提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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安久野楠男時代の横須賀鎮守府

戦果は最低。轟沈数は最多の最低最悪の鎮守府。生活環境も劣悪、人間の勤務態度も午前中で適当に仕事を終え、酒に入り浸ったり艦娘に手をだしたりと最悪。最悪だらけの鎮守府。妖精さんは人間を見限り、最低限を残して消滅。力の限られた中で時雨と村雨を守り抜いた医療専門の妖精さんとほんの僅かな建造担当妖精さんがいた程度
謎の男たちが出入りをし、艦娘達に手を出しては金銭や資材の受け渡しがある犯罪の温床でもあったとの報告がある。


第十九話

北上の部屋は巡洋艦寮の2階の奥も奥に隔離されたかのようにあった。死神と近くで寝ては命を吸われるなどと言う悪評がついて回り、鬱陶しく思った北上が自ら移った。人目につきにくく、よほどの大声を出さなければ誰にも聞かれることもない、絶好の場所だった。

五十鈴や摩耶に見つかれば最悪なことになる。出ることは稀であるが、それでも可能性がないわけではない。名取は周囲を用心深く見回し、そそくさと北上の部屋へと入る。

 

「ん、水ね。水しか出せないけど」

「ううん、ありがとう…。北上ちゃん、これは…」

 

「墓標だよ。あたしと出撃して死んだ。あたしにはこれくらいしかできないから」

「…そっか…ああ、大井ちゃん…」

 

手の届くところに大井の名前が書かれた写真立てがあった。そっと大井を撫でるかのように触れた。北上がすごい剣幕でそれをひったくる。

 

「触んないでよ!大井っちに気安く触んないで!」

 

怒鳴られた。北上にとって大井は最大の信頼が置ける家族だった。その家族を目の前で失った悲しみと怒りはとてもではないが言い表すことができない。

 

「ご、ごめんなさい!…ごめん、ね…そうだよね、私が気安く触っちゃ、ダメだよね…」

「っ!…ごめん。あたしこそ。あんただって、目の前で長良と由良…亡くしてるのに…」

 

「でも、気軽に触っていいものじゃなかった。本当に、ごめんね」

 

お互いに気まずい空気が流れる。名取も姉である長良、妹である由良と共に出撃。そして目の前で死んだ。命からがら阿武隈を何とか連れて帰還。五十鈴は憤慨し、阿武隈と共に籠城。これ以上姉妹を失いたくない五十鈴の気持ちもわかる。現状を変えたいとくすぶっていた名取と五十鈴は激しくもめ、名取は籠城を拒否。埋められない溝ができてしまった。

 

北上は反省した。名取だって泣きたいだろう。姉妹を失っているのだから。それに姉、五十鈴ともほぼ絶縁状態。逃げ場がない。その状況でも、何が彼女を突き動かしたのか?そして、自分たちのこの環境が変わるのなら藁をも掴む思いで北上は名取の話に乗った。コップの水を一気に飲み干して名取に向き合った。

 

「ふぅ…名取。あたしはあんたの策に乗る。あたしももうこんな生活にはうんざり。変えれるのなら、変えたい。その可能性が少しでもあるなら…ゼロでないなら。あたしも手伝う。こんなあたしを…友達とまだ呼んでくれる、友達だから」

「北上ちゃん…。ありがとう…実は北上ちゃんに断られたらもうダメと思ってた。ありがとう」

 

名取が目に涙を浮かべて笑う。安心した。ここで北上に断られたり拒絶されてしまってはうまくいかない。誰かの手が一人でもほしかった。そうでなければ圧し潰されてしまいそうだったから。

 

「あのね…。実は少し前に戦艦の扶桑さんが建造で出たの…」

「戦艦!?そんなのあいつにバレたら…長門さんみたいになるじゃん!」

 

「うん…だから、戦艦寮の奥のお部屋にいてもらって…絶対に出ないでくださいってお願いして…」

「匿ってるの!?名取、それバレたら…あんた大変なことになるよ!」

 

「もちろん、それはわかってる…。だけど…私が建造した誰かが沈むのは嫌で…。もう一人しかいない妖精さんにも『またですか』って言われちゃって…」

「………。名取…」

 

望まない建造。夢でも生み出した艦娘が憎悪の目で名取を見下ろす夢を見るくらいだ。彼女たちは静かに名取を見下ろす。その目は憎悪に満ち溢れ、無言でも目で「人殺し」と言っているかのようで、胃が痛い。この頃はろくに取れない食事。安久野の暴言。悪夢。そのせいか胃がずっと痛い。

 

「だから、私のせめてもの…抵抗なんだ。扶桑さん、美人だしあんな人に渡したくないって…。だから、あの人をどうにかできないかって。北上ちゃんを巻き込んじゃって…」

「巻き込んだわけじゃないじゃん。乗るって言ってるんだからそういうこと言わないで。あいつを追い出してやろうじゃん。次がとんな提督が来るかわからないけど、今が最悪だから今よりはマシっしょ。やろう、名取」

 

「う、うん!ありがとう、北上ちゃん…でも…どうすればいいかなぁ…。突然失踪したら、何か怪しまれそうだよね…」

「そういうところはあいつ目ざといからね。すぐに事実を隠しそうじゃん。かといって出撃中にルートを外れて…も難しいね」

 

「艤装の位置を調べられたらすぐだもんね。無断で位置情報を切ったら余計怪しいし…でも海の上で艤装を外したら浮かんでられないし…」

「鎮守府に火をつけてどさくさに紛れて逃げ出すは?」

 

「無理だよ…。よその人が入ってきちゃってそれこそ隠されちゃう。変な人が出入りしてるのは確かだけど、知ってる人っぽいし…」

「…魚雷でもぶち込んでやるか…」

 

「だ、だめだよ!そんなことしたら北上ちゃんが解体になっちゃう!それは絶対ダメ!!」

「じゃあどうすんのさ!お手上げじゃん!だったらもう轟沈でもして楽になったほうがマシだよ…」

 

「轟…沈。轟沈!?それだよ!北上ちゃん!!」

「はあ!?」

 

何をいきなり声のトーンをあげたかと思えば轟沈と言う言葉に反応した。何を考えているのか、北上はわからなかった。

 

「轟沈したと思えるくらい艤装を壊しちゃえばいいんじゃないかな?位置探索もできないくらい!ほら、全電源消失みたいにすれば…」

「それが簡単にできれば苦労しないよ…。そこまでやるってほんとに轟沈するかもしれないよ…?それに全機能が停止してるなら方角もわからないし、海図だってわからない。一つ間違えりゃ大海原で遭難だよ。リスクが高すぎる」

 

「方位磁石はあるよ。海図もある。どのみち鎮守府近海だから何とかなるよ!」

「………」

 

声を弾ませて名取が言うが、これは実際には一か八かの大勝負になる。深海棲艦がいないとも限らない。戦闘は不可能だし、潜水艦に捕捉されてしまえば終わりだ。そんな状態の艤装で海に浮かべるかもわからない。進めるのかもわからない。

ただ、話には聞いたことがある。電源途絶、通信不能、海図全焼、ジャイロコンパスも故障した状態で奇跡的に港へ帰ることができたと言う駆逐艦の話を。だがそんな奇跡が起こりうるだろうか?しかし、北上には名取が言う轟沈したと見せかけた作戦しか、もう思い浮かばない。

 

「…もうこれ以外の案が思い浮かばないの…」

「あたしもわからない。それ以外。…名取、もうあんたに託すしかない。だから…死なないで。生きてまたあたしに顔を見せて。それだけは言っておくよ」

 

「うん…ありがとう。怖いけどがんばるね。じゃあ、私も出るようにして…来週は天気が悪いらしいよ。海も荒れるって」

「そう…。雨のほうが姿も隠しやすいかもね…。じゃあ、雨の日を狙って。また話し合おっか」

 

そうして名取と北上の命がけの作戦の話は進んでいった。危険な賭けだ。だが、何もせずにいいようにされるだけの日々より、何かが変わるかもしれない。その外せば全財産を失うかのような危険なルーレットに有り金を全て賭けるかのように、名取の案に乗った。

 

チャンスは一度。名取の艤装を大破させる。北上が敵の攻撃に乗じて誰の目にもつかないように。大破し、電源途絶、通信も不能に持ち込む。そうすれば連絡は取れなくなるし、こちらから電波を飛ばすこともなくなる。あとは大破し、もう動けないと言う演技をし、北上に任せて名取は落伍したと見せかけて先へ進む。最後には北上から鎮守府へ轟沈したと伝えれば名取は沈んだと言うことになる。そうすれば安久野は名取がまさか生きているなどとは思わないだろう。

 

そうしている間に大本営の古井司令長官の下へ行き、横須賀の実態を全て話す。あとは大本営が動いてくれればチャンスはある。これしかない。作戦は翌週。雨と予報されている日。全ては名取に託された。

 

「じゃあ、今日はこれで戻るね。北上ちゃん…本当に、ありがとう…」

「あたしのほうこそ。名取に任せるしかなくて…お願い、みんなを助けよう」

「うん。じゃあ、また前日に…」

 

そういってドアを開けると同時に、死んだ目をした小さな少女。雪風がやってきた。雪風の光を吸い込んでしまいそうな瞳に名取は恐怖を覚えた。

 

(雪風ちゃん…。そうだ…きっとみんな笑って毎日を送れるように…がんばらなきゃ!)

 

胃がしくしくと痛む。けれど、弱音を吐いている暇はない。この鎮守府の未来を変える。その思いは日に日に大きくなっていく。それと同時に失敗したら。その前に扶桑や、北上にも話さなかった霰や皐月たちが見つかってしまったら。そうなったら全てが終わりだ。おそらく横須賀の艦娘は全員沈むことになるだろう。最悪の場合を想定してしまい、胃がしくしくからキリキリと痛むようになった。

 

さらに名取は建造で生まれた軽巡神通をまた匿うことにした。神通は怪訝な顔をしていたが、必死の名取の説得により、部屋から動かないことを決意。夜な夜な大量のレーションと水を人間にばれないように運び込み、出撃に備えて。そして自分がいなくなってからのことを考えて準備にあたっていた。

 

/そして運命の日

 

「雨だろうが兵器である貴様らには関係ないな。敵が出たみたいだぞ。ほらいけ。夕立と北上。それからそこの駆逐艦3隻。それから…誰かほかに盾になりそうなのはいないのか」

 

「…っ!私が、私が行きます!」

「名取が?ふんっ、貴様のような奴が出撃しても立たんではないか。だが、まあ。北上の盾にくらいはなるだろう。北上を沈めるなよ?沈めておめおめ帰ってきたら貴様は…一生儂らの下僕にしてやる…ククク、貴様のことを気に入った男がいてな。そいつの下で一生暮らさせてやる」

 

「…気持ち悪い。名取、さっさと行くよ」

「う、うん…」

 

「勝つまで帰ってくるな。いいな。貴様らは所詮兵器だ。死にそうになったらとかそんな考えはいらんからな!」

 

うるさい安久野を無視し、出撃に入る。夕立は死んだような目を。三人の建造したての駆逐艦はすでに死ぬことを受け入れているかのような目をしている。…なんとかこの子たちも救いたい。そう思いながらも彼女たちを先頭に出撃をする。北上を最後尾に。名取を二番目に。そう。いつでも名取の艤装を大破できるように。

 

……

 

「目標海域に到達。敵の反応、ありません」

「了解。前向いてしっかり敵を探しなよ。死にたくなけりゃね」

 

先行く駆逐艦は必死に敵を見逃すまいと前を向き、時折きょろきょろと周りを見回している。名取が後ろを向き、北上に目を配る。そして、小さくうなずいた。北上はそれに表情を険しくして頷く。

 

そして…

 

ドオオオオン!!!

 

爆発音が響く。そして名取の悲鳴。

 

「きゃああああああ!!!!!」

「な、名取!?敵!?い、一体どこから!?」

 

「そ、そんな!敵の確認、できません!」

「い、いや!どこにいるの…死にたくない!」

 

「落ち着きな!とにかく警戒を厳に!敵を探して!名取!」

「う、ううう…ぎ、艤装が…。ダメ、通信が!通信ができないの!」

 

「なっ!?」

「あ、足もやられてうまく…いたっ!動けないの!き、北上ちゃん…、た、助けて!」

 

「……敵!!」

 

夕立が敵を発見した。重くはない編成ではあるが、夕立はすっかり敵のことしか見ていなかった。夕立の声に駆逐艦たちが慌てて戦闘準備をする。

 

「敵!砲撃、来る!」

 

遠くから砲撃の音が聞こえる。夕立達は北上と名取を見ていない。北上はそれを確認し、敵の砲撃に合わせて名取の艤装を撃つ。

 

「きゃああああ!!」

 

駆逐艦の一人が避け切れず被弾。それと同時に名取の艤装もほぼ原形をとどめていない。

 

「ああ、ぐっ…」

 

北上の艤装の妖精さんが泣きながら何か抗議をしている。そんな抗議は聞いている暇もない。

 

 

「……。こちら北上。名取が大破。あたしを庇って大破。もうボロボロだよ。動けなさそうだから置いていくね」

 

『何い!?自分から言っておいて何てザマだ!何から何まで使えんグズが!聞こえているのか名取!!お前のようなグズはとっとと死ね!死んでしまえ!!!ああ、使えん!何でうちにはこんな使えん奴らばっかりなんだ!!!!ああ、鬱陶しい!!』

 

「き、北上ちゃん…やだよ…死にたくない…死にたくない!助けてぇ!」

「…ごめん、あたしも生きるのに必死だから。ごめん…。行くよ!名取は置いて、あたしたちだけで敵に攻撃を仕掛ける!それでいいんだよね?」

『さっさとしろ!!助けて連れて帰って来てもすぐに出して沈めるだけだ!!!大嫌いなんだ!捨てて沈めさせろ!このクソ役立たず!!!』

 

「き、きたかみちゃ…た、たすけ…」

「…ごめんね」

 

(あ と は た の ん だ よ)

 

安久野への演技だ。艤装は破壊したが名取自身には傷はあまりない。動けないわけではない。北上は声に出さずに口を動かして名取へ頼んだと言った。名取はそれに強くうなずいた。

 

「ま、待って!行かないで!私を置いていかないでえええ!!!!」

 

夕立や駆逐艦達が名取を見て涙を流して去っていく。そう、名取にかまけていては自分たちが危険だ。だから、捨てていくしかなかった。名取が泣いたふりをしてうずくまってから少しして。北上達の姿は見えなくなった。遠くでは砲撃の音が聞こえる。

艤装が大破してしまっているせいで体は重い。けれど、行くなら今しかない。艤装を確認する。大破しているし、通信も途絶しているが、機関は動く。だが、結構大きく損傷しているために速度は出ない。それでも。それでも行くしかない。ゆっくりと、周囲を警戒して大本営のある方角へと向かう。大雨が降っていて視界はおそろしく悪い。だからこそ深海棲艦や他の艦娘たちからは電探で位置を探られたりもしづらいはずである。

 

雨と風が強く、体はたちまち冷たくなる。電源を喪失しているので艤装のヒーター機能も使えない。凍えるような寒さが名取を包む。しかし、名取はゆっくりではあるが確実に海の上を進んでいた。希望を求めて、大本営へと。

 

……

 

「作戦は終了したよ。名取は轟沈。あとは生きてるよ。よかったね」

『何がよかっただ馬鹿が!ああ腹が立つ!!何が私が行きますだ!!戦闘もできん役立たずが!!!』

 

安久野は怒り狂っていた。轟沈艦が出てしまっては勝利と言えど評価は厳しい。また、轟沈数が多く、目をつけられている安久野は大本営からの叱責にひどく憤慨する。自分はちゃんとやっている。艦娘が悪い。もっと有能な艦娘をよこせ。自分の非はけして認めず、すべては他人のせいであった。

なぜこのような男を提督にしたのか。それさえも大本営の思惑がわからない北上であった。

 

(うまく逃げれたのかな…。名取。無事でいてよ…!!)

 

「帰投するよ。名取は…残念だったね」

「……見捨てておいてよくそんなことが言えますね…」

 

「何?」

「いえ…なんでもありません」

 

ギスギスと気まずい空気を漂わせながら鎮守府へ戻った。

 

……

 

「はあ…はあ!」

 

濃い霧と寒さが名取の行く手を遮る。体は冷え切り、手は最初は寒さで真っ赤だったが、今度は白くなっている。まるで血の流れが止まった死人のようだ。ガチガチと震える体。それと同時に燃料にも気を使わなくてはならない。燃料が切れたら動けなくなる。海を漂うしかなくなってしまう。

行き先は会っているはず…けれど本当にたどり着けるのか?作戦を決行する前に、扶桑には伝えた。しばらく帰れなくなると。何かを察したのか扶桑は名取を強く抱きしめ「気を付けて…」と言って名取を見送った。扶桑に抱きしめられた時の温かさを思い出し、涙を拭いて歩みを止めずに突き進む。

 

光だ。街の光が見える。本土の光で間違いない。名取はようやくたどり着いた。北上と別れて数時間。ついに名取はたどり着いた。月明かりに浮かぶ巨大な建造物。名取は疲れ切った体に鞭を打って大本営へと急いだ。

 

港に入ると巨大なサーチライトで照らされる。その強烈な光に目が眩む。憲兵だろうか、が声をかける。

 

「何者だ!…か、艦娘か?どうして1隻でこんなところに…」

「た、助けてください…!大破しましたがここまで逃げてきました…あの…緊急の報告があるんです…司令長官に…古井司令長官に会わせてください!!!」

 

「む、い、いやしかし…司令長官殿とは…」

「待て、何か重大な侵攻でもあるのかもしれん。司令長官殿に伝えてくる。お前は追って長官室へ彼女を…」

 

憲兵が大本営へ駆けていく。もう一人は名取の手を取り、名取と共に大本営へと入っていく。ここまで来れた。倒れそうになる体を奮い立たせて名取はおぼつかない足取りで歩を進めた。

 

/司令長官室

 

総一郎は遅くまで書類の処理に追われていた。何か胸騒ぎがする。虫の知らせのような、直感めいた何か。書類を読むのをやめ、天井を眺める。

 

「お父様、お疲れですか?紅茶でもお淹れしましょうか?」

「ああ、うん。頼むよ。すまんな、高雄」

 

 

高雄が流し場へ向かい、お湯を沸かしている。確かにずっと書類を眺めていたせいか、目が疲労を訴えている。眉間をもみ、なんとか疲れをごまかす。ふう、と一息をついたところでドアがノックされる。

 

どうぞ、と言うと憲兵がやってきた。一つ敬礼をすると報告があると言う。

 

「遅くに申し訳ありません。実は今しがた、艦娘が1隻港にやってきまして。それが…もうボロボロでよく生きていたな…と言う有様で…」

「ふむ。速やかにドックへ案内してあげなさい。艤装は明石に見てもらおう。了解した。ありがとう」

 

「司令長官殿。それと同時にその艦娘が司令長官殿に火急の知らせがあるとか…今、連れてくるはずですが…」

「む、何事かね。すぐに通しておくれ」

 

そうしてお茶が入ったころ、憲兵と共に艦娘がやってきた。総一郎の目が確かなら、彼女は軽巡洋艦名取だ。見れば艤装は動いていられたのが不思議なくらいに破損しており、痛々しい。体は冷え切り、唇は紫だ。震えている。

 

「高雄君、彼女に拭くものを。あと、何か着替えと毛布を持ってきてあげなさい。私はすまん、ちょっと気分を落ち着かせてくるから、着替えさせてあげるといい」

「かしこまりました」

 

そう言って、寒空の下で煙草を吹かす。何かに怯えるような目。彼女は戦闘で怯え切っているわけではない。それでも何かに怯えるような目が引っ掛かった。火急の要件とは、何かとてつもない話になるのではないか、と思っていた。ふう、と二本目のタバコを灰皿に押し付け、自分の執務室へと戻った。

 

……

 

「やあ、すまないね名取君。うん、体がとても冷えていそうだったので高雄君に用意させたのは正解だったかな」

「は、はい…あの、ありがとうございます…」

 

「うむ。しかし、ひどく艤装をやられていたね。あれでは轟沈してもおかしくはない。よくぞ無事でここまで来てくれた。すぐに修復し、元の鎮守府へ戻れるようにしよう。とはいえ、君の体の検査もある。2、3日戻れないことは許してくれたまえ」

「さあ、温かいミルクをお入れしました。温まりますよ」

 

高雄が温かいミルクを置く。おずおずと手を伸ばして飲む。体の内側からじんわりと熱が体に広がる。その温かさに今、生きていると実感が湧いた。少しカップを持つ手に力が入る。

 

「ははは、温まるだろう。高雄君の作るホットミルクは格別でね。はちみつが秘訣だそうだ。ゆっくり飲みなさい」

 

司令長官も高雄も笑っていた。優しさに触れたことがない名取には、その笑顔はとても眩しいものだった。ミルクもおいしかった。こんなおいしい飲み物があるのかと感動し、涙がこぼれた。

 

「…さて、名取君。火急の知らせがあると聞いているが、一体どういうことかな?慌てなくていい。ゆっくり話してごらん」

 

いつもならば罵声を浴びせられるが、彼はゆっくりでいいと言ってくれる。やはり、自分のところの司令官が異常なのだろう。そう思った。名取は無事に生き延び、そしてここまでたどり着いた。あとはもう、止まらない。行きつくところまで行って横須賀の未来が変わってくれれば。そのために勇気を出せ。全て打ち明けろ!と強く心の中で念じた。

 

「私は、横須賀鎮守府所属の名取です。今から…司令長官にお話しすることは、横須賀の実態です…実は…」

 

その全容に、総一郎は目が皿になり、そして怒りの表情へと変わった。高雄は泣いた。名取の口から、かつて自分たちが所属し、最強と呼ばれた鎮守府の現在。その恐るべき実態が語られていく。終わりの時は、近い。




次回、巨悪の終焉。

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