提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百六十三話

霞の「くちゃい」攻撃に精神的ダメージを負った港湾棲姫は紫亜と霞と共にお風呂に入り、霞の「うん!いいにおい!」と言うお墨付きをもらったので紫亜と共に執務室に赴いた。

 

執務室に入るなり、ものすごい剣幕で港湾棲姫を睨みつける小さな艦娘が1人。ぶつぶつとある一点を睨みつけながら言っているのである。

 

「なんやこれ…なに、これ?どないしたらこないなるん…毎日豆乳飲んだりマッサージしたりしとるうちの努力を全部ぶち壊すみたいに…」

 

たわわな胸部装甲を眺めながら龍驤がこめかみに青筋を浮かべながらにらみつけている。港湾棲姫はそのせいで萎縮してしまう。

 

「はいはいお姉ちゃん、そこまで。この子が怖がってんじゃん」

「せやけど何やこれ?こんなん…許されてええのんか?」

 

「お姉ちゃんのたゆまぬ努力は知ってるけどそれとこれとは別。はいはい、邪魔だから私たちは退室しようね」

 

「待てや川内!うちはまだこのボインに物申してないで!?うちかてここの一員や!話聞かせえや!」

 

「どうせおっぱいの話で拗れるから強制退室でーす。じゃあ兄さん、あとよろしく」

 

「すまん、川内。助かるよ」

 

ギャーギャー騒ぐ龍驤の首根っこを掴んで退室する川内。川内だって本当は話が聞きたかったのだが、姉がこれでは話にならない。しっかりと龍驤が一番怖がる姉に連絡し、絞ってもらうことにしよう。そう思うのであった。

 

「さて、うちの艦娘が申し訳なかった…今後はああいう事はさせないようにするから」

 

「翔鶴さんや扶桑さん、大和さんに武蔵さんのを毎度見てもあれですからね…」

 

「まあ陸奥姉ちゃんや高雄さん、利根に明石…木曾もああ見えてスタイルいいし…磯風まで…ああ、いやなんでもない。川内に助けられた。話を続けよう」

 

港湾棲姫の隣には紫亜。安心させるようにと言うか、港湾棲姫が紫亜の手を離さない。震えている。

 

「えっと、まず見ての通り自分がここの管理を任されている提督。人間だ。人間と言っても深海棲艦の血が混じっている異端だな」

 

「え…」

 

「お話したことあるでしょう?死にそうになっている子に私の血を流し込んだと言うお話。その流し込んだ子と言うのが彼なのよ」

 

「偶然と言うか何と言うか…彼女…紫亜はあなたと別れた後、流れ流れてここの人目のつかないところに数年誰にも見つからないまま隠れ住んでいた。が、うちの子達が見つけてしまってな」

 

「見つかった瞬間は終わった、と同時に安心もした。これでようやく孤独から解放されるとね。でも、あなたのことを置いて消える…と言うのはかなり辛いと思ったけども…」

 

「だ、だけど…あなたは、こうして…」

 

「ええ。ここで生活しているわ。信じられないでしょう?人間と艦娘と共に生活をしている…そして、私はここで何不自由ない生活を送らせてもらっているわ」

 

戦艦棲姫の笑顔が昔のように憂いを帯びた、悲し気な様子でもない。とても穏やかな笑顔で、思わず顔を赤らめ、目を逸らしてしまうほどである。くちゃいと言ったあの艦娘?もとても懐いているし、提督であろう人間も敵意をこちらに向けてはいない。敵意を向けていたのはあの駆逐艦だろうか…?

 

「さて、確認するんだけど、戦艦棲姫…ここでは紫亜…し・あと呼ばれてる。紫亜の友人だし、行くアテがないなら、ここで生活しても全く構わないんだ。紫亜もいるし、安心はできると思う」

 

「あう、あ、う…」

「玲司、ごめんなさいね。この子、とても怖がりで…玲司を怖がっているみたい…」

 

彼の膝の上でクッキーをサクサクとおいしそうに食べる駆逐艦を見て警戒心は相当薄れたが、長い間喋っていないことも災いしてか、言葉がうまくつながらない」

 

「雪風、食べかすがポロポロと…」

「ふぁい!もうひわふぇありまふぇん!」

 

「食べながらしゃべらないの」

「雪風、こちらへいらっしゃい」

 

紫亜が呼ぶとちょっと残念そうに提督から離れた。大事な話をしていると言うことは雪風もちゃんと理解している。緊張感がかけらもないわけだが。

 

「わ、わたし…わたし、は…ここにいても…いいの?」

「うちは構わないよ。紫亜がいるわけだし。あの島でずっといるよりはマシだろう。衣食住は保証するぞ」

 

「私とお花のお世話でもする?これから先、寒くなっていくとちょっと大変かも、とは本で書いてあったけど。それか、あなたが得意だった料理の腕を活かすか、ね」

 

「お、マジでか。料理が得意なのはありがたいなぁ。間宮が喜ぶぞ」

 

「あ、あう…」

「じゃあ決まりね。さっそく間宮にいろいろと聞いてもらって腕を見てもらいましょう」

 

確かデータで見た港湾棲姫は手先が鋭い爪のようになっていたはずだが、あれも艤装の一部なのだろうか?今目の前にいる港湾棲姫は顔や体と同じく、白い手をしている。紫亜と同じだ。

 

「よし、じゃあさっそくお手並み拝見と行こう。今日はアジフライだ」

「雪風もお供します!!」

 

「ふふ、さあ、行きましょう」

 

結局彼女はここで生活することが勝手に決定になってしまっていた。戦艦棲姫の手を握ったままだが、彼女の手はこんなに昔、温かかっただろうか?そして、笑顔がとても美しいとは昔から思っていたが、昔以上に美しい、そう思うのであった。

 

「あら、いらっしゃいませ。皐月ちゃん達が言っていた紫亜さんのお友達の方ですね?ようこそ、横須賀の食堂へ。私は間宮と申します。何かお召し上がりになりますか?」

 

「間宮。彼女は紫亜が言うには料理が得意らしいんだ。一度何かやらせてみてくれないか?」

「まあ、そうなのですか?んーと…では、アジを包丁でこうして…ワタを取って…こうして開いてみてもらえますか?」

 

「それ難しくないか?」

「心配いらないわ。この子はやるわ」

 

昔なら艤装と言うか、爪で割いていたものだが…包丁と言うものを渡される。要領がわかれば…久しぶりに料理をするような気がする。戦艦棲姫やヲ級と、最初は魚の内臓も一緒に食べてひどい顔をして食べたものだ。昔が懐かしい。

 

「お見事な腕前ですね~。これだけのアジを捌くのはなかなか大変で…」

「だよなぁ。しかも最近は間宮にやらせてばっかりだから…申し訳ない」

 

「いえいえ。提督はお忙しいのに厨房に立っていただいて…」

「そりゃあ俺だって料理が好きだからな。お、なかなか早いな。いい腕だ」

 

包丁の要領を掴んだのかすいすいとアジのワタをとり、開いて余計な汚れなどを落としていく。手際の良さに玲司も間宮もうんうん、と頷いていた。

 

「よし、慣れてきたら厨房で仕事してもらおうかな」

「えっ…いい、の、ですか?」

 

「まあしばらくはここの環境と空気に慣れてもらってからな。いきなりやれーは酷だろうし」

「私の時と同じね」

 

彼女は極度の怖がりであり、言葉を発するのが苦手なような。緊張のせいで顔も固い。しばらくは紫亜と生活し、ここに慣れてもらおうと思った。

怖がりがどれくらいかと言うとアジフライにするためのアジを油に入れてジュワー!と言う音でさえ、ビクッとなるくらいである。

 

「食べてみますか?」

 

間宮にできたてのアジフライと言うものをどうぞ、と渡された。熱いですから気を付けてくださいねと言うが…いつも生でしか食べていなかっただけに、初めてである。ゆっくり…口に近づけて…

 

「あちゅっ!!」

 

ブーッと玲司が噴き出し、間宮が玲司に怒り、紫亜が港湾棲姫を心配する。唇に触れただけでできたてあつあつのアジフライは熱すぎた。雪風がさりげなくふーふーして冷ましてくれている。

 

「これで絶対、大丈夫!」

 

雪風がにっこりと再びアジフライを差し出した。さっきよりかは熱くない…またおそるおそる口に近づける。熱くない。サクリ…ととても控えめにかじった。ゆっくり嚙みしめるように食べている。コクリ…とかわいらしく飲み込んだ。

 

「……お、お魚…でも、ちがう、んだね」

「生でしか食べていなかったものね。それに、あなたここ数年何も食べていないんじゃ…」

 

「食べて…ない。流れてきた…艦娘の艤装…から、時々、燃料をもらっていた…の。最近は、流れてこなかった…から…もう、本当に、ギリギリで…怖くなって…」

 

艤装が流れ着くのは小笠原諸島周辺は安久野がよく戦闘へ行かせていた場所だからだろう。駆逐艦や巡洋艦がよくやられていたからだろうが、玲司が着任してからは轟沈がゼロなので当然艤装だけが浮かんで海に漂うこともない。

深海棲艦も燃料などがないと生きていけないか?などなど疑問や謎は多い。紫亜がどうやって何も補給せず、飲まず食わずで生きていたのか。それすらもわからないのだ。艦娘は人間の管理がないと生きていけないが、深海棲艦はそう言う絡みがないからか、生きていけるのだろう。それに深海棲艦の研究などできようはずもないのだから。

 

「あなたの側近のヲ級はどうしてしまったの…?」

「わたしに…燃料を残して…消え…」

 

「そう…ごめんなさい。そして、あなた1人になり、極限状態のまま生きていたのね…」

「あなたも…よね?」

 

「ええ。孤独に怯える毎日だったわ。時々あの狂気の笑顔を思い出して余計に…」

「レ…級。誰も…手に、負えない」

 

「そうね…でも、この鎮守府のみんななら、私はアレを海の底へ葬ることだってできると思っているわ。それくらい…ここの子達はみんな強くて…まっすぐな子達よ」

 

「………」

 

「何だ、また新たな深海棲艦か。このチンジュフは本当におもしろいところだな。ところで、今日のディナーはなんだ?余の口に合うものなのだろうな?」

 

「ネルソン、作ってもらっておいてその口の利き方、あるまじきことだわ」

 

イギリス艦だ。彼女たちは最初こそ戦艦棲姫に砲を向けたりと敵意を露にしていたが、もう早くも馴染んでいる。ジャービスは紫亜と一緒に打ち解けてもう花壇の世話の手伝いをしているくらいである。ジェーナスはまだ緊張しているのか、ジャービスと紫亜のあとを少し離れて歩いていたり、様子を見たりしている。紫亜におやつにしましょう、と呼ばれると、頬がパンパンになるくらい羊羹をほおばっていたりするが。

ジェーナスはちょっと素直になれないのと、臆病で打ち解けにくいが、そんなことはお構いなしにグイグイ来る皐月や文月、雪風や村雨のおかげか、最近は割と素直である。

 

「新しいコックさん?」

「マミーヤが楽できそうでラッキーね!」

 

「ふふふ、そうね」

 

すでに敵ともみなしていない。横須賀の駆逐艦は警戒心が薄いわけではないのだが、驚くほど人懐こい。ただ、商店街の人間の中でも、悪意を持った人間と言うのは見分けがつき、近寄らない、話しかけないと言う勘はすごいと思う、と言うのが玲司の感想である。

 

おそるおそる衣をつけたアジを入れる姿がかわいらしかったのか、ジャービスはキュートね!と港湾棲姫に言っていた。

 

今日の夕飯はアジフライなどなどであったが、翌日は新しい仲間が加わったと言うことでオムライスになる、と言うことが確定しているのでそちらの楽しみも増えた。なお、港湾棲姫が揚げたアジフライは上々であったとか。

 

………

 

食後は駆逐艦やゴーヤ、イムヤ達と再度入浴。髪や体を洗う儀式(?)を行う。その際、胸部装甲をすごーいだのおおきーいだのと駆逐艦たちにまじまじと見られたり、やわらかーいと触られたりと(すぐ紫亜に怒られたが)いじられ、恥ずかしさのあまり逃げ出すように風呂場から飛び出て、体もよく拭かずに薄いTシャツを着ているものだからすけすけでバインバイン揺らしながら走っているところを玲司に見られ、さらにはいきなり睨まれた駆逐艦(?)に自慢かー!!!!!と怒鳴られたりと散々であった。

 

あの龍驤と言う人は怖い…近寄らないでおこう…。そう思った。

 

「大変な目にあったわね…ぽいぽい言ってた夕立は、後で厳しく注意しておくわ…」

「え、あ、気にしなくても…いい」

 

「だめよ。やめさせないといつまでもあなたに同じことをするだろうし、真似る子が出てきても困るもの」

「うう…」

 

「それはさておき…ここが私たちの部屋よ。奥まっていて目立ちにくい部屋だから、人間の監査が来ても隠れやすいそうよ。すぐそこに非常階段もあるからすぐ逃げられるし、安全だろうって。でも、玲司君は隠れさせて申し訳ない、だって」

 

気を遣わなくていいのにね、と笑っている。本当に笑顔が増えた。一緒にいた時は戦艦水鬼や空母棲姫などにさえ、恐ろしく冷たい目をしていたのに。今は目尻が絶えず垂れて優しい表情だ。

 

「ごめんなさい、私だけこんな…明るい生活を送ってしまって」

「ううん…ずっと会えるって…願って…た。やっと…会えた」

 

「そうね。私も…あなたと再会できてよかったわ。港湾棲姫」

「うん…うん!」

 

しっかりと紫亜を抱きしめる。出会ってからずっと…この人がいなければ生きていけなかっただろう。優しいが時に恐ろしい巨大な砲で敵に立ち向かう勇ましい面もあった。それが怖くもあった。しかし、その面影はもうない。

 

「それにしても、ここで生活するにあたっては、港湾棲姫と呼び続けるのは不便ね」

「あ、せ、戦艦棲姫は…し、しあ…紫亜って」

 

「そうよ。ここで生活するにはそう呼ぶのは不便。名前が僕たちにはあるのに、君だけ戦艦棲姫と呼ぶのはよくないって言った子が名付けてくれたの。あなたの名前も必死で考えているそうよ」

 

「わ、わたし…の…?」

「ここの一員になるための必須事項…かしらね。今日中に決めるって言っていたから、そろそろ…」

 

そう言っていた矢先にコンコンと入り口のドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と言うと入ってきたのは紫亜とずっとお話をしていた黒髪の女の子。駆逐艦、時雨だっただろうか。

 

「ごめんね、遅くなって」

「いいえ、あなたが必死でこの子の名前を考えてくれていたんだもの。気にしていないわ」

 

「あー、うん…それとは別に夕立を怒ってたんだよ。その、胸で遊んで…」

 

紫亜も言っていたが風呂場で港湾棲姫のたわわな胸部をぽーいぽーい!柔らかいっぽーい!と遊んでいたのだった。港湾棲姫は小さな声でやめ、やめ…てと言ったが聞き入れず、時雨が耳を引っ張って強制退場。その後延々と説教をしていたらしい。さすがは駆逐艦のリーダー的存在ね…と紫亜は感心した。

 

「ごめんね、今後はこう言うことがないように徹底するからね、マツリ」

「う、うん。ありが、とう…」

 

「時雨?いま、この子のこと、なんて?」

「ああ、ごめん。港湾棲姫の名前なんだ。茉莉。茉莉花って言って、ほら」

 

時雨のきれいな文字で茉莉と書かれている。それから、図書館から持ってきたのであろう植物図鑑。『ジャスミン』と書かれているが…。

 

「これ、日本では茉莉花って言うらしいんだ。かわいらしい花だと思わないかい?港湾棲姫は白くてこう、かわいらしいと思うんだ。だから、僕はこれがピンときたんだ」

 

「いろいろ大きいけどねぇ」

「あ、あう…」

 

「紫亜…?」

「ふふふ、そういう時雨もなかなかあるわよね。そう、マツリ…茉莉ね。かわいらしい花」

 

「とてもいい匂いがするお花なんだって。花言葉は愛らしさ。白い花の茉莉花は温順や柔和。茉莉にぴったりじゃないかな?どうかな?ダメ…かな」

 

自信満々で決めてきたようだ。もうこれしかないというくらい。これがだめだったらどうしよう…と言う不安からか、しょぼんとしている時雨がかわいらしい。そう思う紫亜。しかし、よくこうやって名前を考えられるものだ。自分の時は紫のイメージがあるからどうしても紫を入れたかったから紫亜。この子は白いお花を連想して茉莉。私がお花を育てているから、と言うのもあるからだろうか。

 

茉莉?…港湾棲姫は「マツリ…マツリ…」とブツブツといい、指で茉莉と書かれた文字を指でそっとなぞっていく。

 

「マツリ…茉莉…時雨…さん。ありがとう。とても、きれい。わたし…嬉しい」

「ほ、ほんと!?よかったぁ…じゃあ、明日改めてみんなに紹介するね!これからよろしくね、茉莉!」

 

にっこり笑って手を握る時雨。握手、とさきほど戦艦棲姫…いや紫亜から聞いた。紫亜と同じだ、温かい手。こうされるとなんだか安心する。それに、自分に敵意なく笑いかけてくれる時雨の笑顔。とても…かわいい。

 

「時雨…かわいい、です」

「え。そ、そうかな…あはは、なんだか、照れるな…あ、僕には敬語っていってですとか、ますとか、使わなくていいからね、紫亜と一緒のようにお話ししてほしいな」

 

「え?えっと…は、はい…あ、うん。わか…った」

「じゃあ、よろしくね。あ、そうそう、紫亜…?」

 

「それ以上言わなくてもわかるわよ。パジャマ姿で来てるんだし、私と茉莉と寝るのね?村雨や夕立が嫉妬しないかしら?」

「夕立は今晩、僕が怒ってるってことをわかってもらわなきゃ。村雨はそんな夕立のフォローだよ。と、言っても擁護するわけじゃなくて、叱ってると思うよ」

 

「そうなの…」

「ご、ごめん、なさい。い、いやって言ったんだ、けど…」

 

「なのに続けたから怒ったんだよ。しっかり怒っておいたし、扶桑にも注意を受けていたし、村雨にもいろいろ言われているだろうからね」

「そ、そう…夕立のフォロー、ちゃんとしてあげるのよ?」

 

「もちろん。そのつもりだよ。でも今夜はだめ。僕は怒ってる」

「ふふ、いいお姉ちゃんね」

 

消灯まで後わずかになったところでもう一人の来訪者。霰だ。

 

「霰も来たの?」

「新しい、お姉さん。お話がしたい、です」

 

「いらっしゃい霰。さっき時雨が名前を決めてくれたわ。茉莉と言うの」

「まつり…茉莉お姉ちゃん…霰です。んちゃ、とは言いません。よろしく…です」

 

「あ、はい、ま、茉莉…です。よろしく…です」

「んちゃ」

 

「んちゃって言ってるじゃないか」

「……霰じょーく、です」

 

ぷふっと紫亜が笑う。ちょっと顔を赤らめて取り繕っている霰がかわいかったから。茉莉も少しだけ表情が和らいだ気がする。霰は最近ちょっとお茶目になった気がする。前からだろうか?ちなみに、皐月や文月は今行っても怖がられそう…と我慢しているらしい。たぶん明日は押しかけてくるかな、と紫亜は思った。

 

玲司に布団とベッドどっちがいい?と聞かれた際、ベッドのカタログを眺めてベッドにしようかと思ったが、駆逐艦たちの部屋を見ると皆布団だった。なぜ?と文月に聞いてみると、布団を持って別の駆逐艦の部屋に行って一緒に寝たりするから、だそうだ。紫亜は自分の布団は2人でも十分寝れる大きさにしてあるが、文月と皐月はだいたい2人1組で来るし、駆逐艦の布団は小さいから持っていかないと駆逐艦が布団からはみ出てしまうし、かと言って自分がはみ出るとなんとかしてはみ出ないように必死になるので布団にした。

 

ちなみに茉莉の布団は早々に用意されて、紫亜と同じサイズだ。扶桑や大和、武蔵も大きいサイズである。

 

紫亜の布団には時雨。茉莉の布団には霰が入った。霰の頭が茉莉の胸に埋まっている。

 

「あ、霰ちゃん、ごめ…く、苦しい、よね」

「……あったかい。いい匂いが、する」

 

「あ、えっと…」

「………すぅ」

 

「寝ちゃった…」

「あらぁ、すごいわねぇ。時雨はいつまでも起きているのにね」

 

「し、紫亜ぁ…」

「ふふふ。でも、おしゃべりは楽しいものね。ただ、今日は霰が寝てしまったから、静かにね…」

 

「うん。頭を使って僕も疲れたよ…」

「そこまで茉莉の名前を一生懸命考えてくれたのね。さ、もう寝ましょうか。茉莉、眠れそう?」

 

「うん…霰、ちゃん…だっけ…あったかくて…落ち着く…」

「そう。なら、電気を消すわね」

 

電気が消え、真っ暗になる。茉莉は夜は嫌いだ。ヲ級がいなくなり、1人になってからはなおさら。幾年の孤独に耐え、暗闇に怯えていたため、暗いのは嫌いだ。波の音と、底の引きずり込まれそうな深淵の闇のような海。今夜は胸元がくすぐったい。霰の寝息がTシャツをすり抜けて肌にかかる。同時に、温かい。起こさないように…ヲ級にやっていたかのようにそっと髪を手櫛で梳く。サラサラとした、ヲ級とは違う髪質。あの子も手入れとかそんなこととは無縁だったからよく絡まって大変だった。

 

それを思い出し、声をあげないように泣いた。あの子もここに来られたら…こうして胸がいっぱいになるくらい満たされるいいことがあっただろうに。ふっと頭に何かが触れた。そして…それはゆっくり、そっと…左右に動いた。

 

「泣いてる…の?」

 

胸元から声。霰だった。一生懸命手を伸ばし、頭を撫でていたのだ。霰はそう言うことに敏感だ。「第六感少女」と言う謎の称号を持っているだけにいろいろと敏感なのだ。霰は茉莉が震えていることからすぐに目を覚まし、少しグスッと啜り泣いていると気づいた。

 

「どうして、泣いているか…わからない、けど…よしよし」

「うう、うぐっううう…」

 

小さな手から伝わる、のちに知る優しさが茉莉の心を満たし、それでさらに涙が流れる。

 

「大和さん、が言って…た。悲しいこと、涙をいっぱい流せば…悲しいこと…心から出ていくって…いっぱい、泣いて…涙を流して…悲しいの…出ていけー」

 

今度は茉莉が霰を抱き寄せ、しゃくりあげて泣く。霰はもそもそと動き、しっかりと抱きしめた。いつもなら泣いている子の顔を胸にやるのだが、茉莉はツノが生えているためできない。だからしっかりと抱きしめた。頭を撫で、背中もさする。耳元でぽそぽそと霰が言う。

 

「泣くのは…心を守るために、大事なこと、です。と司令官が言ってた。悲しいは、消えないけど…楽になる。霰が泣いた時も…そう言ってくれた」

 

霰はずっと茉莉の頭を撫でていた。泣き止むまでずっと。

 

「霰…さん。あり、ありが、ありがとう」

「霰ちゃん…って呼んでほしい、です」

 

「あ、あう…あ、霰、さ、霰ちゃん」

「んちゃ」

 

「…ふふ」

「笑って、くれた。霰ジョーク…ぶい」

 

「ありがとう…ふぁあ…」

「あふ…霰も…眠い…です」

 

「寝よ…っか」

「ん…おやすみ、なさい」

 

「……?」

「寝る前の…ご挨拶…です。おやすみなさい」

 

「お、おやすみ…なさい」

 

それからしばらくして、2人の小さな寝息が聞こえだした。紫亜も起きていたのだ。茉莉が泣き声が聞こえて。茉莉は昔から泣き虫で怖がりだった。きっとずっと、寂しさを我慢していたか、耐えきれずに泣いていたんだろう。自分ではそれをどうにかはできなかっただろう。優しさと、ある程度の無邪気さ、打算がなければ。

 

霰は誰かが泣いていたりするとそっと寄り添い、側にいるだけのこともあれば、頭を撫でたり話を聞いたりして慰めることがある。悲しいことがあったら扶桑か霰のところに行くといい。よく言われている。霰はこうなることを予想していたのだろうか?「第六感少女」の名は伊達ではないと言うか…。

 

私ではできなかっただろう。あの子の悲しみ、苦しみを吐き出させることは。旧友であったのに…。霰や文月、皐月のような無垢な子でないとできないのかもしれない。私はいろいろと心にありすぎる。悔しいとも思ったが、同時に、旧友、茉莉の悲しみや苦しみが少しでも晴れてくれたのならよかった、と安心した。

 

時雨はすぅすぅと寝息を立てて眠っている。それでいい。ただでさえこの子もいろいろと抱えていたり、抱え込む子だ。この子にももっと無邪気に笑ってほしいな、と思う時がある。初めて私を見つけてくれた皐月や文月には感謝しているが、それ以上に、私に紫亜と言う名前を与え、私をここの一員にしてくれた時雨にはもっと感謝せねば。返せるものは何もないが…この子達に少しでも癒しを与えることができれば、と図鑑を読み、本を読み、慣れないながらも花壇でのお花のお世話を始めた。

 

駆逐艦だけでなく、名取や摩耶、古鷹に大和、時々山城なども手伝ってくれる。今はまだ、準備段階だけれど、春にはきっときれいな花が咲くだろう。大きな桜の木と小さな桜の木もある。この鎮守府のいろんな艦娘のように、色とりどり、たくさんのきれいなお花を咲かせられれば、そう思っている。

 

3人のすやすやと言う寝息に安心し、旧友とようやく再会できたことで、ホッとした。んにゅ…と時雨が私の胸に顔を埋めて眠る。べちゃ…と何か濡れた。よだれ…よだれね…。この子は普段はビシッとしてるのに、寝ている時は割と無防備だし、寝起きがすこぶる悪い。今のようによだれを垂らしてボーっとしていたり、いつの間にか胸丸出しで寝ていたりと…ギャップがひどい。

 

「仕方のない子…」

 

口元のよだれを拭いてあげてそっと抱きしめる。この子のおかげで私は新たな生活を始められたし、かわいい妹もでき、友人にもちゃんとした名前がついた。よだれは許してあげるわ。

時雨の寝息がくすぐったかったが、気が付けば眠りについていた。

 

 

朝目が覚めると茉莉の枕元には茉莉が着る服や下着が置かれていた。この鎮守府でトップクラスの大きさを持つ翔鶴や扶桑、武蔵よりもはるかに大きなブラが置かれていた。

 

「きつければいってください。さいずはまちがっていないはずです」

 

そうは言われてもどうつけていいのかわからない茉莉。し、紫亜…と涙目で言ってくるものだから何か母性本能をくすぐられるものがある。

 

「こうしてつけるのよ。慣れるまで大変でしょうけど、これをつけていたほうが楽になる…と思うのよね」

「支えて…くれてる、感じ。ちょっと、楽」

 

「ならよかったわ。時雨、起きている?」

「……はちみつくまさん」

 

「……どういう意味よ」

「おはよう、ございます」

 

「おはよう、霰」

「茉莉さんも…おはようございます。起きたら、ご挨拶」

 

「お、おはよう、ございま、す」

「ふふ、おはよう、茉莉」

 

「……にゃー」

「時雨ちゃん、いつも通り、だね」

 

「私が連れて行くわ…」

 

………

 

「おはよう」

「お、おはようござ、ございます…」

 

「おはよう…ございます」

「んにゅ…」

 

「おう、おはよう。よく寝れたって感じだな」

「お、おは、おはよ、ございます…」

 

「お、手伝ってくれるのか?まだ気にしなくていいんだぞ」

「ふふ、お手伝いさせてあげて」

 

「紫亜がそう言うなら。わかった。じゃあ…」

 

目玉焼きを焼いているらしい。隣のコンロに火をつけ、こうするんだ、とレクチャーしている。片手でぱかっと殻を開けてしまう玲司だが、今回はフライパンの淵にコンコンとやって両手で開けてフライパンに広げさせている。茉莉はおそるおそる真似をし、殻が入ってしまって「ああっ」と声を出したりしている。

 

「気にすんな。最初はそんなもんだよ。慣れていけば大丈夫だから」

「あ、あう…はい」

 

間宮はそんな2人をニコニコと見つめながらレタスをちぎっている。レタスをちぎる作業では料理にはならないし…初々しくていいなぁ…と思う間宮。もっと食堂が明るくなった。本当に嬉しいのだ。それでも、焦がしたりせずにうまくできている。筋はいい。教えがいがある。やる気に満ち溢れていた。

 

「あ、時雨から話があるそうだ。食べながらでいいから聞いてくれ」

 

すると時雨が嬉しそうに前に立った。

 

「みんな、おはよう。港湾棲姫の名前が決まったんだ。茉莉って呼んであげてほしいな」

 

ホワイトボードに「茉莉」と書く。みんなが一様にまつり、まつり、と呼んでいる。

 

「茉莉花って言う白くてきれいなお花から取ったんだ。みんな、紫亜のお友達だし仲良くしてあげてほしいし、茉莉って呼んであげてね」

 

まず第一に摩耶が「よろしくな!」と言うと「ひゃ、ひゃい…」と緊張していたりしていた。扶桑や大和によろしくお願いしますねと言われると扶桑たちに角が刺さりそうな距離でペコペコとお辞儀をしていた。皐月や文月、雪風には早速茉莉お姉ちゃんや茉莉さんと呼ばれて囲まれ、一瞬取り乱していたが3人のにぱーっとした笑顔に顔が少しだけ緩んだ。

夕立はごめんなさいっぽい…と謝っているし、村雨もよろしくお願いしまーす!と元気よく。

 

「あ、あの…ま、まつ、まつり、茉莉…と時雨ちゃ、んが。つけてくれました。よ、よろし、く。お願い…します。あ、あの、ごめんなさい…しゃ、しゃべるの、へ、たで」

 

「気にしなくてもいいんですよ。茉莉さんのペースでゆっくり。ね?」

「は、はい」

 

「おうっ!新しいお姉ちゃんだ!わーい!」

「島風―、あんま困らせんなよ」

 

「困らせないもん!!!」

「いろいろとおもしろい鎮守府になってきたなー。磯風や利根姉さんが住みたがりそう」

 

「やめろ、俺の胃に穴が空く」

「うちもや…木曾や高雄なら歓迎…磯風と利根はあかん…」

 

「陸奥姉さんは?」

「うちが死ぬ」

 

「姉ちゃんはな。俺は構わないけど」

「やめえや!玲司がそう言うとほんまにそうなるかもしれんねん!!!」

 

「龍驤姉さんは陸奥姉さんを怖がりすぎだってー」

「悪さしたり度が過ぎるからだろ…」

 

「じゃかあしい!」

「ふふふ。ああ、提督。新しい作戦指示書が来ておりました。そのことで本日は会議でよろしいでしょうか?」

 

「大淀、オーケー。今日は事務は扶桑と山城、大和に任せるか」

「かしこまりました。お伝えしておきます」

 

新しく加わった茉莉。戦闘には参加しないが、新しい家族としてこれから横須賀の厨房を担当することになった。皐月や時雨達に囲まれ、少しずつ笑顔を見せるようになったり、霰に話を聞いてもらったりして少しずつ打ち解けていくのであった。

 

………

 

/鹿屋基地

 

「提督。新しい作戦指示書よ~」

「大規模か?」

 

「残念、南方海域よ~」

「南方だ?あの豪傑爺の脳筋長門を筆頭に暴れまわってんじゃねえのか?」

 

「出たそうよ。例のアレ」

「……暴虐の、か。おい、あいつヨーロッパで暴れまわってたんじゃねえのか?」

 

「情報はわからないわ。ただ、長門ちゃんを含めて大敗北だったそうよ?」

「それで懲りる爺じゃねえだろ」

 

「それから、これが三好提督からのお手紙よ」

「見せろ」

 

豪快な字なだけに読みにくい。言い換えれば汚い。読むのに苦労するのだ。

 

「儂の炎では手に負えぬ。若き熱い炎が必要である」と書かれていた。つまり、指揮を誤り、大敗を喫したか。いや、そもそもアレは全盛の「原初の艦娘」でさえ手に負えなかった深海棲艦。しかし、柱島の長門たちの練度も相当であったが。

 

「耄碌しやがったか、あのクソジジイ。南方戦棲姫をイ級のごとく沈めるあの艦隊が…?」

「大本営からもこの件で集まるみたいよ~」

 

「……三好の爺さん、どうしちまった…?」

「提督?」

 

「…会議な。わかった。で、作戦指示書…参加の提督は…三条、一宮…俺か。で?総指揮官は…」

 

大きく目を見開いたあと、雑巾を絞るかのように紙をグシャリと握りつぶした。ゴミ箱に捨てそうになったのを慌てて拾い、広げてみた。龍田も驚きを隠せない。刈谷提督の顔が怒りに満ちていた。

 

南方海域掃討作戦

 

総司令官

大府 和雄

 

副司令官

刈谷 克己




港湾棲姫改め、茉莉です。ちょっとゲームの港湾ちゃんよりもコミュ障弱気っぽく書いてます。もうちょっとハキハキ喋ってもよかったかなと思いましたが趣味です()

さて、最後に不穏な動きが出てきましたが、次回は間宮主観で彼女がいかに今幸せに過ごしているかを書こうかと思います。

次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。

それでは、また。
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