提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百六十七話

ギシ…ギシ…ミシリ

 

最近目を閉じ、鎮守府全体の気配探知の鍛錬をやっていると聞こえてくる耳障りな何かがこすれるような、亀裂が入っていくような音。あまりに不愉快で集中が途切れる。

 

軽巡洋艦、神通は最近毎夜のようにこの不愉快な音を聞いては鍛錬の集中が途切れて鍛錬にならない、と不満を覚えていた。心眼だけでなく聴覚まで何か異常なほどに研ぎ澄まされるようになったのだろうか?

ただ、万が一この奇妙な軋み、亀裂が入るような音が鎮守府内で起きていて、事故にでもなったら大事になってしまう。これについては明日提督に報告するとしよう。

 

布団に入り、目を閉じ休もうとする。

 

ミシミシ…ギシ…

 

……不愉快だ。自分の部屋のどこかに何か異変が起きているのだろうか?早急に提督に報告が必要だ。そう思った。

 

 

「神通の部屋が軋んでる?」

「はい」

 

翌朝、さっそく神通はありのままに玲司に軋みのことを説明した。ミシミシ、ギシギシと軋んだり亀裂が入るような音がすると。

 

「わかった。妖精さん、さっそくで悪いんだけど神通の部屋の点検を頼めるか?」

「あいあいさー」

 

「うでがなります。ほきょう、ほしゅうならおまかせあれー」

 

ばびゅーんと妖精さんがすぐさま数人飛んで行った。待つこと数分。もう帰ってきた。

 

「はやっ!?」

「も、もう終わったのですか?」

 

「あい。わたしのめとみみがたしかなら、なーんのいじょうもありませんでした。たたいてもなにしてもこわれるどころかほきょうのひつようもないです」

 

「うーん…?」

「神通さんの気のせい…もしかして何か耳に異常が?明石さんに診てもらったほうがいいかもしれませんね」

 

「そうだな。明石に連絡しておくから、しっかり診てもらえ。これから先南方海域のこともあるし、神通にも出てもらう。頼りにしているからな」

 

その言葉に胸がトクンと一拍高鳴った。提督の期待がかかっている。それだけで神通は嬉しかった。提督に尽くすために毎日努力を重ねてきたのだ。ならば、一層ご期待にお応えしなければ…。神通は今後しばらく、一層鍛錬に励み、出撃に向けて準備をしようと思った。

 

………

 

「失礼しました」

 

退室をしたあと、神通らしくない表現ではあるがスキップをしたいくらい上機嫌だった。提督の期待がかかっている。頑張ろう…!提督のために…!

とは言え、異音のことは気になる。一度明石さんに診てもらおう…出撃の際は万事十全に…。

 

「ん、神通さん、明石さんにご用かい?」

「響さん…はい。ちょっと、耳の様子がおかしいので」

 

「耳が?」

「はい部屋は正常なのにどこからかギシギシ…やミシミシ…と音がするんです」

 

「ふむ…そうなんだ。神通さん」

「はい?」

 

「耳だけでなく、しっっっっかり明石さんに診てもらったほうがいいと思うな、私は。神通さんからはとても嫌な音が聞こえる」

 

「私…から?」

「ああ。おかしいのは神通さんの耳ではないと思うよ」

 

「………」

「さて、私は電とイチゴパフェを食べる約束をしているんだ。これで失礼するよ」

 

私から異音…?響さんは何を言っているのだろうか?わからない…わからないまま、明石のいる工廠へと入っていった。

 

 

「神通さん、当面出撃、遠征、演習、鍛錬、全て禁止です」

「えっ!?」

 

ようやく来てくれましたね、と言われた明石の言葉とそのまま促されて椅子に座らされ、診察しますねーと軽い言葉で言ったのだが、みるみるうちに顔が真剣な顔になった。そして今の言葉である。何もかもを禁止されてしまった。

 

「そ、そんな…鍛錬ができないなら私は何をすれば…」

「毎日私のところに来てください。いいですか、絶対全て禁止です。特に、神通さんが得意としている急旋回。あれは本当にやめてください」

 

「で、ですが…私には鍛錬しか…」

「止まったら死ぬマグロじゃないんですから鍛錬しなくても神通さんは死にはしません。それよりも、それをやってしまいますと…」

 

「やると、どうなるのでしょうか?」

「最悪、一生歩けなくなりますよ。立つのも難しい。人間で言う車椅子生活です」

 

「………!?」

 

艦娘としてそれはもう死と同義だ。歩けない。陸で歩くこともできない。それは海に立つこともできない。艤装を装備しても無駄。提督の期待がかかっていると言う最高の希望を胸にやってきたと言うのに、絶望をつきつけられてしまった。

 

明石は誰かに内線で話をしている。よろしくお願いしまーすと相変わらず軽いが、顔は真剣である。

 

「あ、あの…理由を教えてもらえませんか…訳も分からず全て禁止と言うのは納得いきません…」

「自分のお体のことですよ!?」

 

とても驚かれてしまった。違和感…?いや、だから耳がおかしいのだと…。

 

「どこか痛むところとか…いや、絶対痛いはずなんですけど…」

 

ああ、わかってしまった。提督にさえも秘密にしていたものだ。自分の体の違和感。それを言ってしまうと、きっと提督は失望してしまうだろうから。絶対に口に出していけないこと。けど、明石さんはそれを言ってしまう。

 

「にいさ…提督には黙っていればわからないでしょうけど、私は工作艦。そしてこの鎮守府の艦娘の肉体のメンテナンス役…いわばお医者さんです。あなたの体の異常、異変を私に隠し通すなんて到底無理ですよ。神通さんの足、特に大腿部と股関節。ここがもう限界を超えています」

 

……当たり前…か。この人に体の異変を隠し通すのは不可能だ。痛みなど我慢すればいい。そう思っていたが、もうそれも耐えられないくらいの痛みが襲い掛かる。

 

「神通さんは朝潮さんと違って筋肉の質も違いますし、動かしているのが関節と骨です。朝潮さんとは全然違います。神通さん用のブーツは作成中ですが…」

 

明石の机にはおびただしいほどの紙に書かれた設計図らしいものが散乱していた。しかし、どれも赤字で没!!!と書かれており、うまくいっていないようだった。

 

「朝潮さんはブーツのエネルギー制御と朝潮さんの筋肉でダメージを極力抑えていますし、直線の動きですからいいんですが、神通さんはスピードを殺さずに直角に曲がったり急転回をしたりするので筋肉以上に関節や骨を無理やり捻じ曲げているんです。ですから、朝潮さん以上の負担が足にのしかかります」

 

自分でも相当な負担をかけていることくらいわかっている。だが、それくらいのことをしないと提督の期待に応えることができないのではないか、と恐ろしく不安になるのだ。現に「女王」と呼ばれるようになった朝潮。舞うように弾を避ける雪風、神通と同じような動きをしても何の負担もない夕立。

 

明石曰く、夕立も無理な進路変更をやっているが、こちらもまた筋肉、骨、関節からして違うと言う。ずるい話だ。こちらは体をすり減らしてやっていると言うのに。

 

「夕立ちゃんの場合は一旦四つん這いになって負荷を四肢へうまく逃がしてるんですよね。さらに本能的に負担がかからないように全身の筋肉を一瞬だけ弛緩させて余計な負担を逃がしている。だからと言って他の艦娘がそれをできるかと言われると無理ですけどね」

 

朝潮の筋力、夕立の全て。彼女たちにはついていくのが最近は自分が必死だ。痛みをこらえて何とかついていく。

 

「夕立も女王としての風格とチカラがあるねんなぁ。あんな夕立は見たことないんやけど…ほんま本能のままに牙を剥く野獣っちゅうか…」

 

龍驤も夕立のことを高く評価している。雪風も北上も…そして横須賀から初めて生まれた「女王」と言う称号。原初の艦娘と並ぶ「女王」の名を冠した朝潮。

 

紅色の瞳から「紅玉の女王」と名がつきそうな夕立。横須賀の駆逐艦はすごいと思う。いくら努力しても離されていく。

 

 

私には才能がない。そう考えると体のチカラが抜けていく。そんなことでは提督のお役に立つことはできない…。明石が何かを話していたが、何ひとつ耳に入らなかった。最後にありがとうございましたと言ってフラフラと工廠を出ていった。

 

絶望感にさいなまれ、ただただ壊れていく体を恨みながら。

 

………

 

「と、言うわけで非常にまずい状況かな」

 

珍しく工廠から出てきた明石から話を聞く玲司。神通の状況を聞き、激しい動きは全て禁止と伝えたことも聞いた。

 

「うーん、そうするとたぶん今、神通は『自分は役立たずだ』とか思ってんだろうなぁ…」

 

「神通さんはなぜあそこまで提督のために、と戦うのでしょうか?」

 

「俺は別に何かしたわけじゃないしな。安久野に何かされてたわけでもないし」

 

「とにかく提督に心酔しきってるって言うか…尊敬しているとはお聞きしましたが、それ以上の感情と言うか…もう主と下僕くらいの状況ですよね」

 

「何が神通をそうさせたのかはわからないんだけど、とにかく肩にチカラが入りすぎなんだよな。昔ショートランドにも神通はいたけどそこまでじゃなかった。俺が神通に口酸っぱく言ってるのは俺の為じゃなくて仲間の為に戦え。そう言ってるんだけど…」

 

「一回思い切り褒めてみたら?」

 

「頭撫でて褒めたら少し嬉しそうにして『ど、どうしましょう。何だか体が火照ってきました』って言って走って逃げていったんだぞ」

 

「あー」

 

「何かわかったか?って川内か」

「わっ!?」

 

大淀の影からニュッと現れた川内。相変わらず神出鬼没であり、影から現れるのが好きな奴だ。みんなが驚くからやめろと言ってるのに聞かない。軽く頭をグリグリしておいた。

 

「いだだだ…ごめん、ごめんってば…ははーん、神通が何か絶望に打ちひしがれてるような顔して部屋に戻っていったからね。気になってたんだ」

 

「もう、お姉ちゃん盗み聞き禁止!」

「ごめんってば。うーん、まああたしから言わせてもらえば、神通はねー、単に甘えるのがへたっぴなだけなんだと思うんだよね」

 

「え、そっち?」

 

「兄さんを尊敬してるのは本当だよ。艦娘を沈めず、誰にでも優しくてここはとても居心地がいい。その恩返しをするために強くなって、提督の為に頑張りたい。そう言ってたんだ。それは違うって言ったんだけど頭がガッチガチでさぁ。まあなんかうだうだ言ってたんだけど、結局のところ提督にもっと褒めてもらいたいんだよね?って聞いたら、恥ずかしそうにうんって言ってたんだ」

 

「かわいい…」

 

「大淀、声だだ漏れ」

「はっ!?」

 

「提督…兄さんにほめてもらいたい。頭を撫でてほしい。ただそれだけのことで頑張るんだけど、頑張る度量が半端ないからね。あたしからも言っておくけど、練習を頑張りすぎなんだって。鍛錬はいいんだけど、体がぶっ壊れるまでやるのはやりすぎだよね」

 

「摩耶もいつも言っていますね。司令官さんに褒めてもらうとやる気が出るって。だから練習も何でも頑張るんだって。神通さんもそうなんですね。ただ、いきすぎなだけで」

 

「うーん…だからと言って気軽に毎日褒めてばかりもな」

「ただ、今は叱ると逆効果になるだろうね。余計にダメージを受けるだろうし」

 

「そうだよなぁ。ちょっと神通と話するかぁ」

「そうしてあげてほしいかな。ああいう性格だから甘えるのがドヘタクソなんだよ」

 

「川内にドヘタクソって言われる神通もかわいそうだな…」

「な、何さー!最近はちゃんと兄さんに甘えてるじゃん!」

 

「昔はなぁ、神通みたいに頑張ってほめてもらおうとして、無茶して大破進撃しようとしておやっさんにコテンコテンに怒られて、俺にも怒られて大泣きしたもんな」

 

「わああああ!!!それ大淀や明石の前で言わないでよぉ!!」

 

「あー、あったあった。おにいぢゃんごべんなざいいいいい、ぎらいにならばいでーーーって大泣きしてテンパった玲司がわたわたしとったなぁ、あはははは!!あんときの川内かいらしかったで♪」

 

「う、ううううううう!!!!」

 

顔を真っ赤にして大淀の影に潜り込んで消えた。川内も甘えるのが下手で、構ってほしそうに部屋の障子からチラチラ玲司を覗き込んでは、玲司においでと呼ばれると消えると言うことを繰り返していた。川内型は甘えるのが下手なのか?

まあショートランドの時にいた那珂はとにかく歌を聴いて!踊り見て!と構って構ってでうまいな、とかいいダンスだったと頭を撫でる度に「那珂ちゃんご機嫌!」と嬉しそうだった。

 

今消えてしまった川内も「ねーねー」と構ってオーラ全開でパンツが見えようが玲司の部屋でゴロゴロとしては構って構ってと言うくらいである。今でも暇なときは玲司の所にきてはお菓子をねだったり、おしゃべりをしたりと割と甘えん坊である。神通もそうだったか。いつも遠慮がちにしている。どこか線を引いて喋っているな、と思ったし、遠巻きにじっと見つめられていたことも覚えている。

 

「ちょっと神通と話してくるよ。怒ったり叱ったりするんじゃなくて、ちょっと最近、神通とも話ができてないしな」

 

「ふさぎ込んでるだろうからよろしくねー」

 

さて、と玲司は巡洋艦寮へ足を踏み入れた。懐かしいな。夜に北上の部屋へこっそり行った戻り際にいきなり神通に後ろから動くな、と音も気配もなく忍び寄られて何者か、と問われたことがあった。あれからもうだいぶ経つな。

 

神通は真面目過ぎる。特にここの神通は真面目すぎて困るくらいだ。仲間の後ろから常に雑談を聞いては笑っていた昔の神通とは違う。ショートランドの子とばかり比較しても仕方がないのだが。今の神通を馬鹿にしているわけでもない。神通は神通で、見た目は同じ、性格も似ているけどどこか違う。さて、どうしたものかな、と頭をぽりぽりかく。

 

神通、とネームプレートがついた部屋のドアをノックする。駆逐艦は集団部屋だが巡洋艦はプライベートのこともあるだろうし、と各自個室だ。一緒に寝たいときなどは各自布団を持ち寄って4人くらいは寝れるくらいの広さを持っている。摩耶と鳥海はいつも2人で寝ている。摩耶が1人で寝るのが怖いから。

 

北上の部屋は大体名取か駆逐艦が泊まりに来る。などなどいろいろ各部屋によって事情やら何やらが違う。

 

シーン…ノックをしても反応がない。まあ、神通は気配を察知するのが凄まじく敏感なので玲司が来たとわかっているのだろう。そして居留守をしているに違いない。

 

「神通~、いるのはわかってるんだよ。おとなしく投降して出て来なさい。提督が神通に話があるんだって」

 

どこからともなく現れた川内が神通にドア越しに呼び掛ける。ドタン!と言う音が部屋の中から聞こえた。おそらく突然の川内の声に驚いてベッドから落ちたか。そのあとはドタドタ、ゴソゴソ、バッターン!!!と慌てているのだろうか部屋が騒がしい。

 

それから2分ほど無音。しかし、観念したのかカチャ…と鍵が開く音がし、ゆっくりドアが開き、神通が覗き込んでいた。

 

「よっ」

「何だ、やっぱいるんじゃない。じゃ、あたしは退散するから。じゃねー」

 

あうっ、と何かを川内に言いたそうに変な声を出したが、提督が目の前にいることに気づき、真っ赤になりながらドアをゆっくり開け、どうぞ…と招き入れた。

 

「失礼しまーす…って何だこれ。神通、お前の部屋タンスとベッドと冷蔵庫だけって…」

 

「申し訳ございません…何を置いたら良いかわからず…」

「名取に聞いてみたらどうだ?名取ならいろいろとかわいくしてくれるぞ?」

 

「かわっ!?わ、私にかわいいのなど…」

「いや、神通は美人だし、かわいく部屋を飾って、寝間着もそんな何か海軍指定のジャージとかじゃなくてもいいと思うぞ。かわいくなっていいと思う。そしたら文月や皐月にジャービスなんかがお泊りに来そうだな」

 

「あ、あうう…」

 

美人、かわいい。そんな言葉に返す言葉がなく、恥ずかしがって頭から蒸気が出そうなくらい赤くなっている。何だかうちの川内に似て、極度の恥ずかしがり屋のように見える。かわいらしくて思わず笑ってしまう。

 

「あの…私…何かおかしかったでしょうか」

「ああ、ごめんごめん。川内に似てて姉妹だなぁって。かわいらしいなって」

 

「そ、そのようなご冗談はおやめください…」

「冗談じゃないんだけどなぁ」

 

「あ、ううう…」

 

「明石から話は聞いたよ。まあ、俺としても神通がそんな状態なら出撃なんかさせられないからな」

「……では、私を解体してください」

 

「なんでそうなる」

 

「今の私はいつ動けなくなるかわからない爆弾を抱えております。それが弾けたとき、提督にご迷惑が掛かります。そして、一生歩けなくなってしまった場合には完全に迷惑となってしまうのです。ですから…ご迷惑がかかる前に私をかいたいっっ!?」

 

あ、いけね。思わず思い切りデコピンしちゃった。今の神通は艤装も装備していないただの女の子だと言うのに。やべえ、暴力提督じゃねえかと思いつつも、その言葉には怒りを抑えられなかった。

 

「……うう、提督…?」

「言ったはずだぞ神通。俺は誰一人欠けさせないって。解体したら欠けちまうじゃないか。神通、お前だって俺にとっては大切な仲間、家族なんだ。それをよしわかったって解体すると思うか?」

 

「………」

「こういうことを言うとあの子に申し訳ないんだけど、霞は?小さな子供みたいな喋り方、性格をしているけど、俺がそれをじゃあこんな艦娘いらないわって解体するって言ったか?」

 

「いえ…」

 

「霞は霞で毎日、ああなってしまったけど1日を生きてる。それに、まだお前の足は壊れたわけじゃない。壊れかけなだけだ。禁止にしたのはその爆弾の爆発を遅れさせるため。爆発させないためにいろいろと考える時間がほしいから。ちょっと出撃とかができなくなったくらいで人生の終わりみたいにふさぎ込むなよ」

 

「申し訳…ありません」

 

「いいか神通。お前の足は確かに今、ほぼ壊れてるようなものだ。ドック入りしても治らない痛み。関節の異常。よその鎮守府じゃ治せないだろう。もう解体しかないって言われるレベルだろうな。けど、うちをなめるなよ?原初の艦娘、全ての艦娘の体を知り尽くし、艤装も知り尽くした『契の女王』明石がいるんだぞ?諦めるのが1千万年早いよ」

 

そう言いながら神通の頭を優しくなでた。いましがたデコピンをした時のような怒った顔じゃない。いつもの駆逐艦の子達を撫でるときのような優しい顔だった。

 

「1人で考え込まなくていい。俺もいるし、明石もいる。何か手は打つ。お前の足は終わったわけじゃない。それから、夕立や朝潮、雪風達。うちの駆逐艦はどうも駆逐艦って言う規格からかけ離れてるような子も多いし、巡洋艦だってそうだ。大和に武蔵、確かに神通よりも凄まじい強さを持つ子達もいる」

 

そうなのだ。どうあがいても戦艦のような火力は出せないし、摩耶のような対空技術も、鳥海や大淀のような頭の回転も。北上のような強烈な雷撃も。夕立のような動きもできない。だから私は体が壊れてもいいから彼女たちを上回る何かがほしかった。そのために努力を重ねた。けど結局ダメだった。体は壊れ、夕立とのコンビネーションも最近はままならない。

 

提督の…みんなの役に立ちたい。そして、少しでいい。提督に褒めてもらいたい。初めて出撃して帰ってきたときの頭を撫でられた時のような、高揚して眠れなかったあの時のように。「頑張ったな」と褒めてもらいたいから。でも、もうそれも難しい。

 

提督はこうなってしまった私をまだ見捨ててもいないし、諦めてもいない。1人で勝手に諦めて、投げ出して…自棄になって自分からもう完全に足を壊そうとまで思っている私を…まだ諦めてなんかいない。見捨てないでくれている。嬉しさと…何てことをしようとしていたんだ、と言う情けなさから、ボロボロと涙を流してしまった。

 

「神通。お前は1人じゃないんだから。俺がいるし、俺に話しにくいことなら名取がいるだろう?明石でもいい。1人で抱え込まなくていい。相談したからって誰も失望したり、馬鹿にしたりしないよ。でも、俺はちょっと怒ってるぞ。こんなになるまで無茶して」

 

「あう、うううう…うぐっ、もうしわげございません…」

 

泣く神通をそっと抱きしめた。玲司の体温が神通に伝わる。優しい温かさ。それになんだか安心してもっと涙が止まらなくなった。

 

提督のお側にいたい。みんなと一緒にいたい。

 

「ちょっと頑張りすぎたな、神通は。休むことも大事だぞ。毎日努力してることは知ってる。そして、その努力は決して神通を裏切らない。けど、体はそれについていけなくなってきたんだよ。疲れすぎて。疲れているのに無理をするから余計に体に負担がかかる。その積み重ねで今の神通の状態になっちゃったんだよ。このおばか」

 

泣く神通の背中をぽんぽんと右手で軽くあやすように叩き、左手で頭を撫でる。神通はしっかりと玲司の背中に手を回し、胸に顔を埋めてしゃくりあげて泣いている。優しい提督。

 

名取たちから聞いていた「貴様などいらん。沈んでしまえ」と言う今の提督の前の提督がよく言っていたらしい言葉。それを今の提督から言われたらどうしよう…なんて考えて不安になり、寝れないときもあった。

 

「神通ちゃんは考えすぎだよ」

 

名取にそう言われた覚えがある。

 

「前のしれ…人はそうかもしれないけど、司令官さんだよ?そんなこと言うわけがないよ。司令官さん、いつも言ってるじゃない。必ず帰っておいでって。あの言葉を聞くと胸があったかくなるんだぁ」

 

名取の言っていたこと。そうだ。いつもそう言って送り出して、帰ってきたら必ず「おかえり。頑張ったな」と言ってくれる人。そんなことも忘れて、いらないって言われるといつも怯えて…。

 

「明石と一緒に神通の足に負担がかからないような水上ブーツを考えるよ。秋津洲や満潮もいるし、いろいろ試作はできる。神通の努力で得たあの動きは夕立でもついていくのがやっとだって言ってた」

 

「う…そ」

 

「嘘なもんか。神通さんの動きはほんとについていけないっぽいって言ってたぞ。神通のあの動きを真似しようとしても、四つん這いになってやっとできるって。神通はすぐに反転、攻撃ができるけど、夕立はそこから体を起こしてバランスを取って、だからな。まあそれでも神通についていく根性はすげえと思うよ…みんな神通がどれだけ必死に動きを鍛錬してるかって、みんなちゃんと見てるんだよ。評価してるんだよ」

 

また泣き出した。ああ、神通って意外に泣き虫なんだなぁとちょっと笑ってしまった。この鎮守府では努力は正当に評価される。嫉妬とかそういうのはない。

 

「神通さんはすごいっぽい!ついていくのがやっとで攻撃が遅れてこの頃うまく連携できないっぽい…神通さんに迷惑をかけないように夕立も頑張るっぽーい!」

 

「神通さんはすごいです!真似しようとしたら絶対転びます!無理です!」

 

「あー神通?あれすごいよね。ただ、無理しすぎてないかってあたしは心配になるよ」

 

「神通ちゃんはすごいなぁと思います。一生懸命すぎて頑張りすぎるから、名取、時々怒るんですけどね。無理しすぎだよって」

 

夕立、雪風、北上、名取。みんな見ている。

 

「はい!神通さんのあの自分に厳しい鍛錬、素晴らしいと思います!この朝潮、神通さんの足手まといにならぬよう、鍛錬を重ねていきます!」

 

「神通さん?すごいよね。ただ、神通さんからはなんだろう、ギシギシとかミシミシって何か壊れかけているような音が聞こえるんだ。司令官、診てあげてくれないかい?」

 

朝潮は神通を尊敬し、響は心配していた。そんなこともみんな伝えた。ありがとう、ごめんなさい。そう泣きながら言っていた。

 

「それはちゃんとその子達の前で言うようにな」

 

そう言うと泣きながらコクンと首を縦に振った。本当は甘えん坊で寂しがり屋で怖がりな神通。これは玲司とたぶん、名取くらいしか知らない秘密になるだろう。

 

 

「うわぁ、すごいかも…ギシギシ…ミシミシ…調律が全然できないかも」

「どうやったらここまでなるの?ってくらいすごいわね。カチカチが全然聞こえないわ。何て言うか…鉄と鉄をこすり合わせたような…すっごい嫌な音しか聞こえない」

 

翌日、意を決して玲司と共に明石の工廠へやってきた神通。ヒョコヒョコとぎこちない歩き方で明らかに足をかばっているが、両足とも痛いので庇おうにも庇えずにヒョコヒョコしている。歩くだけでも痛くてたまらないのだと言うのが本音。

 

秋津洲も満潮も神通の音を聞いて驚愕し、不快な顔を浮かべる。

 

「こんなに放っておいたなんて信じられないかも!」

「どうしてこんなになるまで放っておいたのよ…」

 

「申し訳ありません…」

「ま、まあまあ。回復の余地は大いにありますし、私も本気を出して朝潮ちゃんのときのように神通さんの艤装を作りますよ!」

 

「何や、また本気出して玉璽(レガリア)作るんかいな」

「もっちろん!神通さんはそれだけのポテンシャルを秘めているんだから!見てよこのブーツ!!!」

 

朝潮の時のように何度も明石が修理、修復したであろう傷だらけ、つぎはぎだらけの水上ブーツ。そして、無茶をして急旋回や反転をするものだからよじれた個所がある艤装。朝潮と違って艤装も一から作るらしい。

 

「ただなぁ、すっごい難しいのよねぇ。神通さんの股関節やら骨、筋肉を極力負担を軽減させるだなんて。ここに秋津洲さんと満潮ちゃん、あと鹿島さんの神通さんの動きをまとめたノートがあるんだけどね」

「私のノート…ですか?」

 

「秋津洲さんと満潮ちゃんは分担して体の調子を整えるのが仕事だからね。その子の動きやクセなんかを超細かくノートにデータを取ってくれて、私に頂戴って言ってあるんだ。ちょーっと艦娘の人数も増えてきたから、妖精さんと今部屋を増やそうかって相談中。今はまだ秋津洲さんが着任してからまだ浅いのと、満潮ちゃんも調律師に目覚めてから間もないからまだまだ少ないけど、でもほら」

 

そう言って見せてきたのは満潮が取った朝潮のデータノートだ。もう10冊近くになっている。『牙の女王』になってからも逐一ノートを取り、心身のメンテナンスのため、ブーツや艤装のメンテナンスのためにデータを残しているのだそうだ。秋津洲が取った神通のノート。これまた数冊に渡り、細かく図も書かれており、『危険!関節と骨に負担大かも!!』と書いてあったりする。

 

「最近神通さんは秋津洲を避けてるようにしてたからちゃんとメンテナンスできてなかったかも」

「じーんーつーうー」

 

「も、申し訳ありません!!あうっ!」

 

玲司に頭をグリグリされる。そう、これが見つかって提督に報告が行き、どうなるかわからなかったのが怖かったので秋津洲や満潮からここしばらく逃げ回っていたのだ。

 

「ったく…神通、お前はしばらく秋津洲と一緒に寝たりすること。毎日ちゃんと秋津洲と満潮の調律を受けること。毎日明石に足や腰の具合を知らせること。いいな」

「はい…」

 

「神通さん、これからはしっっっかり秋津洲がお世話するかも!逃げたら許さないかも!」

「私もよ。神通さん、逃げたら怒るからね」

 

「あはは!神通さん大変だね。あ、私の所にも毎日来てくださいね。来なかったら玲司君に報告しますからね」

 

「は、はい…」

 

「俺をダシに脅迫すんなよ…」

「脅迫じゃないよ!こうでもしないと神通さんの艤装が作れないの!早く鍛錬とかしたいんだったら毎日来ることですよ!」

 

「……!わかりました」

 

「さてさて、じゃあ早速いろいろとやっていきましょうか。あ、神通さん、今からちょっといろいろ調べますね~。じゃあまず下着は脱がなくていいんで服を脱いでくれます?」

 

「ええ?!」

 

「ちょっと!司令官がいるのよ!?」

「あー、そっか。いっけない。陸奥お姉ちゃんとかは平然とお風呂上りに玲司君の前でパンツ一丁とかだったからね」

 

「あー、いけね。俺それに慣れちまってて無神経だったな。わり、退室するわ」

「い、いえ、て、提督がお望みとあらば…!」

 

「あー待て待て!!!いいって!無理すんなっての!!!!」

 

「神通さん、スカートから手を離すかもー!!」

「司令官、早く出ていって!」

 

「どうせなら提督に全部見てもらいましょっか!今の足の状況とか生で!」

「おいこら明石ィ!!!」

 

秋津洲、満潮が全力を出して止めようとするもすごいチカラで服やらスカートを脱ごうとする神通。その隙に玲司は退散。

 

後々冷静になった神通は全身真っ赤になって「恥ずかしい…」を繰り返し、秋津洲や満潮のハートをキュンキュンさせたとか。

 

そんなドタバタが発生したが、新たな女王の誕生か否かが決まる、神通の新たな艤装の作成が明石達の手によって始まった。




神通のお話でした。また横須賀から新たな「女王」の誕生までのお話にお付き合いください。
しかし、もうボロボロの神通ですがはたしてここから大復活をどう遂げるのか?

次回をお楽しみください。

それでは、また。
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