提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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本日は2話同時公開になります。


第百七十二話

「提督、お疲れ様でした。珊瑚諸島沖。我々の艦隊と刈谷提督の艦隊は無事です。珊瑚諸島沖の深海棲艦隊、壊滅です」

 

「よし、南方海域前面は大府艦隊が制圧。珊瑚諸島沖の空母機動部隊もうちの機動部隊と刈谷提督の葛城率いる機動部隊で制圧だ。ここまでは順調だな」

 

「はい。ですが…次の海域が…」

「ああ。わかってる。サブ島…そして…アイアンボトムサウンド」

 

パサリ、とサブ島の海域を見る。そこはかつて多くの船が沈む船の墓場。海の底には多くの船の残骸がまるで鉄の床を敷いたようになっているからと鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)と呼ばれるようになった。

 

南方海域、第一の鬼門である。強力な艦隊が待ち受けている上、作戦は夜間に遂行される。夜戦のみになるため、空母は出撃させてもうちの鎮守府では夜間の発艦ができる艦娘がいないので除外。柱島の三好提督曰く、炎が搔き乱れる戦場と言い、時に艦隊が半数大破して撤退を余儀なくされるなど、熟練の提督でも手を焼く海域である。

 

「夜戦と言えばあたしだよね」

 

川内がやる気満々に玲司に言う。どの川内も夜戦と言えば川内。川内と言えば夜戦。どこぞの川内は夜になると寮から執務室にまで聞こえるくらいの大きな声で夜戦だー!と叫び、駆逐艦を連れて無許可に出撃してしまうため、艤装を鎖でガチガチに封印するくらいの夜戦中毒な川内もいるらしい。

 

「川内…は出撃させるか。『宵闇』のチカラは必ず役に立つ。が、主力艦隊は昼戦になりそうだぞ」

 

「昼戦でもやるだけやるってば。長時間にもつれ込んだらもっかい夜戦もありっしょ。あたし、夜戦が得意なのは百も承知だろうけど、昼の戦闘だってそれなりにやるよ?」

 

「わかってるって。んじゃ、川内、頼んだぞ。それから随伴艦を考えなくてはな…」

 

危険な海域だけにしっかりと策を練らないと危険すぎる。唐突に暗闇から致命傷をもらうことだって考えられるのだ。火力とスピードが武器の霧島は確定だろう。主力艦隊には南方戦棲姫が控えているとの情報があるため、高火力の戦艦は1人はほしい。

 

「あとは後方支援艦隊か」

 

道中、夜戦は危険極まりないため、そして南方戦棲姫を確実に屠るために、南方海域では後方支援が許可されている。これに関しては大府提督も好きにしろと言っているのでならば好きにやらせてもらうと言ってある。

 

だが問題なのはこちらの戦艦が霧島を出撃させると山城、大和、武蔵そしてウォースパイトしかいない。翔鶴や瑞鶴は次のサーモン海域やその北方の主力艦隊が集結している場所に行かせたいため、やはり人手が足りないのだ。

 

加えて龍驤は攻撃には特化しているがこういう支援には向いていないと言う欠点がある。祥鳳を連続で遠征で出撃させようとも思ったが…。

 

『んなもんうちと合同で支援艦隊作りゃいいだろうが。テメエ1人で抱え込んで何でもしようとすんな』

 

刈谷提督に相談したらそう一括されてしまった。結果として横須賀・鹿屋合同支援艦隊をサブ島につけることとし、道中の夜戦、及びサブ島主力艦隊への後方支援艦隊が完成。大府提督にはその件に関しては、刈谷提督が「連携が取れないからいらねえ」と蹴った。

 

今回の主力艦隊への支援には村雨と山城を。道中にはウォースパイトとアークロイヤルを。あとは刈谷提督の方で何とかするとのことだった。

 

「ありがたい。んー、やっぱり戦艦空母の数が少ないなぁ。イギリスから来てくれたウォースパイトとアークロイヤルの存在はありがたいもんだ。ジャービスとジェーナスは前面で対潜で活躍してくれたしな」

 

「Admiral!ジェーナスが潜水艦の所で1番活躍したわ!」

「Darling!ジャービスも頑張ったわ!」

 

玲司の周りを尻尾をブンブン振ってほめてほめてと喜ぶわんこのようだった。ベレー帽を取って頭を撫でてやると天使の笑顔でえへへへ♪と喜んでいた。玲司の下ではしっかりと戦闘に参加したのはこれが初であり、しっかりと頑張った2人には要望のあったオムライスを振舞ったりと、他の駆逐艦が嫉妬するくらいちょっと甘かったかもしれない。

 

おかげで夕立が膨れていたり、文月や皐月もがんばったらカレーを作ってよぉとぴょんぴょん玲司の周りを分かったと言うまで飛び跳ねていたりと忙しいものであった。

 

ただ、ここまではいいのだが「サブ島」「サーモン海域」「サーモン海域北方」は本当に気が抜けない海域であり、実際、「サーモン海域北方」には大和と武蔵を動かすことが確定しているし、その前哨戦「サーモン海域」も激戦は必至だろうと刈谷提督との間では綿密に打ち合わせをしている。

 

『三条、これだけは言っておくぞ。お前んとこの艦娘が道中で大破した時、その時は…覚悟しておけよ』

 

刈谷提督のいつものおちゃらけた雰囲気ではなく、真剣そのものであった。西方海域では刈谷提督がすぐさま撤退の指示をくれたが、今回の指揮権は大府提督にある。艦娘が大破した場合、玲司や刈谷提督の権限で撤退ができないのだ。

刈谷提督は自分の艦娘に関してはフォローはいくらでもするが、おそらく玲司の艦娘にまでは手が回らないと考えている。

 

大淀も隣でそれを聞いていた。覚悟をしろ。それは…提督には絶対にできないものであろうと考えていた。

 

(万が一、誰かが沈んでしまったら…提督は…横須賀鎮守府は終わり…)

 

玲司は艦娘に依存し、艦娘もほとんどが玲司に依存している面が強い。翔鶴はもちろんだし、朝潮たち第八駆逐隊、電、雪風、北上…文句を言いながらも摩耶。

 

提督と艦娘。どちらかがいなくなれば即座に横須賀鎮守府は機能しなくなる。大淀もそうだ。提督に依存しきっている。細い針の上に地面があり、そのバランスが崩れた場合は一気に全員が奈落の底へ落ちてしまうかのような危険な状態で横須賀鎮守府はもっている。

 

そのために、大淀は徹夜をしてでも、誰も轟沈させないよう、海図を見、あらゆるシミュレーションを脳内で繰り広げる。『原初の艦娘』川内がいる。頭脳である霧島もいる。あとの艦娘は誰が最適解かを提督や妙高、鳥海と繰り広げる。最後の南方戦棲姫の戦闘は昼に行うと聞かされている。念のため、制空権を取りに行きたいので最上を出すことは決まった。

 

霧島・川内・最上・三隈。回避を重視した雪風。夜となると音に敏感な響。この6人をこちらは出すことにした。しかしアイアンボトムサウンドには現在多くの敵が待ち構えている。刈谷提督、そして大府提督との総力戦になるが、玲司達の艦隊が一番きついルートを通り、そこの安全を確保せねばならない。

 

「提督…あらゆる状況を見ても、この艦隊が最適解かと思われます」

「わかった」

 

震える手で艦隊のオーダーを玲司に渡す大淀。簡素に返事をする玲司。

 

「大淀、どれくらいだ」

「は、はい?」

 

「川内がいるにしても、無事に全員帰ってこれる確率はどれくらいだ」

 

玲司の蒼い眼がまるで大淀を威嚇するかのように鋭い。隠し事はするな。包み隠さず答えを出せ。無言の言葉であった。

 

「…限界まで鳥海さん、妙高さん、霧島さんとシミュレーションを実施しました。必ず全員無事に帰還させることを目標に…。提督、包み隠さずお答えいたします」

 

「ああ」

 

「誰かは…轟沈する可能性が8割…」

「はっ…はち…」

 

「2名轟沈する可能性は3割。全滅すると言う可能性は支援艦隊がおりますのでないでしょう。最初のリ級が多くひしめくアイアンボトムサウンド手前の夜戦で艦娘が大破する確率が9割。次の戦艦が待ち受けているであろうアイアンボトムサウンドで轟沈の可能性が…8割…」

 

「絶望的だな」

 

「も、申し訳ございません…わ、私のけいさ、計算が…間違って…」

「司令官さん…大淀さんが悪いわけでは…」

 

「いや、大淀や鳥海達を責めるつもりはハナからない。みんなでしっかり考えて計算してくれた結果だ。それに、俺たちがぶつかるのはここだ。リ級やネ級、タ級と夜戦で相手をしなければならない。それもここが一番の激戦区になるだろう。夜の間、ほぼ戦いっぱなしになる」

 

大府提督が南方戦棲姫を倒すため、夜のうちにアイアンボトムサウンドに集結している艦隊を壊滅に持って行かなければならない。刈谷提督は玲司達の艦隊が戦っている間にその奥にいる大勢の補給部隊の殲滅。これらを生かしておけば南方戦棲姫はおろか次のサーモン海域にまで無尽蔵のように補給がいき、より危険が増してしまう。

 

「……俺らが夜に戦い、それが終わったら悠々と無傷で通過し、川内達もそのまま南方戦棲姫の討伐に向かわなければならない…正直、こうなる前に手を打っておきたかったな。」

 

「司令官さん、ここで私達が降りると言うことは…」

「もちろん許されない。俺は恐らく裁判にかけられ、ここを追われることになるだろうな。大府提督ならやりかねない。と、言うか事前に通達は喰らってる」

 

『当然ですが、途中で私の許可なしに艦隊を撤退させたり、出撃自体をやめさせた場合、あなたは提督でいられないと思っておいてください。敵前逃亡など、軍法会議ものです。いいのですよ?あなたが手塩にかけてケアした艦娘が、またわけのわからない提督に汚されることになるかもしれませんよ?』

 

そう言われている。

 

「卑劣な…!」

 

霧島の顔が怒りに染まる。脅迫だ。

 

………

 

だが、大府提督は玲司こそが横須賀の艦娘にとっての要であり、玲司こそが横須賀鎮守府の弱点であり、艦娘を失うことによって玲司が機能しなくなることをなぜか知っている。同じく横須賀鎮守府の艦娘も玲司がいなくなれば機能しない、そしてそこに付け込み、洗脳を施すことが可能だと考えている。洗脳の方法はリンガ泊地の提督が詳しい。彼なら完璧な人形にできる。そして、大和や武蔵でさえ掌握が可能。

 

だからこそ、大府提督は一番苛烈なアイアンボトムサウンドの夜戦を玲司に命じた。確実に轟沈艦が出ると考えての発想である。刈谷提督の打診で、もう1艦隊、刈谷提督から出すこと、支援艦隊を出すことを提案したと古井司令長官と清州副司令長官にも打診し、許可を得ていることが大府提督は気に入らなかった。

 

彼はいつも邪魔をする。そんなものがなければ彼の艦隊を完璧に壊滅させ、あわよくば刈谷提督の艦隊にも大打撃を与えられると思っていたのだが。

 

彼には敵も味方もない。自分の目的を達成するためならば同じ提督や艦娘であろうと死のうが沈もうが知ったことではない。ここで大きな功績をあげ、三条提督が艦娘を轟沈させたことにより横須賀を去れば、自分が横須賀鎮守府の提督になり、大和や武蔵を掌握し、刈谷提督にも妨害が可能にできる。

 

「三条提督。私の目的のために…ここで終わりにしましょう」

 

普段無表情でしかない大府提督がここで少しだけ口角を吊り上げるのであった。

 

………

 

「提督ぅ?テーブルの上がめちゃくちゃよぉ?」

 

「うるせえ、今話かけんな」

 

サブ島海域の海図を目を激しく動かしながら穴でも空くのではないかと思うほど見つめている刈谷提督。走り書きのメモが散乱し、龍田がせっかく淹れてくれた紅茶のカップを置くスペースもない。

 

能代からの作戦報告書もほったらかしてサブ島の海図を見てはあれこれとメモを書く。彼がどうしてこうも、普段手を抜いては「お前ら適当にやれ」としかほぼ言わない(実際には海域に到達するや否やものすごく細かい指示が来たり、事前に緻密な打ち合わせをしている)彼が、こうも真剣になっている理由はただ一つ。

 

三条の艦娘を沈ませないようにするにはどう立ち回ればよいか?それだけを考えていた。

横須賀は三条がいるからこそ回っているのであり、三条が欠ければそれで横須賀は終わる。三条に直接手をかけずとも、三条の艦娘をたった1人でいい。海の藻屑にすれば三条は終わる。

 

横須賀は危険なバランスで成り立っている。三条なり艦娘なり、どちらかが1人でも欠けたらバランスが崩れ、全てが瓦解する。

 

三条がいるから艦娘達は予想もできないようなチカラを発揮し、西方海域で未知の空母型深海棲艦を倒した。逆に三条がいなければ、おそらくは前の提督の影響が抜けきれず、トラウマに苦しみ戦力にならないだろう。

 

横須賀のバランスが崩壊し、三条が消えたら?横須賀に大府が入り込むだろう。どんな手段を用いてでも。大和や武蔵も持って行かれる。あいつらは三条だからこそ機能する。だが機能させるだろう。リンガのクソバカ野郎と手を組んで脳をいじくりまわし、忠実な人形を作り上げるだろう。そのほかの心に穴が空いた艦娘など、大府の話術ですぐさま人形に変わるだろう。

 

そうさせないために脳をフル回転させてどうすればいいかを考えていた。

 

………

 

「艦隊支援の許可がほしい」

 

『それは支援砲撃の許可、と言うことでいいかな?』

 

「そうだ。道中、それからサブ島主力艦隊への決戦支援。これも許可がほしい。あんたもわかってるだろ。今回の南方海域、敵の数が多すぎる。こいつを乗り切ればサーモン海域はきついがおまけみてえなもんだ。サーモン海域北方に、できるだけダメージを少なく乗り込むためにはサブ島を全力で潰す。これしか思いつかねえ」

 

三好提督が中部海域の深海棲艦の討伐で南方海域に艦娘を出せなくなり、それと同時に南方海域の深海棲艦が増大。まるで狙いすましたかのような増え方であった。

 

「大府が何かしたんじゃねえかってくらいタイミングが良すぎる。が、今はそんなもんを疑っている余裕はねえ。支援があればある程度マシになる。それでも、アイアンボトムサウンドは地獄だがな」

 

『玲司の艦隊をそこに配備させるわけだね』

 

「正解だ。今回は俺よりも三条を潰すことに主眼をおいてきた」

 

『なぜだ。なぜここで玲司を…』

 

「三条がいなくなることで俺への必殺の一撃になると踏んだんだ。ヤツは俺に直接手をかけるより、間接的に俺にちょっかいをかけることのほうが効くとわかった。そして、三条が潰されると俺も困る。何より、あんたや清州のおっさんも困るんじゃねえか?あいつは自分の目的の為なら、何だってするぞ」

 

『わかった。許可しよう。これは大府提督にも伝える。説明はきっちりしておくよ。清州にも伝えておく。大府君のことは伏せるがね』

 

「気づくだろ。あのおっさん、勘はいいぜ」

 

『そうか。それならば話は早い。艦隊の編成はそちらに任せて構わないね?』

 

「ああ。あんたの許可があれば安心して組める。頼んだ」

 

『わかった。すまない。玲司を…頼む』

 

「どうなるかわからんが、やってみるさ」

 

………

 

最大限の努力はした。あとは自分の頭を使って大府の監視の目をかいくぐって三条の手助けができるか。それを今必死で探っていた。

 

「クソが!!!!!!!」

 

バサァッ!!!!と机の上の紙の束を怒声をあげながら手で薙ぎ払った。舞い散る紙。それだけでは収まらずゴミ箱まで蹴り飛ばす始末だった。

 

「どうしたの、提督?こんなに…」

 

「……んだよ…」

 

「え?」

 

「ねえんだよ!!!!三条の艦隊を沈めさせずにサブ島を突破する方法が!!!!!ちくしょう!!!!」

 

紙を拾い集めながら龍田が三条提督の為に怒っている刈谷提督を見る。その顔は寝てもいなければひげも剃っておらず、何日もずっとここで考えていたのだろう。

 

今回、三条提督が任された海域はアイアンボトムサウンド。それも強大な艦隊がいくつも跋扈している場所である。刈谷提督達の艦隊はアイアンボトムサウンドを三条提督が交戦中に被害を最小限ですり抜け、その奥にいるサーモン海域や南方戦棲姫への補給部隊の殲滅。ならば三条提督のサポートをこちらからも出せばいいのではないか?とも思ったのが、なぜか大府提督はそれを拒否。

 

『補給部隊とてワ級の「flagship」ががひしめき合っているんです。それがもし鉄底海峡での戦闘中に動かれたら?それこそ草の根を分けてでも探し出し、殲滅して頂きますよ』

 

「いいぜ、探してやるよ。だからアイアンボトムサウンドでの三条の戦闘に混ざる」

 

『許可しません。もし命令に違反するのであれば、今この場であなたを南方海域作戦から外しますがそれでも構いませんね?補給部隊の殲滅にも三条提督の艦隊を動かしてもらうことになります。数少ない艦娘でどうやってアレらを始末できるでしょうね?』

 

こいつ、あの爬虫類みたいな顔で絶対笑ってやがる。俺らをこうして焦らせて愉悦に浸ってやがる。そう確信した。

 

「……かしこまりました。大府提督総司令官殿。命令通り、こちらは輸送部隊壊滅に専念するであります」

 

『古井司令長官から支援艦隊の許可を出したと聞きましたが、そのようなものは不要ではありませんか?』

 

「寝言言ってんじゃねえよ。司令長官がいるっつってんだからいるんだよ。こっちと三条で支援艦隊組むからテメエは黙ってろ」

 

『あなたの差し金ですね。余計なことをしないで頂けませんか。私の作戦の計画が乱れます』

 

「支援艦隊ごときで計画が乱れるなんざ、ずいぶんとザルみてえな作戦考えてんだな、おい?せいぜいサーモン海域北方を制圧するまでは、バチっと完璧な作戦を組み立ててくださいよ、総司令官」

 

『………』

 

嫌味を言ったら無言で切られた。口で俺に勝てると思ってんのかクソが。と心の中で罵倒してやった。

 

そして今、支援艦隊を出したとしても、犠牲のないアイアンボトムサウンドの戦闘、及び編成を組み立てていたのだが、全てが失敗に終わった。何をどうやっても最低1人は犠牲、すなわち轟沈が出てしまうのだ。轟沈ではダメなのだ。中破で持ちこたえてもらわなくては困るのだ。

 

横須賀が。希望の星が墜ちてしまうのだ。それも、今考えられる中では最高の輝きを持つ希望の星だ。それが墜ちてしまえば、他の希望の星の光までもが暗くなるか消える。

 

しかし八方塞がりだった。司令長官たちも大府を総指揮官から外そうと言う動きがあったらしいが、何者かの妨害が入り、失敗した。これについては絶対に妨害した奴を探し出し、俺の手で制裁を加えてやると思っているのだが、今はそれどころではない。

 

「提督、一度寝た方がいいわ。今の提督じゃいい考えなんて1つも浮かばないと思うわ」

「……クソ…!!!」

 

「提督は三条提督がほんと~に好きねぇ」

 

気にかけなくてはならないのだ。これから先、今の上層部がいなくなり、自分が提督から離れた時にこのクソみたいな海軍を引っ張っていくのはあいつしかいない。あいつがいてこそ一宮や九重、七原達が輝く。その芽を大府やほかの提督に摘ませるわけにはいかない。あいつは艦娘の希望。艦娘の待遇をもっとよりよく変えてくれる希望なのだ。

 

今、あいつがほぼ確実に潰されるとわかっていて、自分が何もできないと言う状態に怒りが収まらない。常日頃は飛龍を沈めてしまった不甲斐なさを自分自身に怒りをぶつけることで生きてきたが、久しぶりにそれ以外のことで自分に怒りを覚えた。

 

「自分に怒りをぶつけても仕方ないでしょう?私にぶつける?」

 

「…なんでテメエにぶつけなきゃいけねえんだ。それはスジが違うだろ」

 

「いいのよ。私は提督の全部を受け入れるもの」

 

「ダメだ。お前をそんな感情のはけ口にする気はねえ」

 

「提督…それだと提督が壊れてしまうもの…提督は提督の感情を全て抱え込みすぎよ。少しはその痛みを私にもわけてほしいな~。ね、克己クン?」

 

「……どうなっても知らねえぞ」

 

「うふふ、艦娘だから頑丈にできてるもの。心配は無用よ~♪」

 

「……できるだけ、優しくする」

 

「まあ、嬉しい♪ふふふ♪」

 

「バカ言ってんじゃねえ。少し寝る」

 

そう言って刈谷提督は自室へと入った。ご丁寧に鍵までかけて。これが刈谷提督なのだ。決して龍田を感情の捌け口にしない。いくらしてもいいと言っても聞かない。龍田がどうしようもなくなったときは自分が捌け口になるくせに。ひっかこうが噛みつこうが彼は抵抗しない。

 

彼の肩には龍田が思い切り噛みついた歯の痕がくっきり残っている。龍田が指輪を渡されたとき、あまりにも興奮してつけたものだ。『私のもの』と言う証らしい。ちなみに葛城には背中につけられたひっかき傷が痕になって残っている。彼女も龍田の噛み痕を見て自分も提督との繋がりがほしいと言うことで彼につけたものだ。逆に龍田や葛城は提督がつけても入渠すると治ってしまうので指輪で我慢している。

 

話が逸れてしまったが、龍田は彼の全てを受け入れると誓ったのである。なので、どんな劣情だったとしても、それを受け入れると常々言っているのだが、刈谷提督はそれを良しとしない。一方的な行為など自慰に等しい。そう言って受け付けない。ひとたび夜戦となると、それはそれは気が狂うほど優しく、そして情熱的に愛される。葛城は気を失うほどである。

 

どの道龍田は提督の私室へのカギを渡されているため、カギを開けて部屋へと入る。合鍵を渡されているのは龍田と葛城のみ。

 

刈谷提督は服も着替えないまま、文字通り倒れ込むように眠っていた。窓から日の光がさんさんと入り込み、明るいと眠れないと言うのにも関わらず、スースーと寝息を立てて眠っている。ここ数日、出撃と同時にサブ島の作戦をひたすら、ほぼ寝ずに考えていたせいだろう。提督の体はこんな状態になるまで疲れ果てていたのだ。

 

「…何だか妬けちゃうわねぇ…」

 

彼が必死で考えていた相手は男なのだが、それでもそれだけ真剣に考えているところを思い返すと嫉妬してしまうくらい、彼は三条提督が大事だった。いや、まあ、龍田の方が滅多に聞けないけど「愛している」と言うくらい大事にされているのではあるが。

 

しっかりとベッドに動かし、制服を脱がしてもまったく起きない。重いが服を着せ替え、布団をかぶせてようやくひと段落である。

 

「お疲れ様…」

 

そう言って優しく頭を撫で、そのまま唇を重ねる。ここまでにさせたある提督に激しい怒りを覚えながらも、刈谷提督への愛情がより募る。こうなったら本気を出して挑みましょうか。サブ島に出撃する予定である龍田はその決意を固めるのであった。

 

………

 

/横須賀鎮守府

 

「ねえ、それマジで言ってんの…?」

 

「し、司令官さん、それは…」

 

「突然思い出したんだ、名取の話。それをどうにかやってみよう。と思いついた」

 

夕食後、北上と名取を呼び出した玲司。そして、ある秘密の作戦を思いついた、と北上と名取に説明をしたのである。あまりに突拍子もないことであり、そして危険すぎるものであったため、北上は冷静を装うも顔が引きつっているし、名取は目を見開いて驚いていた。

 

「で、ですけど、万が一失敗したら…」

 

「大淀から轟沈確率めっちゃ高いって言われてるんだぞ。敵が多すぎるし、夜通し連戦だ。どこからくるかわからない砲撃と魚雷。駆逐艦の砲撃でも直撃すれば一撃で霧島が致命傷を負うかもしれない。もちろん、使いたくはなかったが、応急修理妖精さんを同行させる」

 

応急修理妖精。万が一、大破した状態でもう一撃、致命傷になる攻撃を受けた場合、ギリギリではあるが艦娘の命を繋ぎ止めることが可能である。それをアイアンボトムサウンドへ向かう艦娘全員の艤装の増強した所に滞在させ、万が一の際には彼女たちが艦娘を沈ませないようにする。

 

ただし、これは1度きりであり、1度発動してしまうと妖精さんはチカラを失う。大破した状態のままは変わらないので、応急修理妖精が発動した後、再度攻撃を受けてしまえば妖精さんの加護が得られず、轟沈する。

 

大淀は応急修理妖精を全艦娘に同行させた状態であったとしても、誰かが轟沈する確率が8割。2人轟沈する確率が3割。と計算を出した。大淀達が再度どうにか轟沈艦を出さないように作戦を考えても、やはりその確率は変わらなかった。

 

死出の出撃。それは安久野の時と同じような状況になってしまった。玲司は全力で撤退させようと考えたが、そうすると今度は提督自体の道が閉ざされることとなり、横須賀にいることができなくなってしまう。八方塞がりの状態であった。

 

玲司自身もとにかく乾きかけの雑巾の水を一滴でも絞り出すかのように脳を絞り、思い出したことがあったのだった。

 

そのために、名取と北上を呼び出し、思いついたときの詳細を全て聞いた上でその作戦を実行しようと思った。

 

「時雨や村雨を救ったときと同じだ。賭けだ。俺たちは今窮地に立たされている。誰も沈めさせないと約束をみんなにしていたが、今回だけはその約束を破ることになるかもしれない」

 

「轟沈…ですね…」

 

「そうだ。俺は川内達を死出の旅に出すのと同じだ。けどな、俺だって大府提督の言うことをな、はいわかりましたって言うほど従順じゃねえんだよ。特に…うちの艦娘を死なせるような作戦を思いつきやがった奴の言う事なんざ死んでも聞きたかねえんだよ」

 

口調が粗くなった。相当抑えているが心中はとてつもなく怒り狂っているのだ。自分はこちらが死に物狂いで戦って道をこじ開けた後を悠々とほぼ無傷で通り、南方戦棲姫を倒そうと考えている。こっちは全滅の可能性だって考えられる戦いだと言うのに。

 

「今回の肝は村雨、山城を加えた道中の支援艦隊とこれだけが、今のこの詰みの状態を全部ひっくり返すも術なのかもしれない。ひっくり返せるのかどうかさえわからない。けど、ただ何もせずに沈みました。沈ませた、みんな、ごめん。こんなことを言うだけしかできないくらいなら俺は今すぐここで首でも吊る」

 

「ちょ、まっ、ダメだって!!」

「司令官さん、早まったらだめです!!!」

 

「足掻くぞ。足掻いた上で俺は大府の野郎のクソッタレた作戦を全部ひっくり返して全員を帰還させるぞ。針の穴程度の可能性?それでも可能性があるなら俺はやる。明後日が出撃だ。明日、出撃する川内達を集めるから、北上と名取で説明をしてくれ。聞いた上で川内達に話をする。批判を受けるのは承知の上だし、殴られるのも承知だ」

 

玲司の目は真剣で、僅かな可能性にでも飛びつき、全員を帰還させると言う強い信念を持って北上たちに語った。

川内達はすでに大淀の真正直な確率を聞いている。それでも行かねばならない。覚悟は決めた。とも言っている。響は「私はまた沈むのかい?」と玲司に泣きながら怒られた。返す言葉がなかった。電にも「響ちゃんをまた沈めるのですか…?」と言われた。これも返す言葉がなかった。

 

だからこそ脳を絞りつくしたこの作戦だった。もうこれ以上の手はないのだ。やるしかない。絶対に沈めてなるものか。

 

「…わかった。玲司の覚悟は受け取った。あたしは…この可能性を信じる」

「……名取も…信じます。司令官さんは今まで…たくさんの奇跡を見せてくれましたから」

 

「ありがとう、2人とも。今日はもう遅い。ゆっくり寝るんだぞ」

「わかった。玲司もね」

 

「司令官さん…ちゃんと休んでくださいね」

 

2人が去り、大きく息を吐く。

 

『男だってな、泣きたいときは泣けばいいんだ。何もガマンすることはないだよ。玲司。泣くのは弱いことじゃない。誰かのために泣くって言うことは、お前が優しい証だ。お前は強い子だ。だから泣け。父ちゃんがいいって言ってんだぞ?』

 

父さん…ああ、もう我慢できねえ。泣いても…いいんだよな…。

 

「うあああああああああああ!!!!!!」

 

泣き叫んだ。ちくしょう、ちくしょう!こんな艦娘を簡単に殺すような上官ばっかりいやがって!ふざけんじゃねえ!うちの艦娘をあんなクソ野郎のせいで沈めさせてたまるか!!!!!こんなとき何もできない自分が悔しい!!!!ちくしょうが!!!!!

 

誰にもぶつけられない怒り。ならば、泣いて発散するしかない。これで少しでも…いや、必ず…必ず帰ってこさせる。

 

「玲司さん…」

「う、うぐ…しょ、翔鶴…」

 

絶妙なタイミングで翔鶴がやってきた。

 

「玲司さん、どうし…きゃっ?!」

 

翔鶴に飛びつくような勢いで抱き着いた。翔鶴は驚くも…事情は何となくわかっている。今回の作戦のこと。翔鶴はサーモン海域北方を担当することになるが、その前のサブ島。ここで大問題が発生し、轟沈する可能性があることも聞いている。響や電に言われたことも知っている。それに「絶対」大丈夫とは言えなかったことも。雪風は「絶対、大丈夫!」と言っていたが、玲司はそうだな、と言えなかったこと。

 

大府提督への怒り。どうしようもない現実。やり場のない怒り。その結果、感情が爆発してしまったのだろう。翔鶴は玲司の頭をなで、胸元へとやった。子供のように翔鶴の胸に顔を埋め、大きな声で泣く玲司。私が苦しんでいた時、ずっと助けてくれたから。こんなことでしか返せないけれど…こうして自分に甘えてくれることが翔鶴には嬉しかった。ずっと色々なものを我慢し、誰にも弱音を吐かない彼が自分にだけは甘えてくれる。彼の翼を癒すことができる止まり木に。

 

その日、玲司は翔鶴にずっと抱きしめられながら眠った。やり場のない怒りが消えたわけではないが、マシになった。朝、玲司は翔鶴に「ありがとう」と言った。翔鶴はそれだけで十分なのだ。いつも愛してもらっているし、たくさんのものを与えてもらっている。だから、お返しが少しでもできたのなら。それでいい。

 

………

 

翌日、サブ島に出撃する川内を始め、支援艦隊も集めてブリーフィングを行う。北上と名取が加わり、説明をする。

 

「まためっちゃくちゃな作戦だね。まあ、兄さんらしいっちゃあらしいね」

 

川内は陽気だ。霧島や響のように沈痛な面持ちではない。

 

「わかった。あたしはその作戦、乗る。間違って沈めても恨みっこなしね」

 

「せ、川内さん、何てことを!!」

 

「だってさ、大淀から聞いたんでしょ?全員無事に帰ってこれる確率は1割か2割。誰かが沈む可能性が8割!2人沈む確率だって低くない。それを兄さんが何とかしてでもひっくり返そうと考えに考えた結果じゃん?」

 

「だが、万が一失敗したら?私はもう電と離れるのは嫌だ」

 

「マイナスに考えたら失敗しかないよ。僅かでも…その可能性が動くなら乗るべきだよ。動けば可能性はある。動かなけりゃゼロさ」

 

だから足掻け。川内はそう言うのだ。多くの死線を右も左もわからない時から潜り抜けてきた彼女だからこそ重みが違う。無理と言えば無理。いけると思えばいける。そうやって川内達「原初の艦娘」は何度も危機を乗り越えてきた。

 

「せやなぁ。足掻くだけ足掻いてあかんかった、なら諦めはつくけど、無理なもんは無理って言うて最初から何もせんよりはええな。あんたらはうちや鹿島のしごきを耐えてきとんねんから」

 

「しごきって、まるで鹿島が悪い人みたいじゃないですか」

 

「え、ちゃうのん?うちかて摩耶や吹雪、皐月に文月をけちょんけちょんにしとる大悪党やで?」

 

「う、うう…」

 

「川内もおる。せやけど確率は限りなく酷い。ほら、図書館に置いてある漫画で言うてたやん。『諦めたらそこで試合終了』やって。最初から諦めたらあかん。アークロイヤルには支援のやり方はみっちり叩き込んだった。『原初の艦娘』のお墨付きやし、戦場にも『原初の艦娘』がおるんや。もうちょいうちらのことを頼ってほしいなぁ」

 

『宵闇』川内。その戦闘力は神通を打ち負かすほど。くらいにしかまだわかっていないが、その真価はアイアンボトムサウンドの夜戦でわかるだろう。川内は兄を信じ、希望を捨てない。

 

「で、北上と名取が言った作戦も信じなきゃ。徹底的に足掻いて、大府提督の鼻っ柱を折ってやろうよ。兄さんが考え抜いたことだしね」

 

「そう…ですね」

「わかった。ボクも提督を信じる」

 

「雪風はしれえを信じます!だって、しれえですから!!」

「…弱気になってしまった。すまない。私は…必ず、帰る。不死鳥の名は伊達じゃない」

 

「すまん、みんな。無理を言ってしまう。必ず…必ず勝とう。みんなで帰ってきてくれ」

 

「村雨にお任せ!山城さんや刈谷提督の戦艦さんの調整はばっちりやりますからね!」

 

「Admiral。信じて待っていてくれ」

 

「みんな…ありがとう…信じてくれて…ありがとう」

 

「ちょおおお!!!な、泣くなや玲司!!!ど、どうしたんや!?ほ、ほれ、お姉ちゃんがおるで、な?大丈夫やって、みんな、大丈夫やから!泣くのはみんなが帰ってきてからにしよな?」

 

「……ああ」

 

普段見せることのない玲司の涙。それだけ…切羽詰まっているのだ。そして、自分を信じると言ってくれたことに深く感謝している。なら…

 

 

なら、全員で帰ってこなきゃ。

 

 

出撃メンバーたちは全員で頷いた。

 

………

 

「じゃあ兄さん、行ってくるからね」

「司令、指示は頼みますよ。大淀さんと一緒に!」

 

「提督、ボク帰ってきたらまたお外で焼肉パーティーがいいなー。ね!」

「まあ、それは楽しみですわ!

 

「しれえ!いってきます!」

「司令官、Дас Видана。帰ったらまた髪を洗ってくれると嬉しい。髪を洗うのは好きじゃないけど、司令官に洗ってもらうのは嬉しい」

 

「え?村雨そんな話聞いたことないんですけど!ずるいずるい!村雨も洗ってほしいなー!」

「Admiral…いや、まあ、いいだろう。その話は帰ってからしっかり聞かせてもらおう」

 

「Ark?まさか貴女まで洗ってもらおうなだんて…」

「ち、違うぞ!風紀を正すためにだな!!」

 

「…なんでもいいですけど早くしないと怒られますよ…」

 

「山城、頼んだぞ」

 

「……まあ、引き受けてあげます…って、頭を撫でないでもらえませんか!」

 

支援隊はまず実戦部隊と出撃、そのあと別れ、別地点で刈谷提督の支援部隊と合流する。

 

「提督、お願い致します」

 

「ああ。いいか。今回は本当に厳しい戦いになる。命令は『絶対に死ぬな』だ。生きて帰ってこい…必ず」

 

「「「はい!」」」

 

「よし、行くぞ!艦隊、出撃!!!!」

 

玲司の号令で皆が母港から出撃をしていった。死出の旅となるか、それともまたここで笑い合えるのか。皆の帰還をただ一心に願い、彼女たちが見えなくなるまで玲司は母港から離れることはなかった。

 

南方海域、サブ島。アイアンボトムサウンドにて、横須賀鎮守府に玲司が着任して以来、最大にして最悪の戦いが始まろうとしていた。

 




地獄のアイアンボトムサウンドへ出撃開始。絶望的な確率の壁をぶち破り、全員で帰還はできるのか?
続きます。
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