殲滅せよ。
「夕立。突撃するっぽい!」
玲司の言葉にそう言い、弾けるように雪風を撃ったリ級へ向けて走り出す。その顔は、獲物を見つけて今まさにそれを襲うサメか。シャチか。ギラリと牙を剝いて笑っているかのようだった。闇夜には彼女が上下するたびに揺れる紅い双眸。二筋の光が闇を彩る。
リ級は駆逐艦夕立を低く見ていた。所詮は自分たちの駆逐艦と同じ。砲撃は弱く、自分の装甲は貫けるはずがない。こちらの一撃が決まればすぐさま大打撃を受け、すぐに沈む。たかが駆逐艦一隻、こちらには軽巡ホ級もいる。さらに我々はエリート。より駆逐艦などに負けるはずがないと高を括っていた。
ゆっくりと腕を上げ、砲を構える。ホ級もリ級に倣い砲を構える。さらには魚雷も用意。そうして余裕の笑みを浮かべながら狙いを定め、夕立へ向けて砲を撃つ。手ごたえはある。完璧に捉え、一撃で沈める…はずだった。
夕立はもはや野生動物のような勘で敵の砲撃の気配を探知。回避行動を取れるよう身構えた。両手を水面につき、四足歩行の動物のような格好になったかと思いきや、横へ思いきり跳んだ。刹那、砲撃音が二発響き夕立が今までいた場所に着弾する。すでにそこに夕立の姿はなく、紅い光の筋が移動する。紅い二つの光はぴったりとリ級の方を捉えて離さない。
「ナ、ナンダト!?ク、コノォ!」
「………ッ!!!」
リ級と声を出すことができないホ級が狼狽える。なぜだ。完璧に捉えていたはず!!!さらにホ級が砲を撃つが右へ左へ光が移動し、当たらない。まるで内心を悟られ、読まれているかのように次々と砲をかわしていく。
(もっと早く。もっと速く。あいつを倒せ)
艤装から声が聞こえたような気がする。今夕立は艤装と心が一つに繋がったような気持ちになった。この子が言うなら。もっと。もっと速く。雪風を傷つけたあいつを許さない。だから、もっと速く。走れ
夕立の速度が上がる。リ級は身の毛もよだつ恐怖を感じた。
(恐怖…ダト…コノ重巡ノ私ガ…駆逐艦ゴトキニ恐怖シテイルダト…!!!)
……
「夕立ちゃん達、大丈夫でしょうか…」
大淀が心配そうに窓の外を見つめていた。出撃についてはいろいろとトラウマがあるため、いい印象はない。また、誰かが帰ってこない…なんてことは思い出したくもない。
「心配いらない。メンタル面では確かに不安な面もあったけど、夕立と北上の声を聞いて、大丈夫と思った。まあ、そう心配せずにおにぎりでも食って待とうや」
のんきなことを言っているように見えるが、玲司はヘッドセットを片時も外そうとはしないし、その目は普段の玲司の姿からは想像もつかないほど険しい。無線から聞こえてくるかもしれない声を一言も聞き漏らさないように。
現に名取に淹れてもらったお茶を一滴も飲んでおらず、すっかり手がつかないまま冷めてしまっている。どんな些細なことも見逃さない。聞き漏らさない。
「おまけに明石の艤装メンテ付きだ。よっぽど油断しなければ問題はない」
「明石のメンテナンスが…?確かに、あれを装備したとき今までと全然違うような軽さと手にしっくりくるような感覚がありましたが…」
「何や、大淀も感じたんか。ほんなら大淀も何か目覚めるかもしれんなぁ」
「な、何に目覚めるんですか…?」
「うちの明石のメンテは、その艦娘に合わせた整備をやるってのは聞いたやろ?うちらかて明石に初めてメンテしてもろた時はそらあしっくりきたよ。せやけど、大本営の艦娘らも、大淀や夕立のようにものすごいしっくりくるってのはなかったな」
「と、言いますと…?」
「うちらはな。艤装と会話すんねん。心が艤装とシンクロして…今日はいけるか?あかんか?って聞いたり、艤装から行けとかやめろとか声が聞こえたり…って何やねんその顔。まるでうちが危ない人みたいな顔しおって!」
「え、ええ…艤装とお話ってちょっと…」
「名取、お前もかい!ちがうねん、ほんまやねんて!ほんまにマジになったときに聞こえんねんて!!」
「ええと…、その声が聞こえたら…どんな事が…?」
「声が聞こえて『いけ』っちゅうことは、もっとはよ走ったり、限界ギリギリまで性能が引き出せるんや。思いもよらんパワーが出るんやで。あの気持ちよさはもう何回やってもたまらんもんやで~」
…にわかには信じがたい。そんな艤装と心を交わすだけで強くなれるだなんて…。
「強いぜ」
「えっ…?」
「艤装と会話した龍驤姉ちゃんや陸奥姉ちゃん。高雄さんに川内、島風。明石のメンテで艤装と心がつながった艦娘は強い。夕立なんかは野生動物みたいに勘が鋭いから、会話できてるかもな」
「じゃ、じゃあ夕立ちゃんは…」
「ああ、戦艦とかでなけりゃ負けるはずがない」
そう言って玲司はニヤリと笑った。まるで、本当に夕立の姿をすぐそばで見ているかのように信じている。夕立や北上。強い仲間を思う気持ちがあるならなお覚醒できるだろうと。
……
玲司の想像通り、夕立は艤装との会話を成功させ、かつての出撃の時とは比べ物にならないほど体が軽く、敵の攻撃が読めた。
(遅い…でも油断は禁物っぽい。でもそろそろムカつくからやっちゃうっぽい!!)
「オオッ!来ルナ…来ルナアアアアア!!!!」
迫りくる夕立に恐怖を隠せなくなったリ級は叫ぶ。とにかく近づけさせてはならないと思い、狙いを定めて撃つも全てかわされてしまい、接近を許してしまう。ホ級もリ級と同じように撃つがまるで当たらない。ホ級も焦っていた。駆逐艦を仲間に引きずり込んで終わり。それだけではなかったのかと。
砲撃を意にも介さずに夕立は走った。リ級はすぐそこまで迫っていた。砲撃の激しさが加速する。直撃しそうな砲弾をスライディングでかわす。勢いはそのまま凄まじいスピードでリ級へと滑っていく。
ガォン!!
夕立の12.7cm連装砲(明石改)が吼えた。その砲撃はリ級の腹に突き刺さり、貫通こそしなかったがリ級の体がくの字になるほどの衝撃を与えた。
「ガ…アァ…」
あまりの痛みに声もあげられず、涎を垂らしてうめく。その間に夕立はリ級へと迫る。爛爛と輝く紅色の眼。そして笑っているかのように牙を剝いてやってきたソレは海の王者、シャチが獲物へとまさに牙を突き立てて迫りくるかのようだ。そんな光景であった。夕立はくの字に折れ曲がったリ級の顎を渾身の力を込めて膝で蹴り上げる。
ゴシャッ!ガコリと言う鈍い音が響く。その一撃は容赦なく顎を砕き、歯をへし折った。ガハッと息を吸うために口を開けた時には太ももにあった魚雷発射管から魚雷を引き抜き、開いたリ級の口へ思いきり魚雷をねじ込む。
ゴキ…ミシ…ブチブチと嫌な音が魚雷を奥へねじ込むたびに聞こえる。夕立の形相は恐ろしく、紅い二つの光が膝をついたリ級を悠然と見下ろす。その表情は怒りに燃えていた。
「雪風を…友達をあんな風に痛めつけて…許さない…絶対にお前だけは許さないっぽい!!」
やや距離を取ってチキッと砲を構える。リ級は死の恐怖に涙を流していた。かつては涙を流し、命乞いをして助けを乞うた艦娘を邪悪な笑みで沈めていたリ級の最期は、魚雷を押し込まれてもなお死ねず、苦痛と恐怖に怯えた艦娘と同じように死の恐怖を感じて怯えているだけしかない。
バチューーン!!と言う音が周囲に炸裂し、魚雷が爆発。リ級はその衝撃で全身をバラバラに吹き飛ばされてしまった。その最期を見届けた夕立は、全速力で逃げようとしてるホ級の背中めがけて容赦なく砲を撃つ。明石の手によって改装を受けた夕立の砲撃は命中精度、威力共に申し分はない。
砲を足に向けて撃つ。その衝撃で派手に転んだ。足を破損、身動きが取れなくなったホ級に夕立が迫る。
「どこに行くっぽい?逃がさない。お前も。誰も」
連装砲を構えつつ迫る。後に「紅玉の女王」と呼ばれ、比類なき強さを誇る駆逐艦夕立。その紅玉の眼に捉えられた者は決して逃げられない。一瞬強烈な光を見たかと思ったが、ホ級の意識はそこで途絶えた。なぜなら、夕立の砲がホ級の頭を吹き飛ばしたからであった。
「ふう。これで提督さんに褒めてもらえるっぽい!」
目標を完全に破壊した夕立はつい先ほどまでの恐怖を与える存在ではなくなり、そこにはただの子供っぽい少女が帰ってからのご褒美を無邪気に考えているだけにすぎなかった。
……
「ド、ドウナッテイル…」
「シ、シラン。ココハモウ危険ダ…リ級ガヤラレタカモシレン。私タチモ危ナイ…」
やや離れたところで身の危機を感じていた雷巡チ級が二隻。自身たちの身の危険を案じ逃亡する手立てを企てていた。駆逐艦をいたぶれると聞いてやったはいいが、重巡や軽巡などが来てしまった時点で厳しい状況に立たされたと思ったチ級二隻は逃げる相談中である。
「コノママデハオ前モ私モ命ガナイ。リ級ハ放ッテオイテ逃ゲルトシヨウ」
「ア、アア。死ンデナルモノカ」
共に逃げようとした瞬間、何かが片方のチ級に炸裂。凄まじい雷のような轟音が響く。水面が激しく揺れ、転びそうになる。耳が痛い。思いきり海水をかぶってしまう。
「ナ、何事ダ!?オイ!大丈夫カ!!!」
突然の出来事に相方に呼びかけるも反応がない。音もなく迫って来て大爆発をしたものは一体…それに相方はどこへ行ってしまったのか?
「あ、ごめーん」
相方を探しているとヌッと月明かりに姿を見せた何者か。艦娘だった。何を謝っている…?それにしてこの状況下でボーっとやる気のない声をしているのはチ級は腹立たしく思った。
「何ダ貴様ハ!!」
「はあ?別にあんたなんかに名乗ってもしょうがないでしょー?それよりごめんねー。お仲間に魚雷ぶつけちゃったよ。大丈夫だった?」
「ナ、ナンダト…」
「あー、もう魚雷で跡形もなくぶっ飛んじゃったね。ごめんね。仲間ぶっ飛ばしちゃったよ」
「ナッ!?」
そんなはずはない。雷跡も魚雷の音も一切わからなかった。そして、この音もなくやってきた艦娘も。声をかけられるまでは全然気がつかなかった。手足に夥しい数の魚雷…と言うことはこいつも雷巡か…?ここまで魚雷を積んだ敵は見たことがなかった。
「でさー。あんたにもお願いがあるんだけどさー」
―――死ねよ。
そういうと月明かりでわずかにしか見えなかったが、その目はチ級を睨みつけ、殺意を込めてそう言った。ゾクリ…とチ級を寒気が走った。猛烈な殺意にチ級は身震いする、
「雪風に好き放題しやがって…。絶対許さない…。提督の命令通り、お前も沈めるから。そんだけ」
「フ、フザケルナ!誰ガ貴様ゴトキニヤラレルモノカ!!返リ討チニシテヤルワ!!!」
馬鹿にされたように聞こえ、腹が立ったチ級はすぐさま魚雷を北上に向けて撃つ…はずであった。しかし、チ級はそのまま北上が音もなく撃ち込んだ魚雷によって吹き飛ばされた。上半身だけでヒューヒューと息をしながら浮かんでいる。
「ごめーん。魚雷撃っちゃってたんだ。って、聞こえてるかな?さっさと沈んでね。バイバイ」
二隻の雷巡チ級は北上の手によって何が起きたかわからぬまま、一隻は粉々に吹き飛び、もう一隻もまた下半身を吹き飛ばされて海の藻屑と化した。ものの数分で片付いてしまった。それも一方的に音を立てずに。「静寂の暗殺者」北上。ブクブクと沈んでいくチ級には目もくれず、雪風のもとへと向かって動き出していた。その沈みゆく上半身にも、容赦なく魚雷が浴びせられ、沈む間もなく消し飛んでしまった。
……
「雪風!無事か!?おい、しっかりしろ!」
「ま、摩耶…サん…」
「ばかやろう!深海棲艦なんかになるんじゃねえぞ!」
「雪風…よかった。もう見つからないかもと思ってた。…よかった」
雪風を抱きかかえた摩耶が目に涙をためていた。心配だった。もう誰も失いたくない。これは安久野の悪事から生き延びた者たち全員の願いだ。またいなくなってしまうかもしれない恐怖から、雪風がいなくなってしまうのではないかと内心怯えていた摩耶は雪風が大破し、重傷ではあったが沈まず無事にいてくれたことに安堵して泣いた。
時雨もまた、自分の傷をずっと心配して元気になるよう励ましてくれたかけがえのない友達だった。だからこそ、痛々しい姿に涙した。でも、生きてくれてよかったと心から感謝した。
「雪風…帰り…たい、です。みんな、と…」
摩耶の手をゆっくり、それでいて強く握って泣いた。諦めかけていたところを救ってくれた仲間たち。また、会えた。まだ帰れる。自分は自分であり続ける。そうだ。こうして生きているのだ。嬉しかった。ボロボロと大粒の涙を流す。
「ああ。帰れるよ。だから、すこしお休みだ。ゆっくり寝てな」
摩耶がそっと雪風を撫でると安堵して気を失った。極限の緊張から解放された雪風は摩耶、時雨、瑞鶴に囲まれてスースーと寝息を立てていた。
「のんきだなぁ、ってかあの3人勝手に暴れすぎ!」
「神通さん…本当に初陣?熟練の艦娘に見えるけど…」
「一日中演習場で何かやってるくらいだ。おかしくはないだろうけどな…ってか、あんな動き出来やしないよ、ほんとに」
摩耶達の視線の先には、初出撃とは思えない大胆かつ優雅な動きで敵を取り囲むように動く神通がいた。
軽い…まるで自分の体でないみたい。演習場で動いていた時とは別次元の感覚で体が軽く動く。イ級の砲撃をかわし、そのまま接近する。イ級は神通を食らおうと大きく口を開け神通に向かう。さらには口の中から砲が飛び出、神通に容赦なく砲撃を浴びせようとする。
「……ふっ!!」
跳躍。空中で頭を下に向け、頭。すなわち水面に手を伸ばし手に持った20.3cm砲をイ級の脳天に一発撃ち込む。超至近距離から放たれた砲弾はいともたやすくイ級の頭頂部をぶち抜き、大穴を空ける。ギィギギギと無様な音を発して一隻イ級を海の底へと屠った。中空に浮いた神通を今度は別のイ級が着水すると同時に撃つ。しかし、鮮やかな月面返りと空中砲撃を見せた神通は着水と同時に全身をばねにして90度横へ飛ぶ。そのまま自分の背後。つまり月面返りを見せなければ確実に背中を撃たれていたであろうイ級の姿を発見する。
バシュウウ!と水柱を立てる海。神通はその砲撃に普通の人間ならあり得ないような飛び方を見せた。如何なる場合においても最悪の状況下でも最高のパフォーマンスで戦闘を行えるように自身を追い込みながら鍛錬を繰り返してきた。何かに使えるかもしれないと、本で見かけた月面返りを実戦で披露し挙句にその状態のまま空中で逆さになりながら砲を撃つなんて誰がマネできるものか。
時に名取に肩を借りなければ歩けなくなるくらいまで鍛錬を繰り返すほど自分の体を徹底的に痛めつけた。その成果は見事実戦で役立っているわけではあるが、名取にすごい剣幕で怒られたりもしたことは反省している。
神通の頭の中は敵の奥の奥を見抜き、次に繰り出す攻撃を脳で素早く想定し、攻撃か回避かどちらかを行うにあたっての正解を突き詰めている。そして正確に敵に絡みつき、じわじわと敵を追い詰める。それは体に絡みついた茨。それに絡み取られたら死、あるのみ。
深き茨の森へ迷い込んだなら、その茨に絡み取られ、鋭利な棘がもがくたびにみるみる絡みついた者を切り裂く。後に「茨の女王」と後に呼ばれるようになる。
(すべては提督のために。私は提督の剣。提督の盾。そうあればいい)
三条玲司提督。初めて会ったあの夜。神通はとんでもない無礼を働いてしまった。提督と知らなかったとは言え刃を向けてしまったこと。本来ならば自分は何をされても仕方がないと思っていたが、彼は気にするなと笑っていた。それでいて、毎日私たちのために食事を用意してくれたり、寝間着や布団。たくさんのこと喜ばしいことをしてくれた。そして、生きて帰って来いと言ってくれた。
巡るべくして、私はあのお方に出会えた。単純かもしれない。けれど私はあのお方を敬い、死ぬまであのお方に仕えよう。提督をお守りし、提督のために戦う。それが私の生まれてきた意味。私の存在意義。提督のためならば、どこまででも強くなって見せる。こんなところで…躓いているわけにはいかない!
「すげえ…あいつ、どんな鍛錬やってたんだ…」
「あんな動き、真似できないね…。すごい、神通さんすごいよ!」
摩耶や時雨でさえ圧倒される。まるで幾度も死線を潜ってきたような。次から次へと現れるイ級を蹴散らす神通。通常の初陣ならばイ級相手にこうまで戦えない。むしろ恐怖と死ぬかもしれない重圧に圧し潰され、恐慌状態に陥りイ級に噛みつかれて命を落とすことが軽巡、駆逐艦は多い。一切の物怖じもなく、果敢に攻める神通の行動が信じられなかった。
「神通さん!手伝うっぽい!まだまだ暴れたりないっぽい!!」
「夕立さん…?はい、よろしくお願い致します。逃がさず殲滅しましょう!」
夕立が加わる。まるで今までコンビを組んでいたかのように、完璧なコンビネーションで敵を追い詰め、倒していく。イ級の前に出た夕立に驚き、方向転換をした先には神通。夕立の砲撃。その二人に、無機質な感情しかないイ級が恐怖に震えた。
「…このまま、逃げ帰るのであれば。貴方を沈めることはありません。ですが、牙を剝くと言うのであれば。容赦は致しません。去りなさい。命は大事にするものです」
震えるイ級に神通が通告を出す。最後のイ級。しかし、憎しみで敵を滅ぼす理性しかないイ級には神通の言葉はやはり通じてはいなかった。そのまま神通に飛びかかり、体を食いちぎろうと歯をむき出しにする。
バクン!と神通を呑み込んだつもりであったが…。
「そうですか。それが貴方の答えなのですね。…残念です」
宙を舞い、砲をイ級に向けながら神通は心底残念に思いながら言う。そして砲撃を行い、イ級の脳天に穴をあける。着水と同時にイ級はゴボゴボと海の底へと消えた。
「瑞鶴さん。敵は殲滅致しました。提督にご報告を」
「えっ、あ、ああ。そうだね…。提督さん、聞こえる?敵の全滅を確認。雪風ちゃんは無事だよ!」
『こちら指令室。了解した。お疲れさん。みんなの勝利だ。よくやった』
勝利だ。それも前線に突撃していった夕立。北上。神通も無傷。圧倒的な勝利。一年以上全力も出せず、涙を流して仲間の死を見続け、おめおめと生き残って帰ってくることが精いっぱいの勝利。勝利と言えるのかもずいぶん怪しい勝利だった。帰ってくれば気持ちの悪い自分の采配がさも勝利をもぎとったかのように振る舞う安久野の自分に酔いしれた言葉を延々と聞かされる。もしくは罵倒。「よくやった」や「お疲れ」などと言う言葉はなかった。
「…生きてる。みんな…生きてる。7人全員、誰一人死なずに…帰れ…る。帰れるんだ…帰れるんだ!」
北上が今まで聞いたことのない声量で海に叫んだ。暗い過去は終わった。これからの未来のために。忘れることはできないが、未来は変わる。戦果で言えば大したことはないだろう。けれど。北上や夕立達に取っては大きな一歩を踏み出すことができる勝利だった。
「みんなで…帰れるっぽい…。みんなで…みんないき…生きて…あっ…ああああああ!!!」
夕立が突然泣き出した。夕立もまた悲惨な戦況を生き抜いてきた。その涙の意味は重い。涙につられ、摩耶も。時雨も。瑞鶴も。皆がぽろぽろと涙を流した。誰一人死なせない。守らなきゃ。勝たなくては。過去を引きずる彼女たちは今ようやくその重圧から解放された。
そして何より。今まではなかった提督の労いの言葉。それが…何よりも心が温かくなる言葉だった。
『お、おいおい。んなところで泣いてないで早く帰って来い。帰ってくるまでが出撃だぞ。気を抜かず、周囲の警戒を厳として帰還せよ。泣くのは帰って来てからだ』
「あ、あっ…無線繋ぎっぱなし…!も、もう!やだ!さ、さあ。帰ろう!みんな待ってる!帰ろう!!」
「雪風…帰れるからね…」
瑞鶴の帰ろう。と言う言葉は明るかった。皆、雪風の眠る顔を見て安堵して。そして帰路に就いた。その皆の顔はどこか誇らしく、笑顔だった。
すみません。終わりませんでした…。もうちょっとだけ。雪風編、続きます。
次回こそ、雪風の笑顔で終わりにしたいと思います。