提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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宿毛湾から今度は岩川基地の七原提督へと話が飛びます。ちょっと暗いお話になるかもしれません。


第百九十七話

岩川基地。そこは横須賀鎮守府と同じく体や心の傷ついた艦娘を引き取り、体は不可能であるが心の傷を癒すことはできる場所。大本営の老人たちは「第二の艦娘最終処分場」などと笑っている。

 

しかし、だからと言って何もしていないわけではなく、刈谷提督がしっかりとパニックになりやすい、心優しい七原すみれ提督を時にいじりつつ、厳しく面倒を見ている。刈谷提督がバックにいると知っているため、余計なちゃちゃを大本営のお偉いさんは入れられないのだ。入れた矢先に恐ろしいことを刈谷提督にされることをよくわかっているから。

 

それでもちゃちゃを入れることをやめない者たちがいて、セクハラがひどかった老人はどこで知り合ったのか知らないがガチガチのそっち系のマッスルなイケメンにアヘ顔になるまで掘られ、そっち方面にしか興味がいかなくなってしまった者がいたり、馬鹿にして笑った者がいると耳に入った時は、その男が提督だった時の黒歴史をでかでかと大本営の掲示板に張り出され、大恥をかかされたりと枚挙に暇がない。

 

そもそも…大本営の連中は妖精さんが見えない元自衛官などで構成されており、そこでしょうもない雑用をこなすしかできない。いや、それすらできていない。さっさとクビにしろと司令長官に言っていたりするのだが…なぜかやめさせられないのだ。腹が立つとは刈谷提督のセリフ。

 

さて、そんな怖い提督に怯えながらもしっかりと毎日仕事をこなす七原提督。述べた通り、体と心に深い傷を持つ艦娘を優しく迎え入れるのが彼女の与えられた仕事であり、それでいてなお出撃に遠征…そういったこともしなければならない。彼女自身の負担も大きいといえば大きい。

 

「んああああ!!!疲れたー!」

 

「ヘーイテイトクー!戦果リザルトが上がったヨー!!って、お疲れデスネー」

 

「はふう、金剛ちゃん書類ありがと…刈谷提督がね…新しい艦娘をよこすっていうからその申請を諸々と…」

 

「オオウ、New艦娘デスカ?それは楽しみネー!でも、ワタシや山風みたいな子デスカ?」

 

「ううん、今回は行くあてのない艦娘なんだって。弱すぎて放り出されたって。ひどい話だよね。神風ちゃんと春風ちゃんって言う神風型の子なんだけど。旗風ちゃんがいるからちょうどいいね」

 

「神風に春風!オオウ、新しい仲間が増えることはいいことですネー」

 

「うん、でも…ちょっと…」

 

「………やっぱり…そういう子デスカ」

 

「そう、なんだ。神風ちゃんがね、劣等艦娘…いわゆる…ジャンクって…呼ばれてる子。刈谷提督から面倒を見てやれって」

 

「刈谷提督は優しいのカ厳しいのカわからないデスネー」

 

劣等艦娘。ジャンク。艦娘の建造、ドロップでも様々な個体がある。その中でジャンクと人間たちが決めつける艦娘は非常に艦娘としてやっていくには難しいほど、能力の低い艦娘が生まれることもある。

鹿屋基地の長月や菊月などもそうである。

 

彼女たちは筋力が異様になかったり、呼吸器や心臓…いわゆる機関部分に致命的な欠陥があると言われた艦娘たち。刈谷提督の長月や菊月がそれである。そのジャンク呼ばわりされた彼女たちはそれでも戦いたいと言う理由から刈谷提督が引き取り、球磨や多摩が最後まで投げ出さずに鍛錬を続けた結果、前線で戦えるほどの艦娘となった。

 

「それで、その神風はどんな感じなのデスカ?」

 

「足の筋力がほぼないに等しい…車いす生活だって」

 

「Oh…」

 

「けど、リハビリや何やらを頑張れば、もしかしたら…刈谷提督の所の長月ちゃんや菊月ちゃんのように戦えるんじゃないかって」

 

「神風がそれをあきらめていなければ、デスけどネ」

 

「明日着任だから聞いてみる。戦うことを諦めていても、ここに在籍させることには変わりないよ」

 

「またピザでファットなバッドスメルのおっさんたちがうるさいデース。シット!」

 

「金剛ちゃん、お口が悪いよ。山風ちゃんに移ったらどうするの?」

 

「オウ、ソーリー。つい本音が出ちゃっただけデース」

 

片目を前髪で隠してカラカラと笑う金剛。彼女の片目はブイン泊地にいた際に大きな作戦で目を負傷。しかし、あまりの損傷艦の多さに金剛を優先して治そうと提督は動いたが、金剛はそれよりももっと他に治すべき艦娘がいる、と他の重傷艦を優先した結果、大幅に治療が遅れ、応急的な処置だけしか施さなかったので片目の視力がほぼ戻らなかった。彼女の片目は白く濁り、横須賀の村雨のように大きな傷痕が残っている。

 

金剛はまだ戦えると言ったが片目だけでは当然戦力が落ちる。戦果主義だったブインの提督は戦力が落ちた金剛を解体すると決め、新たに金剛型を建造し、そちらを艦隊に組み込んだ。除隊をし、人間となっても視力が原因で生活が困るだろうし、何より金剛はまだ戦いたかった。だがブインの提督はならばと彼女を追放した。

 

そんな話を聞いた七原提督が「うちは弱いけど…それでもいいなら」と手を差し伸べた。藁にも縋る思いで金剛は彼女の手を取った。彼女の見えない片目を補うよう、必ず駆逐艦を横に配置し、金剛の死角を補った。最近では勘をつかんだのか、見えない側に敵がいたとして、気配でそれを探れるくらいにはなった。それでも「誰かがいてくれたほうが安心するネー!サンクス!」と駆逐艦を絶対置き、事あるごとに頭をわしゃわしゃしてくれる金剛は慕われている。

 

「提督、お茶が入りましたよ。金剛さんもいかがですか。今日はディンブラにしてみましたよ」

 

「ワーオ!瑞穂のティーネ!!悔しいけど瑞穂のティーには勝てないネー!」

 

「金剛さんのスコーンやマカロンと相性は抜群ですね」

 

「ふふふ、2人のいるティータイムは本当に優雅になるね」

 

水上機母艦「瑞穂」…彼女も七原提督に拾われた艦娘である。戦闘はできない。なぜなら着物で隠れているが、彼女の右足は義足であり、艤装や水上ブーツが使用できない。彼女はこの基地の食事や提督のお茶くみ係である。戦闘に出ることは諦めており、足を失ったことを受け入れてもいる。彼女も金剛と同じだ。治療が遅れた結果、足が壊死してしまった。結果、元居た泊地で足を切断。その泊地の明石が何とか義足を作ったものの、艦娘の足ではないため、水上ブーツが使えなくなってしまった。

 

「解体しろ!」と提督に言われたのだが明石が猛反対。ならばと大本営に行かせた。老人たちはこぞってさっさと解体するか除隊して消え失せろと強く迫った。あるいはここで我々の慰み者にでもなれと言ったのがまずかった。とある提督の耳に入り、逆鱗に触れ「テメエのそのクソ粗末なイチモツに脳がついてんのか」とそれぞれ大切なものを1個ずつ蹴りつぶされ、死の淵を彷徨った者もいるらしい。

 

結局瑞穂は「テメエのことを大切にするクソ真面目な奴が迎え入れたいだってよ。茶くみか飯係にしかならねえだろうが、それでもいいなら行け」と言われて岩川へやってきた。

 

岩川基地。ここはそんな身体的な問題。そして心を人間によって大きく傷つけられた涼風や山風のような艦娘が集まる場所として存在している。横須賀鎮守府と同じく「いらない艦娘の処分場」…そう呼ばれている。七原提督もそう言われていることは知っている。尤も、そう言った輩は刈谷提督にとんでもない目にあわされているが。

 

「あら?新しい艦娘…と言うことは…」

 

「うん。足の筋肉が未発達なんだって。車いすでの生活になるけど…運動をさせろ。そしたら少しずつ改善するだろうって刈谷提督が…」

 

「本当に大丈夫なんデスカー?」

 

「でも、刈谷提督の所の長月ちゃんや菊月ちゃんも生まれつき海を走るのは無理だと言われていた子達だから…希望はあるよ」

 

「Hmm、ナルホドー」

 

「歓迎してあげましょう。山風ちゃん、おやつですよ。今日は瑞穂特製のスイートポテトですよ」

 

「……食べる」

 

「山風ちゃーん。こっちにいらっしゃーい」

 

「ん…」

 

山風。戦いには提督のために出るが最初は怯えて怯えてどうしようもなかった艦娘。どこへ行ってもその人に懐かない性格、それに激怒した提督の罵声や怒号により人間恐怖症になり、夜尿や突然癇癪を起して泣き出す。パニック症状に陥るなどそれはひどい精神的な傷を負った子であった。

 

七原提督の腕には、彼女が怯えて思いきり噛みついた歯形がいくつも傷痕として残っている。時に肉を食いちぎられた痕まであるが、ひたむきな彼女の優しさにようやく懐いた。抱っこされ、一緒にお風呂に入ったり寝たり…献身的な七原提督のおかげで艦娘にもやや無愛想だがそれなりに会話もするようになった。戦闘に出ると言った時は七原提督が必死に止めるくらい過保護になったものだ。

 

「提督ぅ!かわいい子には旅をさせよって言葉があんだろ?山風の姉貴だって提督のために戦うって言ってんだ!勇気を出してそう言ったのをダメって言うのは違うんじゃねえのかい!?」

 

涼風にそう言われてハッとなって許可したものだ。彼女は対潜の能力値が非常に高く、潜水艦対策の際には旗艦として第一線で戦う。帰って来ていっぱい抱きしめて褒めてもらえるように。

 

「はぐはぐ…」

 

「ふふふ、山風ちゃん。そんな慌てなくてもいっぱいあるからゆっくり食べようね~」

 

「山風は瑞穂のおかしにクビッタケネー」

 

傷ついた艦娘同士が傷をなめ合うだけの場所だと思うだろうか?そういうわけでもない。大本営の現場を知らない連中には思いもよらない爆発力があるのがこの岩川基地であり、専守防衛戦に関しては凄まじい戦果をもたらす。とはいえ、七原提督自身がまだまだ着任して1年ほどであるため、熟練の艦娘のチカラが大きいが、それでも「ここを守ればいい気がする!」と言う女の勘は凄まじく、よく当たる。

 

今は山風を抱き、ポロポロこぼれたスイートポテトを受け止めながらおいしそうに食べる山風を見ていた。何だかソワソワしている。金剛はいつものことでまた始まるネ…と思っているし、瑞穂はそれを見るのが楽しみでいつもおやつを持ってきているわけで。

 

「あーっ!もう山風ちゃんはかあいいなぁ!!!!」

 

ギューッとスイートポテトを食べ終えた山風を痛くない程度に抱きしめた。山風はそんな提督の腕をそっと握り、ちょっと頬を赤らめてされるがまま、頬ずりされている。

 

………

 

「声が小さい!はっきり物を言えよ!!!おどおどと!!!」

 

「全然懐きもしないし協調性もない!何なんだお前は!!!」

 

「コソコソコソコソと!!そんなに俺が嫌いか!!ならとっととどっかへ行け!」

 

「ぼそぼそしゃべるな!鬱陶しい!来い!気に入らんから営倉に入れてやるわ!!!!」

 

「泣くな!!!!やかましい!!!!!」

 

「あー!もう邪魔だ!!!!消えろ!俺の前から!!!!」

 

………

 

「君さあ、構わないでって言うけどさ。戦闘に出てもすぐ大破するし、鬱陶しいんだけど?」

 

「また山風か…反抗的な目が気に入らないんだよ!!!!」

 

「ごめんなさいじゃないだろう!!!!」

 

………

 

「こんにちは、山風ちゃん、だっけ?今日からわたしがあなたの提督だよ。新人だけどよろしくね?」

 

……

 

「あー。うーんと…山風ちゃんのために瑞穂ちゃんが作ってくれたアップルパイなんだけど…食べてくれないとなぁ…わたしもお腹一杯だし…えっと、ダメ?しょうがないなぁ…瑞穂ちゃん…これは捨てちゃおう…」

 

「はい提督…」

 

「た。食べる…!ごめんなさい…食べる!」

 

「ごめんね、こんなことしちゃって…でも、食べたら元気も少しは出るだろうから…」

 

………

 

「ああああああ!!!!!ああああああああああああ!!!!」

 

「山風ちゃんどうしたの!?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」

 

「あ、お、おもらししちゃったんだ。怖い夢を見たんだね。じゃあ、お着替え持ってくるからいい子にして待っててくれるかな?」

 

………

 

「がううううううう!!!!!」

 

「テートク!!」

 

「金剛ちゃん…待って…!!!怯えてるんだよね…怖かったね…また悪い夢を見たんだね…大丈夫…お姉ちゃんがいるからね…」

 

………

 

「て、てい…」

 

「ん?なぁに?山風ちゃん」

 

「ていとく…お、おねえ…ちゃん」

 

「………」

 

「あ、あう…ご、ごめんなさい…」

 

「も、もう一回言ってみて?」

 

「あう、え、ええと…お、お…」

 

「お?」

 

「おねえ…お姉ちゃん!」

 

「はああああうううううう!!!山風ちゃんかあいいよおおおおお!!!きょ、今日は1日抱っこしていいかな!かな!!!!はううう!!!!!お姉ちゃんだって!涼風ちゃん聞いた!?お姉ちゃんだって!!!!!今日は瑞穂ちゃんにお赤飯ば炊いてもらうど!!!!!!」

 

「提督!言葉言葉!!!」

 

………

 

「お姉ちゃん…あ、あーん…」

 

「ん?あーん…ふふ、おいしいね」

 

「うん…金剛さんも…あーん」

 

「ワーオ、ワタシにもくれるデスカー?うーん!!山風に食べさせてもらうとよりおいしいネー!!」

 

「瑞穂さんも…」

 

「あら、私にもですか?うふふ、光栄ですね♪あーん…おいしいです♪」

 

「瑞穂さんが作った…お菓子…おいしい…嫌いじゃ…ない」

 

「はうううう!!!!」

 

「瑞穂がテートクみたいになっちゃったデース!あはははは!!」

 

長い前髪を揺らして笑う金剛。いろいろな艦娘がいるが、ここでの生活は金剛にとって幸せだった。右も左もわからない着任したての彼女に対し、彼女はどうせこんなワタシや瑞穂を見限るだろうと思った。だが違った。穴を埋める術を刈谷提督に怒られたりしながらも考えてくれた。瑞穂は居場所をくれた。

 

山風は癒しの場所を手に入れた。涼風も同じだ。

 

「あーーー!!いいにおいがすると思ったらあたいほっぽらかして何食ってやがんでぃ!!!あたいの分はあるんだろうな!?」

 

「涼風…うるさい」

 

「山風の姉貴ぃ…おおっあるじゃん!!」

 

「涼風ちゃんの分もありますよ。お茶もいれましょうね」

 

「サンキュー!あたい腹減って仕方なかったんだ!ッカァー!生き返らぁ!!!!」

 

涼風のやかましさもこの基地の特徴だ。一番うるさいが一番しっかり者。弱い、いらない。そうやって取り残された彼女の手を取った提督に恩を感じ、時には尻を蹴っ飛ばす勢いでぐいぐい引っ張ってくれる涼風。彼女もここは癒しの場なのだ。

 

「おう、提督!神風の話は聞いたか?世話役に春風も来るって話だぜ!」

 

「うん、聞いてるよ。お部屋は2人部屋のほうがよさそうだね。駆逐艦寮の1階が空いていたよね。そこを使ってもらおうか。あれ?旗風ちゃんもいるし…大き目なお部屋がいい?」

 

「だいじょうぶだ、もんだいない。あしがふじゆうなひとがこられるときいてばりありーふたいさくもばんぜんにしました」

 

「それを言うならバリアフリーじゃない…?」

 

「それです。だんさはきょくりょくはいじょしました。りょうもくるまいすをおせるようにさかみちをつくったりしております」

 

「執務室を1階にしておいてよかったね。無理言って妖精さんに改造してもらってよかったよ」

 

「ていとくさんのこうしょきょうふしょうは2かいでもだめですか」

 

「むりむりむりむり」

 

「テートクの怖がりも山風と似たようなものデースネー」

 

「あたし…そこまで怖がりじゃ…ないもん」

 

「オバケーデスヨー」

 

「ぴぃっ!」

 

「金剛ちゃーん?ちっくとお話ばすんね」

 

「オ、オーウ…アメリカンジョークネー」

 

「金剛ちゃんはイギリス生まれだよね?ふふ…ふふふふ…ちょっとお仕置きが必要かな、かな?痛いのがいいかな?ねえ、痛いのがいいかな!?あははははははははは!!!!」

 

「ギャー!!!!!!ビ、ビス子ーー!!!ヘルプミー!!!!」

 

「ふふっ、ふふふふ!」

 

山風はこういう日常が好きだ。騒がしいけど…楽しい。だからやっと笑えるようになったのだ。あのもう何もかもがどうでもいい毎日とは違う…。

 

………

 

「神風型…一番艦…神風…です」

 

「神風型三番艦、春風と申します。司令官様、どうぞお見知りくださいませ。そして、姉の神風共々…どうぞよろしくお願い申し上げます」

 

「いらっしゃい、神風ちゃん、春風ちゃん。寮は案内してもらったかな?荷物はもうまとめてあるかな?あとで涼風ちゃん…はお片付けが苦手だから…長波ちゃんに手伝ってもらうね」

 

「わたくし達をお招きいただいたこと、そしてご丁寧なご対応、誠に感謝申し上げます」

 

「……」

 

春風は平静を装っているが神風の顔は暗い。車いす。足には毛布が掛けられている。

 

「司令官様、神風姉さんの足のことは…」

 

「うん。知っているよ。えっと…歩けはしないのかな」

 

「ぐっ…ぐぐぐ…た、立てる…わ」

 

車いすの横に刺していた杖を使い、腕に渾身のチカラを込めて立ち上がるが、立ち上がるだけでもかなりの体力を要している。

 

「……はぁっはぁっ…」

 

「ありがとう。もう座って大丈夫だよ。かなり…足の筋力がないんだね」

 

「……そう…ね。大本営の夕張さん曰く、リハビリを続ければ歩けて…いずれは戦闘に出れるかもしれないと言われたわ。気休めは…やめてほしいわね」

 

「気休めではないと思うよ」

 

「えっ…」

 

「別の基地にも、神風ちゃんと同じように…車いすなしでは歩けなかった艦娘がいたの。けど、その子は今、大海原を走り回り、駆逐艦の中でも要のような存在になっている子がいるの。神風ちゃん。神風ちゃんに聞くよ。神風ちゃんは海を走ることを諦めている?それとも、海を走りたい?」

 

「………」

 

「司令官様、その…そのお話は真なのですか?建造を行われた司令官様は絶対に歩けるわけがないと。夕張さんも…確率は低いと」

 

「低い、だよね?わたしは神風ちゃんが例え万に一つの確率でも。歩ける見込みが合って、神風ちゃんがそれを諦めないって言うなら…別の提督さんの手を借りてでも歩けるようにしたい。でも…歩くのを諦めているのなら…それもまたよしだよ。その時は書類のお手伝いをしてもらうだけ。ああ、春風ちゃんは出撃に加わってもらうよ」

 

「指導はこの金剛がやるデース。水雷戦隊の育成は名取や那珂がやると思いマスけどネ」

 

春風は提督の目を見る。その目は気休めでも嘘でもない目をしていた。

 

『ねえ春風。私も海を駆けまわって…春風と一緒に戦いたいな。あはは…叶わない願いだね…』

 

全てにおいてネガティブになっている神風。その目は全てを諦めている。心は折れている。

 

「……走り…たい…走りたい…海を…走りたい…私は…艦娘…だから…だから…海を…走りたい。走りたい!!!」

 

ニッと金剛は笑った。山風は神風たちに見られないよう後ろを向いてフッと微笑んだ。1年近くしかいない提督だが、その言葉は心を動かすチカラがある。優しさがある。今のように時に自分達に選択を迫る厳しさもある。金剛も…山風も、涼風達。見捨てられた艦娘達は彼女と共にある。

 

「わかった。じゃあ、しばらくは歩く訓練だね。この件については、ちゃんと詳しい人に聞いてから実践するね。春風ちゃんはしばらく神風ちゃんの側にいてあげて。そのほうが安心するだろうから」

 

「司令官…私は…私…は…」

 

「一緒に頑張ろうね。大丈夫、きっと歩けるようになるから」

 

「う…うぐっ…ううううう!!!!」

 

「司令官様…神風姉さんと春風を…どうぞよろしくお願いいたします…」

 

泣きながらの神風。そして目に涙を浮かべながら深々と頭を下げる春風。彼女たちをこの場所で幸せにして見せる。それが私が生き残って、こうして艦娘と共に生きる理由だから。

 

「旗風ちゃん、いる?」

 

内線で聞き覚えのある名を呼ぶ。それは神風と春風の妹。まさか、いるとは。

 

「司令、お呼びでしょうか…神姉さんに…春姉さん?えっと…」

 

「理由は深く聞かないであげて。神風ちゃんからお話してくれるなら別だけど。旗風ちゃんも神風ちゃんと春風ちゃんの面倒を見てあげてくれるかな?」

 

「承知いたしました。さあ、お2人ともこちらへ」

 

「あ、今日のご飯は栗ご飯だよ~」

 

「ふふ、楽しみにしております」

 

旗風に連れられ、神風たちは退室した。旗風も旧式のポンコツなどいらんが、体は良いなと言われた艦娘の一人で男性不信である。尤も、これまた刈谷提督に病院送りにされている。

 

「はあ…」

 

「刈谷提督に電話かい?あーあーあー、またとっちらかるんじゃねえぞ?」

 

「涼風ちゃん…わたしに勇気をちょうだい!」

 

「しょうがねえなぁ。ほい、むぎゅー」

 

「むぎゅー…んー…あったかくてお日様のいい匂い…よし!!」

 

気合いを一つ入れて受話器を取る七原提督。かける相手はもちろん…恐怖の悪魔…いやいや刈谷提督である。

 

『はい、鹿屋基地』

 

最悪だ。龍田さんが出てくれれば一拍おけたのに…直々に刈谷提督であった。

 

『あ?イタズラ電話か?なめた真似してると沖ノ鳥島に捨てるぞ、七原』

 

「ぴぃ!!!ちちちちち、違います!違います!いたずらじゃないんです!!!!」

 

『だったら何だ。足の弱え神風の話か?』

 

この人は本当にどこかに盗聴器でもつけているのではないかと言うくらい勘が鋭い。どうして単刀直入にいつも切り込んでくるのか。

 

『あ?マジでイタズラかテメエ?ショートランド泊地再建でもしてそっちで過ごすか?』

 

「ああああああ!!!違います!本当に!!あ、いや、違くなくて!そ、そです、神風さんのことです!!!」

 

『だったら早く言え。どんなに辛いつっても歩かせろ。杖使わせてでも。足を使わねえなら一生歩けねえままだ。長月はそうだった。まあ、アイツは死んでもつらいとももうやめたいとも言わなかった。すぐに投げ出すようなら放っておけ。それがそいつの意思だ。一生車いすで生活させてろ。テメエ、神風が辛いともやめたいとも言わねえうちから甘やかすなよ』

 

「はいい…」

 

『春風と神風は歩行訓練の際は離せ。姉妹だからと甘やかす。春風には通常の鍛錬をさせろ。付き人は金剛なり誰かいんだろ。テメエんとこの金剛は鬼の金剛だ。ぜってえ甘やかさねえ。金剛に訓練をつけさせろ。ああ、だからと言って砲撃訓練とかサボらせるんじゃねえぞ』

 

「わ、わかりました」

 

『電話してくんのが遅えんだよ。着任前に電話してきやがれ。その方が方針固めて動かしやすいだろうが。旗風んときみてえにチンタラしやがって。あー…まあテメエの重責もわかるんだけどよ…お前にそういう艦娘を振るのは悪いと思ってる』

 

「明日は嵐でしょうか…」

 

『ほー。言うじゃねえか』

 

「ぴいいいい!!!!すみません!すみません!!!!」

 

『まあそいつはどうでもいい。神風の件はもうちょい基地になれてからでいい。それよりも、テメエんとこの艦載機の搭載数を落とした蒼龍、まだやる気はあるか』

 

「は、はい…毎日訓練に戦闘に頑張っていますけど…」

 

『お前、すぐ蒼龍連れて横須賀へ行け。あそこの明石なら何か策を講じてくれるかもしれねえ。三条に話はしてやった。そしたら明石がすぐ連れてこいだとよ。金剛の目のことは聞いてみたが無理って言われた。が、蒼龍の件は艤装さえ何とかすれば何とかなるかもよ、だとよ』

 

「ほ、ほんとにですか?蒼龍ちゃんの艤装ば治るがか!?」

 

『かもしれねえ。とにかく連れていけ。三条はぜひともっつってた。そのうち電話来るんじゃねえか?』

 

「わ、わかりました!!刈谷提督、ありがとうございます!!」

 

『口添えしてやっただけだ。俺じゃなくて直ったら三条と明石に礼を言え。じゃあな』

 

ブツンと電話が切れた。一方的にしゃべって一方的に切る。刈谷提督のいつものことだ。切れたと同時に電話が鳴った。

 

「は、はい、鹿屋基地でしゅ!」

 

『で、でしゅ?横須賀鎮守府の三条ですが…』

 

「さ、三条提督!あ、えっと」

 

『刈谷提督から話は行きましたか?艤装が大きく損傷して艦載機の搭載数が減った蒼龍を何とかしろって言われて…明石に聞いてみたらとにかく見せてほしいって言うもんだから…』

 

「は、はい!聞きました!そ、なるべく早くそちらへお伺いできるようにします!」

 

『こちらはすぐにでも構わないですよ』

 

「いえ、その、新しい子が着任しまして…ちょっと…そのぉ…いろいろとわけありでして…」

 

『そうですか…いえ、七原提督の基地のことは刈谷提督から聞いております。こちらはすぐにでも準備ができておりますから、ゆっくり…心を癒してあげてください」

 

「はい!ど、どうかよろしくお願いします!」

 

電話を切った後いろいろと考えが逡巡した。まずは三条提督がすぐに事情をくみ取って優しく言ってくれたことがうれしかった。この人は艦娘のことを本当によく考えている提督の1人。早とちりですごい迷惑をかけてしまったけども。

 

そして蒼龍。提督の役に立てないと結構ネガティブになることも多い。金剛と同じく最初は解体してくれだのとマイナスな発言が多かったが、やれることをやろうよ、と言うと何とか戦闘に出たり鍛錬に励むようになった。艤装の損傷が激しく、軽空母よりも少ない搭載数で頑張っている。

 

どうやっても直らない艤装。それならそれで…と無理な笑顔で頑張っていた蒼龍。それが直るのなら…飛びつくしかあるまい。神風に言ったことと同じだ。万に一つの可能性でもあるのならそれに賭ける。艦娘のために。

 

「いつ行くかはわかりませんけどワタシも行くネー。ボディーガードは念のため必要ネー」

 

「三条提督は悪い人じゃないんだけどなぁ…」

 

「あたしも…行く」

 

「え、ええ!?山風ちゃんも!?」

 

「何だか…行った方がいいって…そんな気がするから…」

 

「そ、そうなんだ…わ、わかったよ。あ、そ、それよりも蒼龍ちゃん!」

 

肝心の蒼龍を呼ばないことには話が進まない。慌てて蒼龍を呼び、事情を説明する。

 

「私の艤装が…直る?艦載機が…もっと積める!?」

 

「そうなんだよ!だから、可能性があるから!横須賀に一緒に行こう!!」

 

「行く!絶対行く!これで直ったんだったら提督のお役にもっと立てるもん!軽空母以下の二航戦だなんてもう言わせないよ!!!」

 

「そうだよ!!!こうやっていろんな人から蒼龍ちゃんがバカにされることもなくなるんだよ!」

 

「違う違う!!提督がバカにされることがなくなるの!!」

 

「いやいやいやいや!!蒼龍ちゃんが!」

 

「提督が!」

 

「蒼龍ちゃんが!」

 

「ストーーーップ!!!話が終わらないデース!!!とにかくデース。ワタシ、山風、蒼龍とテートクとで横須賀へ行くデース」

 

「そ、そうだね!ええっと、服とかいろいろ…あー涼風ちゃーん!瑞穂ちゃーん!助けてー!」

 

「なんでえなんでえ!あー、横須賀ぁ!?3日後!?提督に準備させてたら3週間はかからぁ!瑞穂の姉御!手伝っておくれよ!!!」

 

「はいはい、急がないといけませんね!」

 

大急ぎで始まる横須賀への準備。どれ着て行くんでぇ!?と聞いてもええとええとと悩んで1時間。1つつも決まらない。だから瑞穂や涼風がぶわーっと旅行バッグにあれもこれもと詰めていく。

 

七原提督。2度目の横須賀鎮守府訪問。ビスマルクがなぜか私も連れて行きなさいよ!と言っていたが却下され、ぷんすかぷんすかしていた。

 

………

 

「ま、まずは神風ちゃんと春風ちゃん!!そうだよね!ね!」

 

神風と春風が着任したのにすぐさま、蒼龍には申し訳ないが「あの子たちを放っておいて今すぐ出て行くのか!?あほか!」と長波に一喝されたことと、私よりもまずは…と蒼龍に窘められ、冷静になった七原提督。興奮のあまり猛進しそうになったのを止めてくれるのは長波と涼風だ。ありがたい存在である。

 

「ったくよぉ。長波の姉御に怒られるまで気づかねえあたいもあたいだったぜ…」

 

「うう…そうだよね…不安になるよね…」

 

「そりゃあ提督が不在の場合の書類はあたいと瑞穂の姉御とでできるけど、神風はそうはいかねえよな」

 

「うん。そうだね…」

 

「司令官様、今よろしいでしょうか?」

 

うーん…と首をひねっていると春風がやってきた。

 

「司令官様、神風姉さんのためにいろいろとお部屋や入り口など、工夫をこらしていただき誠に感謝申し上げます。姉に代わり、この春風、厚くお礼申し上げます」

 

「や、やめてよぉ…わたしがじゃなくて妖精さんがしたことなんだから…」

 

「わたしたちはていとくさんのおおせのままにやったにすぎません。なんせおほしさまをいっぱいくださったので」

 

「妖精さん!しー!しー!」

 

「司令官様…姉が聞いたら…喜ぶかと思います。重ねてお礼申し上げます。司令官様はお優しいのですね」

 

「ゆくゆくは立てるようになると信じてるよ!それにはわたしもいーっぱい勉強する!」

 

「そうだぜ、提督は山風が心の病気だった時もめちゃんこ勉強してがんばったんだからな!」

 

「お姉ちゃんの…おかげ…」

 

「はううう!!!山風ちゃんかあいいよお!!!」

 

「提督…今は我慢ですよ…」

 

「瑞穂ちゃん…おほん…別の基地の提督さんがね、同じような艦娘を海に立てるようにして戦闘をガンガンやってるすごい駆逐艦の子がいるから、その人にいろいろと教えてもらう!神風ちゃんは…春風ちゃんや旗風ちゃんと一緒のように、海に立てるようにするから!!!」

 

「司令官様。あり…ありがとう…ございます…姉さんはもう…生きることを諦めかけております。ですから…そのお言葉を姉さんにお聞かせして…奮起し、この春風も司令官様と共に粉骨砕身の覚悟でご協力いたします」

 

「春風ちゃん、ありがとう!旗風ちゃんにも事情は伝えるからね!一緒に頑張ろうね!」

 

「はい…はい!」

 

七原提督。心優しく、前だけを見て突き進む猪突娘。確信はないが、その優しい、希望に満ち溢れた言葉に春風は執務室でさめざめと泣いた。冷遇され…消えかけていた希望の灯が静かに温かく胸についた。




岩川基地に神風と春風が着任しました。旗風はいますが朝風、松風はいません。
さて、横須賀とは違うたくさんの問題を抱えた艦娘たちがいる岩川基地。優しさだけではどうにもならない、玲司のような特殊なチカラもない七原提督と艦娘たちですが、それでも金剛や瑞穂、山風に涼風など、問題を乗り越えてきた所です。

神風の生きる気力を復活させられるのか?神風は歩けるようになるか?
次回も岩川基地の様子をお伝えしていこうかと思います。

それでは、また。

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