提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百八十六話

もう一度首をゴキッと鳴らす武蔵。無言の圧力で砲を構える大和。

 

「全主砲、斉射、ってぇ!!!!」

 

長門の砲撃を皮切りにレ級も動き出した。

 

「キヒヒ!!遅イ!!!オ前ノ腹ハドンナ味カナ!?」

 

素早く長門の砲を回避し、長門に近寄り尻尾が腹へと食らいつこうとした。しかし…

 

「ムン!!!どうした、お前のチカラとやらはこの程度か?喰らえ!!!」

 

レ級の尻尾を受け止めてすかさず長門もダメージを負う密接の砲撃、それにより吹き飛ぶレ級。吹き飛んだ先は…武蔵の方向だった。

 

「ギッ!?キヒヒヒ!!!ヤル!!!次ハオ前ブゴッ!!!!!」

 

ドゴォ!!!!!と言う鈍い音がした。パキッと言う音も聞こえたかもしれない。武蔵が思いきりレ級の顔面を殴ったのだ。おそらく、頬骨がタダでは済んでいない一撃だった。

 

「む、武蔵!?」

 

「ああ、すまんな。ここのところ陸奥と殴り合いばかりしていたのでだ。砲を撃つより殴ることしか頭になかった。撃つのを忘れていたよ」

 

「馬鹿!!今はそんなふざけている場合じゃないのよ!?」

 

「わかっているとも姉さん。だがな、足りない。この程度では…神通も、扶桑も、熊野も、霧島も…そして…島風もな…皆が受けた痛みはこの程度など足りんよ…」

 

………

 

「武蔵さんおっそーい!!!」

 

「はっはっは!島風は速いな!私は見ての通り鈍足でな。お前に追いつくのは無理だ」

 

………

 

「む、武蔵さ…お、おっそーい…の、のぼせ…」

 

「ああ…風呂はいいなぁ。ゆっくり肩まで浸かり、しっかりと体を休める。これぞ風呂だな」

 

「ぷしゅー」

 

………

 

「武蔵さーん…」

 

「なんだ、怖い映画とやらの鑑賞は終わったのか?はははは、怖くて眠れないのか。間違っても寝小便を垂れないでくれよ」

 

「そんなことしないもん!!」

 

………

 

「武蔵さんの作ったお菓子、おいしーい!」

 

「そうだろう。武蔵御殿と言われた実力はダテじゃないぜ。はっはっは!いっぱい食べて私みたいに大きくなれ!!!」

 

………

 

いつも武蔵さん武蔵さんと着いてきて回ってきた島風。寝る時も一緒に寝ることが多かった。よくはわからないが懐かれた。もちろん悪い気はしない。武蔵も姉はいるが妹はおらず、妹ができたようでかわいかった。島風におっそーいと言われながらも笑いながら一緒に遊んでいた。

 

そんな妹を、あんな姿に。そして、仲間をあのようにしたこの深海棲艦は許せなかった。温厚な武蔵もこればかりは激怒した。

 

「貴様だけはこの武蔵がこの場で海の底に沈めるでは生ぬるい。貴様は殺す…絶対にな…!!」

 

「ギギ、ギヒッ、楽シク…ナッテキタナァ!!!」

 

「楽しいかどうかはこれからどうなるかを後悔してから言うんだな!!!」

 

「瑞鶴攻撃隊、発艦!!!大和さん達に敵艦載機を近づけさせないで!」

 

「翔鶴隊もお願いします!」

 

「とつれとつれとつれー!!!!われらがこうくうたいのいじをみせろ!!」

 

翔鶴と瑞鶴が発艦。大量の艦載機が空を舞い、レ級の艦載機を圧倒する。

 

「弾幕が薄い…!ような気がします!弾幕です!!照月、続いて!!!」

 

「はい!!ガンガン撃ってー!!!」

 

さらには龍田隊の秋月と照月が対空砲を斉射。これにより、空はレ級の制圧から解放される。その隙に龍田が筑摩を援護し、そのまま退路の方へと誘導する。

 

「遅くなっちゃった~、ごめんねぇ」

 

「もう少しで死ぬところだったクマ!!!」

 

「このまま退路で戦闘している子達の援護をしてくるわね~。谷風ちゃん、潜水艦の相手を頼むわね~」

 

「がってん!!!」

 

「姉様!!!姉様!?あ、ああ、みんな…」

 

「山城…?ぐっ、だ、大丈夫、みんな…生きているわよ」

 

「し、止血します!この傷はまずいですよ!村雨は神通さんを看ますから、阿賀野さんは島風ちゃんを!!」

 

「は、はーい!!!」

 

「Are you all right!?すぐ手当を!!フソウ!!」

 

支援艦隊も駆け付け、三条第二艦隊、刈谷艦隊の手当てを始める。一方で

 

『こ、こちら潮ですぅ!潜水艦が…ちゅ、中破した子もいて…助けてほしいです!』

 

『はいは~い。今からそっちへ援護にいくからもうすこ~しだけ待っててねぇ~』

 

退路の方では潜水艦が行く手を阻んでいるらしい。どうあがいても生かして帰さない。その執念を感じる。

 

「どうした、その程度のチカラで武蔵は止まらんぞ…?なめるんじゃ…ない!!!」

 

さらに武蔵の拳がもう一撃与えられた。吹き飛んだ先に46cm砲を連撃。

 

「ここにいてはヤマトやムサシの砲撃の衝撃でジンツウたちの傷にdamageがいくわ。少し離れましょう」

 

「OK。さあ、こっちだ」

 

「主砲、薙ぎ払え!!!!」

 

「ビッグセブンのチカラ、侮るなよ!!!」

 

刈谷艦隊の長門は他の提督の長門を圧倒する改二である。長門のたゆまぬ鍛錬と、提督への何より大きな信頼。これがなければ改二になることはなかった。艦隊の中でも圧倒的な火力。41cm三連装砲改二。刈谷提督が惜しみなく改修資材をつぎ込んだ超強力な砲。その火力は大和や武蔵に劣らない火力であった。

 

先ほどまでとは違う強力かつ重い一撃。初めてであるのに長門との見事な連携。玲司から言われていた点ではなく面での波状攻撃。行く先々で当たれば致命的な一撃一撃が襲い掛かる。

 

さらに尻尾で噛みつき、金剛を沈めた時のように近距離砲撃を喰らわそうとするが、チカラごなしに受け止められ、振り回された挙句放り投げられ、そのまま砲撃を喰らってしまう。戦闘に関する学習能力の早さはすさまじいものであった。

 

「……化け物め。この長門の攻撃を受けてその程度の傷しか負わんとはな」

 

「本当に戦艦の枠を超えていますね」

 

「だからどうした。傷を負うのなら殺せる。それだけだ」

 

「ふっ、違いない。休む暇はない!追い込むぞ!!」

 

「ああ、任せておけ」

 

しかしレ級は近距離へ近づくことが無謀であると理解したのか、遠巻きにグルグルと周回し、魚雷や砲を叩きこむことを考え付いた。ほう、と武蔵は舌を巻いた。

大和や武蔵、長門は火力は強力であるが半面速度が犠牲になっている。金剛たちのような高速戦艦とは程遠い速度である。半面、レ級は島風をも捉える動体視力とそれなりに追いつけるスピードを持っている。砲は強力であり、魚雷も強力だ。だからこそ、距離を取ってジワジワ壊していくことを考え付いた。

 

「ヒヒヒヒ!!!オッソーイ!!」

 

「その見た目で。その声で、私のかわいい妹の口真似をするな」

 

ガォン!!!!

 

島風の口真似に腹を立てた武蔵が砲を放つ。しかしそれは容易くかわされてしまう。

 

「ヒヒヒ!!オッソーブギャッ!!!!」

 

レ級が大爆発。そして吹き飛ぶ。直撃。神通の動きを真似し、急旋回したレ級の移動先を予測し、大和が46cm砲を叩き込んだ。予測通りだった。先ほどから奴は神通の急旋回。島風のスピードなどを真似ていた。ならば、それを利用したまでに過ぎない。普通に避ければその先を狙われると神通のように急激に向きを変え、よけようと思ったのだ。

 

「私たちがどれほど神通さんの動きを毎日見ていると思っているのですか!」

 

さらに大和の砲が吼える。顔の前で手をクロスさせ、砲撃に耐えるレ級。恐ろしい相手だ。

 

「ぐぅっ!!!」

 

砲撃の合間から砲撃で返された。妙な気配に気づいた大和だったが僅かに間に合わない。砲が何基か破壊されてしまった。

 

「や、大和の攻撃をものともせず、反撃を繰り出しただと…!」

 

これには長門も驚きを隠しえない。最強と名高き46cm砲。自分も装備してみたが重くてとてもではないが艦隊の邪魔になる。そう考えて41cm砲を載せている。試しに撃ってみたがその破壊力は圧倒的であった。それを耐えて反撃とは…化け物め。そう思わざるをえなかった。

 

「大丈夫か!!」

 

「はい、まだ砲は…健在です!小破…と言ったところでしょうか」

 

「面倒な相手だな。だが…まだだ。まだ…」

 

「長門よ、もう少し待て。この武蔵、奴をお前の策にはめてみせよう」

 

「待て武蔵!それではお前も危険が!」

 

「言ったろう。私がはらわたが煮えくり返るほど頭に来ているんだ。顔が潰れるまで殴らねば気が済まん。それに、私はバカだ。敵に突っ込み、ぶん殴るか砲を撃つことしか知らん。もっとも、それで大和に怒られてばかりだからな」

 

「そこにもう少し…」

 

「私は難しいことはわからん。相棒…提督の期待に応えられるかもわからん。だが、私は前に進むしか知らんし、殴る、撃つしか知らん。前へ。ただそれだけだ」

 

「ふっ…何だかそれも…いいのかもしれんな。すまんが頼むぞ!」

 

「ああ、任せておけ。大和よ、見てろ、行くぞォ!!!」

 

武蔵がレ級へ向けて走り出す。

 

「鬼ゴッコカ!?ダッタラアタシヲ捕マエテミロ!!」

 

「とっ捕まえてその顔を原型を留めないくらいボコボコにしてやるとも」

 

追いつけるわけがない。球磨はそれを見ていたが…スピードが違いすぎる。長門も大和も一体なぜ武蔵を行かせたのか!?

 

やはりレ級のほうが足は圧倒的に速い。ゆっくりと迫るもすぐに距離を離されてしまう。そして砲を撃たれる。拳で弾いたりしているが、やはりダメージはでかい。

 

「チィ!」

 

「アハハハハハ!!!アタシヲ捕マテミセロヨ!!!」

 

「………」

 

武蔵はその言葉に何も返さず、無言でただ黙々とレ級を追いかける。ダメージは大和に撃たれたかのような猛烈なダメージを受ける。魚雷も来る。

 

「くっ、いいぞ…私はここだ、当ててこい!!!」

 

「何でそうなるクマ!?なら球磨がよけて何かをするクマ!!」

 

「いや、いいのだ。これで。万が一、球磨が砲撃や魚雷をまともに喰らってはタダでは済まん。この長門さえ凌ぐ装甲の武蔵だからこそ、機を伺っているのだ。そう…機会をな」

 

長門が何か作戦を思いついているらしい。支援艦隊は全員撃ち尽くし、重傷の艦娘の手当てや退路の確保に必死である。まともに戦えるのは大和、武蔵、長門くらいである。そして自分。

 

「球磨、レ級を武蔵と挟み込む形で何とか陽動してくれ。武蔵の申し出を潰したくはないのだ」

 

「クマ?武蔵が」

 

「ああ。私が号令を出したらすぐさま退路へ向かえ。いいな。そして、何があっても…死んででも避けろ」

 

「それじゃあ意味ねえクマ」

 

「ふっ、それもそうだった」

 

「わかったクマ。だったら優秀な球磨ちゃん改二のチカラを見せてやるクマ!」

 

球磨は多摩が先に改二になり、腐っていた時期もあった。なんで自分は…でもそう思っても仕方がない。それから多摩に負けぬよう鍛錬を続けた。甲標的なんて積めない、対潜で強いわけでもない。提督は

 

「テメエが戦闘のリーダーやれ」

 

そうとしか言わない。改二でもなんでも、特殊能力もない自分が旗艦を常に務めることに重い重い責任を背負ってきた。球磨は気づいていないが周りを良く見まわし、艦娘の状況を常に気にかけ、どんな作戦も成功させてきた。

 

誰にも知られないようにこっそり陰で厳しい自己鍛錬を行った。誰よりも強い巡洋艦を。能代や龍田のような賢い頭はない。重巡のような火力もない。だから後ろに目でも取り付けたかのように背後の標的にも常に気を遣い、どんな状況でも退路を確保し、逃げる準備を怠らない努力。正確な射撃、息が上がろうと決して止まらない精神力。時に戦艦の群れにでも突撃する胆力。

 

その努力を見逃さない者がいた。刈谷提督だ。だからこそ提督は球磨を長門と並ぶ鹿屋基地のリーダーとして存在している。待ちに待った改二になった時、球磨は泣いた。

 

「お前の努力の賜物だ。お前がこそこそやってた努力は決して裏切らねえ…次も頼むぞ」

 

そう言われた時、球磨は今までのことを思い返した。何の特徴もないと笑われ、追い出された場所。そこから本来腐ってしまった球磨。刈谷提督は球磨を最初から見放さなかった。

 

「行くぞおおおおおお!!!!クマクマクマクマクマクマクマァ!!!!!」

 

武蔵をフォローするめちゃくちゃな乱打。だがそれでレ級の気が逸れる。

 

「チィ!!」

 

「いいぞ!喰らえ!!!」

 

武蔵の46cm砲が吼える。しかし、それも回避する。レ級にとって球磨の砲撃など豆鉄砲に等しい。しかし、それでも当たればダメージを与える。塵も積もれば。そして、球磨はただ乱打しているわけではなく、レ級の足を狙っていた。

 

「オワア!!!オ前、邪魔!!」

 

「うわお!!!はーずれクマー!おしーりペンペンクマ♪」

 

「コノオ!!!!」

 

「どこを見ている?」

 

「ガッ」

 

寸でで避けたが今の一撃はでかい。脇腹を抉るように掠めた武蔵の砲。レ級に初めて手応えのある一撃である。

 

球磨は横須賀の名取と同じだ。敵の妨害をし、基本に忠実であり、サポートに関しては右に出るものはいない。『職人』…多摩や長門からはそう呼ばれることもある。

 

「こいつも喰らっとけ!」

 

魚雷。いや、喰らっとけと言うのは冗談でレ級の魚雷にぶつけて回避するためだ。大爆発。巨大な水柱が立つ。球磨の姿が消える…と思った刹那水柱からまっすぐレ級に突っ込む球磨の姿があった。

 

「球磨!!!危険だぞ!」

 

「オラァ!!!!」

 

バキッと球磨が驚いて砲撃が遅れたレ級の顔を殴る。

 

「クーマクマクマクマクマクマクマクマクマ!!!!!クマァ!!!!!」

 

連打。レ級の視界が揺れる。武蔵に比べればなんてことはない。痛くもない。

 

「ウゼエ!!!」

 

レ級が殴り返そうとしたとき、後頭部に重い衝撃が加わった。それは

 

「よそ見をしているな阿呆が。チッ、石頭。だが、これならどうかな?」

 

「コ、コノ…」

 

尻尾の噛みつきをかわし、今度は素早いジャブがレ級の顎を掠める。チッと掠った音が聞こえた気がした。

 

「ヒヒヒ、ハズレハズレ!オ前ラ…バカニシヤガッテ…2人マトメ…テ」

 

殺してやる、と言おうと思ったが突如目の前が真っ暗だか真っ白になりガクン、とレ級の膝が折れて崩れた。

 

「長門ォ!!!!!」

 

瞬間、武蔵が叫んだ。

 

「でかした!!!行くぞ大和!!!主砲一斉射!!!てーーーーーッ!!!!!」

 

「だああああ!!!!」

 

武蔵の合図と共に長門が大和に号令をかけ、長門がまず41cm砲を撃つ。その後すぐさま大和が強烈な46cm砲を放つ。そして最後に長門と大和が一斉射をする。

 

長門の必殺「一斉射かッ…胸が熱いな!」である。それを聞いた刈谷提督は大笑いしていたが、理にかなっている技である。まず長門、次に大和。最後長門と大和の合同射撃の3連打。しかし、これが強大な威力を秘めており、ル級6隻の編隊をこれで切り抜けたこともある。

 

晴れた煙の向こうでは、大ダメージを被ったレ級の姿があった。本来、これは対集団用の砲撃であったが、今回はレ級にありったけの弾を撃ち込んだ。

 

「……これで立っているとは…しかし、大きな打撃は与えられたぞ!!」

 

「ク、クマ…一体どういうことクマ…?こんなきれいに胸熱砲が決まるなんて…」

 

「そ、その呼び名はだな…」

 

「いや、もうそれしか呼び方がないクマ。いや、しかし…どんな細工を…」

 

「こいつはおまけだ。喰らっておけ!!!!」

 

長門が語ろうとした瞬間、武蔵がレ級に砲撃を繰り出す。それも撃ち尽くさんばかりに。

 

「武蔵!退け!」

 

「おおおおおお!!!」

 

「オアアアアアアア!!!!!」

 

レ級も叫びだし、弾があたろうが気にせずにお互い弾を撃ち合う。みるみる損傷していく武蔵。レ級も同じであるが。そして。

 

「アアアアアアアア!!!!!」

「ラアアアアアアア!!!!!」

 

グシャッと武蔵とレ級の顔面に深々と突き刺さる拳。メガネは割れ、海に落ちる。レ級も顔が歪む。

 

「ふん」

「キヒ…」

 

「やってくれる。だがな、貴様はこの私が絶対に殺す」

「ヒヒヒヒ!!!コンナ楽シイノハ久シブリダ。ケド…時間ダ」

 

「何?」

「カラスガナクカラカーエロ!!」

 

「ふざけるな貴様!!!お楽しみはこれからだ!!!戦いはこれからだろうが!!!」

「ヒヒヒ、マタ会オウ。次ハ…壊シテヤル。ボロボロニ…ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ!!!!!!」

 

「まて貴様!!!ぐあっ!!!」

 

腹部に砲撃を喰らい、膝をつく武蔵、その隙に逃げられてしまった。

 

「まてテメエ!!!ここまで来て逃げてんじゃねえクマ!!!!」

 

「よせ球磨。追ったところで損傷がこちらも多すぎる。私も大和も弾がもうほぼないしな。レ級の攻撃も受けている。これ以上深追いし、レ級が激昂したら手がつけられん」

 

「………!!!チィ!!!」

 

ボチャンと水面を激しく拳で殴りつける球磨。あと少しだったかもしれないのに。何がカラスが鳴くから帰ろだ。ふざけやがって。

 

「……奴への課題は少し見えた気がする。今回の目的は南方海域の深海棲艦の壊滅。及び南方棲戦姫の討伐。目的は達した」

 

『こちら龍田よ~。潮ちゃんや谷風ちゃんのおかげで潜水艦は全滅よ~。あと、三条提督のところの潜水艦の子達がさらに退路を広げてくれたから、これで帰投できるわ~』

 

「こちら長門。了解した。こちらもレ級が退いた。敵の反応を」

 

『こちら大淀。レ級の反応…霧のように消えました…』

 

「だ、そうだが、提督」

 

『引き上げだ。レ級は消え、親玉は死に、敵艦隊もいねえならいる意味がねえ。撤退しろ』

 

「こちら長門。了解した。みんな、聞いたか!!!私たちの勝ちだ!!!」

 

「ヴォオオオオオオ!!!!」

 

「か、勝った…勝った…んですね」

 

「……ふぅ」

 

『こちら横須賀鎮守府。全員帰投せよ。いいか、気を付けて帰って来い』

 

「こちら翔鶴、了解いたしました」

 

「翔鶴、瑞鶴、助かった。あなた達がいなければ、こうはいかなかった。うまく艦載機を抑えてくれていたおかげだ」

 

「え?あ、あー…あ、ありがとうございます?」

 

「瑞鶴ったら…なかなか厳しいものでしたが、皆さんのお役に立てたのならよかったです」

 

「いや、間違いなくあなた達がいなければやられていただろう。作戦もうまくいった」

 

深々と長門が頭を下げ、複雑な気持ちになる翔鶴と瑞鶴。

 

「で、なんであんなきれいに長門の作戦が決まったクマ?」

 

「それは…戻りながらゆっくり話そう。みな疲れているし、三条提督の艦隊は重傷だからな…大府提督の艦隊は…」

 

誰もいない方向を見る。レ級により散ってしまった大府提督の艦隊。全滅。目を閉じ、願わくば安らかに眠れ。そう祈る長門であった。

 

「……全滅、クマか」

「ああ…」

 

球磨も手を合わせた。それに倣って翔鶴や大和達も同じく手を合わせ、黙祷した。

 

「さあ、帰ろう」

「クマー」

 

長門達は戦場に背を向け、沈みゆく夕陽の方角へと向かった。

 

………

 

「じゃあ球磨がサポートしたのはあながち邪魔じゃなかったクマ?」

 

「ああ。お前がああしてくれたおかげでもう一度アイツをぶん殴れた。そして、あいつに一撃を決めてやった」

 

「でも、最初の一撃でもレ級は気絶すらしなかったクマ。あの時、何かよろついていたのは何でクマ?」

 

「顎だ。奴の顎を殴って脳を揺すってやった」

 

「ク、クマ?けど、あの時顎には掠っただけだったように見えたクマ」

 

「それでいいんだ。私も実際、軽くコンとぶつけられただけでも膝をついて数秒オチたからな。陸奥に教わった面白いものだった」

 

顎はガンと殴るより、掠めるかコツンとぶつけた方がその衝撃が脳に響きやすいと言う。武蔵は陸奥からその殴り方を教わっており、どうにかしてレ級に追いつき、殴り合いをして顎を狙う機会を狙っていた。そこに球磨がレ級の足元を狙い、足を止めてくれたおかげで奴に追いつき、殴り合いに発展。そして決定打の一撃、顎への一撃を決めた。

 

長門はレ級のその瞬間を見逃さなかった。その瞬間に長門が大和と共に必殺技を決めた。それが決定打だった。

 

「思えば、レ級はああ言っていたが、ダメージが思いの外深かったのだろう。うまく逃げられてしまったな」

 

「次は必ず殺す」

 

「武蔵…もう…言葉遣いが島風ちゃんに悪いです」

 

「むう…」

 

気を失って眠っている島風を背負う武蔵が首をひねる。散々島風に汚い言葉を教えるなと言っているのだが、一向に改善しない。武蔵はそのつもりはないのだが。

 

「ボクもそっちに回りたかったけど…いろいろ邪魔が多くてね…」

 

「最上さん、最上さんや潮ちゃん達が退路を確保してくれたおかげでこうして無事に帰路に就けているんですよ。謝る必要はありませんよ」

 

「そ、そっかぁ。けど…神通に島風…とんでもない戦いだったんだね…熊野も…」

 

「ま、まあ中破はしてしまいましたがこれでも頑張りましたわ!」

 

「そうなんだー。ちぇー、鈴谷も行きたかったなー」

 

「レ級相手じゃ大和さん達に任せるしかないよ。熊野もまあ頑張ったんなら…」

 

「煮え切らないですわね!」

 

帰路は賑やかなものである。しかし、神通や島風、扶桑の傷が甚大であるため、急いではいるのだ。

 

………

 

「………」

 

「提督?」

 

「バカ野郎が。散々沈めんなよって釘刺しておいたのによ…」

 

「あ…」

 

刈谷提督が沈痛な表情でモニターを見ていた。その言葉は能代も理解した。大府提督の艦隊…特に、執心していた金剛までをも沈めてしまった。いや、それどころか全滅。レ級だからとは言え…撤退の命令に従わなかったのは…。

 

「案外、あいつらはあいつら。洗脳されているなりに提督を想っていたのかもしれねえな…けど…退けと言う命令を無視した結果がこれだ。大府は…これで拠り所を全部失った…か」

 

「拠り所…ですか」

 

「ああ。金剛はあいつの最後の牙城と言ってもいい。何でか、あいつは金剛にすげえ執着していたからな。金剛を出すまで資材を消耗して建造しまくったって話だ」

 

「なぜ…?」

 

「そこまでは聞いてねえな。教えてもくれねえだろうし。ただ、あいつはその金剛を失った。新しい金剛を作ってそれにすがるか…いや、もう無理かな。折れるだろう。それと…今度の論功行賞でどうなるか、だな」

 

「ですが、南方海域を制したので大府提督にも…」

 

「そう思うか?サブ島で本来なら南方棲戦姫を潰せたチャンスを潰せず、挙句にはレ級が現れるサーモン海域北方まで行かせた挙句、レ級がいて、レ級に壊滅させられた。本来ならサーモン海域まででよかったんだ。無駄な出撃、挙句壊滅。三条艦隊だって危なかった。奴の指揮はめちゃくちゃだった。大きく響くぜ」

 

報告を聞いていて啞然としたものだ。神通は片足を失い、島風も重傷、扶桑も大破。第二艦隊はほぼ大破中破ばかりだと言う。退路を確保していたこちらの艦隊も、厄介な潜水艦ソ級やリ級flagshipなどのせいで損害がひどい。そしてレ級。長門が小破で済んでいるのが奇跡に近いだろう。

 

「……俺は寝る。異変が起きたら叩き起こせ。俺が起きるころには帰って来るだろ」

 

私室へ入っていく刈谷提督。無理もない。一日中張り付き、頭をフル回転させていたのだから。人間にとっては一睡もせずにここまで精神を酷使したなら疲労は相当なはずだ。かしこまりました。能代はそう言ってインカムを再度付け直した。

 

「ふう…みんなが無事でよかった…」

 

『ああ。皆が満足で、と言うわけではないがな』

 

「な、長門さん!?や、やだ、私通信開いたまま!!」

 

『ははははは!!!能代らしいな!いや、何だか安心した。生きている。こうしてまた笑えると思うと…胸が熱いな』

 

「う、ううう…あ、ああ。提督はお休みになられましたので…」

 

『そうか。それで、また何事もなかったのようにお疲れさんと言うのだろう。愉しみだな』

 

「ふふ、そうですか」

 

『クマー。腹が減って仕方ないクマ。帰ったら大盛のカレーを食わせろって間宮に言っておいてほしいクマ』

 

「間宮さんも今はお休み中です。もう…起きたら伝えておきます。でも、球磨さんがカレーって言うだろうからって作り置きしていたような…」

 

『間宮の2日目のカレーは最高だクマ!!!!腹いっぱい食うクマ!!!!』

 

「多摩さんがしこたま食べてしまいなくなりましたが…」

 

『コロス』

 

何やら物騒な雰囲気の無機質な声になった。球磨は大きな作戦の後はカレーをいつも間宮に頼む。だから間宮は帰って来るであろう前日にカレーを作り、寝かせておくのだ。

 

「冗談です。球磨さんの分はちゃんとおいてくれていますよ」

 

『能代、帰ったらコロス』

 

「な、何でですか!?」

 

『言っていい冗談とよくない冗談があるクマ。だからコロス」

 

「こ、殺すだけなんでそんな感情を込めるんですか!?すみません、ごめんなさい!!」

 

『うるせー。絶対覚悟しておけクマ』

 

『あらあら~、能代ちゃん大変ね~』

 

「龍田さんも助けてくださいよ!!」

 

『わたしし~らな~い♪うふふふふ♪』

 

「そ、そんな殺生な…」

 

戦闘海域を抜け、気楽な会話を続ける刈谷艦隊と能代。ただ、誰も欠けずに帰って来るんだ、と思うと嬉しくてたまらなかった。

 

………

 

「金剛、応答願います」

 

「金剛、応答願います」

 

「金剛、応答願います」

 

大府提督は金剛からの連絡が途絶えてから、傷ついたレコードのように同じ言葉だけを繰り返し無線で言っていた。しかし、返事は返ってこない。

 

刈谷提督からは一言「全滅だ」とだけ連絡が入った。

 

嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだうそだウソダウソダウソダウソダ。

 

私を貶めるためにそう言っただけに過ぎないのだ。そう信じていた。金剛…あなたがいるから私は…。

 

「金剛、応答願います」

 

無情にも返事は返ってこない。

 

「金剛おおおおおおお!!!!!」

 

叫んでも返答はない。これが現実なのだ。レ級に我が艦隊は壊滅させられた。それを受け入れられない。

 

ガシャアアアアアア!!!!

 

机の上のモノを全て薙ぎ払った。彼にも…怒りと言う感情が込み上げてきたのだ。感情が壊れてはいるが、負の感情と言うものは強く出やすいものである。彼は喜びや楽しみは知らない。しかし、刈谷提督への憎悪や今回の全滅の怒り。そういったものは容易く出てくる。彼は感情がないわけではない。負の感情しか表し方しか知らないのだ。

 

「……頂点を目指せ。そんなもの…そんなもの…ただの邪魔じゃないですか…なら…消えてもらいますか…おじいちゃん」

 

感情の死んだ幼い大府提督と威厳がある険しい顔をしている初老の男。大府提督の祖父である。彼にとってなぜか大事に飾っていた写真だったが…彼は厨房へ行き、コンロの火をつけ…その写真に火を移し…

 

「あなたも私の邪魔をすると言うのなら消えて頂きますよ。今度…日本へ行くときに…ね」

 

彼の目がますます死んでいく。その瞳は光さえ吸い込むほどの闇になりつつあった。そして彼はそのまま工廠へ行き、資材をありったけ使って新たな金剛を作りだした。

 

洗脳を施し…

 

「提督様。秘書艦を務めさせていただきます金剛です。どうぞよろしくお願いいたします」

 

「はい。では仕事を行います」

 

「かしこまりました」

 

数日後には金剛を建造し、いつもの日常が始まった。それはもはや…狂気の日常であると言うことは、大府提督が感じるはずもなく。彼にとっては金剛がいて当たり前である。沈んでいった比叡や他の艦娘などには目もくれず、金剛だけを建造し、あとは適当に建造で失った艦娘を補填した。

 

それから数日後、大本営への南方海域への戦闘詳報を完成させた。大本営への出頭命令も同じくしてやってきた。

 

そこで突きつけられる奈落の底へ落ちると言う絶望の誘い等、知る由もなく。大府提督…彼はもはや、転落する以外他にはないのだった。

 

 




サーモン海域北方編、これにて終了です。
レ級には大打撃を与えたものの、またしても逃げられてしまいました。

今後もまた、彼女たちの前に現れ、また激戦になることでしょう。

大きな勝ちを得た玲司たちですが、一方で失ったものが大きかった大府提督。ジリジリと滅びへ向かって歩み始めています。彼は一体どこへ向かうのか。これからはその様も書いていければ、と思います。

それでは、また。
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