提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百八十話

サーモン海域の戦いを終え、無事に横須賀鎮守府へ戻る最中の扶桑たち。6人で必ず帰ってこいと言っていた提督の言葉通りであったが6人ではなく、7人で帰ってきた。

 

航空母艦「蒼龍」を引き連れて。蒼龍は深海棲艦から艦娘になって間もないからか、反応が薄く、扶桑や瑞鶴が話しかけても上の空での返事しか返ってこない。ボーっとしながら扶桑たちのあとをついてくる、という感じであった。

 

………

 

「そっかー、記憶は全部飛んじゃってるか。でもまあ、蒼龍さんにはそれが幸せなのかもしれないね」

 

扶桑たちが戻る間、北上が玲司に対して蒼龍のことを語る。北上が言うには、もう取り返しのつかないくらいレベルでおかしくなっていたそうであった。

 

憎しみに囚われ、ただただ提督を殺そうとすることしか考えていなかったと言う。練度はかつての加賀と同じくらい練度が高かった。しかし、その実力は提督を殺そうと言う思いによりガタ落ちになった。

 

「何度沈もうと…どんな深海棲艦になろうとも…必ずお前を殺しに戻ってきてやる…これは絶対…絶対殺してやる。殺してやる…殺してやる…」

 

「ええいやかましい!!!!さっさと連れていけ!!」

 

「殺してやる…コロシテヤル…コロシテヤル…」

 

「北上!!!こいつをさっさと何とかしろ!!」

 

「あたしに言われてもね…蒼龍さん…ごめん」

 

「離せえええ!!!殺してやるんだ!!!!こんな!!!!こんな人間生きているだけでいけないんだ!!!!殺した方が有意義なんだ!!!だから殺してやるんだ!!!!アーハハハハハ!!!!!キャハハハハハハハハ!!!!!!」

 

北上の話を聞いていた大淀は恐怖のあまり、ペンを落とし…鳥海は戦慄していた。妙高も息をのんでいる。

 

「あの時の顔は今でも印象に残ってるよ…狂気に満ちた顔…ありゃもう鎮守府の中で深海棲艦になるのは時間の問題だった…と思う。そうだね、玲司が来てからの雪風みたいだったね」

 

「……そうか」

 

「まー記憶が飛んじゃってよかったんじゃない?蒼龍さんなんてもう雪風とあたししか知らないし、昔のそんな最悪な記憶引き継いでここに帰ってきてみなよ。アイツ探して弓持って矢構えて鎮守府内うろうろしてそうだもん」

 

「そりゃあ困るな。まあ…その点はよかったと言うか…大体深海棲艦から艦娘に戻った艦娘は、それまでの記憶や憎しみなんかがスポーンと抜け落ちるみたいだな。青葉の論文にあがってる」

 

「青葉…ですか?」

 

「おう。ショートランドの最後の1人。生きた英霊、戦艦水鬼にトドメを刺した青葉だ」

 

「えええええええええ!!!?!????」

 

「大淀うるっさ!!!」

 

バン!と机を叩き、大声をあげて立ち上がった大淀。離れている北上が耳を塞いでうざそうに抗議する。

 

「あ、あの青葉…がですか!?」

 

「そうだよ。戦えないからな。広報だけやってると思ったら大間違いだぞ。あいつは深海棲艦の情報、生態をレポートしたり、艦娘から深海棲艦に陥る要因、深海棲艦から艦娘になった場合の心身の状態、動向のレポート。そう言うことを明石とやってるんだ」

 

「そ、そんな…」

 

「まあ…ショートランドにいた時はそりゃあ特ダネを探してカメラ持ってうろつきまわるもんだから何度叱ったかもわかんねえし、伊勢が滑って転んでパンツ丸出しのところを激写して記事にしようとしてマジで怒ったこともある奴なんだけどな」

 

「うわー、あたしだったら大井っちじゃないけど魚雷ぶち込むかな」

 

「そう言うお前だって結構ここでマンガ読んでたりする時パンツ丸見えな時多いんだぞ。女の子なんだから恥じらい持てよ。目の前でそう言うことされると俺も男なんだぞ。目のやり場に困るって言うか…」

 

「え?あ、あー、えーっと、うん…そ、そうだね…そ、そうするね」

 

ポンっと急に北上が赤くなった。意外や意外、「女の子」と女性として意識されていることに突然ものすごく恥ずかしくなったのだ。玲司のことはライクで好きである。翔鶴のようにベッタリではないが、それなりに玲司といることも多く、仲良くおしゃべりすることも多い。しかし、女の子として扱われることにまったくもって免疫がなかった北上は、何だか急に今までずーっと玲司の前でゴロゴロしてはパンツ丸出しでマンガを読んでいたとこを思い出し、ソファーの上でうああああああと言いながらゴロゴロし始めた。

 

「だからパンツ見えるっての」

 

「ああああああああ!!!!!あたし部屋に帰る!!!!玲司のヘンタイ!スケベ!アホ!」

 

「俺のせいか!?」

 

顔を隠してものすごく罵りながら出ていった。何なんだあいつ…とボソッという。

 

「提督。提督は北上さんを女性として見ているんですか?ま、まさか…」

 

「いや性的な目で見てるわけじゃなくてな?北上だって女の子なんだし、男の前で女の子が下着を平時に見せるなんてことはしちゃ倫理的にいけないと思うわけよ。俺、別にパンツ見せろとか言ってるわけじゃないし、とにかく俺でない男だったら襲われちまうかもしれないから、やめなさいってこと。大淀や鳥海、妙高たちだってそう」

 

そう言われるとなぜか妙高はスカートを押さえ、鳥海も裾を気にしだし、大淀はスカートの隙間を両手で隠す。性的な目で大淀や鳥海は安久野に見られていたわけでそれについては嫌悪感はあるが、玲司に言われると別の話。「いい体をした女」「ヤリがいのある女」ではなく「女の子なんだから恥じらいを持ちなさい」と言われるとは思ってもみなかったわけで。

 

「妖精さんからも聞いてるけど、図書館でも割とみんな無防備らしいから気を付けなさいって妖精さんに注意するように言ってあるんだ。そしたら五十鈴と摩耶が怒鳴り込んで来てヘンタイとかスケベとか北上みたいに言われて困ったもんだよ」

 

ポリポリと頭をかきながら言う。ほんとにこの人は…と大淀は思うが、自分たちをちゃんと兵器だけとしてではなく、女の子として見てもらえているのは正直嬉しい。

 

艦娘は兵器でも人でもない。そこがあいまいで難しいけど、お化粧に憧れたり、マンガを読んだり、食べ物の取り合いをしたり(怒)、いろんな感情がある。それでいて女の子らしいことがしたいともいうし、なら女の子として見る。それが玲司のやり方である。故に非情になれない弱点があるのだが。

 

それでも大淀や横須賀の艦娘には嬉しかった。

 

「提督、女の子として見てくれているのはいいのですが、雪風ちゃんや電ちゃんたちとお風呂に入ると言うのはいかがなものでしょうか…?」

 

「俺だってやめなさいって言ってるんだけどどこからともなく風呂に入ってるのをかぎつけて乱入してくるんだ。放り出すわけにもいかないし…」

 

まったく…この人はお人よしと言うか断れない人と言うか…私がじゃあ乱入したら…な、何を考えているの!?

 

「おいどうした大淀」

 

「し、知りません!!!てーとくのヘンタイ!ドヘンタイ!ヘンタイてーとく!!!!」

 

バン!と顔を真っ赤にしてドアを思い切り閉めて去っていってしまった。今日は厄日か…?と頭が痛くなった。鳥海や妙高はクスクス笑っていたが…なんとも言えない玲司であった。

 

………

 

「ここが食堂です!皆さんで一緒にご飯を食べるところです!とても毎日…その…騒がしいです」

 

祥鳳と古鷹が蒼龍を案内して回っていた。蒼龍はどこかボーっとしていて、祥鳳や古鷹が元気よく話をしても「はあ…」とか「うん…」と上の空であった。

 

「あ、あの…案内、ご迷惑でしたか?」

 

「あ、ううん、それはないんだ。ないんだけど…何だろう…この鎮守府に来てから…何か…何て言ったらいいのかわからないんだけど…」

 

「わからないんだけど…?」

 

「私はここを知っているような気がするんだ。懐かしい…と思うと同時に…何かもやもやするものが胸にこみあげてくるの」

 

「それはどんな感情ですか?」

 

「……どす黒い…嫌な気持ち。でもね、さっき皐月ちゃんや文月ちゃんだっけ?あの子達が嬉しそうに手を握ってくれて、笑ってくれて…それを見ていたら…そのどす黒いのは消えたの。でも、また何かザワザワするんだ」

 

翔鶴や瑞鶴からは話は効いているし、古鷹はその場に居合わせたのでわかる。深海棲艦から艦娘に戻ったと言うこの蒼龍。詳しい事情は聞いていないが、北上が言うには前の提督の時に居た際は、提督を殺そうとまでするほど、怨みと怒りが深く、古鷹もそれは戦っている最中に思い切り感じた。目を合わせばそれだけで憎しみと怨みを植え付けられて深海棲艦になるのではないかと思うほどであった。

 

「やー蒼龍さん、元気してるー?」

 

「北上さん?」

 

おいっすーとさらに妙な挨拶をしながらやってきた。何でも提督に辱められたとかで逃げてきたのだそうだ。まさかあの提督がそんなことをするはずがないと思っていたので真意を聞いてみると、単に「女の子なんだから男の前でパンツを見せたりしない」と叱られただけという。いや、至極真っ当なことではないのか…。

 

「それで…北上さんは何かされたわけじゃ…ないんだよね?」

 

「あーないよ。ないない。うちの提督、パンツ見ただけで襲ってくるような度胸もないしね。それに、そんなことする提督なら、あたし執務室に入り浸ってないよ」

 

「そう、なんだ…」

 

「くそー、あたしを女の子だなんて扱いをされるとは予想外だったぜー。ハイパーな北上さんもさすがにそう言われるとてれりこてれりこだわ」

 

祥鳳と古鷹が苦笑する。古鷹も以前あれだけの大浴場があるのですから、のんびり広いお風呂で疲れを取られてはいかがですか?と聞いたことがある。返ってきた言葉は

 

「あそこは女湯だからね。女の子の聖域みたいなとこに、俺みたいな野郎が入るわけにゃいかねえだろ。言い方は悪いけど女の花園。みんなの疲れを取るための女風呂なんだから。それにほら、俺にも大き目な総ヒノキ風呂作ってくれたから、こっちでゆっくりしてるよ」

 

「たまに響さん達が…「それ以上はいけない」

 

街の人にも言われたっけ。松子さんだっけか。かわいい女の子なんだからかわいい恰好しなきゃ!とか、レディをお待たせするのは私の性格上、許されないのですよ、など。提督も商店街の人も『艦娘』と見ているし『女の子』としても見てくれている。嬉しい…と古鷹は思う。

 

昔の提督の話を先輩の摩耶や最上から聞いたことがある。恐ろしい人だと思った。北上からも話を聞いた。涙が止まらなかった。今の提督は『女の子』として見てくれる。前の提督は自分の欲望の捌け口にするだけの『女』として。そして、海で使い捨てのように『兵器』として扱った。

 

『女の子』と『女』…似ているようで扱いはまるで違う。複雑である。しかし、今の提督に出会えてよかった。そう思う古鷹であった。

 

「わからない…けど…今こうして鎮守府を歩いていると…そのもやもやが…消えていく気がするんだよ」

 

「消えていくならそれでいいさ。そういうものは思い出したところでロクなものじゃない」

 

北上が突然ふざけたような態度から真面目に蒼龍の目を見て言う。その目は強い意志で燃えているようであり、やましい者が見れば必ず目を逸らしてしまうだろう。蒼龍は何とも言えない表情で北上を見ていた。

 

多くの生と死を見てきた北上。蒼龍の目は、生きよう、とも死のう、ともどちらともとれる目をしている危険な目であることを察知した。おそらくは、心の中で未だこびりついて取れないのであろう深海棲艦の因子。過去の記憶が僅かに残っているのだろう。

 

(この蒼龍さんは本当にあの蒼龍さんなんだなぁ…何となくわかっちゃうよ。うん、何とかするよ、大井っち)

 

「じゃーあたしも鎮守府案内してもらおうかなー」

 

「北上さんは鎮守府を熟知してるじゃないですか…」

 

「そうですよ。どこ探してもいなくてどこ行ったんだろうと思ったらお墓の近くの木の下で寝てたとか」

 

「お墓…?」

 

「そだよ。お墓。ここの鎮守府で死んでいった艦娘達のお墓」

 

そこにあんたが大事にしてたリボン埋めたんだよ、とは口が裂けても言えなかったが。

 

「死んで…いった…?」

 

「あたしたちは艦娘だからねー。深海棲艦と戦って、砲弾撃たれて死ぬこともあるよね。そう言う死んじゃった艦娘にどうぞ安らかに眠ってくださいって言うために作るのがお墓なんだって」

 

「死ぬ…沈む…沈む…」

 

沈む…という言葉を聞いてガタガタと震えだす蒼龍。それを抱きしめる北上。

 

「大丈夫。今のあたし達の提督は絶対そんなことしないから。安心して。もう…暗い海の底へは行かなくていい」

 

「ちょ、北上さん!?」

 

「あ、あう…私…沈んで…寒くて…暗くて…怖くて…」

 

「うん、そっか」

 

「で、でも…誰かが呼ぶんです…帰ろうって」

 

「え?」

 

「男の人の…提督の声に似てた気がします。帰ろうって。帰っておいでって」 

 

その言葉を繰り返し言っていると震えは止まった。玲司が帰ろうって言った?

「それで、ここに連れてきてもらったとき、提督がいたでしょ?おかえりって言ってくれた時…すごく…安心したって言うか…」

 

「そっか。うん。それなら素直に喜んでおきなよ。あんたは元深海棲艦で…死んでいった横須賀の艦娘の中の数少ない帰ってきた子だからさ」

 

「私が…横須賀にいた…んですか?」

 

「そうだよ。あんたはここにいた。そしてバカな提督のせいで海に沈んだ。深海棲艦になった。けど、古鷹達に倒された。そんで艦娘に戻ってここへ帰ってきた。だから、おかえりって言うのは間違ってない」

 

北上がポンポンと背中を叩いて優しく語る。ここにいたことはまるで思い出せないがなぜだか泣いていた。

 

「思い出さなくていい。忘れてていい。けど、あんたはもうここの…横須賀の蒼龍としてまた帰ってきたんだ。これからをいっぱい楽しむといいさ。ここは…本当に…本当に楽しいこと、いっぱいだから」

 

北上にしがみついて子供のように泣く蒼龍。なぜかわからない。今まで冷たく感じていた胸が一気に暖かくなった気がする。もやもやが晴れていく。

 

………

 

蒼龍は古鷹達に案内をされている最中、ザザッ…と視界がおかしくなり、きれいに掃除された廊下ではなく、掃除も整備も行き届いていない汚い廊下が見えたり、ドックに行った際には大きくてきれいで露天風呂まである大浴場ではなく、狭苦しい、白く濁った汚い水のような…ヘドロのようなものが張られたドック。あろうことかドブのような匂いまで漂っていたような気がした。それを見る度に、胸の奥底から言い知れぬ感情がフツフツと浮かんでくるのだ。

 

コロセ…コロセ…

コワセ…コワセ…

 

 

アイツヲ探シ出シテコロセ

 

 

何のことだかわからない。何か、のどまで出てきて引っ掛かっているけどそれがわからない。提督と母港で会った時は心臓がひときわ強く跳ねたような気がする。

 

ミツケタ…コロセ!!!

 

コロセって何だろう。コワセって何だろう。私にはわからない。頭がしっかり働かない。食堂に行った時は誰かが泣いている幻覚を見た。「ごめんなさい…」と言う声も聞こえた気がした。

 

間宮と言う人が笑顔で迎えてくれたが、また視界が乱れ変なものが見えた。汚い食堂。汚い笑い声が聞こえていたような気がする。

 

「貴様はそれでも給糧艦か!?最高のシャトーブリアンをゴムのようにしおって!!!」

「申し訳ございません!!!申し訳ございません!!!!」

 

コロシテヤル。

 

「今日はオムライスかしら。私もお手伝いしなきゃ♪」

 

間宮さんはそう言っていた。オムライスと聞いて冷蔵庫からお茶を取り出し、飲んでいた霧島と言う戦艦の人が「胸が熱いですね!!!!」とお茶を一気に飲み干し、目を輝かせて言っていた。それは誰かが言っていたような…そんな気がする。

 

そうして蒼龍は、本当に…過去にあったことがあるんじゃないかと思う初対面とは思えない艦娘、北上と途中で仲間に加わって雪風と共に中庭に来ていた。中庭では駆逐艦の子達が地面に丸を一つと二つを描き、「けーんけーんぱー!わたたたた!!」と片足で立っている時にバランスを崩して輪から出てしまい、「島風ちゃんの負けー!」と楽しそうに遊んでいる姿があった。

 

林のようなところに連れてこられ、小さな石が立っていた。その両脇に、きれいなお花が金属の筒に入れられ、飾られていた。

 

「ほんとは母港の奥にもあるんだけどね。あたしにはここが一番大事な場所だから」

 

何だろう、何だかとても…ここは…暖かい。誰かが抱きしめてくれているような。

 

おかえり

おかえりなさい

 

耳元で誰かがそう言っているような気がする。

 

「さて、ちょっと失礼して…初めてだね、掘り返すの」

 

「北上さん、ここを掘るんですか?」

 

「そだよー。雪風にも…ちょっとつらいかもしれないけどね」

 

「雪風は…大丈夫です」

 

ちょっと悲しそうな顔をする雪風と言う駆逐艦。古鷹さんや祥鳳さんは何がなんだかわかっていない。

どこから持ってきたスコップで、土を掘る。そう深くはない。すぐに…何か金属の箱のようなものが出てきた。

 

「やー、水とか入り込んじゃってやばいかなー。あ、瓶は割れてないや。よかった」

 

ドクン…とあるものを見た時心臓が高鳴った。

 

「北上さん、これ…」

 

「うん、この瓶に入っているのは…長門さんの艤装のカケラ。これは、加賀さんだね。うん、瓶の中には水も入ってないし、きれいなまんまだね。日の光浴びて眩しくない?大井っち、なんちゃって」

 

それからもう1つの小さな金属の箱を開けた。中にはまた金属の箱。それを開けた時…一枚の黄ばんだ布がひらひらと風に揺れた。

 

体が…熱い。胸が…バクバクしている。

 

「まあ、蒼龍さんに見せても仕方なかったかもしんないけどね…とも思ったけど、そうでもないみたいだね」

 

記憶は忘れていても、魂は覚えている。かつてここに居た時の蒼龍がつけていたもの。なぜ見せたくなったのか北上にもわからないが、とにかくそれを見せたとき、涙があふれてきた。

 

帰って…きたんだ。

 

よくはわからないがそんな感情があった。それは…沈んでしまった蒼龍の魂が覚えていたこと。胸の中の黒いもやもやがまた晴れていく。

 

「北上さん、これは…」

 

「蒼龍さんのハチマキだね。気合いが入るからってつけてたやつ。最後はつけさせてももらえずに出撃させられて…」

 

「そんな…」

 

古鷹は口元を押さえた。雪風は愛しそうにそのハチマキを指で撫でていた。

 

「んー?目が変わったね。生きたいのか死にたいのかわかんない目から生きたいって目に変わった気がする。じゃあこれはまた埋めちゃおう。長門さん達、ごめんね」

 

そう言ってまた缶を慎重にしまい込み、埋めた。そして、線香と言うものを北上と雪風が火をつけて立て、手を合わせて拝んでいた。古鷹さんや祥鳳さんも。自分も何となくしておこうと思った。

 

「んじゃあ、最後に、あそこへ行っても大丈夫か、だね」

 

「え?それってどこですか?」

 

「執務室」

 

北上がそう答えた。雪風も知っている。古鷹たちにも教えた。蒼龍が執務室で提督を殺そうとしたことがあるところ。そんな、本当に怒りと憎しみが大爆発をした因縁の場所だ。大丈夫だろうか…だが、いずれは行かなければならない場所だ。

 

「じゃあ、いこっか」

 

少し睨むような目で北上が促した。

 

………

 

北上と雪風が放つ異様なプレッシャーに古鷹も祥鳳も蒼龍も一言も声を発せられない。それとは別に、執務室に近づくたびに、蒼龍の息遣いが荒くなってきているような気がする。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

近づくたびに心臓の鼓動が早まり、頭の中にジワジワとある言葉が荒れ狂う波のように襲い掛かってくる。

 

コロセ!!!コロセ!!!!!

 

またザザーッと目の前が暗転し、何かが見えた。

 

弓を構え、目の前には形容しがたい汚物のような何かが喚いている。それがナニかは思い出せない。ただ、頭の中にあるのは目の前のソレを殺さなくてはならないと言う使命感。いや、コロセと言う頭を鈍器で殴られたかのような激しい殺意。

 

「※д〇Ш∋Ж1!?」

 

「うるさい黙れ!お前なんかここでコロシテヤル!!!!」

 

「ЖΛδΠく0おjにあふぃnШ!!!!」

 

目の前の汚物は何を言っているのかわからない。もはや言葉にすら思えない。ただただ不快な音。金属と何かをこすり合わせたような吐き気を催す声なのか、音なのかを口だろう穴からこれまた戻しそうになるような臭い息とともに吐きだしていた。

 

臭い、気持ち悪い、汚い。今すぐこいつをどうにかしてやらないといけない。死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

しねしねしねしねしねしねしねしねしねシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

シンデシマエ、コノ汚物!!!!

 

「おーい」

 

ビクッと体が飛び跳ねた。赤い絨毯が近い。私は…一体?

 

「だいじょーぶ?」

 

「蒼龍さん、大丈夫ですか?」

 

北上に体を支えられ、雪風にハンカチで滝のように出ていた汗をぬぐってもらっていた。

 

「あ、う、ご、ごめんなさい…」

 

「いや、まあ別にいいんだけどさ。どーする?今日は行くのやめとく?」

 

「い、いえ…行きます…行かなきゃ…いけない気がするんです」

 

「そう?もうすぐそこだよ」

 

「はい…」

 

今のは何だ…体の中から湧き上がるおぞましいまでの殺意。そんなこと…私にできるわけない。

 

覚束ない足取りで執務室の前に立った。雪風がノックをする。はい、と返事が返ってくる。

 

「しーれーえー!雪風です!!」

 

『おー、開いてるぞー』

 

そう言うとパァッと笑顔になってドアを開け、駆け出した。

 

「しれえ!!!」

 

「雪風、おいっす!」

 

「おいっすです、しれえ!」

 

「提督、ですから雪風ちゃんに変な挨拶を教えないでください」

 

「玲司ー、大淀、鳥海に妙高さんもおいっすー」

 

「おいっすです!!!!」

 

「北上さん!!」

 

「あー大淀うるさーい。いいじゃん別にー。玲司がいいって言ってんだからさ」

 

「~~~~~!!!」

 

真っ赤になってプルプルしている大淀。それを見ていると先ほど見ていた場所とそっくりだ。しかし…全然違う。

 

臭い息を吐き、汚い液体を飛ばし、耳が腐るかのような声の主で、汚い部屋ではなく、整然とした青い絨毯。整った机、整理が行き届いた書類棚。そして…雪風が満面の笑顔で抱きかかえてもらい、膝に乗せてもらってご満悦そうな顔をしている。

 

「やあ蒼龍。古鷹、祥鳳、案内ご苦労様」

 

「はい!」

「はい。ありがとうございます」

 

「あー、あたしも雪風も案内したんだけどー?」

 

「そうかそうか。ありがとう。雪風もありがとう」

 

「えへへ、しれえ、ありがとうございます!」

 

「北上は?」

 

「んえ?あ、あ、あーあたしはなでなでとかそう言うのはいいよ…」

 

「さっきの女の子って言ったこと気にしてるのな。クックック」

 

「うーるーさーいー。このヘンタイ」

 

「しれえはへんたいさんなんですか!?」

 

「雪風、北上の言うことを信じちゃいけないぞ。よーし、雪風にはチョコレートをあげよう」

 

「やったー!!!」

 

違う。私が見た景色と全然違う。誰も泣いていない。誰も苦しんでいない。みんな…笑っているじゃないか。

 

「蒼龍、ここはどうだ?慣れていけそうか?」

 

「は、はい…とてもみんな優しくて…楽しそうに遊んでて…素敵なところですね。あの…提督。私は前にここにいたこととか…あるんでしょうか?何だか私…ここを知っているような気がするんです」

 

「ん-、俺も来て一年も経ってないからな。俺も蒼龍がいたと言う話は聞いていないし、うちに蒼龍が来てくれたのは初めてだよ」

 

「……そう、ですか」

 

嘘を言っている目ではない。けど…あの黄ばんだハチマキを見てから…食堂に行った時、お風呂を見ていたとき、執務室の前に来ていた時…何かが引っ掛かる。

 

「深海棲艦から艦娘になった艦娘はいろんな記憶が混濁しているらしいな。だから、きっとどこかでとても嫌な思いをした蒼龍の記憶が混ざっちゃったのかもしれないな。うちの鎮守府は、もし俺がおかしくなって、蒼龍や大淀達を沈めるような作戦ばかりを思いついたりとか、変なことをするようになったら、俺を殺してくれって頼んである」

 

「え!?」

 

「しれえ…?」

 

「玲司、それ、誰に頼んだの?」

 

「武蔵だ」

 

「武蔵さん…に?司令官さん…それは…」

 

「武蔵は約束してくれた。そうして自分の仲間を殺し、壊していくと言うのなら仕方あるまい、この武蔵が責任を持って貴様を悪の道から解放してやろう。そう言ってくれたよ」

 

「しれえはそんなことしないもん!」

 

「雪風、俺だって人間だ。お前が見てきた汚い人間に、道を踏み外してなってしまうこともあるかもしれない」

 

「ないもん!!!しれえはしれえだもん!!!あたしや翔鶴さんや響ちゃんを助けてくれて…みんなを笑顔にしてくれるしれえだもん!そんなことしないもん!!!ならないもん!!!!!大好きなしれえがそんなことになるはずないもん!!!!!」

 

「雪風…そうか…ありがとう。しれえは雪風の言うようなしれえでずっといるからな」

 

「グスッ…はい…」

 

北上も大淀達も驚くほど雪風が感情的になっていた。雪風にとって玲司はヒーローなのだ。自分を深海棲艦になるところから、そして自分が暴走したせいで沈むところだったのを救ってくれた、優しい、マンガで見たヒーローなのだ。まあ、雪風が読んでいたキックや剣で一撃で敵を倒したり、ロボットのように頑丈になったり、水の飛沫になって危機を回避したりするようなヒーローではないが。

 

しかし、そんな約束を武蔵と交わしていたとは…まあ武蔵なら…ためらわず提督を撃ちそうな気がする、とも北上や大淀も思ったが。

 

提督にしがみつき、絶対な信頼を寄せている雪風と言う駆逐艦。その姿を見ていると、先ほど見た汚物のイメージが全て消えていった。

 

「まーったく、玲司がそんなことになるわけないっしょー?」

「そうですよ…もう」

 

「司令官さんは司令官さんです。私の計算では司令官さんが悪い司令官さんになる確率は0%です」

「提督、冗談もほどほどにしないとお説教をしますよ」

 

「やめてくれ、妙高の5時間説教は足にくる…」

 

「今回は見逃しますが、次はありませんからね?」

「はい…」

 

弱い立場な提督だな…でも…優しそうで…いいのかも…。

 

「提督、改めまして、航空母艦蒼龍です。空母機動部隊を編成するときは、ぜひ私も入れてね」

 

「ああ。よろしく、蒼龍。俺は三条玲司。一応ここの提督、兼飯番だ。よろしくな」

 

「ご、ご飯…?」

 

「そ。さって、今日は蒼龍が『帰ってきた』し、いつものあれだな」

 

「しれえ!いつものあれですね!?」

 

「提督、書類は私たちにお任せを」

 

「大淀さんのメガネの輝きがすごい…」

 

「ふふふ、まあ仕方ないですよね。提督のあれは、病みつきです♪」

 

「じゃあ頼んだぞー。蒼龍、晩飯は楽しみにしていてくれよ」

 

そういって蒼龍の頭を撫でて出て行ってしまった。その手の温もりは…自分の心の中の黒い何かを晴らしていった。そんな気がした。

 

 

生きていれば、いいことがきっとあるよ。

 

 

なぜか不意に脳裏に浮かんだ言葉。それ以外はなにも思い出せないけど、今日からきっと…いいことがいっぱいあるんだろうな。期待に胸を膨らませ、やっと蒼龍は笑顔を見せたのだった。

 

………

 

「うまい…うまいぞおおお!」

 

「武蔵、静かに食べなさい」

 

「わたくし、松茸ご飯と言うものが食べたいですわ。オムライスより」

 

「あのさ、そう言いながら口の周りケチャップだらけにしてガツガツ食べるのやめたら…?」

 

目の前にある黄色くてふわふわしたものが乗せられた赤いご飯。

 

(貴様ら艦娘ごときに食わせるものなどあるか!)

 

そうじゃないんだ。私たちは…

 

「食べていいんですよ。食べなきゃ体が元気になりません。見てください、瑞鶴なんて…」

「んー!おいし!蒼龍さん、いらないならもらうよ!?」

 

「瑞鶴!」

「うぇっ!?は、はーい…」

 

「さ、食べてください。玲司さんのオムライスは格別ですよ」

 

そう言って恐る恐るおむらいすと呼ばれるものを口に運んだ。その瞬間、頭と心にあった黒いものは全て…ガラスが割れるように粉々になり、消えた。

 

「おいしい…おいしい!」

 

「そりゃよかった。まずいって言われたらイチから修行し直しだ」

 

「て、提督はまだ料理の腕前が上があるのですか!?ぜひご教授ください!」

 

「あ、いや、間宮、あのな?たとえだからな?」

 

「んやー、きっともっとすごーいのが出てくるに違いないよ。ねー、雪風!」

「はい!しれえの、まだ雪風たちが知らないご飯が食べたいです!」

 

「こらー!お前ら間宮を煽るな!!」

「提督!今度は何に致しましょう!?おいしいシャトーブリアンの焼き方とか!?」

 

「俺の貯金を空にする気か!?」

 

「あは、あはははは!」

 

心が晴れた今、蒼龍はやっと声を上げて笑った。そして、このとてもおいしいご飯をゆっくり味わうかのように噛み締め、おかえり、と言われた意味はよくわからないけど、でもまた、横須賀の一員になれたんだね、とも思った。

 

生きていればきっといいことがあるよ。だから、私の代わりに…よろしくね。

 

オムライスを食べていた霞が蒼龍の体から青い柔らかい光が窓の外へ出ていくのを見て…クスリ…と笑った。それは…零だった。

 

(また、賑やかになるわね。運命は…変えられるのよ。そうでしょう?玲司君?)

 

間宮に詰め寄られてタジタジしている玲司を見て、誰にも悟られないように静かに愛しそうな目で笑っていた。




蒼龍の帰還でした。一部の闇が残り、少しだけまた胸糞悪い展開がありましたが、最後にはそう言うものは全て消え、蒼龍はま練度1から頑張り、横須賀の一員として頑張っていきます。

さて、次回はハイパーな雷巡さんの本気?が垣間見れるかどうか、の回にしようかと思います。
横須賀にいて、いつも完全無欠のようなハイパーなお方。最古参の1人の真の実力を知る者は?

次回をお待ちください。

それでは、また。
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