提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百七十四話

無言の執務室。キーンと耳鳴りのようなものが聞こえて耳が痛い。頭が痺れるようにビリビリしている。手の指先が冷たい。

 

大淀は足にチカラが入らず、椅子に座ったままただただ5人になった横須賀の艦隊が映し出されたモニターを見つめ続けた。

 

『こちら横須賀鎮守府、アイアンボトムサウンド突入夜戦部隊です』

 

霧島からの無線が入った。霧島の声はきわめて冷静であり、落ち着いていた。玲司からの命令の1つである。

 

「何があっても冷静に振舞うように。必ず報告の際もそれを貫き通してほしい。何があろうと。何が…起ころうとも」

 

その言いつけ通り、霧島の声はひどく落ち着き払っていた。大淀も鳥海もなぜここまで冷静でいられるのかわからないほどである。霧島の精神力は凄まじいものがある。

 

『こちら本部。状況を報告してください』

 

『横須賀の艦隊はアイアンボトムサウンドに陣取っていた2拠点の深海棲艦の艦隊を殲滅。()()()()()()()()()()()()()()

 

『そうですか。ご苦労様でした。ではそのまま進撃を進め、我々の艦隊が到着するのを予定のEポイントにて待機してください。そのまま合流し、サブ島の敵艦隊本隊を叩きます。私の艦隊は予定通り、0500に到着予定です』

 

『横須賀艦隊旗艦、霧島。承知いたしました。これより進撃します』

 

その言葉を聞いた玲司はふう…と大きなため息を吐いた。いや、まだだ。まだ終わっていない。敵本隊を片付け、皆が凱旋するまでは片時も気が抜けないのだ。

 

「こちら横須賀司令部。霧島、現在の状況を報告」

 

『はい。現状霧島が小破。川内、三隈はダメージ軽微。最上、響が中破。雪風が……』

 

「……わかった。そのまま命令通り進撃を続けてくれ。あとは敵本隊、南方棲戦姫の艦隊のみだ。最上、響、すまないがそのまま進撃を頼む」

 

『霧島、了解致しました。通信終わり』

 

大淀と鳥海は作戦を聞いて少しだけ緊張の顔が緩んだ気がした。

 

「気を緩めてる場合じゃないぞ。まだ本隊はいるし、安全じゃない。サブ島を制圧するまでは気を抜くな」

 

「は、はい。申し訳ございません…」

 

「司令官さん、村雨さん達が移動を開始いたしました」

 

「了解。漏れがないように()()()()調査をするよう伝えてある。問題はないだろう」

 

「はい。それから、刈谷提督の艦隊がKポイントに向かっておりますが…」

 

「刈谷提督にも事情は伝えてあるよ。今さっき、FAXでな」

 

「そうですか……」

 

「待とう。今は待つしかない。すまん、大淀。お茶をくれないか?さっきから口の中が渇いて仕方がないんだ」

 

「はい。ただいま。実は…私もでして…」

 

「あの…私にも…」

 

氷なしの冷蔵庫から取り出した麦茶を3人そろって一気に飲み干し、もう一杯も一気に飲んだ。喉が乾燥してひっついてしょうがなかったのだ。緊張で。

 

結果は予想通りの展開になってしまった。そこまでは大淀の想定内である。次は玲司の予想通りであってほしい。そう祈るしかない。

 

『こちら横須賀、鹿屋合同支援艦隊の村雨です!聞こえますか、提督?』

 

「こちら横須賀司令部。聞こえるよ。どうした?」

 

『私達、K地点に到着しました。周囲に敵影、反応、なしです』

 

「そうか…」

 

『はい。K地点()()()()!弾薬が尽きておりますので撤退の許可をお願いします』

 

その言葉にさらに緊張が解けた。大きく玲司は一息吐いた。大淀と鳥海も安堵した。

 

「了解した。撤退の許可はこっちで任されているから、撤退を許可する。気を付けて帰ってこい」

 

『了解しました。では、これより帰還致します』

 

『こちら鹿屋司令部。補給艦討伐部隊、帰還しろ』

 

『了解しました~』

 

刈谷提督のところの艦隊はここまでである。これも大府提督の命令であり、3艦隊いたほうがいいと思うのだなぜか刈谷提督の艦隊だけは敵本陣への突入の指示はなく、補給艦隊を潰したら帰還せよとの命令が出ていた。刈谷提督は甘んじてこれを受け入れているが、こうなることは予想済みであり、玲司にもきっちりと伝えてある。

 

こうして、1人欠けた玲司の艦隊と無傷の大府提督の艦隊で、今回の南方海域のボス、南方棲戦姫の討伐を行う。

 

「本来ならここで討伐しちまえば楽なんだろうけどな。大淀の予想では?」

 

「間違いなく逃げられると思います。こちらは手負いの横須賀艦隊。それと、大府提督の指揮にも問題があると思いますので」

 

「そうか…」

 

「次のサーモン海域も逃げられると思っています。おそらく、無傷で」

 

「全然ダメじゃねえか。何とかならねえか?」

 

「いえ、サーモン海域の北方へ逃げ込むでしょう。サブ島で仕留めたいのはやまやまですが、恐らくは深手すら与えられるかどうか…と言うところでしょうか」

 

「そうか…厳しいか」

 

「はい。何せこのデータをご覧ください。南方棲戦姫の装甲がとにかく厚いのです。霧島さんに一式徹甲弾を備えさせていますが、それでも装甲を抜けるかどうかさえ怪しいです。最上さんは中破していますし、決戦支援部隊が駆逐艦などを片付けたとしても、厳しいでしょう。霧島さんがやられると、もう撃破は難しいでしょう」

 

「大府提督のほうにも戦艦がいるんじゃないのか?」

「金剛さんがいるようですね。ですが、仕留められるかどうかは…」

 

金剛…「バイバイ…ワタシの最愛の人」と言って消えた瞬間のことは一生忘れられない。その金剛が人形のようになって戦う。大府提督の艦娘のことだからと思いたいが、やはり金剛は思い入れのある艦娘。しかし、今はそれを気にしている余裕もない。一刻も早く支援艦隊の帰還。そしてサブ島主力艦隊を殲滅して霧島たちにも早く帰ってきてほしい。そう祈るばかりであった。

 

………

 

サブ島海域、アイアンボトムサウンドを抜け、安全な主力艦隊手前の大府艦隊との合流地点。空には赤みがかかり、まもなく夜が明ける。激しすぎるほどの夜戦を戦い抜いた霧島たちは疲労困憊の状態である。想像以上に弾薬を使いすぎたので戦力になるかどうかさえ怪しい。そして、最上と響の中破。霧島も左肩をやや抉られたような状態なので痛みがひどい。

 

しかし、誰もが口を一文字に結び、喋ろうとはしない。特に最上は激しい憤怒の炎に身を焦がしているかのような表情であった。龍驤や以前いた赤城にも言われていた言葉。

 

「怒りは周囲の状況が読めず、危険に陥りやすいです。体を休め、心を鎮め…五感…いえ、六感全てで周囲の風、音、気配を感じるのです」

 

赤城はそう言っていた。『空の女王』赤城。彼女の言葉を思い出し、スゥ…と大きく息を吸い込み、肺一杯に潮の香りのする空気を吸い込む。そして大きく吐き出す。怒りは収まらない。

 

「それでも怒りが収まらんのやったら思い切り砲をぶっ放して敵をぶっ潰してみい。スカッとするわ」

 

もうそれでいこう。ボクは落ち着きがないって言う性格をよくわかっているからやっぱり赤城さんの言うことでは落ち着けない。なら、龍驤さんの言うように思い切りぶちかましてやる。中破していても思いきりぶちかましてやる。

 

「お待たせいたしました」

 

抑揚のない声で到着した大府提督の艦隊が声をかけてくる。その目を見た最上は昔の自分の所の駆逐艦や大井達とも違う、感情が死んだ目、ではなく殺された目だ、と思った。ますます怒りのボルテージが上がる。

 

「さっさと行きましょうか。こちらとしても、弾薬も燃料も心許ありませんし、短期決戦で敵を倒して終わりにしたいです」

 

「大府提督の作戦では、我々と三条艦隊で敵を囲み、そこを支援艦隊で蹴散らすと」

 

「では我々にも支援艦隊の砲の雨を被れと?」

 

「そうなります」

 

「あなた方も海に沈む可能性がありますが?」

 

「提督のご命令とあらば」

 

「……」

 

「はっ、提督の命令なら命さえ…ね。もうそう言うのは聞き飽きたよ。冗談じゃない。ボクたちは提督の道具じゃない。どいつもこいつも、艦娘は沈んでも代わりはいくらでもいるって?ふざけんじゃないよ!!!」

 

最上の怒りがついに爆発した。

 

「ふざけるな!!!!艦娘を使い捨てに使ったり、人間の都合でいらないだの解体だの言いだしたり、艦娘をいかがわしい変なお店で働かせたり…人間のやることはもううんざりだ!!!!!」

 

過去に安久野によって沈められた姉妹、友達、仲間。人間の都合で一度は解体寸前までいった今隣にいる三隈。性の捌け口にされそうになった鈴谷。捌け口になった横須賀の艦娘達。

 

「最上さん、私、もっと生きていたかったな…もっと、最上さんと…」

 

そう言って沈んでいったかつての三隈。今の三隈に同じことは絶対に言わせない。もう沈ませない。ここにいる仲間だって…もう。もう沈めたり、不幸な目にあわせるもんか。

 

「あ、こら最上!またつまみ食いしたな!!!!」

 

楽しい毎日。

 

「あーあ、やーっぱりバレたじゃん。いい加減にしないと提督におかず減らされるよ?」

「最上は食い意地が張りすぎですのよ」

 

「そう言ってちゃっかりポテトを食べているのは誰なのかしら、くまのん?」

「な、何の話ですの?」

 

大切な姉妹。やっと4姉妹揃ったんだ。

 

「やっぱ最上は最高の相棒だぜ!」

「へへ、これからも頑張ろうね!」

 

最高の相棒。摩耶。みんなを悲しませるわけにはいかない。そして、悲しませる奴なんか大嫌いだ。ボクにも朝潮や神通のようなチカラまでとはいかないけど、みんなを守る、そして敵を倒すチカラがほしい。

 

「もがみん、大丈夫ですの?傷、痛みます?」

「ああ、大丈夫。ボクはまだやれるさ」

 

「無茶はしないでくださいね。三隈も頑張りますから」

「うん。三隈がいるなら大丈夫」

 

「私もいるよ。私もまだやれる」

 

「だよね響。頑張ろうね!」

「ああ。ところで髪がぐしゃぐしゃなんだけど」

 

「気にしたらだめさぁ!」

「そうか、そうしておこう」

 

「レディがそのような髪ではいけませんわ。もう、もがみんもレディの髪を乱してはいけませんわ」

「あはは、ごめんごめん」

 

「はいはい、準備はできましたか?行きますよ」

 

「りょうかーい」

「くまりんこ」

 

「ダー」

「あー、眠くなってきた…ちゃっちゃと終わらせて帰りたーい」

 

少し緊張がほぐれた。敵がどれだけいようと必ず帰る。そう誓って主力艦隊へと歩を進めた。

 

沈痛な表情で雪風の死を嘆き、戦力にならない横須賀の艦隊を盾にしてやろうと考えていた大府提督とは正反対の方向に動いていた。

 

………

 

「提督。敵主力艦隊を発見しました」

 

金剛が大府提督に敵の発見を伝える。

 

『了解しました。まずは敵を逃さないよう囲むようにして支援砲撃を開始します』

 

『バカ言ってんじゃねえ。無傷のテメエの艦隊にダメージ与えて誰が南方棲戦姫をやるんだよ。テメエ頭イ級か?三条艦隊、そっちは後方からこっちの支援艦隊が撃ち漏らしたザコを始末しろ。大府提督にでっけえ花を添えてやれよ。勝利の栄光を君にってな』

 

「承知しました」

 

『支援艦隊!支援砲撃開始まで3分!!』

 

「霧島、了解しました…正直めちゃくちゃ頭にきてますんで…派手にいかせてもらいます!!!」

 

「霧島さんも同じかい?ボクも正直めちゃくちゃ腹が立ってるんだ。よくも大事な仲間を犠牲にするような戦い方をさせたな!?それから、そこで無傷で余裕そうな顔をしてるお前をここで倒してやるからな!!!!」

 

霧島は艦隊の頭脳の一人であるが、その中でも一番好戦的であり、攻撃的である。彼女の立てる作戦は時々苛烈であるが、それを楽にこなすのはさすがは横須賀の艦隊であろうか。

 

「この霧島が先頭にでます!川内さんは響さんのサポート!響さんは川内さんの傍から離れないように!三隈さん!砲撃後、残った南方棲戦姫以外の敵の撃沈を!敵が集まってきます!南方棲戦姫は大府艦隊に任せ、周囲の敵を殲滅します!!!!アイアンボトムサウンドでの怒りを今ここで晴らしてしまえ!!!!」

 

そう言うと霧島は光に包まれた。

 

「……ボクだって怒り心頭だ!!!!派手に暴れてやる!!!!!」

 

最上も同じく光に包まれた。この光は知っている。響の時もそうだった。練習中に雪風が突如光りだしたのと同じだ。それは…その光は…。

 

『支援艦隊!準備完了!空母艦載機による敵機確認よし!!!砲撃、斉射!!!ってええええ!!!!』

 

無線から砲撃支援の無線が入った。立ち尽くす大府艦隊と光に包まれた霧島と最上を見つつも敵に砲を構える三隈、川内、響。しばらくして、ヒュルルルル…と言う音と共に砲弾の雨が降り注ぐ。

 

「チィ!!!」

 

南方棲戦姫が狼狽えた声をあげる。砲を喰らった深海棲艦たちは爆発炎上。そして、水底へ沈んでいく。

しかし、南方棲戦姫も負けじと艦載機を放つ。制空権を取るつもりだ。大府艦隊の利根が二式水戦改と瑞雲を飛ばしている。三隈も同じく二式水戦改と瑞雲12型を飛ばす。

 

さらに光に包まれた最上からも同じものが飛び出した。カタパルトはやられたのでは…?

 

制空権はこちらが優勢。最上の艦載機がなければ劣勢だっただろう。しかし…なぜ?

 

「敵、撃ちます。撃て」

 

金剛とはおおよそ思えない低く抑揚のない声で南方棲戦姫を狙う。爆炎でよくわかりにくいが敵をうまくねらっている。しかし、その砲撃は軽巡ツ級が庇い、直撃は避けられた。

 

ドォン!!!!

 

「ガッ!?」

 

重い砲撃音と同時にもう一発重い音が響く。それが南方棲戦姫に直撃する。光が晴れたそこに佇む霧島。砲からは黒い煙を噴いている。体の傷は消え、そして砲塔が35.6㎝から41㎝砲に変わっている。

 

「ちっ、やっぱり重いですね。何でまあ41㎝砲になったのやら…まあ、今回だけ我慢するとしましょう。距離、ヨシ!!撃てっ!!!!」

 

戦場で突如改二になることはある。北上も夕立も戦場で生き延びるために改二になった。霧島の場合はどうだろうか?怒りで改二になるなんてことは聞いたこともないが…。

 

「邪魔だ!!!」

 

右手に添えていたカタパルトを下ろし、今度は砲を持ち、周囲の駆逐艦や軽巡を潰していく光の中から現れた最上。砲を撃つと同時に魚雷を放つ。その魚雷は単なる魚雷ではなく、甲標的を放っていた。雷が落ちたかのような轟音。水柱が高々と上がる。

 

このタイミングで改二となり、傷もなぜだか癒えた。言ってしまえば「その時不思議なことが起こった」だろうか。

 

怒りと仲間を思う強い想いが霧島と最上を改二にしたのだろう。最上が改二になったと言う前例はない。しかも、甲標的を扱うことができる最上などどこにもいないだろう。

 

「ハラショー、すごいね」

「もがみん、すごいですわ!」

 

「いやぁ、参ったね。これはおもしろくなってきたんじゃない?」

 

川内が駆け出した。敵軽巡へ向けて駆け出す。水面をスライディングしながら砲を撃ち込む。負けじと敵が砲を撃ち返す。水柱が川内の真正面に立ち、なくなった時、川内の姿はもうそこにはなかった。

 

「!?」

「おっそーい」

 

妹の口癖を気だるそうに言って背後から頭を撃つ。返り血は浴びたくないのでやや離れてだが。軽巡ヘ級はどうなったかもわからないまま、海の底へと消えていく。川内は闇から闇。影から影へ消えるだけが能力ではない。「原初の艦娘」の中で2番目のスピードを誇るスピードタイプの軽巡。夜戦だけが強いわけではないのである。

 

『もう一撃!全力で砲撃します!!』

 

刈谷提督の支援艦隊の支援砲撃だ。これで最後だろう。轟音と共に再度砲弾の雨が降る。狙いが甘かったか壊滅までは至らないが敵は殲滅できた。

 

「数は減ったけどまだ多いのに突っ込む気!?無茶すぎる!下がって!!」

 

無茶だ、主力を追い詰めるにしてもまだ数はそう減っていない!!無謀すぎる!

 

「大府艦隊!引いてください!まだ主力を討つには敵の数が多い!!!」

 

霧島の制止など聞きもせず、大府艦隊は南方棲戦姫や主力艦隊の砲撃を受けつつ進む。

 

「金剛お姉様!!!無茶です!っちぃ!!!」

 

深追いをすればこちらも被害が大きくなる。響が中破したままだし、こちらは5人だ。無理に大府艦隊に続いてこちらまでやられてしまっては主力を逃す結果になる。大淀達と考えた作戦ではここで南方戦棲姫を討ち損じ、サーモン海域北方に逃げられた際にこれと戦艦レ級とが鉢合わせ、共闘することになった場合にもはや勝ち目はない。全滅は必至である。

 

さすがに村雨が狙いをつける支援艦隊のようにはいかないことも頭では理解していた。うまく敵を多く潰してくれることはあまり考えず、多くの敵をこちらと大府提督の艦隊で潰せばいいと思っていたが。

 

しかし、金剛たち大府提督の艦隊はうまく攻撃をかわし、敵を倒していく。練度は高いようであるが、動きが機械的すぎて不気味である。

 

「霧島、どうする?あたし達も続く?」

「戦力的に微妙ですが、ここでアレを逃がすわけにはいきません。ただ…私と最上さん以外の弾薬状況が微妙です」

 

「正直あたしも夜戦ではりきりすぎたかんね」

「三隈もあまり…」

 

「さすがにボクと霧島さんだけ元気で突っ込んだとしても、奥にも隠れて敵がいるね。おそらく、状況が不利になったらこれを囮に逃げる気だよ。ボクの瑞雲からの情報だよ」

 

「やはり逃げる気ですか。敵は夜戦であれだけの敵、それと刈谷提督による補給艦隊の全滅で大ダメージを被ったようですね」

 

「どうする、霧島さん?」

 

『横須賀艦隊、何をしているのですか?私の艦隊に続いてください』

 

「ちっ、うるさいなぁ」

 

無線に対して悪態を吐く最上。霧島も小さく舌打ちをしたし、川内は心底鬱陶しいと言う顔をしていた。

 

「とりあえず続きますが、討てるとは思っていません。まあ、逃げられたら私たちのせいにして責めるでしょうけど」

 

「ダー。何とかしてみよう」

 

『後退を防ぐよう回り込んでください』

「隠れた艦隊に背中を狙い撃ちされますが。結局私達が轟沈し、大府提督の艦隊も危機に晒され、敵には逃げられると言う最低の戦果になりますがよろしいですね?」

 

霧島がすかさず返した。背後に回り込んだところを敵から背中へ集中砲火を浴びるだろう。最上からの情報があって助かった。すかさず意見ができる。

 

『……夜戦まで戦闘を長引かせることは?』

 

「そうなるまで敵が引っ張ると思われますか?私が旗艦でしたら、即座に撤退します。アレらにはどこかの艦隊のように()()()()()()()()()()()()。全ての味方を置き去りにし、沈もうが何だろうが逃げるでしょう」

 

霧島の渾身の嫌味だった。霧島は今回のことではっきりと大府提督に敵意を剝き出しにした。司令があとで責められるかもしれないが、こちらも怒り心頭でここまで来ている。嫌味の1つや2つでガタガタぬかさないでほしい。隣で川内がゲラゲラ笑っているし、最上も笑っている。

 

『雪風さんが轟沈したと言うのに随分と余裕ですね』

 

「こうでもしないとやってられませんので」

 

『……まさか…』

 

「奥の敵を倒すには艦娘の数が足りません。どうにか増援はよこせないものですか?」

 

そう言っていると奥で水柱があがり、遅れてドン!ドン!と爆発音が聞こえた。援軍!?

 

『これがお望みなんだろ、大府総司令官?』

 

刈谷提督からの無線が入った。刈谷提督の艦隊はすでに補給艦隊をやっつけて撤退したはずでは…?

 

『龍田たちがな、暴れたりねえっつってお前らを追いかけたんだ。隙をついて後ろで待ち構えてる敵らを潰して回るから、南方棲戦姫を追い詰めろ。大府ゥ、ここまでお膳立てしてやったんだ。逃がすんじゃねえぞ』

 

『言われるまでもありません』

 

金剛たちは速度を上げ、南方棲戦姫を追いかける。すでに南方棲戦姫は逃げるつもりでいる。3艦隊の同時攻撃をされては分が悪い。その切り替えの判断は適切だろう。

 

「霧島、どうする?」

「深く踏み込むのはやめましょう、万全の大府艦隊が大将を潰す気でいます。こちらは無理に追うなと司令から言われています」

 

「あー、じゃああれかな。これで終わりかな」

 

でしょうね、と言うことで撤退の準備を始めた。とにかく今は1秒でも早く横須賀に帰りたかった。帰って…結果が知りたい。皆それだけを考えていた。

 

準備は始めたが砲撃は南方棲戦姫を撃つ。最上もそれに続き、三隈と響、川内は周囲の敵を撃つ。なるべく大府提督が攻撃しやすいようにしているが、すぐに他の深海棲艦が囲み、うまく攻撃がはかどらない。

 

『何をしているのです、早く討ちなさい』

 

金剛たちが速度を上げ、追い付こうとする。近づきすぎたがために金剛は南方棲戦姫の砲撃が直撃し、大破した。

 

「申し訳ありません、大破しました」

『……っ!!!』

 

『霧島さん、これ以上の深追いは危険です。刈谷艦隊も引いてください。そこから先に多くの深海棲艦の艦隊が待ち伏せしていると最上さんの瑞雲からの情報がありました』

 

「了解しました。ここまでですね」

 

『了解よ~。教えてくれてありがとう~』

 

『まだです。まだ…敵はそこにいるんです』

 

『無理だ馬鹿。テメエの戦艦が大破してんだ。いつものように轟沈させてまで進めりゃいい。俺たちは引く。ただ、行かせたところで南方棲戦姫にはダメージを与えられない。艦娘は犬死に。笑える戦果だな』

 

『………』

 

『負けを認めろ。テメエは南方棲戦姫に逃げられたんだ。サブ島補給艦隊、アイアンボトムサウンドの敵は潰した。これだけでも戦果はでけえんだ』

 

「提督、進撃を続けます」

 

『…もういいです。撤退してください。貴重なあなたの火力を失うわけにはいきません』

「承知しました」

 

南方棲戦姫率いる艦隊は引いて行った。多少なり霧島や金剛が放った砲撃でダメージを与えられたが、やはり装甲が厚く、大きなダメージには至っていない。おそらく、このままサーモン海域北方まで逃げ、傷を癒し、再度戦いを挑むことになるだろう。できればヲ級flagship改などがいることが報告されているため、避けたかったのだが…。

 

「あーあ。逃げられちゃったね」

「ですが、私達の勝ち、と言うことでいいでしょう。アイアンボトムサウンドの艦隊は壊滅。補給艦隊もどうやら全滅したようですから」

 

「勝鬨をあげる雰囲気じゃないね」

「ええ。正直いい気分じゃありませんので」

 

「逃げられた…か。ま、とりあえずボクたちはやることはやり遂げたわけだしね」

「そうだね。私は疲れた。早く帰りたいな」

 

「三隈も…それよりも…」

「うん。そうだね。早く帰らなきゃ。すっごく気になる」

 

「ええ。司令。南方棲戦姫はサーモン海域へ逃走。これ以上の追撃は不可能です」

 

『了解した。村雨達支援艦隊も帰路についている。お前たちもここで作戦終了だ。帰還してくれ』

 

「了解しました。これより帰還します」

 

「提督~、ボクたち頑張ったんだし『オムライス』が食べたいなぁ」

 

『ああ、いいぞ。そのリクエストには応えよう』

 

それを聞いた最上はグッとガッツポーズを取った。霧島も川内も笑っている。三隈は「やりましたわね、もがみん」と声をかけ、響は帽子を深くかぶり、笑っていた。「よかった」と一言だけ漏らした。

 

「では帰りましょうか!」

「りょうか~い」

 

大府提督の艦隊も何か指示を受けているようだがどうすることもできず、帰路に就いた。今回のサブ島海域制圧の結果は玲司の艦隊による夜戦においての重巡を主力にした重部隊は壊滅。刈谷提督が受け持った物資補給艦隊は全滅。主力艦隊、南方棲戦姫は逃亡、という結果に終わった。後のサーモン海域に影響を及ぼす可能性があるが、それでも後方からの支援が途絶えることは、提督達にとってはありがたいことであった。

 

………

 

「提督、帰ったら『オムライス』ですからね!」

 

『ああ。今さっき最上にも言われたよ。まあ、作戦は成功。うまくいったな』

 

「帰るのを楽しみにしてますからね!ね、山城さん!」

 

「…そうですね」

 

「えー、テンションひくーい」

 

「なるほど。Hmm…」

 

「無事で何よりだったわ」

 

村雨達はすでに刈谷艦隊と別れ、横須賀鎮守府へと向かっていた。一足先に撤退していたため、もう鎮守府まであと数時間の所まで来ていた。

 

「I think there's something that's more important.早く彼女を連れて帰らないと」

 

「ああ、そうだな。しかし…こんな無茶な役を買って出るとは…Admiralのため…Fleetの為とは言え…」

 

「でも、今回はこうでもしないと勝てなかった。そうなんでしょ」

 

「それはそうかもしれんが…こんなMission、誰も思いつかんぞ」

 

「まあいいじゃないですか。みんな無事で帰れるんですから。ほら、本隊の皆さんも無事ですし、先に帰って帰りを待ちましょー!」

 

「そうね…そうしましょう。Good work…頑張ったわね…」

 

優しく、白い服がボロボロになった『白い妖精』の栗毛を優しくウォースパイトが撫でた。

 

………

 

「さて…妖精さん、ドックで修理の準備を頼む」

「あいあいさー」

 

「ああ、明石か?ああ、わかってる。差し入れは…え?たらこのおにぎり?わかったわかった。ちゃんと持って行くから。すまん、頼んだぞ」

 

「提督、お疲れ様でした」

 

「いや、まだ早いよ。霧島たちが帰ってくるまでが作戦なんだ。だから、それまでは気が抜けないよ」

 

「それよりも先にまずは…ですね」

 

「ああ。そうだな」

 

「司令官さん、村雨さんたちが鎮守府の防衛ラインに入りました。おそらく、帰還まではあと3時間程度かと思われます」

 

「わかった。さ、準備するか」

 

「霧島さん達への指示はお任せください。私と鳥海さんで見ておきますので」

 

「ありがとう、悪いけど頼むよ」

 

玲司は執務室を後にし、厨房へと向かった。

 

………

 

「まあ提督。皆さんがお帰りになるんですか?あの…その」

 

「間宮の心配は大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくる。もう少しで帰ってくるからさ」

 

「よかったぁ…あ、お手伝いしますね!」

 

「ああ、タラコ焼いてくれ。明石がギャーギャーうるさいのなんのって」

 

「ふふふ、そうですか。じゃあ、お帰りになられた皆さんのおにぎりは焼きたらこですね」

 

「そういうことになるなぁ。よし、頼む。俺は米を炊くから」

 

「はい!」

 

間宮はとても嬉しそうに準備を始めるのであった。

 

………

 

準備は万全。そうこうしているうちに村雨達の一行が母港から見えるくらいにまで帰ってきた。村雨が大きく手を振っている。

 

玲司はそれに大きく手を振り返すと飛び跳ねて喜んでいるように見えた。少しずつ近づいてくる村雨達。玉座のような艤装に座り、進むウォースパイトに抱かれているボロボロの少女…。ウォースパイトは彼女の血や燃料で汚れることも厭わず、静かに眠る彼女を抱いていた。

 

「提督、ただいま!」

「ああ、お帰り、村雨」

 

「Admiral!この子を!!!」

 

「ああ。任せろ、よいしょ!!!」

 

「大丈夫、生きているわ」

 

「そうか、それが聞けただけで充分だ…おかえり…」

 

 

雪風…

 

 

玲司も血や燃料でボロボロになった雪風を抱きかかえ、急いでドックへと向かった。たまたま近くにいた祥鳳と瑞鶴を呼び止め、雪風の帰還を伝え、ドックへとついてきてもらった。服を着たまま静かにドックに入れる。

 

「よかった…無事に帰ってこれたんだね…」

 

「ああ。詳細は川内達が帰ってこないとわからないけど、とにかく作戦は成功して、うまくいったみたいだ。こんな作戦は立てたくなかった。名取の話を聞いてこれしかない…そう思ったが…やっぱりこうなった雪風を見たら…やっぱり…な」

 

「提督さん…」

 

玲司は泣いていた。雪風の頬を撫で、頭を撫で…いろんな思いを巡らせながら雪風を優しくなでていた。

 

「雪風…頑張ったな…痛かったな…しんどかったな…本当に…辛い役目を押し付けちまったな…ごめんな…頑張ったな…」

 

瑞鶴も昔を思い出した。ボロボロになっても罵られていたころと違う。こうして痛みをわかってくれる提督。本当に…この人はもう。だからこそついていこうと思うし、みんなが慕うんだろうな。自分もその1人だけど。

 

「れい、じ、さん。あとは…私が…体、洗ったり、する…から」

 

「茉莉、そうか。わかった。頼んだ。ゆっくり休ませてあげてくれ」

 

「わかり…ました」

 

港湾棲姫の茉莉が雪風の面倒を見てくれると言う。雪風はなぜか茉莉に誰よりも懐いている。一緒にお風呂に入ったり、寝たり、ご飯を作るお手伝いをしたり。ずっと表情の硬かった茉莉が雪風の笑顔を見るとフッと柔らかく笑うことが増えた。紫亜も安心している。雪風もそうだが、皐月や文月、島風もまったくの警戒ゼロで彼女に懐いているため、不安はない。

 

気が弱く、おどおどとしているがこういう時は絶対に退かない。もっとも最近、駆逐艦、特に幼い性格の駆逐艦の先生のようになってきている気がする。実際に先生らしいことはしていないが。

 

「あ、あの…ば、バケツ…」

 

「入れてあるよ。傷が消えていくだろ?」

 

「あ、ほ、ほんとだ…雪風…ちゃん…おつかれ…さま」

 

『提督、刈谷提督からお電話です。至急執務室へお戻りください』

 

「あー、来ると思った。じゃあ茉莉、瑞鶴、祥鳳、頼んだ」

 

そう言って早足で執務室へと戻った。

 

雪風の安否がわかり、ホッとする玲司。その顔は安堵した笑顔で合った。あとは霧島たちの帰還を待つだけだが、いろいろと質問攻めで時間を食いたくないな…と思う玲司だった。




サブ島、アイアンボトムの戦闘は煮え切らない終わり方になりました。ですが、無事に雪風が帰ってきたことは喜ばしいことですねバレバレでしたでしょうけどw)

さて、次回はアイアンボトムサウンドの支援艦隊の視点から雪風はどのようになっていたのかをお送りしたいと思います。

次回をお待ちいただけますと嬉しいです。

それでは、また。
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