堀内提督の抜き打ち監査から2日後。鈴谷はまだ提督に自分の想いを打ち明けられないでいた。あの時、あのタイミングでなら絶対に言える。そういう気持ちでいたのにあの監査のせいで尻すぼみしてしまったのだった。
「早く言わないとますます言いにくくなりましてよ」
「わ、わかってるし…!」
「けど、ほんとにいいのかい?ボクは鈴谷がやるっていうなら止める権利はないけど…後悔しない?」
「もがみん、すずやんは提督のために覚悟を決めたのです。後悔なんてないですわよね?」
「それはもちろん!でも…あー…どうしよう…かんっぜんに言うタイミングわかんなくなっちゃったしー…」
「鈴谷ってそういうとこ思い切りがないよね。いつも思い切りよく突っ込んでいく猪突猛進ガールなのに」
「最上に言われる筋合いないし!むしろあんたのほうがイノシシじゃん!」
「な、なにをう!?ボクみたいに慎重に偵察なんかをする航空巡洋艦はいないよ!?」
「見つけた!行こう!突撃だぁ!」
「熊野、それ誰?」
「最上ですわよ」
「えー?」
とにかく、鈴谷は提督に大事なことを言うタイミングを完全に見失ったのである。愛の告白などではない。そもそもそんな感情は持ち合わせていない。
提督には感謝しているのだ。このままでは動けなくなり、おそらくは轟沈ではない艦娘の死を迎えるかもしれなかった自分をここへ連れて来てくれてこうして毎日姉妹とギャーギャーケンカしながらも楽しく生活できている。
最上達に負けじとしっかり演習は真面目に取り組み、サボることはしない。私生活は服は出しっぱなし、下着は脱ぎっぱなし、髪を拭いたバスタオルもベッドにほったらかしで几帳面な熊野や三隈、最上に叱られているほどズボラであるが、それはそれ、鍛錬や出撃などにはきっちりと真面目に取り組む。鈴谷曰く、最上は私と一緒だと思っていたが実は綺麗好きで身の回りはピシッと整理されている。
最上が練度の高さ、そして緻密な明石の艤装の整備のおかげだったり何なのか、これまた謎の改二集団の1人になった。鈴谷はしっかり努力をし、設計図などを用いて明石や妖精さんのおかげで改二に改修。熊野も同じである。三隈はまだ、改二などはなれないが、それでも腕なら最上達にひけをとらないし、重巡にだって負けない。
古鷹も改二になっているし、横須賀鎮守府は戦力の大幅強化がなされている。大潮、荒潮、満潮も改二になり、満潮は戦力より調律のチカラがより強化されているし、大潮、荒潮は陸上深海棲艦に対して強力な戦力となった。大潮はどこへ行っても大体「集積地棲姫絶対燃やすガール」などと物騒な名がついている。
響はヴェールヌイになった。陸戦も行えるが何より聴覚の強化がめざましく、堀内提督に見せた技を発揮する。聞こえすぎてたまに頭が痛くなるのは変わらないらしい。ただ、ヴェールヌイと言う呼び名は嫌いな様子である。もっとも、ヴェールヌイになろうがみんなは響と呼んでいる。それが嬉しい、とは口には出さないのだが。
さて、改二に大型改修を済ませた鈴谷であるが、実はもう1つ、大型改修が行えることが明石から語られた。
………
「ふむふむ、兄さんのお役に立てるには?ですか」
明石の工廠にて鈴谷はどうすれば提督…いや、横須賀鎮守府にもっと貢献ができるか。それを相談に来たのだった。鹿島に聞いてみたがもっと強くなってみては?と鍛錬の強化の提案はあった。それはもちろん怠る気はないがそうではない。強さではない何かこう、足りない何かを埋めることができる何かがほしかった。そうして自分の居場所をより強固にし、横須賀鎮守府の一員であることをもっと自覚したかった。
鈴谷はとても義理堅い性格をしていた。自分を拾って助けてくれたおじさんにもまだ恩返しができていないから恩返しがしたいと常々思っているし、玲司にも感謝しているから何とかしてもっとこの鎮守府に貢献がしたかった。
「鈴谷さんは義理堅いお人ですねー。お人よしって言われません?」
「言われた試しはないなぁ…」
「そうかな?演習の時に結構いろいろ助けてくれるとかフォローしてくれるって話は聞きますよ」
「そ、そうなんだ…そうかなぁ…」
「自覚がないお人よしは損することが多いんですけど、ここではそれはないかな、あはは」
自分は義理堅いとは意識していない。でも鈴谷はとんでもなく義理堅い、受けた恩は忘れない。ちょっと演習でフォローしてもらった場合でもしっかりとお礼を言うし、後々どこかでそれを返す。無自覚で。だから鈴谷と組むことが好まれることも多い。
「うーんと…そうですねぇ。どうやって恩返しするか、かぁ」
「そうそう。なーんかない?横須賀鎮守府はこれが足りない、ここが足りないとかさ!」
「大問題は艦娘不足ですね。大規模作戦か何かが1年以内にあるんでしょうけど、連合艦隊を出すにしても水上打撃部隊も空母機動部隊も1回出したらもうそれだけでいっぱいいっぱいなんですよね。戦艦も少ない。巡洋艦も少ない。駆逐艦はもーっと少ない。近々朝雲さんと山雲さんが大本営からこちらへ回されると言うことで…あと防空駆逐艦の涼月さんが中将に昇格した報酬艦としてこちらへくれるみたいですね」
「駆逐艦不足…かぁ」
駆逐艦の役割を鈴谷はできない。まあ一応雷撃と瑞雲など水上爆撃機を用いて対潜の真似事はできなくもないが、潜水艦に決定的なダメージは与えられないし、高速で動き回って敵を翻弄するのも鈴谷にはできない。航空巡洋艦には航空巡洋艦ならではの戦い方がある。駆逐艦の真似はできない。
「あと、絶対的に足りないのは潜水艦と空母ですね」
「うう…鈴谷じゃマジなんもできないじゃん…」
潜水艦になるなんか絶対無理だ。空母か…確かに艤装の装備を全部瑞雲や強風のような艦載機を積めばいけなくはないが…それでも軽空母である祥鳳の足元にも及ばない。
もはや手詰まり。つまりは航空巡洋艦…の横須賀トップでぶっちぎりの索敵能力、さらには甲標的まで積んで先制雷撃できる最上が改二になり、上を行ってしまっているからどうにもならないのだ。
「……1つだけ方法はありますよ。ただ、これは鈴谷さんがやると言うかどうかになりますけど」
「え、なに!?何か方法があるの!?」
「わあ!あぶな!コーヒーこぼれる!」
「あ、ご、ごめ…」
「ふう…あーびっくりした。実はですね?少し前に発見された設計図に、航空巡洋艦の方を軽空母にできる設計図が発見されたんですよ」
「マジ!?」
「マジです、はい。で、その対象者は…鈴谷さんと熊野さんなんですね。ただ、実用例がほとんどないし、私も見たことがないので手探りで探るしかありません。横須賀は空母は翔鶴さん、瑞鶴さん、祥鳳さん、目下修行中で練度向上中の蒼龍さん。イギリスから来たアークロイヤルさんの6人です。戦艦も少ないですが空を押さえる要である空母が少なすぎるのも事実です。まあ、何かうちの赤城お姉ちゃんをまたこっちに寄越す話もありますし、龍驤お姉ちゃんもいますけど、空母は多いに越したことはありません」
「じゃあ…」
「そう。強要に聞こえちゃうかもしれませんけど、貢献したいと言うのであれば、空母になる。それが一番の手ではないかな、と思うわけです」
「それってすごい話じゃん!なる!鈴谷なってみる!!」
「答えは焦らなくて大丈夫ですよ。1つだけ問題なのは…1度軽空母になると航空巡洋艦に戻るのは難しいかもしれないと言う話。それから、航空巡洋艦としては出撃できなくなってしまうのは当たり前の事なので、最上さんたちに負担がかかるかもしれないこと。1人減ってしまうわけですからね」
「あ…」
航空巡洋艦も貴重な存在だ。明石曰く、この間来た航空巡洋艦の利根がここに来てくれればいいんじゃないかとも思ったが、彼女は一宮提督と言う大湊警備府の提督がいずれ舞鶴か呉に着任した際にそちらへ行かせると言うことらしい。索敵の要、いざとなれば制空権の確保などにも一役買って出撃ができる。
それが1人減って最上達に負担になってしまわないか、と言うこと。
「航空巡洋艦に戻ることはできます。ですが、気軽には戻れません。設計図を必ず用いますので大規模になります。今回は軽空母。次は航巡が足りないからと気軽にはできません。それこそ、軽空母になるのならずっと軽空母でやっていくくらいの覚悟でないとこちらとしても迷惑になります。中途半端な気持ちでいるのなら、航巡のまま続けてください」
ぐぬぬ…と鈴谷は唸った。最上型航巡としてやっていこうね。これは最上や三隈たちと頑張ろうと決めていたことだ。だが、軽空母になってしまったらそれを裏切ってしまうことになる…。どうすればいいのかわからず、鈴谷は明石の前で涙を流した。
姉妹を取るか、鎮守府…ひいては提督を取るか…。わからない。どうしたらいいかわからない。姉妹は裏切りたくない。提督の期待に応えたい。どうしたらいいんだろう。
「姉妹…と言う絆はそう簡単に切れるものじゃないですよ。それが最上型、と言うのならなおさら。まずは最上さん達に相談してみてはどうですか?1人で悩むより、解決になります。それでケンカになってもそれが姉妹。あの最上さんが怒ることもなければ三隈さん達もまずは話してみないと。ね?私はこういう提案しかできません」
「うん…うん…」
フラフラと出て行った鈴谷。しかし、彼女はこういう時、最上達に話をする勇気がない。だから彼女は別の場所へ向かった。
………
「ごめんなさい、それは私がどうこう言える話ではないわね」
「うう…」
花壇の草むしりをしていた紫亜に相談に行ったのだ。こういう時相談するなら紫亜が一番…と思っていたのだが、返ってきた言葉は無情にもチカラになれない、であった。
「最上達に話をして、ケンカになるのが怖い?仲間外れになるかもしれないのが怖い?」
「…うん」
「あの子達はそう言うことで貴女を仲間はずれにするかしら?せっかく4人集まった姉妹なのよ。朝潮達は何かあれば包み隠さず話をしているみたいよ。ケンカになることもあるらしいけど、それでも、みんな隠しっこはなしで、と満潮が言っていたわ。理由は、だって姉妹だからですって。クスクス、かわいらしいわよね。霰も混じってとても楽しそうな姉妹で見ていてこちらも癒されるわ」
「姉妹…だから」
「そう。まずは家族…一番繋がりが深い姉妹に話すのが一番ではないかしら?私は鈴谷が悩んでいるのならそれを聞くことはできる。けれど、答えは自分自身で出さなきゃ意味がないのよ。背中を押してあげることはできるかもしれない。けど、今のままでは背中を押すことさえできないもの」
「……ありがとう紫亜さん。鈴谷、最上達に話をしてみる」
「ふふ、その背中を押すことができたのなら何よりだわ」
「やっぱり紫亜さんは頼りになるね」
「ありがとう。いい答えは出せなかったけれど、少し前に進めたのならよかったわ」
「あ、その前に草むしり手伝うよ」
「勇気が出ないからそれまで時間稼ぎかしら、クスクス」
「も、もう!紫亜さんって時々いじわるなんだから!!!」
「あら、ごめんなさい。ふふ」
紫亜のちょっと意地悪な言い方にぶーぶーと頬を膨らませながらも草むしりを手伝うのであった。終わった後、ありがとうね、と頭を撫でられると駆逐艦扱いするなー!とさらにぷんすかしている様をさらに笑われるのであった。
………
「と、言うわけなんだけどぉ…」
自室に戻り、ちょうど最上、三隈、熊野もいたのでちょっと相談があるんだけど…と、自分の思い。軽空母になると言う選択肢があり、それによって提督や横須賀鎮守府を支えたい。ありったけの感情をこめて熱く語った。怒られるかもしれない。なんでと罵られるかもしれない。その考えが脳裏をよぎり、冷たい汗が背筋を流れるような気分に陥りながら。
「へぇ~、鈴谷が軽空母か~。ボクはそれはそれでありだと思うな。確かにアークロイヤルさんや蒼龍さんが来て空母は増えているけど軽空母は龍驤さんと祥鳳さんしかいないもんね。軽空母が必要!って時に2人だけだと負担は大きいかも。鈴谷、名案だよ」
「そうですわね。くまりんこたちは3人いれば…ちょっと不安ですけど、そちらの問題を解決する方が重要だと思いますわ」
「うっ…不安って言われるとちょっと…」
「あら、ごめんなさい。でも大丈夫ですわ。もがみんをはじめ、利根さんに教わったことをしっかり活かせばやっていけると思いますの」
航巡は空母がいるとなぜか進入できない海域において制空権を奪取することができる大切な役目を果たす艦でもある。それでいて攻撃力は重巡。貴重な存在と言えば貴重。4人いれば安泰だが3人だとどうだろう。
「それは提督が判断することであってわたくし達が困るかどうかはわかりませんわ。でも、鈴谷がわたくし達や他の仲間、提督を思ってのことでしたらわたくしは鈴谷を応援しますわ」
「怒ったり…しないの?」
「怒んないよ。ここを思ってのことなんでしょ?逆に聞くけどなんで怒られると思ったの?」
「う、だ、だって航巡やめるって言うから…」
「それくらいで怒ってどうすんのさー。今から特攻して深海棲艦を何としてでも倒しに行くとか言い出したら怒るけど。鈴谷ってそういうとこ臆病だよね」
「もがみん。すずやんは怖い提督の所から来たんですのよ。ですから、やっぱりいろいろと怖いところもあるはずですわよ」
「あ、そっか。ごめん…」
「う、ううん!それは気にしてない。鈴谷はもうここの一員だし、みんな姉妹がいるし…幸せだよ」
「なら答えは決まってるんじゃありませんの?ほら、ぼやぼやしてないで提督にお話ししてきなさいな」
「あ、は、はい!」
そういって鈴谷はぱぁっと顔を綻ばせて執務室へと走っていった。まさか30分後にしょんぼり帰って来るとは最上達は思ってもみなかったが。
/
「あー、監査が来てたんだっけ。タイミング悪いなー…」
「帰ったらもう一回言いに行けばよろしいのではなくて?」
「む、むりむりむり!!!!さっきは最上や熊野たちが背中を押してくれたからそのノリで言っちゃえって思ったけど…その…」
「尻すぼみしてしまいましたのね…」
むしろそっちの方に頭を抱える三隈であった。
「じゃあどうすんのさ。言いに行かないことには提督に軽空母になりたいですって伝えられないよ?」
「う、ううううう!!!」
「ま、まあ言う機会はいくらでもありますから、今日はやめておきましょう…すずやんがオーバーヒートしそうですわ」
「はーあ…何て言うか…鈴谷らしいと言うか…」
「ぱぱーっと言ってしまった方が楽に決まってますわよ。あのお方。そういうのはニコニコ聞いてくれそうですし」
「熊野は提督に言いたい放題だもんね」
「何がですの?」
「岩盤浴を作れだの、エスティシャンを雇えだのにんじんは入れるのをやめろだの」
「くまのんはわがままを言いたい放題ですものね」
「あら、この熊野の美貌を保つためには必要なものですわよ?」
「にんじんは関係ないよね。最近また間宮さん特製ニンジンジュース飲んでないんだってね」
「そ、それは…」
「注文をつけるならこちらも提案されたことは飲まなきゃ。だから、はい。うちの冷蔵庫に小分けしたニンジンジュースを持ってきたよ。あと、間宮さんにお願いして今日はキャロットケーキ改だって。熊野用に改良したんだって」
「も、最上!?それはあんまりではありませんこと?!」
「岩盤浴も意見通ったよね?エスティシャンは妖精さんをこき使わせてやっているらしいね。じゃあ、これを毎日これを飲んで、ニンジンを克服しないとねぇ…あ、今日のハンバーグは付け合わせにグリーンピースをたっぷり熊野用に入れてくれって言っておいたから」
「あ、あんまりですわあああああああ!!!!!」
「ぷーっぷぷぷ、頑張ってね熊野」
「す、鈴谷!!鈴谷に半分差し上げ「間宮さんがく・ま・の・のために作ったんだから鈴谷はパース」
「あ、ボク達にはアイスがあるよ」
「やっりー!」
「こ、交換しましょ、どなたか!」
「くまのん、間宮さんが悲しむからちゃーんと食べましょうね」
「い、いやああああああ!!!!!」
重巡寮に熊野の悲鳴が響き渡った。その叫び声も耳の入らないほど、鈴谷は思考の海へと沈んでいくのだった。結局、何をやっても提督に下へ行く勇気は出ることがなく、ズルズルと日にちだけが過ぎるのであった。
/???
ここはどこだろう?鈴谷は目を覚ますと白とも黒ともわからない世界にふわふわと浮いているのか、足が地についているのかもわからない微妙な感覚。音はない。静かな世界。はて、鈴谷は確か明日は休みだけど早く寝る習慣がついてしまっているし、こんな場所は知らないし。
「あ、そっか。これ夢かー」
声を発することはできた。紛れもない自分の声だけがよくわからない世界にこだまする。明晰夢…と言うやつか?とは言ってもこんな何も面白みも何もない世界ではっきり夢だとわかっても面白くない。目を閉じたらまた寝れるかな?スッと目を閉じた。閉じて数秒…数十秒…。
「眠れないし覚めないじゃん!!!」
思ったところで世界は変わらない。
「もう何なのー?意味わかんないし…わっ!」
そういうと急にふわっと浮き上がり世界が変わった。そして…ドスン!とお尻から落ちた。
「いったいしぃ…もう何なのさ!」
お尻をさすりながら立ち上がるとそこは見知った自分の部屋。おお?私は寝返りでもうってベッドから落ちて目が覚めたか?いや、しかし制服だ。それはおかしい。自分は確かパジャマで寝たはずだ。サイズを間違えて胸元がパッツパツのパジャマ。最上が「くっ…姉妹なのにこの格差社会は何なんだよ…」とか、三隈には「どうして…どうして…」と虚ろな目で見られたパジャマ…の胸元。鈴谷だってしらない。自分だけ何でこんなにおっぱいが大きいのかなんて。
大きくても肩がこるだけでいいことないよ?と言ったら最上の枕を投げられたっけか。
「ない人の辛さはある人にはわかんないのさ!摩耶といい鈴谷と言い!」
「もがみん…心中お察し致しますわ…」
ひどい仕打ちだった。ちなみに熊野はまるで気にしていないが、ノースリーブノーブラでウロウロするから注意するのだが…それを見てまた最上たちが「あああああ!」と叫んでいたような気がする。
それはさておき。
部屋はいいけど誰もいない。ドアを開けようと思ったら開かない。
「はいいい?」
おかしい。これは…ああ、夢か。また夢なんだこれ。まだ夢は覚めていないらしい。でも、どうしてこんな鮮明に自分の部屋を?
「ここの方が何だか話しやすくない?」
ぎゃあ!?と誰もいない空間に声がしたので変な声が出てしまった。それを聞いたある人はあっははははは!!!と大笑いしていた。
「あはははは!!!ごめんごめん、相変わらずあんたって怖がりだよね」
「あ、あんた…あなた…は!」
そこにいたのは同じ顔をした、同じ服を着ている写し鏡のようだった。しかし違うのはその淡いブルーグリーンの髪がショートカットであると言うことくらいか。
「せ、せんぱ……先輩………?ど、どうし…て」
「ここは夢の世界。だからあたしが出てこれるってわけ。あんたはあたし。あたしはあんた。まあ、夢の世界でしかあんたとは話せないかんねー。久しぶりだね」
「うわあああああ!!!!会いたかった!会いたかったよぉ!!!」
久しぶりに見た、自分がいかがわしい店に連れて行かれたときに、身を呈して自分を逃がし、自由を与えてくれた人。そして…自分は…。
「あー、あたしのことは気にしなくていいよ。あたしはね、あんたに賭けてから…ううん、外に出られたらもう解体してもらおうってずっと決めてたんだ。体、もう思うように動かなかったしね。あんたを逃すためにだいぶ無理したんだよー」
「う、うう…」
「もう、あんたは泣き虫だね。ふふふ、そこがかわいらしかったんだけど。ほんの数日だったけどね。まあ、あんたのことはずっと見てきたからね。あんたの心の中で。あたしが望んでた世界が広がって…幸せって気持ちがいっぱい流れ込んできて…あたし嬉しいよ。あんたを逃がして…よかった」
「会いたいって思ったら…もう資材だったし…」
「あはは…それはごめんね。でも、ちゃんとあたしを取り込んであたしはここにいる。あんたとずっと一緒だよ。こうしてたまーにしか姿は見せれないけどね」
「うう…」
「ごめんね。でも、1つの体に2つの魂は危険だからね。だからあたしは見てるだけ。干渉したら2つの魂は溶け合って別のものになるか、2人とも消えるかだから。この体はあんたのもの。あんたが強いチカラでいれば魂は消えたりしないから、心配しないでね」
「わかった…」
「さって、本題。まあ、あんたがもやもやしてることについてね」
ストレートに聞いてきた。そう、今鈴谷が悩んでいること。提督に言い出せずにグズグズとしていること。それはそう…「軽空母になって支えよう」ということ。
「それは…」
「あの提督ならあんたが何言っても大丈夫じゃないの?鈴谷の言うことにはできる限り協力するーって言ってくれてるんだし」
「で、でもぉ…」
「うるせえ、偉そうにとか言うかな?あたしやあんたを建造したあいつとは違うんだよ。それにね。思いは言葉にしないと伝わらないんだよ。だから、あんたがいつまでもうじうじしてると、もう手遅れになることもあるんだよ」
「うっ…」
臆病者の鈴谷。だからこそ、最上たちに言われても勇気を出せずにこうして悶々としているのだ。
「あたしはあんたがここに来てからをずっと見てきた。幸せだったり楽しい感情がいっぱい入ってきてあたし楽しいんだ。表には出ないけどね。あたしは、あんたが他の鈴谷では見たことがない世界を見てみてほしい。そして喜びを知ってほしい。最上たちがいいよって言ってくれてるんだし、自分がそうしたいならそうしなよ。じゃないと一生後悔するよ」
その言葉に鈴谷は胸に手を当ててギュッと握った。思いは言葉にしないと。だから、鈴谷の思いを提督に知ってもらわなきゃ。バカにされたり怒られるはずがない。一緒に考えてくれる人だから。先輩の言う通りだ。久しぶりに会えて、話が出来て、そして…私の背中を押してくれた。
「わかった。起きたら提督に言いに行く。で、一緒に見ていてね。軽空母になった鈴谷がどんな活躍をするのかを。絶対だかんね!」
「あはは、言ったっしょ?あたしはあんたと共にある、一緒にいるよ。だから、あたしはずっと。ずーっと見てるよ。あたしが叶えられなかった世界をあんたを通して見てる。これがとても幸せ。あんたが幸せならあたしも幸せ。だから、勇気を出して」
「うん…うん!鈴谷、明日行ってくる!一緒に生まれ変わろうね!軽空母鈴谷に!」
「うん…一緒に…ね」
「じゃあ、行ってくる!ありがと、先輩!」
「世話の焼ける後輩を持ってあたしゃ大変さぁ」
「何さーそれー!」
「あはは!でも、言えてるっしょ?」
「うー…言い返せないし…」
「あはははは!!じゃあ、楽しみに待ってるね!」
そういうと世界は真っ白になり、そのまま意識はぶつりと途切れてしまった。会えてよかった。話せてよかった。実はずっと、引きずっていたから。会えると信じていたのに。あんな再会を果たしたままは嫌だったから。
「ごめんね」
最後にそうとだけ聞こえた気がした。
………
「本当に、本当にいいんだな?一度改装をすると後戻りはできない。最上たちと同じ道を歩むことはない。それでもいいんだな?」
翌日、時間が欲しいと朝食の時に玲司に話しかけ、執務室にて自分は軽空母になりたい。そう言うデータがあると聞いた。この鎮守府に来ていろんな素敵なことを体験した。あのおじさんの喫茶店から自分がダメになるかもしれないからと連れ出してくれたこと。
それは最上たちがしたことだよ、と笑っていた。でも提督の権限がなければ。提督のOKがなければ自分はもう廃人になっていただろうし。先輩鈴谷のことを話ししたときに例のアイツに激怒してたこと。そして、解体された先輩を見て悲しそうな顔で…自分のことのように悲しい顔で頭を撫でてくれたとき、嬉しかった。
いろんな楽しいことを知った。戦いの難しさ。負けた悔しさ。そして…この間の南方海域のような大きな戦いで勝った時の嬉しさ。全部忘れない。提督のおかげだ。お疲れ様とうーんと褒めてくれたことも。いろんなものをもらった。だから、提督に恩返しがしたい。空母がいないなら。自分がなれるなら。その穴を埋めて鈴谷が提督の役に立ちたい。だから、後悔もない。最上たちと違う道を歩くことになろうと、最上たちは一緒にいてくれる。だから、もううじうじしない!
「後悔しないよ。提督に恩返しがしたい。だから、今度は鈴谷が軽空母になって不足してる空母の穴を埋めるんだ」
「そりゃあ空母が増えるのは助かるなぁ…」
「提督?女性の決意というのは本気と書いてマジと読むくらい、そして何より勇気を出したのです。これにお応えしないのは失礼では?」
大淀にそう言われ、頭をガリガリとかいていた。うーん…とも唸っていた、
「こういう時、司令は優柔不断なんですからね…もう!男ならバシッと女の子の告白を受け取ってください!」
「こ、ここここ告白!?な、何でそういうことになってんの!?」
「勇気を出して軽空母になりたいと告白したんです。ですから男ならバシッとですね!」
「わかってる!わかってるっての!!よし、明石のところへ行こう。鈴谷」
「ん?」
「任せたぜ、まずは翔鶴たちにいろいろ空母のいろはを教えてもらえ。龍驤姉ちゃんに頼んでもいいけど…きついぞ」
「覚悟の上だし!鈴谷、がんばるから、うーんとまた褒めてね!」
「おう、頑張ってくれよ!」
そうして明石の工廠に行ったら明石は目をらんらんどころかギラギラ輝かせて「天井のシミでも数えながら改装を待っててください」と言って提督にチョップを喰らっていた。
「ね、ねえ、鈴谷は大丈夫かなぁ…」
「あなたから背中を押しておいてこれですもの。あの明石さんが失敗やら何やらをするわけがありませんわ。長女なら信頼して待っていなさいな」
「まあ、くまのんったらお姉さんみたいですわ、くまりんこ♪」
「ふふん、もっと褒めてくださってもよろしくってよ?」
「ですけど、ニンジンケーキを半分しか食べられなかったから台無しですわね」
「それとは話が別ですわ!」
「あ、にんじんジュースは毎日飲んでね。腐っちゃうから」
「ぐ。ぐう……」
姉妹を心配している雰囲気ではない。まあこれが最上型なのだ。緊張感があるほうがおかしい。戦闘の時以外では。鈴谷何一つ、軽空母になったからとこれが変わるわけではない。姉妹の絆は変わらない。
「はーい!お待たせしましたー!鈴谷さんの改装が終わりました!『鈴谷改二航』!!どうぞー!」
えへへ…と出てきた鈴谷。
「え?何か変わった?」
「弓でも持っているのかと思ったのですけど…」
「鈴谷は鈴谷ですわね」
「な、なにおう!?いーい?このカタパルトから艦載機をシュパーっと飛ばしてね!」
「瑞雲とかと変わんないじゃん」
「むっきーーーーー!!!なにそれ!?もっとこうすごいじゃん!とかやるじゃん!とかないわけ!」
「変わってないからないかな」
「ない…ですわ」
「ないですわね」
「提督、もう鈴谷この人たちと姉妹の縁切っていい?」
「できるわけねえだろ」
「もー、冗談じゃんかー、おめでとう鈴谷。最上型から軽空母かー。なんかすごいや」
「甲標的を撃てる航巡って言うのもどうかと思いましてよ」
「そうですわ。三隈なんて…改二さえ…」
「あ、あー、ご、ごめんごめん!」
「あのさ、鈴谷の改二航はまるっきり無視だよね」
「ま、まあ今日は鈴谷は軽空母になっためでたい日だ。焼肉でもすっか!」
「提督!?またなに食べたい?って最初に聞いた時のこと言う!?このー!」
「わーはははは!!!焼肉焼肉ー!」
「こらー!聞けー!!!」
「たーべほうだい♪」
結局晩ご飯は本当に焼肉で、摩耶に大笑いされ、古鷹に苦笑され、みんなは焼肉パーティで盛り上がり、鈴谷はなんだかんだで楽しんだと言う。
……
「オラー!何やその艦載機の飛ばし方はー!?気合いが足らんわーーー!!」
空母としてのトレーニングが始まったが翔鶴たちは全員弓であり、そうでない艦載機の飛ばし方はわからないと言う。龍驤はこっそり鈴谷改二航のことを勉強しており、カタパルトから飛ばす飛ばし方を覚えた。そうして飛ばす訓練をしているのだが相変わらず口が悪いしごきである。
「ひー!ちょ、鈴谷初心者なんだから手加減して欲しいってばぁ!」
「アホウ!戦場でんなこと言うて許されるかい!もっかいじゃもっかいー!」
「は、はい!」
「あかーーーーーーん!!」
「あーーーーーーー!!!」
龍驤は新しい弟子(しごき)ができ、鈴谷はそれに師事するわけであるが、なんだかんだでこの後、祥鳳たちにひけを取らない軽空母に成長していくのであった。
(見ててね。一緒に空からの世界を見て、いっぱいまた勝って褒めてもらおうね!)
そう胸の奥の先輩鈴谷に話しかけると「うん!」と返ってきたような気がした。
鈴谷、軽空母になる!と言う決意のお話でした。
全話で鈴谷が言い出せなかったことの顛末です。これにより、鈴谷は最上たち航空巡洋艦としての道からは外れてしまいましたが歩む道は最後は同じなのです。勝利して、提督や間宮の美味しいご飯を食べて、ギャーギャー姉妹と喧嘩する。
これだけで鈴谷は。そして先輩鈴谷も幸せなんです。
次回は新たな仲間、蒼龍のお話を書こうかと思います。胸に残るなんだかわからないわだかまり。北上や雪風と共にそれを探っていく…そんなお話にしたいです。
それでは、また。