「おはよう、神通ちゃん」
「…おはよう、ございます」
名取がにっこりと神通に朝の挨拶をすると、寝ぼけ眼で挨拶を返す神通。玲司から言われたのは「まずは甘えることから始めよう。どんな些細なことでもいい。ちゃーんと隠さずに不安を覚えたりしたら誰にでもいいから相談すること」と言われていた。
これは提督からの「命令」ではなく「提案」であり、無視してもいいよ、と姉の川内は言うが…神通は「命令」と思い込んでしまっていた。
それをまた懇々と説明する川内…はうまく説明できなかったので北上が説明をした。
「まーたそうやって命令とか思っちゃう~。違うんだってば。提督がさっき言っていたのは命令、じゃなくてもっと軽いお願いみたいなもんだって。神通は全部を全部提督の為だー、提督に迷惑が—。みんながーって考えすぎなんだって。
あたしどれだけ名取に迷惑かけてると思う?まあ、名取からもいろいろ言われるし、摩耶とかなんていい加減にしろ―って内容のお願いとか聞いてるよ?」
「は、はい…」
「別にあんたが『今から大破してますけどこのまま突撃します』とか言う子でもないことは知ってるし、そんな相談だったらブチギレるけど…そうじゃなくて今日は何かすっごい寂しい気分だからとか、なんか不安だから一緒に寝てくれない?とかまずそう言うのから言ってけばいいんじゃないの?」
「う、うう…そ、それが恥ずかしくて…」
その言葉を聞いた川内は「わかる!わかるよ神通ー!」と肩をぽんぽん叩いて神通の心情を分かち合い、北上はこのいつも凛としてキリっとした顔で完全無欠の神通が顔を真っ赤にして言う者だからお腹を抱えて大笑いしていた。
「う、ううう…」
姉のように影や闇に紛れて消えられるのなら消えたいと思った。恥ずかしくて死にそうとまで思う。
「ちょっと北上?神通がかわいそうでしょ?ねえ?」
「いえ…わたし…は…」
「あー、ごめんごめん。んふっ、いやぁ、神通ってかわいいじゃん。あたしクソ真面目なそうだなぁ、加賀さんみたいな無表情の瑞鶴が嫌う鉄仮面みたいだなーって思ったから」
「鉄仮面…」
「加賀さんってほら、あたしらが戦った人。元うちの艦娘。もうそりゃああたしは最後の最後まで笑うとこをみたことがなかったな。余裕がなかったってのもあったけど。でも神通はちゃんとかわいい顔できんじゃん」
「か、かわっ!?」
「そーそー。うちの妹はかわいいのよ」
「姉さんまで…」
「恥ずかしいのはわかるけど、やっぱり仲間と交流持ってお互い信頼関係を持っておかないとさ。神通さんは鍛錬が激しくて怖い人ってなっちゃって、それが作戦で影響出たらやばいっしょ?」
「確かに…そうですね…」
「そういうわけで今日は…」
そう言うとタイミングよく名取が入ってきた。
「今日は名取と一緒に寝ましょう♪」
「え、ええ!?」
今までの川内と北上の説得と言うか説明は長い前置きであり、結局は絶対しないであろう「一緒に寝よう」と言うのを無理やりではあるが名取が一肌脱いでこう動いたわけである。
「な、名取さんと…?」
「そうそう、名取はねー。癒し効果すごいんだよー。そのせいか不安なこととかボロボロ出ちゃってねー。あと扶桑さんもやばいね。この鎮守府で母性溢れる艦娘のツートップだね」
「北上ちゃん言い過ぎだよぉ…」
「いや、断言できるね。名取は母性の塊。えーとママ?」
「こんな大きな手のかかる子はちょっと大変だなぁ」
「おー、言うねぇ名取?」
「あはは、冗談だよ」
「ふふ、知ってた。じゃあ神通。今日は名取の部屋で洗いざらい吐いちゃいな」
「名取、妹をよろしくね~」
「はい!任されました!」
じゃあいこっか、とはわわ状態の神通と一緒に名取は自分の部屋に戻っていった。
「さーて、まずはこの鎮守府に打ち解けるとこから鍛錬だね」
「今はそれだよねー。雪風とか夕立は慕ってるけど、あとの子とはほとんど会話もないくらいだしね。そりゃまずいっしょ。他愛ない雑談くらいは、ねぇ?」
「うっ、それを言われるとあたしも弱い…」
「あーそうだった。で、名取と一緒にいろいろ話して打ち解けて今があるもんね」
「あと阿武隈ね。阿武隈はおしゃべり大好きだから、すぐ打ち解けられるよね」
「あたし阿武隈の機関銃トークはやべえと思ったよ…次から次へと話がコロコロ変わって…最初なんか、え、あ、はい。くらいしか言えなかったよ」
「あー、阿武隈はわかる。とにっかく話が変わって3回くらい同じ話してるときあるよね」
「あるあるある!!!あはは!でもそれでもつい聞いちゃうんだよね!」
「わかるー」
川内と北上。こちらはこちらで楽しい話に花が咲く。摩耶の乙女ぶりとか、意外にむっつりな鳥海の話。五十鈴の秘蔵のえっちな本の話とか。皆にバレたらやばそうな話ばかりで笑い合っていた。
………
「あ、神通さんいらっしゃーい」
「あら、素直に来たのね」
名取の部屋に行くと五十鈴、阿武隈と名取の姉妹がいた。1人なら、と思っていたのだがまさかのメンバーに神通は硬直。そんな話は聞いていないです…。
布団は4人分。名取の部屋も結構阿武隈が甘えて寝泊まりに来たり、五十鈴がやってきたり、北上やら扶桑が来るものだからベッドではなく、布団である。みんなで並んで寝るのが名取は大好きだ。
「神通さんは阿武隈と名取お姉ちゃんの隣ですよ~」
「ふふふ、ジュースとかお菓子とかも持ってきたし、明日は五十鈴たちも何もないし、たっぷりお話するわよ!」
「ふふふ、五十鈴姉さんも阿武隈ちゃんも準備万端だね。じゃあ、神通さんはそこに座って座って♪」
逃げたい…ができないので目をグルグルさせながら座る神通。しかし
「ぐっ…」
座る行為でさえ、激痛が走る時がある。
「神通さん、大丈夫?」
「名取が言ってたとおりね。ほんと、世話の焼ける子ね」
「…申し訳…ありません」
「座るのがつらいなら横になってても。あっ、名取お姉ちゃん、このクッションいいよね?」
「うん、いいよ。使って使って」
「ほら、ゆっくりでいいから」
五十鈴や阿武隈に支えられ、クッションと言うかちょっとした背もたれつきの椅子に座らせてもらった。脂汗が出そうなくらいの痛みだった。
「明日、ちゃんと明石さんに報告するんだよ?」
名取に諭される。何と言うか、そう言われると報告しないといけない。そう言う気分に駆られる。
「出た、名取のお母さん的な言い方。そう言われるとなんか逆らえないのよね」
「あ、わかるわかるー。あたしも名取お姉ちゃんにそう言われると絶対やらなきゃーってなるんだよね」
「そ、そうなの?」
「駆逐艦の一部の子からも、間宮さんと扶桑さん、それから名取はお母さんみたいだって言われてるわよ。よかったわね、お母さん」
「五十鈴姉さん、やめてよぉ…恥ずかしい…神通さん、真に受けちゃだめだからね…」
「はあ…」
とはいえ、てきぱきとお茶を用意したり、寝床の準備をしたり、いろいろと神通のお世話をする様はさながら本当に世話焼きなお母さんのようである。お母さん、と言うものは艦娘は知らないのだが、玲司がよくお母さんのようだな、と言うからお母さんと呼んでいる。
お母さん。優しく、時に厳しく。それでいて何かがあった時にはどんなことが起ころうとも子を守り、包み込むような優しさを持っていると言う。つらいことや悲しいことがあったなら慰めてくれる。励ましてくれる。嬉しいことは自分も喜んでくれる。悪いことをしたならものすごく怖く、怒られる。
言葉では言い表せないが、お母さんとはそういうものらしい。そして、口うるさい。とも玲司は言っていた。ああしなさい、こうしなさい。こうするんだよ。など、実の母、そして今の古井司令長官の奥さんもそんな感じのようだ。
それに間宮、扶桑、名取はよく似ているらしい。なので五十鈴や阿武隈にお部屋は片付けなきゃだめだよと口うるさかったり、何かあったら泣きそうになるくらい励ましてくれたり慰めてくれたり、時に一緒に寝てくれたり。名取には何でも話してしまい、それで胸の内がスーッと楽になるらしい。
「今日からしばらく、名取が神通さんのお世話をするからね。もう。前からあんまり無理をすると体を壊すよって言ってたのに…やっぱりこうなっちゃったでしょう?」
「はい…申し訳ありません…」
「だから、これからしばらくは名取が神通ちゃんにつきっきりでお世話するからね。秋津州さんや満潮ちゃん、明石さんからもくれぐれも神通ちゃんを逃がさないでねって言われてるから」
「あの…神通ちゃんって…」
「へ?ああ、これから一緒にいることが増えるのに、神通さんじゃ何だかなぁと思って。ふふ、ちょうど神通ちゃんって呼ぶタイミングを考えてたところだったから、ちょうどよかった♪」
「…その、今まで通りと言うのでは…」
「ダーメ。もうこれは名取が決めたんです。だから、神通ちゃんって呼ぶね」
「うう…わ、わかりました…」
今まで誰からも神通ちゃんと呼ばれたことがなかった神通は初めてのことに戸惑いが隠せず、顔を真っ赤にしていた。神通、神通さん。いつもこうなのだが…。
「そう言えば神通、あんた練習が終わった後、ちゃんと体をストレッチしてほぐしたりしてる?お風呂はちゃんと入ってる?」
「はい。ドックに入り疲れをとっていますが…」
「ドックじゃなくてお風呂。ドックとお風呂は別物よ。たしかにドックも疲れは取れるけど、お風呂にゆっくり入ってるのかって。五十鈴が見る限りカラスの行水くらいにしか入ってないでしょ」
「はい…汗を流せばそれで…」
「はあ…どうせそんなことだろうと思ったわ」
「あのお風呂って、確か疲労回復や腰痛、関節痛、リウマチ?怪我にも効くってなんか書いてあったよね」
妖精さんが管理しているお風呂。どうしてそうなのかは企業秘密らしいが、あらゆる効果がある。ゆっくり浸かれば浸かるほど、回復が早まるらしい。朝潮や響が鹿島の「懲罰鍛錬延長地獄特訓」で死にそうになっていても、ゆっくり入れば次の日にはまた同じことを繰り返していた理由がこれにある。さらに間宮のアイスを食べれば戦闘効率が120%上昇。集中力が63%上昇。つまり、横須賀のお風呂に入ればそれだけで戦力が向上するのだ。
「でもまあ、そこまでガタがきてるなら、お風呂だけじゃもう無理でしょうね」
「私は…やはりこのまま…」
「そんなことないよ!きっと、提督や明石さんがなんとか神通さんをいつものすごくかっこいい神通さんに戻してくれると思います!神通さんが諦めたら提督や明石さん、秋津洲さんたちはどうすればいいの?」
「案外、神通ってガラスのハートなのね」
意外な一面を知ったわ、と五十鈴は新たな発見に笑っていた。神通と言えば、鋼の精神でどんな時でも動じず、揺るがず、冷静沈着に対処すると思っていたのだが、提督や明石から言われただけでここまで落ち込み、不安な表情でオドオドしている姿を見るのは初めてだ。特に提督の言葉に大きなショックを受けている。
提督が意地悪などで言っているわけではない。神通を本当に心配し、体を壊さないように考慮しての命令である。前の提督ならだったら肉の壁になって扶桑や大和を守って国のために死んでこいくらい平気で言い放つだろうと五十鈴は語る。
「……以前の私であれば…きっと提督にそう言われても…喜んで壁になっていたと思います。ですが…今は…」
「今は、何?」
「提督に絶対に生きて帰ってこいとの命令もありますが…やはり、こんな私でも、慕ってくださる皆さんと共に…この先も頑張っていきたい…提督や皆さんのご期待に応えたい。そう思うと…轟沈…死ぬことはとても…怖い、です」
「名取たちも、神通さんはすごい戦果を出すし、神通さんがいれば安心だねって…神通さんに大きな期待を持ちすぎたことも原因かな…司令官さんは、神通さんにいつも通りでいいよ。無理するなって言ってたけど…」
「神通さんはすごいなぁ。だから一緒に出撃したら安心できるねって阿武隈もよく言ってたから…」
「五十鈴はそう口には出してないけど、やっぱりどこかで、安心して背中を任せられるって過度な期待はしてたのかも。そこがダメね」
「い、いえ…私は…」
「でも、その期待に応えようとして無理をしすぎてたんじゃないかな?」
「………」
「無言はそうだよってことでいい?」
返す言葉がなく、コクリと首を縦に振る神通。そのまま俯いていると名取に抱きしめられた。ふわり…と柔らかい。
「ごめんね…神通ちゃん。みんなにも言っておくね。あんまり神通ちゃんが出撃したら…とか、そう言うことを神通ちゃんに言うのやめてねって。そうだよね…ごめんね。名取もそう思って安心してたけど…神通ちゃんからしてみれば、すごいすごい重荷になったよね」
「そ、そんなことはありません!そんな…そんな、こ…と」
「そうだったんだよね?」
名取に嘘がつけなかった。嘘が下手なのだ。いろいろと不器用な性格故。自分にはものすごく厳しいが他人には本当は優しい。そして、何よりもみんなからそう言われていたことに、期待を裏切ってはならないと言う思い。その全てが…重荷だったのだ。名取の胸で大きく首を何度も縦に…無言で振った。
「そうだよね。神通ちゃんは…とっても真面目だから…みんなが言ったこと、しっかり背負って…ごめんね…それで神通ちゃん、こんなことになっちゃって…」
「五十鈴も…ごめん」
「阿武隈も…ごめんなさい。」
その謝罪には無言で首を横に振った。
「神通ちゃんは期待されることは嬉しかったんだよ。でも、神通ちゃん自身が重く受け止めすぎちゃって…だんだんそれが無理をしてでも期待に応えようって言う風になっていっちゃったんだね…神通ちゃんの頑張りはみんな知ってるから…だから余計にみんな期待しちゃって…」
「……それで…失敗しちゃって…なんだ…とか、がっかり…とか…グスッ、そう言われるの…こわぐで…」
「うん、うん。そうだよね。否定されちゃうみたいで…すごく怖いよね。言い出せないよね。神通ちゃん、そう言うこと優しいから言えないよね…」
「ううううう!!」
啜り泣きから嗚咽しはじめた。名取が優しく頭を撫でる。背中をさすりながら。名取の優しい言葉が胸に溜まった澱が涙になって流れていく。
「バカね…痛いなら痛いってちゃんと言わなきゃダメよ」
「五十鈴姉さん、それが言えたら苦労しないよ」
「うっ…ごめん…」
「あたしも…阿武隈がいたら絶対勝てるとか、大丈夫とか、そう言うこと言われたらすっごい怖いなぁ。たぶん、足が震えちゃって、あたしが失敗したら…どうなるんだろうとか…きっとすっごく。すっっっごーーく、怖くて戦えないと思うな」
「うん。名取もそう。今の司令官さんからある時出撃を命じられた時、すっごく怖かった…ちょっと大きな任務でね?失敗したらどうしよう。前の人みたいに怒鳴られるかな…とか。でもね。司令官さんはこう言ってくれたの」
『失敗したっていい。みんなに過度な期待をすると緊張したり萎縮するだろ?言ったはずだよ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。んでもって隠れろ。無理なら鎮守府に逃げ帰ってこい。でも、勝てそうなら隙を見つけてぶっ潰せ。生きて帰ってくれば、次はぽろっと勝てるかもしれないだろ?死んだらそれまでだ。気楽に行こうぜ』
「そんなこと言ってたのね…」
「北上ちゃんはそれ聞いて大笑いしちゃって。んじゃー気楽にいきますかーって北上ちゃんも言ってくれてすごく肩のチカラが抜けたな。成果は大成功だったよ」
「提督らしいなぁ。あたしも緊張でガチガチになってたとき、頭をぐしゃぐしゃにされてんもー!って怒ったの。提督は笑ってすまんすまんって。でも、そのニカーって笑ってる顔見たらあたしも笑っちゃって。作戦、うまくいったなぁ」
「五十鈴はそんなこと言われたりされたことないんだけど?何それ、五十鈴知らないわよ」
「五十鈴お姉ちゃんはそんな緊張したりすることあるの?」
「あるわよ!失敗したらどうしよう!とか気にするわよ!怖くなる時だってあるわよ!失礼な妹ね、このー!」
「いひゃいいひゃい!!やめふぇよー!」
むにーっと頬を引っ張られる阿武隈と「このー!」と言う五十鈴。ケンカしないのー!と言う名取。
ああ、みんなそれぞれいろんな重圧を持っているんだな…と名取の胸で聞いていた。
『神通。そう気張らなくていいんだぞ。大丈夫。みんなもいるからな』
そう言われたことを思い出した。でも、余裕がなかった神通はそれを聞かず、とにかく提督と皆の期待に応えようとした。結果として、それが過剰になりすぎ、体を壊すに至った。
「神通ちゃん。これからはみんなで頑張ろう?もう一回、みんなで頑張ろう?神通ちゃんだけじゃない。みんなでチカラを合わせれば、もっともーっと神通ちゃん、お強くなれそうな気がするな」
「はい…」
胸のわだかまりが全て流れ出ていった気がする。神通の心はかなり軽くなった気がした。
………
「電気消すよー」
「おやすみ!」
「えへへ、神通さん、ぎゅー」
「あ、阿武隈さん…?」
「名取お姉ちゃんだけぎゅーってしてずるかったんだもん。あたしも神通さんにぎゅーってしたかったの♪」
「ふふ、じゃあ名取ももう一回ぎゅー♪」
「あ、あう…」
「五十鈴お姉ちゃんはしなくていいの?」
「な、なんで五十鈴まで…五十鈴に振らないでよ」
「五十鈴姉さん、我慢はダメだよ?」
「………」
「あー!神通さんから引き剥がさないでよー!」
「うるさい!あんたがいるとできないでしょ!」
「五十鈴さん…あ、あの…もが」
「静かにしてなさい。五十鈴だって、もっと神通が無理しないように強くなってあんたを安心させてやるんだから」
顔に五十鈴の胸がちょうどきているのだが、ドクドクと鼓動が早い。恥ずかしいんだろうな…強気なこと言ってるけど緊張してるんだな…と思うと、五十鈴さんも恥ずかしがり屋で…でも優しい人…と思った。五十鈴のツンケンした性格しかみていなかった所は正反対の一面を見れて、神通はうれしかった。
「ねーえー、神通さんの隣は阿武隈の場所なんですけどぉ」
「あら、そうだったかしら?今日は五十鈴が隣よ。ね、神通?」
「ひどいひどい!名取お姉ちゃん!五十鈴お姉ちゃんが隣取ったぁ!」
「五十鈴姉さん、今日は阿武隈ちゃん番だから…明日なら…ね?」
「ちぇっ、しょうがないわね…明日の約束は取り付けたから代わってあげるわ」
「なんでそんな偉そうなの!?」
「えっと、明日も…ですか?」
「しばらくはそうよ。あ、阿武隈は明日は茉莉さんと寝るんだっけ?」
「えへへ、茉莉さん、夜が怖いんだって。だから、紫亜さんと、誰か他にも2、3人で寝てるんだって。明日は阿武隈と摩耶さんと古鷹さんで寝るんだ」
「そう。じゃあ神通は明日は寝返りとかに気を遣わなくていいわけね」
「えっ、そ、それって…」
「阿武隈、死ぬほど寝相が悪いのよ。枕と反対向きに寝てる時とかあるし、隣で寝ると耳をしゃぶられたりするから気をつけてね」
「い、五十鈴さんが隣の方が…」
「だめー♪今日は阿武隈だもん!ちゃんとおとなしく寝るから安心してね!」
「はい、もうおやすみしようね」
名取の一言ではーいと五十鈴と阿武隈が返事をして眠りについた。五十鈴の言う通り、寝返りを打つと同時に抱きつかれたり。何をどうしたらそうなるのか、ほっぺにキスをされたり、耳をふぅーとされたり鼻息でくすぐったくて眠りに集中できないのであった。
………
「ふぁぁ…」
寝不足である。阿武隈の寝相の悪さにろくに眠れず、今日はまったくと言っていいほど眠れていない。隣の五十鈴は何ともなかったのだろうか?後々聞いてみたが「慣れたのよ」とこと。こんなの慣れて眠れるのか…?よくわからない…。
眠気まなこで朝食を食べ、執務室に行く。提督が心配そうに神通を見る。
「神通…痛くて眠れなかったとか、そんなにひどい具合なのか…?」
「いえ…あの、その…これは…」
「阿武隈ちゃんの寝相の悪さに眠れなかったんだと思いますよ」
「………はい」
恥ずかしそうに俯いて小さく返事をする神通に思わず笑ってしまう提督。
「そうかそうか。痛すぎて眠れないほど、足の具合が悪かったのかと心配したよ。どうだ痛みは?」
「はい…少し痛む程度です…」
「ふむ…日常で常に痛むか。体のメンテをしつつ、やっぱり体を休めることが大事だな。後はしっかり鴉の行水みたいな風呂の入り方もしない。ちゃんと妖精さんが艦娘の疲れを取ってくれるように工夫してくれてるんだから。明石と秋津洲の言うことは絶対に聞くんだぞー」
「はい。わかりました」
「無理すんなって言って体壊した子がわかりましたって言ってもいまいちだよね」
「川内」
「はーい」
「秋津洲が呼んでたから行っておいで。明石が今神通の艤装のために修羅場ってるから、体のメンテ、心のメンテ、いろんなメンテを秋津洲がやってくれるってさ」
「ありがとうございます。では、秋津洲さんのところへ行ってきます。お部屋でしょうか?」
「工廠の一部が秋津洲のメンテルームだ。体に負担がかかりがちな扶桑や山城がよくお世話になっているようだな。ツヤッツヤになって出てくるらしいぞ」
「へー。あたしも行ってみようかな」
「元気すぎてやることなしって言われるのがオチだぞ」
「ちぇー」
物は試しだ、行っておいでと言うことで工廠へと今度は向かう。ああああああ!!!!!と言う明石だろう何かを失敗したのか悲鳴と言うか叫びと言うか…近寄らない方がよさそうである。すぐにぎゃあああ!!!!と言う悲鳴も聞こえた。
「いらっしゃいかもー!神通さん、やっと来てくれてうれしいかも!」
「ほぁあ…」
「姉さん、具合はどう?」
「ふぁあ…」
「聞こえてないか…でもしっかりほぐれてるようね」
満潮に足をほぐしてもらい、よだれを垂らしてだらしなく口を開け、目もトローンとして気持ちよさそう…なのだが女の子がしていい顔ではないと思った。
「体のメンテナンスは明石さんもできるけど秋津洲や満潮ちゃんのほうが効果があるかも。どちらかと言えば明石さんは艤装のメンテナンスのほうが得意だから」
「そうなのですね…」
「神通さん、昨夜はしっかりお風呂に入った?」
「はい。言われた通り、ゆっくりと温まりました。お湯に疲れが溶けだしていくようでした」
「それはよかったかも!しっかり海に出るなら心も体も休めるときは休めないとぜーんぶダメになっちゃうかも。神通さんはそんな状態だったかも」
「秋津洲さん。この私の足は…治るのでしょうか…?」
「秋津洲と満潮ちゃんがいる限り絶対治すかも!泥船に乗ったつもりでいるかも!」
「秋津洲さん、それじゃ沈むわよ。大船でしょ」
「そうともいうかも!」
「全然意味が違うわよ!!!」
あれ?と首をかしげているが、泥船と聞くと不安しかない。いや、まあ秋津洲と満潮の能力は凄まじい、他の鎮守府などにはない特別なもので、一度受けるとヤミツキになる、と確か扶桑が言っていたことを思いだした。
それにしても、体の内部のリズムを視るだけでなく、こういった艦娘専用のマッサージがあるなどとは…。井の中の蛙。鎮守府から外へめったに出ないだけに、知らないことだらけである。
ジャージに着替え、地べたに座る。床はカーペットなのでそう痛くはない。秋津州が腕を持って肩をグルグル回してみたり、足首をグニグニしている。
「神通さん、よくこれでずっとやってたかも。バッキバキかも…満潮ちゃん、ちょっとやってみて」
「なにこれ…足だけじゃなくて肩も回すたびにゴキゴキ聞こえるんだけど…」
「股関節を庇って腰もダメージがひどいかも」
「と言うか全身やばい感じね…これで動けている方が不思議でしょうがないんだけど」
「そ、そんなにひどいのですか…?」
「人間だったらたぶんそっこーで入院…と言うか動けないと思うかもぉ…」
そう言われると体の隅々まで重くだるい感覚がしてきた。自分の体はここまで悲鳴をあげていたのを無視していたのか…。
「神通さんの艤装に関してはさっきから明石さんが叫んでたりしてるけど、とりあえず少しずつできていいてるみたいよ。ふふん、私の朝潮姉さんと同じように神通さんのノートもまとめててよかったわ。鹿島さんのまとめも役立ってるみたいね」
そうして肩をほぐすために回しているとパキン!と言う小気味のいい音が鳴り満潮が「え!?」と大きな声をあげた。
「じ、神通さん!ご、ごめんなさい!外れたりとか折れたりとか!?」
「いえ…むしろ今ので少し肩が軽くなったような…」
「ええ…」
「神通さん、まずは体をほぐすためにストレッチするかもー」
………
「うぐ…うぐぐぐ…」
「神通さん、嘘でしょ…?」
座った状態で足を伸ばし、両手も伸ばし…体を前屈する…が、神通はまったくもって手がつま先に届かないどころかほぼ屈めていない。お年寄りもびっくりも固さであった。ちなみに秋津洲は見本を見せるかもとやってみせたらぺたーんとおでこがふとももにつき、足の裏を触れるくらい体が柔らかい。満潮も同じであった。
一方で神通はこれである。あまりの体の固さに秋津洲も満潮も唖然としていた。
「こうなるくらい、神通さんは体がボロボロなのかも…」
「これが神通さんの体の内から聞こえた鉄の錆びみたいな音、だったのね…」
「いだっ!いだだだだ!!!お、押さ、押さないでください!!」
「うん、押すたびに体からギシギシ変な音が聞こえるね」
「響!?」
「やあ、何だか面白そうだったから来てみたんだ。どこからともなくギシギシって変で嫌な音が聞こえたからね」
「ひび…き、さ…押すの…や、やめ…」
「おっと、すまない。しかし、ひどいものだね。これは明石さんにも診てもらったほうがいいんじゃないかい?」
「いぎっ!」
「そう言いながら押さないの!!!」
「ストレッチはこうして少しずつほぐしていくしかないと思うんだけど」
「人間とは違うのよ!?押して悪化したらどうするの!」
「ふむ。それもそうだね」
と、言いつつぐいぐいと押している。いっ、いっ、と神通も併せておかしな声をあげる。
「これだと提督が全部だめって言うのも無理はないかも…」
「…これ、柔らかくなるの?」
「もちろんかも!しっかり体をほぐしていくかも!いわゆる錆取りかも!」
「ハラショー。私も付き合おう。私もなぜか耳はいいからね。この音が消えたら合格と言うことで。しかしすごいね。嫌な音しか聞こえない」
「ひびき…さん…ぎあああああああ!!!!!」
強く押しすぎたせいか、神通が神通から出たとは思えない声で叫んだ。やめなさい!と満潮が響を止めるが、しばらく神通の叫びが明石の叫びと混ざって工廠に響き渡るのであった。
名取ママというワードを生み出したかった、それだけです。
さて、神通の体がみんなの想像以上の酷さでしたが、重く捉えずにコメディ調に書いてみました。深刻なはずですが、長良型は緊張感に欠けるほんわかした姉妹仲を書きたかった、と言うのもあります。
次回も同じく神通のメンテ編ですが、彼女の体と心はちゃんとリフレッシュできるのでしょうか?そして、明石の進捗やいかに?
次回をお待ちいただけますと嬉しいです。
それでは、また。