提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百五十七話

「……」

「おい提督、どうしたんだよ」

 

「うーん、今言ってもいいのかしらね」

「は?何だよ、もったいぶってねーで教えてくれよ」

 

「もー、うるさいわねぇ。辞令よ」

「辞令?おい、まさか提督が…クビ…」

 

「ないない。別のとこに異動よ」

「………」

 

「ちょっと、何で泣いてるのよ」

「やだ。提督がいなくなるのやだ。てい…とく、オ、オレをす、捨てな…捨てないで…」

 

「ちょっとちょっと!どうしたの?落ち着きなさいよ」

「やだ…提督、やだ!」

 

ここは幌筵泊地。そして今何か執務室で騒ぎになっています。提督に異動の辞令が出たそうです。あ、申し遅れました、私は駆逐艦『磯波』と申します。秘書官の天龍さんが異動と聞いて「やだ」ですとか「捨てないで」とか「行かないで」と子供のように単語だけを言いだして駄々をこねています。それもグスグス泣きながら。

 

天龍さんは提督のことが大好きです。提督は女性のような言葉を使いますがれっきとした男の人です。うっかり裸を見てしまったときは女の人のようでしたけど。

 

「きゃああああ!!!ちょっと!今着替えてるのよ!?早く閉めてよ!スケベ!!!」

 

普通逆だと思うのですが…あ、でも細い人だなぁと思っていたのですが腹筋なんかは結構割れててムキッとしていました。女性並に白い肌だったり…ネイルをしていたり…私達もちゃんと「女の子」として見てくれています。とりーとめんとと言うのをお風呂に入る時にしなさいと渡され、何が何だかわからないでいた時も

 

「髪は女の子の命よ!今まではボサボサでも誰も気にしなかったでしょうけど、アタシのとこに来たからには全員オシャレには妥協しないわ!」

 

そうして幌筵泊地で提督の次にオシャレだと言う那珂ちゃんさんにしっかり時間をかけて髪を浦波ちゃん共々補修?してもらいました。

 

「うーん、三つ編みがサラサラすぎてやりにくいー」

 

浦波ちゃんは不満げでしたけど、磯波は嬉しいです。

 

「那珂ちゃん特製メイクもしてあげるね!あっ、トップアイドルの座は渡さないからね!」

 

そうしてお化粧もしてもらいました。

 

「どうかな、先生!」

「んー、磯波ちゃんはそのたれ目具合がいいのよね。あまりアイシャドウなんかで目つきを強調するより、ナチュラルなほうがいいわ。浦波ちゃんのチャームポイントはその眉毛よ!それを隠すようなヘアスタイルはN・G!!!」

 

「わー、さすが先生!」

「トップアイドルを目指すならメイクもオシャレも勉強なさい。それが勝利の秘訣よ」

 

そうしてお化粧の実験台にされました。浦波は何もしない方がかわいいと思うけどな。音符のネイル。かわいいです。那珂ちゃんさんは歌うことが大好きだからでしょう。私は気に入っています。

 

………

 

「グスッ」

「磯波に浦波。こんな格好で申し訳ないけどちょっとこんな形であんた達にも伝えるわね。リベは?」

 

「リベッチオは…お昼寝中でして…」

「まああの子はそう気にもしてなさそうだからいっか。さて、じゃあ衣笠に高雄、それから酒匂、あんた達にも聞いといてほしいことがあるのよ」

 

天龍さんを膝に乗せ、頭を撫でながら抱きしめています。天龍さんはグスグスと泣いていますし…正直そっちが気になって仕方ないです。ですが、提督の話はしっかりと聞かないと…。

 

「で、単刀直入に言うわね。アタシは異動に「うわああああああん!!!!!!やだああああああ!!!!」

 

……天龍さんが大泣きを始めてしまい、お話が続きません。執務の手は止まるし…どうしよう…?浦波は隣で椅子から転げ落ちているし…。

 

「はいはい、異動とは「ふぇっ…」…言ったけど、はい、天龍ちゃん落ち着いてね。アタシは異動するならここのみんなと異動するわ。それの許可が下りないなら幌筵から動く気はない。天龍ちゃんもそうだし、磯波や浦波、それから酒匂達。何のためにアタシがここへ連れてきたのかわからなくなるものね」

 

天龍さんをなだめながら話を続ける提督。話の半分も頭に入らないほど天龍さんの大泣きしている姿が脳に焼き付いて離れません。クスンクスンとすすり泣く天龍さん…いつも強気な天龍さん。提督にベッタリなんですね…。

 

「で、話がようやく大本営とまとまったから話をするんだけど、アンタたちにまず話をするのは、これがアンタ達に関わることなのよ」

 

「ぴゃ?酒匂達に?」

 

「そうよ。何せ、アタシたちが行く場所は…宿毛湾よ」

 

その瞬間に私も背筋が冷たくなるのを感じました。浦波も同じようです。背筋が伸びて顔が強張っています。宿毛湾泊地。私達が散々苦しめられた場所…。

 

「アタシも抗議したわ。本来なら身分を弁えてそんなことをしてはいけないのでしょうけど、さすがに昨日の今日みたいな感じで宿毛湾からこちらへ連れてきた子達とも一緒に宿毛湾へ行けですって?冗談じゃないわよ。傷口をほじくり返すような真似をしないでほしいと言ったの」

 

提督の顔は怒っていました。磯波を含め、浦波、酒匂さん、衣笠さん、高雄さん。私達が恐怖を味わった場所です。そこへ戻ったらと思うと…。

 

「申し訳ないわ…さすがに覆らなかった。今、宿毛湾はもぬけの殻よ。艦娘は全員誰かが引き取ったし、人間は全員お馬鹿さんばかりだから逮捕されていない。いるのは妖精さんだけ。新たな提督の着任を待っている。数は少ないらしいけどね」

 

いい加減な人、艦娘や妖精さんを悪く扱う提督には妖精さんは懐きません。離れて行ってしまいます。必要最低限の妖精さんしかおそらく宿毛湾にはいなかったはず。ここと比べればはるかに少ない…。あれだけぞんざいに扱われても、妖精さんは鎮守府でしか生きられない。だから、どんな人であれ、着任を待つしかない。

 

「で、この妖精さんがめちゃくちゃやってくれたらしくてね。とにかく捕まったお馬鹿さんの残滓を全部排除したらしいの。で、できあがったのがこちら」

 

誰が撮りに行ったのかはわかりませんが、確かに外からの見た目は私たちがいた場所でした。中はなぜかシャンデリアが吊り下げられていたり、何だかキラキラと目が痛い装飾がお部屋に施され…食堂はなぜか古き良き感じがする椅子やテーブル、照明…どういう事かはわかりませんが、いろいろと私たちがいた汚いほこりだらけだったり、抜けたままの床だったりは全部修繕されたり、改装されているようです。浦波がまた転げ落ちるほどの変わりようです。

 

「けど、アンタ達がいた『宿毛湾泊地』と言う名前だけは変わらないの。異動時期はまあ半年とか…1年くらい先かしらね。誰か提督の推薦らしいけど…。本土に近い方がいいだろうって。まあここから大本営に行くとなるとめんどくさいし、本土ではないにせよ、四国だし、ありがたいっちゃあありがたいのよね」

 

「う、うう…でーどぐ…」

「はいはいもう泣かないの…アンタも連れて行くわよ。アンタがいないとアタシのやる気が出ないもの」

 

「うっうううううう!!!!」

 

また泣いてる…。酒匂さんがもう笑ってるし、衣笠さんも下を向いて必死に笑いをこらえてるみたい…。何と言うか…おもしろい人だな…。でも、かわいいなぁ、と思ったりもします。でも、戦闘になるととても勇ましく、頼もしいみたいです。暁ちゃんや雷ちゃん、リベッチオちゃんも懐いてて…いい人だなぁと思います。

 

「……ごめんなさいね。天龍ちゃん、やっと落ち着いたからこれでお話が進められるわ」

「……悪い」

 

ようやく提督の少し後ろに立ってお話を聞く態勢が整ったみたいです。恥ずかしそうにそっぽを向いているのがおかしくて、酒匂さんがニコニコと提督を見ています。酒匂さんも、リベッチオちゃんと同じく、すぐ提督に心を開いた人です。衣笠さんも高雄さんも、リベッチオちゃんと酒匂さんのおかげで早く打ち解けてくれました。浦波はまだ少し緊張気味。私は…安心できると思います。

 

「さて、もう一度聞くわね。アタシが異動する場所は宿毛湾泊地。アタシはできる限り全員一緒にお引越しがしたいのだけれど、戻るのが嫌な場合は言ってちょうだい。提督はアタシだけどね」

 

宿毛湾泊地はあの嫌な提督がいたところ。みんなそれぞれが嫌な思いをしています。浦波はきっと、顔を見るだけで怯えて泣き出すかも。私も怖いです。震えて腰が抜けるでしょう。でも、『あの提督がいた宿毛湾泊地』と『九重提督がいる宿毛湾泊地』では状況が違います。

 

まだ1ヶ月も経っていませんが、磯波は提督を信じます。ここから急激に豹変するとも思えません。現に、長くここにいる暁ちゃんや雷ちゃん、駆逐艦のみんながすごく提督と仲がいいですから。

 

「司令官!お茶が入ったわ!みんなも飲んで飲んで!」

「雷、気が利くわねぇ」

 

「えっへん!もっと雷を頼っていいのよ!」

「そう。じゃあ雷にも話を聞いてちょうだいな。あー…それからローマを連れてきて」

 

「わかったわ!任せて!」

 

ローマさんは一見怖そうに見えますが、実は優しい人です。この泊地にはリベッチオちゃんと同じく、イタリアからやってきた艦娘がいます。なんでも、大きな戦果を挙げた結果だそうです。

 

「ローマを連れてきてどうすんだ?」

「あの子が一番話の理解が早いのよ。イタリアはちゃんと聞いてるようで寝てたりするしね。アクィラも同じ…」

 

「あー…うん、そうだな!じゃあ伊勢は?」

「リベとお昼寝中ですって」

 

「平和だな、うちの泊地は」

「平和でいいのよ。艦娘ちゃんがそうして安心してお昼寝できる場所って言うのは、三条クンや一宮クン、それからすみれっちのとこくらいでしょ。あとうち。アタシはそういう安心して生活できる場所を提供したいのよ」

 

お昼寝、おやつ、お風呂。仕事がない日は好きにしなさい。そう言われた時は本当に何をしていいかわかりませんでした。リベッチオちゃん以外は。毎日のように口いっぱいにパンケーキを頬張って、お昼寝して。あ、でもお風呂は好きじゃないって。熱くてのぼせるからって。

 

逆にローマさんは「生き返るわね…」と言って長風呂しています。イタリアさんは寝ています。アクィラさんは湯船で体を洗い、泡だらけにして提督にどやされていましたね。

 

「何の用事?提督」

 

「ああ、ローマ。来たわね。さっそくだけど、アタシたちは次の人事で宿毛湾泊地に異動になるわ。それにアナタも付き合ってほしいの。アナタが一番頭の回転が早いからね。大本営の会議に天龍ちゃんとローマを連れて行くことになる。同時にそこで、アンタの国とその連合国艦隊の話をしてもらおうと思って」

 

「そう。いいわ。付き合ってあげる」

「オッケー。今度ラズベリーのジェラートを作ってあげるわね」

 

「…食べ物でつられると思ってるの?この私が」

「目の輝きが違うわよ」

 

「………忘れないでちょうだいね。で?そのす、す、すく…」

「宿毛湾ね。こんな辺鄙なとこより断然いいわ。街も近くにあるから、デザートやご飯の材料に困らないわね」

 

「すぐ行くわよ」

「まだダメよぉ」

 

「何でよ。早くしてよ」

「リクエストは?」

 

「ラズベリージャムをかけたパンケーキ…はっ!?」

「はいはい。ローマはラズベリー好きだものね」

 

「好きじゃない!」

「ラズベリーんときはちょっとテンション高えもんな!」

 

ローマさんは好きなおやつや料理が出るとあの小さなメガネをくいくいかけ直す仕草が増えます。ちょっとかわいいです。スタイルはすごくいいし、クールでかっこいいんですけど、そこがかわいいです。イタリアさんはほわぁっとしてて美人でかわいい。アクィラさんはいつもよしよししてくれます。かわいいです。

 

ですが、イタリアと言うローマさん達がいた国では、深海棲艦の攻撃が激しいらしく、いくつもの国が集まって連合艦隊を作って撃退しても、すぐに新しい姫が現れては奪い取られる一進一退で埒が開きません。日本に援軍を要請しているようですが、日本は日本で侵攻が激しいのであまり協力ができません。

 

「新しい姫級の艦娘が出た。さらにとんでもないのが欧州をうろついているようね。欧州の深海棲艦をなぜか壊滅させ、艦娘にも壊滅的打撃を与えたと言う…『暴虐の姫君』ね…確か三条クンとこの大和まで大破させたと言う…」

 

「ただでさえ戦況は芳しくなかったのに…あいつのせいでめちゃくちゃよ」

 

「イタリアの艦隊はほぼ陥落…ドイツ、フランス、イギリス、ロシアも時間の問題。ただ、あれだけ腰の重かったアメリカが欧州の巻き返しに出たのは不思議ね。そこからさらにスウェーデン、オランダの艦娘まで現れた。イギリスは日本へ艦娘を動かして、そこで強化を図るみたい。ドイツもね。ローマ、すぐにひっくり返るわよ」

 

「だといいけど。まあ、期待はしておくわ」

「ああ、それからマエストラーレだっけ。リベのお姉さん。着任予定よ。まったく、誰がこんなペーペーに貴重な海外の艦娘を任せるのかしらね…」

 

「…あなただからじゃないかしらね」

「えー?ローマなんか言った?」

 

「何でもないわ」

「そう?ありがとう」

 

「聞こえてるんじゃない!」

「さーて何のことだか。さて。宿毛湾泊地行きを拒否する子ー?」

 

誰も手をあげません。つまり、全員が宿毛湾泊地に行くということ。

 

「ぴゃん!司令がいるならあそこはあそこでも違うところになるっぴゃ!」

「そうですね…」

 

「思い出して怖くなったらアタシの胸で泣いていいのよ」

「けどよ、何で提督なんだろうな?ほかに歴戦の提督がいるだろうによ」

 

「なーんか誰かが動いてる気がするんだけど〜…嫌なことにならなきゃいいけど。まあ、温泉も出かけやすくなるし、保養施設はいっぱいだし、アタシはそっちが楽しみね!」

 

「お気楽だぜまったくよ…」

 

まだまだ先の話ですが、私たちはとにかく、九重提督と一緒に宿毛湾に戻ることになると言うことです。浦波も笑ってるし…大丈夫かな…?

 

………

 

「はい司令官、お茶よ!」

「ありがとう、雷」

 

「全然!もっといろいろ言ってもいいのよ!」

 

雷の頭を撫でながらお茶をすする九重提督。お気に入りの西尾茶だ。取り寄せるのに苦労する。それももうじきおさらばだ。本土ならお茶も取り寄せやすい。安っぽいお茶を飲むのは割とストレスになる。本土に戻ったら急須から湯飲みからいろいろ奮発しようかしら?そう考える。

 

「司令官、雷たちはこれからどうなるのかしら?」

「本土に移るからと言って、そういきなりアンタ達を危険に晒すような任務なんかはないと思いたいけどね。それにしても、なぜアタシなのかしらねぇ」

 

「まあいいじゃねえか、着任してから考えりゃいいんだからよ」

「天龍ちゃんは気楽ねぇ。本土に行くってことは結構大本営のドロドロに巻き込まれる可能性もあるのよ」

 

あまり考えたくはない話だが、大本営は艦娘の存在を重んじる古井派と戦果を重視し、艦娘は軽視する清州派に分かれている。大本営会議でもいろいろとうるさいものだ。どちらかと言えば清州派のほうが発言力が強く、我を通そうとするが1人だけどうしても厄介な人物がいる。

 

刈谷提督だ。彼はどちらでもない。自分の思うがままに、誰の命令も無視して気ままに行動する、劣勢の清洲派の提督の艦隊の前に突如自分の艦隊を当てがい、戦果を掻っ攫って行く。命令を無視して突如撤退するなど、本来ならば懲罰どころか提督自体を辞めさせられてもおかしくないはずだが…。

 

とにかく、軍でありながら軍でない、刈谷提督曰く「軍ごっこ」な海軍。規律もへったくれもない。刈谷提督は特にその中でも規律なんてまるで気にしていない。ただ、彼のことを調べてわかったことは、同期の大府提督と違い、艦娘を以前いたところで1人。航空母艦「飛龍」を沈めてしまった以外は誰1人として沈めたことがないという事。

 

数年前にあった大規模な攻防戦。戦闘詳報を見ていても汗が出るほどの激しい航空戦を繰り広げたという「ミッドウェー海戦」において飛龍を失ったという。無理な大破進撃が原因と言うことだが…不自然な点が多い。

 

「司令官、何してるの?お仕事?」

「いいえ、ちょっとね」

 

「なになに…?レイテ…沖、海戦?」

 

「レイテ沖海戦」とはかつて、史上最大の海戦とまで言われた戦いだ。ここでは多くの艦を失い、海軍は壊滅的被害を被り、もはや勝ち目はこれ以上ないと言われたくらいの戦いだ。深海棲艦も恐ろしく凶悪な敵が多かったようで、こちらの被害も多かったが、何とか深海棲艦をレイテ沖に封じ込め、今のところは目立った動きはない。

 

「刈谷提督ってあの嫌な奴か。でも、すげえな。すげえ激戦区にいたみてえなのに轟沈艦ゼロだぜ。むしろ、大戦果じゃねえか、これ…」

「過去たった一度の過ちだけで、ここまで艦娘を十二分に動かし、勝利へと導くかしら?」

 

「嫌な奴だったけど、オレ、何となく感じたぜ。あの人、艦娘を大事にしてる目だった」

「あら天龍ちゃん、彼の肩を持つの?」

 

「そりゃあ提督をめちゃくちゃに言ってくれやがったことは腹が立つぜ。けど、心底嫌な人間じゃ…なかったんだよな」

 

「アタシも同意見。だから不自然なのよ。ミッドウェー海戦までの戦果は全て甲種勲章もの。けど、ミッドウェー海戦だけは、轟沈艦を出して失敗してるのよ。最後は大府提督が戦況をひっくり返し、甲種勲章を得ている…ははーん」

 

「……まさか、嵌められた…?自分たちの戦果をモノにするためにかよ!?」

「そう考えるのが妥当ね。この2人。相当な因縁があるらしいからね」

 

「だからって、人んところの艦娘をわざと轟沈させんのか!?その大府って奴は!」

「ひどいわ!そんなの許せない!」

 

「天龍ちゃんや雷の言うことが正しいわ。けど、アナタ達のような考えばかりじゃないの、人間はね」

「…クソっ!」

 

天龍や雷の怒りは尤もだ。こう言う人間もいれば、宿毛湾のような人間もいる。そして、三条提督のような艦娘を宝物のように大事にする人間もいる。

 

「オレぁ提督が提督でよかったよ…」

「雷もそう思うわ。だって司令官はとっても優しいもん!もっと頼ってくれるともーっと嬉しいわ!」

 

「はいはい…お茶のおかわりをちょうだいな」

「わかったわ!いれてくるわね!」

 

るんるんとお茶をいれに食堂まで行く雷。ポットを取り寄せればここでもいれられるのだが、やはり手間がかかる。そして、ポットを買うから取り寄せてくれなんて却下だろう。

 

「すげえ戦いだな、ミッドウェーも、このレイテもよ」

 

「レイテはいずれ第二次があるわよ。壊滅させたではなく、抑え込んだだけにすぎない。全盛の四大大将が全力をもってしてもそこまでだったのよ」

 

舞鶴の虎瀬。佐世保の上郷。呉の堀内。柱島の三好。最強と呼ばれる四大大将ですら、壊滅させることが出来なかった大戦。それが…自分たちでどうできる?九重提督はそれだけが不安だった。深海棲艦も年々強化され、フラグシップだ改だ、姫だ鬼だ。特に姫や鬼はもう馬鹿みたいに強い。その時、アタシはこの子達を誰も死なせずに勝利を収めることができるだろうか?不安ばかりが募る。

 

九重提督はまだわかっていないだけだ。彼の中に眠る才能に。それを掘り起こすために、彼をまず宿毛湾へ行かせて指導するのだ。それを行ったのが…。

 

 

「いいな。俺が異動したらここはお前が見ろ。お前は俺が面倒見る。あ?無理じゃねえよ。何のためにテメエんとこに苦労してグラーフ・ツェッペリンやらビスマルクを着任させることにしたと思ってんだ。あーうるせえ。喚くんじゃねえ。ああ、それからレーベレヒト・マースにマックス・シュルツはもう着任したか?あ?マックスが怖い?知るかよ何とかしろ」

 

電話でめんどくさそうに喋っている刈谷提督。ここは鹿屋基地。今電話をしているのは岩川基地の七原提督である。彼女は刈谷提督の命令を一言「お前、ドイツから来る艦娘の面倒見ろ」に大パニックを起こし、今泣き喚いている最中である。

 

『わだじにゔぁむりでずぅ!」』

「やれ。いいな」

 

『ひっ!?ゔぁ、ゔぁい!』

 

うちに秘めたポテンシャルは凄まじいのに、ノミの心臓のように気が小さい七原提督の育成を任された刈谷提督。刈谷提督が、面接にて古井司令長官がこれはダメだ…と落とそうとした彼女を、彼女には希望がある、と言って拾い上げたのだ。とりあえずグイグイと引っ張ってくれるであろう涼風を特別に初期艦にし、危なげながらもこの1年、何とかやれている。

 

拾い上げたからには笑われるような提督にはなってほしくないし、若手が少ない今、辞められては困る。三条や一宮など一際目立つ提督の影に隠れてはいるが、艦娘とのコミュニケーションはうまく取れているように思うし、防衛線を張った戦いにおいては守りが硬く「鉄壁の上郷」に似た性質を持つ戦い方を得意とする。

 

攻めに関しては恐ろしく過激に戦う時と、石橋どころか鉄橋さえ叩いているかのような慎重な戦い方をする時もあり、よくわからない。涼風に聞いてみたのだが、正直何を言っているかわからない。とにかく別人のようになると言う。何となく危ない気がするので、七原については防衛線を任せてある。

 

「マイナス思考を考えに考えた結果、それが守備でうまく立ち回るってか。よくわかんねえ奴だ」

 

だが成長した。防衛線の引き方、配置、慣れてきている。しかし、決して慢心はしていない。艦娘を大切にしている証だ。涼風が提督をよく褒めるのでよくわかる。

 

………

 

『ドイツから艦娘を寄越すと言っているんだがね。どこへ配備しようか悩んでいるんだよ』

「俺に言ってどうするんですかね」

 

『やあ、君なら最適な提督を選んでくれるだろうと思ってね。虎瀬もそれには大賛成だったよ。堀内君も、上郷提督もそう言っていてね』

「清州副司令長官は?」

 

『君に任せると』

 

そこで刈谷提督は受話器を離してため息を吐いた。この人らは自分をゆくゆく上層部に引き上げるつもりだ。苦労を増やすんじゃねえよ…と思う。

 

『ああ、ラバウルの赤池君も任せると言っていてね』

「そっちの人間はだいたい丸投げじゃないっすかね」

 

『なんだかんだ、君は信用されているんだよ。大府君も…任せると言っていたよ』

「あいつは俺を潰すこと以外考えてないから、興味ないんでしょ」

 

『しかし、それでは君に有利に事が進むのではないのかい?』

「そうして最後に全部をひっくり返して勝つんです。ミッドウェーの時みたいに」

 

『……君の飛龍君が…』

「そうっす。全てはうまくいってた。けど、あれは完璧に奴の仕組んだ罠だった。あんたんとこの高雄も、信じられねえって顔してたろ?」

 

『ああ…途中からその動きでは轟沈する恐れが高まると焦っていた。彼がそのような指揮を執るなどとは考えられなかった』

「俺も気付いた。気付いた時には…遅かった。俺の頭の回転があいつより遅かった。だから俺は飛龍を守れなかった」

 

その時の刈谷提督の顔は、龍田が彼と出会った頃、飲んだくれて飛龍に詫びていた時のような…悲痛な顔だった。

 

「けどだ」

 

悲痛な顔は消え去り、いつもの顔だった。

 

「あの時は負けた。けど…最後に笑うのは俺だ」

『…そうか』

 

「ええ。まあ、だからと言ってあいつらを駒にする気はないっすよ。あいつらは…そうっすね。柄でもないっすけど」

 

 

仲間っすから。

 

 

『そうかね。それは頼もしいね』

「それに、優秀な艦娘がうちにはいますからね。あいつらにも」

 

『うむ。全力で私も君たちをサポートしよう。ああ、それから君の佐世保への異動は会議で承認が出た。満場一致だったよ』

「そっすか」

 

『上郷提督がそれを聞いてガッツポーズさ。あんな彼は初めてみたよ。ぃよっし!ってね。ははは』

「大袈裟だな爺さん。ま、引退して憧れの宮古島暮らしでもやればいい」

 

『彼は黎明期を支えた男だ。遅くなったがのんびり暮らしてほしいね』

「ええ。世話になりましたから」

 

彼を全力で提督を辞めるのを止めたのは上郷提督だった。もちろん、古井司令長官や虎瀬もそうだが、上郷提督が一番、普段見たことのない鬼気迫る表情で彼を引き止めるように言った。

 

「ならん!あやつをそのまま埋もれさせては海軍の未来の光を消すに他ならん!!あやつは儂らが退いた先に必要なのじゃ!!!」

 

いろいろと本当に世話になった。突然玄界灘の魚は食いとうないか?だとか、儂お気に入りの明太子をやろう!酒をやろう!などといつも大量の食べ物や酒を振る舞ってくれた。まあ、「ミスターK」と言う名で艦娘に全部丸投げしたが。

そして、彼の戦術指南は最初は恐ろしく細かく、難しかった。よく怒られたもんだ。

 

「バカもん!!!そんなことで艦娘を沈める気か!!」

「バッカもーーーーーーーん!!!」

 

だが彼のおかげで艦娘の轟沈はなかった。あの時までは。あれから自分の全てが変わった。いろいろと。なんとか持ち直した。大荒れした時も上郷提督が何時間も、何日も説得に来た。忙しいだろうに。

 

「お前さんがいなくなれば…艦娘が悲しむぞい。あの懐いておった五月雨やらたくさん…」

「うまくは言えんが…海軍にはお前さんのような奴が必要なのじゃ」

 

………

 

「ったく、めんどくせえ爺さんだ」

『ははは、そう言うかね!』

 

「そうっすよ。俺にとっちゃまあ、そこそこ感謝してるんすよ」

『まあ、引退するときは親切にしてあげなさい』

 

「そうっすね。ああ、でもうるせえ娘がいたな」

『わっはっは!矢矧君だね!彼女は…どうするのだろうね』

 

艦娘は歳を取らない。しかし、長年付き添った娘?いや孫のような存在である矢矧はそうはいかない。軍から離れた上郷提督と矢矧はもう一緒にはいられない。矢矧が上郷提督といられる時間はあとわずかだ。「外」でも一緒に暮らす手段としては、矢矧が艦娘をやめ、人間になるか。艦娘は完全に姿を消す解体か、退役して人間となるかどちらかを選ぶことも可能だ。だが、上郷提督が矢矧の退役を許すかだが。

 

そういう線引きはしっかりしている。おそらく矢矧は佐世保に異動した刈谷提督の艦隊に加わるか、七原提督あたりに転属になるかだろう。それはまあ、その時にならないとわからないが。

 

「なるようにしかなりませんぜ」

『うむ。そうだね。む、これからまた一悶着だね。イギリスからの艦娘をどこへ着任させるか。アメリカの艦娘をどこへ着任させるかでね』

 

「イギリスは三条。アメリカは一宮。これで落ち着く。九重にイタリア。七原にはドイツ、フランス、スウェーデン、オランダ連合。柱島にはタシュケントがいんだろ。だからソ連の戦艦は柱島だな」

 

『ふふ、その意見、頂くとしよう。では、またね』

 

うるせえ連中だ。艦娘を大事にしねえ奴らに与えたところで、日本の恥を晒すだけだ。沈めましたなんざ言った日には国際問題だ。古井のおっさん、胃に穴が空かねえか心配だが…まあ虎瀬のおっさんがいるから大丈夫だろう。

 

「お話は終わった〜?」

「ああ」

 

「古井司令長官はほんっと、提督が好きね〜」

「ふん、まあ悪かねえよ。あのおっさんやジジイとの会話はな」

 

「ふふふ」

「ねえ提督、ひどくない!?愛宕さんったら私の服着てこれ!よれよれ!」

 

「ああ、胸囲の格差社会か」

「はあ!?何それ!?龍田さん、ひどいよね!?」

 

「葛城ちゃん……どん・まい♪」

「うわあああん!葛城お気に入りのTシャツがぁ!」

 

「ぱんぱかぱーん!葛城ちゃん!これならどうかなぁ!」

「いやああああ!いらないわよ!そんな謎のウキワがいっぱいの!ってかどこから手に入れてきたの!?」

 

「あらぁ、かわいい♪」

「うそぉ!?」

 

「あー、うるせえな。他所でやれ」

 

バカな奴らだ。特にアイツは。こんなに毎日がうるせえけど満たされたもんがあるのにな。

 

「葛城!これ!これは!?」

「ひ、飛龍さん何それ!多聞丸LOVE!?そんなの飛龍さんだけじゃん!」

 

「チッ…多聞丸推しを増やす作戦が…!」

「やっぱり!」

 

「よし、強制着衣だ!葛城!脱げー!」

「いやあああああ!!」

 

「あー、うるせえ」

 

帽子で顔を隠し、刈谷提督は笑顔を見せないようにしながら肩を震わせて笑っていた。こんな毎日がいいのさ。それが、飛龍の望んでた毎日なんだ。見てるか飛龍。俺は…元気でやってるからよ。こいつらのこと、守ってくれよ。

 

龍田が横目で提督を見ると、隣で誰かが笑っているような気がした。それは山風がたまに言う、提督の隣に誰かいる。その誰かなのだろうか。笑ってる。そう山風は言っているが。提督は幽霊さんにもモテるのねぇ。ああ、英霊さんかしら。ちょっと妬けちゃうわねぇ。少しだけ、龍田は提督の守護霊に嫉妬するのであった。




九重提督の異動、そして刈谷提督のお話でした。
九重提督はスイーツを作るのが得意です。特にパンケーキが得意で駆逐艦、特に暁とリベッチオが大好きです。
叢雲や巡洋艦は彼の化粧やネイルが好きでいつもしてもらっています。

彼は両親の英才教育により、勤勉たれ、真面目であれ、と言う抑圧から解放されるべく、化粧をしたり、オネエ言葉を使うようになったり、そして最後にはそれを両親の前で披露し、彼のエリートへの期待は全て壊れ、気ままに生きていましたが、艦娘と言う戦いながらも美しさを持つものに惹かれ、死ぬ気で勉強し、提督になりました。妖精さんが見える奇跡も相まって。

刈谷提督は九重提督を以前ボロクソに批評しましたが、才能はあると思っていますし、お気に入りの玲司の友人であると言うこともあって、宿毛湾、本国入りを強く推しました。結果、彼は宿毛湾入りを承諾。刈谷提督の懐に入れることに成功しました。

次回はちょっと未定です。フラグを立てた海外艦の話。それもドイツ艦を強制的に加入させられた七原提督の話なんかおもしろそうですね。次回もお待ちください。

それでは、また。
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