提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百八十一話

「はい!皐月さん、素晴らしい動きです!成長しましたね!」

「へっへーん!ボクだってみんなに負けてらんないからね!」

 

「鹿島せんせ~、文月はぁ~?」

「文月さんも頑張っていますね!スムーズに動けていましたよ!」

 

「ほんとぉ~?やったぁ~♪」

 

南方海域、サーモン海域北方の出撃には時間を要す。深海棲艦の補給部隊などが復活しないかどうかが心配であるが、そこはタウイタウイの大府提督の艦隊がサブ島やサーモン海域に赴き、偵察などを行っている。

 

サーモン海域においては深海棲艦は甚大な被害を被っており、大府提督の偵察においても如実にその影響が出ており、補給艦を大量に集めることが困難になっているようである。

 

3人の提督は余裕を持って出撃していないわけではなく、大本営が慎重になりすぎているのかゴーサインが出ないのである。そうして早1週間。横須賀鎮守府では出撃した者以外は鍛錬を行っている。

 

「ほいほいほいっと。んー、今日も余裕だねぇ」

「北上さんはすごいですね…」

 

「んー?何が?」

「いえ…汗一つかかず、この厳しい鍛錬を軽くこなされるので…」

 

「んやー、そんなことないよ?あたしも結構しんどいし。あたしゃ手ぇ抜いて練習サボるほど不真面目でもないよ」

 

そうは言うが鹿島の目には明らかに本気で打ち込んでいないと見えた。何せ、鹿島の艦娘の能力を明石と同じく数値化するように見える目では、北上の能力値は「アンノウン」…つまり、わからない。神通や朝潮と言った新生「女王」もアンノウンと表示されるし、横須賀の艦娘がアンノウン。能力がどこまで伸びるかがまったくもってわからないのである。

 

その中で特に、北上の能力。潜在能力だけは本当に未知数なのだ。もちろん、過去にデータのない大和、武蔵も底が見えないが、巡洋艦。重雷装巡洋艦の北上、大井の改二はどこに行っても大活躍の筆頭艦娘であると思う。

 

そのせいか、深海棲艦もかなり頭を悩ませているらしく、重雷装巡洋艦が出入りできないような海域もどうやっているのかはわからないが出てきている。

 

さて…この北上を本気にさせるには…と思って鹿島は1つ手を打っておいた。古くから付き合いのある雪風は「すごくすごく強いです!」としか言わないし、五十鈴や摩耶は「仲違いしてたから…あんまり戦いを見ていない…」と言うし、瑞鶴に聞いてみても「本気かぁ。あの人本気なのか遊んでるのかわかんないんだよね」と誰も知らないのだ。だからこそ…そろそろ来るはずなのだが。

 

「おー、久しぶりの横須賀だな。何かめっちゃいろいろ変わってねえか…?」

「兄者の妖精さんのことだ。好きにやらせてもらっているんだろうな」

 

「のう木曾!風呂がすごかったぞ!!前よりもすごくなっておったぞ!!!我輩、後で入りたいのう!」

 

「あーわーったわーった…よお鹿島。親父に何吹き込んだか知らねえけど、来たぞ」

 

「木曾さん…利根さん、磯風さん。わざわざ来てくださってありがとうございます」

 

そう、鹿島が読んだのは舞鶴鎮守府の「原初の艦娘」である『雷の女王』木曾。『大鷲の目』利根。『黒狼』磯風であった。

 

鹿島は虎瀬提督に南方海域攻略中に万が一、『暴虐の姫君』である戦艦レ級と出会った際に、今の練度では全滅する恐れがあります。ですので、現「女王」に匹敵する能力を秘めている艦娘の能力の開花をしたいのですと進言。その実は北上の本気が知りたいので、重雷装巡洋艦最強の「原初の艦娘」である木曾を呼ぶ魂胆だったわけだが。

 

「ま、お前のことだ。オレをここに呼んだ理由は、ここにいるやつらの特訓ってわけでもねえんだろ?」

 

「う…」

 

「親父もまあオレを呼び出した理由は何かあるって言ってたけど…そうだな、鍛えがいのあるヤツも多いな」

 

『牙の女王』朝潮や『茨の女王』神通を見てひゅぅと口笛を吹いた。朝潮の『牙』のチカラ。神通の『茨』のチカラ。なるほど、噂に聞く新生女王のチカラはなかなかのもんだな、と思った。それと同時に、島風にまるで牙を剥いて追いかける狂犬のような表情をしている夕立。姉の龍驤に防空演習でしごかれている摩耶たち。面白そうである。

 

「で?オレは誰と闘りあえばいいんだ?」

 

「おー?木曾っちじゃん。なになに?着任?」

 

「北上姉…ちげーよ。オレは舞鶴から姉さん達をしごきに来たんだよ」

 

「へー。そりゃ大変だねぇ、遠いとこから」

 

「そうだよ…ったく、鹿島に言われて来てみたら、おもしろそうな艦娘ばっかりに育ってんなぁ」

 

「へー、そりゃ玲司のおかげじゃないかな。大和さんや武蔵さんとやりやってみたら?楽しいと思うよ」

 

「いいや、オレが闘りてえのは大和たちじゃねえ」

 

「ふーん、じゃあ誰?」

 

「あんただよ、北上姉。前一目見た時からあんたと闘いてえって思った」

 

「えー?めんどいなぁ」

 

「そう言うなよ…オレが来た意味がなくなるじゃねえか」

 

「わっかりましたよー。んじゃ、さっそくやる?」

 

「いいねぇ。んじゃちょっと準備させてくれ」

 

そう言うと木曾はまず工廠へ向かった。やるなら万全に。ここには妹の明石がいるから。

 

「はーめんどくさー。鹿島さぁ、あんまめんどくさいこと吹っ掛けないでよね」

 

「い、いえ…わた、私は何も…」

 

「いやいやめっちゃどもってんじゃん。ま、いいけどさ」

 

ケラケラ笑って準備運動なのかストレッチを始める北上。北上はわかっているのだ。彼女が「原初の艦娘」であり、同じ重雷装巡洋艦の中ではトップの中のトップなのだ。

 

(仕方ない、ちょっち本気出してやりますかね)

 

はぁ…と溜め息をついて準備を進める北上であった。

 

………

 

「んー、さすがは木曾ちゃんだね。ちゃんと整備できてるって言うか」

「ちゃん呼びすんなっての」

 

「まあいいじゃないいいじゃない♪」

 

突然の来客。姉でありながらなぜかいつも木曾ちゃんと呼ぶ明石。今明石は木曾の艤装の調整を行っている。「原初の艦娘」の艤装は明石特製のチューニングなので他の工作艦が触るとバランスが崩れる。大本営に明石がいたころは会議の合間にやってもらっていたが、横須賀に異動になったと聞いてからはそう簡単に行くことはできないので自分で明石から教わったチューニングを施していた。

 

自分なりのチューニングでも十分通用するのだが、木曾は今回ばかりは明石に依頼をかけた。理由は…

 

「あの北上姉、やべえな。底が見えねえぞ」

「へー、木曾ちゃんがそう言うくらいだからやっぱりすごいんだなぁ」

 

「何だよ、明石も知らねえのかよ」

「横須賀の艦娘曰く『誰も北上さんの本気を知らない』だそうだよ。私も聞いてみたんだけどね。雪風ちゃんは知ってるっぽいけど話してくれなかったなぁ」

 

「ちぇっ、教えてくれたらいいのによぉ…けど、その話を聞くからに実力的には『女王』に匹敵するんじゃねえか?」

「さあねぇ、北上さんに『女王』の名がつけられないのはそのやる気のなさと、誰も見たことのない本気のせいじゃないかな」

 

「じゃあ、オレが本気を出させてやりゃいいんだな?」

 

「あんま無茶しないでよ?木曾ちゃん達の艤装、壊れると大変だし、北上さんを再起不能なんかにした日には玲司君が怒り狂うよ?」

 

「わかってるって。でも…すまん、たぶん歯止めきかねえや」

 

「もー…ほんと木曾ちゃんは強い艦娘や深海棲艦見かけると熱くなるんだから…」

 

キヒヒと笑っている木曾。しかし、その胸中は「早く闘りたい」が独占状態である。

 

………

 

「え?ああ、それで木曾たちが来たのか」

 

『ああ。鹿島を叱るなりなんなりしておいたほうがいいんじゃないか?』

 

「んー、鹿島には言っておきます。ただ、磯風や利根が来てくれたのはありがたいかな。最上や摩耶たちにいい刺激になる」

 

『総一郎も併せて陸奥や高雄を行かせると聞いた。次に赴く先にいる相手が相手だけに、艦娘の練度の底上げと、常軌を逸した強さを持つ者との対峙はしておくに限る』

 

「陸奥姉ちゃんに赤城、そして姉ちゃんたちに恐ろしく正確な指示を出す…高雄さん」

 

『それから空母には特別に『空母の母』を行かせると聞いた。弓はもう持てんが…その練習は恐ろしく厳しいぞ』

 

「翔鶴…瑞鶴、祥鳳…それから新たに加わった蒼龍…うん、いいかもしれませんね」

 

『潰すなとは言っているが、正直木曾はお前のところの北上に熱くなっている。止めるか止めないかはお前に任せるが…』

 

「俺も北上の本気が見たいと思っていました。知っておく必要はあるかと。まあ、状況次第で止めます」

 

『ああ。では木曾たちを頼んだ』

 

「承知しました。では」

 

突然の電話は虎瀬のおじさんこと舞鶴鎮守府の虎瀬提督であり、木曾、利根、磯風を行かせたと簡単に説明を受けた。

 

要は『暴虐の姫君』と名付けられた何でもありの深海棲艦の中でも化け物と称される戦艦レ級を退けるには、もっと練度の高い鍛錬が必要であると言う判断のもと、古井のおやっさんと虎瀬のおじさんとで話をし、「原初の艦娘」を横須賀に集結させ、「原初の艦娘」と鹿島による特別な鍛錬を行うとのことである。ちなみに、これに耐えれた艦娘がいたかと聞かれると、もちろんいない。

 

さらに、『暴虐の姫君』を身を犠牲にしてまで退けた軽空母、鳳翔にも特別頼み込んで来てもらうようにしたらしい。自分が提督に着任する遥か前の話なので玲司にとっては伝聞でしか聞いていない。これまた生きた英傑であり、今は大本営の近くで小さな小料理屋を営んでいるらしい。

 

「やれやれ、すごいことになってきたな」

「『原初の艦娘』が横須賀に一挙に勢ぞろいですか…何だか緊張しますね…」

 

「高雄さんも来るぞ。お前と鳥海と霧島、妙高にはみっちり戦術の指南をしてもらうから」

 

「高雄ちゃんの…わかりました。私、高雄ちゃんと一緒に作戦指揮ができるように上り詰める目標があるんです。高雄ちゃんの知識…しっかり学ばなきゃ…!」

 

「おう。しっかり学んでくれ。ただ、高雄さんの指揮はすげえぞ。俺も聞いてたら頭が追い付かねえ。一体どんな脳みそしてんだろうなぁ。高雄さんの本気はマジで頭脳に自信があると言った艦娘が教えを請いに行ったら5分で頭がついていかないと帰って行ったくらいだ。大淀、高雄さんについていくのは大変だからな」

 

「…わかりました!」

 

大淀と高雄の仲の良さは知っている。しかし、作戦の提案、試行、実行。それについては別物であり、大淀もすさまじい、鳥海や霧島がついていけないくらいの頭脳を持ってはいるが、果たしてついて行けるかどうか…。

 

「おーい玲司~、演習場でえらいことが始まるで~」

 

ノックもなしにフラリと舞い込んできたのは龍驤だ。

 

「何だ、また朝潮と響が勝負でもすんのか?」

 

「そんな優しいレベルちゃうわ。木曾と北上がガチの勝負するんやて」

 

「あー…木曾なら言いかねねえなぁ…」

 

「どないする?止めるか?北上はやる気ゼロやで。木曾はすでに明石に艤装を整備してもろてやる気満々や。止めるなら玲司の権限がないと無理や」

 

「………」

 

「おっ、止める気ないな?珍しいやん。島風と夕立がガチでしようとしたときは止めたくせに」

 

「…北上の本気を知っておく必要がある、と俺は思ってる」

 

「あー、まあせやなぁ」

 

「大淀、北上が本気で戦った場面って見たことあるか?」

 

「いえ…雪風さんに聞いてみたことはありますが何だか怖がっているようで聞くに聞けなくて…」

 

「そうか…だとすると止める場合は俺がそこにいないとやばい。誰かがやばいですと報告に来て演習場へ走って行っても手が付けられなくて止めようがない、じゃ話にならん」

 

(北上の本気はもしかしたら木曾を超えるんちゃうかと思てるんやけど…そこも見極めてみんとな)

 

龍驤は別のことを気にしていた。横須賀の北上が「原初の艦娘」を超える最初の艦娘ではないか、とまで思うほど。それを言ったら武蔵や大和はすでにもう実力さえついたら言ったら悪いが陸奥姉やんなんか軽く超えてまうやろ、と思っている。

 

世代交代。「原初の艦娘」や「ジェネシス」をも超える「新世代の艦娘」…その誕生を龍驤は心待ちにしていた。

 

しかし、「原初の艦娘」の時もそうだったが圧倒的強さを持つとそれだけ酷使されることになる。現に、横須賀鎮守府は玲司には話してはいないがサブ島、膨大な数の深海棲艦がひしめき合うアイアンボトムサウンドを突破したことがすでに大本営の耳に入っており、よくはわからないがよその泊地の提督が艦娘のリストアップをしており、誰もが喉から手が出るほどほしがっている実力者である、と言うことらしい。

 

もしかしたら玲司を失脚させ、それを一挙にかっさらっていく輩がいるかもしれない。その筆頭が大府提督であると危惧もされているわけだ。

 

しかし、それとは別に龍驤は「自分たちを超える強い奴」をこの目でみてみたいのだ。横須賀にはその可能性が無限にある。

 

(可能性は無限。これって最高やろ!)

 

そう思いながら演習場へ玲司達と向かう龍驤。木曾には申し訳ないが、今回は北上を応援させてもらうと詫びながら。

 

………

 

「で、北上姉さあ、なめてんのかよ、それ?」

「んー?何がー?」

 

「その艤装だよ。それ、どう見ても軽巡の艤装じゃねえか」

「あー、これ?これはちょっと譲れないねぇ。みんなの思いが詰まった艤装だからさ。あたしがちょこちょことくっつけた寄せ集めパーツだけど、それでも重雷装風にはできたよ」

 

「はあ?」

 

木曾は苛立っていた。今木曾が言った通り、北上は改二の服を着ているのだが艤装は軽巡のそれなのだ。そしてこれを外すつもりはないと言う。

 

「この艤装にはね、最低な提督のせいで沈んで言ったみんなの想いがどっしり乗っててね~。ここが由良。ここが長良。ここがえーっと…あー、建造されてすぐに泣いてやだやだと泣き喚いて出撃することもなく解体された球磨姉さんの艤装」

 

ひとつひとつ、優しく、そして悲し気な目で語る北上。その想いは…重い。

 

「この艤装1つ1つにあたしは毎日のように言ってきた。幸せな毎日が送れる鎮守府にするから、みんなここに乗っかってなって。で、今はどう?幸せな毎日見れてる?って感じで。まあ、木曾っちには関係ないか。んじゃまあ、始めよっか」

 

「チッ」

 

木曾は北上に聞こえるように舌打ちした。まるで馬鹿にされているようだ。重雷装巡洋艦でありながら軽巡の艤装で?冗談じゃない。自惚れでもないがオレは「原初の艦娘」、「雷の女王」と呼ばれる、重雷装巡洋艦では右に出る者がいないと自負しているくらいである。

 

それが…軽巡の艤装で勝負するだ?なめんなよ。そう悪態を吐きたくもなるような状況である。

 

「ふん、仲間に縋りついてんのは北上姉じゃねえの?仲間だなんだを大事にすんのはいいけどよ、そんな甘っちょろい考えでいつまでもいたらこの先、生きていけねえぞ?」

 

「いやぁ、それでもここまで生きてきたからねぇ。ものは試しだよ木曾っち。あとさ、死んだ仲間馬鹿にすんなよ」

 

「…!」

 

突然鋭い目つきになったと思いきや、音もなく魚雷が木曾を狙っていた。

 

ズドーーーーン!!!!

 

すさまじい水柱が四方から上がる。しかし、それは全て木曾の手前でだった。木曾は北上が音もなく放った魚雷に気づいていて、自分がダメージを受けない範囲で全て魚雷をぶつけて爆発させたのだった。

 

「オレにそんな小細工が効くかよ。アンタの情報は全て叩き込んであるからな。音もなく魚雷を撃ち込み、気が付いたら死んでいる。そんなアサシンみてえな北上だってことはなぁ」

 

「ふーん。こんな弱小鎮守府のイチ巡洋艦をそこまで調べるなんて熱心だねぇ。ストーカー?」

 

「ちげえし。敵と戦うのに無策で突っ込むバカがいるかよ。特に、玲司兄貴のとこの艦娘ならな。常勝無敗、大きな戦果をあげまくってるとこのならなおさらだ」

 

「あー、木曾。言っとくけど常勝じゃねえぞ。沖ノ島でボロ負けしたこともあるし、西方海域じゃ加賀に似た深海棲艦にこっぴどく負けちまってるしな」

 

「けど結局勝ってんなら一緒だろ」

 

「違うだろ…うちらはそんな常勝なんて大したことはしてねえよ」

 

「謙虚だな、相変わらず兄貴はよ。だからいつもほかの馬鹿な提督に見下されてんだろうが」

 

「ほっとけばいい。俺は俺のやり方で艦隊を運用し、決して沈めないように戦う。三十六計逃げるに如かず。逃げるが勝ちなんてこともある」

 

玲司のやり方は温いと言う苦情めいた文句を言う提督もいる。艦娘を沈めてでも。あの大府提督のようにして勝ちを得ればいい、と大府のやりかたを真似て大敗を喫したバカな提督が親父…虎瀬提督に言いに来たバカがいたっけか。叔父貴…古井司令長官に言えばいいものを…とも思ったが舞鶴管轄の奴だったからしょうがねえか。

 

「あれがヤツのやり方だ。それで、貴様は大府の真似事をして戦況をひっくり返したどころか俺に泣きついて勝てませんでしたと言って来ておいて、何だその進言は?寝言は寝てから言え戯けが」

 

そう言われて恐怖におびえ切った子猫のような表情で帰って行ったバカ。そう言われるほど玲司のやり方はぬるい。まあ…うちも似たようなもんだ。どこだって今はボコボコ艦娘を沈めるようなところはない、そう思いたい。

 

またしても魚雷が爆発する。今度は北上の近くでだ。魚雷の応酬。しかも…いつ放ったかもわからない魚雷が突如北上や木曾の近くで爆発するのである。

 

北上は焦った表情でもなく、つまらなさそうに木曾を見ていた。

 

「つまんねえのかよ」

「んにゃ?正直どっから魚雷来るかわかんないしマジで警戒してるよ?」

 

「そうは見えねえけどな。前に戦った北上姉はビビりまくってたのに」

 

「あーそー。悪いけどよそのあたしには興味ないね」

 

何なんだこの北上姉は…まるであらゆる物事に興味がない。そんな感じがする。それが木曾を苛立たせる。バカにしているわけではないんだろうが、場所は違えど妹だろ…?あんたには興味がない。そんな風に思われているようで気分が悪い。

 

「別にあたしと勝負した所でほかのあたしと変わんないっしょー?」

 

「いいや?音もなく魚雷をこちらへ襲わせたのも、オレの魚雷を魚雷でガードしたのも、あんたが初めてだ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「よその北上姉があんたみたいに音もなく魚雷を発射することはできねえし、オレの魚雷をガードする事なんざましてやできなかった。瞬殺だったぜ」

 

「自慢するにしてもあたしがやられてるって言うのにいい気分じゃないねぇ。まあ、どうでもいいけど」

 

「北上姉、あんたいろんなものに興味なさすぎだろ…」

 

「あたしは『外』のことにゃ興味ないよ。今日の晩ご飯なんだろな、とか鹿島がまた変な練習思いつかないかな、とかそう言うのに興味はあるけど」

 

「へ、変なってなんですかぁ!?」

 

「変じゃーん。この間なんて体育館で跳び箱だ、マット運動だ、なんて器械運動とか言うのしておいて。柔軟体操で鳥海の体がめっちゃ固くていぎぎぎってなってたの見て大笑いしたよ」

 

「は、はあ?」

 

わかった。この北上姉、この鎮守府のこと以外に関してはまるで興味がないんだ。だからよその北上姉を挑発しても意味がない。何とかこの無気力すぎる姉を本気にできないものか。

 

「本気を出す気はねえ?」

「艦娘相手じゃねぇ。まああたしがブイブイ言わせてた頃なら話は別だけどさ。雪風くらいが知ってるあたし。あれ見せたときの雪風、あたしが怖いってギャン泣きするから見せたくないわけよ」

 

「へえ…ならなおさら見て見たくなったぜ!!!!」

 

シュバッ!と今度は北上に向けて魚雷を撃った。それに対して北上は砲を撃ってきた。チィ!と言いながら避ける。魚雷に魚雷で応戦しない。

 

「甘えぜ…『雷の檻』!!!」

 

魚雷が格子状にいつの間にか北上を取り囲んでいる。四方八方、逃げ場がない。そして強烈な63cm酸素魚雷。これだけが直撃してしまえば演習用の魚雷だからと言っても危ない。

 

ドンッ!!

 

「は!?」

 

魚雷に囲まれても焦るどころか冷静に砲を撃ってきた北上。それに驚き、回避が遅れ、頬にかすり傷が入る木曾。そして轟音と共に陸にいるみんなにも水がかかるくらいの強烈な大爆発。これは本当に演習用の魚雷か…?

 

「クソが…!!!」

 

勝利はしたもののまさか顔に一発かすり傷をもらうとは思っていなかった。グイッと手で血を拭う。このオレにかすり傷を負わせたやつは久しぶりだぜ…と思った。が、すぐにハッとなって体を必死にねじった。

 

ドォン!!

 

ヒュン!!と鼓膜を震わせる風切り音。それは…。

 

「いやぁ、すごいねぇ。あたしにゃ真似できないわ。おー危なかった。鹿島の教えがいいからかな?うまく動けてかわせたよ~」

 

「う、うそ…」

 

鹿島のおかげでと言っていたが、あれだけの魚雷に囲まれてほぼ無傷でいる北上が信じられなかった。

 

「おおっ!?龍驤姉さん、あの北上はすごいのう!!?木曾のあの必殺を避けおったぞ!!」

 

「…マジか。いや、あいつは何の変哲もない北上…のはずや…嘘やろ…木曾の『雷の檻』を避けよった…やって!?」

 

「原初の艦娘」の攻撃をメインとする艦娘はそれぞれが絶対的な一撃必殺技のようなものを持っている。木曾の「雷の檻」は格子状にいつの間にか魚雷を意のままに操り、魚雷で閉じ込め、そして跡形も残らないくらいに消し飛ばす必殺技。

 

龍驤の「四神の型 朱雀」とも呼ばれる燃え上がった艦載機があたかも火の鳥…伝説上の玄武、白虎、青龍、朱雀と言う中国における四神の中の朱雀の様に見える陣形を取って突っ込んでいく技。これも龍驤のいわゆる「絶対的な必殺技」である。初めて会った時に龍驤がキレて摩耶や五十鈴を恐怖のどん底に叩き落したあれである(威力は思い切り抑えてあったが)。

 

余談ではあるが龍驤と赤城は共に「四神の型」を使う。攻撃の朱雀、白虎。制空権を奪取する際に使う青龍。味方を守るための玄武。それぞれの型がある。朱雀は龍驤、白虎は赤城が攻撃で使う。

 

話しが逸れてしまったが木曾の一撃必殺であった技を気だるそうに「10.0~」と万歳をしながら平然と…いや、ちょっと服が破けたりはしているが、ほぼ無傷でかわしたのだ。利根も、磯風も、そして龍驤も唖然としていた。攻撃に関しては陸奥の次に凶悪な攻撃を繰り出す木曾の攻撃を…いとも簡単に避けた。それは「原初の艦娘」にとっては衝撃的であった。

 

「なんでだ。なんでオレの「雷の檻」をかわせて…オレにかすり傷を負わせるような北上姉が…こんなとこで仲良しこよしで…?」

 

「あたしはもうそういう戦いにゃ疲れたんだよ。毎日が生きるか死ぬか。誰かがあたしのため、雪風のために死んでいく。あたしの耳はくちくや巡洋艦の悲鳴が耳から離れない。あたしの網膜には誰かが沈んでいく光景が焼けついて消えない。罵詈雑言が絶えない。そんな生活に疲れきったんだよ」

 

北上の目は悲しげだった。雪風がその言葉に「北上さん…」と悲しげな声をあげた。

 

「そんなもん、オレだって北上姉が生まれる何年も前から利根姉や磯風…それから陸奥姉達とやってきた。沈むとこだって見てきた。疲れた?だからそんなやる気ねえのか?オレの『雷の檻』をかわせてオレに一発かすり傷でも入れれるくらいの実力持ってんのに?」

 

「玲司は戦う理由は人それぞれだって言ってくれた。あたしは確かに戦うよ。玲司とここの鎮守府のみんなのために。もう誰も沈めさせないって。生きるか死ぬかの戦いは前と変わんないけど、前のクズ野郎みたいに死んで来いって言うのを守る戦いじゃなくなったのは嬉しいかな。みんなで一緒に帰れる。みんなで一緒にここで生活するために。そのためならあたしはどこまでも強くなるよ」

 

北上の戦いは仲間の為。自分たちとは何のために戦うのか理由が違う。「原初の艦娘」はやはり、海軍、しいては日本の民全ての命がかかっていた。だからこそ全力で全ての戦いは挑んだし、勝利もした。敗北だってあった。勝利するのが当たり前だと言われた。負ければ何をしているのだと叱責され、罵倒された。

 

今でこそ戦う数は減ったが、やはり「原初の艦娘」と言うことでいろいろと言われる。それに引き換え北上はのんきなものだ。国を背負って戦った自分たちに比べれば温すぎる。

 

「そんな温い戦い方で守れんのかよ?さっきから言ってるけど、仲良しこよしでやっていけるほど、深海棲艦、特に…次に出てくるかもしれねえアイツとやり合うにはな」

 

「仲良しこよしで戦うことの何がいけないわけ?玲司にも言われてんだけど?いいよ、お前が思うように戦えって」

 

「木曾、悪いけど俺はお前たちが国の為、国民の為に戦ってきたのは知ってる。ショートランドの時も俺が日本と海を守ると決めて動いていた。確かにそれで国と国民は守った。英雄とも呼ばれた。けど、俺が英雄ともてはやされても…何も思わなかった。海を。国を。民を。命を懸けて守ったのは俺の艦娘達だ。けど、おやっさん、虎瀬のおじさんたち以外は艦娘なんて見向きもしなかった」

 

国を守った英雄。新聞やテレビなど、マスコミたちはこぞって玲司を英雄扱いした。だが、艦娘についてはそう語られることはなかった。稀代の名将?英傑の提督?そうじゃない。本当の英傑は散っていった金剛たち艦娘である。それを何度言ってもマスコミは耳を持たなかった。

 

「将官となり、これからも国の為、国民の為に戦うのだ!」

 

ある提督はそう言った。艦娘のことを評価しない奴にそう言われても動く気はない。興味がない。だから玲司は提督をやめた。横須賀鎮守府がとんでないことになっていると知るまでは。

 

「俺は北上と同じだ。ここにいる皆と共に生きる為。そのために戦う。笑い合い、同じ釜の飯を食って楽しく過ごすためにな。俺が提督に戻り、横須賀にいる理由はこれしかないと思った。だから、お前の戦う理由と俺や北上が戦う理由が違いすぎる。話が噛み合わないのは仕方ないことだ」

 

「……温くなったな、兄貴も。ショートランドに居た時とは違う。ほんとに何てえか、牙を抜かれた虎だな。情けねえ提督に成り下がったな。愚将の下には愚兵しかつかねえ。まさにその通りだな」

 

 

そう言い終えたと同時に再度魚雷が飛んできた。それも、木曾の「雷の檻」をそのまま再現して。

 

「な!?」

 

もちろん魚雷をぶつけて、砲を撃って回避する。自分で編み出した技で自分がやられるなんて馬鹿げている。万が一真似された時の脱出策くらいしっかり研究している。無傷でそれをかいくぐった。それよりもだ。いつの間に今魚雷を撃っていた?さっきまではすぐ感付けたのに…。それに…この…おぞましいほどの殺気は…。

 

「あんた…いや、お前さ…今玲司のこと馬鹿にしたな?仲間を馬鹿にしたな?愚将?愚兵?誰が?横須賀の提督と艦娘がそうって言いたいわけ?」

 

うお?!と利根がひっくり返るほどの殺気が周囲を包む。その殺気には、扶桑ですら汗を一筋垂らすほど、強烈なものであった。

 

それに対峙していた木曾は…北上の双眸が恐ろしいまでに無機質であることに気が付いた。その目から放たれる…いや、全身から放たれる殺気を受け止め、狼狽していた。

 

(さっきまでと雰囲気が違いすぎやがる…!!!)

 

「昔の…北上さん…です」

 

雪風が少し顔を青くしながらぽつりとつぶやいた。

 

「昔の?」

 

「雪風や…艦隊の皆さんを守る時、北上さんはあの目をして…いつも戦っていました。すごく…怖かった。でも…そのおかげで雪風は何度も助けられました」

 

雪風が知る、雪風だけが知るもう一つの北上の姿。これこそが…北上の本気の怒り。

 

「本気で戦わないのかって言ったな。待ってな…だったら、本気で相手したげる。艤装を換えてくるから待ってな。明石さん、あたしの()()()()()()、出せる?」

 

「あ、うん。10分もあれば整備して装備できるよ。工廠へ来て」

 

「わかった…じゃあ、そういうことで」

 

北上は一旦陸に上がり、木曾を睨みつけるようにして明石と共に工廠へ向かった。

 

………

 

「北上さん…ごめんね…木曾ちゃんが…」

 

「……いい。しょせんあたしがやっていることは他の鎮守府とか泊地に比べたら遊びだろうね。けど、あたしが我慢ならないのは玲司と…みんなを馬鹿にしたこと。明石さん、あんたのお姉ちゃんかもしれないけど、歯止めがきかなかったらごめん。先に謝っとく」

 

「…木曾ちゃんは頭はいいんだけどああいうところ、考えなしで言っちゃうから余計な反感をいろんな人や艦娘から買うんだよね。口は災いの元…かな」

 

新品のような艤装。しかし、これは明石が組み立てた北上専用。いや、そもそも重雷装巡洋艦が北上しかいないのだが専用装備である。北上以外は誰にも装備できない。

 

「長良…由良…鬼怒…球磨姉…大井っち…みんなの思いを乗せてって言ってたけど…あたしの独りよがりだったね。みんなを縛り付けてただけな気が…今ならしちゃうね…」

 

優しく艤装を撫でる。

 

「もうその艤装も限界を超えてましたからね。縛り付けてたって言うわけじゃないと思います。みんなの託された思いをしっかり北上さんが背負ってきたんですよ。大丈夫、艤装が換わったからって…安久野のせいで沈んでしまった巡洋艦たちの皆さんが離れることはないですよ。それにしてもこの艤装…こんなつぎはぎでよくもまあここまでやってこれたなぁってのが本音です」

 

「そうだね…もう…あちこち明石さんに診せてもガタピシ言ってたしね。ありがとう…」

 

そう言うとボシュンと言う音と共に、黒煙を噴いて壊れてしまった。

 

「ああ…この艤装はもう生き返りませんね…」

 

「そっか。供養よろしくね」

 

「慰霊碑の納骨堂じゃないですけど、そこに入れておきますか」

 

「あんがと、あたしもこれ終わったら行くよ」

 

「さ、できました。これが私特製の北上さん専用…重雷装巡洋艦の艤装です」

 

黒煙を噴いていた艤装に敬礼をしていた妖精さん達が北上の新たな艤装に吸い込まれるように消えていった。艤装の中で声がする。

 

「かくいん、いじょうがないかをしらべろー」

「きかんぶ、いじょうなし!」

 

「こちらもいじょうなし!」

「だんやくこ、そうてんしつ、ぎょらいそうてんぶいじょうなし!」

 

「「「ぜんきかんいじょうなし!!!!」」」

 

「ありがとね、妖精さん。はは、軽いなぁ」

 

「そりゃあ無理して軽巡の艤装を装備してたのもありますし、北上さんの機動力を活かせるようにギリギリまで軽くしましたからね」

 

「明石さんもありがとね。さて…」

 

さてと言った瞬間、明石の心臓を鷲掴みにするかのような鋭い殺気が工廠を包み込んだ。北上の怒りは…冷めたわけではない。ここの北上はかなりの激情家だ。よほど木曾が言った言葉が腹に据えかねている。

 

「玲司を愚将、みんなを愚兵って言ったことは…土下座してすいませんでしたって言っても許さないよ。深海棲艦だったら跡形も残らず吹き飛ばしてやれたのにね」

 

………

 

「待たせたね」

 

「……いや」

 

重雷装巡洋艦の艤装を背負いなおしてやってきた北上。

 

「さあ、やろうか」

 

事を見守る艦娘全員が、北上が振りまく心臓を鷲掴みにされるかのような、冷たい氷を背骨に突っ込まれたかのような恐ろしい殺気が、さっきより増したような気がして凍り付く。

 

「木曾。俺を悪く言うのは構わん。俺は確かに甘っちょろい愚将だと思う。ただ…この子らを愚兵って言ったことは俺も頭に来たぜ。北上…」

 

「なに?」

 

「思い切りやれ」

 

「…わかった」

 

藪をつついて蛇を出す。蛇どころか鬼を出してしまった。そんな感じであった。北上は無機質な目をして木曾を睨みつけていた。

 

「さあ、やろうか。重雷装巡洋艦、北上…出るよ」

 

木曾は先ほどと違って本気で構えなおした。こいつは…やべえことをしちまったな…と軽く後悔をしながら。




本気の北上vs「雷の女王」木曾の戦いの開始です。

ちょっと木曾はヒールすぎたかな…と思いましたが北上を本気にさせるための挑発…まあ、あとで誰かにこってり絞られます。ちゃんと木曾もどこかで素晴らしい活躍をさせますのでどうかお許しを。

次回は原初の艦娘の長女が登場します。こちらもお楽しみいただけましたら嬉しいです。

それでは、また。
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