提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百七十七話

/鹿屋基地

 

サブ島から艦隊が帰還して束の間、次はサーモン海域に艦隊を出さなければならない。タウイタウイからの情報では南方棲戦姫の姿は確認できず、補給艦ワ級を筆頭に、北へ向かおうと準備を進めているようである。

 

大府提督の作戦通り、サーモン海域北方のヲ級Flagship改などが集まる本陣への補給を阻止するため、これを討って出る必要がある。

もちろん、タウイタウイ、鹿屋、横須賀から3部隊を出し、この補給艦隊や北方本陣へ合流を企む敵艦隊を殲滅する作戦となった。

 

「ケッ、今回も夜戦ありかよ。三条がサブ島で出たから今度は俺らが出るか」

 

今回も夜戦がある。しかし、強力な艦隊が必要なことには変わりはなく、サブ島では支援隊に回った榛名に旗艦を務めさせ、討って出ることにした。

 

「羽黒に…阿賀野…駆逐艦をどうするか…」

「夕雲ちゃんをまた出す?夜戦では強力よ?」

 

「いや、あいつは疲労が抜けてねえ。綾波も同じで今回はパスだ」

 

「うーん、じゃあ巻雲ちゃんとか?」

 

「龍田、長月と菊月を呼べ」

 

「あらぁ、その手があったわねぇ。は~い」

 

館内放送で間延びした「長月ちゃ~ん、菊月ちゃ~ん、提督がお呼びよ~」と言うかつてなら死刑宣告と呼ばれていた放送だったが、今では単なる呼び出しである。

 

長月、菊月がやってきたと同時になぜか能代と榛名までやってきた。球磨と多摩もである。いちいち何でこいつらは呼びもしてねえのに来やがる。そう思う刈谷提督だった。

 

執務室に入る前にはなぜか睦月たちの声が聞こえていたし。

 

「長月ちゃん、菊月ちゃん、司令官に呼ばれるなんて光栄にゃしい!!!睦月型のパワーを見せてやるにゃし!」

 

「姉さん達頑張ってください!三日月も応援しています!」

 

「あー、まー適当にがんばんなー」

 

何をどう頑張るんだよ…とツッコミたい気分だったが、まあそれはどうでもいい。長月と菊月は目を輝かせているような感じで刈谷提督の前に立った。

 

「司令官、来たぞ。出撃か?」

「この菊月…出撃とあらば喜んで出撃しよう」

 

「そうだ。長月、菊月、それから巻雲で出てもらう。旗艦は榛名。阿賀野と羽黒の6人だ。支援艦隊はこっちで別途出す。長月、菊月、夜戦の際にきっちり戦果を出せ。それだけだ」

 

「任せておいてくれ!必ずいい結果を出してやるぞ!」

「ああ。長月と同じだ。私もいい結果を司令官に報告できるようにする」

 

「ああ。何も遠慮はいらねえ。思い切りやれ」

 

長月と菊月が退室後、能代がハラハラした様子で提督に意見をする。

 

「て、提督。よろしいのですか?夜戦なら、巻雲さんと…ほかにも白露さんや秋雲さんのほうが…」

 

「強いってか?睦月型は弱くて使えない。大丈夫か?って言いてえのか?」

 

刈谷提督は普段の薄く笑っている顔ではなく、能代を睨みつけるような表情で見た。能代は久しぶりに見る刈谷提督の冷たい眼光に思わず腰が抜けそうになった。

 

「そ、そう言っているわけでは…」

 

「実際にあちこちの提督に聞いて回ったら弱えだの遠征要員だの、まあはっきり言っちまえば使えないって烙印を押されてるな。現実問題、出すなら白露や綾波出してる方がマシだろうよ」

 

「けど、うちの長月と菊月は強えクマよ。燃費がいいから戦闘できる時間は長いし、あいつらすげえ鍛えてるから体力もあるクマ。火力は確かに睦月型って感じクマ。けど、能代、お前もあいつら連れて出た時あったろ?そん時どうだった?本当に提督が言ってたみてえに使えねとか弱えとか思ったクマ?お前いつになったらきちんと成長するクマ?

あいつら…いや、望月も水無月も…三日月も睦月も。如月も。弥生も。うちの睦月型なめるなクマ。毎度同じことを言わせるなクマ」

 

「す、すみません…」

 

「提督…榛名もよく存じ上げないのですが…結構重要な作戦に長月さんや菊月さんを入れるのは…どうしてですか?」

 

「有能だからに決まってんだろ」

 

「にゃ。睦月型と出撃すると気が楽にゃ。望月は頭の切れるやつだし、睦月たちだって頭がいいにゃ。けど、多摩の中では長月と菊月は本当に楽にゃ」

 

「え、えーと…」

 

「能代はまだまだ見る目がないクマ」

 

やれやれクマ…やれやれにゃ…とバカにしたような目で能代を球磨と多摩が見る。カチンとくるが、たしかに睦月型。特に長月と菊月はとても駆逐艦の中では強い。

 

「強えぜ。長月と菊月は。あいつらは純粋に、俺がこの世で一番強え睦月型にしてやるって言葉と、背中に追いついてみろって言う球磨の言葉、背中を守れるようになれって言う多摩の言葉をずっと守ってる。あいつらは、睦月型として生まれた中でも、特別落ちぶれ組の『ジャンク』とまで言われてた奴だ」

 

「ジャ、ジャンク…?」

 

「艦娘は建造された中でも色々とある。同じ長月でもその能力は違う。頭がキレる奴。持久力がある奴。菊月でも武人気質だが勇敢だったり寝小便漏らして地図を作るうちの菊月みてえなのもいる」

 

き、菊月さん…とんでもないことを暴露されている気が…と能代は思う…。たしかに噂に聞くショートランドの『英霊』榛名と鹿屋の榛名は性格が違う。能力も違う。

 

「あいつらはラバウルで作られた。その中で特に弱え奴らだった。体力もねえ、砲撃もままならねえほど弱え。遠征に行かそうにも帰還しないと行けないくらい弱かった。使い物にならなかった。そのせいか他の艦娘からも、人間からも虐げられてた」

 

弱くてクソの役にも立たない。あんたらのせいで遠征すら行けなくて怒られた。使えない『ジャンク』。とっとと解体されちゃえ。

 

艦娘にまでそう言われるほどの艦娘…あの長月と菊月が…?

 

「たしかにここに来た時の睦月達の自信のない顔もそうだったクマが…その中でも長月と菊月はひどいもんだったクマ」

 

「にゃあ。ガリガリのヒョロヒョロだったにゃ。いいもん食べさせてもらってないんだにゃって思ったにゃ。髪もバサバサ、頬骨が浮いて、裸も見たら肋が浮いてガリッガリだったにゃあ」

 

人間ならば栄養不足で痩せてガリガリになると言うのはわかるが…そんな子供のようにガリガリ?今は普通だと思う。球磨がたまに長月はいい腹してるクマー。尻もこんな風にもうちょい肉付きがほしいクマ。多摩は胸の成長はないのかにゃ?とセクハラ三昧である。

 

「懐かしいもんだな。まだ能代が着任する前の話だったし、いるとしても、龍田、球磨、多摩、榛名くらいだったか。まだ鹿屋に来て間もねえ頃だったな」

 

「クマー。あの頃の長月と菊月はマジで育てるの大変だったクマ」

 

『鹿屋のグリズリー』こと球磨。『鹿屋の猛虎』とも言われる多摩。巡洋艦で言えば横須賀の巡洋艦以上のスペックを持つ。砲撃だけは。潜水艦殺しの五十鈴やミスディレクションの名取など、特殊と言うか不思議なチカラはない。いや、このどんな状況でも火力と勢いだけで全てをぶち壊すこの2人の育成は苛烈なのである。睦月型が何度となく恐怖し、つらさに泣き、それでも諦めなかった話である。

 

………

 

ラバウルから大本営会議でまったく使えねえハズレの艦娘ばっかり建造しちまったと言う話を偶然聞いた刈谷提督は、胸倉を掴み持ち上げ、窒息させるかのようにしながら「じゃあ俺にその艦娘くれよ。ちょうど鹿屋基地に異動になって艦娘、駆逐艦少なくて困ってんだ。いいだろ?あ?」と穏便にお話をして次の大本営会議の時に連れてこさせた。

 

睦月、如月、弥生、卯月、長月、菊月、三日月、望月。ラバウルで散々世にも恐ろしい提督に変貌し、訓練生をボコボコにして入院させた挙句、退学までさせたとか、目的達成のためなら艦娘を沈めると言う話をちらほら聞いていた睦月達は刈谷提督に震え上がっていた。その影響か、睦月達も刈谷提督のところに異動になったのは、きっと盾にしたり、24時間遠征に行かせたりするような司令官なのだろう。そう思って司令室でビクビクとしていた。

 

「ようこそ、鹿屋へ。艦娘が今4人しかいねえからお前らが加わってありがてえぜ。ま、よろしく頼むわ」

 

薄ら笑いを浮かべ、何かバカにされているような、そんな言い方であった。

 

「龍田。こいつらを寮に案内してやれ。あー、長月と菊月は残れ」

 

「ま、待ってください!」

 

「あ?」

 

睦月が待ったをかける。

 

「な、長月ちゃんと、き、きき菊月ちゃんをどうするつもりにゃし!あ、ですか!?」

 

長月と菊月は睦月型以外の艦娘に邪魔者、ジャンクなどと呼ばれて邪険にされてきた妹達だ。建造で生まれたこの2人は生まれた時から体力もなく、12cm単装砲さえまともに持てないくらいのチカラしかないほどなぜか虚弱で、遠征へ行くこともままならない。故に食事も与えられず、補給もろくにされず、次第に痩せ細っていった。それがさらに体力の減少に輪をかけ、よけいにいじめられていた。使えないと聞いているなら…もしかして…と思ったのだ。

 

「テメエにゃ関係ねえ。俺はこいつらに話があんだ。さっさと龍田についてけ。じゃねえと解体すんぞ。ククク」

「ひっ…」

 

「睦月ー、早くしないとめんどくせえぞー」

 

解体の言葉に恐怖し、そのまま龍田に連れて行かれた。望月も睦月に声をかけていた。

 

「で、球磨はここにいていいクマか?」

 

「テメエにも話を聞いてもらう。へえ、今から何言われるかもわからねえのに怯えもせず、いい目してやがんな」

 

長月と菊月はあの卯月までもが怯えて震えていたのに一切怖気つくことなく、じっと何を言われるのかを待っていた。

 

「テメエら、ラバウルじゃジャンク…使い物にならねえクラスの生まれなんだってな?」

 

「ああ。司令官はそう言っていた。話は聞いていただろう。遠征も行けない。砲さえ持つのがやっとで撃ったらひっくり返って話にもならない」

 

「私たちが使えないというのなら、戦いにも出れないというのなら、おとなしく解体されることも受け入れよう。私たちはそれも運命だろう」

 

「ハッ!運命だ?笑わせんなよ。テメエらの目は睦月達より面白え目してたからな。ヒシヒシと今も伝わってくるんだよ。『戦わせてくれ』『戦地へ行かせてくれ』って目をな」

 

球磨も見ていた。ガリガリで他の駆逐艦達よりも小さく、頼りない感じがするが、覇気だけは凄まじいと言うことを。

 

「できるなら戦いたい。そうだな。戦えるのならな」

「ああ…私もそうだ」

 

「フッ、言うじゃねえか。気に入ったぜ。お前らの命は俺がもらった。そのかわり」

 

「なんだ?」

「聞こう…」

 

「この世で最強の睦月型の2人にしてやるぜ。他の提督んとこの睦月型とは違う、最強のな」

 

「な、なれるのか!?長月達はなれるのか!?」

「……なれるのなら、いかなる努力も惜しまん…」

 

「言ったクマ?提督がそのつもりでお前らもそのつもりなら、球磨も協力するクマ。巡洋艦と駆逐艦では違うだろうけど、強くなりてえならこの球磨の背中を追いかけてみるがいいクマ。多摩にもそう言っとくクマ」

 

「こいつと多摩の鍛錬は激しいぜ?しっかりついてこれるかよ?」

 

「もう私たちには戦う場などなく、ここで解体を覚悟していた。いや、せめて戦場で死にたいと思っていた」

「菊月…」

 

「あいわかった。球磨さんと言ったな。この菊月、必ずや貴女の背中に追いついて見せよう」

「私も…だ。よろしくお願いする…あ、いや、します」

 

「フッ…球磨、頼んだぜ」

「任せろクマ。ただし、球磨の背中は遠いクマ。何たって優秀な球磨ちゃんだからクマ!」

 

こうして球磨の特訓が始まったのだった。

 

………

 

「ぐっ…はぁ…はぁ…」

 

「50メートル走っただけでもう死にそうクマ。そんなんじゃ球磨ちゃんの背中には死んでも追いつけないクマー。もうやめるクマ?」

 

「ま、まだ…!」

 

「おー、立ったクマ。すげークマ。よし、もう少しゆっくり行くクマ。ます深呼吸しな。呼吸を整えるクマ」

「スー…ハー…」

 

「おし、もう50メートル、少しゆっくり行くクマ」

 

 

「はぁ…はぁ…」

「長月、お前は今までどれだけ走ってへばったクマ?」

 

「はぁ…はぁ…わ、わからない…200メートル…くらい…かも」

「すげえクマ。球磨ちゃんのおかげで今までの5倍走れたクマ。今日はもう鍛錬は終わりクマ。無理に続けても体を壊すクマ。風呂行くクマー」

 

「ま、まだ午前、じゃないか…私…は…」

 

「提督に壊さねえ程度に鍛えろって言われてるクマ。長月が壊れたら球磨もやべークマ。慌てなくてもいいクマ。ゆっくりやっていくクマ。午後は菊月を鍛えるクマ。たぶん長月と一緒くらいだろ?そう言うメニューでやっていくクマ。まずは移動の基本を少しずつクマ。まあ、菊月の担当は多摩だから、球磨は午後は睦月達の鍛錬クマ」

 

球磨がフッと長月を見ると泣いていた。グスグスと。それを見て慌てふためく球磨。

 

「ゔぉおお!?なんで泣くクマ!?」

 

「うぐっ、うう…う、うれしい…は、はじめで…ほめて…もらえだ…うぐううう!」

 

「お前…」

 

この子達はどれだけ邪魔者扱いされていたクマ?何かこう、今から多摩と殴り込みに行って血煙だけ残してやろうかと思うほど腹が立った。球磨や多摩もいらないモノ扱いされてここへやって来た身。この子達の気持ちは嫌と言うほどわかる。いや、自分たち以上に不遇な扱いを受けていたことがわかる。

 

ちょっと褒めて、頭を撫でてあげただけだ。なのに自分の服を掴んでありがとう、嬉しいと大泣きする長月を見ていると、絶対にこの子を提督の言う世界で一番強え睦月型にしてやりたい。そう思うようになった。

 

「これくらいで泣いてたら球磨ちゃんの背中には追いつけないクマ。明日も頑張るクマ」

「ゔぁい!ちーん!」

 

「人の服で鼻かむなー!!」

 

………

 

/午後

 

「なんで片手で構えるにゃ。手がプルプルしてるにゃ。今はまず、両手で構えて一発一発をしっかり当てるようにやっていくにゃ」

 

「だが、それでは片手撃ちは…」

 

「お前、両手で満足にも撃てないくせに片手で撃つなんて100年早いにゃ。こうして少しずつ体力と筋力をつけるにゃ。まず菊月に必要なのはこれにゃ。って提督が言ってたにゃ」

 

午後からは演習場を借りきって菊月とマンツーマンで多摩が指導する。グラウンドでは「オラー!へばってんじゃねえクマ!ケツ蹴っ飛ばされてえクマか!?」と球磨流スパルタな走り込みで体力を作るトレーニングをしているようだ。

 

菊月は根本的に体力も筋力も足りない。ちょっとした波でよろけて転ぶくらいである。これは長月も同じであるが。今は波が全くない状態で立つ訓練と、砲を持つ鍛錬。しかし、まずは立つこともおぼつかないから陸で教えていたのだが…。

 

「うーん、2つ同時は難しいにゃ。まずは水の上に立てるように鍛錬するにゃ」

「わかった…」

 

「んじゃあまず肩幅に足を広げるにゃ」

「こうか?」

 

「そうにゃ。そしたら、そのまま後ろに椅子があると想像するにゃ。普通の椅子でいいにゃ。んで、両手を胸当たりまで出して…こうして椅子に座るようにして腰を落とす」

 

「む…ん、こう、か?」

「違う。ケツが出てるにゃ。球磨姉に見られたら鷲掴みにされるにゃ」

 

「なら、こうか?」

「今度はケツを前に出しすぎにゃ。こうして…こう…高さはそう低くなくてもいいにゃ」

 

「ぐ、ぐぐ…な、なんだこれ…あ、足が」

「はい15秒そのままにゃ」

 

「ぐ、ぐぐぐ!うあ!」

「おっと。5秒にゃ」

 

「あ、足…が…」

 

「はい、じゃあもう5秒にゃ」

「う、ぐぐぐ…」

 

足がプルプルしている。5秒でまたよろけた。

 

「じゅ、15秒なんて…で、できるのか?」

「ほい、多摩はもっと深く、もっと長時間できるにゃ。思い切り多摩を押してみるにゃ」

 

「んっ!わっ!」

 

前に出した両手をぐいと押してみたが逆に菊月がよろけた。

 

「にゃっにゃっにゃっ。ヤワな足腰してないにゃ。しばらく毎日これをやるにゃ。5秒から15秒。30秒くらいできりゃ上出来にゃ」

「30秒…もっとやるのかと思ったが…」

 

「あまりやると膝に良くないにゃ。ちなみにこれは馬歩(マホ)と言うにゃ。足腰鍛えるならまずはこれにゃ」

「ま、ほ」

 

「にゃ。ちょっと武術の本読んでたらいいと思ってやってみてるにゃ。体幹が鍛えられていいにゃ」

「そ、そう…か。多摩さん、私は…本当に皆と同じように戦えるようになれるだろうか?」

 

「言ったはずにゃ。多摩の背中を守れるようになれるくらいにはなってもらうにゃ。ただ、多摩の背中を守るのは大変だにゃ?」

「………」

 

「ギブアップするかにゃ?」

「……嫌だ」

 

涙を流すのをこらえて多摩を睨みつけた。散々役立たずと言われるだけで、ろくに鍛錬にさえ参加させてもらえなかった。基礎的なことさえ…海には立てていないし、砲はちょっと持たせてもらっただけで何がダメかを指摘され、それを改善する鍛錬をしてもらった。それが嬉しかった。こんなガラクタに稽古をつけてもらえるなんて…。

 

だから…足はガクガクするし、前へ出した腕も重くダルい。でも…それでも…

 

「何もする前に諦めて終わるのは…断じて嫌だ!」

 

そう強く言うと多摩は菊月の頭を撫でる。

 

「多摩も前のところではいらにゃい。使えにゃい。弾除けにでもなってこいって言われたにゃ。多摩だけに」

「多摩…さんも?」

 

「にゃ。けど、今の提督に拾われて割とむちゃくちゃ言われたにゃ。球磨姉と榛名とでえれー目にあったこともいっぱいあるにゃ。とぼとぼ負けて帰ってきたこともあったにゃ。けど、うだうだ悩む前に反省して何が悪いかを球磨姉、榛名と徹底的に話し合うにゃ。で、改善して…戦って…勝って…鍛錬して…」

 

並ならぬ努力を短期間でやってきたようだ。多摩の背中は大きい。壁のような背中。これを守らなくてもいいのでは…いや、弱気になるな。拭い去れ。ジャンクと呼んだ奴を見返す気はないが…この大きな背中を守れる時、私はきっと、ジャンクなどと呼ばれないだろう。いや、呼ばせない。

 

「多摩さん。もう一度教えてほしい。マホという立ち方」

「好きなだけやれにゃ。ただ、足がおかしいと思ったら休めにゃ。心配するにゃ。菊月がもう嫌だって言うまで、多摩は付き合ってやるにゃ。無理って言った時はもう知らんにゃ」

 

「約束をしたはずだ。多摩さんの背中を守れるようになれるくらい強くなると」

「にゃ。気長に頑張るにゃ」

 

ゆっくり頭を撫でて、多摩は少し笑っていたような気がする。初めて撫でてもらった頭。その温もりと優しさは、一生忘れない。

 

………

 

「うぎぎぎぎ…」

「………」

 

「あと5秒にゃ。頑張るにゃ」

「クマー。馬歩とは考えたにゃ。そしたらこの次は金剛八式でも教えるクマー」

 

「艦娘に育てずに武術家にするつもりか」

「冗談クマ。ただ、まず長月もそうだけど足腰が弱すぎクマ」

 

「なるほど。足腰をまず鍛えるね」

 

刈谷提督も2人の様子をみる。他の睦月型は榛名と移動の基礎を学んでいる。

 

「ところで執務は大丈夫クマ?」

「龍田がやっとくってよ」

 

「はい終了にゃ。10秒できるようになったにゃ。いい感じにゃ」

「ほ、本当か!?」

 

「あと5秒…長いな」

「慌てたら体を壊すクマ。ゆっくりやっていくクマ」

 

「フッ、ま、しっかり頼むわ」

「司令官!」

 

「あ?」

「待っていてくれ。あ、いや、待っていて…ください。必ず…約束通り、役に…立てるように」

 

「気長に待っててやるよ」

 

そういうと嬉しげに去っていく。

 

「さ、10秒いくにゃー」

「クマー。球磨も参加するクマー」

 

「うぐぐぐ…」

「うぎぎぎ…」

 

「長月、ケツが出てるクマ。これじゃ馬歩にならないクマ」

「ひぁん!?」

 

「むふ、長月はケツが弱いと」

「球磨姉、鍛錬の邪魔するならどっか行けにゃ」

 

「すまんすまん。ほれー、がんばるクマー」

 

………

 

「最初は海に立たせられないくらい貧相だった。飯も茶碗半分。おかずも他のやつらの3分の1食えたらいいくらいだったクマ」

「にゃ。半年くらいやったかにゃ?そうしてやっとちょっとした波に立てるくらいにはなったにゃ。あん時もボロ泣きしてたにゃあ」

 

………

 

「ゔぉおお!?また泣いてるクマ!?」

「にゃ、にゃ、な、どうしたにゃ?」

 

「立てる…ちゃんと…海に…」

「私たちはいつも…誰かに引っ張られて遠征に行っていたりしたからな…自分の足だけで立てる。動ける…」

 

「ク、クマー。そんなにだったクマか…」

「う、うう…多摩もなんだか感動するにゃ…」

 

………

 

「ふん!わっ!?」

 

「だーから両手で持てって言ってるクマ。左手は添えるだけ…じゃぶっ飛ぶに決まってるクマ。お前はまだ足腰は多少マシになったけど腕力は全然クマ。右手の手首が砕けるクマ」

 

「は、はい!」

 

「菊月も根本的に腕力が足りてないにゃ。両手で支えても震えてる。はい、馬歩してそのまま構えて15秒にゃ」

 

………

 

「バッカかお前は!死にてえクマか!?ボーッと突っ立ってんな!動きながら撃たないと狙ってくださいって言ってるもんだクマ!足!お前の足はカカシの棒か!オラ、手が下がってるクマ!両手でしっかり持てクマ!」

 

「もうへばったかにゃ?左手が遊んでるにゃ。罰としてそこで12cm単装砲両手に持って馬歩20秒」

「うぐ…うぐぐぐ!!」

 

「手を下げたら馬歩はやめるけど両手を前に出して1分にゃ。はい、ダメ。1分」

 

「く、球磨さん!多摩さん!今日と言う今日は言わせてもらうにゃし!長月ちゃんと菊月ちゃんへの鍛錬が厳しすぎます!このままじゃ2人とも壊れちゃうにゃし!」

 

「そ、そうよぉ…これじゃあかわいそうです…」

 

睦月と如月が抗議する。後ろには弥生や卯月、水無月、三日月、望月もいる。睦月型全員で抗議しに来たらしい。

 

「ぶはっ!!はぁ…はぁ…」

「……菊月、10分休憩にゃ」

 

「わ、私はまだいけるぞ…」

「菊月ちゃん!こんなきつすぎる練習もうやめたほうがいいよぉ!菊月ちゃんが…長月ちゃんが壊れちゃう!」

 

「そうだぴょん!球磨さんと多摩さんはうーちゃんたちの鍛錬も厳しすぎるっぴょん!スパルタにも程があるぴょん!」

「うーちゃん、落ち着いて?司令官や球磨さん達は私たちのことを思って…」

 

「みっかだっていつも倒れそうになってるぴょん!それでもこの鍛錬が間違ってないって言うぴょん!?」

「み、水無月もき、キツすぎるなって…」

 

「クマ?」

「じゃあ、鍛錬はやめにゃ。そこまで言われてまで続ける義理もねえにゃ」

 

「提督にぶっ殺されるクマ。けど、ならおめーらの鍛錬は榛名に任せるクマ。長月、おめーも榛名に付き合って「嫌だ」」

 

膝に手をつき肩で息をしながら長月は球磨の言葉を遮って拒否した。

 

「私も断る。多摩さんが鍛錬をしてくれないなら、解体でいい」

 

「菊月ちゃん!?」

「私も同じだ。球磨さんでないならもういる意味がない」

 

「な、なんで!?こんな、こんなメチャクチャな訓練なのに!」

 

「睦月達にはメチャクチャに見えるかもしれん。だが、私と長月は睦月達みたいにスイスイ海上を走れない。砲も撃てない。それを…今私たちはようやく…少しずつ、まずは睦月達の背中が見えてきた。もう少しなんだ」

 

「ながながも…?」

 

「私も同じだ。つらいといえばつらい。けど…少しずつついていけるようになってきた。私は球磨さんの背中に追いつくと約束した。だから、まだまだ私は…いっぱい鍛錬をしなきゃいけない」

 

「ああ…私は多摩さんの背中を守れるようになると誓った。なら…これしきで…泣き言など言っていられない!」

 

長月と菊月の目に宿る確かな信念。ジャンクと言われた自分が、海を1人で走り、砲もやっとまともに撃てるようになってきた。ようやくスタートラインに立ったところなのだ。ここで止まっているわけにはいかない。

 

「そう言うことだ。テメエら、サボってると解体すんぞ」

 

「ひっ!?し、司令官!?」

 

「こいつらは俺の艦娘だ。俺がこいつらに命はもらったと言ってある。俺のもんだ。人のもんにいちいち文句つけてる暇があるなら榛名の言うこと聞いてさっさと南西諸島くらい行けるようになりやがれ。こいつらの邪魔すんなら、テメエらだろうと容赦はしねえぞ」

 

「て、提督!申し訳ありません!わ、榛名の管理不行き届きです!罰なら榛名が受けます!」

 

「連帯責任だ。テメエら、B演習場を20往復だそれもさっき俺がボートで置いたブイを縫うようにな。1人でも蹴飛ばしたら罰だ。5往復追加だ。行け」

 

「えー…だから言ったじゃんかー…あー、もうめんどくせえなー!だいたいさっきから長月と菊月は自分からやりたいって言ってやってんだから睦月らが文句言う筋はねえって言っただろ!?」

 

「じゃあ望月ちゃんは長月ちゃん達が壊れてもいいって言うの!?」

「そんなのあんまりよ…せっかくの姉妹なのに…」

 

「壊すつもりならすぐ壊れてるんじゃね?ギリギリで今こうやってまともに海を歩けるようになったり砲撃できるように成長してんだろ。だったら球磨さんと多摩さんの指導は間違えてないんだって何べん言ったよ…あー、もう…どうせ睦月あたりが蹴飛ばして追加だわー…マジめんどくせー…」

 

「もっちー、言い過ぎですよ。さ、行きましょう。榛名さん、よろしくお願いします」

 

望月がめんどくせーと何度も言いながら頭をかいて去っていく。球磨と多摩は望月が長月達と、自分たちに理解があると思った。

 

「……ふ、まだいい目をしてやがるな」

 

「司令官が言った。この世で最強の睦月型にしてくれると。ジャンクと呼ばれた私たちを…」

 

「ああ。そうだ。まあ、頑張れや」

 

そう言って2人の頭を撫でて去っていった。司令官の撫で方は優しい。大切にしてくれている…のだろうか。

 

………

 

「そりゃあ能代が来てからも知っての通り、そりゃあ球磨と多摩の鍛錬はえげつなかったと思うぜ?怒号は飛ぶし、動きが悪けりゃ吐くまでやらせた。時には気を失うまで自分から続けてくれと言う時もあったな」

 

「そういえばそうだったクマ。白目剥いて倒れた時は提督に殺されると思ったクマ」

「にゃあ。嫌な事件だったにゃ」

 

「睦月達がこそこそとやめるように言ってたことも何度もあったらしいが、長月も菊月も1度立てた誓いをそう違えるような奴らじゃねえ。どんなにきつい鍛錬で…何度転んでも起き上がり、ずっと球磨と多摩の背中を追いかけてた。龍田、能代、榛名、あいつらの手、しっかり見たことあるか?」

 

「い、いえ…」

「榛名も…その…」

 

「手のひら、ボロボロよねぇ。水上ブーツもボロボロで、砲もグリップが強く握りすぎて血が染み付いているし、何度も何度も整備して…直して…あの子達がどれほどの鍛錬を積んで来たか、私、ちゃぁんと見てるもの〜」

 

「グリップも歪クマ。新しい連装砲を持たせたけど、鍛錬の際は絶対最初から持っている単装砲でやるクマ」

「戦闘では連装砲の方が威力は上にゃ。けど、鍛錬の際は単装砲のが落ち着くらしいにゃ。それも、あの血が染み付いた単装砲がにゃ」

 

「俺が言うことの飲み込みも早え。まあ、ちっと睦月達と軋轢が生まれちまったが、望月と三日月がうまく取り持ってくれたみてえだな。望月には感謝されたな」

 

「球磨もだクマ」

「多摩もにゃ」

 

ながながとお菊さんをちゃんと見てくれてありがとう。

 

「お菊さんって…ぶふっ…」

「多摩、笑っちゃだめクマ…ふひっ」

 

「望月はいろいろといい才能持ってる。頭の回転早えし、実力もそれなりにある。長月や菊月に追い越されたことも、嬉しいんだってよ」

 

「ふふん、球磨ちゃんの背中にだいぶ追いついてきた艦娘クマ。そりゃあ最強の駆逐艦になるに決まってるクマ」

「菊月だって多摩の背中をまあちょっと守れるようになったんじゃないかにゃ?ちょっとだけだけどにゃ」

 

「ふん、テメエらの前に、俺が最強の睦月型にしてやるって言ったからな」

 

3人で何か競い合っている。しょうがない人ねぇ…と龍田は笑った。しかし、3人の甲斐あって、彼女達は今回、大きな作戦に参加させるほどの信頼を勝ち取った。サーモン海域。彼女達に期待しよう。

 

………

 

「サーモン海域に出撃する。三条の艦隊が北から。テメエらは夜戦を挟んでまた敵補給隊を壊滅しつつヲ級達を潰せ。補給隊の前に強烈な艦隊がいる」

 

「了解した…司令官、多摩さん」

 

「あ?」

「にゃ?」

 

「見ていてくれ。必ず、勝ったと言う報告をできるようにする」

「私もだ。司令官、球磨さん。みんなを守れるように戦う」

 

「クマー。しっかり頑張るクマ。長月、期待してるクマ。けど無理はすんなクマ。敵をさっさと倒して、さっさと帰ってきて勝ったぞってツラを見せにくるクマ!」

 

「菊月は今まで多摩の特訓に耐えていろいろと戦果もあげてるにゃ。しっかりやってこいにゃ。ぶっ潰してこいにゃ!」

 

球磨と多摩は揃って長月と菊月の背中をバシン!と叩いた。

 

「俺から言うことは何もねえ。言えるのは…生きて帰ってこい。気合い入れてさっさと終わらせてこい」

 

刈谷提督もバシン!と長月と菊月の背中を叩いた。小さな背中だ。けど、初めて見た時のように、叩いたら崩れて粉にでもなるんじゃないかと思うような弱い背中ではなかった。

 

司令官と師匠に背中を叩かれた長月と菊月は…涙を堪えて刈谷提督達に振り返り、言った。

 

「司令官。約束は守る。球磨さん。任せてくれ。必ず勝利を球磨さんに伝える」

「多摩さん…誓いは必ず守る。司令官も…」

 

「ああ。行ってこい」

 

「榛名!出撃します!」

「提督さん!行ってくるね!能代も!」

 

「司令官さん…いってきます…!」

「司令官様!帰ってきたら巻雲も褒めてくださいね!」

 

刈谷提督達のことに鼓舞されたのか、榛名、羽黒、阿賀野、巻雲も気合い十分で出撃して行った。見えなくなるまで見送った後、刈谷提督はふっ…と笑った。

 

「あいつら、一丁前に叩きがいのある背中になったじゃねえか」

 

「ふふん、この優秀な球磨ちゃんが育てた長月クマ………いい背中になったクマなぁ。あのガリガリヒョロヒョロが。しっかりした背中だったクマ。小せえのに…でかくなったクマ」

 

「菊月は多摩が育てたにゃ。強くなって当たり前にゃ。にゃ。今まで一言も腐らずに頑張ったからにゃ。いい背中だったにゃ」

 

「ふふふ、みんなの頑張りのおかげね〜」

 

「さて…しっかり指揮しますかね」

「提督、頼んだクマー」

 

「多摩達はここまでにゃ。あの子らを頼んだにゃ」

 

「ったりめえだろ。世界最強の長月と菊月に、世界最強の俺の艦隊だ。んで、世界最強の提督が指揮すんだからよ。勝つに決まってんだろ」

 

刈谷提督はなんだか嬉しそうに司令室へと向かって行った。その顔を見、言葉を聞いて球磨と多摩はぶちかましてくるクマ!(にゃ!)とかわいい弟子達を心の中でもう一度激励するのだった。




舞台は引き続き鹿屋基地でした。

長月と菊月に焦点を当ててみました。艦娘にも生まれつき個性がある、と言う設定でやっています。もちろん個体差もある。その中でも特別能力の高い朝潮達のような艦娘がいれば、長月達のように特別に弱い虚弱体質で生まれる艦娘もある、と言うことで。

師匠がとんでもない2人だったので、無事彼女達は刈谷提督の言う「世界で最強の睦月型」になりつつあります。
そんな長月と菊月が次回サーモン海域で活躍します。お待ちいただきましたら幸いです。

それでは、また。
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