提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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恐怖の前提督と、何かがおかしい明石におもちゃにされそうになっている吹雪の前に突如現れた沈んだはずの初雪と叢雲。

いろいろとおかしな世界でおかしなことが起きていて…?


第百五十四話

「どうするの?大人しく消えるなら見逃してあげるわ。私ね、今とてもはらわたが煮えくり返っているの。抵抗するならその汚い頭、撃ち抜くわよ?」

 

「おーおー、ひでえなぁ。提督に対してそんな態度たぁなぁ。明石、こいつらもやっちまおうぜ」

 

「はぁい。あーめんどくさー」

 

「司令官?はっ、笑わせるわね。あんたは私たちを物。商品、そんな風にしか見ていないでしょう?そんな奴を司令官と呼ぶにも値しないわ。あんたは…ただのクソ野郎よ!」

 

チキッと砲を構える叢雲。何が起きているかわからない吹雪を初雪が前に立って守る。

 

「てか何だおめえら?死んだ奴が化けて出てきたか?」

 

「さあ?私達もよくわかってないわ。気が付いたら吹雪を助けてって声を聞いて動いているだけよ。ま、さしずめ今のこの体は仮の体ってとこかしらね」

 

「叢雲…さすが。理解が早い」

「初雪もでしょう?吹雪を見つけて走ってこの変な明石さんに砲を構えて…」

 

「それは…この世界に定着する、何か。これ、打たれると、姉さんは…元の世界に帰れない」

 

「あら、よく知ってるわね」

「なんか…頭に、入ってた」

 

「…そう」

 

初雪が説明すると明石がチッと舌打ちした。明石は知っていたらしいし、この提督も知っていたようだ。

 

「世界に…帰れない?」

「あんたにはあんたの世界があるでしょう?見てたわ。あんたが幸せになってくれないと、私達、浮かばれないのよ」

 

「あっ……」

「私たちのこと、忘れたら…寂しい。でも…いつまでも、私達のことで、泣かれると…心配」

 

「ふっ、おめえら相変わらず仲がいいなぁ。けどよぉ、ここは俺の鎮守府だぜ?忠実な俺の下僕がいっぱいいるんだぜ?駆逐艦2匹ごときが偉そうにしてんじゃねえよ」

 

ゾロゾロと集まってくる。部屋が変わって暗い海の上になった。自分がさっきいた場所と一緒だ。

 

「本性を現したわね、小物さん」

「ど、どう言うこと?」

 

「ここはあんたの心の中よ。こいつらはあんたの心の弱さが生み出した幻影。あんたの心を闇に沈めてここに住ませようとしているの。囚われたら吹雪は終わりよ」

 

夢から覚めた気分だったが、まだ自分は自分の心の世界にいたのか。しかし、自分の心が自分を取り込んで壊しに来るだなんて…。

 

「早い話…深海棲艦になる、と同じ」

 

なんでわかるの?と思ったけど、ここは私の心の中だから思っても漏れているわけだ。あまり考えないようにしたいけど、言いたいことがグルグルと渦を巻いている。

 

「言いたいことはこいつらを片付けてからよ。艦娘は常に心の中に深海棲艦になる因子を抱えていることを覚えておきなさい。今回みたいに思い切り弱った時や空っぽにされた時にもなるかもしれないわよ」

 

「は、はい…」

 

「チッ、多いわね…何してるのかしら…?」

「さすがに…厳しい」

 

「初雪、吹雪を頼むわ。私が攻める」

「ん、任された」

 

「へえ?おめえに…アナタ達デ何ガデキルノカナ?」

 

司令官は突然黒いグニャグニャした形になってその後、吹雪になった。目つきが鋭く、悪い笑顔を浮かべている。とてもじゃないが自分にはまねできないと思った。

 

「吹雪を守るくらいできるわよ」

「…守る」

 

「ココデミンナ過ゴシマショウ?叢雲チャンモ初雪チャンモイレバ寂シクナイ…」

「じゃあ、あんたを大事にしてくれている司令官や仲間は放っておくのね?」

 

「だ、だめ!そんなの絶対いや!!私はあそこがいい!あそこが私の居場所なの!」

 

吹雪が心の闇を睨みつけながら叫ぶ。自分にはもうあそこしかない。自分を認めてくれる人がいて、自分を妹と言ってくれるお姉ちゃんみたいな人がいて。厳しいけどたくさんいろんなことを教えてくれる先生がいて。わいわい騒げる仲間がいて。あそこでないともう嫌だ。

 

「本当ニ?本当にあそこがお前の居場所なのか?」

 

黒い塊はグニャグニャと形を変え、自分が大好きな司令官の姿になった。

 

「吹雪、お前の居場所は横須賀にはないよ」

「吹雪ぃ、夢見てんじゃねえよ。誰がお前みたいなやつを妹なんかと思うかよ」

「あんたに居場所なんてあらへん。あんたの居場所はどこにもないんや」

 

姿形を変え、自分が今思い描いた人に姿を変え、吹雪を真っ向から否定する。その言葉は嘘だとわかっていても、吹雪の心を傷つける。

 

「お前なんていなくてもいい。帰ってこなくてもいいよ」

「司令官の声でそんなことを……!」

 

でも、本当に、司令官が心の底からそう思っていたなら…そう考えると胸が張り裂けそうだった。ゴプッと足が海に沈んだ。体が奥底から冷たくなっていく。

 

「吹雪!!そいつの言葉を真に受けてはだめよ!!!」

「ぐ、ぐぅ!」

 

「無駄だよ。初雪、そいつを掴んでいるとお前まで心の闇の底へ沈むぜ?」

「ダメ…!」

 

「初雪!?」

「うあ、あぅ…」

 

吹雪は黒い塊となり、沈んでいく。叢雲は成す術がなく立ち尽くす。初雪は吹雪と同じく暗い闇へと沈んでいった。

 

「ふふ、ふふふ…あはははは!!やったやった!これで私が『表』に出れる!!!」

「そうやって深海棲艦にするつもりね…!」

 

「そうだよ、叢雲ちゃん。私が表に出たからにはさっきまでの吹雪が慕っていた司令官や艦娘はみーんなまとめて私と同じ世界に引きずり込んであげるの!!!そして…絶望と恐怖のこの世界でそれを眺めながら一生を暮らしていくんだよ」

 

「趣味が悪いわね。あの子らしくない」

「これからは私が吹雪だよ。だからあの子だなんて、ひどいよ」

 

「あんたは吹雪じゃない。吹雪がこれしきのことで闇に沈んだままだと思う?」

「ごちゃごちゃうるさいなぁ!うるさいからまず叢雲ちゃんから私と同じにしてあげるよ!!!」

 

闇から深海棲艦らしき形をした何かが浮かび上がる。なるほど、だいぶ吹雪の心を掌握し始めている。見た目は深海棲艦でもおそらく違う。これらは自分、叢雲を闇に引きずり込み、チカラを蓄えたいのだろう。深海棲艦にならず、艦娘のまま心に入り込めるような何かだ。チカラは強いだろう。取り込めば吹雪が逆らう要因も薄れる。

 

「ふん。上等よ。この私を怒らせたことを後悔するのね」

「武器もなくてどうやって戦うのかな?ふふ、叢雲ちゃん…私と一緒になろうよ?」

 

「ならないわよ。それに…確かにあの子、あんたの戯言に心惑わされて沈んじゃったけど。けどね…本当にそれしきのことであの子が負けたと思う?アイツの馬鹿みたいな嫌がらせに必死で耐えて、耐えて。そして私と初雪が沈んだことで確かに大きな傷を負ったわ。けどね…吹雪はそんなに弱い子じゃないのよ。耐えきって幸せを手に入れたんだからね」

 

「くすっ…もう無理だよ。もう心の闇の奥底で…絶望に取り込まれて…ふふふ」

 

 

ドンッ!!

 

 

刹那、吹雪が沈んでいった場所から爆発音のようなものと同時に、深い深い闇を照らす強力な蒼い光が辺り一面に輝く。その光を嫌うかのように、嗤っていた闇に堕ちた吹雪は目を覆う。

 

「な、なに…?」

「ほーら、戻ってきたわよ。あんたにとっちゃ絶望でしょうけど」

 

もう一度ドンッ!と稲光のような閃光が疾った。眩い閃光が目を閉じていても目の前が白くなるほどの閃光だった。闇がガラスのようにひび割れていく。

 

「横須賀に来てすぐの頃はもう疲れた。もう逃げようって思ってた。前の私だったら、ここでもう眠っててもよかった。けど…」

 

潜水艦が海面に浮上するかのように。ゆっくりと吹雪が姿を見せた。闇に堕ちた吹雪はその吹雪を見るだけで寒気がした。そう…。

 

「今はここで立ち止まってるわけにはいかないんだ…だって…司令官や…摩耶さん…龍驤先生…鎮守府のみんながいるから…それから…初雪ちゃんや叢雲ちゃんも見守ってくれているってわかったから!!!」

 

閉じていた目を開く。その目は何よりも忌々しい闇を切り裂く蒼い光を放つ眼をしていたから。気を失った初雪を抱きかかえ、強い意志を秘めた眼で、闇に堕ちた吹雪を睨みつける。その光を見ているだけで不愉快この上ない。

 

「まったく、心配させるんだから」

 

吹雪の強い眼差しに安心した叢雲はくすっと笑って少しだけ悪態を吐いた。心の中では「やっぱり私のお姉ちゃんがそんな簡単に負けるわけないわよ」と思っていたが。

 

「……おとなしくそこで絶望に暮れていればよかったのに」

「そうもいかないよ。でも…弱い私を置いてはみんなの下へ帰れないから…」

 

「……なっ」

 

吹雪の蒼い光は消え、まるで夜明けのように闇が晴れていく。吹雪の迷いが消えたから。もう迷わない。もう…初雪や叢雲のことを思い出しては罪悪感に囚われたりしない。ちゃんと初雪が教えてくれた。私達は怒ってもいないし、憎んでもない。それよりも私や叢雲のことで泣かないで。それが心配だよと初雪が沈みゆく中で教えてくれた。

 

私はたくさんの人に支えてもらってる。心配をかけている。だから、みんなを安心させるために私はここから帰らなきゃ。目を覚まして心配かけさせるならもういらないとか司令官に言われたりみんな呆れてたりしないだろうかって不安になる。

 

「大丈夫です。提督はそんな簡単に見捨てるお方ではありません」

 

人の心の中にいろんな人が入ってくるな…何だかもう全部見られて知られてそうで怖い。

 

「ギッ!?」

 

その姿を見たとたん、影が苦しいのかわからないがとても嫌な顔をした。しかし、彼女の言葉は今自分が思った不安を全て吹き飛ばすほど落ち着いている美しい声だった。

 

「金剛さん…?」

 

「はい。金剛は私の姉ですね。すみません。吹雪さんをいい加減に提督の下へ帰そうとして失敗しました。それと、吹雪さんの心の闇に隙を与えてしまい、吹雪さんを心の奥深くまで引きずり込まれました」

 

「ええ…」

「ねえ、お姉さま?」

 

「オーウ…ソーリーでーす…」

「う、うう…」

 

「申し遅れました。私、金剛型戦艦の3番艦、榛名と申します。今、あなたの提督の下で一緒に戦ったショートランドの榛名です。提督がいつもお世話になっております」

 

「あ、いえ、こちらこそ、司令官にはとてもお世話になっていて…」

 

ものすごくかしこまった方だ。しかし、心の闇に対しては穏やかな表情であるが明確な敵意を見せた。

 

「心の弱さを吸い、そしてあたかも私が吹雪さんの心の闇のようにふるまう姿はさすがと言いましょうか。心の闇を真似ても…あなたは深海棲艦。彼女が心の弱さを認め、それと同調し、弱さを乗り越えてもなおここに居座る。その勝手、榛名が許しません!」

 

「ギギッ…オノレ、ウマク仲間ニデキルト思ッタノニ…!」

「それがあなたの本性です。ここに巣食ったあなた。出ていく気はありませんか?」

 

「出テイクワケガナイ。モウココマデ根ヲ張ッタノダ。今更コノ居心地ノイイ場所ヲ離レタクナイ」

「では力づくで出て行ってもらいましょう」

 

ガコン…ガコンとダズル仕様の大きな砲が闇を捉える。

 

「『英霊』の砲撃にあなたが耐えられるとでも?」

「自分カラ英霊ト名乗ルトハ…自惚レカ?」

 

「いいえ。人がそう呼びますので。沈みし艦娘の清き魂を持つ方々が私をそう呼ぶのです。呼んでくださるんです」

 

英霊。深海棲艦に魂を取り込まれず、逆にその闇を払う存在。人や古くからいる艦娘はそういった艦娘全てを英霊と呼ぶ。一括りに英霊と呼んでいるが、その中でもこのショートランドの榛名は一際強いチカラを持つ英霊である。

 

玲司が絶望に暮れながらも榛名達のことを想い、最大級の名誉を与えようと書き記した「ショートランド海戦」の戦闘詳報。特に大きな大群を最後の最後まで戦い抜き、戦艦水鬼の隊をほぼ壊滅させた「榛名」と「金剛」。

 

これらを榛名や金剛のために引き付けた「霧島」と「比叡」。

自ら囮を買って出て霧島と比叡、そして金剛と榛名に託した「伊勢」。

 

この5人は「英傑の5将」と呼ばれ、日本を守り抜いた艦娘として、慰霊の盾が玲司に送られた。これは古井司令長官の司令長官室に「大事にしてくれよ」と半ば強引に置いていき、大切に飾られている。

 

「離れていても俺はいつでもみんなのことを想う。榛名達だけじゃない。みんなだ」

 

そう玲司がいつも言っているから。

 

榛名は沈むまでの記憶を鮮明に残している。痛みも、苦しみも。それですら提督を守り抜いた栄誉だ。誇りだと考えている。そう思ったなら、なんてことはない。

 

姉の金剛が言うヴァルハラと言う場所において、彼女は一際強いチカラを持った。これは、玲司が記した戦闘詳報において特に榛名のことを強く記しており、それが高く人々から評価を得たことが原因だと思われる。沈んだ艦娘のことを憂いている。評価する人間は少ない。一般人には触れられないし、提督や大本営の人間でさえすぐに忘れてしまう。

 

玲司がことさら彼女たちのことを高く評価し、それを忘れていないこと。一部の艦娘や人間が強く榛名達を偲んだことなど、科学的に証明もできないし、存在するのかも怪しいものに研究もできない。

 

だが、こうして「英霊」榛名はいる。金色のオーラを纏って、全ての闇を照らすかのように。欠点があるとすれば、玲司と玲司の艦娘にだけしか強いチカラを発揮できないところだろうか。これは金剛や比叡、霧島にも言えることである。伊勢も同じである。

 

「吹雪さんの心の中で。勝手は!この榛名が!許しません!!!」

 

ガォン!!!と静寂を切り裂く砲撃。その砲は破壊するのではなく、邪気を払う砲。直撃。ギエアアアアアア!!!と言うすさまじい悲鳴と共に転がる吹雪の姿をした闇。闇が深ければ深いほど、榛名の砲撃のダメージが大きい。

 

「ア、アウウウ…」

「おとなしく出ていくのであれば見逃しますが…もう深く吹雪さんに根付いていますね。雪風さんの時よりひどい。これも…迷ってしまった原因でしょうか」

 

榛名は淡々と語る。それでも、容赦なく攻めるようなことはしない。敵意がないのであれば不要な戦闘はしない。

 

「…吹雪さん?」

 

のたうち回るモノに吹雪が近寄る。

 

「ノー!近づいたらノーよ!」

 

金剛の制止を聞かず、吹雪が手を伸ばす。呆気にとられた顔で吹雪を見る。

 

「つらいことも、悲しいことも。私、全部忘れないから」

 

「ハ…?」

 

「私が全部背負うから。今まで蓋をして押し付けてごめんなさい。でも、もう私、逃げないから。ちゃんと向き合っていくから。だから、一緒に頑張ろう?」

 

「ナ、何ヲ言ッテ…」

 

「私の弱い分だよね。私があなたから逃げていたから。蓋をしていたから。ごめんね…私が弱かったから」

 

「違ウ。私ハ深海棲艦…オ前ノ心ノ闇ヲ食ッテココマデ大キクナッタ…」

 

「ううん。それでもそれだけ大きくなるほど、私って弱かったんだなぁって」

 

「ヤメロ…ヤメテクレ。私ニ優シクシナイデ…」

 

「今度は…もう逃げない。私と一緒にがんばろ?」

 

「……」

 

真っ黒な闇が溶け落ち、ゴポゴポと泥になっていく。中からはもう1人の吹雪。その吹雪は…泣いていた。

 

「ごめんね、もう1人の私。今度はあなただけを閉じ込めたりしない。今度は…一緒になって一緒に幸せになろうよ」

 

「これは…計算外ですね。まさか深海棲艦の因子をはねのけ…溶かした?」

「いいえ。深海棲艦の因子と言うのは…誰しもが心に住まわせている心の弱さ。負の感情。それを吹雪さんが受け入れようとしています」

 

「では深海棲艦になったりしませんか?」

「あれは深海棲艦ではなく心の弱さ…深海棲艦の因子は榛名が消し飛ばしました。そのまま心の奥底に再び消えるはずでしたが…本当に、提督の艦娘は強い心をお持ちですね…さすがです」

 

今吹雪が対峙しているのは宿毛湾の提督により傷つけられ、折れて奥底で泣き続けていた吹雪の弱い部分である。夢も希望もなく、ただ諦めて泣いていただけの心。深海棲艦の因子が入り込み、より奥底へ閉じ込められ、憎しみと怒りを育てさせられていたが…。

 

「一緒…に?」

「はい!一緒に見て行こうよ。司令官や…摩耶さんや…龍驤先生。それからみんなとこれからどんな先が待ってるんだろうなって!とても楽しいよ!」

 

「すぐに…みんな」

「そんなことないよ!司令官もみんなも待ってくれてるんだよ。私、教えてもらったんだ。この世には確かに嫌なことがあったり悲しいこともあったりするけど。みんなで支え合えば、分かち合えばまだ歩けるって!」

 

川内さんが自分を助けてくれた。司令官が手を差し伸べてくれた。龍驤先生がいっぱいいろんなことを教えてくれて、強くなって。泣きたいときは摩耶さんが支えてくれる。みんなが…いてくれる!

 

吹雪。疲れたらおんぶしてでも俺が連れて行く。絶対に見捨てないから。

 

その言葉が私の支えだ。そんな司令官を守るために…私はもっと強くなる!

 

キン!と吹雪から蒼い光が放たれる。その光に完全に闇は消え、世界は横須賀の食堂に変わった。横須賀鎮守府が吹雪の居場所。その光景にもう1人の吹雪がぼろぼろと泣き出した。

 

「わたし…わたし、一緒に…行っても…いいかなぁ…あなたと…一緒に…!」

「うん。行こうよ。一緒に」

 

大きく頷き、再び手を差し出した吹雪の手を取る。

 

「あったかい…」

「もっといっぱい…あったかくなろうね」

 

もう一度頷くと2人とも蒼く光、眩い光が辺りを包む。みんなが目を閉じる。光が消えて目を開けると吹雪は1人だけになった。

 

「吹雪、あんた…」

「大丈夫。ここにいるよ」

 

胸に手を当て、もう1人はここにいることを教えた。不快なものは何もない。その吹雪の笑顔は憑き物が落ちたかのようなすがすがしいものだった。深海棲艦の因子を跳ねのけたことは当然であったが、そこから自分の弱さなどを抱えたもう1人の自分を受け入れ、己に克つ艦娘は初めてだった。

 

(たくさんの愛情をもらって、強くなった、と言う事でしょう)

 

榛名はそう思った。分け隔てなくたくさんの愛情を注ぐ提督や仲間からもらっていた。それが弱い心も受け入れる強さを得ていたのだろう。

そして、叢雲も安心した。これなら、もう姉はこっち側へ迷い込むこともないだろう。心配だった。初雪と一緒にずっと心配していた。

 

「もう…大丈夫、かな」

「そうね」

 

「初雪ちゃん、叢雲ちゃん…ありがとう。心配かけて…ごめんね」

「ふふ、今更よ。ま、見守ってあげるから、せいぜいがんばりなさいな」

 

「……深海棲艦になっちゃったらどうしようとか…いつもおろおろしてた、けどね」

「そこでそれを言う!?あんただって泣きそうになってたくせに!」

 

「…記憶にございません」

「へえ、いい度胸ね。どうしよう、吹雪が消えちゃうってもがが!」

 

「初雪ちゃん、叢雲ちゃん、ケンカはだめだよぉ」

 

「うるさいわね!大体誰のせいだと思ってるのよ!」

「え、ええとぉ…」

 

「吹雪さん」

 

姉妹喧嘩になりそうだったところを榛名が呼び掛けて止めた。

 

「えっと…榛名さんですよね」

「はい。榛名です。お姉さまたちが適当なことをして吹雪さんにご迷惑をお掛けしました…申し訳ありません」

 

「え、えっと…適当…?あ、でもどうやって帰ったらいいんだろうって…」

「ですよね」

 

同時にチラリと金剛と比叡を見る。比叡は「ひえっ…」と怯えている。

 

「ですが、今回はこれでよかったのかもしれません。吹雪さんが自分と見つめ合い、こうして心を1つにして深海棲艦の因子も飛ばして…ねえ、お姉さま?」

 

「イ、イエース!結果オーライ「なわけないですよね?」

「ぐっ…」

 

霧島にも咎められてグゥの音も出ない金剛。えへ、えへへへ…とごまかしているが…。

 

「まあ、榛名お姉さまが別段怒っているわけでもないので、霧島のコブラツイストはやめておきましょうか」

 

「あれをやられたらもう1回轟沈するかもしれない…」

「……やってみます?」

 

「ひえー!!!!」

 

「ソーリーデース、ブッキー…」

「い、いえ!私なら大丈夫です!」

 

「オーウ、ブッキーは女神のようなお人デース!」

「お姉さま?」

 

「あ、はい」

 

なるほど、チカラ関係は榛名さんがトップ。その次が霧島さんなんだなと思った。金剛さんと比叡さんは弱い立場にあると。

 

「く、くう…大英霊とも呼ばれる榛名には敵わないなぁ…」

「誰が呼んだか鬼の榛名とも呼ばれてるデース」

 

「金剛お姉さま?」

「あ、はい」

 

少しずつ金剛さん、小さくなっていってない?比叡さんはひえーばっかり。でも、このやりとり…横須賀のみんなとわーわーやってるときと似てるな…。ああ、早く帰りたいなぁ。

 

「今度こそ、間違いなく提督や皆さんの所へお送りしますね。ああ、覚えていたらでいいんですが…提督によろしくとお伝えください」

 

「私、榛名さんのこと忘れちゃうんですか?」

「夢に近い場所ですから…雪風さんも覚えていないはずですし」

 

「雪風ちゃん…」

「ふふ、早く会いたいですよね。では、お送りしましょう」

 

白い光の階段が現れる。温かい光だ。

 

「初雪ちゃん、叢雲ちゃん。ありがとう」

「ん…お幸せに」

 

「ま、まあせいぜいがんばることね。2度とこっちに来ないでよ」

「ひどい言い方…これが…叢雲クオリティ」

 

「何よ!これでも心配してるのよ!」

「あはは…叢雲ちゃんが優しい子って言うのは知ってるよ」

 

「うっ、そ、そう…ありがと」

「ふふっ」

 

「何よ!」

「…怒らない、怒らない」

 

「ふ、ふん!もう知らない!」

「2人とも…私のこと、見守っててね」

 

「任せろ…」

「わかってるわよ」

 

「榛名さん…」

「提督をよろしくお願いします。私達はいつでも、吹雪さんたちの味方ですからね」

 

「はい!!」

「ブッキー!テートクにバーニングラーブ!と伝えてくださいネー!」

 

「吹雪さん!ファイトですよ!ファイト!!」

「横須賀の私にもよろしくとお伝えくださいね」

 

「みんな…ありがとうございました!!!」

 

光に吸い込まれ、皆が手を振る。それに手を振って返す吹雪。でも、なんだかこれって…。

 

「何だか私、成仏してるみたいじゃないですか?」

「気にしたら負けデース!!」

 

「ええ!?ちょっとぉ!」

「心配いらないですよ!そう見えるだけで!」

 

「あーん!なんかやだぁ!」

「わがまま言わないの!!早く行きなさい!!」

 

「うわーん!結局こんな最後なのぉ!?」

「吹雪さん!提督を頼みました!」

 

「がんばれ…」

「み、みんな適当すぎませんか!?」

 

「そんなことありません!気合いで!何とか!なります!!」

「何とかなりませーーーん!!!!」

 

そう叫んだ時、真っ白な光に包まれ、何かに吸い込まれていくような感覚を覚えながら意識を手放したような気がした。

 

………

 

「うわぁ!?びっくりした!?」

 

目が覚めると隣で誰かがひっくり返った音がした。横を見ると椅子から転げ落ちた明石さんがお尻をさすっていました。あ、パステルグリーンのレースがついたパンツ…かわいいな…。

 

あれ?これどこかで見たような?

 

「明石さん…?あ、あの…私は…」

 

「いたた…目が覚めたんですね…よかった…」

 

椅子に座りなおして私の方を見る。机の上には霰ちゃんが好きな折り紙が鳥の形に折られていた。司令官に報告するためかな。お尻をさすりながら明石さんはのそのそと電話を誰かにする。

 

「ああ、玲司君?吹雪さん目が覚めましたよ」

 

何だろう、この続きは前の司令官が出てきて…何だか怖い目にあった気がするけど…思い出せない。あれは…夢?じゃあこれは正夢?でも…。

 

「ちょっと待っててね。すぐ玲司君来てくれるって。飛んでくるんじゃないかな、あはは」

 

嫌な寒気は消えた。だって…今明石さんは私のよく知っている…大好きな名前を口にしたから。

 

「はい」

 

とは言え体はまだ重くてだるい。大きな声を出す気力はなかった。しばらく待っていると…。

 

「吹雪いいいいいいい!!!!!」

「ぐぇっ!?」

 

「吹雪いいい!!目ぇ覚ましたんだな!!!よかったよーーー!!目が覚めなかったらどうしようかと…うおおお!!!!」

 

ぐわんぐわんと頭を揺さぶられる。いや、たぶん撫でてくれてるんだろうけど…今の私にはこのぐわんぐわんはきつい。

 

「おい摩耶、やばいって。病み上がりなんだぞ!!」

「うおおおお!!えっ…?あ、あっと…ふ、吹雪大丈夫か?!」

 

「うっぷ…だ、だいじょうぶ…うぷっ…れふ」

「はーい一旦ご退場くださーい。まわれーみぎー!」

 

明石さんの号令に従って司令官と摩耶さんは出ていった。あ、ダメ…これ…ぎぼぢわる…

 

…………

 

「まったく、病み上がりの人に無茶させないでくださいよ!」

「う、ごめ、ごめん…」

 

「ま、まあ摩耶にとっちゃかわいい妹が目を覚ましたとなりゃな…」

「ふう…まあ吹雪ちゃんが大丈夫って言ってるのでお説教はやめておきますけど。リバースはしたけど」

 

「そ、それを言わないでくださいよぉ…」

「あ、ごめんごめん」

 

「おほん、おはよう。吹雪」

「は、はい、司令官。おはようございます」

 

「落ち着いたらお粥でも持ってくるよ。3日ほど寝ててお腹空いてるだろ?」

「言われてみれば…」

 

「だろ。いきなりオムライスーとかは胃によくないから、今日と明日はお粥な」

「はい、司令官」

 

「……」

「司令官?どうしましたか?」

 

「何か吹雪、少し顔つきがかわったな」

「え?そ、そうでしょうか…」

 

「うん。何だか少し大人っぽくなった。何かを乗り越えたって言うか」

 

「ほんと…ですか?はい…私、寝ている間に…前の司令官のこと。初雪ちゃんや叢雲ちゃんのこと…もう悲しむだけじゃなくて…それはそれとして…じゃああの時みたいにならないようにどうすればいいか、とか。司令官のことも…もういなくなるんだったら…いつまでも思い出して今みたいなことにならないように…とか」

 

「そうか。自分でトラウマを乗り越えたか。でもな吹雪。乗り越えたと言ってもトラウマってのはひょっこり顔を出して吹雪に悪さをするもんだ。だからな吹雪。それが顔出した時は、俺や摩耶。誰でもいい。うちの子らを頼るんだぞ。俺たちはみんな仲間だ。な?」

 

「…はいっ」

「おかえり、吹雪。よかった」

 

「ただいまです、司令官」

「お粥は間宮に頼んである。今日は俺と摩耶が側にいるからゆっくりするといいよ。摩耶は絶対今日離れないだろうからな」

 

「あったりまえだろ?あたしはお姉ちゃんだからな!」

「ま、俺は寝る時間になったら戻るから、摩耶、頼んだぞ」

 

「おう!任せとけ!」

「よろしくお願いします…お姉ちゃん」

 

「ん!?」

「え?」

 

「い、今お姉ちゃんって…も、もっかい言ってくれよ!」

「摩耶お姉ちゃん」

 

「ゔっ!!!!!」

「何だよその声は…」

 

「よ、よし、お姉ちゃんが面倒みてやるからな!お粥、取ってきてやるな!!!」

 

「あーあ…ああなった摩耶はすんげーぞー?」

「えへへ…でも嬉しいです」

 

「そっか。明日は風呂とかも入っていいと思うから、いっぱい甘えな」

「はいっ」

 

「おーし!お粥持ってきたぞ!!お姉ちゃんが食べさせてやるからな!」

「おい摩耶、せめて冷ましてやれよ…」

 

「えっ?!あ、あー…」

「だ、大丈夫です…自分で食べれ「ダメだ!今日はあたしがお世話すんだ!!」

 

騒がしい時間。胸の奥で「あはは」と笑う声が聞こえてきた気がした。一緒に、こうやっていこうね。そう思う吹雪であった。




吹雪のトラウマはまだまだ本当に乗り越えられたわけではありませんが、ひとまず良くなりました。
「英霊」榛名>霧島>比叡>金剛の立場でした。スーパー大雑把な長女と丁寧な妹。にっこり笑いながら怒る榛名の怖さは金剛でさえ震え上がるほどです。

次回で宿毛湾の提督逮捕編はまとめで〆ます。次回もお待ち下さいますと嬉しいです。

それでは、また。
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