「提督…」
「やるべきことはやった。言うべきことも言った…俺はここで最善の指揮をし、あの子達を無事ここへ帰ってこれるようにするしかない。大淀、鳥海、チカラを貸してくれ」
「わかりました。司令官さん、何があっても…後悔のない指示を私も出します」
「提督。必ずや、皆さんを帰投できるようにしましょう」
緊張の走る横須賀の執務室。まもなく、横須賀鎮守府の明暗を分ける戦いの火ぶたがきって落とされようとしていた。
………
『提督~、全員配置についたわ~。支援のほうもまもなく三条提督の支援隊と合流するって~』
「わかった。いいか、速攻で片付けろ。別に俺たちは補給艦隊を殲滅した後、
『ええ、わかっているわ。そのために、球磨ちゃん、多摩ちゃん、愛宕ちゃん、夕雲ちゃん、巻雲ちゃん。選りすぐりの子達を選んだのよね~』
「ああ。いいか、時間との勝負だ。とにかく全速力で片付けろ。敵補給艦隊にも支援を出した。そっちと連携して臨機応変に行け」
『はぁい。それじゃあもうすぐ時間だから切るわね~』
プチッと無線は切れた。いつもと違う、とてつもなくピリピリした雰囲気が刈谷提督から能代へと伝わってくる。今までにない真剣な表情の刈谷提督。作戦前夜、睡眠薬を飲んで無理やり眠ったと言うほどである。起きた時は副作用もあってか胡乱な受け答えだったが、時間が経ち、現在はすっきりとしていると言う。今までにないくらいすっきりした頭だと能代には言った。
『こちら三条艦隊、アイアンボトムサウンド突入前の目的地に到達。まもなく日が暮れます。日没まであと30分。30分後、海峡に突入。敵艦隊と戦闘を開始します』
この声は誰だ?川内型か。あそこにいる川内型と言えば…神通か『宵闇』と呼ばれる「原初の艦娘」の川内か。「原初の艦娘」を引っ張り出して来たか。それでいい。夜戦最強と呼ばれる『宵闇』がいるなら、生存率は上がる。『ハヤブサ』の島風は出していないのか。ああ、夜戦では速さはあまり意味はない。闇に紛れ、一瞬の隙をついて敵を屠るのが夜戦。ならば、サーモン海域か北方で『ハヤブサ』を活かしたほうがいい。
決して三条の艦娘を沈めさせてはならない。もちろん、自分の艦隊の艦娘も沈めさせない。敵の数が未知数なだけに、補給艦隊にどれだけ時間がかかるかわからない。
しかも補給艦の分際で重巡のような火力を持つ「flagship」までわんさかいると思われる。こちらだって危険度は高い。
そんな中、悠々と無傷で通ろうとする大府のクソ野郎の作戦には怒りを通り越して呆れた。やっぱり奴は無能だ。協力して成功へと導こうと言う気がない。それもまあ、飛龍を沈められて骨身に染みているわけだが。
ただ、1つ言えるのはそんな作戦で敵主力艦隊だけを潰したところで、大府自身の戦果は薄いのだ。大本営だってそのことは承知しているはずだが…。
「能代、茶をくれ」
「はい。すぐに」
大府のことを考えても仕方ない。やはり俺はまだ、あいつへの執着、憎悪がこびりついているらしい。
「提督…お味は…」
「もう少し渋くてもよかったんだけどな」
「すみません…」
「いやいい。ありがとよ」
しっかりとお礼を言うところは昔思っていた刈谷提督のイメージとはかけ離れている。だが、そう言うところはしっかりしているのだ。艦娘に表面上は超偉そうだが、下に見て見下しているわけではない。対等に接してくれる。
『こちら三条艦隊。日没になりました。アイアンボトムサウンドへ突入します』
『こちら本部。了解しました。夜明けまでに敵の殲滅をお願い致します』
『こちら三条艦隊。承知いたしました』
死んで来いと言う感情がヒシヒシと伝わってくる大府の命令。構うな。怒るな。冷静になれ。
「龍田、三条の艦隊が突入するぞ。準備しておけ」
『は~い』
ふう…と大きく息を一つ吐き、能代に淹れてもらった茶を一気に飲み干し、無線機をつける。片時も離れない。パソコンのモニターに映し出された各艦隊の位置。龍田の艦隊、支援艦隊…そして三条の艦隊の位置をしっかりと食い入るように見つめるのであった。
………
「各艦、戦闘準備!!!あたしが先行するから、それまでは砲撃準備をしつつ待機!!」
闇が支配するアイアンボトムサウンド。新月で僅かな明かりもない。しかし、川内は確実にいる敵の気配を察知し、闇に紛れてそちらへ音もなく接近する。
支援艦隊にも伝えているし、最上達にも伝えている。砲撃開始のタイミングは「あたしがドンパチ、賑やかになったらね」と。
ゴクリ…と唾をのみ込む音でさえよく響くほど静かだ。何としても全員で帰るんだ。昔みたいな思いはもう…二度と味わいたいない…そう思う最上。響も同じだ。
「……聞こえる」
「響さん?」
「聞こえる。たくさんの鉄が動く音が。ちょっと…これはきついね」
響の耳はより遠くの音を聞き分ける。波の音に紛れて息をひそめ、今か今かと待ち受けているであろう深海棲艦の群れ。その音が聞こえる。その気になれば息遣いだって。
「村雨さん、聞こえるかい?敵は私達の正面、2キロほど先にいる。川内さんの砲撃が聞こえたらすぐさま頼むよ」
『はいはーい、了解でーす』
………
響からの無線。危険ではあったが位置を知らせてもらって助かった。どのみち、今のだけでは正確な距離は測れない。だが、村雨はそれだけで大体の距離を把握。
「ここからだと少し遠いなぁ。山城さん、ここから11時の方角に4キロなんだけど、当てられる?」
「Wait.そのような距離、私達は当てられたためしがないわ」
「榛名も同様です…」
「……当てるわ」
「What!?」
「よし、近づきながらちょいちょい撃っていきますか!」
「信じられん…どんなMagicを使うんだ…」
「山城さん、距離4。風、微風。ちょっと修正を入れましょうか。第一砲塔、高さ1,横、2へ修正。第二砲塔……」
村雨の指示通りに山城が砲を動かす。まさか、この長距離を?ウォースパイトや刈谷提督の榛名はただただ見ているしかなかった。
「オッケー!山城さん、そのまま待機!山城さんが一発撃ったら、全員射程範囲へいきましょっか。あ、ウォースパイトさんも榛名さんもいきますか。今言った感じで、妖精さん、お願いしまーす」
村雨の言うとおりに各砲撃担当の妖精さんが中で忙しなく角度や向きを微調整する。
「アークロイヤルさん、夜間航空隊さんの様子はどうですか?」
「ああ、問題はない。敵は……考えたくないほどいるのが見える」
「…何としてでも沈ませないようにこちらも弾を撃ちきるつもりでやっちゃいましょう」
なぜか横須賀にふと現れた「夜間作戦航空要員」及び「TBM-3D」…どこから出てきたのか、妖精さんが持ってきたのかよくわからないが、空母が夜でも艦載機を飛ばせるようになる装備が用意されていた。
暗闇の中、指示された通り艦載機を飛ばし、敵を確認。より精密な指示が出てそのまま待機。半信半疑なウォースパイト、アークロイヤル。刈谷提督の榛名、綾波。
山城は静かにその時を待つ。村雨と山城はもはや阿吽の呼吸で繋がっている。
(来なさい。帰還したとき、姉様や…提督が喜ぶように…来なさい……来い!!)
緋色の瞳を砲が向いている方向へと向けて睨みつける。
そして…遠くからドォン!と言う音とわずかな閃光が見えた。
「狙い通り!!!全員撃ち方用意!!!ってぇーーーー!!!!」
轟音が静寂を切り裂き、アークロイヤルを除く全ての艦娘の砲が火を噴いた。
………
『宵闇』川内。波から波。闇から闇へと瞬間移動でもするかのように音もなく動く。待ち構えているのであろう駆逐艦は横を通り過ぎたことさえ気づかずに、川内の侵入を許した。
(…重巡もやばいけどこいつら駆逐艦や軽巡だって夜戦じゃやばいんだ…数が多すぎる…)
支援艦隊にこれは任せよう。とにかく、旗艦はいるのか、いないのか。それだけをまず探る。
(まず…あれを討つか…)
黄色のオーラを纏う危険な重巡リ級flagship…。ヤツは魚雷での強烈な一撃が脅威だ。もちろんeliteの砲撃も危険だが、ひとたび強烈な魚雷の一撃を喰らえば、自分も、最上達だって。いや、戦艦の霧島だってやられる可能性が高い。
闇に溶け込み…そして…声も出さず、気配もなく…闇から突如現れ、目を見開いて驚き、声もあげられないリ級の頭を15.2㎝連装砲(明石改)で正確に延髄を2発撃ち抜いた。
その砲撃音に周りにいた全ての深海棲艦が注視する。しかし、そこにはガクリと膝をつき、そのまま海へと沈むリ級lagshipの姿しか…なかった。
「敵ダ!!!!!」
別のリ級が声をあげ、一斉に戦闘態勢に入る。どよめく敵艦隊の間をすり抜ける川内。
「響!支援艦隊の援護だ!照明弾!ってぇ!!!」
………
『ってぇ!!!」
その無線が入ったと同時に闇夜の空に向けて2発撃った。しばらくしてそれはポッと周囲を照らし、ゆっくりと落ちていく。闇を照らす照明弾。
ゆらゆらと落ちる光の玉。
「距離、よし!!!全門斉射ぁ!!!」
霧島が叫ぶ。それと同時に最上、三隈、響が砲を放つ。轟音。
「魚雷さん、お願いします!!!!」
雪風は五連装酸素魚雷を放つ。雪風の雷撃は島風と並ぶトップの威力を誇るからだ。それでいて精密。
霧島たちの砲、雪風の魚雷、炸裂。それと同時に奥の方で何やら爆発が起きる。支援艦隊だ。超長距離からでも正確に直撃させる村雨の精密な支援援護はさすがと言うべきである。
「いきますよ!川内さんに合流します!とにかく、前面の敵から蹴散らし、背後から川内さんが少しずつ殲滅します!!!!響さんは定期的に照明弾を海峡奥へ撃ち、支援艦隊の援護をお願いします!雪風さんは魚雷、再充填!!駆逐艦相手に魚雷はもったいない気もしますがとにかく殲滅を!!!」
「「「了解!!!」」
作戦も何もない。数が多すぎて数を減らすことだけを考える。霧島、最上、三隈はとにかくひたすらに照明弾の明かりで見える敵に照準を合わせ、敵を討つ。遠巻きに砲撃音と光が見える。川内が奥で重巡や軽巡を片付けているらしい。集中砲火を浴びれば危険だが、闇から闇へ消える川内を集中で撃とうとすると同士討ちになる。
『こちら支援艦隊!まもなく安定して支援を開始しますから!』
「了解しました!数が多い!頼みます!」
川内が離れていることによって指示は霧島が出す。
「響さん、照明弾から通常の弾を込めて撃ってください!支援艦隊が到着次第、再度照明弾を発射してください!」
「了解。霧島さん、9時の方向からお客さんが近づいている。私達を囲む気だ」
「ボクと三隈でそっちをやるから、霧島さん達は正面をお願い!!」
「三隈の華麗な砲撃戦、お見せしますわ!!」
「3時の方向からもきている。3方面同時に攻撃をしてくる。こちらは私がやろう」
「ちぃ…!!!正面は私だけでやります!三隈さんと雪風さんの位置を変更!!雪風さんは最上さんと砲撃!三隈さんは響さんと協力して数を減らして!!!」
絶望的な状況に追い込まれつつあった。できることならこちらの方に支援砲撃を回してほしいとも考えたが、そうすると川内が危険だ。奥にいる重巡たちを片付けてもらった方がいい。余力がこちらの戦いで残るかも怪しいのだ。
「………魚雷!!面舵一杯!」
「?!お、面舵一杯!!」
響の「耳」が頼りになった。間一髪、今響たちがいた場所を魚雷が通過していった。響が気づかなければ危なかった。
「響、耳は大丈夫なの!?」
「ああ、霧島さんの砲撃音なんかで頭がグラグラするけど、そうも言っていられない。鼓膜が破れない程度には耳を頼りにするよ」
「わかった!無茶しないでね!!!!」
「鼓膜は破れてもドックに入れば治る。それよりも今はこうしないと危ない」
波の微妙な狂い、音。響は聴覚と足に伝わる波の動きで異変を的確に伝える。それでも今、ギリギリである。霧島ももう駆逐艦の砲撃を避けつつ、敵を撃つしかない乱戦状態である。そこに軽巡ホ級も混ざっているのでなお砲撃が当たると厄介である。
『霧島さんたち、伏せて!!!!」
「!!!!」
全員に通信が入る。とっさに頭を庇うようにして伏せる。するとヒュルルルル…と言う音のすぐ後に轟音が響き、敵駆逐隊が大打撃を受ける。
『みんな無事ですか!?』
「ええ、何とかね」
『よかったぁ。砲撃の一瞬の光を頼りに撃ってみました!』
「さすがね…!」
村雨達の支援は、霧島たちの砲撃の一瞬の光。それを頼りに村雨が距離を読み、砲撃を行った。それでもまだまだ数は多い。油断はできない。
霧島は駆逐ロ級の攻撃が頬を掠め、血が少し流れ出たが拭いている暇さえない。
「ぐあ!!」
「もがみん!!」
「最上さん!?」
「ちっくしょう…しまった…」
ついにホ級の攻撃に捉えられ、最上が中破。とっさに体を捻り、何とか大破だけは免れたようだが…戦力は低下する。
「みんな無事!?ちっ、遅かったか!ごめん…」
川内が戻ってきた。返り血を浴びて服が青く染まっている。
「川内さん、ボクは大丈夫…川内さんは…」
「リ級の鬱陶しそうな奴を結構潰して来たけど、まだまだ多いね。奥にはタ級やネ級もいた。さすがにそこまで行ってドンパチやるとヤバいからね。こっちもヤバそうだから戻ってきた」
「助かります。かなり厳しい。駆逐艦は減ってきましたけどね」
「了解。んじゃああたしもいくよ」
スゥッと闇に消える川内。最上も使える砲で攻撃を繰り出す。
「もがみん、横!」
「ちぃっ!」
ダァン!ダァン!と連撃が響く。そこにはこの闇の中、僅かに白く見える小さな姿。雪風だ。
「雪風がお守りします!」
「ありがとう!」
雪風がフォローに入る。進めば進むほど、リ級も増えてきてより厄介である。まだ1つの地点すら制圧できていないのだ。
『三条艦隊。1つの地点を制圧するのにいつまで時間をかけるつもりですか?』
大府提督から霧島たちの無線に急かす指示が入る。うるさいな。今こっちはそれどころじゃない。答えている気はない。今はそれよりも目の前にいる敵を殲滅せねば。
「…!!しまっ、!」
遠くからのリ級eliteの攻撃を受け、中破してしまう響。運がいいのか悪いのか。連撃を喰らっていれば確実に大破していた。
『支援、まだいけます!蹴散らしてほしい方へ何か明かりをお願いします!!』
「わ、私がいる2時の方向から敵が多くいる気配を感じるんだが…すまない、照明弾を保管しているところを飛ばされた」
『そ、そんな…』
「まだ光はあります!雪風、照らします!!!」
仲間から離れ、雪風が何が動いているなと思ったらカッと光が闇を照らす。響が教えてくれた方向に光を照らすとリ級eliteやflagshipが眩しそうに手で目を覆う。
「た、探照灯!?」
「危険ですわ!!!雪風さん!」
雪風は探照灯を持ち出していたのだ。夜戦になり、激しい戦いになるならと。探照灯で自分の位置を知らせ、仲間を危機から切り離すために。
「村雨さん、山城さん、これで見えますか!?」
『見えたよ!雪風ちゃん!探照灯はもういい!危ないから消して!!』
「消したら動かれます!敵を倒すにはこのままのほうがいいです!」
「雪風さん!消してください!!!敵がみんな狙ってきます!!!」
こんな時でも。雪風は背を向けたまま、いつもの言葉を発するのだ。
「絶対、大丈夫!!!!」
しかし、当然雪風への砲撃が集中する。雪風は「たん…たん…たん…」とリズムを取り、踊るように弾を避ける。『白い妖精の舞』…それは改二になってよりキレと美しさが増したような気がする。
「早く…早く!!」」
今村雨達が狙いを定めているのだろう。同時に敵も探照灯で照らされていると砲撃が集中するため、散開する。雪風は舞を踊りながら探照灯で敵を追いかける。
「甘いよ」
探照灯の光とその影から突然姿を現す川内。ホ級の延髄を撃つ。すぐさま絶命。次の瞬間には闇に消える。
さらに…轟音と共にリ級の群れに砲撃支援が直撃、多くのリ級が海に沈む。
「ぎゃっ!!」
悲鳴が聞こえた。それは…
「ゆ、雪風!!!!」
向こうの爆音に気を取られたがこちらもその音に気づけなかった。雪風に一発の魚雷。どこからかリ級flagshipの魚雷が雪風に炸裂してしまった。
探照灯を消し、その隙に動きの速い響が雪風を引っ張り、退避させる。しかし…事態は非常にまずい状況となった。
「雪風、大丈夫かい!?」
「ぐ、うう…だ、だいじょ…」
「大丈夫じゃないじゃないか。まずいね」
「くっ、司令、雪風さんが大破しました!身を挺して探照灯をつけ、重巡艦隊を支援で多く撃沈させましたが…」
『……何とか雪風を守れないか』
「わかりませんがやってみます」
『敵反応、やや微弱になりました!霧島さん、そのまま南東方面へ!そちらのほうが敵の反応が薄いです!いざとなれば島陰に隠れることも可能です!』
「大淀さん、了解!皆さん、聞こえましたね!?行きますよ!!」
『支援艦隊、霧島さん達に続きます!!!』
これを抜けたとしても次はさらに厄介な重巡ネ級やタ級がいる。燃料、弾薬は問題はないが、雪風の大破が大きな問題であった。霧島たちは雪風を庇いながら大淀の指示に従う。確かに敵は少なくなってきた。殲滅がうまくいっているようだ。
「追いかけて来るね。まあ、当然か」
響が耳を澄ます。ニガスナ!絶対沈メロ!!魚雷ヲオ見舞イシテヤレ!!など、怒りの声が聞こえる。このままでは追い付かれる。そして、これらを殲滅しないといけない。
『もう一度支援をします!』
「任せて…ください!」
「雪風、ダメだ!!!」
「雪風さん、いけませんわ!?」
急停止し、背後から迫る敵に向けて探照灯を再度照らす。探照灯はまだ生きている。煌煌と光る探照灯に、憤怒の表情で追いかけてくる敵の姿があった。
霧島たちも動く。同時に霧島の影から川内が現れ、同じように砲撃をする。何してるんだ。早く。早く砲撃して…雪風さんが危ないんだ…!!!!
ドォン!!!
雪風がこちらへ吹き飛んでくる。
その瞬間、霧島たちが凍った。
「ゆ、雪風!!!!!」
それに遅れて轟音。支援砲撃が敵艦隊に刺さったようだ。敵艦隊は沈黙したらしい。
「雪風さん!!!!」
「う、うぐっ…ゆ、雪風は…し、沈み、ません…」
「いそげいそげー。あなをふさげー。ひをけせー!」
艤装が僅かに光り輝き、大穴がふさがれた。『応急修理妖精さん』が雪風の轟沈をすんでのところで止めた。
……響が耳を澄ます。風の音と波の音が聞こえるだけだ。あとは荒い雪風の吐息。
「敵は…今の支援砲撃で消えたみたいだね」
「拠点1つ制圧…か…ボクは中破、雪風が…」
「司令、第一拠点、制圧しました」
『状況はどうだ?』
「最上さん、響さんが中破…雪風さんが…」
『…雪風がどうした?』
「大破しました。支援艦隊の砲撃サポートのために探照灯を用い、敵の集中砲火を浴びました。なんとかよけようとしたのですが、魚雷を一発もらい大破。さらにもう一発砲撃を重巡リ級から喰らって応急修理妖精さんが発動…もう後がありません」
『………』
そんな…と大淀の声が聞こえた。玲司は事の重大さに言葉を失った。雪風はもう後がない。しかし、制圧しなければならない拠点はまだある。時間も食っているし、このままではまずいのだ。
『三条艦隊。制圧ご苦労様です。次の拠点があります。進撃し、次の拠点も制圧してください。夜のうちに我々の艦隊もそこを通りたいので、手早くお願いします』
この時霧島は「やかましい」と叫びたかった。しかし、それを言ってしまえば司令の立場が危うくなってしまう。このまま進撃し、もし雪風に攻撃が当たってしまったら…。
『霧島…大府提督の命令に従え。進撃して次の拠点を制圧しろ。それと…』
「はい。やってみます」
『頼むぞ』
「了解です。行きましょう、急がないといけません」
「……クソッ!!!」
「もがみん…」
「無線は…切れているね。私は何があっても、あの大府提督と言う人をずっと憎むよ。ずっと…ずっと…」
「ゆ、ゆきかぜ…は、だいじょぶ…です。い、いきま、しょう」
大破し、ダメコンももうない。絶望的な状態でも雪風は前進むことを提言した。遠くから砲撃音が聞こえる。おそらく、刈谷提督の艦隊が補給艦部隊と対峙しているのだろう。
………
「敵艦、見つけたよ。あたしの目にははっきり見える。村雨、聞こえる?」
『はい、聞こえます』
そうして川内が響の照明弾が使えないとわかると闇に紛れて方角などを知らせる。そして…こっそり響から拝借していた照明弾を撃つ。
「照明弾…?いつの間にか私の妖精さんから一発だけ…渡していたのか?」
「そうだよー。そっとちょうだいっていわれましたからね」
「…それは驚きだね」
「……三隈、チャンスは一回だ。まずはこの支援砲撃で戦闘開始だ。次の支援砲撃で…」
「ええ、わかりましたわ」
「…これしかありませんね。使いたくはありませんでしたが」
皆が示し合わせたように頷く。次の瞬間支援砲撃が敵艦隊に直撃したようだ。
『山城よ。さっきのところで弾を撃ちすぎた。撃てて全員、あと一回よ』
「こちら霧島。了解しました」
もはやギリギリである。三隈が最上を。響と川内が雪風を守るようにして砲撃を繰り出す。霧島は冷静に考えて最上のフォローへ回った。雪風には後がもうないのは百も承知だが、それ以上に最上にも大破されてしまうともう取り返しがつかない。雪風には2人でフォローしてもらう。川内と響に雪風を託そう。賭けるしかない。
「危ないよ」
響が雪風を手繰り寄せると魚雷が通り過ぎていく。ネ級の魚雷も強烈だ。そして同時にタ級flagshipの砲撃もある。いずれも雪風が当たれば命はない。
『砲撃!あと3分待ってください!』
「何してんの!早くしてよ!こっちは雪風がやばいんだって!!」
もどかしい。早く1隻でも多く深海棲艦の数を減らさなくては…焦るな。艦隊の頭脳が焦ったら終わりだ。
「そこから!霧島を撃とうなど!無駄ァ!」
霧島の35.6cm砲が吼える。殺気を感じ、砲を撃つ。バシュ!と霧島の右肩を何かが掠め、痛みを覚える。しかし、それよりも霧島が撃った方角で何かが燃え上がり、鉄を擦り合わせたような悲鳴があがる。タ級だった。霧島は一瞬の光。発砲の瞬間を見逃さなかった。
「霧島さん、大丈夫ですの!?」
「この程度かすり傷にすぎません!最上さん、こちらへ!三隈さんも!このまま支援砲撃を待たずに進撃します!」
「わかった!」
「わかりましたわ!」
「こっちも動くよ!」
「護衛は任せて」
「雪風さんを守って!」
『お待たせしました!最後の支援砲撃、いきます!!準備よし!ってぇ!』
遠くから轟音が聞こえる。最後の砲撃。これでもう撃ち尽くした。敵は多く屠った。これで、作戦は…いやまだか。南方戦棲姫を倒すまで進撃せねば。
「………!雪風!」
「!?」
川内と響が砲を構えながら雪風を呼んだ。そして………。
………
「雪風………!」
雪風大破の一報は玲司にとって内臓を吐き出しそうなくらいの最悪の一報だった。おまけに応急修理も使ってしまっていると言う。そして大府提督の無慈悲な進撃命令。刈谷提督は沈黙したまま、何もない。
『こちら刈谷艦隊よ〜。敵補給部隊は潰したわ〜。完璧に…1隻残らずにね〜』
龍田の無線だ。
『了解、被害を報告しろ』
『私は小破。駆逐艦の子が中破ね。大破はいないわ〜』
『わかった、そのまま進撃して三条の艦隊の援護に回れ。苦戦してる』
『了解よ〜』
『勝手な命令はしないで下さい。そのまま私の艦隊に合流する手筈ですが』
『今どこほっつき歩いてんだよのんびりと。合流するにしても今の地点から合流を待ってたら昼になっちまうだろうが。のんびり三条の支援もしねえでボサッと無害な地点からようやく動いて、次の三条のやべえポイントがクリアになるのを待ってるだけだろうが。だったら三条の艦隊支援して、合流した方が早えんだよ。文句言うんだったらとっとと動きやがれ鈍亀』
無線でケンカが始まっている。たしかにモニターの現在地は先程川内達がリ級やホ級艦隊を潰した辺りだ。刈谷提督の艦隊の方が川内達の方に近い。
『その言葉、上官への『テメエと俺は中将同士だ。上官もクソもねえ。総指揮官がノロマだからこっちがフォローに回ってんだ。ゴチャゴチャうるせえ、裁判だろうが審問会だろうが終わったら出頭してやるから黙ってろ。三条、状況を教えろ。なるべく急いで向かわせる』
玲司は現状、敵が多すぎたことで支援艦隊の弾薬が尽きること、思った以上に状況が芳しくないこと。そして、雪風が大破していることを伝えた。
『もつか?』
「わかりません。ですが、川内や霧島が踏ん張っています。あと少し、あと少しで乗り切れるかと。しかし、援軍はありがたいです」
『わかった、龍田、聞いたな?』
『は〜い』
刈谷提督の艦隊が来てくれることはありがたい。だが、間に合わないだろうと玲司は考えていた。
「大淀、鳥海」
「はい、提督」
「はい、司令官さん」
3人は天にも祈る気分で名を呼び、それにただ返事するだけだった。
『お待たせしました!最後の支援砲撃、いきます!!準備よし!ってぇ!』
村雨の支援砲撃開始の無線が入った。よし、これであとは霧島や川内、三隈が踏ん張ってくれれば。そう思っていた。いや、踏ん張ってくれると信じている。状況は玲司…いや、大淀が思う通りに進んでいた。敵が多いことも。誰かがほぼ確実に大破することも。いや、提督にも伝えたが、確実に大破することはわかっていた。提督には8割と伝えていたが、確実に大破するだろうと確信していた。
玲司はただただ祈った。無事であってくれと。しかし。無常にも…モニターから1人、反応が消えた。
鳥海は口を手で覆い、膝から崩れ落ちた。大淀はモニターから目を逸らした。玲司は…呆然とモニターを見つめるだけであった。
………
「……嘘だろ?」
刈谷提督もまた、呆然とパソコンのモニターを見た。三条の艦隊の6つあるべき船の形をしたアイコンが1つ…消えた。
「提督…ま、まさか…雪風さん…」
「…………」
「そ、そんな…」
能代は崩れ落ちた。間に合わなかったのだ。龍田達の方もワ級flagshipなどややこしい補給艦が多かった。数も多く、逃げようと必死に応戦してきたのを潰すのに時間がかかった。逃げようとしたものを追いかけるのにも時間がかかった。よほど、この補給艦達は重要な存在だったのだろう。そのせいで遅かった。
「……クソがよぉ…クソがよぉおおおお!!!」
ドォン!と机を思い切り叩いた。終わった。これで何もかも、これからの艦隊運用の計画は全てご破産だ。また、奴のせいで…。終わったら絶対にぶち殺してやる。怒りは殺意に変わった。
ピリリリリ!
静寂を破るFAXの音。能代はヨロヨロと立ち上がってFAXから吐き出された紙を取る。
「……!?て、提督!!」
「ああ…?」
「こ、これ!三条提督から!」
「!?」
そのFAXの内容は……。
…………
「これで終わりです」
三条艦隊の6隻のうち、1隻の反応が消えた瞬間、そう呟いて少し、あの無表情の大府提督の口の端が、釣り上がった。
絶望に悪魔がほくそ笑む。
アイアンボトムサウンドの亡霊達が牙を剥く。
次回、サブ島決戦。
三者の思惑は…いかに。