提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百五十八話

岩川基地。九州の最南端、鹿児島県にある基地で佐世保鎮守府管轄のもと、鹿屋基地と同じく九州から日本の海を守る基地の一つである。

ここの基地で艦娘と共に生活しているのが、日本本土の提督の紅一点、七原すみれ提督である。

 

大本営の女性職員からは…

「あのたわわをダンケダンケしたい」

「小さな体に大きなおっぱい。アゲアゲですよ!アゲアゲ!」

「お持ち帰りぃ!」

 

など人気が高い。男性職員からは目のやり場に困る。地味。メガネが田舎くさい。おっぱいプルーンプルーン!など反応はさまざま。

 

小柄な身長、されど栄養の全てがそこに行ってしまったのではないかと思う、高雄型も蒼龍や飛龍も驚きのぱんぱかぱーんな胸部の素晴らしい膨らみを持つ。最近、甘いものの食べ過ぎでお腹のお肉を気にする23歳…。彼氏はおらず、募集中…。が、艦娘たちに囲まれての生活が楽しくて満喫しているので彼氏いりません状態。

 

艦娘に惜しみない愛情を注ぎ、基地内の雰囲気もいい。妖精さんはきっちり仕事をこなすし、やや危なっかしいところもあるが、着任して約1年とちょっと。轟沈はない。事務仕事も丁寧で真面目。

 

蒸し暑い残暑ではあるが、今日も七原提督は妹のようにかわいがっている初期艦「涼風」と事務を得意とする水上機母艦「瑞穂」と共に書類を片付けていた。

 

「ふぁ〜…今日もおしまーい。涼風ちゃん、瑞穂ちゃん、お疲れ様〜」

「んいー!あ、頭から蒸気が出そうだぜ…」

 

「ふふふ、提督、涼風さん、おつかれさまでした。お茶をお淹れしましょうか?」

「うん、ありがとう。おやつを用意するからおねが〜い」

 

「おっやつー!あたいどら焼きがいい!」

「はいはい。用意してるからね」

 

今日も無事1日が終わる。遠征は大成功で資材はばっちり。出撃任務も完璧。小破までで勝利。事務仕事もおしまい。今日も間宮さんのお夕飯を楽しみに…おっとその前にこの鹿児島市まで行って買ってきた和菓子屋さんのどら焼きで糖分補給…ああ、今日も平和だなぁ〜。

 

そう思いながらド近眼ゆえの牛乳瓶の底のような分厚い、高校生の頃から使っているメガネを机に置く。彼女は目が悪すぎて常時かけていないといけないのだが、ちょっと疲れた時は外す。メガネのせいで「地味」「ブス」などといじめられたこともあるが、メガネを外すと七原提督だとわからないくらい、実は可愛い顔をしている。

 

かわいく、バストがすごく、幼顔。それ故に危ない人に誘拐されかけたこともあるくらいだが、そこは何とか回避して生きてこれた。平穏。それこそが彼女の望む時間。

 

そんな平和な時間を邪魔するかのように電話が鳴った。電話が鳴る。それは大本営か、自分が最たる苦手な人からの電話か。どうか、後者じゃありませんように。そう祈りながら七原提督は電話を取った。

 

「はい!岩川基地です!」

 

声もかわいらしい幼い感じの声。大本営の女性職員から「パーフェクトだウォルター(?)」と言われる。きっと経理の豊橋さんかな?また今度いっぱい世間話がしたいなーと思っていたのだが。

 

「元気そうだな。ちょうどよかった」

 

思わず受話器を置いて電話を切りそうになった。切るほんの数ミリ手前で何とか切るのを堪えた。切ったら後が恐ろしいからだ。こちらの心と胃がもたない。死ぬ。

 

「は、はい!刈谷提督!私は元気です!」

「いや、それはどうでもいい」

 

頭から血が引いていく。後頭部が冷たい。一宮提督、助けてください。提督いちイケメンで人気が高い一宮提督のファンである彼女は、ブスとか地味とかも言わず、紳士な対応をしてくれる一宮提督に助けを求めた。

 

「アッハイ」

『今時間いいか?』

 

「アッハイ」

『よし。じゃあテメエ、明日からドイツ艦の面倒見ろ』

 

「アッハイ………はい?」

『ドイツから艦娘が来る。で、その面倒を七原、テメエが見ろ』

 

「どいつ?どいつの面倒を見ればいいんですか?」

『そうだ。明日、正午にお前んとこに行く手筈になってる。いいか、沈めたりしたら日本の提督のメンツにも関わる。沈めんじゃねえぞ』

 

「えっと、どんな子が来るんでしょう?」

『空母だ』

 

「空母ですか?ってことはー…わぁ、空母が増えるのは…ってええ!?いいんですか!?そんな空母だなんて!!」

 

『お前んとこは空母が足りねえんだ。軽空母だけなぜか充実してるけど、正規空母も蒼龍だけじゃ心許ない。ついでに駆逐艦も行く。しっかり面倒見ろ』

 

「わあ!ありがとうございます!で、どんな子なんですか!?」

 

『ああ?名前は言っといてやる。グラーフ・ツェッペリンだとよ。あと、駆逐艦はレーベレヒト・マースとマックス・シュルツだってよ』

 

「…………ゑ?」

『え?じゃねえよ。ドイツ艦だっつってんだろうが………!』

 

「ええええええええええええええええ!!!!????」

 

基地中に七原提督の叫びが響き渡った。ちなみに、艦娘たちはいつものことなので気にしないでおやつタイムを満喫している。

 

「んにゃ…お姉ちゃん…うるさい…」

 

ソファーで昼寝していた山風に抗議されるが、それどころではない。ちなみに山風はくしくしと目をこすり、眠そうにしながらも瑞穂が持ってきたどら焼きをぱくぱくと食べ始めた。この山風はなぜか七原提督をお姉ちゃんと呼び、いつも後ろをついてきたり、一緒にお風呂に入って一緒に寝て…七原提督にべったり懐いた艦娘である。

 

前の提督には絶対に懐かず、怯えて泣いてばかりいて、提督も愛想を尽かし、怒鳴ったり冷たくしたりと山風に強く当たった。七原提督は怯えきった山風にとてもとても優しくし、怖くないよ、と態度でも言葉でも伝えた結果、お姉ちゃんって呼んでもいい?とか髪、洗って…と懐いている。かわいさが爆発して「山風ちゃん大好きよ!」と抱き締めたりするいい姉妹である。

 

それはさておき…

 

「ど、どどどどどどどどど」

『俺の話聞いてたか?テメエにドイツの艦娘を任せるって言ったろうが。これは決定事項だ、拒否権はねえ』

 

「うぇえい!?そんな通達一切なかったんですけどぉ!?」

『そら今日決まったからな。海外の艦娘任せるなら若手のがいいだろうからな』

 

「じ、事前に相談していただけると…」

『あ?』

 

「いえっ!何でもありません!」

『テメエならしっかり面倒見ると思ったからだ。そういうわけだから準備しとけよ』

 

「あっああ!?刈谷提督!?私ドイツ語喋れませんけど!?ドイツ語の勉強はどこですればいいですか!?駅前留学すればいいですか!?に、日本語ばしか話せんとよ!?」

 

「ふごっ!」

 

あまりの取り乱し方に涼風がむせる。おもしろすぎて。刈谷提督と話をするとだいたい途中から意味不明な言葉で喋りだす。それがおかしい。笑っちゃいけないんだがおもしろいんだから仕方ない。瑞穂に怒られるも腹がよじれそうなくらいおもしろい。

 

「も、もしもし!もしもしもしもし!!?んあああああ!どげんすればよかと!?」

「提督、落ち着いてください。一体なにがあったんですか?」

 

「う、うう…ゔぁあああああ!!!みずほぢゃああああああ!!!!」

 

みるみる涙目になり、鼻を垂らし、瑞穂の胸に顔を埋めて大泣きを始める。七原提督は泣き虫でもある。だいたい刈谷提督から無理を言われると涼風か瑞穂か、蒼龍かに泣きついている。

 

「はいはい、今回はなにを言われたんですか?」

「うううう!あのね!なんかね!ドイツって言うね!国!国があるの!」

 

「ドイツ…ですか。日本とは違うのですね。ドイツが?」

「うん!うぐっ、そこのね、かんむしゅ…かんむしゅがうちにくるの!」

 

「まあ、それはすごいですねぇ」

「おお!新しい艦娘かい!?くううう!いいねいいね!!」

 

「わ、わだじ、どいちゅ、どいっちゅの言葉ね、しゃべれないの!なのに…なのに、面倒見ろって!!」

「まあまあ、すごいことではないですか。瑞穂たちもちゃんと提督を支えますから。ね?大丈夫ですよ」

 

「み、みずほぢゃああああああああん!!!うわああああああん!!!」

 

涙と鼻水をドバドバ垂らしながら瑞穂に泣きつく七原提督。気が弱く、泣き虫で。そして…。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふ!ド、ドイツだろうがアイツだろうがまとめて面倒見てやるわよ…あはははは!そうよ!私は提督なんだから!ぽぽいのぽいよ!!あはははは!!!」

 

時々、人格が変わったかのようになる、おもしろ…個性的な提督である。

 

「うひひひあはははは!!いえすうぃーきゃん!ほら!ドイツ語なんて楽勝よ!」

 

(あー、これぜってえダメなやつだ)

 

きっと明日、またすごいことになると思う涼風であった。

 

 

「Guten Morgen.私が航空母艦、Graf Zeppelinだ。貴方がこの艦隊を預かる提督なのだな」

「は、はい!ようこそ!私がここの提督、七原すみれです!」

 

「女性がAdmiralとは。なるほど、母国では見なかった光景だな」

 

キリッとした青い目。サラサラのブロンドヘアー。刈谷提督が面倒を見ろと言ったドイツの空母。グラーフ・ツェッペリン。正午きっちりに着任したその後ろでは、人形のように美しい金髪碧眼の子。そして赤毛に赤みがかった目。

 

「Guten Morgen… 僕の名前はレーベレヒト・マース。レーベでいいよ…うん」

「私は駆逐艦マックス・シュルツよ。マックス…でもいいけれど。よろしく」

 

駆逐艦Z1改め、レーベとZ3…マックスも同時に着任。七原提督は真面目な顔をしているが、内心はそうではない。

 

(はぁうー…グラーフさんはすっごい美人だし…レーベちゃんもマックスちゃんもかわいいなぁ…うわぁ、髪サラッサラだなぁ…なでなでしたいなぁ…グラーフさん、ツインテールかわいい…キリッとしてるのにツインテール…ツインテールってかわいすぎるよね…山風ちゃんもツインテールしてみようかなぁ。あー、レーベちゃんにかわいいなぁ。マックスちゃん怒ってるのかなぁ…あー、かぁいいなぁ…)

 

「Admiral、すまない。私たちに何か問題でもあるだろうか?睨んでいるが…」

「あー、すまねえ、今たぶんすんげー妄想してるだろうからちょいと待っとくれ」

 

「は、はあ…」

「提督!おい提督!て・い・と・く!!」

 

「うわっひゃあ!?はい!ごめんなさいごめんなさい!!」

「てやんでえ!遠路はるばる来てくれてんだ!ボーッとしてねえで早くしろってんだ!」

 

「はいー!ごめんなさいー!!!」

 

レーベは口を押さえて笑いをこらえていた。グラーフは目の前の艦娘が提督をめちゃくちゃ怒っているのを止め、マックスは呆れていた。ドイツ艦の提督への第一印象は様々であった。

 

………

 

「おほん、ごめんなさい…」

「いや、いいんだ。しかし、規律がだいぶ緩いようだ。アイツはこう言うところがうるさいんだが…」

 

「ニホンにはニホンのやり方があるのかな?それとも、この鎮守府のやり方なのかな?」

「まあ…出撃時にこうでなければいいのだけれど」

 

「あ、え、えっと…き、規律についてだけどね?」

 

ドイツはグラーフ達が恐ろしく厳しい規律であったが、ここでは彼女たちにしてみれば「規律…?」と言うレベルだ。

食事は朝昼晩。3時におやつあり(ドイツではもちろんあるわけがない)

消灯は23時(ドイツは21時)で起床は7時に起きればご飯が食べられる。

 

ちなみに起床は5時でいいのか?とグラーフが聞くと「ええ!?そんな早くに起きれないんだけど…て、徹夜したときは起きてるけどぉ…」と言う答えが。七原提督は寝起きが猛烈に悪く、始業の9時まで寝て、よく寝過ごしたと叫んでいる。この時点でなるほど、道理で緩いわけだ、と納得した。

 

日本の鎮守府や泊地、基地はそれぞれ提督が規律を決めていいことになっている。結局人手が足りないので大本営がそこまで見ていられないのである。刈谷提督のところは提督が9時ギリギリまで寝ている。艦娘が起床時間を6時に決めている。刈谷提督の起床時間が遅いのは大体が龍田にさえ内緒で仕事をしていることが多いからである。

 

さて、続きであるがお風呂は消灯時間までは好きに入っていいと言う。消灯時間から朝7時までは入浴できない。風呂は妖精さんがきっちり清掃してくれるのできれいである。三条提督のとこのような大浴場を作りたいと思って刈谷提督に相談したが却下された。横須賀がそもそもやりすぎではないかというレベルの艦娘優遇の場所である。羨ましい。他、提督用の3〜4人は入れそうな浴場も開放されており、七原提督と駆逐艦が一緒に入っている。

 

「ふむ、風呂か。それは楽しみだな。期待しておこう」

「お風呂!楽しみだね、マックス!」

 

「そう?私は別に何でもいいわ」

「マックスちゃん、お風呂見てみる?」

 

「……ええ」

 

七原提督はお風呂と聞いて妙に髪をいじる仕草が増えたが気になったので聞いてみた。モジッとして少し間を置いてお願いします、の「ええ」であった。七原提督のマックスに対する「かぁいいポイント」が激増。ちなみにドイツ艦への「かぁいいポイント」は高い。

 

「じゃあいこっか。今日は出撃とかないし、何ならお風呂に入ってもいいよ」

「行く行く!僕も行く!」

 

「私も行こう。ニホンの風呂、気になるからな」

 

提督が自ら艦娘を案内し、艦娘と雑談をする。山風が手を繋いで隣を歩いているし、なんだか駆逐艦がいっぱい集まってくる。

 

「あ、お姉ちゃんだ!おりょ?美人さんと歩いてるにゃし!」

「うふふ、でも司令官の可愛さも負けてないわよねぇ〜」

 

「提督さん?べっぴんさんを連れてどこ行くんじゃ?」

「浦風ちゃん、ドイツって国から来た艦娘を案内しているの。あ、この子は浦風ちゃん。駆逐艦だよ!」

 

「ここは随分駆逐艦が多いのだな。レーベやマックスと仲良くしてもらえると助かる。よろしく頼む」

「うちに任しとき!えっとするけんね!」

 

浦風はよく気付きよく駆逐艦の面倒を見る。

 

「司令官様!今日のおやつはなんですか?」

「巻雲ちゃん、今日はドーナツがあるよ。伊良湖ちゃんに聞いてみてね。睦月ちゃんたちも。お姉ちゃんはちょっと忙しいかな」

 

「うぅ…お姉ちゃんのいないおやつはおいしくないにゃし…」

「ごめんね〜」

 

本国ではあり得ないことだ。提督と艦娘が対等に喋り、抱き合っている。

 

「お姉ちゃんはいつもやわらかいんだよぉ〜!よいぞ…よいぞぉ〜」

「あ〜ん、睦月ちゃんずる〜い。如月もおねがーい」

 

「はーい!むぎゅー」

「うふふふ!やる気がみなぎるわぁ!」

 

「浦風ちゃんもね!」

「ふふ、うちも甘えたかったんじゃ!」

 

抱きついた駆逐艦がキラキラしている。それにしても駆逐艦が多い。歩きながら聞いてみる。

 

「先ほどから会う艦娘が駆逐艦だらけだが、一体なぜ?」

「うーんと…あの子たちには内緒なんだけど、駆逐艦ってとても扱いが雑なんだよね、よその提督さんは」

 

「雑?駆逐艦を?」

「そう。駆逐艦は火力も弱いしすぐに中破したりするでしょ?役に立たない、戦艦や空母の盾くらいにしかならないって考えてる人が多いんだ」

 

「な、なにそれ!そんなことないよ!僕たちだってやる時はやるよ!」

「レーベ…そう言うけれど、本国でも提督の言う通りよ。私はあそこで何人目の私かわからないくらいと言っていたくらいだもの」

 

「あ、う…」

「そうか。どこもそうなのだな。私やビスマルクは大事にされていたが。ああ、あとプリンツもな。だが、Admiralは違うのだろう?」

 

「もちろん!私にとってはみんな大切なお友達、姉妹…うん。だからみんな大事にしたいな」

「ふふ…それならば信頼できる。どうか我々をよろしく頼む」

 

「うん!よろしくね!それよりもそっちの国でもそうなんだぁ…そういうクソッタレたハゲでデブでフーフー言ってるだけのオークみたいなハゲファットは本当にどうしてやろうかなぁ…痛くして泣き喚いて…ふふ、ふふふふ!ねえ、痛いよねぇねえ!」

 

「お、おいAdmiral?」

「うひひひ!泣け、叫べ…うひひひ、そして死ぬがよいぞ…よいぞ!」

 

「おい提督!グラーフさんたちがドン引きだっての!!」

「ふぁ!?あ、あはは、ご、ごめんね?」

 

七原提督の悪い癖というか…思い込みが激しく、突如として思い込みが過ぎると人格まで変わり、暴走が始まる。そのブレーキ役が涼風である。時々涼風の静止も聞かずに暴走を続けて、よその提督に迷惑をかけることもあるのだと言う。横須賀の提督に迷惑をかけた時はマジでやばかったとは涼風の回想。

 

「ったくよぉ…おっ、着いたぜ、ここがあたいらが入る用の風呂さ!ドックもあるけどただ入るだけの風呂もあるんだぜぃ!」

 

ガラッと戸を開けると…

 

「ダメー!勢いが足りないよ!もっとこう、ほらいくよ!どぼーん!」

「ど、どぼーん…」

 

「んー!まだ足りないなぁ!元気よくどぼーん!!」

「ど、どぼーん!」

 

健康的に日焼けした元気1番の潜水艦、伊401ことしおいが誰かにどぼーんを教えている。単にお風呂にどぼーんと言いながら飛び込むだけだが。

 

「いい感じですね!もう一度いきましょう!どぼん!」

「どぼん!」

 

「こらー!しおい!しおん!そのどぼーんはやめろって言ってんだろうが!」

「あ、涼風ちゃん!期待の新人だよ!この子、どぼーんの素質があるよ!」

 

「はい!しおんもイチオシです!」

「なんでぃ、どぼーんの素質って…あたいにゃわかんねえよ…」

 

ポニーテールな日焼け娘、しおいと長い髪を揺らすその姉、伊400ことしおんが七原提督でさえ見たことがない色がとても白い艦娘…え、誰?

 

「ユー?ユーじゃないか!なぜここに…」

 

ユーと言う子。正しい名はU-511と言うらしい。

 

「執務室に行かなきゃと言ったではないか…」

「あ、あの…ユー、いこうとしたんです…でも…」

 

「でも?」

「大方そこの潜水艦に連れてこられたんじゃないのかしらね」

 

「は、はい…マックスさんが言う通りです…」

「しおんちゃん、しおいちゃん、知らない艦娘を連れ去っちゃダメだよ…」

 

「あ、あの…ユーは、楽しかった…です。こんな、楽しい、初めて…」

「見つけました!しおいちゃん、しおんちゃん!もう!演習をおサボりして!」

 

「わー!大鯨さんだ!逃げろー!」

「きゅ、急速潜行!」

 

「あー!もう!逃げられてしまいました…」

「ふ、ふふふ、本当に賑やかなところだね!」

 

「て、提督!あ、あぅ…ご、ごめんなさい」

「大鯨ちゃん、お疲れ様。ごめんね、また叱っておくから…」

 

「提督の叱りはもうだめだよー?くらいじゃねえか…」

「え、えへへ…」

 

「えへへじゃねえっつーの!あたいがどんだけ苦労してると思ってるんでぇ!あたいが怒っても隼鷹さんなんかおーよしよしだぜ?てやんでぇ!飛鷹さんの胃に穴が空くってもんよ!」

 

「え、ええ!?飛鷹ちゃん!?」

「て、提督、落ち着いてください!」

 

わーぎゃー騒ぐ提督と秘書艦涼風。そして、おろおろしているユーに大鯨と言う艦娘。涼風に責め立てられて小さくなっていく。微笑ましい反面、頼りなく見える。それに…先ほどから見るのは駆逐艦や水上機母艦、潜水母艦…グラーフのような空母も…戦艦もいない。

 

「Admiral、ここには戦艦や空母はいないのか?」

「空母は正規空母は蒼龍ちゃんだけかな。戦艦は…いないね」

 

「ほう…よくそれで戦ってきたな」

 

「ここはね、駆逐艦と軽巡、それから高い火力を持っていたとしても重巡。空母は別の提督のミスで片目の視力がほとんどない蒼龍ちゃん。軽空母なんか使い物にならないと捨てられた飛鷹ちゃんと隼鷹ちゃん。火力も雷撃も弱いと言われて放り出された瑞穂ちゃん」

 

「存在意義がないと言われて同じく泊地を追い出された大鯨です…」

 

「………は?」

 

「頑張って龍鳳ちゃんになろうねー」

「はい!大鯨、がんばります!」

 

なんだここは。ここの艦娘たちは…もしかして…全て…?

 

「グラーフさんが考えた通りかな。今度、大怪我で回復をろくにしなかったせいで艤装搭載数が少なくなっちゃった金剛ちゃんが来るかな。金剛ちゃんは解体してくれって言ったけど、そんなのさせない。ここにいる子達はみんな、人間のわがままで行くところ、帰るところを失った子達。居場所を奪われた子達。私はそんな子達を受け入れてる」

 

「……なんて、ことだ…」

「ふざけないで!」

 

七原提督のその言葉にマックスが激昂する。

 

「わたしたちも…私やレーベやグラーフ達もそんな存在だと言うの!?」

「それは違うよ。マックスちゃん達はちゃんと大本営の指示で着任したんだよ」

 

「嘘よ…だったら何でこんなところ…こんな…掃き溜めみたいな所に来させられたのよ!!」

 

「んだとぉ!?やいやいてめえ!黙って聞いてりゃ何だ!いいよな、あんたらは!どうせ提督にちやほやされてきたんだろ!あたいなんかなぁ!建造された途端に一言、解体。だぞ!冗談じゃねえってんだ!泣いて喚いて何とか大本営に連れて行かれて…誰も…だれも…あたいのことなんか見向きもしねえでよぉ…!」

 

同じような駆逐艦は何人もいた。しかし、最後まで自分と一緒に行こうと言ってくれる人はおらず…ついに1人になった。いいんだ。どうせあたいはいらねえ存在なんだ。泣くのを堪えていた。俯いて床を見ていたら手が見えた。顔を上げるとでっけえおっぱいの眼鏡の姉ちゃんが笑ってた。

 

「いこ?私と一緒に」

 

その手は差し伸べた手だった。自分が…?そんなバカな。

 

「いこ?私も今着任したばっかりなんだ。あなたが私の初期艦だよね?」

「ち、ちげえよ!あたいは…あたいは…」

 

「えっと、怖そうな提督からここに青い髪の艦娘がいるからその子を連れて行けって言われたの。その子が私と一緒についていく艦娘だからって。あなたで間違い無いよ。私はすみれ。七原すみれ。あなたのお名前は?」

 

嘘だ。そうやってまたおちょくってるんだ。あたいなんて…あたいはここで解体されて…。

 

「お名前は?」

 

まだ聞いてくる。そう言って冗談なんだって言うんだ!あたいは…!

 

「すず…すず…かぜ…涼風!」

「涼風ちゃん。きれいな名前だね。さ、いこ?これから、よろしくね」

 

そう言って手を取ってくれた時のことは一生忘れない。あたいはずっと提督とついていくんだって決めた。その後も、あたいみたいな艦娘の待機リストを見てはこの子を連れてこよう。片目の視力に難があると言われ、解体しかないと言われた蒼龍さんも引き取った。蒼龍さんは泣いて喜んでいた。どんな艦娘ともここでは仲良くやっている。笑える。おやつがおいしい。帰ってきた後のお風呂は最高だ。そんな…あたい達の家を…貶しやがったな!

 

「てめえにあたいらのことはわかんなくてもいい!けどな!そんなあたいらを連れてきてくれて…楽しく…楽しい生活を送らせてくれる提督のことをな…悪く言うんじゃねえよ!掃き溜めだぁ!?ふざけんな!!!

 

「マックス、やめろ!」

「マックス!」

 

「うぐっ、うう!ここは…あたい達の家なんだ…うう、ぐっ、ここが…いや、な…グスッ嫌なら帰れよ!帰れ!!うわああああああん!!!」

 

泣き出す涼風。もう限界だった。悔しかった。大好きな提督を、いや、お姉ちゃんを。家を。悪く言うやつにろくに言い返すこともなにもできなくて。

 

「……あなた、嫌い。あなたも…沈めば?」

 

山風も同じのようだ。涼風といつもお姉ちゃんを巡ってケンカしている。そしていつも3人川の字で寝ている。山風の目が恐ろしく冷たい。その目を見たグラーフでさえ、一歩引くくらいだ。グラーフ達にはわからないが、彼女も涼風も多くの修羅場はこれでも潜っている。練度は高い。実はレーベ達以上に。

 

「マックス、やめて!僕たちだって結局追い出された身じゃないか!」

「そうだな…私たちも敗戦に次ぐ敗戦で追い詰められ、国が痩せ細ってきた。そのために…日本への移動は結局厄介払いにすぎん」

 

「………」

「すまない、Admiral。スズカゼ。すまない…マックスはこう言っているが…私たちも行くところがないのだ…」

 

「よお、随分賑やかだなぁ。この隼鷹さんも混ぜてくれよ」

「こ、こら隼鷹!」

 

涼風が大きな声で叫ぶものだから、と聞きつけてやってきたのは軽空母の「隼鷹」と姉妹である「飛鷹」であった。隼鷹は提督に顔を埋めて泣いている涼風を撫でる。山風も落ち着かせるように撫でた。

 

「あー、声かけようと思ったら涼風らとあんたらがケンカ始めちまったからさぁ。隠れて様子見てたんだけど。掃き溜めなぁ。そうさなぁ」

「す、すまない…マックスが非礼を…」

 

「そうかもしんねえな。提督とはよく言ってんだ。あたしたちゃ寄せ集めの孤児院にいるようなもんだってな。飛鷹にそういうといっつも頭引っ叩かれんだけど、あはは」

 

隼鷹は涼風をあやしながら語る。提督から離れ、隼鷹にしがみつく。それをよしよしと言いながら続ける。

 

「他所から見りゃ、いらない艦娘の寄せ集め。掃き溜めかもしれないねぇ。たださ、あたしらにとっちゃここは帰ってくるべき所であって、心を落ち着かせられる家であって、あたしらは艦種もバラバラだけど姉妹…家族なんだ。そっとしといてくんねえかな…」

 

飛鷹も俯く。隼鷹が言ったことはそっくり飛鷹にも当てはまるのだ。見捨てられ、行き場もなく、解体…死を待つだけだった自分たちを笑顔で迎え入れてくれて、毎日楽しくやっていられるのは提督のおかげである。隼鷹は酒を飲むより…飲んでる暇がないくらい忙しいけど、それでいい。たまには晩酌しているが。

 

「私もね、パパもママも深海棲艦に殺されちゃって一人ぼっちだった。親戚は誰も引き取ってくれないし。最初は復讐のつもりから猛勉強して提督になったの。目はすっごく悪くなったし、オシャレなんて何一つわかんない。提督になって、これで深海棲艦を殺しまくって復讐しまくってやる。そう思ってたんだけど…涼風ちゃんを見て一気にそれが消えちゃった」

 

山風を抱きしめながら七原提督が語る。

 

「寂しそうなのをこらえて、元気に…うん、今なら言えるけど、すごく私にも怯えてた。拒否されるだろうって。そんな涼風ちゃんを、もう寂しくないようにしたいって思った。ここに来て、山風ちゃんにも出会った。山風ちゃんにも幸せになってほしかった。そしたら私は、解体待ちの艦娘や…そこで隠れてる蒼龍ちゃんみたいな子も全員迎え入れてた」

 

「あはは、バレてました?うーん」

「ぴょこぴょこおさげが見えてたよ。隼鷹ちゃんたちと一緒だったんだね」

 

「う、うん」

 

蒼龍は目の焦点が両目が定まっていない。片目が落ち着きなく動いている。これのせいで捨てられたのか。

 

「本当なら解体しかないって言われたんだけど…ね」

「空母のエースなんだよね」

 

「あはは、隼鷹さんや飛鷹さんに片目の方支えてもらってだけどね」

「あたしらはこれで最強タッグなのさ」

 

「そうね。蒼龍さんがいるから私たちも頑張れるものね」

「えへへ、なんか照れるな…でも…嬉しいなぁ」

 

「私はできればみんなお迎えしたい。でも、嫌だって言うなら…えっと、鹿屋基地とか…」

「いや、Admiral。私はここにいたい。いさせてほしい。Admiralとならやっていけると思う」

 

「空母が増えるのは嬉しいよね!」

「だな!」

 

「ええ、同意見よ」

 

「僕も!僕もここがいい!マックス!」

「………これ以上あちこち行かされるのは疲れたわ…それから… Es tut uns leid.」

 

「マックスちゃんは怖かったんだよね。わざと言ったでしょ?」

「ええ…」

 

「大丈夫、涼風ちゃんは明日寝て起きたら元気になるから。山風ちゃんも、ちゃんとマックスちゃんがごめんなさいって言ってたからいいよね?」

 

「…うん」

「よし!じゃあようこそ!岩川基地へ!」

 

「ああ。Admiral。これからよろしくお願いします」

 

ドイツ艦を代表し、グラーフと握手を交わし、ようやく迎え入れられた。隼鷹や蒼龍たちとも挨拶を交わし、無事に終わった。

 

「あん?ちょっと待てよ?マックスがごめんなさいっていつ言った?」

「えー?Es tut uns leidって言ってたじゃない?」

 

「わあ!提督ってドイツ語がわかるんだ!えへへ!なんだか嬉しいな!」

「ほう、驚いた」

 

「え、提督ってアホの子じゃなかったの?」

「はあ!?隼鷹ちゃんどう言うことそれ!ふ、ふふふ!そういうこと言う子はお仕置きがいるよねぇ!ねえ!」

 

「やっべ!わー!わー!冗談だって!冗談!」

「あははは!謝っても許してあげないよ!あはは!さあ隼鷹ちゃん、覚悟はできたかな!かな!」

 

「ぎゃああああああ!!」

 

隼鷹の悲鳴が岩川基地にこだました。

 

そして…

 

「この戦艦ビスマルクを2時間もここで待たせるとはいい度胸ね!規律が緩んでいるみたいね!私が正してあげるわ!」

「ごめんなさいごめんなさい!ま、まさかグラーフさんが代表だと…」

 

「私、このビスマルクが代表よ!ちょっと迷ってたりしたわけじゃないのよ!やっと辿り着いたと思ったら誰もいなくて!?仕方ないから待っていたら2時間よ!プリンツがいなかったらどうなってたと思う!?」

 

「きっとビスマルクは泣いてるかなぁ」

「レーベ!余計なことを言わないの!」

 

「ま、まあビスマルク姉様、ちゃんとこうして着任できたんですから…」

「おほん、まあ、そうね…」

 

「ご、ごめんなさいビスマルクちゃん…えっと、グラーフさん、ビスマルクちゃんは…」

「はあ!?なんでグラーフはさんで私はビスマルクちゃんなの!?説明を求めるわ!!私は戦艦よ!せ・ん・か・ん!」

 

「グ、グラーフさん!どうすればいいですか!?」

「私に聞かれてもな…」

 

「ビ、ビビビビスマルクちゃん落ち着いて!」

「だ・か・ら!私はなんでちゃんなのよ!!」

 

「ああ、なんだか納得したわ」

「なんですって!?マックス、何がよ!」

 

「あびゃあああ!ごめんなさいいいいい!!!」

 

遅れてきた戦艦ビスマルクとの一悶着。そしてプリンツ・オイゲンの着任。七原提督はその着任を喜びつつも、ちゃん付けすると怒るビスマルクのフォローにてんやわんやするのであった。ちなみに、この後、何度訂正してもビスマルクちゃんと呼び、それは駆逐艦たちにも浸透してしまい、戦艦の威厳がない…と項垂れるのであった。さらにこの後着任した金剛にも駆逐艦のような扱いを受けるのである。

 

岩川基地初めての戦艦の着任であった。だが七原提督には戦艦も駆逐艦もない。家族が増えることこそ、喜びであるのだから。




七原提督率いる岩川基地へドイツ艦が着任しました。ちょっとだけ七原すみれの過去が明らかになりました。ですが、その心優しい性格ゆえ、今は玲司の所ほどではありませんが、いろいろある艦娘と共に楽しく過ごしています。
最後にマックスのドイツ語でのごめんなさいをサラッと聞いてごめんなさいと理解していたのは、ちょっとだけドイツ語をかじったことがあるからです。ドイツ語が話せない、というのは日常会話が不可能なだけで。テンパってうまく刈谷提督に言えなかったのです。

マックスはこの後、本当に七原提督の優しさに気づき、不器用ながらもちゃんと提督を敬い、慕っています。ビスマルク…これでも金剛とともに岩川基地を支える戦艦になってくれます。その描写は書ければいいな。

さて、次回は一宮提督のところに海外からの艦娘が着任するところを書いていきたいと思います。次回もお楽しみください。

それでは、また。

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