……たすけて
たすけて…もう、つかれた…だれか…たすけて…
「……?」
誰かが耳元で囁いている方のように聞こえる助けを求める声。
たすけて…たすけて…もう、むり…だれか…
少し前から聞こえる誰かの声。その声には聞き覚えがある。夕陽を共に眺め、綺麗と言い合った数少ない友達。友達とは当初は知らない言葉だった。今ならわかる。だって、私のことを友達と呼んでくれる人がいるから。
戦艦棲姫、いや、元戦艦棲姫の紫亜はベッドから隣で眠っている文月を起こさないように黒く長い髪を揺らし、窓から海を見る。海は月の光に照らされ、ゆらゆら揺れるばかりだが…その揺らぎに合わせてたすけて…と言う声が聞こえる。ような気がする。
「港湾棲姫…?あなたは生きているの…?それとも…もう…?」
一人呟いても誰も答えない。むにゃあと文月が声を漏らすだけである。この子達と過ごす中でも、彼女のことは忘れたわけではない。生きて会いましょう。そう誓いあった仲なのだが…。
(無事でいてちょうだいね…)
………
ギシ…ギシ…ピキ…プツン…
何やら音が気になって眠れない者がもう一人。静かな寝室に響くわけでもない。自分の体の中から聞こえるかのような…同時に不安を覚える音。
ギシ…ギシ…
それと同時に痛む体。散々明石に忠告を受けているし、秋津洲にも言われている。体を酷使しすぎであると。しかし、もっともっと高みへ行かねば。敬愛する提督の期待にお応えできない。
軽巡、神通。彼女は聞こえるにまで至る体の悲鳴を提督のためにと無視し続けている。
ピキッ…プツン…
痛む体。眠れば…そしてドックに入ればまた治まる。それだけだ…。布団を頭までかぶり、体内の悲鳴を無視した。
………
「Japanの艦娘は真面目ね…ここまで真面目にレッスンを…」
「基本にこそ応用もあるのです!ですから、横須賀では基礎的なことしかしていませんよ」
鹿島と共に艦娘の練習風景を見学するウォースパイト。走る、曲がる、止まる。それだけを先ほどから繰り返している。ジャービスやジェーナスが加わってみたが…。
「ハヒー!ハヒー!こ、この子達どうなってるの…?」
「も、もう動けない…」
グデーっと伸びている。しかし、ジャービス達より小さな皐月や文月でさえ息も切れることなく、何周も大きな演習場を走り回る。駆逐艦は鬼ごっこだ。簡単な話で、鬼と逃げる子に分かれる。鬼にタッチされた子は鬼になり、逃げる子を追う側に回る。制限時間まで増える鬼にも負けず逃げ切ったらその日の夕飯で好きなおかずが増量される。
ちなみに、全ての逃げる子が捕まった場合は最初に鬼になった子達全員におかず増量である。どちらも負けられない戦いがある。しかし、海の上でのこれはなかなかに過酷である。雪風は妖精の舞。朝潮は『牙』などがあるが、一番厄介なのは夕立が鬼になった時だ。
「うわぁ!?」
皐月が逃げ切ったと思ったら突如ありえない針路変更をして飛びついてきた夕立により、鬼へ。90°の直角針路変更など普通はできるわけがない。そうなると四つん這いになって獣のようになる。水上の獣。逃げる方にまわった夕立も厄介だが、追う方の夕立はもっと厄介なのだ。
「ぽい!皐月、ゲットだぽいー!」
「くそー!今日も夕立に負けたー!」
「次は朝潮っぽい!」
「望むところです!」
「と見せかけて響っぽいー!」
「無駄だね」
「ぽい!?」
すいっと避ける響。まるで夕立が最初から響の方へ来ると予測していたようだ。
「ど、どうしてわかったっぽい?」
「僅かな波の感触でね」
「???」
「はい!そこまで!生き残りは響さん!朝潮さん!雪風さん!」
「ぽいいいいいい!!!またこの3人っぽいいいいいい!!!」
水上で地団駄を踏む夕立。野生の勘をもってしても、雪風の妖精の舞、響の僅かな波の揺れからの超反応。朝潮の『牙』の動き。これだけはまだ掴みにくいのだ。
「I can’t believe it…すごいわね」
「ジャービスさんやジェーナスさんもきっとすぐにああなりますよ!」
「ノー!」
………
「上2!左はぁ…3!そこ!」
「主砲!ってぇー!」
ドォン!と35.6cm砲が吼える。村雨の補佐による超長距離の砲撃。今回もど真ん中を撃ち抜き、妖精さんが◎の旗を上げている。つまり、完璧であると言うこと。
「ニホンの戦艦はこんなこともできるのか!余もやってみよう…………Shoot!!」
ネルソンが放った砲ははるか手前で水柱をあげた。
「うむ、当たらんな!うむ、すごいな、ヤマシロ!」
「はぁ、どうも…」
ボガァン!!と凄まじい山城砲よりも凄まじい音を立て、もうもうと黒煙をあげる巨大な砲塔。ネルソンやウォースパイトが注目する横須賀の…いや、Japan最強のバトルシップ。大和と武蔵だ。
「ふむ、やや外れたか」
「最初に比べるとだいぶよくなったわねぇ」
「教官がいいんだろうよ」
「まあ、武蔵ったら!ふふっ。さあ、もう一回!」
「ああ。いいだろう………ってぇ!!!」
耳の中で何かが破裂するかのような。腹が爆発したかのような衝撃で46cm砲が火を噴く。命中。
「うむ、こんなものか。しかし納得がいかんな。この程度で、噂のヤツに勝てるとは思わん。大和…姉さんを大破にまで追い込んだと言うヤツにな」
「私も…もっと強くならないと…」
「よし、では少し休憩してやるとするか」
大和と武蔵。最強と呼ばれる戦艦でも努力は怠らない。日本の艦娘は真面目であり勤勉だ。妥協はしない。
「おい、そこのビッグセブン。貴様も砲撃演習に参加するか?」
「こら武蔵!ネルソンさんもいかがですか?」
「ふむ。よかろう。余も付き合おう。それと、少し手伝ってくれ。余のネルソンタッチを貴様らと試してみたい」
「ネルソンタッチ?」
「ほう。おもしろそうだな。付き合おう」
ネルソンも大和達に感化され、砲撃演習に付き合うのであった。
………
スタン!スタン!
弓道場の的のど真ん中に刺さる矢。ストン!と真ん中から外れる矢。
「むう、This is terrible…ショウカクとズィーカクはすごいな」
「瑞鶴ね。んー、まあ微妙にズレちゃったから失敗かな」
「少し雑念が見られたわね、瑞鶴は」
「ちぇー、バレたか」
ほんの僅かな集中力の乱れさえ見逃さない。翔鶴の集中力は凄まじいものがある。
「とは言え、私も矢半分ズレてしまったわ。瑞鶴よりはマシだけれど」
「うわ、嫌味ぃ!アークさん聞いた?」
「ま、まあまあ。瑞鶴さんはまだ弓に慣れていないでしょうから…」
「だよねだよね!さすが祥鳳さん!」
「そう言う祥鳳さんはど真ん中。すごいわね」
「えへへ、頑張ってますから!」
「私も見習おう。ショウカク、私の射るところを見てくれ」
「はい。どうぞ」
「………」
「肩にチカラが入りすぎね。フォームも少し…これでは矢がまっすぐ飛ばないわ。よく見て下さい。瑞鶴?」
「はーい。アークさんはまず体幹から直さなきゃいけないかな」
「ふむ…たい…かん?」
「祥鳳さん」
「はい、体幹の鍛錬ですね!」
……
「うぐぐ…ぐ…ぐぐぐ!」
「あと5分ですよ」
「ぐあ!?」
「アークさんアウトー。こりゃあ鍛えがいがあるね!」
「きゅ、休憩を…」
「はーい、あと5分やったらね」
「………」
「よーい、はじめ!」
アーク曰く、死ぬかと思った。体が痛くてたまらん、とのことであった。
………
「はっはっはっは!いやー、おもしろいな、貴様は!ネルソンタッチとやら気に入ったぞ!
「ふふん!武蔵!貴様も余についてくるとはな!さすがだ!」
「あが、あだだだ…ズ、ズィーカク…も、もっと静かに…」
「瑞鶴だってば。ドック1つ使うよー。あれ、神通さん、大丈夫?」
「はい。すこし体に異常を感じたので、念のため。古鷹さん、私はもう大丈夫です」
「いいえ、ここで様子を見ています」
「お手数をおかけします…」
「いえいえ!」
「わああああ!サ、サブマリン!?驚かさないでよぉ!あたし疲れてるんだから!」
「にひひひひ!どっきり大成功でち!」
「もう!」
大きなお風呂ではしゃぐ艦娘達。その中で、ただ一人、何かを堪えるかのようにドックに入る神通。心配そうな古鷹。
「ねえ古鷹さん。神通さん、どうかしたの?」
「え?ええと…」
「問題はありません。少し疲労が出たのでしょう…」
「そ、そうなんです!」
「へえ…」
神通が古鷹に何かを隠すように指示しているとしか思えない。瑞鶴はこれでも大きく成長しており、周囲を見渡す余裕や、仲間を案じる心の余裕もしっかりと養われてきた。古鷹がずっと付き添うのもおかしい。神通は絶対に何かを隠している。古鷹は恐らく喋らないだろう。神通の苦痛に歪む表情が何かを物語っている。隠し事が下手だな…。昔の瑞鶴みたい。
基本的に瑞鶴たち空母は独自のメニューが与えられ、弓道場からほぼ出ることはない。演習場に出て回避運動や移動演習なども、巡洋艦などとは違うため、神通たちがあまり見えない。もちろん神通たちが弓道場に来ることなどまずありえないので状況がわからない。わかる時は戦闘で共に海に出ている時くらいだ。
なので、一番神通をよく見ているであろう駆逐艦に聞いてみた。
「し、知らないです!」
目をキョロキョロさせ、ソワソワする雪風。しかし、頑なに神通について聞いても状況は教えてくれなかった。
「神通さん?今日も普通に飛んで跳ねて夕立と追いかけっこしたっぽい」
夕立。神通の状況がわかっていない?あるいはとぼけている?夕立の表情は何もわからない。神通と共に激しい動きをしているのは雪風と夕立だけだ。朝潮は別レッスン。響も最初は神通と練習していたが、最近は何か違う何かをしている。
「先生」に聞くのが早いか、提督に聞くのが早いか…。まずは提督からだろうか。
………
「ああ、神通の件は明石からも言われてるし、秋津洲からも言われてるんだが、当の神通が口を割らないんだ。明石も秋津洲も体を見せろって言ってもまるっきり聞きやしねえ」
少し呆れているかのような表情で神通について語る玲司。提督さんもわからないならお手上げだが…。
「古鷹さんが今日つきっきりでドックにいたんだよね。雪風ちゃんは怪しいし…」
「古鷹が?ふーん…鹿島でさえ、練習終わりと同時に消えるからよくわからないって言ってるんだよな」
「提督さん、神通さん、怪しくない?何をそんな必死に隠してるのかな?」
「体に異常をきたしてるんだろ。あいつの練習というか鍛錬は度が過ぎている。一度忠告もしたんだぞ。あんな自分の体を痛めつけるだけのものは鍛錬ではないってな」
「そこまで…?」
「前も聞いたろ?名取が肩を貸して歩けなくなるまで鍛錬を繰り返してたって。最近じゃ名取も口うるさいせいか、古鷹が支えてるみたいだな。瑞鶴、古鷹を呼んできてくれないか。あと漣」
「はーい」
………
そして呼ばれた古鷹は目がすでに泳いでいる。
「ご主人様、漣をお呼びでしょうか?ま、まさか秘密の特訓…夜の…あべし!」
瑞鶴の強烈なチョップが刺さった。
「提督さんは翔鶴姉以外目にないからないわね」
「そこでサラッとそういうことを暴露すな」
「で、御用はなんでございましょうか?」
「漣は嘘を見抜くのがうまい。なんせあの不知火の表情から嘘か本当かを見抜くからな」
「はい!ぬいぬいのことならスリーサイズからおしりのほくろの場所までへぶし!」
再び瑞鶴のチョップが炸裂する。ず、頭蓋骨が…と頭をさすっている。
「さて古鷹。聞きたいことがあってな?包み隠さず教えてほしい」
「は、はい…」
「神通のことについて「すみませんでしたあああああああ!!」
瑞鶴と漣がずっこけた。突然謝りだしたので。
「じ、神通さんには内緒と言われていたのですが…ブーツが合わなくて足の疲れがひどいんだそうです…でも、提督にはそのようなことで具申をするわけにはと…」
「えー?でもそれだけでつきっきりで面倒みます?ドックまで一緒に付き添ってって」
「足が疲れてふらふらになるからって…」
「んー…ご主人様、古鷹さんは白ですぜ」
「え、マジ?」
「マジっす。ってか古鷹さん、絶対嘘つかないと言うかつけないでしょ。つくとき古鷹さんの左目、バチバチ眩しいもん」
「え?私そんなことになってるの?」
「ほら、何もないでしょ?今そういうカマかけてみたんだけど、何もないっしょ?」
「漣ちゃん、それひどいよぉ…」
「えへへ、さーせん、ちょっと古鷹さんを試してみたんですよ」
「ふーむ。明石にちょっと聞いてみるか。古鷹、ありがとう。すまんかった。漣もありがとう。間宮にアイスをもらうといいぞ」
「やたー!ご主人様だーいすき!」
「あ、ありがとうございます!」
古鷹と漣が退室する。瑞鶴は納得いっていない顔をしているが…。
「俺も納得してないよ。たぶん、古鷹には本当のことを言ってないんだろうな。だから嘘のつきようがない。神通は本当のことを古鷹に伝えてないんだ」
「でもさ、古鷹さんの言ってることが本当だったら?」
「それを確証するのさ」
バン!とドアが開く。薄いブラウスに下着をつけていないのか…?2つのぽっちがうっすらピンクに透けて…。
「おいAdmiral!ここにはラム酒はないのか?風呂上がりにはラム酒だろうが!なんだミルクなどと!」
「わああああ!ネルソンさん!ブラしてないの!?ってかパンツで廊下うろうろしないでよ!!」
「そんなことを言ってる場合か!風呂は満足したがそこからの楽しみがないではないか!」
「ネルソン、酒は用意するがその格好で今後、うろうろしたら酒はないぞ」
「なんだ貴様。余は真剣に聞いておるのだ!目を見て物を言わんか!」
「その格好を直視しろと?」
「乳くらいでごちゃごちゃ言うな!男だろう貴様は!?これしきグエッ!?」
「Admiral…Sorry…Nelsonが無礼を…Nelsonにはたっっっっっぷり言い聞かせておきますから…では…行くわよ、Nelson。ちょっとお話があるわ」
「Warspite?何を怒っておるのだ。余は奴に…あだだだ!!ま、待て!首!首が折れる!」
はぁ…と大きくため息を吐く玲司と瑞鶴。ウォースパイトが来てくれて助かった…しかし、ネルソンは自分の体に魅力があることをもっと知っておいた方がいいと思うが…いや、そんなことを言ってウォースパイトの耳に入ればこちらも危ない。余計なことを言うのはやめておこう。
「翔鶴姉とどっちが色っぽかった?」
「そりゃあお前、翔鶴に…っておい!!!」
「あははは!!!浮気者じゃないってわかったから瑞鶴も退散しまーす!」
「お前明日の晩飯麦飯とめざしとたくあんだからな!」
ったく…と悪態をつきつつ、工廠へと向かうのであった。ネルソンのあの格好を見て、翔鶴が同じ格好をしていた時を思い出してしまった。夢中になりすぎて跡をつけ倒して…いや、何を思い出しているんだ俺は。いかん、落ち着け。落ち着くんだ。色即是空。意味がわからない。
工廠に着くまで翔鶴のワイシャツ下着姿が脳から離れてくれなかった。瑞鶴のやつはマジでめざしとたくあんにしてやろうと思った。
………
「まあ起きてると思ったけどさ…」
「私は特別枠でいつ寝てもいいし起きてもいいって権利をもらったからねー。夜のが静かでやりやすいんだ。玲司君は早く寝たほうがいいんじゃない?明日に響くよ」
「いや、ちょっと気になることがあってな。ん、それは…?」
「ああこれ?神通さんのブーツの設計図。なんだけど超難航してるんだ」
明石の机の上にはもう何が何だかわからない図面があり、細かい字がびっしりと書かれている。朝潮の『牙』の玉璽の図面を見た時はまだ辛うじてここでスピードのチカラを吸収して…などと読めたが、神通のはもう意味がわからない。
「すげえな…これ。もう俺にはわかんねえや」
「この私が難航してるのを読み解かれたら、玲司君が作ったほうがいいじゃんってなるよ」
「それもそうか…」
「お疲れ様です、明石さん。お茶を…って提督さん!?」
「おお、鹿島か。そうか、朝潮の時は満潮だったけど、神通は鹿島か」
「え、えっと…」
「いや、いいんだ。たぶん、神通を一番見ているのは鹿島だろうしな。次が名取ってとこだろう」
「す、すみません。鹿島は見ているだけで…神通さんや雪風さん、夕立さんは教えることがなくて…」
「教えることはなくてもできることはあるぞ、鹿島」
「鹿島にできること…ですか?」
「注意することだ」
いいこと、鹿島?教官は教えるだけが全てではないの。安全に航海をすることを教えることも役目。そして何より、危険と判断したら注意することも仕事よ。
姉に言われていた言葉。すっかり忘れていた。教官に大切なことは生徒…教える者の安全を最優先に考えること。物を教えることが仕事ではない。
「神通、雪風、夕立もそうだけど、うちは頑張りすぎる子が多い。あー、朝潮と響の時は危ないからちゃんと注意してくれてたからいいけど。それ以上に頑張りすぎて無理をする子が多いんだよ。無理して体を壊したらなんにもならない」
「神通さんのブーツ、朝潮ちゃん以上に使い込んでるねぇ。神通さんのブーツも走る、曲がる、止まるだけのブーツだからね」
「神通さんはそうでなくて、スピードを殺さず、ありえない角度で急速に曲がったりしますので…」
「正面から見れば消える。それくらいの曲がり方してるだろ。俺も見てる時があるけど、ほぼ直角のように曲がるとかな」
「はい。そのまま一気に背後を取ってみたり、月面宙返り?というものをしてみたり」
「水上ブーツはそんな風に使うことは設計してないからね。戦艦の丈夫なブーツでだって、凄まじいエネルギーを持ったまま急激に旋回なんかしても壊れるよ」
神通のブーツ。スクリューだけではない。舵が歪んでいる。急激な動きにもちろん耐えきれていない。
「何回舵が折れたって持ってきたかなぁ」
「突然鍛錬を途中で打ち切ったと思ったら舵が壊れました…と」
「なるほどな」
正しく動かないブーツでは鍛錬にならず、危険である。
「鹿島、ほかに神通でなんかないか?」
「練習をしすぎると足を引きずっているかのように痛そうにしている時があります…」
「神通さんがやってる鍛錬の代償だね。足の骨や筋肉が負けてる。鍛えたからどうなるものじゃない。夕立ちゃんの筋肉なんかとは違うからね。夕立ちゃんもありえない曲がりかたしたりするの見るけど」
夕立は獣のようだ。四つん這いになり、手と足でスピードをやや殺して曲がることをする。
「夕立ちゃんは筋肉も繊維が柔らかくて細かいんだよ。体全体で急な行動のエネルギーを殺してすぐにチカラを出すことができる。朝潮ちゃんはブーツがチカラを殺してそのエネルギーを加速に回すから無理な動きができる。まあ、朝潮ちゃんの筋肉も夕立ちゃんに近いところがあるからなんだけど」
「神通はそれがないと」
「そう。筋肉にそれができないだけ。けど、神通さんは夕立ちゃんと同じことをしようとするから負担がかかるんだよ。神通さんは夕立ちゃんとかにはない、いい体の作りしてるんだよね」
「そ、それはどこですか?」
「ズバリ股関節だね」
「こ、股間!?」
「股関節だっての」
「こか、こかん…え、えっちなのはそのぉ…」
「その発想がえっちだと思うなーあはは!」
耳まで顔を真っ赤にする鹿島。純愛小説でキスのイラストを見るだけで赤面する鹿島だ。股間だけで反応するのもどうかと思うが。
「で?神通の股関節が?」
「ああ、そうそう。秋津洲さんは体の作りなんかを見極めるのがすごいんだけど、股関節の稼働範囲が神通さんは柔らかくて群を抜いてすごいんだって。私もそれを活かせる
「なるほどねぇ…」
「ただ、これは自分の体を徹底的に痛めつける動きだよ。最終的に神通さんは海を走れなくなるかもしれない」
「朝潮と同じか」
「その可能性は艦娘の誰にでもあることだと思います。だからこそ、鹿島や香取姉は無茶はさせないようにするのも仕事。そう香取姉に教わっていたのに…」
「同時にさらに神通さんはこういう動きをする時に大きく息を吸うみたいだね。空気を取り込み、空気の中の気体を体内の負担がかかる場所に気泡として送り込み、クッションにしてるんだろうと思う。ただ、これも体に激痛を与えるから…自分で自分を傷つけて強化を図る…」
「まさに茨の道だな」
「その負担を減らすための
「秋津洲かな。満潮も成長はしてきたみたいだけど、神通は複雑すぎるだろう。内外共に調律が必要…か」
「朝潮ちゃんより難しいのよ。その前に」
「神通が壊れるかもしれない」
「そ、そんな…神通さんのあの動き、チカラは素晴らしいものなのに…」
「こっちはこっちで製作を急ぐ。でも、期待しないで。まだ実用段階にもいけてないから」
「わかった。なるべく神通には無理をさせないようにしよう」
………
工廠から戻る際に、鹿島は大きく息を吐いた。
「教官ってのは難しいなぁ」
「鹿島、ここに来て自信をなくしてしまったんです。鹿島がいなくてもみんなすごくなっていく…鹿島はここに必要なのかって…」
「そうかぁ。自信なくしたか」
「はい…鹿島よりも、香取姉のほうが神通さんを止めたりできるんじゃないか、とか。巡洋艦のみなさんも…いろいろとすごいですし…」
「でもみんなはちゃんと鹿島の言うメニューをこなすぞ」
「鹿島が言うから仕方なく…では?」
「それは違うよ。皐月や文月、大潮なんかによく言われてるだろう?速く走れるようになった。ジグザグ走行で転ばなくなった。走りながら撃てるようになった」
「それは皆さんがセンスがあるからで…」
「それこそ大きな間違いだ。鹿島、お前は1人1人に的確に指示を与える。大潮はスピード配分が雑だ。五十鈴は右に曲がる時に軸足にチカラが入りすぎて咄嗟の時に転ぶ。最近だと熊野は手足の動かし方がめちゃくちゃだ。鈴谷は両手両足が揃いすぎ。それぞれに細かく、きちんと欠点を伝え、いいものはいいと言う。そうすることでみんなはちゃんといい所伸ばし、欠点はきっちり直していく。それは鹿島がいるからだよ」
自分は必要ないかもしれない。『牙の女王』朝潮。妖精の舞の雪風、潜水艦を見抜く五十鈴、スナイパー村雨。横須賀は今まで教えた艦娘の範疇を超えた艦娘が多すぎる。神通もそうであるし、北上や名取などもほぼ完成形のような動きを見せる。教えられることがない。これを教えてももういいのでは?さまざまな考えがここに来てから増えて、時にノイローゼになりそうになるほど、自分の存在感を考えたこともある。
提督に基礎だけを教えろと言われても…この方達はもう…と考えていた。何度メニューを変えた方がと言っても基礎だけだった。本当に大丈夫なのかと思って出撃した西方海域での戦いぶりは見事だった。提督は言う。基礎をただひたすら繰り返し、当たり前になったときこそ応用を編み出す。基礎は基礎であるけど、必殺の奥義になることもある。基礎を当たり前にできるようになっていなければ奥義にはならない。だから基礎を繰り返す。
「鹿島先生のおかげで敵の攻撃が当たらなかったよ!」
「鹿島さんの教えが活かせました」
「もっとこうしたいんだけどよぉ、え?体壊す?ちぇー」
言われてみればたくさんの相談を受けていた。1人1人、ここがよかった。ここがダメです。
「鹿島。1人1人にアドバイスというのはとても難しいのよ。それができるようになったら、あなたは一人前ね」
姉にそう言われたことがある。昔なら輝きのある子しか見れなかった今はみんなのいい所、直すべきところを知っている。一人前になれた、と思って泣いているわけじゃない。私はそんなに、みんなにこうだった、ああすれないい、とちゃんと見ることができ、そしてそれを相談してくれ、そして改善しようと努力する横須賀のみんなに感動して嬉しくなったから…今、泣いている。
「鹿島はうちに必要なんだよ。うちに不要な子はいない。これからもビシビシ頼むよ、鹿島教官」
「……はい!提督さん…鹿島は…ここで一生懸命…がんばります!」
「頼んだよ」
玲司の頼んだよの一言は鹿島にとって何よりも嬉しかった。その一言に大きな信頼が詰まっていたから。昔の自分とは違う。提督さんの強い思い。誰も沈ませない。みんなで勝つ。それをこれからもずっとずっと続けていくために…鹿島はもっとみんなを輝かせる!そのために鹿島はここにいる!
泣いてなんかいられない。でも、今だけは…提督さんの胸で泣かせてください。今までの不安、悩みを全て提督さんにぶつけ、打ち明けて…信頼されていると知ったから
……
「おはようございます!今日は少しだけメニューを変えてみます」
「え。マジ?ま、まさか一段と厳しくなるんじゃ…」
「うふふ、鈴谷さん、安心してください今日は走り込みなどはありません!ストレッチをしましょう!」
「ストレッチ?どうするんですの?」
「走るためには体をほぐすことも大切です。ですから、こうして筋を伸ばして柔らかくして…」
「いっだだだだだだ!か、鹿島さん何をするんですの!?」
「熊野さん、体が固すぎますね…足を揃えて…手を伸ばして…んしょ」
「んあああああああ!!!!」
「全然曲がってないし!」鈴谷はほら!」
「三隈もできますわよ?」
「潮も…ぺたーん」
「ウッソマジ?いでいでででで!!潮っち骨ちゃんとある?ぬ、ぬい?背中ほぼ直角だけど…」
「し、しらぬ、不知火に落ち度でも…?」
「はーい、少しずつやっていきましょう。今週はこれがメニューです!神通さん!走り込みは今週は禁止です!」
「……っ!?」
「体が悲鳴をあげています!体を休め、体をほぐして次の運動のためにすることもあるんです!」
「ですが、私の日課は…」
「ダメです!教官としても禁止令ですが提督さんの意向でもあるんです!」
「て、提督の……わかりました」
「よろしい!神通さんは秋津洲さんに徹底的にメンテナンスしてもらいます!」
「はーい!やっと神通さんの体をメンテナンスできるかも!ギシギシ聞こえてきてもうたまらなかったかも!」
「いたっ!いたたたた!」
「ほーら、ふくらはぎがカチカチかも!走れなくなるかも!」
秋津洲のメンテナンスはそれはそれは艦娘によっては天国に一番近いものと称されるほどである。
(……でもこれ、本当にまずいかもぉ…)
秋津洲が思った不安。それは神通の限界が近い証。それでも秋津洲はそれを隠してメンテナンスする。できる限り、元に戻せるように。『旋律の女王』秋津洲の本領発揮である。
………
「提督。当鎮守府管轄のギリギリの範囲の無人島にて微弱な救難信号を探知しました。ですが、艦娘の救難信号ではありません。民間…でしょうか?」
一方執務室では艦娘とも民間でもなさそうな救難信号を探知していた。微弱すぎてよく拾ったな…とも思うレベルである。
「無線、繋がるか、鳥海?」
「試してみます。こちら海軍横須賀鎮守府。救難発信の方、聞こえますか?聞こえましたら応答願います」
サーと言うノイズしか流れてこない。もう一度鳥海が呼びかける。すると…
「ザ…ザザ…だれ…タスケ…タスケテ」
「司令、この声の感じ…」
「深海棲艦…か?」
お茶を運んできた紫亜がお盆ごとお茶を落とした。驚愕の表情を浮かべている。
「鳥海、ごめんなさい、貸してもらえるかしら!」
許可を得る前に無線機をひったくるように紫亜が呼びかける。
「聞コエル?ソノ声…港湾?アナタ、港湾棲姫?私、戦艦棲姫ヨ!アナタト夕陽ヲ見タ!オ願イ!アナタデアッテ!」
紫亜の声は最初に出会った頃の声だ。深海棲艦の声。その方がいいと思ったのだろう。しかし返事はない。サーと言う音だけ。紫亜は待った。お願い…答えて!!
「戦艦棲姫……?アア…ヤット…デモ、モウ…ムリ…」
「………!!!」
「大淀、緊急招集をかけろ。扶桑と…五十鈴と最上を」
「…了解致しました!」
「玲司君…あなた…」
「紫亜が探していた港湾棲姫の可能性が高いんだろう?それに、限界が近そうだ。一刻も早く助けるべきだ」
「待って、罠かもしれないのよ?」
「それを確かめる。罠なら罠で、この近海に姫がいるとなると大問題だ。それも兼ねている。けど、俺は紫亜が探している友人と見てる。なら、助けたい」
「玲司君…あなたは本当に………お願い…私のたった1人のお友達を…助けて…」
「…任せろ!」
ビッと紫亜に親指を立てて笑った。
「提督、扶桑、参りました」
「どうしたの提督?」
「五十鈴をお呼びかしら?」
いいタイミングで呼んだ3人がやってきた。
「よし、説明を始めるぞ」
珍しく真面目な顔で話をする玲司。他所に漏れてはならない、秘密の大作戦が始まろうとしていた。
神通の容態が怪しい。鹿島の悩みの解決。そして、紫亜の友人の話。
一気にいろいろと動き出しました。
神通の様子が気になりますが、まずは紫亜の友人「港湾棲姫?救出作戦」のお話へと続いていきます。
はたしてこの救難発信は本物か?罠か?次回に続きます。
それでは、また。