歩けない神風を引き取った七原提督。七原提督や神風の心情を交えて描いていこうかと思います。
車いすに座ってやってきた神風を見たときはやはり心が痛んだ。人間でも同じだが艦娘でも同じような者も現れる。
艦娘の場合は何かしらの障害を持っていた場合の存在意義は即座に消える。何せ国を、海を守ることが第一であり、それができないのならば存在する価値がないから。特に、ほかの提督たちにおいては即座に解体をし、なかったものとすることが多い中、自分たちの泊地などで解体が躊躇われた場合、こうして命拾いをする艦娘も稀にいる。その稀が、岩川基地には多くいるのだが。
片目のほぼ見えない金剛。義足の瑞穂。片腕がない伊勢。そして新たにやってきた歩くことさえままならない神風。心に深い傷を負う艦娘たちがたくさん。
ドイツ艦のマックスもさんざん母国にて大敗を喫したことを怒鳴られ、なぜ私たちが責められなくてはならないのか、と怒りに満ちた心で人を信用しようとしていない。グラーフが大人の対応でなだめ、姉のレーベが寄り添うこと。そして、いろいろな艦娘を見てきた中で、自分だけの不幸など些末なものだな…とようやく悟り始めている。
「神風さんにリハビリを施すだけで良いのでしょうか…?」
「ううん、それだけだとダメみたい。ただ、こう言った艦娘を育成する指針になるレポートと言うか論文みたいなのがなさすぎて…大本営図書館にならあるかなぁ」
牛乳瓶の底のようなメガネをかけて艦娘に関する資料を読み漁る七原提督。艦娘の育成方針、生活方法などが記された書物などは見かけたが、やはり劣等艦娘に関するものについては「戦力にならず、解体が望ましい」などの文言しかなく、共生を考えた文献は何一つ見当たらない。多くの論文が保管されていると言う大本営にある大本営図書館ならあるいは、とも考え、書物をネットで検索してみたが見つかるはずもない。
「リハビリだけじゃダメネ。艦娘としての在り方も教えてあげないと意味がないデース」
「立ち上がるだけでも息切らすってぇくれえなんだろ?まずは日常生活で歩けるくらいになるくらいの鍛錬が必要じゃねえか?」
「そもそもが艦娘としての生き方を諦めた目をしてたからねぇ…難しいね」
隻腕の伊勢も加わって神風に関する議論を繰り広げる。片腕はなくとも艤装に砲がついていて、義手を使ってカタパルトを使うくらいならなんてことはないさ、と笑っていた伊勢。日常生活はちょっと困るけどね、と笑うが、最初はやはり、艦娘として生きることを諦めかけていた艦娘だ。金剛が生きる勇気をくれたそうだ。
「私は金剛さんが生きる勇気をくれたけど、神風って子はどうだろうね?」
「ワタシの言葉は響かないと思いマス。今回は山風や涼風と一緒デス。心を動かすのは、テートクの熱意と優しさネ」
「わたし…の」
「提督の言葉には生きる勇気を与えてくれマス。伊勢に言った言葉はテートクの受け売りネ。伊勢がそれで生きる勇気を得たと言うならテートクが与えたと同じ事になりマース」
「そっかー、そうなるよねー。あはは、提督、ありがとう!」
「え。ええっと…それはわたしが喜んでいいものなのかなぁ」
「喜んどけばいいじゃん!私はおかげで毎日楽しく!時に戦に明け暮れてるけど…幸せだよ。自分から治療を渋って腕を切り落とす羽目になったら口汚く罵られて出て行けだったからね。私も腕がなきゃ戦えない。なら死ぬしかないかなぁって思ってたところに、生きる意味はあるよ。だったからね」
………
「片目が見えない。片腕がない。だからと言って生きる意味がないわけじゃないデス。ないならないなりに戦うこともできる。生きることもできマス。提督にそう教えられましタ。ここは1つ、提督と一緒に生きてみませんカ?ワタシは提督に生きる意味を与えられて幸せデスヨー」
………
明石に義手を作ってもらって、使える腕でカタパルトを使えるようにして。何とか戦っている。金剛だって片目がほぼ見えないにも関わらず戦っている。
「ありがとう、伊勢ちゃん!頑張ってくれてありがとう!」
そう言われただけでなぜか私は私でいていいと言われた気がして泣いた。この提督の無邪気な笑顔は私に幸せを与えてくれる。ならば、その笑顔を守ると言うことが私の生きる意味。それでいい。金剛やみんなとワイワイ過ごす生活も悪くないし。
そうして伊勢は気楽に、時に苛烈に今を生きている。
「提督。提督の笑顔はこの山風の心さえ溶かしたんだ。神風にもきっと、提督の笑顔が必要だよ」
「…伊勢さん、やめて、構わないで」
「あーらら、やっぱり提督とお菓子をくれる瑞穂ちゃん以外には厳しいんだからな~」
「恥ずかしいんだよねー、山風ちゃん」
七原提督にそういわれるともじもじと七原提督の大きな胸に顔をうずめてしまった。山風はそうは言うが構ってほしいあまのじゃくである。でも恥ずかしさのほうが勝るのでこうなるわけで。そこが伊勢やみんなにかわいがられるところである。
昔いた泊地ならば怒鳴られていただろうし、反抗的であると営倉に放り込まれたこともある。ここの艦娘も、七原提督も山風の心を知っているから。構わないでは構ってほしい。嫌いじゃないは大好き。でもおいしいものは素直においしい。
だからあはははと笑いながら顔を隠している山風の頭を伊勢はひたすら撫で続けるのだ。
「に、しても前例のないことだらけですみれちゃんも…っとと、提督も大変だねぇ」
「あはは、今日はもうお仕事おしまいだからいいよ」
「そっか!」
この基地では仕事中は提督や司令官と呼ばなくてはならないが、仕事以外では七原提督は上下関係なんて仕事中だけで充分と、自分のことを名前で呼んでいいと言っている。横須賀鎮守府の玲司が北上に名前で呼ばれているかのように、すみれやすみれちゃん、お姉ちゃんなどと呼ばれている。山風はいつでもお姉ちゃんだがそれは特別に許可している。この子はそう呼ばせて依存させないとパニックを起こすからだ。提督と呼ぶのにも心的ストレスがきつい。ただ、他の艦娘が提督と呼ぶ分には気にしていないようで、なかなか難しいものである。
「すみれ、神風に関する何かはわかったデスカ?」
「そーれがさっぱり!もう頭痛くって!」
「オー、それはもうムリは禁物デス。お風呂にでも入ってリフレーッシュするデース」
「そうしよっかな。よっし、神風ちゃんと春風ちゃんもお誘いしよっと!」
「いいねぇ、名案だよ!うし、あたいも行こうっと!」
「あたしも…行く」
「山風ちゃんは一人でシャンプーできないもんね」
「ぷー」
「あはは、ごめんごめん」
そう言いながらもしっかり七原提督に抱き着いてついていこうとする山風。今日はみんなで裸の付き合いね!と伊勢は楽しそうである。
………
「お風呂…お風呂って…何?」
神風はまずその一言から始まった。入渠して体の傷を癒すことは知っていたが、身を清めるお風呂と言うものは春風も知らなかった。つまりは本当に生まれてすぐに放り出されたのだろう。
「まあまあ、いいからいいからー」
「あ、ああ!伊勢様!」
スパっと神風を担ぎ上げ、そのままどこかへ連れて行こうとする。たまらず春風は追いかける。
「春姉さん、大丈夫。私も参りましょう」
旗風が春風を落ち着かせ、そのまま春風を案内する。
ここのお風呂は元憲兵や工場、その他諸々で働く人間(男性ばかり)が使っていた大浴場がある。昔ながらの銭湯みたいな作りで昭和の時代の写真集で見た富士山が背景のタイル貼りのシンプルな作りだったが、これまた流れの妖精さんが女性好みに大改装。使いにくい水とお湯が分かれたレバーは一発でシャワーとカランに。シャンプーやトリートメントは人間(七原提督)と艦娘の髪をサラサラにしたり良い香りを発する成分は謎の物に変わり、日々、七原提督と艦娘達の語らいの場になっている。語らいすぎてしょっちゅう提督がのぼせているが。
「かゆいところはございませんカー?わお、泡が黒いデス」
「春風ちゃんもだねぇ。これからは毎日入っていいからね」
「はいはーい。この伊勢がちゃーんと面倒みるからねー」
「伊勢はそう言ってシャンプーしたりしてると胸をもむクセを何とかし方がいいネー」
「そこに胸があるからもむ!大きいのも小さいのも関係ないね!山風のは…いい感触!」
「ひゃああ!!!」
「伊勢ちゃん、湯船に沈めてあげようかな…かな?」
「あ、あはは、すみれっち、冗談だよ」
「胸をもんでおいて言うセリフじゃねえだろ…」
「お、お姉ちゃん…」
「ふふふふ、あははははは!!!!今すぐ湯船じゃなくて海に沈めてあげようねぇ!!!!」
「いやああああ!!!!!ごめんなさいごめんなさい!!!!」
ここの伊勢は舞鶴の伊勢と違ってスケベである。そして親父くさい。刈谷提督の所の球磨と多摩を足して2で割ってさらに親父感を足した感じである。こうしてよく長波や蒼龍、巻雲なんかも餌食になっている。ちなみに怒られると「じゃああたしの触っていいからさぁ」と反省の色がない。
「もう、伊勢さん。山風ちゃんにそういうことをすると、すみれちゃんに本当に海に沈められますよ」
「あはは、瑞穂さん…反省…」
神風は体を洗われながら瑞穂や伊勢を見る。片手や片足がない。それでも笑ってみんなと一緒の時間を楽しんでいる。両足がうまく動かせない神風が見ても…そのハンディキャップをものともしていない。
湯船に浸かりながら神風は恐る恐る伊勢達に聞いてみた。
「伊勢さんや…瑞穂さんは…その…」
「ん?ああ、手がなくて不便じゃないのかー?って?艦娘で存在意義はあるのかー?って?」
「瑞穂に至っては戦闘には出れないお茶くみ係、料理係ですからねぇ」
「……私もこんなんだし…本当に…艦娘でいていいのかなって…」
「いいに決まってんじゃーん。あたしは戦艦伊勢!航空戦艦伊勢さ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「瑞穂も…水上機母艦瑞穂です。そう思って生きています」
「英国で生まれた高速戦艦、金剛デース!!!」
「ねー!金剛、いえーい!」
「イエース!!」
パチンとハイタッチする伊勢と金剛。自分達は艦娘であると。瑞穂も…口に出していないが涼風だって、山風も。妹の旗風も。
「どうして…どうしてそんな明るく…いられるんですか?どうやって…」
「下を向くな、前を見ろデス」
「そうだね。金剛ちゃんが言う通りだね」
「すみれが言っていたことデス。それを言われてワタシは前を向いて金剛でいられるんデス」
下を向かないで前を向いて歩こうよ。下ばかり見ていたら前が見えない。それっていろんなものを見逃しているかもしれないんだよ。
七原提督がそう前向きに言う言葉。これは亡くなった母が言っていたものだ。いつもいじめられて泣いて下を向いてばかりいた彼女に優しく優しくいつも言っていたことだ。と七原提督は語った。
「すみれが悪いわけじゃない。下を向いてばかりいては目の前にある幸せを見過ごすかもしれないよ?足元に落ちている幸せはすぐ消えてしまう小さなものだよ。しっかり前を見てこそ、本当の大きな幸せが待ってるんだよ。今はこんなご時世。幸せを見つけるのは大変かもしれないけど、すみれも大きな幸せを前を向いて見つけてね」
下を向いて不平不満を言うことは簡単だ。どうして私はいじめられるの?と下を向いていじけるのは簡単なことだ。けど、そればかりではいけない。前を向いて、やめてと言う勇気も必要だよ。それでもいじめられるなら、ママやパパもいる。1人で解決しようとしないで。
そう言われてやめて!と言ったらいじめはぱったり止まった。ただ、彼女は両親を深海棲艦で失っており、それからしばらくはやはり下を向いて暗い性格だったらしい。いじめもまた再発し、その際に一度、亡くなった両親のことをからかわれ、激昂して椅子で何度も男子を殴り倒し、腕や足の骨を折ったり、あわや目を潰しそうになったこともあるくらい情緒不安定だった。
そんな時、孤児院のテレビで艦娘のPRの番組を見かけた。海で戦うことはつらいだろうに。それでも彼女たちは前を向き、どんなことがあろうと国を、海を、国民を守るために戦っているのだと言う。その鮮烈な印象を与えた艦娘と共に生きたい。そう思うようになり、猛勉強をして軍学校に入った。視力はおそろしく悪くなり、メガネは牛乳瓶の底のように分厚いメガネで地味な女性であったが堅実に成績をあげ、晴れて提督となった。
「提督の過去は壮絶デスネ…相変わらず聞いてて泣けてくるデス」
「ううっ、ちくしょう、泣けてくらぁ!あたいたちと一緒にいてくれて…ほんとによぅ…」
「も、もう…落ち着いてよー」
「目が見えなくなった時はもうダメかと思いマシタ。けど、テートクが優しく手を取って一緒に頑張ろうと言ってくれたデス。すみれは命の恩人なのデース!!」
「瑞穂も…この命…すみれちゃんと共にあります」
「お姉ちゃんがいなきゃ…あたしは生きていけない…」
「提督は…どうしていろんな嫌な目に遭っても諦めないの…?」
神風が問う。すでに体の状態のことで戦うことも生きることも半分諦めているのだ。なんで。どうしてそこまでして提督としてやっていくのか。理解ができなかった。
「生きていればいいこともあるかもって思って生きてみたんだよ。まあ…いろいろとあったけどね…。孤児院の先生を呼びだされちゃってどんな教育してるんですかって学校の先生に言われたこともあるよ。男子を椅子で滅多打ちにした時だったかな。あなたのところの子は狂暴すぎますって」
「先に手と口を出しだのは向こうデース!!!すみれは悪くないデース!!!」
「それでも大怪我をさせるくらいのことは、やっちゃいけなかったんだよ。そこから誰もよりつかなくなってぼっち…そのほうが気楽でよかったけどね」
高校2年生くらいの途中からはそこから1人も友達も作らなかった。誰も寄り付かなかった。勉強するには好都合だった。街で声をかけてくる体目当ての男には怯まず悲鳴をあげたり、カバンでぶん殴ったりもしたらしい。
「痛い!?ねえ痛いかな!?変態のおじさんはお金を払えばそういうことできるお店に行けばいいんじゃないかな!?」
胸を鷲掴みにした男は辞書や参考書が詰まった数キロはあるカバンでぶん殴った。やっぱり孤児院の先生には迷惑をかけたが、男は逮捕された。
それはどうでもよくて、彼女が女性でありながら軍学校を目指し、提督を目指したのは艦娘に命を救われたからだ。手を繋いで一緒に逃げていた母の腕だけを握って逃げていたことに艦娘に言われるまで気が付かなかったくらい、生きることに幼いながらも必死だった。父は逃げなさい!と指を指していたら機銃で頭が弾けた。泣いている暇もない。突然の爆発で吹き飛ばされた。母に早く逃げようと言っても返事はなく、それでも彼女は避難経路を走った。
深海棲艦の攻撃は止まらない。爆風で何度も転んだ。体中が痛かった。次第に痛みもなくなり、意識も薄れていた頃…
「姉やん!子供や!!!」
「全力でその子を守って!!!!邪魔よ!!!主砲!撃て!!!」
「第一航空戦隊!発艦始め!!!」
「お嬢ちゃん無事か!?そ、その腕は何や!?」
その時初めて気が付いた。母だったものであろう腕だけを握りしめていた。ひっと言って手を離した。腕はボトリと落ちた。小さい女の人だった。だけど彼女は艦娘と名乗った。名前は…忘れた。
「もう大丈夫や!姉ちゃんが守ったるさかいな!」
その時、初めて彼女は艦娘の胸の中で大泣きした。母も父も死んでしまったことを理解した。ほどなく自分は親戚に保護されたが理由はわからないが追い出された。孤児院に入れられた。
高校で孤児院のテレビで艦娘のPRの番組を見た。そして思い出した。艦娘に救われたことを。それからだ。教師にどうすれば艦娘と関われるのか。教師は難色を示したが軍学校に行けばあるいは…と言う言葉に彼女は猛勉強を始めた。助けられた艦娘に恩返しがしたい。復讐とかじゃない。艦娘と一緒にいたい。そう考えたから。
「そうしてすみれは提督になったんデスネ」
「いろいろと危なかったけどね…成績はほぼギリギリ…面接でも落とされるかと思ったもん…」
「でもこうしてあたい達は提督…いや、姉ちゃんと出会えたんだぜ!」
「そうだね…生きていればいいことはある。お母さんがそう言っていた通りにわたしはなったよ。みんなといられて…いいことがいっぱいあるからね。ふふふ」
「すみれーーーー!!!」
「わー!金剛ちゃん溺れるー!!!!」
金剛や山風が抱き着いて離れない。慕われている提督である…。春風はクスクスと安心したのか笑っている。旗風まで提督に抱き着こうとしているのだから。
「ワタシたちはただすみれが優しいからいるだけじゃないデス。ワタシたちの意思をしっかりと汲み取ってくれたからデス」
「意思…ですか?」
「神風も聞かれたでショウ?海に出たいデスカ?そうでないデスカ?って」
「はい」
「それは瑞穂たちも聞かれたことです。瑞穂は…生きたいですか?それとももう疲れましたか?ですね」
「あたしを…見放さなかった」
「あたいの手を取って行こうって言ってくれた。それだけで十分さ」
彼女たちは「不要」と言われた艦娘達。戦いたいのに。生きていたいのに。答えはノーだった。見放された。見捨てられた。
優しさだけでは提督は務まらない。刈谷提督に教わった言葉。厳しいかどうかはわからないが、七原提督は訳ありできた艦娘達に今後の方針を聞く。生きていることを諦めているのか?それとも生きる意志はあるか?戦う意志はあるか?戦うことが望めない艦娘には生きる意志を問う。
戸惑う艦娘達。だがここでそれをうやむやにしては艦娘達の生きる意志を弱めてしまう。だからきっちりと自分の口から自分の意志を答えさせろ。それが刈谷提督の言葉だった。
「ワタシはまだ戦いたかったデス。デスが、もうそれはできないと言われて…藁をも掴む気持ちでここへ来たデス。戦いたいか?の言葉にワタシは戦いたいデスと答えマシタ。そしたらまた戦う機会をくれたデス!すみれには感謝しかありまセン」
「瑞穂も艦娘としての存在意義はもうありませんが生きたかった…それをくみ取ってくれたのはすみれちゃんです」
「お姉ちゃんは最後まで…あたしを見捨てなかった…ひどいことも…ほらここ…」
七原提督の腕のひどい傷跡。これは山風がかみついてチカラの限りかみちぎった痕だ。そんなことをされても…優しく…受け止めてくれた。怯えていたんだよね、と。旗風も涼風もいらないと言われ、戦う権利さえ与えられなかった。だからここへ来た。戦わせてくれる。戦果は低いが…それでも戦う場を与えてくれる。
「神風ちゃんも今海に出れるよう必死に考えて勉強中だから…待っててね」
「はい…!」
神風も彼女に生きる意志を問われた。その意志を伝えた。諦めかけていた自分の命の灯が再び燃え上がる。ならば私は提督と一緒に頑張る!そう思った。
そして全員長湯がすぎてのぼせて長波にまたあほか!と怒られた。
………
『へえ。じゃあ神風は艦娘として生きていきてえんだな?』
「はい。ですから…その…長月ちゃんがどのようにして…海を走れるようになったのかご教授願いたくて」
『テメエにとっても神風にとっても辛えもんになるぜ。その覚悟はあんのかよ?神風もそうだけどよ。生半可なことしてりゃ神風は変わらねえぜ。何だったら、俺が歩けるようになるまで引き取ってやろうか?』
「は????」
受話器を握りしめて七原提督の目のハイライトが消えた。神風はその表情にゾクリとし、涼風と長波はやべえと言うような顔になった。
『は?じゃねえよ。テメエみてえな甘ちゃんがそんな艦娘の面倒見れんのかよ?俺が面倒見た方が「ふざけんじゃなか!!!!」』
刈谷提督が最後まで言い終わる前に激昂した七原提督が怒鳴り声をあげて遮った。
「神風ちゃんはうちが面倒みるば言うた!!!それをなんじゃあおまん!!!!おいが見るおいが見る言うてうちの言うばこつは無視か!!!!!おまんみたあな奴に神風ちゃんば誰ばくれてやるかい!!!!!寝言ば寝て言えち!!!!」
『何言ってんのかわかんねえが神風を寄越す気はねえんだな?』
「誰ぞやるか!!!!きさんの助けばもういらん!!!!ああ聞いて損したど!!!!神風ちゃんの意志ばうちが聞いて面倒みるち言うた!!!そがあなのに神風ちゃんそっちへ寄越せばうちが言うたこつ全部意味がなか!!!神風ちゃんに言うたこつば全部嘘たい!」
要するに七原提督が神風に対して問うたこと。そしてそれに対して神風は明確に意志を七原提督に答えた。海を駆けたいと。艦娘として戦いたいと。それを刈谷提督は無視して引き取ってやると言うことを七原提督の意思を無視して言うものだから七原提督が激昂しているのだ。
七原提督は神風に必ず海を駆けられるようにするから、と。戦えるように頑張ろうねと約束し、手を取った。刈谷提督にでは、と引き渡してしまえばそれは神風との約束を放棄することに他ならない。そして、神風を裏切る行為だ。何もしないうちから引き渡してしまえばそれは諦めて捨てる無責任な行為であると。
七原提督の艦娘への愛情の注ぎ方、優しさは並ではない。そして、涼風や金剛など…約束を果たし、戦いたいと言う意志のある艦娘を戦場へ出し、金剛たちはそれに応える。そうしてやってきたのだ。手探りで。時に大失敗をしながらも涼風達と論議したりケンカしたりもした。それでも約束は果たしたのだ。だから、神風に対しても決して彼女が海に出るまでは。いや、海に出てからもずっと自分と共に生きていきたい。先ほど激昂した七原提督の言葉は全て噓ではない。神風と春風を渡す気など毛頭ない。
「神風ちゃんも春風ちゃんもうちの艦娘ぞ!おまんになんぞやらん!!!!」
『………』
啞然とする涼風と長波。ふっと笑う山風。ニカッと笑う金剛。涼風と長波はブチギレた七原提督に驚いて硬直しているだけだが、山風と金剛はその七原提督の熱意は本物で、自分達もそれを知っているし一身に受けてきたから笑う。これがうちの提督なのだと。
「ああ腹ば立つ!もうよかとか!?電話ば切りとう!!」
『ハッ!おもしれえ奴!』
「何ぃ!?」
『ならまずは飯を食わせろ。最初は粥みたいなのでいい。艦娘にも飯を食わせ、栄養を取らせることは重要だ。飯を食うことは艦娘に取っちゃ娯楽でもストレス解消でもねえ。きっちり意味はある。そのあとはタンパク質が豊富なものを摂らせろ。ああ、歩行訓練はきっちりやらせた後だ。単に何もさせず食わせるだけじゃ筋肉は育たねえからな。好き嫌いはさせんなよ。グリーンピースだろうとピーマンだろうと何でも食わせろ。長月がそうだったみてえにな』
「は、は?」
『だから飯を食わせろっつってんだろうが。あとテメエ、蒼龍はどうすんだよ。あー、神風を放ってはおけねえか。多少見たら蒼龍を優先しろ。神風は長丁場だ。発破かけてやろうと思ったらここまで怒鳴られるとは思ってなかった。それは悪かったよ』
「あ、あの…」
『あ?』
「す、すみません…でした」
『いまさら謝ってんじゃねえぞタコ。謝る暇があるなら神風と春風の面倒でも見てろ。あと、早めに蒼龍を何とかしろ。テメエんとこの空母の要になるんだろうが。グラーフと双角を成すようにしろ。いいな』
「は、はい」
『この借りはまあ万倍にして返してやるからな。覚えとけよテメエ』
「ああああああ!!!!すみませんすみませんすみませんすみませえええええん!!!!!」
今までの剣幕から一転して机に頭を打ち付けそうなくらい電話の向こうの相手に謝り倒している提督を見て春風と神風は笑った。そして確信した。この提督なら大丈夫だろうと。
「あああああああ金剛ちゃあああああん!!!!!わたし今度刈谷提督に殺されるううううう!!!!」
「オーウ、かわいそうに。大丈夫デスヨ。金剛がちゃんとお守りしマース」
「あたしも…お姉ちゃんを守る」
「て、ててて提督…刈谷提督にあんな…あたいしーらね…」
「あたしもしーらね…」
「す、涼風ちゃんと長波ちゃんが裏切ったあああああ!!!!うわあああああああん!!!!!」
「司令官様、落ち着いてくださいまし」
「も、もう!!さっきまでの勢いで感動してたのに台無しじゃない!!!」
「神風、春風、これがここのいつものことデース!」
「う、うう…そうなの…ま、まあ…提督の事は信じてあげるけど…」
「春風も同じでございます。司令官様、姉共々よろしくお願い申し上げます」
ぴゃあああああ!!!と金剛に情けなく抱き着いて泣いている提督に深々と頭を下げる神風と春風だった。この提督なら大丈夫…だろう?とちょっと不安なところもあるが。
………
「あーもう!提督に旅行の準備させたら1ヶ月はかかるんだからなぁもう!」
「すみれちゃん、もうこれでお着替えは十分ですからこれで行きましょう」
「えー?でもこれも…」
「いらねえっての!!海外旅行でも行くのかっての!!」
長波と瑞穂がパンパンにはちきれそうになっている旅行鞄を見て呆れている。無理もない。せいぜい2泊くらいの横須賀鎮守府への蒼龍の艤装の修理のための旅に1ヶ月分ほどあろうかと言うほどの衣装を詰め込もうとしているのだから。長波がこれはいらない。これもいらないと全部タンスにしまい込む。するとすっきりと落ち着いた。
「ほら!これでいいんだって!あんな大荷物で電車乗って大変だって!蒼龍さんが恥ずかしがるぜ!?」
「うー…」
「納得いかねえ顔すんなって…」
「すみれちゃん、長波さんの用意してくれたので十分ですよ…」
「ねー提督まだあ?」
「蒼龍ちゃん!!!ご、ごめんね!!!じゃ、じゃあ涼風ちゃん、長波ちゃん!!神風ちゃんと春風ちゃん、みんなをお願いね!生水には気を付けるんだよ!」
「海外じゃねえんだから水なんざ普通に飲めらあ!!!さっさと行けって!!!電車に遅れるっつーの!!!」
「提督!!!!変な男にひっかかんじゃねえぞー!!」
「うーん!!!!」
「あたしら命の提督がそんな男にひっかかるかぁ?」
「ナンパしてきたらカバンで殴ればいいんだよね!」
「それ犯罪だからな!?」
「提督早くー!!」
「はーい!すぐ行くー!よし、いこっか!!!」
「イエース!」
「うん」
船に乗り込む七原提督。刈谷提督が寄越した船の操縦士がやっとか…と待ちわびた様子だった。ブンブンと手を振る七原提督。その姿に船長が笑っていた。長波は恥ずかしいと顔を逸らし、涼風と瑞穂もブンブンと手を振っていた。
七原提督は金剛、蒼龍、山風に守られるようにして出港し、念願の蒼龍の艤装の修理のため、横須賀鎮守府へと向かった。
………/鹿屋基地
七原提督との電話の後から刈谷提督の機嫌がいい。
「ずいぶん機嫌がいいわね〜。七原提督にすごい勢いで怒られたのに〜」
「甘ちゃんかと思ったら芯の通った奴だったからな。はいって言った日には提督をクビにしてやろうかと思ったぜ。ま、ちっとやりすぎたことは反省だな」
「三条提督と同じで、成長してるのね〜」
「まあ、あいつに比べりゃ七原はまだまだだけどな。ま、アドバイスはしてやった。神風を任せて正解だったぜ」
「気が向いたらイタ電してやろ。キヒヒヒ」
怒られても結局はいつも通りの刈谷提督だった。だが、七原提督への評価は上がった。彼女は彼が拾い上げた提督だった。これから先に必要な艦娘と共存していくことができると思ったからだ。それ以外の提督候補は妖精さんが見える者だったとしても落とした。名誉だ戦果だ。国を守るだ。立派な意見だった。
七原提督はただ1人、艦娘と一緒に戦い、生活していきたいです。わたしがどうなったとしても最後までと。牛乳瓶の底のようなメガネをかけていたせいで目ははっきり見えなかったが、きっとしっかりと面接官、刈谷提督達を見ていただろう。大本営の老人はいい乳しているから落とすのは惜しいななどとぬかしていた。しかし、挙動は不審だわどもるわでやっていけないだろう、と不採用にしようとした。もしくは自分達のお茶汲み係に採用しようかと言うくらいだった。
古井司令長官や清洲副司令長官に頼み込み、人事を無理やり動かして七原提督だけを採用した。提督として。頼りないオドオドした性格を叩き直すため、鹿屋から近い岩川に置いた。人知れず成長していた七原提督が嬉しくてたまらなかったのだ。
「ま、今日は飲ませてもらうかな」
「そう言っていつも飲んでいますよね!?執務中です!取り上げ!」
「能代テメエ…」
機嫌がいいので飲もうと思ったら能代に取り上げられて不機嫌になるのだった。
七原提督と神風のお話の続きです。七原提督の過去も少しだけ出しました。方言につきましては誤りが多数あると思いますのでご容赦ください(苦笑)
そして七原提督と蒼龍は横須賀へ。本当に蒼龍の艤装を直せるのでしょうか?金剛の顔を久しぶりに見る玲司の反応は?
次回をお待ちいだだけますと嬉しいです。
それでは、また。