提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百六十四話

横須賀鎮守府の間宮の朝は早い。

 

4時に目を覚まし、身支度を整えて厨房へ向かう。横須賀の起床時間は提督がかなり甘く言ってあるので早い子もいればギリギリまで寝ている子もいる。朝食は7時から8時まで。つまりその時間までに起きてくればいい。8時を過ぎれば有無を言わさず朝食抜き。昼ごはんまでガマンしなければならない。艦娘は食事を長時間食べなくても問題はないのだが、モチベーションがごろっと変わってしまうのだ。

 

そう、そのモチベーションを保つために間宮は朝早くから支度を開始する。ちなみに提督も5時頃から起きてきて準備をする。間宮と同じく4時頃から以前はやっていたのだが、提督の仕事が忙しいのにさらにこんな朝早くから食事の準備をしてもらうわけにはいかない、と言うことで長い長い説得の末、折れた(それでも5時は早いですと文句をいつも言っているが)。

 

「あ、あの…おは、おはよう、ございます…」

「茉莉ちゃん、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

 

紫亜の友人であると言う先日保護された港湾棲姫の茉莉。彼女は料理ができると言うことで厨房担当になった。新しい戦力だ。提督も加わり3人になればもう恐れるものはない。

 

「妖精さんもおはようございます」

「おはようございます、まみやさん。きょうもみんなでがんばりましょう:

 

厨房担当の妖精さん達も一同に集まり、間宮と茉莉にビシィ!と敬礼をする。今日の朝食のメニューを確認する。今日は和食だ。サワラの西京焼き、だし巻き卵、エノキと麩と豆腐の味噌汁。そして、ご飯。妖精さんはそのメニューを見てどのお皿を使うかを妖精さんの趣味で選ぶ。人数はしっかり把握しているのがすごい。

 

「あ、ああ、か、殻が…」

 

「ふふ、大丈夫ですよ、こうして…ほら、これで。もっと思い切ってヒビを入れるといいですよ。ヒビが小さいと割るのが大変ですからね」

 

「あ、ありがとう…んっ!」

 

今度はチカラが強すぎてぐちゃあ…と割れてしまい、殻もごそっと入ってしまう。

 

「ふぇえ…」

「だ、大丈夫ですよ。ゆっくりやっていきましょう!」

 

茉莉の手伝いで卵を大きなボールに何個も分け、黙々と割っていく。

 

「まみやさん、おさらやうつわはこれでよろしくて?」

「ええ、大丈夫です。さすがはいいセンスですね!」

 

ニッコリ間宮が笑うとやったー!と喜ぶ妖精さん達。せっせと何人かに分かれて妖精さん特製消毒液(成分はたぶんアルコール…と思いたい)を散布し、それを妖精さんサイズの布巾を使ってテーブルを拭き上げていく。艦娘もなるかもしれないし、特に提督が食中毒なんかになったりしたら大問題だ。念入りに拭きあげる。

 

間宮と茉莉はボールに割った卵に調味料を加え、黙々とかき混ぜている。間宮はふんふんと鼻歌を歌いながらかきまぜている。茉莉は何をどれくらい入れるのか必死にメモを取る。何だか懐かしく思う。提督が作っている料理をどれくらい入れたか、どれくらいの加減で混ぜるのかなどを必死でメモを取っていた。あの頃の自分を思い出して懐かしくなった。

 

「貴様らが飯を食う暇などあると思っているのか!?貴様らはさっさと出撃して資材を集めてこい!」

 

嫌なことを思い出してしまったが…

 

「料理ってのはな、メモを取って真似るのもありだよ。でも、最後に本当においしいご飯って言うのは…ゴホン、愛情だよ。おいしく食べてもらいたいとか、そう言うのでいいんだよ。それだけで料理は味が変わるものだよ」

 

今の提督の言葉を思い出して昔の嫌な思い出は消えた。いくらコピーしても違うと言われる料理の味の正体。最近になってようやくわかったのだ。提督には提督の愛情。私には私の愛情。それが違うから、明確に違うんだと思う。きっと、茉莉が上達して行った時も、茉莉の味ができあがるのだろう。その時を間宮はとても楽しみにしている。

 

「ど、どうでしょうか…」

「はい、お疲れ様でした。じゃあ、さっそく焼きにチャレンジしてみましょうか!」

 

「で、できるでしょうか…、わた、わたしに…」

「できますよ。私だって、最初は提督に料理を教わって…焦がしたりしましたけど、えへへ。でも、やらなきゃ上達しませんから。私がちゃんとお教えしますよ」

 

「はい…よ、よろしく、おねが、いします」

 

皿洗いだけ、とか皿を並べるだけ、ではかわいそうである。ちょっとと言うか全速力の駆け足だけど、もう焼きから教えてしまおう。あとご飯の炊き方。そこをわわーっと教えてしまおう。

 

「その前にお米を研ぎましょうか!」

 

米は火加減、炊き加減は割と妖精さんが見てくれるようになった。提督と一緒にやってきた妖精さんは本当に優秀で料理のことにも長けている。大本営で働いていた時もずっと働いていただけに、熟練料理妖精さんである。

 

「おはよう。お、茉莉はもう焼きの練習か」

「提督、おはようございます!」

 

「お、おはよう、ござ、いま、ます…」

「よーし、じゃあ俺は西京焼きでも焼きますかね。お、いい皿持ってきたな」

 

「えっへん。れいじさんがさいきょうやきのときはこれがいちばんよくあいます」

「いいセンスだ」

 

提督は昨夜仕込んでいた西京漬けのサワラを焼くらしい。間宮もだいぶ慣れてきたが、焼き魚、特に照り焼きや西京焼きなどはまだまだ焼き加減が難しく、焦がしてしまうことも多いので提督が主にやっている。

提督の絶妙な焼き加減に到底及ばない。メモを取ってびっしりと焼き時間や加減を図に書いたりしても、なかなかにうまくいかないのだ。提督に直に教えてもらったりもしている。その感覚を忘れないよう、たまに1人で作って食べる。などの修行も怠らない。

 

「間宮ー、茉莉にだし巻きの作り方頼むなー」

「はい!」

 

私が先生になって料理を教えることになるだなんて…たまに提督の為にと料理を作る駆逐艦のために教えに奔走したりしたことはあったが、これから先のことも考えてつきっきりで教えると言うのはなかなか緊張するものだ。

 

「うん、いいですね!じゃあ、火を起こして…」

 

米を炊く窯。炊飯ジャーでいいじゃないかとも思ったが、なぜか窯。しかし、出来上がりふっくら、甘みも存分に楽しめるお米ができてしまうので、労力はいるがこちらのがいいのだ。

 

「おはよーっす。間宮さん、米の火の番はあたしに任せな!」

「Good morning.Admiral…とても早起きなのね」

 

「おはようウォースパイト。そっちも早いな」

「ええ。Arkももうじき来ると思うわ」

 

「ネルソンは…?」

「叩き起こしました」

 

「そ、そうか…」

「ぐっもーにーん!今日のブレックファーストは何かなー!」

 

「お、おはようございます…」

「おー、ジャービスにジェーナスも早起きだなぁ」

 

「早起きは3発の徳だヨー」

「3文な…」

 

「あれ?」

 

イギリス艦は朝が早い。続いて朝潮や雪風などが起きてきて、摩耶とお米の火の番や、おいしそうに何を作っているのかを眺めているジャービス、ジェーナスなどなどにぎやかになってくる。扶桑や大和がお味噌汁をお作りしますね、と進んで作ってくれるのもありがたい。ダシの取り方や具材の切り方なんかも任せられる。

 

「いいですか?油をこうしてしっかり塗って…少しずつ卵を入れていきます」

「こ、こう…?」

 

「もうちょっと勢いがあってもいいですよ!」

「はい…」

 

ジュワー…と溶き卵が泡立つ。手首をうまく使ってお鍋全体に卵をいきわたらせ、しばし待つ。茉莉はおっかなびっくり、間宮の手首の動かし方を真似、卵を広げる。

 

「ここからは最初はこうしてお箸で…くるくると…」

「あ、あわわ、あっ、やぶれ…」

 

「大丈夫ですよ、これから重ねていきますから」

 

巻いた卵を箸で動かし、さらに油を塗り…これを繰り返す。茉莉はたどたどしく間宮に続く。見た目は悪いが何とかできている。

 

「お、おいしくできたかなぁ…」

「おいしく作るためには愛情が必要ですよ。おいしいって言ってもらえるようにとか、いつもお疲れ様です、とか、そんなことを思いながら作ると味が変わるんですよ。料理の秘訣は愛情、ですよ」

 

「がんばり…ます」

 

そうしてまた新しく作っていく。若干焦げてしまったり、ぼこぼこだったりするが、しっかりとできたのではないだろうか。時雨が作ると言ったときは真っ黒こげのものだったが…。

 

「あ、あの…あ、あじみ、味見をおね、お願いします…」

「はいよー。ん…お、いい感じだな。この調子で頑張れば、ふっくらしたきれいなのができるようになっていくさ」

 

「あ、よか、った…よかった」

「頑張れば、いろいろできるようになれるさ」

 

「はい…」

 

提督の評価も上々。問題なし。自分も味見させてもらったけど、問題ない味付けだ。いびつな字だけれどメモもしっかり取ってあり、これから先の成長が楽しみである。

 

「あ、間宮。今日ちょっと午前商店街に付き合ってくれ。午後からの仕込みは俺もちゃんと手伝うし。茉莉もいるしな」

 

「え?あ、はあ」

 

驚いた。まさか自分が?そういえば自分がいつもみんなの話に上がる商店街に行ったことはない。話を聞くと人情溢れるいい人が多いようだ。一度行ってみたいな、とは思っていたが現実になるとは。

村雨が提督に耳打ちをしている。それに何だかみんな心なしか目がキラキラしているような?何だろう、提督に内緒で料理を作るお返しを駆逐艦の子達が楽しんでいるかのような…。

 

食器を洗い終えると、提督がすぐに出かけるぞ、と言い出した。ええっと、ちょっと…このまま出かけるのは…。

 

「大丈夫だって、鳥海や摩耶なんかへそ丸出しのいつもの服で最初行ったんだから」

「おい!そういうデリカシーのないこと言うなよな!?あれめっっっちゃ恥ずかしかったんだからな!?」

 

「まあそれに比べりゃ大丈夫だって」

「てんめえ、〆る!!!」

 

「わー!わー!摩耶さん落ち着いて!!」

「ショーテンガイ…ジャービスも行きたいけどガマンガマン…」

 

「ご主人様!おみやげヨロでーす!」

 

いろいろと言われながら見送られ、間宮は生まれて初めて、横須賀鎮守府から外へ出た。

 

「私、外へ出るのは初めてです…前の提督の時も、常駐していた人や来客のお料理を作るので缶詰でしたから…」

 

「なるほどなぁ。外へ出るのもいい気分転換だぞ。まあ、申し訳ないけど艦娘も増えて、厨房は死ぬほど忙しかったし…」

 

「茉莉ちゃんが厨房担当になって、これで提督の負担も減りますね」

「いやまず間宮の負担だろう。朝早くから夜遅くまで…」

 

「私は平気ですよ。皆さんの為においしいお料理を作るためですからね」

 

給糧艦間宮は眠らない。どこに所属している間宮もそれくらい忙しい。一宮提督、九重提督、七原提督のところの給糧艦、間宮や伊良湖は艦娘の手伝いもあり、何とかやっているようだ。他の場所についてはわからない。最高級の食材を艦娘のためではなく提督のためだけに作らされる、いわゆる安久野のときのような横須賀の状態の場所もあるだろう。

 

「私は皆さんがおいしいと言ってきれいに残さず食べ終わった食器を洗うのが一番の幸せなんです。お料理を作っている時も、おいしいって言ってくれるかしら?なんてずっと考えて作っています。そんな時間…私にはそれがとても幸せな時間です。幸せな時間ばかりが今続いているんです」

 

「そっか。たまにはさ、いろいろと他の俺以外の料理なんかを食べてみるのもいい刺激になるもんだ。だからちょっと商店街へ行って食べてみて回ろうかなって」

 

「わあ、それもいいですね。私の知らないお料理があれば、ぜひ参考にもしたいですし」

「仕事熱心なことで」

 

「私からお料理を取り上げたら何をすればいいのか…」

「わかってるって。だからこそ、間宮は外へ連れて行きたかったんだ」

 

車は海沿いを走る。流れていく景色。見たこともない風景。それも間宮にはとても楽しく思えた。

 

………

 

「茂さん、ちわっすー」

「おう玲ちゃんかい。いらっ…いらっしゃいませー!!!」

 

肉屋の茂が玲司に声をかけられて振り向いた矢先、直立してビシッと気を付けをする。玲司はいつものことか…と相手にしない。茂の大きな声に何事か?と覗き込んだ徳三もビシィ!っとなり「らっしゃいやせー!」と大きな声で言う。

 

「何だ何だてめえらるっせえな!いつもそれくらいでけえ声で呼び込みしろってんだ!」

 

魚屋の源も出てきた。

 

「おう玲ちゃんかい。お?後ろのべっぴんさんは艦娘かい」

「わあ、これ、とても新鮮なスルメイカですね…」

 

「おお!わかってくれっか!なんなら3杯くらい持ってくかい?刺身によし、焼いてよし、なんでもいけるぜ!」

 

源が珍しく普通である。それこそその辺の奥さんを相手にしているかのような。

 

「お、おい源ちゃんよう、なんでそんな自然でいられるんだよ!」

 

「あ?バッキャロ!このスルメの新鮮さを見抜いたんだぞ!てめえらみてえなあほなことしてられっかい!玲ちゃん、すげえ子連れてきたな!!」

 

「ああ。給糧艦の間宮って言うんだ。うちの厨房を任せているからな」

「間宮と申します。いつも提督がお世話になっております。いつも運んでくださっておられるのは…?」

 

「ああ、俺が見た材料を全部知り合いのトラックで運ばせてるからな。あんたに会うのは初めてだけど、あんたんとこに送ってる魚介は全部俺が目利きしたやつさ」

 

「いつもありがとうございます。料理のしがいがあってとても嬉しいです」

「へへっ、ほしいもんがありゃ直接俺にも言っとくれよ、持ってくからよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

仲良く源と話をする間宮にギリギリと歯を鳴らして嫉妬している徳三と茂。源は実は早朝の市場で衝撃的な女性との出会いをし、そこから柔らかい雰囲気の女性との会話は慣れてしまったのだ。いつも魚介の目利きを任されるほどである。

 

最初こそ、茂達のような態度であったが、今ではすっかり日常会話も余裕だ。何でも小料理屋を1人で切り盛りしていると言う。一度足を運んでみたが恐ろしく料理が美味く、酒も進むし最高の時間を過ごせたと言う。柔らかく温和な喋り方、雰囲気と酔った勢いから亡くなった母を思い出し、「母ちゃん…」と涙を流すほどであったと言う。

 

「ご丁寧にありがとうございます」

「おう、今からちょっとぶらつくんだろ?ここで置いといてやっから、行ってきな!」

 

「源さん、ありがと。間宮、行こう」

「はい!」

 

そうして玲司と間宮が去ったあと、3バカの大喧嘩が始まったとか。美人とイチャつきやがってとか、女を知りやがってとか。もちろん、梅と竹美の雷が落ちたのは言うまでもない。

 

………

 

「いらっしゃいませ。おや、今日はお珍しい方とのご来店ですね」

「マスター、こんちは。たまには外に連れ出して息抜きをってね」

 

「なるほど。息抜きは大事ですね。はたして、間宮さんが外へ出て息抜きになるのかはわかりませんが…はてさて、何か皆さんで企みでも?」

 

「さーてね」

「ほっほ。では、今日は源君から良い海鮮が手に入ったのでアクアパッツァでもいかがですかな?」

 

「じゃあそれとペスカトーレで」

 

アクアパッツァにペスカトーレ。聞いたことがない料理だ。どんなのだろう。気になる。料理を作らない、と言うのはなかなかに落ち着かないが、今回は食べる役に徹する。

 

しばらくして出てきたものはお腹が鳴りそうなほどのいい匂いをした料理。見事な鯛に貝などが盛られている。もう一品もイカやエビが乗ったパスタ。どちらもとてもおいしそうだ。

 

アクアパッツァのスープに口をつける。魚介のうまみが濃縮され、芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる。鯛に手を付ける。柔らかく、スープをたっぷり吸ったおかげか何とも言えない味である。

 

「……おいしい」

「それはよかった」

 

たくさんの料理の知識を生まれながらに持っている間宮だが、洋食に関しては疎い。未知の料理を食べること。そしてそれが抜群においしかったとき、胸の中の幸福感が弾けて飛び上がりそうになる。ガツンと魚介の旨味が来るが、優しい甘みのようなものも感じられる。

 

間宮は夢中で出された料理を食べた。出されたものは全て食べるのが作ってくれた人への礼儀。それだけは絶対に譲れない信念であった。アクアパッツァは提督と半分こ。ペスカトーレは食べられるものは全て食べた。

 

「ごちそうさまでした…とてもおいしかったです。感謝を…」

「お粗末様でした。とてもおいしそうに召し上がられていたので声をかけられませんでしたね」

 

「とても…おいしかったです。あの、こちらの作り方を教えて頂けませんか?鎮守府の皆さんにもぜひ召し上がってほしいです!」

 

「いいですとも。少々お待ちを」

 

マスターが持ってきたのはあちこちが黄ばみ、クタクタになった一冊のノート。えーと…とパラパラとページをめくり、アクアパッツァの項目を見せる。きれいな図、材料、調味料。煮込む時間。全てが詳細に書かれていた。

 

「すげえ…」

 

これには提督も驚いていた。そして「俺もまだまだだな」とつぶやいていた。それほどまでに事細かく描かれたレシピ、手順。他のページも見せてもらう。間宮の知らない料理だらけだ。ハニーマスタード?ボルシチ…ロシア料理。響ちゃんが喜ぶだろうか。

フィッシュアンドチップス…イギリス料理。ウォースパイトさんやネルソンさんが喜ぶかな。スコッチエッグ?これはいいかもしれない。

 

「イギリスの料理に興味がおありで?ああ、イギリスの艦娘さんがこの間来られましたな。ノートは差し上げられませんがコピーでしたら。ああ、鈴谷さんがお好きなパエリアのコピーも渡しておきましょう」

 

………

 

「世界は広いですね。あんなにたくさんの料理が…。私、ますますいっぱいいろんなものをみんなに食べてもらいたいなぁと思いました」

 

コピーをもらった間宮は子供のようにはしゃいでレシピを受け取っていた。発注を考え直すと言うくらいに。

 

「イギリスにはイギリスの料理みたいなのがあるけど、結局は作る人の思い一つで料理はいくらでも変えられる。アーサーがあの子らにおいしいのを作っていたみたいだけど、間宮が作るものとまた変わるだろうさ」

 

「はい!私、もっと頑張ります!」

 

随分と燃えている。いい刺激になったみたいでよかった、と玲司は思った。

 

「あらあら。あらあらまあまあ…まあまあまあ」

 

背後から女性の声がした。その声に玲司はギクリとなった。そして…

 

「走れ間宮!」

「えっ!?」

 

「そうはいかないわよ」

 

しかし まわりこまれてしまった。

 

にっこり笑って立ちはだかる…松子である。捕まると長いのだ…とにかく…。だからこそ松子の店の前を避けていたのだが、梅や竹美から情報で伝わっていたのか…。

 

「逃げるなんてひどいじゃないの~。うひひ」

 

あ、ダメだ。完全にもうトリップしている。手をわきわきさせて間宮に迫る。

 

「間宮、この人がうわさの松子さんだ…ほら、みんな服とか下着とか持って帰ってくるだろ?そんなお店の人だよ…」

 

「で、あ、あの…私はこれからどうなるんでしょうか…」

「なぁに、ちょっと冬服の試着を試してほしいだけさぁ」

 

「だそうだ…すまん間宮…付き合ってやってくれ…」

「は、はい…」

 

うへへへへ…と言いながら間宮の手を引いて店へと連れて行かれるのであった。

 

………

 

秋服まで着せられる。しかし…

 

「こ、これも入りません…」

 

服もスカートもズボンも…そうなのだ。間宮は…豊満である。故に女子高生や若い主婦層をターゲットにした服は入らない…。

 

扶桑や大和にも言えることだが、艦娘はとにかくあちこちが豊満であり、それでいてキュッとくびれていたりとスタイルがいい。これじゃ翔鶴にも着せられないな、残念。と思うのであった。

 

「あたしのバカヤロウ!!!!いや、待て…来たぞ!ティンと来たぞ!!!!グラマラスな女性に似合う服が!!!!安産型のいい桃尻してる女性のためのものを作るんだ!えーと間宮ちゃんのお尻はこれくらいだから…」

 

「な、なんで触ってもないのに…ひゃあ!!!」

 

言っている間に鷲掴みである。エクセレント…こりゃいい赤ん坊を産むね…指が沈むね…生でいきたいね…と暴走が始まる。

 

「あー、松子さん…竹おばさんが…」

「こんのバカタレが!!!堂々とセクハラしてんじゃないよ!!!連れて行かれたって聞いて嫌な予感がしたから来てみたらやっぱりかい!!!」

 

「あいてえ!?竹、止めるな!この尻は極上だ!」

「バカ言ってないでさっさと離しな!!!」

 

「ちくしょう…あたしの極楽浄土が…」

「ごめんね…この子ほんとバカだからさ…」

 

「い、いえ…」

「フハハハハハ!!!!よし、あたしはアトリエに篭るぞ!ありがとよ桃尻ちゃん!」

 

「間宮です!!!!」

 

フハハハハハと高笑いを浮かべて奥へ消えてしまった。入口は本日臨時休業と張り紙を貼って…。

 

その後、販売された冬服はスレンダーからグラマーまで着こなし可能な服やら何やらを取引先を過労死させるかの勢いで作らせ、大いに売れたとか。

 

ちなみに「桃尻ちゃんへ」と書かれた紙袋には間宮に合うサイズの服や下着が入っていた。竹に殺されるからと遠慮したのだろう、下着は透けていなかった。普通だった。

 

商店街をうろうろとしていても、艦娘を怖がる人は少ない。と、言うか艦娘と気づいていないのか。いつも慰霊碑などに備えている花を卸してもらっている花屋さん。炊いても炊いてもすぐなくなるおいしいお米の仕入れ先のお米屋さんなど、商店街を練り歩く。楽しかった。

 

日も傾き始めたころ、梅や竹美、源に食材をいろいろともらい、帰路につく。

 

「提督、とても楽しかったです」

「そうか。それならよかった」

 

「ですが、もう日が暮れてしまいます。日が暮れるのが早くなりましたね」

「そうだなぁ。もう秋だな」

 

「1年前はそんなことを感じる余裕もなければ見ることもできませんでしたね…」

「これからは季節の移り変わり、そんなことを楽しむ余裕もできるもんさ」

 

「そうですね…って、ああ!?晩ご飯、茉莉ちゃんだけじゃないですか!?ど、どうしよう…こんなに遅くなるなんて…」

 

「まあそう慌てんなって」

「提督、やっぱり何かを企んで私を外へ連れ出しましたね?」

 

「さーて何のことやら」

「いいえ、晩ご飯を私や提督が作らず、茉莉ちゃんだけで何かさせるおつもりなのでは…」

 

「大丈夫だって。茉莉1人じゃレシピも何もないだろ」

「ならなおさらダメじゃないですか!!」

 

午前付き合ってくれって言われたから付き添ったのに…いつの間にかもう日が暮れる…ああ、今日はどうしよう…。

 

………

 

鎮守府に戻るや否や、貰った食材を持って大急ぎで車から飛び出して食堂へと急いで向かう。今からでも簡単なものでもいいから食事を作らなきゃ!!だが間宮は食堂に近づくにつれ、いい匂いがすることに気づく。食堂の前には電がいて、間宮の顔を見るとパァッと顔を綻ばせ、大きな声で食堂に入って「間宮さんが帰ってきたのです!!!」と言う声が聞こえた。

 

すると村雨や時雨、漣が出てきて間宮の背中を押したり、手を引いたりして急かす。

 

「わわわ、な、何ですか!?どうしたんですか!?」

 

「いいからいいから!早く早く!」

「主役のお帰りだー!道をあけろー!」

 

そうして何度か転びそうになりながら食堂に入った。

 

「「「間宮さん、おかえりなさい」」」

 

食堂には艦娘が一堂に集まり、全員で声を揃えておかえりと言ってくれた。

 

「間宮さん、おかえりなさい。うふふ、何が何だか…と言うお顔をされてますね」

 

花束を持った扶桑と雪風が間宮の前に立つ。きれいなお花…。

 

「間宮さん!いつもおいしいご飯をありがとうございます!間宮さんに感謝です!!」

「間宮さん、いつも朝早くから夜遅くまで私たちの食事のご用意、感謝しています」

 

そう言いながら扶桑と雪風が花束を渡す。いつもの花屋さんに頼んでおいたのだ。そのためと、大鍋やら揚げ物やらが全員分並んでいる。

 

「え、あの…」

「毎日いつも、私たちの為に料理を作って頂いています。本当に感謝しております」

 

「そ、その…それは…提督が…」

「俺はここ最近ちょろっとしか入れていないしな。毎日ほんとに毎日、おかずを変え、メニューをきっちり考えてみんなに出してくれているのは間宮だからな」

 

「へへへ、そのために提督に間宮さんを連れ出してもらうようにお願いしてたんだ。で、提督にカレーやご飯の炊き方、コロッケの作り方なんかを書いてもらって、間宮さんに出そう。でも、それだけじゃなんだかなーって思って提督にお願いして何か間宮さんに渡せるものはないかなって思って花束を作ってもらったんだ」

 

「それからこれもあるのです。ブリザード…?プ、プリザー…?」

「プリザーブドフラワーって言うんだよ。お花が枯れないんだそうだよ。これからも長く間宮さんのご飯が食べたいし、これの色が落ちてしまったら…また買いなおそうって言う思いでいる」

 

「つ、つまり、間宮さんとみんなとずっとずーっと一緒にこのお花を食堂で眺めたいのです!」

「そういうことだね」

 

ぽかーんとしていた間宮だが、いろいろと話を聞いているうちにポロポロと涙があふれ出た。

 

私はみんなの笑顔を見ているだけで幸せなんだ。これ以上の幸せをもらうとバチが当たってしまう。だからそれだけでよかったのに…提督にお外に連れて行ってもらい、たくさん楽しいことをして、おいしいものを食べて…。

また夕飯でおいしいと言ってもらえれば…そう思っていた。そう思っていたのに…感謝なんてされるいわれはない。だって、これが給糧艦間宮のお仕事なんだもの…こんな、きれいな花束。それに…長い間枯れることもなくみんなで一緒に…そんな…そんな…。

 

「いつも美味いご飯、ありがとな。間宮のメニュー帳もいっぱい増えたなぁ。これからも俺も時々手伝うし、茉莉もいるし。いざとなったらみんなで手伝うし。これからもよろしくな、間宮」

 

「あ、ああああああああ!!!!!」

 

花束を抱きしめ、泣き崩れる間宮。幸せすぎて心からいろんなものが溢れてしまった。

 

前の提督の際は艦娘はほったらかしで、鎮守府の食費経費をありったけ人間たちだけいい食材を取り寄せるよう指示し、作らせ、艦娘に作ろうとしたら殴られ、蹴られ…髪の毛を引きちぎれんばかりに引っ張りまわし…満足においしい食事も摂れず、冷たい海の底に沈んでしまった艦娘達。

 

「私はいい…駆逐艦の子たちにあげてくれ…気を遣わせてすまない」

 

長門さん…本当に目を盗んで作ったおにぎり。笑いながら自分はひたすら我慢し…最後まで私の作ったものを口にすることなく…。加賀さんも同じだ。申し訳なかった…。私は人間にも艦娘にも料理を振舞うのが役目だったのに…。

 

それもある。そして、その申し訳なさから、今の間宮はひたすらに、三条提督のおかげでいい食材をみんなに振舞える喜び。みんなの食べる笑顔。それだけでよかったのに。ありがとう。心を込めて言われたその言葉と素敵な贈り物に…もう幸せをコップの水に例えると溢れかえって大洪水だ。だから声をあげて大泣きしている。

 

古鷹や名取が背中をさすったりどうしたんですか?!とおろおろしていたり。

 

「おうっ!?どこか痛いの!?」

「島風。痛いわけちゃうんや。すごい嬉しいときも、ああやって泣くもんなんや」

 

「ふーん…人間ってフクザツなんだね」

「あんたかてそういう時もあるやろなぁ。うちらには『心』っちゅうもんがあるからな」

 

「お兄ちゃんが言ってるね。『心』って言うの」

「せや。うちらにもあるんや。その『心』はうちはうち。島風のは島風のもんであって、他人のもんやない。それを壊すヤツもおれば、傷つけるやつもおる。島風がいつも大本営でふさぎ込んでたんは、他の人間に傷つけられたからやな」

 

「いまは島風は平気だよ?」

「ここにきて治ったんやな。島風。うちらには『心』がある。それを忘れたらあかんで。川内もな」

 

「???はーい」

「わかってるよ」

 

その後もずっと間宮は泣き続け、ご飯を食べるのがすっかり遅くなってしまったが、みんなで作ったご飯を食べると、間宮は本当に幸せそうな笑顔で全部食べた。全部食べることで作ってくださった方たちへの感謝を、と言うことだ。

 

「ステキね…ここに来れてよかった。アーサー提督には感謝しないといけないわね」

「ああ。私達も役に立たねばな」

 

「心配はいらんだろう。我々英国艦隊、女王陛下と此処のAdmiralに最高の栄誉を」

 

英国艦の3人は完全に玲司についていくと誓った。このAdmiralは本物であると。アーサー提督が言う最高の提督だと言う話は本当だった。ならば全力を尽くすまでだ。そう思うのであった。

 

………

 

「♪~」

 

午前4時30分。今日も間宮は同じ時間から厨房に立ち、鼻歌を歌いながらソーセージを茹でている。茉莉はレタスを黙々とちぎちり、並べられたお皿に盛っていく。妖精さんがいつの間にか食堂の隅にプリザーブドフラワーを飾る台を作っており、それをチラチラと眺めながら間宮は朝食を作っていく。

 

「間宮さん、おはようございます」

「あら神通さん、おはようございます。朝練ですか?」

 

「いえ、今日はお休みです。何かお手伝いいたしましょうか?」

「助かります♪では、こちらのサラダをテーブルに並べて行ってもらえませんか?」

 

「わかりました」

 

皿を両手に持って歩く神通。しかし、間宮はそこで違和感を覚えた。歩き方がぎこちない。ヒョコヒョコと足をかばうかのように歩いている。

 

「神通さん、足の具合が悪いのですか?でしたら座っていても」

「いえ、問題はありません」

 

とはいうが、ヒョコヒョコとぎこちない歩き方をする。こちらに向かってくるとき、苦痛に歪んだような顔をしているような…?

 

「間宮さん、茉莉さん、おはようございます!」

「おはよう。お、神通もいるのか。よし、今日もやっていきますか」

 

提督と手を繋いでやったきた雪風。そちらに意識がいき、料理に集中するために神通のことは飛んでしまった。

 

そして今日も、元気よくみんな揃った「いただきます(なのです)(っぽい!)」と言う声から、朝の団欒が始まり、間宮の幸せな1日が今日も始まるのであった。




間宮さんの羊羹恋歌を聴いていたら間宮さんの話が書きたくなったので今回は間宮さんが主役でした。
鎮守府の影の立役者、間宮。鎮守府では面倒見のいいお母さんのような存在で誰からも愛されています。

母の日のような感じでみんなで恩返し。間宮さんは明日も明後日も。また茉莉たちと共に美味しい料理をまた作るのです。

次回は幕間、というかいつものツンデレ提督が登場します。少しだけ過去が明らかになるかも?

それでは、また。
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