提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百七十九話

「横須賀の皆の戦いの邪魔にならぬよう、私達は周りをやるか」

「ああ…それはいい案だ…」

 

榛名が指示を出すより前に、横須賀の艦隊の邪魔になる深海棲艦を倒すことを目的に動き出す長月と菊月。これは望月がよくやっている手だ。

 

戦艦や空母が駆逐艦や巡洋艦の攻撃にあい、メインとなる戦艦や空母への攻撃がおろそかになるとめんどくさい、と言う望月の持論である。だからさっさと周りを潰すのが駆逐艦の仕事じゃない?といつも言っている。

 

「それに、戦艦が駆逐艦や巡洋艦を狙ってる間に向こうの戦艦が真っ先にこっちの戦艦や空母潰したら誰がその戦艦や空母処理すんのさ?」

 

なるほど良い案だ、と睦月型は望月の言うことを遵守している。他の戦艦や重巡は榛名や羽黒に任せればいい。倒せるものから確実に倒す。これが駆逐艦の鉄則。

 

ドゴォ!!

 

強力な扶桑の砲撃が繰り出されると同時に長月と菊月が走り出した。狙うは空母ヲ級と言う予期しない助っ人に任せて北方への輸送を始めようとするワ級eliteを狙う長月。そしてそれを護衛する駆逐ハ級を撃つ菊月。

 

「に、逃がしません!!!」

 

羽黒が強烈な連撃でワ級flagshipを攻める。ここで補給艦を逃し、サーモン海域北方の強力な艦隊に補給物資などを届けられてしまうとより強力になってしまい、手が付けられなくなる可能性が出てくる。潜水艦に戦艦、強力な今そこで横須賀の艦隊が戦っているヲ級flagship改などがわんさかいると言う話だ。次の艦隊を有利な方向へ運ぶために榛名達はここで戦うのだ。逃がしました。強大すぎて手が付けられなくなった。南方海域の攻略に失敗しましたとなると、刈谷提督は間違いなく失墜する。三条提督も同じだ。

 

あの司令官以上の司令官を私はしらない。だからこそ、あの司令官にずっといてもらうために。ここで目的を果たす。それが自分たちの存在意義。長月と菊月はそう信じて疑わない。羽黒達も同じだ。怒られないため、ではなく、同じ基地の仲間が次の海域に出撃して撃沈されないために、この補給艦たちを絶対に逃がしてはならないのだ。

 

「思わぬ邪魔が入ったな」

「しかし…そこはもう横須賀の艦隊に任せるしかないだろう。長月たちはやれることをやる…それだけだ!!!」

 

ハ級が沈む。

 

「きゃあ!?」

 

「榛名さん!?」

 

榛名の悲鳴が聞こえ、振り返ると艦載機の爆撃を喰らったのだろう、艤装から火が出ており、砲身も何本か折れてしまっている。

 

「しまった!」

 

「ちぃ…空から…か!」

 

「お前ら無事か!?榛名!っきしょおおおお!!」

 

空を悠々と舞う丸いヲ級の艦載機に向かって機銃と砲を放つ摩耶。ボン、ボンと昼間の花火のように爆発していく。

 

「わりぃ!榛名!あーくそ!けど、あたしが行くって言っておいてよかったぜ!」

 

空を飛び交う艦載機を、機銃や対空砲がやられておりながらも少しずつ潰していく横須賀の摩耶。やれることをやる。それは摩耶たち横須賀の艦隊と手同じだ。

 

「提督!聞こえっか!?なんか横須賀で沈んだ蒼龍じゃねえかって言うヲ級flagshipがいやがるんだ!!補給隊の壊滅だけじゃねえぞ!?」

 

『どういうことだ?ヲ級はとにかく…横須賀の蒼龍?』

 

玲司も訳が分からないと言うような感じであった。

 

「大淀!お前、うちに蒼龍なんて空母がいたか知ってるか!?」

 

『いえ…私も存じ上げません…』

 

『あーあー、ごめん、お邪魔するね、北上だよー』

 

ちょ、ちょっと北上さん!と非難の声が遠く聞こえる。たぶん、北上が大淀のインカムを奪ったのだろう。

 

『蒼龍さんだね。瑞鶴と翔鶴が着任するに至った空母だね。その人知ってるのはもうあたしと雪風くらいじゃないかなー。仲間沈められてアイツ殺そうとして、できたてのくちくや巡洋艦と一緒に南方海域に行かされたんだ。その時、アイツには南方海域に行かせる権限はなかったんだけど、ちょろまかしたんだね』

 

その話は瑞鶴たちも聞いていた。なんて奴…。やっぱり本当に生きてるだけで害にしかならないんだな…瑞鶴は航空戦を行いながら無言で聞いていた。翔鶴も同じである。

 

『戦闘中だから手短に言うね。蒼龍さんのアイツへの憎しみと恨みはハンパないんだ。最後の方は常に殺してやるって言ってたから。ごめん…眠らせてあげて』

 

「わーったよ。って言っても、あたしの出る幕じゃねえな。扶桑さん達に任せてあたしはやるべきことをやる!」

 

flagship改になり、さらにおぞましいほどの怨念を纏うこの元蒼龍。こうなってはどうにもならない。沈めるしかないのだ。

 

「長月!菊月!お前らに逃げる連中は任せる!あたしが空からの攻撃は何とか防ぐから!!!」

 

「…了解した」

「わかった!!」

 

逃げる補給艦を追う長月たち。させまいと追う艦載機。それを摩耶が撃ち落としていく。

 

「行かせるかっての!!」

 

「攻撃に集中する…目標…前方の駆逐艦…撃て!!」

「撃て!!!」

 

「いいぜ!あたしの背中、守ってくれよな!」

 

「任された」

 

菊月は一言そう言った。小さいくせに安心できるじゃねえか、と摩耶は笑った。

 

「おっしゃ来い!!!!」

 

摩耶はしっかり対空砲火の構えを取り、ヲ級flagshipの艦載機を撃ち落とす態勢に入った。

 

………

 

「ヲ級flagshipだ?また作戦外の乱入かよ。北方から流れてきたか…?」

 

刈谷提督は突然のことに少しだけ動揺したが、戦闘では予期せぬ出来事がよく起こるものである。ただ、強力な深海棲艦なだけに、厄介なことばっかり起きやがる…と文句は吐きたくなったが。

 

『し、司令官さん!榛名さんが大破しました!』

 

チィ…と苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 

「羽黒や阿賀野たちはどうだ」

 

『はい!私達は問題ありません!今、横須賀の摩耶さんが空母の艦載機を墜としてくれています!』

 

偶然か?それとも予測していたのか?対空に特化した摩耶を連れてきているのは…。三条と大淀なら何かしら予測していてもおかしはない。

 

「阿賀野と巻雲、榛名をカバーしろ」

 

『巻雲さんは長月さんたちと逃げる補給艦や駆逐艦の追撃に…!ご、ごめんなさい!』

 

「いちいち謝らなくていい。阿賀野はどうしている」

 

『阿賀野さんはいち早く榛名さんを守りに…!』

 

「羽黒、このまま阿賀野に榛名を任せてお前も補給艦をやれ。阿賀野1人でも何とかなる。あいつはいざと言うとき強えからな。それよりも補給艦に逃げられる方がまずい。駆逐はどうでもいい。補給艦だけは絶対に沈めろ」

 

『わかりました…!』

 

「大変なことになったわねぇ」

 

「予期せぬ敵の追加はありえることだ。flagship改ってのはいただけねえがな」

 

空母ヲ級flagship改。搭載数もその攻撃力もただのflagshipとは違う。装甲も厚いし倒すのにはこちらも全力でやりたいところだが、もう手遅れだ。榛名がやられ、こちらはとにかく補給艦を潰して回るしかないだろう。

 

「阿賀野ちゃん、大丈夫かしら?」

「あいつならうまくやる。守りに関しては一級品だ」

 

「阿賀野姉は攻撃は確かに…その…及第点以下かもしれませんが、防衛戦となるとものすごく言い方は悪いですが…しぶといです」

 

「そう、しぶといんだ。演習やらせたら大体最後まで残ってるしな。それでいて、ちゃっかり能代に轟沈判定つけたり、この間もワシントンの攻撃全部避けて中破まで追い込んだこともある。一筋縄じゃいかねえ奴だよ、阿賀野は。あれでもう少し、干物から脱却してくれりゃいい女なんだけどな」

 

キヒヒ、と笑ったが手の甲を龍田にギュウ、とつねられた。龍田の嫉妬だ。そう言う言葉は自分に言ってほしいと言う無言の抗議。いてえなバカと言ったがフンと横を向いて拗ねてしまった。仲がいいのか悪いのか…。

 

「長月、菊月、あまり無理するな。息切れてんだろ」

 

『何、まだ、やれる。やらなきゃ…ゴホッ、いかん』

『ぜひゅっ…もう少しだ…もう少しだけ、やらせてくれ』

 

無線越しにも激しく息切れしていることがわかる。特に菊月はヒューヒューと言っている。喘息の時のような呼吸だ。菊月は呼吸器官に多少難がある。無理をすると呼吸困難を起こし危険だ。長月ももう聞いた感じでは限界だ。

 

「菊月、下がれ。それ以上動くと呼吸ができなくなるぞ」

 

『………』

 

「菊月ィ!!!!」

 

『………!!!!わかった…下がろう』

 

刈谷提督に怒鳴られ、やや怯えたような声で下がる。これ以上無茶をさせて万が一何かあってはいけない。大切な…艦娘なのだから。ついカッとなって怒鳴ってしまった。

 

「いいのよ…それで。そうしないと、菊月ちゃんは下がらないもの」

 

「……」

 

『司令官、すまない。長月も下がる。横須賀の古鷹さん達が動いてもうほぼ壊滅している。ゴホッ、私ももう、正直…』

 

「ああ。下がれ。無理するな」

 

『司令官、すまない』

 

「謝る必要はねえ。お前と菊月はよくやった」

 

『……うん』

 

静かに長月はそうとだけ言って無線を切った。

 

あとは頼むぜ…三条。

 

………

 

一方で横須賀の玲司達も予期せぬ敵の存在に戸惑っていた。それも北上がうちの元艦娘、二航戦の「蒼龍」と聞いたから。

 

「蒼龍さんか。懐かしいね。いつも何があっても頑張ろうって励ましてくれてたんだけどね。最後には減っていくみんなのことで心が折れて…壊れて、アイツ殺そうとして…あ、雪風には内緒ね。もう蒼龍さんの存在知ってるのはあたし含めて数人くらいだし」

 

「瑞鶴たちが着任する前…古参は…もうわからないな」

 

「あたしが一番の古参じゃないかな。その次に雪風とか五十鈴とか。いけすかない奴だったけどアイツよりは何万倍もマシだったね。扱いは兵器扱いだったけど、ポンポン沈めるようなバカじゃなかったから」

 

安久野の前の提督の情報は定かではない。存在ごと抹消されている。一応、書類上では「行方不明」となっており、今も生きているのか死んでいるのかさえわからない。突如姿を消し、その代役として安久野がやってきたらしい。考えられるのは、金を使って何かをした、と言うことくらいだろう。

 

「で、まあ着任してからは建造して沈めての繰り返しさ。長門さんや加賀さん、蒼龍さんとかは前の提督の時からの付き合いだった。雪風は安久野が最初かその次くらいに建造して生まれたんだったかな。古参と言えば古参だね~」

 

「私が来たときで今残っていらっしゃるのは北上さん、雪風さん…五十鈴さん。摩耶さん、間宮さん、電ちゃんくらいでしょうか…瑞鶴さん達は確かに蒼龍さんが沈んだ後に建造されましたね」

 

「だろうね。蒼龍を沈めて大幅に戦力が低下したから。前の提督、嫌いだったけど結構優秀は優秀だったかんね。練度は高かったよ。で、戦力大幅増大計画とか言って馬鹿みたいに前の提督が貯めた資材使って艦娘作りまくったからね。そん時に生まれたのがまず翔鶴と瑞鶴。そのあとに名取や最上、鳥海とかかな」

 

何が戦力大幅増大計画だ。結局は全員捨て艦じゃねえか、と毒を言うと違いないねぇ、と北上は苦笑した。

 

「で、ボンボン沈んでいくわ、性的なことはするわで段々おかしくなっていってね。ついには何かもう四六時中あいつ殺してやるって言う感じだった。目ももうイッちゃってたね。最終的に弓で射殺そうとしたところを取り巻きに邪魔されて失敗して…んで、ろくに育ってもない駆逐艦と一緒に南方海域に行かされたのさ」

 

「…ひでえな」

 

「本当にそれが蒼龍さんなら並みならぬ怨みを持ってると思う。くちくに無理やり引っ張られて南方海域に行った時、なんてーか…そう、般若みたいな顔してたからね。死んでも怨み続けてやる。そしていつか絶対に殺しに戻ってきてやるってすっごい叫びながら出ていったからね」

 

「……扶桑や瑞鶴、翔鶴がいる。摩耶もいる…古鷹に霧島…みんな練度は高いんだ…負けない。負けるわけがない」

 

「霧島さんの雰囲気が何か今までとは別人の様でした。一体何かあったのでしょうか…?急に改二にもなっておりましたし」

 

「さあな。強力な見えない助っ人がうちには多いらしいから」

 

「…???」

 

「玲司何か知ってるんでしょー。教えてよー」

 

「秘密だ。にひひ。さて…厄介な敵ならなおさら真面目にな」

 

帽子をかぶり直し、椅子に掛け、様子を見守る玲司。教えてもらえずに不満げな北上と大淀。しかし…きっと、ショートランドの誰か…なのだろう。

 

………

 

「状況がややこしい!!どうしてこうもワラワラ深海棲艦が出てくるの?!」

 

「おそらくあの怨念に充てられているんでしょう。それに、怨念のバリアのせいかガードが固い。扶桑さんと私で穴を空けてみます。瑞鶴さん、あの艦載機を摩耶さんと抑えられますか?」

 

「やってみる」

 

「中破しているのに申し訳ないです。翔鶴さんもお願いします!」

 

「わかりました!」

 

「私は周りの深海棲艦を倒します!摩耶さんの護衛もお任せください!」

 

「頼みました。古鷹さん、穴が空いた瞬間を見て、古鷹さんもあいつのどてっ腹に一発ぶち込んでください」

 

「え?あ、はい!」

 

「さあ、行きますよ!!砲撃開始用意!!霧島のチカラを見せてやる!!!」

 

その時古鷹には金色のオーラのようなものが見えた、ような気がした。瑞鶴さんの蒼い眼と言い、みんな…すごいなぁ…。

 

「あ、あれ?」

 

なぜか自分にも金色のオーラがゆらゆらと揺れていた。霧島さんから流れてきた?いや…何だろう…霧島さんの背中を見ていると…何かこう…懐かしさがこみあげてくるような。

 

(霧島艦隊、突撃します!!!!私に…続けぇ!!!!!)

 

……?今のは一体?わからない。わからないけど勇気が出てきた。私も…やります!!!

 

古鷹は金色のオーラに充てられ、何かの記憶を見た。その瞬間からやる気と、チカラが漲ってきた。霧島の後を追うように、砲を構え、一瞬たりとも目を離さず、霧島に言われた瞬間を待った。

 

………

 

ズドォォォン!!!!と大爆発をするヲ級flagship改。しかし…煙が晴れてもほぼ傷がついていない。扶桑の強力な一撃でさえ、効果が薄いと来た。

 

「……なんて装甲の固さなの…」

 

「あれは装甲の固さじゃないと思います。いくら一番最強のヲ級と言えど、41cmの一式徹甲弾をノーガードで喰らっておいてあの傷…あのどす黒いオーラのせいかと思います」

 

「あれを討ち破らない限り勝機はない…と言うことね」

 

「穴は必ずあります。矛盾の如く、どんなものも貫けない盾などありはしませんから。撃って撃って撃ちまくる、それだけです!!!!」

 

霧島が凄まじい猛攻を繰り広げる。

 

「喰らえええええ!!!黒鶴隊の爆撃、防げるもんなら防いでみろおおおおお!!!!!!」

 

瑞鶴が吼える。瑞鶴の切札。彗星一二甲(黒鶴隊)。最高の練度を持った精鋭隊であり、その爆撃の精度は正確無比。

 

「白鶴隊、お願いします!!!」

 

同じく、翔鶴の切札。必殺の航空隊。天山一二型(白鶴隊)。黒鶴隊が天空を駆ける鶴ならば、白鶴隊は水面を美しく飛ぶ鶴。その雷撃の集中攻撃は戦艦棲姫でさえおそらく致命傷を与えるだろうと言うデータが出たほどである。もちろん、黒鶴隊も同じである。

 

空と水面の同時攻撃。気が付けば翔鶴まで蒼い眼になっている。それも、瑞鶴以上に濃く。そして美しく。理由は簡単である。玲司と交わることが多いから…そして心と心のつながりが誰よりも深いから。

 

「翔鶴姉ずるくない!?私片目なのに翔鶴姉両眼じゃん!!!!しかも私や電ちゃんより濃くない!?提督さんとラブラブだから!?」

 

「今はそう言うことを言っている場合じゃないでしょう!?」

 

思わずずっこけそうになる摩耶。緊張が途切れるじゃないか…。

 

「ふざけんのは後にしろバカ!!!!集中が切れんだろうが!!!!!」

 

摩耶に怒鳴られた。当たり前である。

 

避けることも防御することもせずに直撃する。水の霧と爆炎が晴れる。しかし…。

 

「む、無傷!?瑞鶴の黒鶴隊の攻撃が…」

 

「私の白鶴隊もよ…」

 

「………シズメ…シズメ…ミンナ…シズメ」

 

「そうはいかん」

 

ボン!と菊月がヲ級に砲撃を放った。

 

「き、菊月ちゃん!?」

 

阿賀野が驚きの声をあげた。

 

「私には守ると誓った背中がある。その背中に追いつくまで…私は沈むわけにはいかん」

 

「同じだ。私も追いつきたい背中がある。そしていつかその背中に追いつき、振り向かせたい。そのために、私もここで沈むわけにはいかない。必ず。必ず帰らせてもらうぞ」

 

ドドンと連装砲を撃つ。効いているはずはないのだが…ヲ級の動きが止まった。そして…黒いオーラのシールドがふいに消えた。

 

ドォン!!!

 

轟音。駆逐艦の砲とは違う重い音。それは古鷹の砲の音だった。怨みの盾が消えた刹那、その刹那を逃さなかった。

 

カハッ…と肺から無理やり息が漏れるヲ級。グラリとよろめき、手をつく。無防備な腹部への強烈な一撃。それはヲ級を苦しめるには十分だった。そして、ヲ級は手をついたまま動かない。

 

「な、ど、どうしちまったんだ?」

 

「わかりません…ですが…今です!!!」

 

霧島は躊躇なくヲ級への砲撃を繰り出す。ヲ級が何かを逡巡しているところ、無防備な状態で放っておくはず等ない。

 

「扶桑さん!!」

 

「は、はい!!」

 

突然の出来事に動きを止めていた扶桑だったが霧島の指示で攻撃を繰り出す。古鷹も同じだ。砲撃はやめない。

 

………

 

ヲ級の頭の中は当然憎しみと怒りで満ち溢れていたのだが、その中に何かが流れ込んでくるのだ。

 

「オラ、長月。テメエまたグリーンピース残してんのか。食わねえとこのプリンは没収だぞ」

「ぐううう…食べる…!食べるから持って行くんじゃない!!!」

 

「司令官…そのプリン、菊月が頂こう」

 

「菊月!食べる!食べるから待て!!」

 

「なんでこんなもんが嫌いなのやら。そんなんじゃでかくなれねえぞ」

 

「く、くう…球磨さんの背中に追いつくためだ…!」

 

「いや、それくらいじゃ追いつけねえクマ」

 

「にゃっにゃっ、好き嫌いはよくないにゃ」

 

「おい、誰かそこのブーメラン飛ばしてるネコに皿に残しっぱのほうれん草食わせろ」

 

「にゃにゃ!?」

 

「ぐぇっへっへっへ…さあ多摩、提督の命令をちゃんと聞くクマ…ほれ口を開けるクマ」

 

「にゃああああ!?」

 

そうして笑い声が響くどこかの食堂だろうか。朧げに思い出す、食堂と言う言葉。

 

………

 

「おーし、それじゃあみんな揃ったかー」

 

「提督よ!早くしてくれ!!」

 

「戦艦が駆逐艦よりガマンできねえってのはまずいだろ」

 

「もう…この子はほんと…子供なんですから…」

 

「あはははは!!!そこがいいとこなんだよねー」

 

「はいはい、じゃあ手を合わせて。いただきます」

 

「「「いただきまーす(っぽい!)(なのです!)」

 

………

 

なんだこれは…これは…この艦隊の記憶か?何て…何て楽しそうなんだろう。みんな…笑っている。この食堂は覚えがある…これは…あの…私がいた…場所?

 

アイツは…?殺したくて殺したくて仕方なかったあのアイツはどこへ行った?なんでみんな…笑っているの?

 

「あの提督は死にました」

 

「!?」

 

「あの提督は死に、今は新しい提督がいるわ。私達も…あんな提督のもとで戦いたかったわね」

 

「加賀…サン」

 

金色のオーラをまとい、静かにたたずむ青き空母。それは…かつての仲間か。

 

「アナタモ…沈ンデ…」

 

「ええ。そこの五航戦に完膚無きまでにやられました。私は…この子達の生活を…見守っています」

 

「アイツガ…死ンダ…」

 

「そう。もう…あなたが怨み、憎しみを抱える必要はなくなったわ」

 

「………」

 

「私が五航戦の弓を介して記憶した今の横須賀の状況をお見せしました。これを見ても。まだあなたの怨みは収まらないかしら?」

 

表情を一つも変えず、淡々と語るかつての仲間、加賀。横須賀鎮守府の今を見守る魂として、彼女をかつての仲間と見て放っておけなくなり、出てきたのである。

 

「……ココマデ…憎ミ…怨ミ…アイツヲ殺スタメダケニ生キテキタ私ニ…コンナモノヲ見セラレテモ…ドウシロト言ウノ…」

 

「あなたがもう憎しみの炎で苦しまないように…安らかに眠りなさい」

 

「……デキナイ…デキナイ…モウ戻レナイノ…コウナッタラ…モウ全テヲ破壊スルマデ…私ハ…」

 

「そういう目ではないわね。帰りたい。そんな目をしているように見えるけど」

 

「……モドレナイ…モドレナイノ…モウ…私…ハ」

 

「それを決めるのは…自分よ。諦めの悪かったあなたが…そう簡単に諦められるのかしらね」

 

「……モウ…止メラレナイ…私…私…ハ」

 

………

 

砲撃を繰り返していたが突然黒く禍々しいオーラが燃え盛る炎のように舞い上がった。

 

「なっ!?」

 

「仕留められなかった!?」

 

「いえ、相当効いてはいるはず…!もう少し…もう少しです!」

 

「ウオオオオオオオオ!!!!!!ミンナ…ミンナ…沈ンデシマエエエエエエエアアアアアアアア!!!!!!」

 

ヲ級の悲痛にも聞こえる叫び。彼女は今なにを見たのか。それは霧島たちにはわからない。渾身のチカラを振り絞り、水中から艦載機を呼び起こす。

 

「はあ?!まだ出すのかよ!?」

 

「……泣いている?」

 

扶桑の言葉に古鷹がヲ級を見ると、青い涙を流していた。彼女に何があったのか。

 

怨みと憎しみに身を焦がし生きてきたヲ級。幸せな風景を見、そしてそれにどれほど彼女…二航戦「蒼龍」があこがれていたか。笑顔が溢れ、毎日が楽しい鎮守府。どれほどまでに夢見ただろう。どれほどまでに欲しただろう。毎日が楽しい日常を。誰も沈まず…誰も悲しみの涙を流さず。誰も辱めを受けない。そんな鎮守府。

 

そんなものを今更見せられたところで何になる。私はもう憎しみと怨みに身をやつしすぎた。もう戻れない。モドレナイノ…。私はもうその幸せを奪う側に回ってしまった。ああ…もっと早く…あんなヤツじゃなくてこんな提督が私が生きているうちに来てくれたらよかった。願わくば。もし願いが叶うのなら…。

 

カエリタイ。

 

「深海棲艦が泣いてる…」

 

「…だからと言って…情に絆されていては殺されるぞ」

 

霧島や扶桑の攻撃から逃げ回り、何とかして艦載機を飛ばそうとする。しかし、その艦載機は摩耶の手によって撃ち落とされる。ドッドッ…と重い一撃が腹、顔に当たり、吹き飛ばされる。

 

「グ……グググ…」

 

ダメだ。もう…艦載機を呼び出すチカラもない。だが…それでも…。

 

「まだ…立ち上がるの…?」

 

阿賀野が戦慄した。本来なら、あれだけ戦艦の砲撃や空母の爆撃、雷撃を受けているのなら、沈んでおかしくはない。しかし…青い血を流し…青い涙を流し、それでもなお…このヲ級は立ち上がった。彼女の怨みの深さは…いかんばかりか…。

 

「…タイ…エ…タイ」

 

「……?」

 

扶桑が標的を定めたまま、彼女の声に耳を傾けた。今際の際に聞き取っておかねばならない、遺言のように思ったから。

 

扶桑が攻撃をいったん止めるように皆を制した。榛名はそれが信じられない。早く。早くしないとまた…!

 

「…もう、あの空母に攻撃を繰り出すチカラはない…そう、思う」

 

「菊月さん…?」

 

「私には…もう私達を沈めたいと言う想いからではなく…何だろうか…『生きたい』…そんな執念を感じる」

 

菊月がそう言うのだが、ならば何という生への執念か。何をそこまで執着するのか…。

 

「カエリ…タイ…」

 

「……もう一度聞きます。帰りたい。どこへ帰りたいのですか?」

 

「ミンナ…イル…チンジュフ…カエ…タイ…モドレ…ナイ…モドレナイノ…」

 

「……では…私達を道連れにするおつもりですか?」

 

「…モドレナイ…カエリタイ…アア…アア…アアアアアアア!!!!!!」

 

生への執念。しかし、それは深海棲艦特有の強烈な怨嗟の衝動によりかき消された。艦載機も飛ばせず、何もできない空母ヲ級lagship改。だがせめて…何か…何かをして…沈めてやらねば!!!!

 

ドン!!!

 

腹部に衝撃を受けた。戦艦のように重い一撃ではない。しかし…ヲ級は目を大きく見開き、下を向いた。腹部には穴が空き…目の前には砲から煙が立ち上り、しっかりと砲を構える…駆逐艦の姿があった。遠くの戦艦と空母にばかり目が行き、近くの駆逐艦を見過ごした。

 

「はぁ…はぁ…」

 

体を震わせながら走るヲ級に近づき、腹部に砲を見舞ったのは…ヲ級の怨みのオーラに動けないでいた巻雲だった。今も彼女の怨みの深さに恐怖し、震える手でまだヲ級を捉えている。

 

「か、帰りたいのは巻雲だって同じです…戻れないのは嫌です!だから…ごめんなさい。ヲ級さん。帰りたいと言っていましたけど…あなたを…沈めます」

 

 

アア…コレデ…私ハ眠リニツケル…ノネ

 

 

 

ガクリと膝をつき…そのまま倒れ…海に沈んでいくヲ級。

 

苦しかった。悲しかった。殺意に満ち溢れていたがために…私はこんな姿になり…なりふり構わず艦娘を襲った。罪悪感などはない。なぜなら艦娘を沈めろ。殺せ。それしか頭になかったから。殺したい相手は殺せずに…仲間であった艦娘を殺して回る。それは何て愚かな行為。

 

憎しみのせいで私は仲間を殺し、殺すべき者を殺せなかった。それも今ようやく終わる…。

 

 

―――生きたいのなら生きたいと言えばいいのよ。本当…五航戦と言い二航戦といい…困った子達ですね。

 

 

グイッ!と何かに引き上げられるような気がした。目を開ける。かつて…私の暴走を止めようとしてくれた仲間の…大切な仲間の1人が…私を引っ張り上げていた。

 

「ナニ…ヲ…」

 

 

生きなさい。あなたは全てを忘れてしまいますが…それでも…あなたは喜びや楽しみを知るべきです。あなたが過去に望んでいた場所へ…行きなさい。

 

何を言っているんですか。私はもう深海棲艦。もう戻れない。

 

そうやって諦めているから二航戦なのよ。五航戦くらい生に執着していたくせに。

 

五航戦?わからない。加賀さん。私にはわからないよ。

 

すぐにわかるわよ。あなたは…幸せになるべきよ。だから…あなたは生きなさい。

 

 

パキ…パキ…と何かが壊れるような音がするのを聞きつつ、空母ヲ級は水面へと浮かび上がっていった。

 

………

 

「巻雲…すごいな。うまく…やった」

 

「は、はい…こ、怖かったですけど…た、倒さなきゃ…」

 

「巻雲さん…お疲れ様…でした」

 

「榛名さん…はい…はい!!」

 

この巻雲はすごく気が弱く、怖がりである。それゆえはじめは先頭に出ることも怖くてただただ怯えて棒立ちになっていたこともある。勇敢に立ち向かい、見事ヲ級flagshipを倒したが、本当ならこんなことは…できなかったはず。

 

しかし、自分だって鹿屋の艦娘。長月や菊月がもう限界が近い。榛名はやられ、阿賀野や羽黒は榛名を守るのに必死だった。ならば…怯えてるだけではいけない。体がとっさに動いていた。何だか司令官様に「大丈夫だ」と背中を押されたような気もしたが。

 

「こちら榛名…提督…聞こえますか?」

 

『こちら司令。ああ。終わったか?』

 

「はい。横須賀鎮守府の皆様と…最後は巻雲さんのおかげで…巻雲さんがヲ級flagshipを沈めました」

 

『……そうか。お疲れさん。作戦は終了だ。気を付けて帰ってこい』

 

「はい…はい!」

 

「榛名さん、司令官様はなんて?」

 

「お疲れ様。気を付けて帰ってきて、だそうです」

 

「……はい!巻雲、榛名さんを曳航します!」

 

「わわ、榛名はまだ大丈夫ですよ!」

 

「私も曳航しよう」

 

「じゃあ長月もだ」

 

「え、ええ!?」

 

「ふう、終わったぁ。無事でよかったね」

 

「はい。横須賀の皆さんは…」

 

「ヲ級を沈めたところが光ってる…一体…何?」

 

瑞鶴や霧島は巻雲がヲ級を沈めたところを注意深く見ていた。何か光っている。そして浮かび上がってきている。まさか、またヲ級が浮いてきたのか…そう思い、砲や弓を構えながら様子を見る。

 

「何なのよ…一体」

 

弓を構えながら待っていると弓が光りだした。

 

「ちょ、また!?」

 

……五航戦。その子を幸せにしてあげてちょうだい。事情はそうね…北上さんから聞いてちょうだい。

 

「は!?」

 

「瑞鶴、どうしたの?」

 

「あ、ええと…」

 

そう言っている間にその光っていた何かが水面に浮かび上がった。その正体は…。

 

「か、艦娘!?」

 

「うそ、そんな…」

 

ヲ級を沈めたところからパキパキ…と卵の殻が割れるかのようにヲ級の姿から艦娘へと姿を変え、浮かび上がってきた。

 

「ドロップ…か」

 

大規模な作戦の際、敵主力の旗艦がかつての大戦で沈んだモノから生まれた深海棲艦は沈まずに深海棲艦の姿から形を変え、艦娘へと変わることがある。これを提督達はドロップと呼ぶ。艦娘もそれにつられてドロップと呼んでいる。

 

通常の海域でも生まれることはあるが、稀である。例えば大湊警備府、一宮提督の所に所属している甲標的母艦「日進」…彼女は彼の艦隊が深海棲艦を倒した後、まるで日の光に焼かれるように黒い煙を発し、そして最後には光に包まれて日進となった。

 

よほどの怨恨を持っていたこのヲ級が艦娘になるとは…。

 

「帰りたい…ってずっと言ってたもんな。で、瑞鶴。横須賀にいた…蒼龍ってことでいいんだよな?」

 

「うん…たぶん。今さっき、加賀さんに幸せにしてあげてって…そう言われた気がして…」

 

「ってことなんだけど…トドメを刺したのは巻雲だけど…連れて帰ってもいいかな…?」

 

「事情がわかりませんが、横須賀と縁のあるお方なのでしたら…提督、今よろしいでしょうか?」

 

『何だ、問題か?』

 

「いえ…今倒したヲ級flagship改なのですが、沈んでから艦娘の蒼龍さんとして浮かび上がってきまして…それで、どうも横須賀鎮守府の元艦娘ではないかと言うことでお連れしたいとのことなのですが…」

 

『あー…あのクソ豚、こんなところにまで行かせてたのかよ。無能にもほどがあんだろ。えれえ怨み抱えさせやがって…まあいい。横須賀は確か空母が少ねえ問題はまだ解決してねえっぽいから、好きにしろ』

 

「わかりました。あの…好きにしろとのことですので…」

 

「ありがとうございます。刈谷提督にそうお伝えください」

 

深く頭を下げる扶桑。先ほどまでのこちらも威圧されるかのような雰囲気は消え、上品かつ雅な雰囲気が漂っている。

 

「おーい、起きろー」

 

「ま、摩耶さん…」

 

蒼龍の頬をぺちぺちと叩き、起こそうとしている。

 

「ん…んん…まぶしっ…」

 

「お、目ぇ覚ましたな?大丈夫か?立てるか?」

 

「え、ええっと…わ、私は…」

 

「深海棲艦から艦娘になった、いや、戻った?どっちでもいいや」

 

「そうなんだ…私は航空母艦蒼龍です。空母機動隊を編成するときはぜひ私も加えてね」

 

「よかったー。これで空母が少ない問題は解決だね、翔鶴姉!」

 

「ふふ、そうね」

 

「よーし、帰ったらビシ・バシ鍛えてあげるからね!!!」

 

「え、ええ!?いきなり!?」

 

「もう、瑞鶴?ダメよ?」

 

「あはは!冗談だってば!」

 

「ふふ。では、敵は全て壊滅しましたので、帰りましょうか。私達の家に」

 

「そうしよそうしよ!!!あたし腹減っちまってさぁ!」

 

「摩耶さん?女の子がそんな言葉を使ってはいけませんよ?」

 

「これがあたしなんだって!」

 

「あーでも、リンゴの皮を一回も切らずに全部剥いたり、少女漫画で悶えてたり、イルカとメンダコと提督さんに買ってもらったシャチのぬいぐるみがないと眠れなかったり、フリフリなカーテンとかわいらしいベッドしてたり、大丈夫よ扶桑さん。摩耶はちゃんと女の子だから」

 

「おい瑞鶴テメエ!!!!!」

 

「わー!逃げろー!」

 

摩耶がみんなに隠していることを暴露されて激怒する。が、その瑞鶴が言ったことは全部摩耶が自分から隠さずに言っていたり目にしているので怒っても意味がないのではあるが…それを見ていた扶桑や古鷹はクスクスと笑っていた。

 

「さあ、蒼龍さん…帰りましょうか…蒼龍さん?」

 

「…何かなぁ。私、何かを忘れてる気がするんだ。あの2人を見て…何か…思い出せない…」

 

「……いずれ思い出しますよ。さあ、急がないと瑞鶴さんと摩耶さんとはぐれてしまいます」

 

「あ、はい」

 

「榛名さん、皆さん。途中までよろしければ…」

 

「はい!ご一緒しましょう!」

 

母港への帰り際、ギャーギャーとケンカする摩耶と瑞鶴。うるさいです…とボソッと文句を言ったはずが聞かれて巻き込まれた巻雲。それを見て笑う榛名や扶桑たち。その光景を…何か引っかかる表情で見ている蒼龍であった。

 

全ての記憶は深海棲艦の怨嗟と共に…全て剥がれ、海に溶けて消えてしまった。それでも、根深く残る何かが彼女に何かを訴えかけていた。

 

 

明るく…楽しい…夢みたいな鎮守府。私が望んでいたもの。

 

 

なぜかそれが頭の中をぐるぐるとしていた。私、初めて行く知らないところなのに…とモヤモヤする蒼龍なのであった。




またしても安久野が出てきてしまいましたね。クソ豚の犠牲者、蒼龍が横須賀の艦隊に合流しました。
記憶はゼロですが、どこか引っ掛かりを覚えている蒼龍。
北上が明かしてくれる蒼龍の過去を次回は書いていこうかと思います。

いよいよ北方、南方海域最後の戦いへの幕が開こうとしています。その前にいわゆる修行会と、北上の本気が拝めるかもしれません。

次回もお待ちいただけますと嬉しいです。

それでは、また。
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