提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第百九十二話

酷い夢を見た。大淀が暴力を振るわれ、その横では別の艦娘が女性としての尊厳を奪われている。部屋はすえた匂いがし、吐き気がする。

 

「貴様のような役立たずは出ていけ!!!何が二航戦だ!!一航戦の鉄仮面と何も変わりやしない!!!!」

 

外では傷ついた駆逐艦。腕がない。足がない。目が潰れている。痛いよぉ…痛い…苦しい…ドックに入れさせて…うめき声があちこちの部屋から聞こえる。

 

どうして?どうしてこんなにもここは最悪な場所なんだ?どうして大淀さん達が涙を流し、一生懸命頑張っている駆逐艦たちが苦しんでいるんだろう?悪いのはあいつだ。あいつ。あいつを殺せば。あいつらを殺せばこの鎮守府は変わる。そうだ。殺せばいいんだ。

 

何でそんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。毎日毎日「いいことがあるよ」と言い続けてもろくなことなんてなかった。耐えていれば幸せは訪れるだろうと信じていた。そんなものは待っていても来やしない。そっか。殺せばいいんだ!

 

艦戦の機銃でハチの巣にしてやる。爆撃機でバラバラにしてやる。ああ、そうだ。それを思いついた瞬間踊りだしたくなるくらいだった。そうだ、殺そう。

 

殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺そう殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せころせころせころせころせころせころせころせコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ。

 

ミンナコロシテシマエ!!!!

 

 

がばぁ!と布団を蹴飛ばして起きた。あまりにも生々しい感覚、匂い、そして明確な殺意。どうして自分がそんな恐ろしい感情をあんな夢で持っていたのか。怖くなってカチカチと歯を鳴らし、体をガタガタと震わせる。汗で体はベトベトだ。季節は秋。夜は半袖では寒いくらいだと言うのに。でも体は氷水をかぶったように冷たく、寒い。

 

あまりに明確に覚えている恐怖の夢。そしてそんな感情などなんで持ち合わせなければいけないのかと頭の中がグチャグチャでわからない。

 

二航戦。夢で顔はもう思い出せないがそう言われていた彼女。蒼龍は南方海域で拾われてもう1ヶ月が経とうとしているが、頻繁にこのような夢を見るのだ。わけがわからない。

 

ここに連れられてきたときもなぜか「帰ってきた」と言う感情が湧き上がり、懐かしさと同時に何か黒い感情がもやりと心の中に浮かんできたのだった。

 

ひとまず嫌な夢を見たし、朝ごはんを食べて気持ちを入れ替えよう。ここのご飯はおいしい。もりもりと食が進んでしまう。そういえば夢の中の自分はかっちかちに固まった米とは形容し難い何か。水の味しかしない味噌汁という名の何か。それを食べていたが…夢の中ではそれを見て怒り狂っていたが…。

 

昨日は目玉焼きの下に分厚いハムを焼いたものが敷かれていたのと野菜サラダ。バターロールにジャムがいっぱい。お腹いっぱい食べてしまった。お昼は焼き飯。これまた何杯も食べた。晩ご飯はキノコの炊き込みご飯なめことかいうぬるぬるしたキノコと油揚げの味噌汁。サワラの塩焼き、ほうれん草のおひたし、しめじなどキノコをふんだんに使ったかき揚げ。キノコ尽くしな夕飯だった。これまたもりもり食べてしまった。

 

あれは夢。昨日食べたものは現実。切り替えないと。それでも胸のモヤモヤが消えないのが少し苛立つ。まあいい、今日のご飯はなんだろな。そう考えながら身支度を整えて食堂へ向かうのであった。

 

………

 

「おはようございます」

 

そう言って食堂に入った。

 

「おう、おはーはははははは!!!!!!」

 

自分を見るなり提督がなぜか大笑いをしだした。いきなりのことでムッとした。馬鹿にされているのだろうか。

 

「提督!」

 

「あはははは!ひー!ひー!そ、蒼龍!朝から笑わすなあははは!!!」

 

間宮に怒られているのに大笑いは止まらない。カチンときて怒って物を言おうと思ったのだが…。

 

「蒼龍さん…こ、これ…」

 

深海棲艦…なぜか普通に鎮守府で生活している港湾棲姫と言う茉莉さんが鏡を見せてくれた。そこに映る蒼龍の顔。と言うか頭がとんでもないことになっていた。ひどいものだ。言うなれば大爆発、ボッサボサに髪の毛があちこちにぴょんぴょん跳ねている。提督はと言うと笑いすぎてトマトを切っていたが手を切りそうになっていた。切ればよかったのに、とちょっと提督を呪った。

 

「ああ、蒼龍さん、こちらへ。整えてあげますからね。あんな女の子を笑う人なんて放っておいて、こちらへどうぞ」

 

間宮さんがまだ大笑いしている提督は放っておきましょうと言いながらテーブルの方へ案内して座って、と合図された。黙って促されるまま椅子に座るとさらり…と優しく髪を梳いてくれた。茉莉さんが鏡を持ったまま。自分は何も言わないが髪を結う時だけは鏡を見ながらもうちょい上で…とか間宮さんに指示を出した。はい、と言いながら鏡に映る間宮さんは笑顔だ。

 

そそっかしい駆逐艦が多いので髪を梳いたり結えるのは得意なのだと言う。電ちゃんでしょう?吹雪ちゃんに…たまに潮ちゃん。漣ちゃんに不知火ちゃんもひどいわねぇ…といろいろと教えてくれた。大淀さんもひどいときはすごいのだとか。

 

「おーい間宮ー、朝飯間に合わねえよー」

 

「知りません。頑張ってくださいね」

 

「わ、悪かったよー…わー!やべえ!」

 

魚が焦げそうらしい。それでも間宮さんはツーンと言った感じで提督を助けない。あっち!あちちち!とシャケをほぐしている。骨を嫌う子達が多いのでここではいつも魚は骨を丁寧に取り、解されたシャケを用意しているのだとか。丁寧な優しい食事。シャケのいい香りが広がってきた。お腹がぐう、と鳴る。

 

「ふふふ、さあ、整いましたよ。はいはい提督はご飯を見てきてください。私が配膳しますので」

 

「おいー、なんか厳しくないか?」

 

「女の子をあれだけ笑った罰です。女の子を辱めた罪は重いですよ」

 

「ま、まみやー…」

 

「さ、早くしないとご飯がカチカチになりますよ」

 

カチカチのご飯…ああ、思い出したくもないのに…。

 

「おはようございますなのですー」

 

доброе утро(おはようございます)

 

しばらくして電ちゃんと響ちゃんがやってきた。しかし、自分はその電ちゃんの眼に違和感を覚えた。

 

「おはようございます、2人とも。あら…電ちゃん…?」

 

「ほえ?」

 

「電、蒼い眼になってどうしたんだい?」

 

「はにゃ!?」

 

「はい、か、鏡…」

 

「はにゃあ!?」

 

茉莉が見せた鏡を見て飛び上がっていた。自分の眼が蒼く光っているのだ。それはかつて司令官が大本営で具合が悪くなって帰ってきた時に突然なったのと同じだった。

 

「おーおー、これが噂の蒼い眼か。なるほど、俺と一緒の眼だな」

 

「ハラショー。この眼が私を救ってくれた眼だ。暖かみを感じるね」

 

「な、なんでこうなるのです?」

 

「さてなぁ…俺の場合はわかってるけど電や瑞鶴とかのはわかんねえんだよなぁ」

 

なぜだ。なぜかあの眼を見ると体がザワザワする。そう思う蒼龍。見るな。あの子の眼を見るな…。体が電の眼を見ることを拒絶する。彼女の眼は何かある。

 

「何かに反応しているのでしょうか?」

 

「わからないのです…」

 

「で、でも。き、きれい…」

 

「おはようさーん、ってなんやー?電、蒼い眼ぇになっとるやんか」

 

「おはようなのです、龍驤先生。電にもよくわからないのです…」

 

食堂にやってきた艦娘達が皆電を見ては驚き、漣や蒼い眼を初めて見る子達はマジマジと電を見ては物珍しそうにしていた。なんだか恥ずかしいのですー!と騒ぐ電。今日の朝ごはんはとても騒がしかった。

 

………

 

結局電の蒼い眼は朝食の最中ずっと蒼いままで、解散すると元に戻った。明石に一応見てもらったが現状を見てみないと何もわからないとのことであった。

 

「何か感じたり、思うことはなかった?」

 

「うーんと…うーんと…あ、なんだか背中がゾワゾワしたのです!深海棲艦と会敵する直前!みたいな、なのです」

 

「深海棲艦と?でも紫亜さんや茉莉さんに反応はしたことないし…なんでだろ?」

 

「深海棲艦のような悪い気配を感じ取ったとか?でもそれなら深海棲艦と戦う時、ずっと蒼い眼になるはずだろ?」

 

「深海棲艦は敵と分かってるから?じゃあ横須賀の艦娘の中に深海棲艦の因子を持った誰かがいる?雪風ちゃんがそうだったんでしょ?」

 

「でもその時電は蒼くなったりしてないのです」

 

「そりゃあそのチカラに目覚めたのは響とやりあってからだろうからな」

 

「ダー。あの時のあの蒼い眼は惹き込まれたものだよ。そして私は電の蒼い眼の蒼い涙がなければこうしてここにいない」

 

「響ちゃん、ちょっと詳しく」

 

明石の目の色が変わった。そのまま電は響と共に工廠に缶詰にさせられることとなる。

 

………

 

「なるほどなぁ…深海棲艦の黒い因子だけを排除する、か。考えられないけど、響さんが実際に体験してるわけだし…あー…非科学的なことはわっかんないなー!」

 

「ハラショー。私もわからない」

 

「じゃ、じゃあ蒼龍さんには失礼なんですけど、試してみてもらえませんか!?」

 

「はわわ…そ、そんな…」

 

明石の仮説が確かなら、そう言われて電は蒼龍がいるであろう弓道場へと向かった。

 

「電の涙が浄化作用がある…か。さしずめ悪魔祓いの聖水みたいだな」

 

「とは言っても、加賀さんの時みたいに完全に反応するわけではないみたいだね。響さんの時は奇跡的に姉妹の絆と感情の爆発で目覚めたから。海は深海棲艦ばっかりでずっと蒼い眼になるわけでもない」

 

「俺が蒼い眼になった時に反応したってのは?」

 

「それはたぶん、玲司君が蒼い眼の親玉みたいなものだから感応したんじゃない?時雨さんや瑞鶴さん達もって言ってたし」

 

「俺のせいかよ」

 

「たぶんねー。けど、今回はうちの紫亜さんや茉莉さん以外の誰かに深海棲艦になりうる因子があって、それを浄化しようと反応した、そう考えるかな。怪しいのは強い憎しみを抱いて沈み、それをそのまま抱えているかもしれない蒼龍さん、かな。夢でなんか色々見るらしいよ。北上さんに聞いてみたら、それは間違いなく安久野の時の記憶だね、とも」

 

「ってことは帰りたいと言っていたのは帰ってきて安久野を殺すためか?」

 

「そうかもねぇ…相当に強い怨念を残して沈んだと言うくらいですから…記憶が吹き飛んだとしても、それだけは持っていてもおかしくない」

 

「怨念だけ連れて来ちまったってか…さて、どうしたもんか。雪風のようにはいかないぞ」

 

「電さんの蒼い眼の解析ができたらなぁ…」

 

「電に賭けるか?ただ、電は蒼龍はよく知らないからな。知っているのは北上と雪風くらいなもんだろ」

 

「みたいだね。北上さんや雪風さんがー…ってなわけには…いかないよね」

 

「まあ雪風みたいにならないことを祈るしかねえな」

 

「そうだね。とりあえず、検診は毎日受けるように言っておいたから、異常があったら即座に知らせるよ」

 

「了解。頼んだよ」

 

雪風の時の様に深海棲艦化が進んでしまうのか、はたまたここで止まるのか。玲司も明石も…誰にもわからないことである。ある1人を除いては。

 

………

 

「これもまた…彼の異端のチカラを発揮する口実…かき乱しなさい…かき乱しなさい…深海棲艦に堕ちると言う運命を変えなさい…三条 玲司君…クスクス。もはや傍観者じゃなくなった私はどんどんチカラを貸すわよ…?だって…私に光と優しさと温もりをくれた人なんですもの。味方するのは当然じゃない?」

 

窓の外を見つめる銀髪の小さな少女。窓の外、中庭へ向かう道をフラフラと歩く空母蒼龍を見つめていた。

 

「『航空母艦 二航戦 蒼龍』…貴女の運命は深海棲艦に堕ちるなんてあちら側への運命ではない。こちらへ嫌でも引きずり寄せる。まあ、私が何かできるわけでは…ないのだけれど」

 

ふんっ、と鼻で笑い自嘲する。彼女はゼロを百にも、百をゼロにもできる存在。ただし、その体が耐えられないから傍観者を名乗っているだけだ。神でも悪魔でも深海棲艦でもない。それ故に傍観者。ただし、彼女は時に傍観を辞め、世界に手を加える。彼の為ならば。彼の利になることであれば。

 

運命の糸はこちらへ引きずり寄せた。霞の姿をした…その名は零。霞が子供化し、玲司にかみついて彼の血が彼女の体内に入り込んだ際、彼女は目覚めた。異端者の血が彼女を呼び寄せた。どうすればいいのかわからなかった彼女であるが、彼女は彼から優しさをもらい、温もりを与えられ、たくさんの艦娘から惜しみない愛情を受けた。心地よかった。

 

偶然とはいえこの空に近かった体に入り込めたことが僥倖だった。子供のフリをしていればいいのだから。そうすればかわいがってもらえるだけ。朝潮に『牙』のチカラを与えたのも、響に異常なほど鋭い聴覚を与えたのも、大和や武蔵を顕現させたのも全ては彼女の仕業である。大和については霞の体に入り込む前から。

 

こればかりは世界から警告を喰らった。次にやれば霧散させると。しかし、霞の体に入り込んでからは、彼女がしたことなのか、他の『世界』に干渉できる何者かがやったのかが判別がつかない。バレてしまうかもしれないギリギリでチカラを行使する。何、簡単なこと。難しいことじゃない。ちょっと運命をねじまげるだけよ、と言う。本来やってはいけないことであり、簡単ではないのだが。

 

「ありきたりな喜劇や悲劇はごめんよ。もう十重二十重…いいえ、無限につながった世界で嫌と言うほど見てきた。だから、今回のこの世界はおもしろいんだもの。シナリオを書き換えたくなるじゃない?」

 

誰に言うわけでもなく月に呟く彼女。彼女は「傍観者」をやめてシナリオライターにでもなったつもりでいた。無限にある平行線上の世界。その中でもこの世界は一際「異端」が集まり、予期せぬ出来事が多いのだ。そんな世界でただ黙って見ているのはつまらない。私は傍観者ではなく、役者になってみたかったのよ。そう思った。

 

「さあ、もっと見せて頂戴。三条玲司君…あなたのこと、気に入っちゃったんだもの。見せて…魅せて…クスクス」

 

この世界の未来はもはや彼女でさえわからない世界になりつつある。だからこそ、その続きを私に見せて頂戴。ただ、私も手を加えるけどね、と。少しぬるくなったリンゴジュース。霞が好むジュースを飲みながら月を見てクスクスと笑う零であった。

 

 

「ちっがーーーう!!!!そんな艦載機の動かし方やったらイ級も潰せんわーーー!!!!!」

 

「そ、そんなぁ…はひー!厳しすぎるしぃ!」

 

今日は空母の演習で教官である龍驤の怒号が演習場にこだまする。軽空母となった鈴谷に空母としてのいろはを教え込んで(実際には叩き込んで)いるのだが、これがまた厳しい。空母のこと、防空のことになるとことさら厳しい龍驤。

 

一方で蒼龍はと言うとサラッと。なぜか練度はないに等しいはずなのに当たり前のように艦載機を飛ばし、妖精さんとも交信をし、意のままに艦載機を動かした。まるで昔から飛ばしていたかのように。

 

艦載機はただの二一型艦戦や九七式艦攻だったりなのだが、それでも最初はおっかなびっくり飛ばす空母がほとんどである。祥鳳だってそうだ。瑞鶴はそんな余裕がないまま実戦に駆り出されたため、我流で艦載機の飛ばし方は覚えた。翔鶴も龍驤に厳しく指導されて今に至る。

 

「や、やるやんけ」

 

龍驤自体も驚いていた。そのあとは

 

「轟沈して即深海棲艦にはなったものの、体には染みついとるんやろな。いろんなもん残したまま深海棲艦になっとる。まあ、飛ばせるなら何も言う事はない。それだけに関しては」

 

難色を示しはするものの、あまり蒼龍には強く言及しない。北上に怒鳴ることは禁じられている。まあ、鈴谷に怒鳴ってしまっているのでこれでは意味がない。なのであとで北上にまた指示されたらしい。

 

「そ、そうや~。それでええんや~。せやけどな、もうちっと、もうちっとだけこう…こう…」

 

「す、鈴谷何かした!?怒鳴られない方が怖いんですけどー」

 

「ええんやで鈴谷~。ちょっち教育方針をやな~」

 

(いい?怒鳴られてブチギレて弓で提督を射殺そうとした子なんだよ?あんまり怒鳴ってると…わかった、龍驤さん?)

 

(う、うう…こないなめんどっちい話あるかいな…摩耶とか鈴谷が気持ち悪がっとるがな…)

 

龍驤はしばらく苦労することになった。怒鳴ってスパルタ。これが龍驤のやり方。しかし、これで確実に育ってきた摩耶達のこともある。おだてて育てるやり方は高雄や鳳翔のやり方であり、自分には合っていない。神経を使う…いつもの倍は疲れる…怒鳴って喉が痛くならないことは救いではあるが。

 

「おおっ、やるじゃん蒼龍さん!ストーンと真ん中だよ!」

 

「は、はあ…でも不思議…どうしてこんな…」

 

「まあ細かいことはいいじゃん!じゃんじゃん射って命中率をあげよう!そうすれば艦載機を飛ばすのももっと楽になるし、当たると楽しいし!」

 

お気楽育成と言う名が龍驤や玲司からついてしまった瑞鶴の超がつくくらい適当な育成方針。祥鳳も割とこれで育っていたりする。それを細かく懇切丁寧に指導し、悪いところを訂正していくのが翔鶴である。

 

「もう少し肩のチカラを…そうです。肩にチカラが入りすぎると放つときに照準がぶれます。当てなきゃ、ではなく当ててやろうくらいの気持ちで最初はいきましょう。祥鳳さん、今雑念が混じっていましたよ」

 

「えっ!?あ。ああ、すみません…」

 

「残心に雑念が浮いていました。昼食まではあと少し。あと5本射ったらお昼にしましょうね」

 

「うう…わかっちゃいましたか…」

 

祥鳳のアホ毛までしょぼんとするくらい落ち込んでいた。お腹が空いていたのだろうと思っていたら当たった。こういう所を見透かす翔鶴は、「空の女王」赤城の鍛錬の賜物であろうか。そういうところまでしっかり見、学んでいた。

 

「蒼龍さんは…ひとまず弓の感触に慣れていきましょうね」

 

「はい。わかりました」

 

ふむぅ…と蒼龍を観察する瑞鶴。よその蒼龍は明るく、前向きな性格をしているが…玲司が着任したころの雪風とかぶるものがある。ボーっとしていてどこか危なげ。何か誤れば一発で全てが瓦解してしまいそうな危うさ。瑞鶴は気になった。

 

「翔鶴さん、お昼をお持ちしたのです~」

 

「あら電さん。ありがとうございます。ちょうどよいですね。休憩しましょう…あら?」

 

おにぎりをいっぱいお皿に乗せた電がこちらへ近づくたび、眼が…?

 

「電さん?どうなされたのですか?」

 

「ええ!?電ちゃん…その眼はどうしたんですか!?」

 

「なのです?」

 

わけがわからない電に持っていた巾着袋から手鏡で電を映す。その眼は…蒼く輝いていた。

 

「これ、瑞鶴がなった…」

 

「はにゃあ!?ま、またなのです!?な、なんでなのですか!?」

 

「え?」

 

「電、何を大声を…って、またかい?今さっきまでは普通だったのに」

 

遅れてお茶の入ったやかんを持ってきた響がそういった。また?

 

「ひ、響ちゃん!また眼が蒼くなったのです!」

 

「食堂にいる間は普通だったじゃないか。どうしてまた?」

 

「わからないのですぅ!」

 

「え、ええと。翔鶴姉、瑞鶴の眼は?」

 

「何も…ないわね」

 

「提督さんに何かあったのかと思ったけど違うみたいね」

 

「あ、あのぉ…その眼は…何なんでしょう…」

 

事情を知らない祥鳳はただ電の不思議な蒼い惹き込まれそうな眼にくぎ付けだった。

 

「ああ、これはね…」

 

おにぎりを食べながら事情を説明する瑞鶴。自分もなるんだけど、と足した。今はならないが…感情が昂る…そして、切羽詰まった事態になったりすると自分もなる。だが確実になるとは限らないその蒼い眼。瑞鶴の場合は恐ろしい程の集中力。そして艦載機を操る能力を得ると言う。

 

「電の場合はこの響を深海棲艦から救ってくれたね。それ以降は司令官が病気になったときしか見ていない。しかしなぜ?何かきっかけはないのかい?」

 

「わからないのです…」

 

何でこうなるのか。それは明石も玲司もわからない。そうなれば誰がわかるのか?誰もわからないのである。そもそもこのような蒼い眼はよその鎮守府などでも10数年艦娘として存在している龍驤や明石でさえ初めてだと言う。

 

「1つ言えるのは…提督さんの艦娘…ショートランドの青葉さんだっけ?が初で…って明石さんから聞いたけど。提督さんの艦娘にしか見たことがないってことだけよね」

 

「玲司さんは自分が人ではないから…と言っているし…何が起きてもわからない、と言っていたわね」

 

「提督だけ…ですか」

 

「みーんな謎なんだよね。どうやったら蒼くなるのか。時雨ちゃんなんかも蒼くなったけど…何なんだろうね?あ、でも時雨ちゃんは提督さんの血が入ってるから?」

 

「うーん…」

 

それは誰にもわからない。お昼を一緒に食べている間、ずっと電の眼は蒼かった。その間、ずっと胸がザワザワする1人の艦娘。蒼龍。あの眼を見ていると胸の中で何かが激しく暴れまわっているような感覚がした。

 

「ヤメロ。見ルナ。ソノ眼ヲ見ルナ」

 

そう頭の中で声が聞こえるような気がした。気持ち悪い、何か金属をこすり合わせるかのような汚い声で。しかし、蒼龍はそれを見ていると不思議と落ち着く。自分が「蒼龍」なんだ、と思う。だがこの胸のザワザワは何だ。何が暴れている?

 

「ごちそうさまなのですぅ。電たちはお昼から鹿島さんのご指導があるのでこれで行くのです」

 

「ハラショー。結局ずっと蒼いままだね」

 

「うーん…わっかんないなぁ」

 

「ええ…」

 

「ですが…すごく何と言うか…落ち着く眼ですね。心が洗われると言いますか」

 

「そうだね。電ちゃんの蒼い眼は癒しのチカラでもあるのかな?なーんてね」

 

「ダー。その眼は私を癒してくれた眼だ。確かに落ち着くね」

 

「司令官さんに報告してみるのです」

 

「そのほうがいいね。あ、おにぎりありがとうね!間宮さんにもありがとうって言っておいて」

 

「なのです!!」

 

「ハラショー」

 

「ご、ごめんなさい…私、ちょっと気分が優れないので午後からはお休みを頂いていいですか?」

 

蒼龍の顔が青い。確かに体調が悪そうだ。

 

「だ、大丈夫ですか?わかりました。ゆっくり休んでくださいね」

 

「すみません…」

 

(電、眼が戻っているよ)

 

(はにゃあ、よくわからないのです…)

 

外からは電たちの声が聞こえた。そして眼が戻っていることを伝えた。翔鶴は何かひらめいたかのようにハッとなった。

 

(もしかして…)

 

「翔鶴姉、どうしたの?まさか翔鶴姉まで体調悪いとか?」

 

「え?あ、いえ、何でもないわ。さ、もう少し休憩して練習を再開しましょう」

 

「ちぇー、練習中止かと思ったのに」

 

「瑞鶴はこのあと100本射ちね?」

 

「げぇっ!?ちょ、ちょっと待ってよ翔鶴姉!!!」

 

藪を突いて鬼を出す。瑞鶴はいつもこうして翔鶴にしごかれるのである。

 

………

 

「はあ…」

 

中庭のベンチに腰掛け、大きなため息を吐く蒼龍。部屋にいては息が詰まる、と外で大きく息を吸っては吐いてを繰り返し、すこし気分がマシになった。胸のざわつきも消えた。何だろうか。黒い何かがやめろやめろ。見るのをやめろとあの蒼い眼を見るのを拒んでいたような。しかし、蒼龍自身はその眼をずっと見ていたいと思った。祥鳳も惹きこまれるほど美しいと言っていたあの眼。何なのだろうか、あの眼は…。

 

考えていてもわからない。ただ、思い出せば思い出すほど癒されると言う感情と同時に、やめろと言う相反する声。どうすればいいのかわからない。考えれば考えるほど、何も思い浮かばない。もっと…見たい。魅せられていたい。

 

「やあやあ蒼龍さんじゃーん。こんなところで練習はお休みかな?」

 

「こんにちは、蒼龍さん!」

 

声をかけられた。確か北上と雪風だ。彼女たちには初対面のはずなのになぜか懐かしささえ覚えたものだ。なぜかはわからない。

 

「どったの?気分悪そうだけど」

 

「いえ…ちょっと…」

 

「明石さんのところへ行きましょう!」

 

「ううん、平気、ここできれいな空気を吸っていれば、落ち着くから」

 

「あらま、結構重症だねぇ。で、何かあったん?思いつめた顔してるけど」

 

「うーん…よくわからないんですけど…」

 

蒼龍は全てを話した。ここに来てから見る夢の事。胸がザワザワとすること。先ほど電の蒼い眼の話。最初はヘラヘラとしていた北上の顔が真剣になっていった。

 

「蒼龍さん…まさか…昔の記憶がまだ残ってる?」

 

「昔?深海棲艦だった時の事?ううん、何も覚えてない。すごい怖い感情で動いていたなって言うのは覚えてるけど…」

 

「違うよ」

 

―昔ここにいたって言う記憶。

 

「え?」

 

ザァァ…と秋も深まって落ちた枯れ葉が風に舞う音がいやに耳に響く。私が…ここに…。

 

「うっ…!」

 

ズキン!と頭を抱えた。その際に流れ込んでくる幾重もの津波に似た一気に押し寄せてくる記憶。途切れ途切れであるが少しずつ見えてくる何か。それは怒り、憎しみ、狂気。吐き気が一気に込み上げてくる。グッとそれを飲みこみ、耐える。その時電の蒼い眼が脳裏に浮かび、それは消えた。

 

「はあ……はあ……き、北上…さん」

 

「…蒼龍さん」

 

雪風が沈痛な面持ちで蒼龍を見ていた。

 

「思い出した?いろいろ」

 

「何か…すごい…怒りや…憎しみが…湧いて…きて…」

 

「ああ、やっぱり」

 

「け、けど…さっき見た…電さんの眼を思い出したら…」

 

「ああ、あの蒼い眼?そっかぁ、やっぱりあの蒼い眼は蒼龍さんに反応してたんだ」

 

「北上さん、わかったんですか?」

 

「んー、何となくね。勘だけど、電の眼は蒼龍さんの体の中で残ってくっついてきた深海棲艦の因子に反応してんじゃない?」

 

「え、ええ!?そ、それって!」

 

「そう、あの時の雪風みたいなことになるかもしんないってこと。玲司や明石さんは薄々勘づいていると思うよ。そのために何かいろいろと調べているからね」

 

「き、北上さんはすごいです!さすがしれえをよく見ていますね!」

 

「ちょ、ちょっと雪風、その言い方はさすがに…」

 

「雪風もしれえを見ています!あと電ちゃんの蒼い眼はきれいです!」

 

「あ、うん、そうだね」

 

雪風はよく見てるねー、と褒めているかよくわからないが雪風の頭を撫でた。えへへー♪と雪風は嬉しそうにしていた。

 

「喉のとこまで来てるけど出てこない。そんな顔してるね。時間ある?これを聞いて…あたしも蒼龍さんがどうなるかわかんない。けど、聞いといたほうが楽になるんじゃない?もやもやしたその黒い何かが何なのか。あたしはここで蒼龍さんの最期を見た者として、語っておきたいかな」

 

「私の…最期?」

 

「狂った二航戦の片割れの最期。怒りと憎しみ。蒼龍さんの言う通り、それを紛れもなく持って…死んだからね。あー、ちょっと待っててね」

 

そういうと雪風と蒼龍を残して走って寮へ向かって行った。待つこと数分して戻ってきた北上の手には、白いひらひらとした布切れが1枚握られていた。少し煤けていたリ、焼けたのか一部欠けている。

 

「これ…は…」

 

「蒼龍さんが最期につけていたはちまきだよ。遺品として…あたしが保管してた。埋めようかとも思ったけど、布だからね。土や水が入るとボロボロになりそうだったからあたしが取っておいたんだ」

 

カタカタと震える手でそのはちまきに手をのばす。知っている。私は…このはちまきを…知っている。

 

「雪風も知っているよね、このはちまき。そうだね…あのクソ野郎の初めての大きな大失態の犠牲者…とでも言おうかな」

 

「……はい」

 

胸の中の何かが暴れまわる。コワセ、コロセ。オ前ハソレヲ願ッタハズダ。と

 

「今から喋ることは事実だよ。けど、その正体を知り、向き合えれば、あるいはその胸の黒い何かと対決できるかもしれない。ごめん、このことはすぐに玲司に知らせる。きっと玲司なら助けてくれると思うから。玲司だけじゃない。あたしだって協力する」

 

「雪風もです!!!」

 

「あ、う…」

 

「さ、どうする?聞く?それともやめとこうか?」

 

北上の質問は残酷だ。ここまでしておいて「やめておく」とは言えない。北上はこういった時外堀を埋めるのがうまい。誘導する。危険な賭けであったがそれでも。北上は家族になりえる仲間を放ってはおけない。昔からそうだ。必ず、助けたい。その思いを胸に仲間を守ってきたのだから。それが艦娘本人を直接ではなく、心を守る。それに変わっただけだ。

 

「……聞かせて…ほしい。以前の私が…どうなったのか。どうしていたのか」

 

ふふ…と笑って北上は語りだした。その話は…本当に狂気に満ち溢れた蒼龍の話。とつとつと語りだす。今でもはっきり思い出せるから。




違和感を覚える蒼龍。北上が語る蒼龍の壮絶な最期のお話は次回に。
怒り、憎しみの果てに狂ってしまったと言う蒼龍。語られる北上からの過去は壮絶なもの。

またしても大嫌いな安久野が次回は出てきます。横須賀にいる以上避けられない安久野との過去。その過去を聞き、蒼龍はどうなってしまうのでしょうか。そして、電の眼の秘密は明かされるのか?

次回をお待ちいただけますと嬉しいです。

それでは、また。
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