提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百六十九話

「神通さんはね、生まれつきの『才能』みたいなものがないんだよね。『女王』としての才能はもちろん、『二ノ名』を与えられる能力は何一つ持っていないんだよ。夕立ちゃんや北上さん、雪風ちゃんとは違う。

もちろん、大和さんや武蔵さんのような規格外の存在でもない。あれは『女王』の枠をはみ出した異端だからね」

 

工廠にやってきて、神通の艤装の進捗を尋ねに来た玲司に向かってビーカーコーヒーを飲みながら語る明石。今は兄が来たと言うことで作業を中断し、神通のことを語りだした。

 

「つまり、うちの神通も他の神通と変わらない能力しかない?でも、鎮守府中の気配を察知したり、あの川内が隠れているのを見抜いたりする心眼みたいなものを持ってるんだぞ?」

 

「確かにそれは備わったチカラなのかもしれない。けど、戦闘能力としては並の神通さんと変わらないんだ。今神通さんがどれだけ激しい鍛錬を積んだとしても、それ以上の能力の向上はない」

 

明石がバッサリ切り捨てる。非情ではあるが、明石はそうして能力を見ることができるため、神通の実力はもう頭打ちであると言う。これ以上は強くはなれない。

 

「今の神通さんはいくら激しい鍛錬をしたとしても、体をあの通り壊すだけの鍛錬でしかない」

 

「心眼や気配を探知できるとしても、そうだな…一度川内とやり合ったことがあったけど、秒殺判定だったもんな」

 

「そう。夕立ちゃん達が今神通さんについていけているのは夕立ちゃん達のほうが戦闘の『才能』が神通さんを上回りつつあるから。夕立ちゃんが真似をしても体が壊れにくいのは夕立ちゃんの体のつくりが他の夕立ちゃんの筋繊維と違って繊細だったりとか、野生の勘が鋭すぎるとか、戦闘に長けすぎているからなんだよね」

 

「朝潮も宿毛湾で普通のことをしていたら普通に壊れていたか…」

 

「普通の駆逐艦『朝潮』としてしか育たなかったかもね。まああのストップゴーの練習をし始めた時、鹿島さんは朝潮さんは他の朝潮さんとは違う、と私に相談してくれたんだ。で、ああ、あの子は『女王』の資格があり、それが眠っているだけだって思ったの」

 

「満潮の『調律者』としての能力の開花もあって、明石の協力もあって、朝潮は原初の艦娘、ジェネシス以来もう現れることはないだろうと思われていた『女王』として初めて目覚めた」

 

うんうん、と明石はうなずく。原初の艦娘が現れて10数年。第二世代と呼ばれ、ここにも「旋律の女王」秋津洲、女王に近い実力を持った戦艦レ級を命がけで追い払った鳳翔たちがいる通称ジェネシス。

 

彼女たちが現れたそこから、新たな『女王』や『宵闇』『ハヤブサ』などと呼ばれる『女王』には戦闘では一歩劣るがそれでも同じ艦娘とは群を抜いて実力が違う『二ノ名』持ちの艦娘。そんな艦娘は現れなかった。誰もが頭打ちになった際は同じ数値に近いどんぐりの背比べ程度の違いしかない艦娘ばかりだった。

 

計測はもうできないが、戦艦水鬼率いる1000を超える深海棲艦を撃退し、壊滅させたショートランドの艦娘達。彼女たちは「原初の艦娘」ほどではないが、間違いなくあの時だけは「ジェネシス」に近い、能力が抜きんでた艦娘達だったのだろうと思う。

 

そして多くの自衛隊時代からの提督が世代交代と称してやめてゆき、今新世代を担う若い提督達が着任している。その中で、特に抜きんでて明らかに他の艦娘とは違う能力を持った艦娘達が横須賀に現れた。

 

死線を潜り抜けたこともあるだろうがそうじゃない艦娘にしても、明石の目には『女王』や『二ノ名」を与えてもいいだろうと言う艦娘が多い。

 

まだ呼ばれてはいないが筆頭は翔鶴と瑞鶴。雪風、北上、夕立。

すでに彼女たちは他の同艦娘を凌駕する能力を持っている。翔鶴と瑞鶴は、『契の女王』明石がカスタマイズした艦載機を今や苦も無く自在に飛ばす。他の泊地や鎮守府の空母たちは何日、何年鍛錬をしても、明石の艦載機を操ることはできなかった。

 

踊るように攻撃を回避する雪風。さらにそこから攻撃まで繰り出し、敵を翻弄し、なおかつ的確にダメージを与える。最近、その舞のキレが増し、どういうことかと思ったら各能力値が大幅に増大し、改二になっていることが発覚した。

 

玲司が「雪風、ちょっと大人っぽくなったな。背もちょっと伸びたんじゃないか?」と言うと大喜びしていたが、艦娘が人間の子のように成長することはまずない。不思議に思っていたが、改二になったとなれば話は別だ。背が伸びたり大人っぽくなったりと様変わりすることがある。おそらく、現状唯一の雪風『改二』であろう。

 

夕立はもう駆逐艦「夕立」と言う枠からはみ出すぎだ。妹の島風と鬼ごっこをすると島風が徹底的に追い詰められる。どちらへ逃げるかの勘をピタリと当てるのもすごいが、それ以上に時々島風と同等のスピードで海上を駆けることもある。まあ、島風の速さは本気を出せば夕立には到底敵わない速度であり、すぐに追い抜かれてしまうのであるが。

 

島風は大体全力の半分くらいのスピードで鬼ごっこをする。普通の夕立は30%でもついてこれず、音をあげるのだが、ここの夕立は50%で追いつき、60%出してもまだついてこようとするくらいである。全身の筋肉が他の夕立と違うし、戦闘能力は駆逐艦でトップだろう。

 

北上。明石でさえ未知数な『雷の女王』たる木曾と同等。もしかすると木曾を超える才能を持っているんじゃないかと思うくらい数値がわからない。『女王』を超える存在。大和や武蔵ならまだしも、姉だからか?いや、そんなものでは測れない。生死を賭けた戦いの中で得た経験と、おそらくだが生まれ持っての才能?

 

明石はそれだけではないと思っている。『女王』の開花にせよ、横須賀の艦娘の能力にせよ、おそらくは艦娘だけでは平凡な艦娘でしかなかっただろう。北上だって数値が謎が多いが…間違いなく『彼』がいなければ平凡なちょっと能力が高い北上でしかなかったはずである。

 

 

三条玲司

 

 

彼がいるからこそ、様々な能力が開花しているのだろうと思っている。ショートランドの艦娘達も『彼』だったからこそ壊滅はしてしまったが、ありえないチカラを発揮して深海棲艦を全滅させたのだろうと思う。練度、チームワーク。あらゆる点で玲司の艦隊は圧倒的な深海棲艦を跳ねのけた。

 

そして彼がいる鎮守府にだけ『女王』と呼ばれる艦娘が誕生した。彼女も最初は平均的と言うか弱いレベルだった。それが今や夕立の次に攻撃力の高い、かつ特殊な水の刃を作り出し、敵を翻弄する『牙の女王』として君臨している。

この『牙の女王』のさらに上に立つ夕立もまた、もう『女王』への扉を開く寸前なのだろうと思う。

 

「女王は99%の努力と1%の才能。全ての艦娘が今までこの1%を埋められなかった。だから、神通さんは…」

 

「まだそうとは限らない。俺は神通が努力だけで、『女王』ってやつの扉を開くんじゃないかと思っている。神通は誰よりも努力している。だから、その努力を見ている『英霊』でもいい。神様でもいい。ふっといたずらで扉を開けるかもしれない」

 

「まっさかー!今までどれだけやっても無理だったのに?」

 

「けど、お前も見てるだろ?毎日明石がしっかりメンテしてるはずなのに、まるで西方海域にでも行ってきたかのような水上ブーツの破損、傷、すり減り。明石だって、何かを感じて艤装をいちから作ってるんじゃないのか?朝潮が履いているブーツ。この世にたった1つ。その艦娘にしか履けない。使えない艤装を。誰もが望んでも使えない『(つむぎ)の女王』が作り出した最高峰の艤装を」

 

「………そう、なのかも。私は兄さんのところに来ていろんな初めてのものを見た。深海棲艦になりかけた艦娘を救う。それどころか深海棲艦になった響ちゃんを艦娘の駆逐艦響として蘇らせた。『女王』が生まれた。伝説の大和さんや武蔵さんが現れた。蒼い眼を持つ艦娘。ありえないことが起きすぎているから。兄さんが、神通さんが『女王』になるって言うんなら、本当になるような気がする。ここはそんなところだから」

 

「そうか。俺は神通が『女王』になるって確信してるぜ。努力は決して自分を裏切らない。あれだけ努力をしてきたんだ。ま、無茶して体壊しちまったけど。きっと治った暁には…なるさ」

 

「うん。わかった。よーし!じゃあ兄さんともお話しできたし、元気出てきたからまた作るぞー!」

「無茶すんなよー」

 

メラメラと燃え上がるようなやる気を見せて明石は神通の艤装の作成に取り掛かるのであった。

 

 

「はぁ…はぁ…うう、ひ、膝の裏の筋が…」

 

「少しだけ柔らかくなったね。少しずつこうしていけばこれくらいは楽にできるようになるさ」

 

無理やりのストレッチで膝の裏をさすりながら、足をピーンと足を伸ばして腕で抱える響を見る神通。いわゆるアイ字バランスと言うやつである。さすがの秋津洲もここまではできない。神通がやったら間違いなく股が裂けそうであった。

 

「ちょっと響。そんな格好したらパンツが丸見えよ。司令官が突然来たらどうするのよ」

 

「ん?別に司令官はこんな布1枚で興奮するとも思えないんだけど。所詮はただの白い布だよ?」

 

「あんたには恥じらいってものがないわけ…?」

 

「満潮は司令官にパンツを見られると恥ずかしいのかい?」

「当たり前でしょう!?」

 

「ふーむ…よくわからないな。まあ、さすがにこの場で脱げと言われるとさすがに恥ずかしいな」

「え、そこまでいってはじめて恥ずかしいって思うかも?」

 

「ああ。司令官と一緒にお風呂に入って裸を見られた時はとても恥ずかしかったね」

「へ、へえ…」

 

「そうなのですね…」

 

 

         

………………………

 

 

 

「え?」

「は?」

 

「ん?」

 

「はあああああああああああ!!!???」

 

「何だい満潮、そんな大きな声をいきなり出したらびっくりするじゃないか」

 

「あ、あん…あんた…し、司令官と、おふ、おおおおおふ、お風呂!?」

「提督と一緒にお風呂に入ったかもぉ!?」

 

「ああ。髪や体を洗ってあげるのは親愛の証なんだろう?なら私の親愛の証を司令官にと思って」

「で、ででで、提督は!?」

 

「ありがとうと言って洗わせてくれたよ。今の言葉を言ったらじゃあ俺もと言って洗ってもくれたよ」

「はああああああああ!?」

 

「満潮、うるさい」

 

驚きの声をあげる満潮にフリーズする秋津洲。顔を真っ赤にして口をパクパクさせている神通。響の口から飛び出た言葉は3人にとてつもない衝撃を与えた。司令官(提督)とお風呂(かも)!?それは衝撃的すぎた。

 

「と、言うか提督もなんで響ちゃんと一緒にお風呂に入ってるのかも!?」

 

「司令官用のお風呂場でだよ。見計らっていったんだ。ああ、体にタオルはちゃんと巻いたよ。でも体を拭いてもらう時は結局はだかだったか。司令官は体を拭くのがうまいよ。あと、髪を乾かすのがとても上手だ。寝てしまったよ」

 

「そんなの聞いてないわよ!」

「ん?満潮もしたいのかい?だったら司令官に言うといいよ。文月や皐月、電も私が教えたらやってもらったらしいし、満潮もいけるんじゃないかい?」

 

「ぜっっっっっっっっったいにお断りよ!!!」

「裸くらい見られてもどうってことないだろう?五十鈴さんが読んでいるえっちな本のような行為をするわけでもなし」

 

「それは…そうだけど…」

「かもぉ…」

「そう、ですね…」

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

「ん?」

「かもおおおおおおおおおお!?」

 

「今度は秋津洲さんか…秋津洲さんの大声は耳に響く」

 

「ちょ、あんた五十鈴さんのえっちな本って…!?」

「男の人と女の人ががったい「いいわよ生々しく語らなくて!!!!」

 

「あ、あわ、あわわわわ…」

 

こっそり神通も興味があって読んだことがある、とは言えなかった。読んだその日は悶々として眠れなかった。五十鈴のえっちな本は割と過激だ。これを読んだ摩耶は卒倒したし、古鷹は左目が部屋が輝くくらいに光って興奮して読んでいたし、祥鳳はうわー!うわー!と言いながら読み、ちょ、ちょっとお手洗いへ…とどこかへ行ってしまうくらいである。

 

「満潮も読んだことは?」

「知らないわよ!あ、あんな…あんな、い、糸を引くくらいのキ、キキキキスを…」

 

「あるんだ。残念だけど、あれはもう鳥海さんに捨てられてしまったらしい。もう読めない」

「それはどうでもいいかもぉ…」

 

「ああ、まあそうだね。それよりも神通さんがさっき私がやったくらいにはできるくらい体を柔らかくしてみようじゃないか。ハラショー」

 

自由すぎて頭が痛くなってきた。朝潮の苦労がよくわかる。彼女は本当に自由すぎる。だがこれでも、艦隊では最近、神通の鍛錬についていけるくらいの体力は持っているし、何より改二と呼べるであろう「Верный(ヴェールヌイ)」と呼ばれる姿になれる。ただ、響自体はヴェールヌイと言う呼ばれ方を嫌うため、響とヴェールヌイの姿になっても呼ばれている。

 

「いや、まあ、ヴェールヌイよりは響のほうが呼びやすいだろう?略してぬいと呼べば不知火とかぶってしまうからね。ぬいぬい」

 

……

 

「はあ…ドッと疲れた…」

「おや、じゃあ柔軟はこれまでかい?」

 

「まだ終わりじゃないけど…あんたのせいで疲れたわ」

「それほどでも」

 

「褒めてない!」

「しかし、どうすれば神通さんは体が柔らかくなるのかな、秋津洲さん」

 

「人の話を聞きなさいよ!」

 

フリーダム響。誰が呼んだかそう呼ばれているくらい、自由である。満潮の話は微塵も聞かずに神通のふくらはぎを揉んでいる。痛むのか、ぐっ!とつらそうな声をあげる。

 

「痛む?」

「え、ええ…電気が走ったかのような痛みが…」

 

「じゃあこれなら?」

「うふ、うふふふ!くすぐった!あははははは!!!や、やめ!あはははははははは!」

 

「ハラショー新たな発見だ。神通さんが笑った」

「遊んでる場合じゃないかも!」

 

笑い転げる神通。痛いのとくすぐったいのでもうめちゃくちゃである。

 

「神通さんが転がるたび痛そうな音が聞こえるね。ミシミシとね。これは筋肉かな?」

「あんたはどうして神通さんの体の中の音が聞こえるわけ?」

 

「それは…」

「それは…?」

「何かも?」

 

「…………何だっけ?」

 

ずっこける満潮と秋津洲。苦笑いを浮かべる神通。これこそがフリーダム響である。

 

「ああ、耳がいいのはたぶん、私が深海棲艦だったときに電の声を聞き分けて駆けつけるために聴力が発達したみたいだったね。1つも役に立たなかった気がするけど。まあ聞こうと思うから聴こえるだけで普段はここまで聞こえない。でも神通さんの音は聞こえすぎる。体が悲鳴をあげているよ」

 

ちなみに今の悲鳴に近い声を聞いていたら失神していただろうね、とお茶を飲みながら言っている。

 

「で、神通さんはすごい人なわけだし、私としては不死鳥のように復活してほしいかな。秋津州さん、満潮、復帰はできそうなのかい?」

 

「それがわからないから苦労してるのよ…」

「神通さんは今はとにかく柔軟をしながら体を休めるのが一番かも。とにかくいろんな疲れが神通さんを苦しめて体を壊しているかも…」

 

「そうか。じゃあ私も神通さんのお手伝いを手伝うことにしようかな。電も呼ぼうか?」

 

「神通さんの背骨が折れるか2つに折りたたまれそうだからやめて」

 

「残念だ。電もいればきっと楽しいと思ったんだけど」

「楽しいとかそういう話で神通さんを巻き込まないでくれる?」

 

「ふむ、明石さんにも聞いてみようかな」

「人の話を聞きなさいよ!!!」

 

「じゃあ私はこれで。ダスビダーニャ」

 

……かき回すだけかき回して出ていった。満潮が大きなため息をついた…。姉はよくあれを大切なお友達と言って付き合っているな…ああ、姉が怒っている時の方が相変わらず多いか…。

 

「さ、さあ、神通さん。今日はゆっくり体を休めてほぐしていくかも」

「はい…あれ?」

 

響が押した時は悲鳴をあげるほどの角度の柔軟も、なぜか神通は今はそこまで曲げたとしても痛みは消えていた。いけるかも、ともう少し角度を倒すとビキッと痛みが走り、もんどりうつのであった。

 

「神通さん、無理したらダメよ…」

「うぐぐ…」

 

神通の体はまだまださっぱり治ってはいないのではあったが、多少?マシになったとは言える。

 

………

 

「さてどうしたもんかな。神通の体は今どうなってるのやら…」

「身包み剥いで全部しっかり見てみる?私は構わずなあいったぁ!!!」

 

玲司の強烈なデコピンが炸裂した。

 

「アホウ!それができりゃ苦労しねえ!相手は女の子だぞ!」

「し、島風ちゃんは別にいいんだ…あと、響ちゃんとか…」

 

「は、は?な、何のことかな…島風はともかくなんで響が?」

「響ちゃんが自慢してたよ。司令官と親睦を深める儀式をしたって。何それって聞いたら、髪を洗いあいっこして、体も洗いっこしたってね」

 

…それで電が入浴中に響ちゃんだけずるいのです!と突っ込んできたのか…そのあと文月や皐月、霰までやってきてえらい目にあった。響には内緒にしててくれ、とは言わなかったのもまずかったか…。

 

「まあ兄さんのことだから、島風ちゃんと同じで、小さな妹の面倒見てるような気分でやってるんだろうけど。夕立ちゃんが突撃しようとしてたから全力で止めるのに苦労したって、時雨ちゃんと村雨ちゃんがぼやいてたよ」

 

夕立なんかが来た日には間違いなくまずい。憲兵案件だろう。

 

「いや、響ちゃんたちでもアウトだと思うけど?」

「心を読むんじゃねえやまったく」

 

玲司は亡くなった妹の面倒を見るのが好きで、頭を洗ってあげたり体を洗ってあげたり、ご飯に寝かしつけまでやっていた良いお兄ちゃんだった。だから妹はべったりであり、玲司はそれを困りもせずに受け入れていた。死んだ妹の代わりではないが、妹のように島風と一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たりしていた。だから島風はお兄ちゃんっ子になり、横須賀に来てからもべったりである。

 

みんながいる手前、お風呂に一緒に入るなどは我慢はしているが、寝たり、髪を梳いてあげたりはしている。根負けしてお風呂に入ったこともある。

 

「響は俺のことをあまり信用していなかったと思ってたんだけどなぁ」

「心は移り変わりゆくものだよ、兄さん。あー、いいなぁ。私も兄さんとお風呂入りたいなぁ」

 

「ダメです」

「翔鶴さんとは?」

 

「う、うるせえ!」

「イヒヒヒ、いいネタを持ったよ、イヒヒヒ」

 

「失礼するよ」

 

噂をすれば何とやら、響がやってきた。響はスタスタと歩いてきては当たり前のように玲司の膝の上に座った。

 

「いきなりだな」

「ダメだったかい?」

 

「いや、いいんだが…」

「そういいながら頭を撫でてるのってもうクセと言うか…シスコンだよね…」

 

「くう、雪乃の時のクセが染み付いている…」

「雪乃?」

 

「俺の妹さ。もう死んじゃったけど」

「……ごめん」

 

「いいさ。気にしてない。妹が大きくなってたらこんな感じなのかな?しかしうん、落ち着く」

「はふ…司令官は頭を撫でるのがうまいね。とても落ち着く」

 

う、羨ましい…龍驤が見たら嫉妬に狂うだろう。私だってあんな風にゆっくり頭を撫でてほしいな…いやいや、恥ずかしくてできない。

 

「で、響は何しにここへ?」

「司令官の声が聞こえたからね。神通さんのところにいたんだけど」

 

「うそ?ここは完全防音だよ?作業の音がうるさくないように防音材をふんだんに使ってるから、これくらいの話し声は絶対に聞こえないはずなんだよ。ドアが開いてた?」

 

「いいや?完全に閉まっていたよ。何となく司令官に会いたくなって耳を澄まして司令官を探してみたんだ。近くにいてくれてこっちも探す手間が省けたよ」

 

……完全防音の場所にいた玲司の声を聞いた?信じられない話だが、実際に響はやってきた。聴力が異常発達している。しかも、聞こうとした時にしかその聴力を発揮しない。そんなチカラを持っているのか。

 

名取の話では、的確に敵が海を走る音を聞き分けて方角を知らせるのだと言う。そのほか、雷撃の僅かな音。潜水艦の息遣い。そう言うものを聞き分けると言う。ただし、戦闘中にこれを使うと砲撃音で頭の中を思い切り殴られたようになるくらいになってしまうので使えないと言う。戦闘中にでも使えるようになれば、遠くから狙っている戦艦や空母まで聞き分けられるのにな、と漏らしていたらしい。

あとは、波の僅かな変動を感知し、敵を察知したりと感覚が鋭いらしい。

 

響は深海棲艦から艦娘に戻ったと言う異色の存在であるためか、謎が多い。ただ、普段はこのようにふわふわフラフラ…猫のような子である。

 

「ああ、司令官。神通さんだけど、体の内側からミシミシギシギシ言っていたよ。そこを少しほぐしてみたら音がマシになったと思う。あと、腕や足が棒のようの固かった」

 

「限界まで酷使した結果、疲れが溜まりに溜まって石のように固まったのかもなぁ。神通を心配していろいろ見てくれたのか。ありがとうな」

 

「神通さんはすごい人だからね。私はあんな努力は真似ができない。だから、不死鳥のように蘇ってほしいんだ。神通さんは1からやり直しだった私にいろいろと教えてくれたし、あれをみていると私もがんばらないとな、と思うよ」

 

「その結果としてヴェールヌイになれたんだな」

「その名はどうも好かない。私は響。不死鳥の響だ。響改二、と呼ばれたらよかったのにね」

 

「まあ結局俺も響って呼んでるしな」

「そのほうが嬉しい、ハラショー。だからもっと頭を撫でるべきだね」

 

はいはいと頭を撫でると目を細めてじっとしている。本当に猫のようだ。

 

「司令官、明石さん。神通さんを治してあげてほしい。ちゃんとブロッコリーも食べるし戦闘も頑張る。だから、お願いだよ。私は神通さんのおかげで海を走れるようになったし、朝潮とも競走したりできて…お友達ができたんだ。お願いだよ…」

 

「俺が任せろ、と言っても難しいけど、今神通を治すために秋津洲や満潮が頑張っているわけだし、明石も神通専用の艤装を作ってる。神通はまたちゃんと、海を走れるようにしてみせるよ」

 

「本当かい?」

「この私、明石にまっかせなさーい!秋津洲さんたちとも連携を取って、ちゃんと走れるようにするよ!今の響ちゃんの神通さんの具合もいいヒントになったよ!ちょっと艤装は置いといて、まずは神通さんの体のメンテをきっちりしてからかなぁ」

 

そういうと薬品棚を開けていろいろと茶色い瓶を取り出してにらめっこしていた。彼女は艤装の知識は誰にも負けないが、艦娘に関する薬物に関しても詳しい。人間より詳しい。「契の女王」は艦娘のあらゆるものに詳しいのだ。

 

「おいおい、変な薬じゃないだろうな?」

「しっつれいな!私はマッドサイエンティストじゃないんだよ!?」

 

「わ、悪い悪い…」

「ほんとにもう!」

 

ぷんすかする明石をなだめる玲司。いろんな薬を調合し、何かを作っている。

 

「これは筋肉の固まった血液をサラサラにする薬。使いすぎて筋肉が疲れ果てて凝り固まりすぎてるんだよ。特に足。だから、少しずつ汚れとかを溶かして綺麗な血を流してあげないとね。あ、人間に打つと身体中の穴という穴から血が噴き出るくらいの強烈なやつだよ」

 

「さらっと怖いこと言うな」

 

さて、というと工廠を出ようとする。なぞの透明な液体の入った注射器を嬉しそうに持って。

 

「神通にもう打つのか?」

「早い方がいいよ。神通さんはまだ間に合う。まだ復帰できる」

 

「そうか。明石がそういうなら信じる」

「ハラショー」

 

響を抱き抱えながら玲司も明石に続く。側から見れば親子?兄妹?よくわからないが…。

 

………

 

「神通さーん!」

 

秋津洲の部屋に明石がやってきた。神通は両足を秋津洲と満潮にほぐしてもらっている最中だった。だが、少し顔が苦痛に歪んでいる。

 

「あらら、やっぱり重症だねぇ。岩を揉んでる気分じゃないですか?」

「言われてみるとたしかにそんな感じね…ゴツゴツの石を揉んでる気分」

 

「もんでももんでも柔らかくならないかも。ふくらはぎ、ふともも、どこもカチカチかも」

 

「あーやっぱりね。限界を超えた鍛錬であちこちの筋肉が固まりすぎてるのよね。揉んでほぐすのはもう無理かな」

「で、では…やっぱり私はもう…」

 

「諦めるのが早いんだって。神通はひたむきに鍛錬して戦いには自信を持っているのに、こういう事になると小心者だもんな」

 

あっはっは、と神通の頭を撫でる。あうあうと言いながら撫でられて顔が真っ赤だ。玲司は誰彼構わず頭を撫でるが、それを拒否する者は横須賀にはいない。武蔵でさえもっと撫でろと言うし、紫亜も満面の笑みで喜ぶ。この間は茉莉が手を離したら捨てられた子犬のような顔でもっと撫でてほしそうな顔で玲司を見つめていたくらいである。

 

「さて神通さん。今から神通さんに毎日お注射を打つことが決定しました」

「注射…?」

 

「そ。今の神通さんの筋肉は疲労の限界を超えてすぎていますからね。筋肉というか、体全体が今までの積み重なった疲労が大爆発しちゃったわけです。普通にドックに入ったりするだけではもう無理でしょうね。ドックに入って、そのあと大浴場や露天風呂にゆっくり入って足や手を揉んでほぐしてくださいね、と私は結構口すっぱく言っていたはずですけど」

 

にっこぉ…と明石が不気味な笑みを注射器を持ちながら神通にせまる。重い体で明石が近寄るごとに後ろへズリズリと下がる。嫌な予感しかしない。

 

「名取さんや古鷹さん、雪風ちゃんたちから聞きましたよぉ?ほぐしもせずにさっと上がっちゃっていたようですねぇ…」

 

「す、すみません…こ、今度からは必ずしますから…」

 

「今の状況ではもう時すでに遅しですねー。あれほど何ヶ月も前から言っていたのに…あー、ちゃんと付き合わなかった私にも責任がありますかねぇ」

 

「あ、あの、わ、私に…何を…」

「大丈夫ですよ。ちょっとチクッとするだけです。神通さんのドロドロの疲れをサラサラにして疲れを取るお薬ですよ」

 

「ひ、ヒィッ!?」

「ん?神通さんは注射が嫌いなのかい?」

 

「あ、あう…あう、あ、あの、お薬を飲むとか…方法はないのですか…」

「ありませーん。神通さん、ミニスカートですから注射を打ちやすいですねー」

 

「ひ、ひいい!!や、やめてください!ふぁあ!?ひ、響さん!?」

「何、ちょっとちくっとするだけだよ。怖くない怖くない」

 

響がいつのまにか足を押さえて明石の手伝いをする。神通は思うように足が動かないし、動けない。満潮と秋津洲も神通の腕を押さえたり、体に抱きついて動けなくした。

 

「みなさん!?や、やだぁ!おちゅうしゃやだあ!」

「お、おい、あんま無理矢理は…」

 

「無理矢理にしないと治んないの!これから毎日1回!射ちますからね!」

「あ、あかしさんごめんなさい!!明石さん!明石さん!!!」

 

「ハラショー。さ、明石さん、思い切りプスっと」

「あいあいさー」

 

なぜかはわからないが注射に必死に拒否反応を示す神通。ふとももの人間で言う大動脈のところにプスリと刺した。

 

「ひぎっ!?」

 

妙な声を出して神通は硬直した。

 

「針が入りにくーい。カッチカチ…もう、ここまで放っておくなんてなぁ…」

「…………」

 

「神通さん、偉いね。ちゃんと我慢できているじゃないか。私も艦娘に戻ってまもない頃はよく注射をされたけど、気にならなかった。大丈夫大丈夫。すぐだよすぐ」

 

「…………」

 

「はーい終わりましたよー。明日も打ちますから…あれ?」

 

「気を失ってるかも…」

「じ、神通さん、注射嫌いだったんだ…」

 

「あちゃー、さっき毎日打ちますよってのも聞こえてないかなぁ、明日も打つけど、大丈夫かな」

「ま、まあ、大丈夫じゃないか…?」

 

ちーん…と言う言葉が似合うような白目を剥いて気絶している神通。彼女の復帰までの道のりは…遠そうである。




神通が深刻な状況なのになぜか響のすごい爆弾発言が出たり、いろいろと真剣な話にならないお話でした。

雪風改二につきましては南方海域でお披露目できるかと思います。
神通は本来気が小さく、注射については読んだ本で毒を打たれた、体が子供になる薬を打たれたなどなど、いい思いで見ていなかったため、自分もどうなるかわからないから注射が子供がえりするくらい苦手でした。

さて、次回も神通の問題は続きますが『傍観者』たちの雑談回を予定しております。

それでは、また。
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