♪」

 

「おお?なにやらいれぎゅらーのにおい」

「たつたさん。ふくをぬがしてください。さあ、はよお」

 

「え、ええ…」

「ここにございますはようせいじるしのまほうのこな。これをふりかければつかれがぽんと「「「やめい」」」

 

「それは…何なの?」

「こうそくしゅうふくざいをようせいさんのぎじゅつでこけいかし、こなにしたものです。にんげんにきくかわかりませんが、ていとくさんからはわずかにかんむすのにおいがします」

 

「艦娘の…におい?」

「はい。かんむすのけはいをかんじます。それにかけます」

 

腹部の傷に粉を塗り込んでいく妖精さん。傷がふさがっていく。

 

「傷が…提督は…助かる…の?」

「あい。きずはふさがりましたけど、なかみはつなぎとめたくらいです。しばらくはぜったいあんせいです」

 

「長門さん、こっち!」

「こ、これは…いや、わかった、任せろ!」

 

「う、うう…バカ…バカよ…私たち艦娘に…命までかけて…あなたも…大馬鹿よ…」

 

でも、だからこそ愛しているんだ。この不器用でどこまでもまっすぐな提督を。刈谷克巳と言う男を。

気を失った刈谷提督を、龍田自身が抱き上げて医務室へと連れて行く。服が汚れても構わない。汚いものか。この人の全てが愛しい。

 

ベッドに横たえ、妖精さんの指示で涙をこらえて包帯を巻く葛城。支える龍田。汚れを拭き取り、最後にキスを交わして…後は提督が目を覚ますのを待った。

 

………数日後

 

眩しい光が瞼を貫いて目に刺さる。でも、彼女はその感覚がよくわからなかった。目を開けると余計に痛いくらいの光が入ってきて、思わず横を向いた。横では誰かが眠っていた。私はこの人を知っている。

 

「てい…とく?」

 

体はとてつもなく何か重いものを乗せているかのように重かったが、起き上がってさらにその人を見る。静かにお腹は上下しているので生きているのだろう。始めてみるはずなのになぜだか胸が騒ぐ。ドキドキと機関部がうるさい。

 

「提督?」

 

朧げだが私はこの人を提督と呼んでいた記憶がある。

 

 

テメエは俺の艦娘だ。

 

 

そうこの人に言われていたと思う。思い出せないけど何かひどい夢を見ていた気がする。私は兵器だと何度も言わされ、うんざりしていた毎日。それをこの提督が救い出してくれて…俺の艦娘だと言ってくれたはず。この人が私の…提督。何だろう、なぜか私がこの人を傷つけた記憶もある。その時に何かを言われたかもしれない。傷をつけてしまったのなら謝ろう。

 

「あらぁ、起きたの?」

「あ、えっと…」

 

「おはよう。私は龍田よ。秘書艦よ~」

「は、はい。私は愛宕よ」

 

「知ってるわ~」

「え、ええっと…」

 

「ふふ、顔でも洗って来たら?なまぬる~いけどね~」

「はーい、そうしまーす」

 

そうすると言っても洗面所の場所が…わからない。私はここの艦娘なのよね?あ、思い出した。能代さんにおしえてもらったんだった。うっかりしてるなぁ…。

 

「およ?愛宕さんおっはよーにゃし!」

「睦月ちゃん、おはよう。ぱんぱかぱーん!」

 

「………」

 

あ、あれ?何だか反応が悪いわね…?

 

「ぱ、ぱんぱかぱーん」

「ぱんぱかぱーん」

 

睦月ちゃんも如月ちゃんもノってくれた。うん、今日もいい感じね。

 

「おはよう、愛宕さん。目は覚めた?」

「能代ちゃんおはよー。うん、ぱっちりよ!」

 

「それはよかったわ。提督は?」

「あそこは医務室よね?私も提督も何かあったの?よく覚えていないの」

 

「ちょっと大事故がね…愛宕さんが階段から落ちて提督が受け止めて…」

「え、ええ!?そんなことしちゃったの!?」

 

「そうよ。今度からは気を付けてくださいね」

「う、うう…提督…大丈夫かな…」

 

「そう簡単に死ぬ提督ではないわ。すぐ目を覚ますと思う」

「そう…」

 

何てことだ。提督にとんでもない迷惑をかけてしま…いや、違う、能代ちゃんは嘘をついている。うろ覚えだけど…私は提督を殺そうとした?ああ、ダメだ。昨日までの記憶が全部靄に包まれてわからない。けど、私は…。

 

「提督のところに行ってきますね」

「え、ええ。大丈夫?顔色が悪いようだけど…」

 

「へ、平気よ~。私は元気だけが取り柄だもの!」

 

ふんす、と能代と同じかそれ以上のたわわなものを揺らして医務室へと戻る。

 

「失礼しまーす…」

「よお」

 

男の人の声。聞きなれた声。

 

「何だ、浮かねえ顔して。しみったれた面してんじゃねえよ」

「提督、私、提督に何かひどいこと…そう、殺そうと…」

 

「ふん、テメエに殺されてたまるか。俺はまだ野望の途中なんだよ」

「ふふふ、そうね~。まだまだだもんね~」

 

「ってわけだ。殺そうと思ってたんなら、残念だったな」

「提督…提督!!」

 

提督をそっと抱きしめる。何か痛そうにしているから、思い切りギューッてしたい気持ちを抑えて。この人だ。この人が私の大切な提督だ。誰かに変なことを言えと言われた記憶があるけど、間違いだろう。夢か何か。

 

「へっ…おい愛宕。今度の大本営の会議、俺と龍田とお前で行く。準備しとけよ」

「えっ?あ、はい」

 

「何だ、まだ寝ぼけてんのか?デコピン食らわせるぞ。ほれ、いつものやれよ」

「いつもの?」

 

「テメエの十八番だろうが。ぱんぱかぱーんってやつだ」

「あ、ああ!提督、おはようございます!ぱんぱかぱーん!」

 

「うるせえな」

「ええ?提督ひどくないですか?」

 

「クックッ…」

「ひどーい!!!!」

 

「ふふふ、愛宕ちゃんがかわいそうよ~」

 

医務室には笑い声が響く。うん、いつも通りね。そう信じて疑わない愛宕であった。

 

………

 

「記憶があいまいになってるのね~」

「それでいい。知るだけ無駄だし、辛いしめんどくさいだけだ」

 

「愛宕ちゃんは無事、提督の艦娘になったわけね」

「ふん。賭けだったけどな」

 

「どうしてあそこから艦娘に戻せたのかしら…」

「さあな。俺にはさっぱりだ。無我夢中で何してたかもあんま覚えてねえ」

 

「そうよねぇ…提督も死ぬ手前だったわけだし…妖精さんは提督から艦娘の匂いがすると言っていたわ~」

「そりゃあこれだけ艦娘に囲まれてりゃな」

 

「ちがうのです。ていとくさんは『ち』からもかんむすのにおいがするです」

「血?赤いあれか?」

 

「はい。ていとくさんの『ち』はこのあいだのあのとき、あたごさんの『ち』としんかいせいかんの『ち』とがまざったものがていとくさんのきずからはいりこんだのでしょう」

 

「……そういや三条も深海棲艦の血が混ざった人間だったな。それを無意識でやったか…?」

 

「『ち』はいのちのつうか。いのちのけっしょう。つよいつよいおもいとそれがまざったものはなにものにもかえがたいかがやきをもちます。それは『きせき』とよぶんだとおもいます」

 

「テメエ博学だな。奇跡…ね」

「ふふ、提督なら起こしそうね~」

 

奇跡。過去の経験上、深海棲艦になった艦娘は助けられない。沈めるしかない。だが…今回は愛宕は愛宕のまま、沈めることも深海棲艦になることもなく生きている。それを奇跡と呼ぶしかあるまい。そう言った類のものは断固として信じないが…現実にああやって愛宕は普通に生活しているし、性格も元のままだ。なら…起きたと思うしかない。

 

執務室に行って電話をかける。その相手は…

 

『はい、横須賀鎮守府、三条です』

 

「よお、お前奇跡って信じるか?」

『はい?』

 

「奇跡は信じるかって聞いてんだよ」

『頭でも打ったんですか?』

 

「言うじゃねえかテメエ」

『いや、刈谷提督から奇跡って言葉が出ることが奇跡だなと思いまして』

 

「へっ、違いねえ。まあ聞けよ」

『今忙しいんですけど』

 

「聞けよ」

『…わかりましたよ』

 

強引に話を聞かせる。愛宕の話だ。冗談のような本当の話。こいつなら信じてくれると思ってるから。

 

『へえ』

「すげえだろ?」

 

『うちの響みたいですね』

「あ?」

 

『うちの響も深海棲艦に前の提督のせいでなってしまったんですが、電が響に戻したんですよ。まあ、響は俺じゃなくて電が起こした奇跡なのでちょっと違うか』

 

「なんだ。あーつまんね。そんだけだから切るわ」

『は?ちょっといつもいつも…』

 

何か言ってたが切った。うるさそうだし。そうか。やっぱりあいつも起こしてたか。あいつならやりかねない。あいつと同等。いや、俺が起こしたから俺の勝ち。

 

「提督は三条提督とお話するときは本当に楽しそうね~」

「あいついじるのおもしろいからな」

 

「あらあらぁ~」

 

奇跡でもなんでも、愛宕が無事ならそれでいい。俺もよくわからんことになってるけど。でも、まあ生きてるならいい。

 

………

 

大本営会議の日。約束通り刈谷提督は愛宕を連れてきた。周りの提督や職員がざわつき、道を開ける。刈谷提督と龍田のコンビはもはや恐怖の定番であるが、それを中和するかのようににこにこしている愛宕がいることがさらに驚きであった。

 

なんで?恐怖政治の提督なんだろう?龍田が笑っているのはいつものことで恐怖だが、愛宕のそれはまるで違う。恐怖で威圧しているはずだが…。

 

「へえ~、きれいなところね~。でも、私は提督とみんながいる基地のほうがいい雰囲気で好き」

「そうかよ」

 

「おお、これは刈谷君。おや?愛宕君…ああ、彼のところから引っ張ってきた…」

「ええ。愛宕、自己紹介だ」

 

「はーい。私は愛宕、よろしくお願いしまーす!」

「バッカ、司令長官だぞ」

 

「え?それってどういう人?」

「提督より偉い人よ~」

 

「え、ご、ごめんなさい!」

「いやいやいいんだ。明るくていいね。ふむふむ。頑張ってくれたまえ。いい提督だからね」

 

「はい!とってもいい提督です!」

「うんうん。よろしい。さあ、中へ。まもなく始まるよ」

 

「はーい」

「ウス」

 

「提督も司令長官へ向けての態度じゃないわよ~」

 

龍田にちょっと注意されながら中へ入る。部屋に入った瞬間に刺さる冷たい視線。ああ、何だ、いたのか。

 

「よお」

「刈谷提督、この間の電話は何だったんですか?それに愛宕まで連れてきて」

 

「誰を連れてこようが関係ねえだろ。またテメエはちんちくりんメガネが秘書艦か。もうちょっとこう、いい女いねえのかよ。扶桑とかいんだろ?」

 

「んなぁ?!」

「大淀はスタイルいいと思いますけどね」

 

「て、提督、それはその…え、えへ」

「ふっ、コロコロ忙しい奴だな。おい、スケベスカートから紐見えてんぞ」

 

「え、わ、わあああ!?」

「嘘だ」

 

「か、刈谷提督!!」

「キヒヒヒ」

 

「提督、かわいい子をいじめるのはダメよ~」

「はいはい。悪い悪い」

 

三条と話をしながらちらりと横を見た。まだ自分を見ていた。何よりその顔が、なんで愛宕が普通に笑っているのか、と言う驚きと、自分の思惑通りにならなかった怒りからか、ずいぶんとまあ殺気のこもった視線を送ってくること。

愛宕の頭に手を置いてみた。

 

「提督ぅ?ここではちょっと恥ずかしいんだけどぉ…」

「いいだろ別に」

 

「ふふ、悪くはないわ」

「そうかよ。おいちんちくりんメガネ。テメエも愛宕くらいのいい女になってみろよ」

 

「提督~、それはセクハラよ~」

「提督、牛乳を毎日飲めば大きくなりますか!?」

 

「三条に毎日もんでもらえ」

「にゃあ!?」

 

「刈谷提督!!」

「あ、あら~。私も提督にそうしてもらおうかしら?」

 

「愛宕ちゃんはそれ以上はうらやま…しんどくないかしら~?」

「そう?龍田ちゃんは…」

 

「ここでそういう談義をしないでくれ!」

「おいおい三条、これくらいで恥ずかしがってんなよ」

 

愛宕が笑い、三条や大淀がわたわたしている。それを見せつつ、ニヤッと大府提督に笑ってやった。目に見えて怒りの表情を見せてきた。それを見て、無言でもう一度笑ってやった。

 

悪いな。また百歩先をリードだ。

 

それだけ目で訴えてまた三条と大淀をからかう。これでいい。大府。テメエの負けだ。

本当なら中指をおっ立ててやりたいところだが、無視した。その日の帰りは龍田と愛宕、申し訳ないので三条と大淀に、俺お気に入りの飯をおごってやった。ご機嫌で帰って行ったから、ま、よしとするか。

 

「はぁ~おいしかった~」

「あそこの中華はおいしいのよね~」

 

「提督、ありがとうございまーす!」

「おう。今日は機嫌がよかったからな」

 

「提督」

「あ?」

 

「これからもよろしくお願いしまーす」

「……ふん、こき使ってやるから覚悟するんだな。龍田、テメエもだ」

 

「は~い」

「はーい!」

 

「おいコラ何してやがる」

「両手に華でしょ~?」

 

龍田と愛宕がくっついてきやがった。暑苦しいって言ってんのに離れない。勝手にしろと言ったら余計くっついてきやがるし。

 

まあ、悪くない生活が始まるな。帰ったら葛城が思い切り機嫌を損ねていた。ったく、ご機嫌取りもめんどくせえんだよ。

 

執務室では静かな龍田と能代。騒がしい葛城と愛宕。たまに飛龍。時々能代が「うるさい!」とキレる。ほんと、おもしれえ毎日になったもんだ。

 

ふん、これからが楽しみだな。そうだろ?飛龍。まだ俺はやれるから。やるから。見守っててくれ。五月雨も元気でやってるぞ。

 

 

五月雨へ

 

元気にしているか?ていとくは元気だ。むりはしていないか?お前はがんばりやさんだから、いつもむりするからていとくは心ぱいだ。

しゃしん、見たぞ。いつものかわいいえがおだ。いつも五月雨ばっかりだから、ていとくもしゃしんをおくる。ああ、一宮ていとくには見せないでくれよ。さみだれとていとくとのひみつだ。

 

近いうちに会いに行くよ。そのときは、げんきな顔をまた見せてくれな。

手紙、また待ってるよ。

 

刈谷ていとく。




刈谷提督と愛宕のお話は完結です。次回からはまた横須賀へ戻ります。
刈谷提督の本性?がすっかり出てきましたね。な、なんと彼は非道になれない優しい性格をした提督だったのです!(ドーン!)

これでまた大府提督との関係が悪化しましたが、刈谷提督はどこ吹く風。あと、血が混ざりましたが玲司ほどでないので、まだまだ謎な蒼い眼のようなことはできないと思います。ただ人より死ににくい、傷の治りが早い程度です。

刈谷提督は好きなキャラなのでまた刈谷提督視点のお話は書くと思います。

次回あたりで宿毛湾繋がりの話は終わりにしようと思います。次回もどうぞよろしくお願いします。

それでは、また。
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