提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百七十話

(また、新たな『女王』…いいえ、特異点が産まれようとしている。これなら…間違いで生み出されたアレに太刀打ちできるかもしれないわね…)

 

たくさんのクレヨンやスケッチブック。そのスケッチブックに描かれた絵は子供が描いたであろう司令官、紫の服を着た女性、大きな女性。皆笑顔で描かれており、そしてその真ん中には小さな女の子が満面の笑顔でバンザイをしているような絵だった。

 

彼女、霞…いや、霞の魂のかけらだけが残っていた体に入り込んだ『傍観者』(レイ)は霞が描いた絵を見て、特にそれに関して思うところはなく、新たに誕生しようとしている『女王』神通のことを思っていた。

いや、別に感慨がないわけではない。ここに来てからの霞は幸せそうであり、ここに来て早数ヶ月、安定している。朝と昼は霞の時間。夜、おやすみなさいと霞が横になって数分、霞が眠りについた後、むくりと目を覚まし、零の時間が訪れるわけである。霞が妙高や大和たちと一緒に寝ることが多いのでなかなか表に出ることはできない。だから今回は心の内から霞を半ば操るかのように紫亜の部屋にやってきて、眠ることにしたのだ。

 

「あら、もうお目覚めだったのね」

 

霞の絵を眺めているとこの部屋の主、紫亜。零の数少ない話せる友人がお菓子を持って戻ってきた。

 

「茉莉さんはもう眠ったの?」

「ええ。あの子、朝食のことがあるから眠るのが早いのよ」

 

そう言うとお茶を淹れだす。もう冷たい麦茶ではなく、司令官…玲司に買ってもらったケトルでお湯を沸かして温かいお茶を淹れる。夜は海が近いからか少し冷える。秋も深まってきたものだ、と思う。

紫亜の機嫌はどこかいい。花火大会のあの日から1ヶ月以上、もう2ヶ月くらいは経っている。久しぶりに話ができるからだろうか。

 

「久しぶりに貴女とお話ができてうれしいのよ」

 

紫亜は心を読んだかのようにそう言った。

 

「お互い、貴女が言うには『傍観者』をやめた『傍観者』だものね」

「……そうね」

 

『傍観者』…艦娘の味方でもなく、深海棲艦の味方でもなく。ただただどちらのやり取りを眺め、その結末を見届ける者。艦娘にも深海棲艦にも不干渉。これが絶対のルール。理であった。戦艦棲姫「紫亜」は産まれた時から争いを嫌い、傍観に回った。いや、少しは艦娘と戦ったこともあるし、何より「戦艦レ級」とも戦ったことがあるため、傍観者とは言いにくいが…

 

一方で零は完全に傍観者()()()()。そう、あったのだ。だが彼女は玲司や横須賀の艦娘の優しさに触れ、情が移り、彼らの側へ回った。大和や武蔵を理を破って建造させた。しかし、彼女らをもってしても理解できないものがこの鎮守府の艦娘にはあった。

 

蒼い眼と呼ばれる現象である。こればかりは横須賀の艦娘の一部にしか発現せず、発現した際には一時的ではあるが『女王』や『二ノ名」』と呼ばれる者たちに匹敵するチカラを発揮する。このチカラに関しては『契の女王』明石、『旋律の女王』秋津洲。『観測者』満潮。彼女らでさえ一切わからないことである。

 

最初に発現したのは響を深海棲艦から艦娘へ戻したと言うこれまたあり得ないことを成した駆逐艦、電であった。深海棲艦の「flagship改」のような暗い青ではない。電の蒼い眼を見た摩耶や北上はそれとは違う、もっと温かみのある蒼だったと言う。

 

何となく、今日はそれについて話をしたいなと思っていたところであった。

 

「紫亜は見たことあるの?その、蒼い眼」

「わたしもないのよね…あの子達の話には聞いているのだけれど…。」

 

「貴女が深海棲艦の血を彼に入れた。そして、そんな彼のもとに集まった艦娘だけが発現した。これも全て…あの『暴君』を倒すため。そして、深海棲艦に対する牽制になる唯一のチカラ…」

「あの子に…玲司君にはとても重荷を背負わせてしまったんじゃないか…そう思うわ」

 

「けれど彼がいなければ出した艦娘は全てアレにやられ、人も街も…深海棲艦も全てを破壊するわ。彼と、彼女たち。深海棲艦と海が誤って作り出した最悪の深海棲艦。そして、それに呼応してか強力な深海棲艦が何体も生まれている。放っておけば深海棲艦が勝つ世界になる」

 

「深海棲艦が勝った世界はどうなるのでしょうね?」

「おそらく憎しみと怒りの吐き出しどころがなくなり、お互いに殺し合うか。深海棲艦が新たな世界の主になる世界。全てが生まれ変わるでしょう。ただし、アレが生き残る未来しか見えない。アレは全てを破壊しつくすでしょう」

「世界の道理から外れたモノしか残らない世界は何もかもが滅ぶしかないのよ」

「…だからこそ抑止力として」

 

「『女王』を始め、彼と彼女たちがいる」

 

玲司。深海棲艦の血と人の血が混ざった異端。そしてその下に集った大和、武蔵と言う「異端」と蒼い眼を発現する「異端」を持つ艦娘達。そして、『女王』、『二ノ名』の艦娘。横須賀にはそんな艦娘が集まりすぎている。

 

ここに集まりすぎて艦娘側の均衡が崩れているのではないかと紫亜と零も危惧したが、彼女らは人と共存し、笑い、毎日を戦いを繰り返しながらも幸せそうに生きている。玲司もそんな艦娘を従えながらも有頂天にもならず、驕ることもなく、日々駆逐艦と遊んだり、摩耶や妙高たちに怒られては小さくなったりと忙しいが楽しそうな毎日を送っている。

 

「私…と言うか霞も…幸せそうだから」

「貴女は?」

 

「私?私は…ふふ、どうなのかしらね。霞が幸せなら幸せなんでしょう」

「何それ?貴女の意見を聞いているのに」

 

「ふふふ、ごめんなさい。私にもわからないのよ」

 

彼女は『傍観者』であるが故、幸か不幸かと言う感情はわからない。一応人間や艦娘のように感情は与えられているが、幸福や不幸などはわからないのである。うっすらと残る霞の記憶で、何となく不快な気分になる程度である。

 

「そう…」

「そう言う紫亜、貴女は?」

 

「わたし?わたしは幸せよ…港湾棲姫…茉莉と共に生活もできて、誰もわたしを敵として見ず、姉や友人のように接してくれる…わたしにはそういう幸せと思う気持ちはあるのね」

 

そう言うと紫亜は笑った。彼女の笑顔は美しい。自分の作り笑いとは違う…。私もいずれはこんな笑顔ができるだろうか?

 

「いずれできるわよ」

「あなた、私の心が読めるのかしら?」

 

「さあ?」

「何よそれ…」

 

クスクスと2人で笑い合った。深夜の2人の談義は続く。そこに新たな「異端」が加わるとは2人とも思っても見なかったようだが。

 

………

 

私は響だ。そう、暁型…特Ⅲ型の2番艦の響。私は私であって誰でもない。けど、私は一度海に沈み、深海棲艦なった響だ。電の不思議な蒼い涙の光によって、深海棲艦から艦娘に戻った。後にも先にもそんな艦娘は私しかいないだろうし、そんなことが他の人間たちに知られれば、おそらくタダでは済まない。

 

たぶん、司令官や霞のようなひどい目にあうことだろう。司令官のことはとにかくしつこく聞いて過去を聞いた。恐ろしい話だった。怖くて何日かあまり眠れないくらいのことをされていた。けど、司令官は笑って私の頭を撫でてくれたり、電に「肩車をするのです!!」とワガママを言われても嬉しそうに受け入れている。

それは私達艦娘のおかげだと司令官は言う。最初は前の司令官のように信用できないでいたが、今は…とても信頼している。短い時間ではあるが、電もとても懐いているし他の艦娘も司令官を信用している。

 

何より、私は新たな改二ともいえるべき存在「ヴェールヌイ」になったが、司令官は私を響と呼ぶ。私はヴェールヌイと呼ばれるのは好きじゃない。電との繋がりが失われるような気がして。みんなも響と呼んでくれるし、私はここが好きだ。

 

深海棲艦の時から耳。明石さんが言うには聴覚が鋭い、良すぎると言われているが、これが私には不快だった。他の艦娘にはない特別なチカラと言うか、深海棲艦の時のチカラをそのまま持っているから、これがいつしか私を深海棲艦に戻してしまうのではないかと言う不安感が残った。

 

明石さんはそんなことはないよと笑っていたが、私は笑える問題ではない。本当に深海棲艦にいきなり戻ってしまうことはないのか?その確たる証拠が求めていた。

 

「………ぼう…しゃ」

 

まただ。静かな夜は特にひどい。どこからともなく声が聞こえる。この声は紫亜さんだろう。

 

「………あるの?……蒼い眼」

 

………?誰だ?この声は誰だ?誰かの声に似ているが知らない声だ。私はこの声を知らない。蒼い眼?電のことだろうか?紫亜さんは誰と話してるんだろう?それを確かめるため、隣でスゥスゥと寝息を立て、起きそうもない電を起こさないように静かに声のする方へと足を運んだ。

 

声を追いかけると紫亜さんの部屋のようだった。

 

『いずれできるわよ』

『あなた、私の心が読めるのかしら?』

 

『さあ?』

『何よそれ…』

 

やっぱり誰かと話をしている。1人は幼い声…いや、聞き違えるはずがない。この声は霞のはず。いや、霞がこんな紫亜さんのような喋り方をするはずが…。

 

そう思っているとガチャリとドアが開いた。思わずビクッと驚いてしまった。感付かれてしまった…。

 

「誰かの気配がすると思ったら…響ちゃんだったのね」

「ほわぁ、ひびきちゃん?」

 

「………」

「ここでは何だからどうぞ。お茶でも飲んでいく?」

 

「スパシーバ。感謝するよ」

「ひびきちゃんもしあおねえちゃんといっしょにねんねしたくなったの?」

 

「ん、まあ眠れなかったからね」

「そうなんだ。かすみはね、きょうやくそくしていたの!」

 

「そうか。ところで、もう1人誰かいたと思ったんだけど」

「ふぇ?いないよ?かすみとしあおねえちゃんだけだよ?」

 

「いや、確実にいるね。霞、君の中から声が聞こえるんだ。ここ最近は特に耳がいいせいなのか…聞こえるんだ。霞、君は…本当に霞かい?」

 

「かすみはかすみだもん!ひびきちゃん、どうして?かすみが…きらい?」

 

「嫌いじゃない。けど、霞の中から何かが聞こえる。さっきの声も間違いなく霞だった。大人びた声でしゃべっていた…霞…君は…誰だい?」

 

「………」

 

驚いた顔をしていた。もはや…隠しようがないか…と諦めたような顔だった。

 

「…かすみは…かすみだもん」

「『特異点』…そう話していた霞の声は、何?」

 

「……!」

 

必死に隠そうとしている姿にムッとなって聞いてみた。

 

「もうそれ以上隠すのは無理ね」

「…そうね」

 

紫亜の言葉に小さくため息を吐いてあきらめた様子だった。

 

「もう一度聞くよ。君は、霞かい?」

「いいえ。私は霞の体を借りているだけよ。こうしてたまに姿を現しては紫亜とお話をしているの。名はゼロと書いてレイと読むわ」

 

「霞と字が似ているね」

「真似てみただけよ。霞という名の雨冠は好きよ。だから私も『零』にしたのよ。艦娘と深海棲艦の成り行きを見るだけの存在…だった者よ」

 

「だった?」

「手を加えてしまったからね。深海棲艦の方が不利になるように」

 

「驚いたな。零は神様か何かかい?」

「そこまででもないわ。ただ、私は世界が誤って生み出したモノを滅ぼすために手を加えたの」

 

「ふむ、なるほど。わからない」

「難しい話でしょう?クスクス」

 

馬鹿にしているわけではないのだろうけどちょっとムッとするとごめんなさいね。と零と言う子は笑った。

 

「霞はどうしているんだい?君が霞のフリをしているだけなのかい?」

 

「いいえ。霞は今ここで眠っているわ」

 

そういうと左胸に手を当てている。つまり、心の中、と言うことか。

 

「霞はね。魂のカケラしか今この体に残っていないのよ。だから、あのように子供のような知性と知力しか持ち合わせていない。そして、カケラはカケラのままだと消滅してしまう。だから、私が入り込んで霞の魂のカケラを消滅させまいと存在しているのよ。私は霞の魂が本当に消えてしまうと私自身もつなぎとめるのが難しい」

 

「零も消えてしまうってこと?」

 

「そう。そうなるとこの体は本当に空っぽになってしまう。空っぽになったなら、この子はすぐさま深海棲艦となるでしょう。今になって、深海棲艦になったこの子を撃てる?」

 

「……できるわけがない」

 

「残酷かもしれないけれど、私がいることで霞は存在できる。ただ、さっきも言ったように、知能の知性も子供のまま一生を過ごすとても残酷なことをしてしまっている」

 

「けど、ここの霞はあの霞なんだ。戦闘にも出れないし、口の周りをいつも拭いてあげないといけなかったりするけど、私達の知る横須賀にいる霞はあの霞なんだ。だから、いなくなると寂しい」

 

「……そう。大切にしてあげてね」

「零とは髪の洗いっこや体の洗いっこはできそうにないね。残念だ」

 

「ああ、皆が言っている友好の証ね。霞がしてもらっているからそれでいいのよ」

「私は零としたいな」

 

「………機会があればいずれね」

「ハラショー、楽しみにしているよ」

 

両手を上に伸ばして喜びを表す。どうにも感情を表に出すのが苦手なので態度で表現している。クスクスと紫亜さんが笑っている。

 

「響は意外と感情豊かよね」

「そうかな。私はそうでもないと思うけど」

 

「いいえ、体全体で喜びを表現したり、ちょっと膨れてみたりかわいいところが多いわよ」

「…スパシーバ。でもちょっと…恥ずかしいな」

 

そう言うとまたクスクスと紫亜さんが笑う。紫亜さんは優しいお姉さんだ。紫亜さんにくっつくと、頭を撫でられた。

 

「ふふ、本当にかわいいわね。それにしても、私の内の声を聞くだなんて…さすがね」

「さすが『特異点』と言いたいのかい?それは少し…」

 

「『特異点』と呼んでいるけれどそのチカラは貴女にとっても、それから仲間や司令官にとっても有利なものなのよ。この鎮守府は『特異点』が多すぎるもの」

 

「例えば?」

 

「あなたでしょう?朝潮さんもそうね。それから、北上さん。雪風さん…それに司令官」

 

「司令官まで?」

 

「ええ。それとあなたの妹の電さんもね」

 

「電も…か」

 

「彼女の蒼い眼。それは他の艦娘にはないものよ。そして、()()()()()()()()()()()()()貴女は特異の中でも際立っている。本来ならほぼありえないことですもの」

 

………

 

深海棲艦が艦娘に戻ると言う現象は極めて珍しいものである。ブイン沖に現れた深海日棲姫と言う深海棲艦の進撃を食い止めるために動いた大湊の一宮提督がこれを見事討ち取った。深海日棲姫が沈んだのち、彼女は光の塊に包み込まれ、水上機母艦「日進」となり、一宮提督のもとで生活をしている。しかし、どう考えても響はそれとは別の深海棲艦から艦娘への戻り方をしている。

 

電が蒼い眼の時にこぼした蒼い涙。これが強烈に光だし、響は駆逐艦「響」として復活した。ここで問題になるのは一度沈んだ艦娘はどうやっても艦娘には戻らない、と言うこれまでの流れがあった。深海日棲姫は誰かが沈めた艦娘ではない。しかし怨念の集合体であり、深海棲艦から艦娘へと至る過程はこれもわかってはいない。

 

最初から深海棲艦だった者が艦娘に戻る。艦娘が沈んで深海棲艦になり、艦娘へと再び戻る。後者の方に関しては記録が一切なく、しかも玲司が海域から響の魂をドロップし、それが顕現したものである、と言うことで片付けているため、これは横須賀鎮守府の面々しか知らないことであり、余計に資料がなく、調べる術がない。

 

「そうなんだね。けど、私はもう深海棲艦にはならないかな。いや、なりたくないね」

「今の環境ならなることもないわね」

 

「ハラショー」

「貴女も司令官と同じ。深海棲艦と艦娘の因子が混ざりあった存在。本来ならばありえない存在。まあ、お互いに表裏一体なのだけれど…」

 

「零の言うことは難しいね。私にはさっぱりわからない。ただ、私が特別な存在、そういうことでいいのかな」

 

「そうでもないのよ」

 

「ますますわからないね」

「貴女は貴女。駆逐艦『響』であることに変わりはない。『女王』としての資格は持っていると思うけど」

 

「女王?朝潮のようにかい?」

 

「ええ」

 

零は短くそう返した。女王。朝潮が見せる走ること、止まることに関して駆逐艦の中では群を抜いている。『牙の女王』と明石が呼んでいたことも覚えている。親友がそんなすごい存在になったこと、単純にすごいと思った。そんなすごい存在に…私も…?と思うと期待が高まった。

 

「響。資格があるだけであって目覚めないかもしれない。それだけは覚えておいてね」

「普通の響として終わるかもしれないと言うことか。それは残念だね」

 

「ヴェールヌイには至れた。これは駆逐艦『響』としては普通のこと。ヴェールヌイを超える『女王』としてのさらなる能力を秘めているのが横須賀鎮守府の響」

 

「ヴェールヌイと言う名前は好かない。みんなは私を大規模改装が終わった後も響と呼んでくれる。司令官も響と呼んでくれる。それが嬉しい。ヴェールヌイと言う名は電との繋がりが消えてしまいそうで嫌だ」

 

「響と電は強い絆で結ばれているわ。だから、響がヴェールヌイになろうとも電との絆は切れないわ。でも、何であれわたしは響と言う名の方がしっくりくるから」

 

「…スパシーバ。これからも響と呼んでほしい。零、私は『女王』になれるのかい?」

「それは貴女が仲間を思う強さ、絆次第かしらね。けど、少しだけ手を貸してあげるわ」

 

そう言うと零は響の額に人差し指を当てる。すると、キン!と指先が光ったかと思うと目の前の零がぐにゃぐにゃと歪みだした。

 

「な、に…を」

 

ひどい気分だ。摩耶に抱えられて思い切りグルグルされた後のような気持ち悪さ。吐きそうだ。すぐにそれは治まったが吐き気だけが残る。

 

「うっぷ…」

「あまり変なことをしないの」

 

「必要なことだったのよ。この子の中に眠る『女王』としての才能を目覚めさせるには。この先、彼女の中に眠る、私にも読めないチカラがきっとアレを制圧するには必要なの。だから、強制的にでも目覚めさせる必要がある。特に『女王』ならね」

 

「今、苦しんでいるあの子は?」

「じん…つう、さん」

 

神通。彼女のことを響は表には出さないがとても心配している。なんだかんだとすごい人だし、厳しいけれど優しい。尊敬できる人だ。練習は厳しいし、鹿島さんと考えたメニューはついていくのに必死だ。朝潮と勝手に競争を始め、演習場を30周ノンストップで走らされたときのようにヘトヘトで動けなくなることもある。

 

「あの子は…すごいわね。努力だけで『女王』の扉をこじ開けようとしてる。ありえないことが起こる場所だから、まあ、何があっても驚かないわ」

 

「あれを努力と呼んでも良いものかとも思うけどね…」

 

「神通さんは私はこれくらいしないと皆に比べると強くありませんからって言っていたね。どうしてそこまでするんだい?と聞いたら」

 

「……結果体を壊していたら意味がないのだけれど」

「そうも言った。すごく落ち込んでいた。悪いことを言ってしまった」

 

「やりすぎ、と叱る人がいるって幸せ者よ。そこで反発してさらに鍛錬を重ねようとしないだけ、いい子だわ」

 

名取にも怒られ、玲司にも怒られ、響にも叱られ、そして今、神通は秋津洲と満潮のもとで体を何とか元に戻そうと明石も加わって奮闘している。彼女の新しい戦いと言ってもいいだろう。注射をすごく怖がっているところは神通さんらしくなくて見ていてかわいいと思ってしまうくらいだった。

 

「い、電は注射なんて、こわ、こわくないのでふ。さ、さあ、ちくっとやっちまいやがるのです!!!」

 

電は蒼い眼を発現した艦娘として明石に採血させてほしいと頼まれたことがある。その時の言葉である。言葉が明らかにおかしかった。刺された時は「ぴぃっ」と変な声をあげていた。神通さんも同じような感じだった。

 

「神通さんには私みたいなことはできないのかい?」

「自分であの子は扉を開く。私がでしゃばっても邪魔をするだけよ。自分のチカラであの子は開けられるでしょうし、私はそうはいはいと干渉できないのよ」

 

「そういうものなんだね。難しいね」

「最悪、干渉のしすぎで私は消滅してしまうわ。霞の魂と共に」

 

「それは困るな」

「でしょう?あなたで最後よ。おそらくね」

 

「ハラショー。それは助かる。霞もだけど、ここまでお話ができたんだ。零もいなくなってしまうと寂しい」

 

「………」

「何か言ってあげなさいな」

 

紫亜がいじわるのように言う。響のまっすぐな言葉が嬉しいのだが、それを素直に表現できないのだ。零も感情が乏しい。響は表情は乏しいが嬉しいときはさっきのように両手をバッとあげて喜んでいる(ように見える)素振りを見せるし、悲しいときは帽子で顔を隠す。恥ずかしいときも同じだ。だが零はそれも乏しいのだ。

 

ありがとう、嬉しいと言うことは簡単である。ただ、抑揚のない言葉ではそれが真に嬉しく思って言っているのか伝わらないことのほうが多い。だから躊躇ったのだ。「霞」ではなく、ちゃんと「零」として見てくれる。明石もそうだったし、紫亜もそうである。

 

「嬉しいわ。けど、私はそれを表情で出せないのが…残念ね」

「ならこうすればいい」

 

「きゃっ!」

 

そう言うと紫亜にくっついていた響が零の手を持ち上げ、ばんざいの格好をさせる。これは響が嬉しいときにするポーズだ。

 

「ふふふ、いいじゃない、それ。あなたも喜んでいるようでいいわね」

「や、やめてよ…私はこういうのガラじゃないんだから…」

 

「ハラショー、喜んでもらえて何よりだ」

「響…貴女って子は…」

 

「ふああ…私は眠くなってきたな。朝起きて私がいないと電が心配するから、私はこれで失礼するよ」

 

あくびを1つして響は眠そうに目をこすり、手を振って自室(電と相部屋)へ戻っていった。何と言うか、皆が口をそろえて言う自由ぶりをいかんなく発揮し、帰って行った。

 

「あの子はなんだかんだと人懐こいわね。わたしが来たときもまったく気にもせずに膝に乗って来たりしていたもの」

 

「だからと言って、あんなことばかりされると恥ずかしいわよ…」

 

「クスクス、かわいかったわよ」

「もう…」

 

その時ばかりは駆逐艦らしい感じに見えた。見た目が霞なのだからしょうがない。最初の響が警戒していた時のようなピリピリした雰囲気ではなく、最後はなんだかほんわかとして終わった。

 

「彼女も彼を支える上では必要な子。深海棲艦も強力な枠からはみ出たようなモノばかり出始めている。けど、それ以上にアレを始末しなければ未来はない」

 

「戦艦レ級…けど、まだ大和や武蔵は完全に覚醒したわけではない。『女王』も足りない。このままでは全滅は必至よ。もうすぐ南方海域の戦いが始まる…。いけるのかしら?」

 

「……私が消えようともここの子達は必ず変えるわ。『原初』の子たちには悪いけどね」

 

「それは仕方がないわ。新たな『女王』を生み出し、レ級に対応できるようにしなければならない。それほど、アレのチカラは増幅しているもの」

 

「じゃあ、まずは神通から、かしらね?」

「そうね。私達は何ともできないけれど…」

 

「まあ、そうね。少しだけ目覚められるようにしておくけど」

「便利ね、貴女のそのチカラは」

 

「やりすぎると消滅するからこれまでね。現に…ゴホッゴホッ…ガハッ!」

 

ビシャッと血を吐いた。

 

「零!?」

「カフッ…だ、だい、じょう、ぶ…」

 

「なわけないでしょう!?」

「少し…長く、表に出すぎたみたい…チカラも…使ったしね…」

 

「貴女…自分を犠牲にしてまで…」

「私が表に出るだけでこの子の体に負担をかける…そこに…あの目覚めのチカラ…体にかかる負担は大きい…」

 

零の顔が土気色をしている。そして体は冷たい。この感触は覚えている。彼だ。鉄筋が腹に刺さり、今にも死にそうな時の姿を思い出す。

 

「ああ…紫亜…あったかい…」

「消えてはだめよ…」

 

「大丈夫…ごめん、なさい…」

「貴女…そこまでして彼と艦娘達を…」

 

「だって…ここはとても…居心地がいいんだもの。『傍観者』…なんて、ただ指をくわえて見ているだけなんて…いやよ」

 

「だからと言ってこんなになるまで無茶をして…バカ!」

 

「ふふ…怒られちゃった…」

 

その時の零の顔は本当に笑顔だった。困ったような笑顔だったが、彼女が自分が消滅するかもしれない危険を冒してまで手を加えたのは、自分をちゃんと霞ではなく零として見てくれた響への感謝の気持ちだったのだ。

 

彼女のチカラは本来はありえないチカラである。言うなれば響に『女王』としての資格を無理やり与えたと言う行為に近い。『女王』として目覚めるかそのまま眠るかは響次第であるが、それは理を捻じ曲げることになる。そのチカラを与えることは倫理に反しており、その分、零へのダメージは大きい。

 

さらに『傍観者』が手を加えると言う行為も『世界』としては見逃してはならないことだ。『世界』に干渉すると言う行為であるため、『世界』はそれを捻じ曲げられ、バランスを崩すような行為をされてしまうとあらゆるものにズレが生じる可能性がある。だから『世界』は捻じ曲げることを許さない。

 

今の零は駆逐艦「霞」の体に入り込み存在している。しかし、このチカラは過ぎたるチカラなのでもちろん不完全な肉体と魂である。さらに霞の魂の残りカスのような存在を繋ぎとめることにもチカラを注がなければ自分も消滅してしまうため、今回の行為は自殺行為に等しい。最悪、霞の体が壊れ、霞の魂のカケラも消え、零もそれに伴って存在できなくなっていたかもしれない。

 

紫亜はそれに対して怒っているのだ。紫亜は零を友人と思っている。その友人がいなくなってしまうと言うのはとても悲しいことである。自己犠牲も過ぎればよくないことだ。

 

「今日はもう…休む…わ。霞の体にも…負担をかけた…今日1日は…目覚めない…わ。でも…ふふ、霞の魂を削らせなんて…させないわ。私がいる限り…ゴフッ」

 

「貴女ももう休みなさい。これ以上は体と、貴女の存在に関わるわ」

 

「そう…ね…紫亜…今夜も…楽しかった。響…楽しかった…な…」

 

うわごとのようにつぶやいた後、零は気を失ったかのように目を閉じ、少し笑ったような表情で眠りについた。顔は土気色、体は氷のように冷たく、口からは血を垂らしている。それが彼と被った。自分は姉と慕われたりしているが、こうして何の気も遣わずに話ができるのは茉莉と零だけだ。だからいなくなってしまうのは悲しいし、嫌だ。紫亜が始めて見せた怒りだった。

 

「まったく…そうやってすぐ自分を犠牲にするの…誰に似たのかしらね…」

 

言うまでもない。彼だ。霞の記憶を共有している零は、霞が怯えに怯えていた時も、手の骨を砕かれながらも安心させようと必死に霞をなだめた。そんな話を零から聞いた。

 

「彼はね…優しすぎるのよ。でも、そこが…いいのよね」

 

ちょっと顔を上気させてそんなことを語っていたっけか。霞の記憶なのに。そこから彼のことを慕った。とにかく饒舌に玲司のことを語る。表情は嬉しそうに見えた。彼の為に、『傍観者』のルールを破ってまで。身を犠牲にしてまでチカラを貸す。それは紫亜は少し羨ましかった。

 

私は直接彼や彼女たちにそんな手を加えられないもの…と嫉妬した。

 

「紫亜。いつも中庭の手入れ、ありがとう。みんながヒマワリが咲いたり、コスモスが咲いたり、きれいだって喜んでるよ。みんなの癒しに協力してもらって、ありがとう」

 

現金なもので、そう言われると嬉しかった。自分の存在が見つかったらタダでは済まないと言うのに、大丈夫大丈夫と言って暢気だし。

 

「……誰もが好きになるなんて…当り前じゃない」

 

もっとも彼女も恋慕ではなく、友好、尊敬としてであるが。彼女には恋愛感情はわからない。そこまでではないのだ。

 

「んん…」

 

眠りながら声をあげる零。いや、もう霞に戻っているのだろう。だが、顔色は悪いし冷たいままだ。このまま本当に抜け殻になってしまいそうで怖くなった紫亜は寝ずに彼女の様子の変化を見逃さぬよう、じっと見守り続けた。寒そうだったので途中で自分も横になり、抱きしめてあげた。少しずつ温かくなっていく彼女の小さな体に安堵した。

 

それにしても、楽しい夜だった。零はこうなってしまったが、響の心情も聞けて、零を振り回すようにして。楽しい夜だった。

 

………

 

翌朝、何とか血色はよくなり、体温も元に戻ったが、霞はボーっとしたままだ。

 

「霞、大丈夫?」

「んー、あたまがボーッてするの…」

 

「今日は私が側にいてあげるから、ゆっくり寝ていなさい」

「うん…おねえちゃん」

 

「なぁに?」

「かすみは…かすみはかすみだよね?」

 

ドキリとした。彼女は零の記憶を共有している?そう言う素振りはないが…。

 

「え、ええ。急にどうしたの?」

「あのね、かすみね。こわいゆめをみたの。かすみがみんなとばいばいしちゃうゆめ」

 

「……そう」

「かすみやだ。しれいかんやおねえちゃんたちとばいばいしたくない」

 

「そんなことにはならないわ。司令官もちゃんと霞の傍にいるわよ」

「ほんとぉ?」

 

「ええ、本当よ」

 

そう言っていると「紫亜、霞、いるか?」と男性の声がした。どうぞ、と彼を招き入れる。もちろん、霞が大好きな司令官がやってきた。

 

「しれーかん…」

「霞、しんどいな。よしよし」

 

「えへへ…しれーかんのなでなで…すき」

「そうか」

 

嬉しそうにしている霞。これを見るとやはり零の時の記憶は持っていない。混ざっていればきっと霞は混乱を来して泣き叫ぶかもしれない。この子は守りたい。零も大切にしたい。欲張りね…私はと思う。

 

「よし、今日はしれーかんもいるからな。ゆっくりするんだぞ」

「やったー…しれーかん、てをにぎってて…」

 

「ふふ、よかったわね、霞」

「うん。おねえちゃんもてをにぎって?」

 

「ええ」

 

2人で手を握ってあげると安心したのかまた眠りについた。優しく頭を撫でてあげる玲司。彼の為に、命を懸ける小さな友人の存在を知ってほしい。知ってほしいが口に出せないもどかしさが紫亜を苛むのであった。




『傍観者』と呼ばれた2人のお話でした。そこに横須賀の中でも『異端』の最たる者と呼んでもおかしくない響との会話。

今後、零はこう言った手出しは一切できません。これ以上は『世界』が黙っていないので。ですが、普通に生活して仲間や友といる。それだけで零はもういいのです。この皆が壊されぬよう、別れにならぬよう、響に希望を託して彼女は『見守る者』になりました。
今後、響は『女王』として覚醒できるのか?朝潮と言う戦友を守るため、共に戦うために。それはまた後の話。

次回はまた神通のお話になります。脱線しましたが、今回はこれにて。

それでは、また。
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