提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第二十話

名取が泣きながら明かす横須賀鎮守府の実態。その話は高雄や陸奥、龍驤達原初の艦娘を従え、それでいて実の娘のようにかわいがっている古井総一郎にとって、度し難い事実であった。

 

曰く、着任と同時に言い放った言葉は「艦娘は兵器」と言う耳を疑う言葉。そうして始まった艦娘への恐怖と屈辱の日々。日常的な暴力、暴言、性的・精神的虐待。食事は提督の機嫌次第で干からびた米。もしくはレーションと水。気に入らない艦娘は轟沈前提の出撃。

戦果を大本営に言われた際は一切を気にせず勝つまで出撃。

得体の知れない男を招き入れ、艦娘に「接待」と称した行為。金銭、資材の賄賂の受け渡し。これには憲兵及び整備士も肩入れ。昼間から酒を飲み艦娘への暴力など、出るわ出るわの悪事。全てを聞いた総一郎は怒りに震えた。高雄は隣で嗚咽するほど泣いていた。

 

「以上が…横須賀鎮守府で行われていること…です。お願いします…。助けてください…。このままだとお友達もみんな…みんな壊れちゃう…死んでしまいます!」

 

喋り終えたことで限界を超えたのか、名取はわんわんと大きな声で泣き出した。高雄が名取を抱きしめる。

 

「…辛かったわね…頑張ったわね…!よく、よく話してくれました…」

「名取君。君の話はよくわかった。可及的速やかに事を動かしたい。だが、事を急いては仕損じてしまう。君はここで傷を癒し、艤装も直そう。そして横須賀を秘密裏に調査し、事実を突き止めたうえで事を行動に移したい。2、3日はかかるだろう。その間の事は申し訳ないがこちらも手出しはできない。それでもいいかね?」

 

名取が小さく頷いた。名取は全てを賭けてここまでやってきて事実を語った。それを台無しにしてしまうわけにはいかない。名取の同意を得たところで、総一郎が膝をつき、名取に頭を下げた。いわゆる土下座である。

 

「し、司令長官!?」

「申し訳ない…。大本営がもっと人選をしっかりと行うべきであり、そのような男を提督になどすべきではなかった。そのせいで君たちに多大な迷惑をかけ、そしてひどいめに遭わせてしまった…本当に申し訳ない。許してくれとは言わない。だが、せめてもの謝罪だけはさせてほしい」

 

総一郎の目にも少しだけ涙が浮かんでいた。なぜこのように国を。民を。海を守る彼女たちが酷い目に遭わなくてはならないのか。守られているのは自分たち人間である。と常に自分の娘たちに言ってきた。その自覚がない時点で。ましてや艦娘を兵器だ物だと言う時点で提督には相応しくない人間である。そのような人間を向かわせてしまったことを恥じた。

 

「司令長官は悪くありません!」

「いいや、悪いのは人間だ。私たちを守ってくれているのは君たち艦娘だ。それをそのように驕った人間たちのせいで酷い目に遭わせるなどと…。この件は私が全力で当たろう。しばらくはゆっくりしてほしい。高雄君、お風呂へ連れて行ってあげなさい」

「はい、かしこまりました。さあ、名取さん。こちらへ…」

 

高雄に連れられて名取はドックへと向かった。一人残された総一郎は、またしてもふう、と一息つき天井を眺めて呟く。

 

「川内。いるかな」

 

そういうとどこからともなく、あどけない顔をした少女が姿を現した。先ほどまで、ここには総一郎、高雄、名取しかいなかったはずだが…。

 

「いるよ。話は全部聞いたよ。最っ低な奴だね。聞いててムカついたよ」

「うむ。怒りはもっともだ。そういうわけで川内。横須賀に行って来て、実態を調査してほしい。念入りに。できる限りの証拠がほしい。頼めるかい?」

 

「もちろん。任せてよ。洗いざらいぜーんぶ見てくるからね。じゃ、行ってくるよー」

「うん。頼んだよ」

 

総一郎にウインクをし、跳躍をしたかと思うとその姿は影も形もなく消えた。原初の艦娘「宵闇」の川内。彼女の能力はそこに「居る」のに「居ない」と言うこと。彼女の姿を見た者は総一郎と姉妹と、彼女に取っては甘えやすい兄のような存在のコックのみである。

 

……

 

しばらくして、高雄が執務室に戻ってきた。目を赤く腫らし、名取のために泣いていたのだろう。

 

「ああ、お疲れ様。名取君は大丈夫だったかい?」

「ええ、ひどく疲れていたみたいで、お風呂に入ってすぐベッドで眠ったわ。ぐっすり眠っていますわ」

 

「そうかい。ありがとう。では高雄。君も川内と同様に頼みたいことがある」

「横須賀鎮守府の提督の身元を洗えばいいのかしら?繋がりも全て」

「うむ。さすがだね。すまないがよろしく頼むよ」

 

「ええ。半日もかからないうちに全て明かしてみせますわ。陸奥姉さんに名取さんのことを任せておいたから、何かあったら陸奥姉さんにお願いします」

「了解したよ。すまないねぇ、面倒なことを」

 

「うふふ、これくらいどうと言うことはありませんわ。では、失礼します。お父様、今日はもうお休みになってくださいね。私が席を外すのですから」

「ぬう、それは仕方がない。私は申し訳ないが休むとしよう。おやすみ、高雄」

「はい、お休みなさいませお父様」

 

高雄は自室に戻り、パソコンの電源を入れる。彼女にとっての第二の武器はその脳に詰め込まれた膨大な知識とパソコンなどの電子機器を手足のように操ること。その知識をベースに凄まじいパターンの戦略を練ることを得意としている。彼女が立てた作戦を遂行すると、まるでこうなることが予測されているかのように物事が進む。

彼女の目には未来が見えている。そのために彼女は「未来視」と呼ばれる二の名がついている。そして、今回の横須賀鎮守府の出来事も。そして提督のことも、まるですでに見てきたかのように、その全てを映し出していく。

 

「なるほど。やはりろくでもない人間ね…。金でモノ言わせて生きてきた人間、か。へえ、これは調べがいがあるわね」

 

自室にキーボードをたたく音だけがこだました。

 

……

 

翌朝。柔らかな感触の中で目が覚めた名取。いつもの硬い床で寝ていた時と違い、ものすごく熟睡できた気がする。体の痛みや疲れがまるでない。そうだ。自分は大本営にいるんだった。寝ぼけた頭を振って目を覚ます。

 

「あら、起こしちゃったかしら。ごめんなさいね」

 

何やらいい匂いのするものを運んできた女性が笑って話しかけてきた。

 

「はじめまして。私は戦艦陸奥よ。長門型戦艦の二番艦。よろしくね」

「な、長門…型…!」

 

「あら、長門を知っているの?もしかして、横須賀にいるとか?」

「は、はい…。その…いる、と言うか…いた、と言った方が…」

 

「…その言い方だと、もういないみたいね…」

「……私たちに、いつかきっと報われるときが来る、と言ってくれて。でも…でも、長門さんは大破したまま出撃させられて…」

 

「…そうなの。残念ね。どうしようもない奴なのね。そいつ。心配いらないわ。すぐに提督をやめることになるわよ」

「は、はい…。そうだと…いいのですが…」

 

「そうなるのよ。さ、ご飯でも食べて元気になりましょう。お姉さんが食べさせてあげようかしら?」

「え、ええ!?」

 

テーブルに置かれた炊き立てであろう白いご飯。これまた焼き立てであろう鮭とふっくらした卵焼き。湯気の立ち上る味噌汁。自分のところの司令官が間宮に作らせていたのを見たことはあるが、自分が食べるとなるとそれは…

 

「こ、こんなもの食べられません!私には燃料と弾薬があれば!」

「何を言っているの?これは貴女のために作ってくれたものよ。それに、燃料と弾薬だけだなんて体の調子もよくならないわ」

「で、ですがぁ…」

 

「四の五の言わないで食べなさい。今のうちに食べて体力をつけておかないと、横須賀に戻った時に事を仕損じるわよ。貴女も行かなきゃいけないの。明日になるか、明後日になるかはわからないけど、貴女にとっての『決戦』のときに、お腹を空かせてたら台無しよ」

 

決戦。そう、安久野と対峙しなければならない。その時に、少しでも元気を取り戻しておかないと負けてしまう。ここまで来て負けてたまるものか。名取はそう思って箸を取り、まずはふわっとした卵焼きを口に入れた。

…おいしい。長いこと間宮にも作ってもらっていないご飯。それを一口一口しっかり噛み締めて食べる。温かい。それでいて優しい味。名取は涙を流しながら食べた。嬉しくても泣けるんだ。そんなことを思いながら。

 

「いいわ。ゆっくり食べなさい。貴女たちにも、本当ならこういったものを食べる権利はあるのよ…」

 

ゆっくり時間をかけて出されたものを食べた。いつ彼の機嫌を損ねるかわからないので自室でまずい簡易食糧か、ニタニタを気持ちの悪い笑みを浮かべていつのだかわからない乾いた米を食べさせられるか。それとは雲泥の違いだった。

 

「お昼まで時間もあるし。私とお話しましょっか。今はゆっくりしましょ。ね?」

「はい。ありがとうございます…」

 

昼になるまでの間、陸奥との会話を繰り返した。もっとも、ほとんどが陸奥の弟らしい人物の自慢話のようなものだったが。あまりにも目を輝かせて話をするものだから、名取はただ愛想笑いを浮かべて頷くだけだった。

 

……

 

一方的な陸奥の話をひたすら聞いていたら、昼食の時間を大幅に過ぎてしまっていた。それに気づいた陸奥と慌てて食堂へと向かう。ピークを過ぎているため、食堂は閑散としていた。

 

「おーい、ちょっといいかしらー?」

「あー?姉ちゃんか?どうした?」

 

「ごめんなさいね。うっかりお昼を過ぎちゃって。ねえ、この子にあれ、作ってあげてくれない?」

「おう、いいぜ。ちょうど暇してたし。姉ちゃんの頼みなら。えっと、名取だな?ちょっと待っててくれな」

 

そういうとふっと優しく頭を撫でられた。あまりに自然なことだったので名取は何が何だかわからなかった。けれど、頭に残る優しい感触が名取は忘れられなかった。

 

「ちょっと!私にはなでなでないの!?」

 

そう言って陸奥が調理師の人に抗議をするが、彼は黙々と何かを作りだした。鼻をくすぐるいい匂い…。

 

「ほい、お待ち。ゆっくり食べな」

 

黄色い何かが乗っかった赤いご飯。見たことのない食べ物だったが、腹はぐう、と鳴って早く食べさせろと言う。名取はおそるおそるそれを口にした。この世のものとは思えないくらいのおいしさだった。おそるおそるがもうガツガツと。すくっては口に運ぶ作業が止まらない。ただただ、おいしかった。

 

名取はそれが、オムライス。と言う食べ物であることを後に知る。

 

/横須賀鎮守府

 

「ククク、ほうら翔鶴。今日も、な?妹にひどいことはしてほしくないだろう?」

「……!?お、お願いします!瑞鶴には手を出さないで!私が!私がちゃんと!」

 

「うむうむ。書類など大淀に任せておけばいい。どうだ、これを飲めばお前も天国へ飛べるぞ?」

 

横須賀鎮守府では安久野が翔鶴にはっきりいって不快極まるどころかもはや犯罪行為に等しいことを行っていた。「居る」のに「居ない」艦娘川内。彼女は横須賀で人間の悪事をまざまざと見ていた。大淀に対し、作戦報告書への轟沈があったにも関わらず、轟沈はないと言う報告書の偽造。

口出しをしようとした大淀への執拗な暴力。

 

「貴様!艦娘如きが人間様に口出しか!?ふざけるな!!貴様は黙って儂の指示に従え!何様のつもりだ!物の分際で!!!!」

「がっ!?申し訳ありません!申し訳ありません!提督様の仰る通りです!!申し訳、がふっ!!」

 

(思ってた以上にとんでもない所だね…。証拠を掴めって言うけど、もういろいろアウトすぎて十分なんだけど…)

 

「ふん、兵器如きが生意気に。いいか、儂は翔鶴と部屋にいる。だが、絶対に儂の邪魔をするなよ。貴様も貧相な体だが、仲間に入りたいなら入れてやらんでもないぞ?ガハハハハ!!」

「ううう…名取さん…。名取さん…」

 

さすがに翔鶴との行為をまざまざと見るつもりはない。他にも憲兵が駆逐艦相手に集団で暴力を振るっていたリ、大怪我をほったらかしにされているのか今にも死にそうな駆逐艦がいたりともう十分すぎるほどの証拠はそろった。たったの数時間で完璧な証拠が揃ってしまったのだ。巡洋艦寮の天井裏に来たところでふう、と息をついた。

 

(さて、戻りますか。きっと高雄姉さんにも情報集めさせてるだろうし。もう十分だね。巡洋艦寮は摩耶達が何か締め切ってやってるけど、それ以外は何ともないね)

「……天井裏に誰かいますね?何者ですか?」

 

(……!?)

 

信じられない。いくら少し気を抜いたとは言え、川内は姉妹にしか姿を探知されたことはない。が、完璧ではないとは言え気配を察知されてしまった。僅かな隙間から下を覗き込む。その隙間から覗いているのを見透かしていたかのように、目が合う。

 

(神通…?うっそでしょ?他の鎮守府の神通でさえあたしを見破るのはできなかったのに!ってか、やばっ、退散!)

 

「………どこかに行ってしまったよう、ですね…。一体誰が…」

 

すっと閉じていた目を開き、独り言を呟く神通。まだまだ修行が足りない。そう思って再び目を閉じて瞑想を始めた。

 

……

 

「…犯罪行為のオンパレード。それに大手企業の重役や政治家とまで金でつながっているのね…。あまりにもひどすぎるわ…。なぜこんな人間を国を守る鎮守府に…。ああ、これもコネ…か」

 

膨大な資料を調べ上げた高雄が、印刷された書類の山から一枚を眺めて独り言を漏らす。彼の悪事をもみ消していたのは艦娘を兵器と呼ぶ過激派の一味であり、それを黙殺していた幹部がいたからであった。

さらには多くの人間と金で繋がりを持ち、汚職に身を染めていたとてつもない悪党であった。憲兵にもその魔手が伸びており、ゴロツキなどを憲兵と仕立て上げて横須賀に置き、やりたい放題をやっていた。

 

(もうこれ以上は調べても無意味ね。ここまで出てきたなら。川内ちゃんにも実態を頼んでいるだろうから、これで十分ね)

 

書類をまとめ上げ、パソコンの電源を落として立ち上がる。そして、部屋を出、執務室へと向かった。

 

/司令長官室

 

書類を持って部屋へ行くと、何か落ち着きがなさそうに目を泳がせる名取と、向かい合って非常に不機嫌そうにしている妹、川内の姿があった。

 

「川内ちゃん、名取さんが怖がっているわ。一体何があったの?横須賀に行ったんじゃないの?」

「行ったよ。今ちょうど全部お父さんに話したとこ。それよりも、ムカつくの!気配がバレたことがすんごいムカつくのー!!」

 

「…バレたって、川内ちゃんが?そんなこと、ありえるわけが…」

「あったんだって!天井裏に潜んでたら誰かいるなって!あーーーもう!!よりにもよって神通にだよ!?川内型!妹にバレるなんてふざけんなー!!」

 

「ごほん、川内。君の話はわかった。ありがとう。下がっていいよ。では、高雄。君の報告を聞こう」

 

そう総一郎が言うと、川内は不満そうに姿を消した。名取がふと目を離した隙にいなくなって、まるで初めからそこにいなかったかのようだった。

 

「はい、お父様。これが調べ上げた横須賀の提督の正体です。正直、直ちに逮捕するのがよろしいかと思われます。過激派との繋がりがあり、どうも金銭などでやり取りがあります。こちらも洗い出ししておきました。逮捕は如何様にでも」

 

レポートを眺めて啞然とする。これでは海軍が犯罪者を雇っているようなものだ。川内の話と照らし合わせても真っ黒どころの話ではない。憲兵を金で取り込んでしまっているからこそ、好き放題できる環境を作り上げ、大っぴらにやっていた。レポートを持つ手が怒りのあまり震える。

 

「高雄。憲兵第一部隊の彼を呼んできてくれ。彼とその部隊は信用できる。頼む。もう踏み込むしかあるまい。言い逃れはできん。早急にこの男を逮捕させる」

「かしこまりました」

 

そういうと高雄は慌てて出て行った。しばらくして、憲兵が大挙してやってきた。彼らはその憲兵の中でも主に海軍での不祥事や犯罪行為に対して司令長官の命で動く特別な憲兵隊である。中でも第一部隊は屈強の男たちの集まりであり、訓練においては暴動を起こしたと想定した海軍を見事に鎮圧したりと精鋭部隊であり、総一郎と縁の深い部隊である。

 

「憲兵第一部隊長四宮以下、30名参上いたしました!長官殿、いかがなされましたか?」

「今から君たちにある者を捕縛してもらいたい。その男の名は安久野楠男。横須賀鎮守府の提督である」

 

「ほう…提督を…。して、罪状は?」

「言っていくとキリがない。四宮君、これを」

 

総一郎が四宮と言う憲兵に分厚い書類を渡す。パラパラと読み進めるだけで四宮の表情が変わる。

 

「人間とは思えん行為ばかりですな。なるほど。憲兵を騙り、艦娘殿に暴行をとは…。許さん!!司令長官殿、内容は把握いたしました。これより、横須賀へ向かい、横須賀鎮守府の人間全てを捕縛、拘束致します」

「うむ。すまないが任せた。何かあった際には私が全責任を持つ。お願いだ。横須賀の艦娘たちを助けてやってくれ」

 

「了解!!!!して、貴女が横須賀の艦娘殿ですな?貴女にもご同行願いたい。貴女の口から、彼に面と向かって言っていただきたい。こんなことをされたと」

「は、はい…」

「ご心配なく。貴女は必ず我々がお守りいたします。我々を信じて、勇気を出してください。そうして、横須賀の悪を一斉に叩き出してやりましょう」

 

そう言って四宮は笑っていた。司令長官やこの憲兵のみんなが守ってくれる。勇気を出せ。逃げるな!あの男に立ち向かえ!!

 

「行きます…!みんなを助けます!!」

 

四宮は大きく頷いて笑みを浮かべた。すぐに険しい表情で命令を下す。

 

「全員注目!!横須賀鎮守府の人間すべてを捕縛せよ!抵抗する者には容赦はいらん!出撃!!」

 

/横須賀鎮守府

 

横須賀鎮守府の正門に着いた憲兵隊と名取。手筈では四宮と数名が安久野の下へ。ほかは油断しているであろう憲兵等の職員を捕らえる手はずだ。正門を開け、一気に鎮守府へ入る。施錠されていた正面玄関のドアを蹴飛ばし、中へと入る。

 

大淀に何かを迫り、それを拒否されてもなお続けようとする男に四宮が掴みかかる。

 

「な、なんだあてめえ!!」

「抵抗するなよ。我々は憲兵海軍第一部隊だ。貴様らを全員拘束する。覚悟することだな。艦娘に手出しをするなど、憲兵のすることか貴様ぁ!!」

 

そのまま思いきり一本背負いを繰り出し、床にたたきつける。受け身を取らせてもらえずに床に背中から叩きつけられた横須賀の憲兵が悶絶する。すぐさま、両手両足に手錠をはめてうごけなくする。

 

「全員、任務開始!全員拘束せよ!!」

 

四宮の掛け声と同時に一斉に憲兵隊が動き出した。

 

「名取殿、案内を頼みます!今、安久野はどこへ?」

「い、今ならきっと、こっちです!!」

 

執務室へ向かって名取が走り出す。それに続いて四宮達も走り出す。

 

「名取…さん?名取さん!?」

 

大淀は沈んでしまったであろう名取の姿を見た。そしてこの騒ぎである。何が起きたのか全く理解ができない。

 

「大丈夫ですか?お怪我がありませんか?もう心配はいりません。この鎮守府の人間全てを、古井司令長官の命令の下、我ら憲兵隊!馳せ参じました!」

「け、憲兵…さん?」

「はい、こちらの鎮守府に所属されている名取殿協力の下、悪事を働く証拠を大本営が掴み、逮捕の命が出ております。艦娘の皆さんは安全な場所で待機を」

 

「ああ…名取…さん、生きて…生きてて…ああああ!」

 

大淀は名取が無事だと知り、その場で泣き出した。憲兵に自室へ案内してもらい、そこでさらに大声で泣いた。

 

……

 

「何だ騒がしい!一体何があった!?今いいところだったのに!!おい!うるさいぞ!」

 

安久野が外がうるさいと執務室のドアを開けて怒鳴る。しかし、喧騒は消えず、雄たけびのようなものが聞こえたり、大きな声が響き渡る。

 

「なんだ…?何が起きている…?」

 

ただならぬ気配に安久野はうろたえ始める。

 

「翔鶴、服を着ろ。…聞いているのかグズ!」

 

ガッと裸の翔鶴に蹴りを入れたところで、勢いよくドアが開く。数名の憲兵とその後ろに…見覚えのある顔。

 

「な、なんだぁ!?」

「動くな!安久野楠男!大本営から貴様を捕縛せよとの命だ!憲兵海軍第一部隊!この鎮守府に居る人間全てを捕縛する!おとなしく投降せよ!」

 

「け、憲兵…しかも第一部隊だと!?き、貴様、名取!!生きていたのか!!」

「………」

 

怖い…。足がすくむ。体が震える。頭が真っ白だ。

 

「貴様、その裸の艦娘は…いや、それよりも貴様には数多くの容疑がかけられている。おとなしくついてきてもらおう」

「名取ぃ、貴様どういうつもりだ!憲兵なんぞ連れて来おって!!」

 

「名取殿、こやつがここでしていたこと。艦娘への性的を含めた暴行。及び贈収賄や違法薬物の売買、さらに艦娘の金銭でのやり取り。間違いありませんかな?」

「何を言う!儂はそのようなことはやっておらん!そいつの虚言だ!騙されるな!儂は決してそのようなことはしておらん!!」

 

逃げるな…逃げてはいけない。名取はかっと目を開き、大声で言う。

 

「私…私たちは、この司令官に、暴力や性的なこと!無謀な出撃で轟沈をごまかされたり、非人道的行為をされました!!!」

「おのれぇ…おのれぇ貴様!この儂に逆らいよって…!!儂が今まで面倒を見てやった恩を忘れてこの仕打ちかぁ!!!!」

 

安久野が机を強く叩いて名取に掴みかかる。しかし、すぐさま四宮に取り押さえられた。床に組み伏せられ、手錠をかけられる。名取の言葉にすぐさま反応し、本性を現した安久野は、それを言ってしまったことで罪を認めたようなものだった。

 

「痛い!貴様ら!儂は横須賀の提督だぞ!?いいのか、貴様ら!ここの提督がいなくなったら誰が海を守るんだ!深海棲艦に攻め込まれるんだぞ!!」

「貴様のような奴が海を。そして国を守るなどと笑止。法を犯し、鎮守府と艦娘を私物化した罪は重いぞ。今から貴様は国や海ではなく、自分の先行きを守ることだな」

 

「放せぇ!捕まったところですぐ出てきてやるからな!!儂を誰だと思っている!儂が捕縛などと。お前らの上に掛け合って儂を捕縛したことを後悔させてやる!路頭に迷って野垂れ死ぬがいいわ!!」

 

「おい、こいつを今すぐ連れていけ!言い訳なら法廷で好きなだけ垂れるがいい!!」

「許さん…この恨み、一生をかけて晴らしに来てやるからな!!覚えているがいい!!」

 

「抵抗するな!!!さっさと歩け!!」

 

「―――名取ぃ!!!!!!!」

 

部屋から出て行った後も、言葉にならない何かを喚きながら連れ出されていった。しばらくして、静かになった執務室で、へなへなと腰を抜かす名取。すると憲兵と共に北上が駆け込んできた。

 

「名取!!名取…名取ぃ…生きて帰って来てくれたんだね…ごめんね…ごめんね…こんなこと…無事で…無事でよかったよぉ…!」

 

北上が名取を抱きしめる。一か八かの命を賭けた捕縛劇。それは、成功に終わった。

 

「報告いたします!横須賀鎮守府にいた憲兵と整備員、すべてを捕縛、護送準備完了いたしました!」

「うむ、ご苦労。よし、直ちに本部へ送り届けてくれ。気を付けてな」

「はっ!」

 

「名取殿。お見事でした。貴女がああ言ってくれたおかげで、無事捕縛することができました。貴女の勇気ある行動に感謝を。そして、本当にお見事でした」

 

「名取…あんたのおかげだよ…。あんたのおかげで、安久野はいなくなるんだよ!」

「あ…あ…あううう…ああああああああん!!!」

 

北上の言葉を聞いた名取は、緊張の糸が切れてしまったのか、大泣きを始めた。北上もつられて泣き出す。

 

こうして、横須賀鎮守府に蔓延った巨悪は一人残らず消えた。大きな爪痕が残ってしまったが、それでももう自分たちは無駄に沈められることもない。名取は横須賀鎮守府を守ったのだ。失ったものはあまりに大きい。彼女たちはこの時はまだ知らない。新しい風が吹き込んでくることに。闇と霧は晴れ、横須賀鎮守府に平穏がやってきた。


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