提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第二百四話

「綾波いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」

 

そう叫び、宙を舞って消えゆく前に綾波が玲司の方を向いて口を動かした。

 

あ・り・が・と・う

 

そう言って綾波は笑顔で光の粒子となって消えた。ありがとうなんて言われるようなことなんて…そんなわけないだろうがよ!!!!玲司は手をギリリと握りしめた。

 

綾波。いつも霧島がお茶を淹れるのを拒んだ際には笑顔で「お茶にしましょう」とお茶を淹れてくれたり、司令官司令官!と戦果をあげた際には構って構ってと、ちょっと大人びた雰囲気とは裏腹に子供っぽく、玲司の周りを回ったりと甘えん坊だった。雪風と同じく。ほっぺがもちもちでいつも遊んでいたっけ。

 

綾波。俺はお前にありがとうと言われるようなことはしたつもりはない。こんな仕打ちをしてしまって…。

 

無線で仲間の死を聞くよりも、目の前で艦娘…家族が死んでしまう様を見るのは玲司の心にひびを入れるには十分だった。ドシャッと膝から崩れ落ちた。

 

「現実を見てください、司令官。これが…これが艦娘と深海棲艦の戦いなんです!」

 

本当におとなしくしていればこんなことにはならなかったんだ。おやっさんの言う通りだった。もしくはおやっさんに指示を仰げばよかった。独断でケンカを売った結果がこれだ。

 

だが…もう戻れない。時を戻すことはできない。散っていった仲間たちはもう戻らない。ここで斃れるわけにも…そして逃げるわけにもいかない。仲間たちの仇は取る!!

 

「駆逐棲姫!!貴様…ヨクモ私ノカワイイ妹ヲ…!!!!」

 

「それはこっちも同じセリフデスよ。ワタシのかわいい妹分…綾波を…よくもやってくれたデス!!!」

 

ズガァン!!!!

 

轟音と共に戦艦水鬼に衝撃が走った。雪風の魚雷だ。四連装酸素魚雷が全て炸裂した。

 

「グッ…貴様…コザカシイアアアア!!!」

 

戦艦水鬼の砲撃は雪風が直撃してしまってはひとたまりもないだろう。しかし、駆逐艦ごときに機動力を低下させられてしまったことに激昂した戦艦水鬼は雪風をまず殺すことを決めた。

 

「ボディががら空きネー!!!!」

 

「グアッ!!!」

 

金剛がその隙を見逃すはずがない。がら空きの胴体に戦艦の砲を叩き込む。

 

「貴様モ…痛クシテヤロウカ」

 

戦艦水鬼の放った砲を拳で弾く。ナッ…と驚き目を見開く。なぜだ。なぜこいつらは我々の常軌を逸した行為で我々の邪魔をする。

 

「ワタシの背中には97人の思いが。責任が…雪風や青葉の…そしてテートクの命を預かる身としては…100人の思いが!責任がのしかかっているんデス!!!そんなちんけな砲撃ではこのワタシは止められない!!!!」

 

金剛の一斉放射。その猛攻に戦艦水鬼はただ腕でガードをしてこらえるしかない。戦艦水鬼もバカではない。ガードしながらもこちらも負けじと砲を…赤き目で金剛を睨みつけながら撃ち返す。

 

互いにボロボロになっていく体。艤装もやられていく。こんなクズ共に。私が負けるはずがない。まだ戦艦水鬼は自分がやられるなどとは微塵も思っていない。

 

金剛も同じく、100人のチカラで勝つ。その精神力で砲を、どれだけ痛かろうが…熱かろうが撃ち続けた。負けない。負けるわけにはいかない。

 

ガチン!!!!

 

「しまっ!!」

 

戦艦水鬼の攻撃により艤装にダメージが出たからだろう。薬莢の排出が詰まり、砲撃が止まってしまった。

 

「Shit!!こんなときにジャムるな!!!!」

 

「勝機!!!クタバルガイイ!!!!」

 

「させません!!!!!」

 

金剛の前に立ちふさがる雪風。

 

「雪風、No!!!!」

 

「雪風!!!!!!」

 

金剛と玲司が叫ぶ。しかし、戦艦水鬼が砲撃をやめるわけがない。

 

ドドドォォォォォン!!!

 

雪風は負けじと魚雷を放っていた。しかし、それだけだ。それだけなのだ。防御の姿勢を取ることもなく、彼女は全力で小さな砲と…必殺の魚雷をありったけ撃ち込んだのだ。

 

ドッゴオォォォォォン!!!!!!

 

大爆発。もうもうと立ち上る煙に金剛と雪風が見えない。

 

「雪風!!!!雪風ぇえええええ!!!!!!」

 

「司令官、危ないです!!雪風さんを救出します!!!」

 

青葉が母港から駆けだした。しかし青葉は絶望的な表情をしていた。あんなものを直撃で喰らえば命はないだろうと。

 

煙から影が見える。まさか…金剛さんも!?砲を身構える青葉。現れたのは煤だらけになりながら。一部体に火傷を負っていながらも雪風を抱きかかえてこちらへ向かってくる金剛だった。

 

「金剛さ…!?」

 

「雪風をテートクのもとへ。青葉、頼みマス。雪風は最期は…テートクの側がいいでしょうから」

 

雪風は下半身がもうなかった。光の粒子となっていく。それはもう…助からないと言うこと。

 

「……」

 

「早く。雪風が消えてしまう前に…」

 

「は、はい…!」

 

急いで雪風を司令官の下へ連れて行った。

 

「ゆきかぜ…雪風!!!!!!」

 

「し、しれえ…かはっ…」

 

「青葉…バケツだ…!バケツ持ってこい!!!!バケツ使えば治るだろ!?」

 

「バケツはもうありませんよ…」

 

「じゃあドックだ!ドックに入れれば!!!!」

 

「そのドックは吹き飛ばされていますよ!!」

 

「ダメだ…雪風…俺は…俺は雪風をどうすれば…!!!!」

 

うろたえる玲司を前に雪風は目をゆっくりと開いて…笑っていた。そしてこう言った。

 

「しれえ…あたま…なでなで、してごほっくださ…」

 

光の粒子が濃くなっていく。このままでは雪風は頭を撫でることすらできずに消えてしまう。

 

「頭…なでてあげてください。青葉は…手を握っていますから」

 

「青葉…」

 

玲司は雪風の頭を優しく。いつも以上に優しく撫でた。雪風はわしゃわしゃーと髪の毛がぼさぼさになるくらいの荒っぽいなでなでがなぜか好きだった。でも今は違う。ゆっくりと…その感触をしっかりと確かめるかのように…優しく…優しく撫でてあげた。その撫で方に雪風はとても幸せそうな顔をしていた。

 

「しれえ…雪風は…しれえといられて…かはっ…幸運でした…しれえ…頭なでなで…ああ、あったかいなぁ…」

 

「雪風…さん…」

 

「雪風…雪風ぇ…!」

 

「青葉さん…も…手、あったかい…なぁ…ああ、ゆきかぜ…しあわせ…だなぁ…」

 

(しれえ。大好きなしれえ。雪風は次に出会えた時も…がんばりますから。見守っていますから)

 

サラサラ…と光の粉がヒュウと風に舞って消え。頭を撫でていた感触も。雪風の温かさも消えた。虚空に手が虚しく浮いていただけとなった。

 

「………」

 

「司令官…?」

 

「金剛おおおおおおおお!!!!!!!何が何でもそいつを倒せ!!!!!!絶対に…絶対にショートランドから生きて帰すな!!!!!!!!」

 

その命令を待っていたかのように…雪風を青葉に託した後膝をついていた金剛だったが…グッと手を握りしめ、そして立ち上がった。玲司に背を向けてただ一言。

 

「言われるまでもないデス!!」

 

その金剛の背中はチカラ強く。そして何物にも挫けない意志が見えた。同時に…多くの魂が背中に乗っているかのようにも見えた。

 

「貴様ラヲ…屠ルノハ…コノ私ダアアアアアア!!!!!」

 

「ガアアアアアアア!!!!!」

 

もうそこから先はがむしゃらにお互い砲を撃ち続けた。どれだけダメージを負えども…金剛と戦艦水鬼は砲を撃ち続ける。お互いに至近距離での撃ち合い。ダメージはお互いにタダではすまない。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「グウウ…!!!」

 

大破…と言ったところだろうか。お互いに全ての砲塔は砲撃と熱で曲がり、使い物にならない。

 

お互いにもう限界だった。

 

「ナゼダ…ナゼコノ私ガココマデ追イ詰メラレネバナランノダ…」

 

「言ったはずデス。ワタシには100人の思いが乗っているんデス。みんなが言うんデス。勝てって。そして…テートクを守れって。だから…ワタシがここで斃れるわけにはいかないんデース!!!!」

 

戦艦水鬼には到底理解のできないことであった。仲間のため。提督のため。何ゆえに誰かのために戦うのか。憎しみと怒りだけで戦う彼女にとっては仲間や提督のため…誰かのために戦うなど、絶対に分かることではなかった。

 

しかし、人間や金剛は心がある。仲間を思う心。慈しむ心。だからこそ…絆が生まれ、その絆が思いもよらないチカラを生み出すことがあるのだ。綾波が駆逐棲姫を倒したのも。僅か100人しかいない艦娘が1000を超す深海棲艦を壊滅させたことも。

 

全ては玲司と艦娘が生み出した絆による奇跡だった。

 

(撃てる砲塔は…全て…壊されましたカ。なら…最後は…あれしかないデスね…)

 

「ククク…私ハマダ砲ハ生キテイルガ…貴様ハ…終ワリダナ」

 

「終わり?ふふ、諦めが早いのは深海棲艦の特徴デスカ?そんなもの、ワタシたちの艦隊で言ったら霧島の3時間は続くお説教デスよ。まだ…まだワタシは生きていマス。だからまだ負けてはいまセーン」

 

「諦メノ悪サダケハ一丁前ダナ。コレデ…終ワリダ!!!!妹ヲ殺シタコト、後悔サセテヤロウ!!!」

 

ああ。彼女たちにも仲間意識があったんだな。いや、彼女だけが特別なのか。何か強い絆で結ばれていたのだろう。しかし、それももう怒りや憎しみで忘れてしまっているのだろう。

 

「死ネィ!!!!!」

 

戦艦水鬼の砲を搔い潜り、戦艦水鬼に走る金剛。彼女の砲も1本しかもう動かせないので、命中率はほぼないに等しい。砲の撃てない金剛はどうやってこの執念の化け物を倒すのか?それは…もう死んだ榛名に近い。姉妹の絆…なのだろうか。

 

「喰らうデーーーーース!!!!!!」

 

残っていた徹甲弾を今撃っていた砲塔に殴りつけるかのように放り込んだ。

 

「何!?」

 

「これで…終わりデース!!!!」

 

「バカナ!?貴様モ…!!」

 

「死なばもろともデスよ。待っていてくだサイ。みんな…ワタシも…そっちへ…」

 

「撃ツナ…ヤメ…!!!!」

 

ゴォン!と金剛が戦艦水鬼の砲塔を殴った。すると砲塔から眩い光が漏れ出し…

 

ズドオオオオオオオオオオオン!!!!!!!

 

大爆発。炎上。他の艤装や金剛の艤装まで大爆発を起こし、金剛と戦艦水鬼は爆炎に包まれた。

 

「金剛さん!!!!まさか、最初からそのつもりで!!?」

 

「……あいつ…!!青葉!!金剛を!!!金剛を!!!!」

 

「待ってください!戦艦水鬼は…!?」

 

しばらくして煙が晴れるとそこには金剛だけが浮いていた。

 

「金剛さん!!!!!」

 

青葉が慌てて海に浮かぶ金剛を見つけ、走って抱えた。しかし、その体は冷たく、もう…死が近いことを予期していた。

 

陸に運び上げ、横たえる。体中あちこちが痛々しく肉が見えていたり、腕が吹き飛んでいたり…もう…ドックに入れても…助かるかどうかわからない状況だった。

 

しかし、戦艦水鬼は沈んだ。これは俺たちの…いや…金剛の勝ちだ!!!

 

「やったぞ!戦艦水鬼も沈んだ!勝ったんだ!俺たちは勝ったんだ!ちくしょう…何が勝利だ!!!!仲間失って何が勝ちだ!ふざけんじゃねえ!!!!」

 

勝利なんてものじゃない。こんなものは大敗である。多くの艦娘を失い、泊地まで破壊された。こんなものを勝利と何て呼べるはずがない。だが金剛は優しげな表情で玲司を見て言った。

 

「テイ…トク。デモ、私たちの勝利、デス。提督が生きて、いて。私、と青葉が残って、マス。私たちの勝ちデース…」

 

「喋らないでください!ああ…司令官、バケツももうありません!」

 

バケツもなければドックもない。金剛は消えてゆく。治しようがない。どうにか死なせまいと玲司は叫ぶ。

 

「金剛おおおお!死ぬんじゃねえぞ!おい、目閉じんな!!待ってくれ…待ってくれ…俺は…お前らに…何も…」

 

「テイトク…カハッ、提督を守れた、こと。勝利を刻んだ…こ、と。私の最高の名誉でしタ。これで、思い残すことは…アハッ、もう、提督の側にいられ、ない、のが…一番…つらい、デスネー…」

 

提督の側にいられない。その言葉が玲司の胸に突き刺さる。 

 

「だったら…だったら目開けろよ!死ぬな金剛!クソッタレ!何が英雄だ!俺は何一つ救ってなんかやれなかった。大切な奴らを守れないなら提督なんざ願い下げだ!」

 

「提督。生きてくだサイ。そしテ…また別の私たちを愛してあげてくださいネ…ワタシはいつでも、提督を見守ってるネ」

 

「無理だ。俺にはお前たちは守れない。救えない!」

 

こんな大勢の艦娘を死に追いやった提督など、誰が信頼を得られようか。この手で誰を守れると言うのか。見守っているじゃない。ずっとそばにいてくれ…金剛…!

 

「ダイジョーブネ。提督はすごい人ヨ。きっと守れるよ。だって、私たちの提督なんだから」

 

目を閉じる。光が強くなってきた。それは…金剛の死が迫っていると言うこと。無理もない。あれだけの大爆発を起こし、その中心にいたのだから。 

 

「ああ…金剛さん!金剛さん、消えたらダメですよぉ!!」

 

「あお、ば…テイ、トク。頼みました、ネ…」

 

消えゆく中、青葉の手を握り、提督を託す。

 

「金剛ぉ!!行くな…行くな…!待ってくれ、行くなら俺も…」

 

「ダメね…。提督には、提督を待っている、子がきっといるネ。提督は連れて、いけ、ないね…」

 

そう言って金剛は光となって消えていく。

 

(ああ…もっと、提督といたかったナァ…バイバイ…ワタシの最愛の人)

 

聞こえてしまった。最愛の人と言う言葉。初めて出会った時からずっとそばにいた金剛。金剛は…空へと…天国へ登っていくかのように光が空へと舞っていった。

 

「こん…ごう…ああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

ついに玲司は我慢していたが泣き叫びながら空へと吼えた。大切な霧島とも違う意味でのパートナー。そのパートナーも消えてしまった…。

 

「俺らだけに…なっちまった…」

 

「司令官…金剛さんも…逝ってしまいました」

 

 激戦が終わり、静けさを取り戻したショートランド泊地。建物も破壊し尽くされ、本当に何もなくなってしまった。金剛の電探の一部を握りしめ、悲しみに暮れる玲司と青葉。

 

「……クソッ!」

 

ダン!と拳を地面に打ち付ける。鋭い痛みが来るだけで、そんなことをしても仲間が帰ってくるわけではない。とにかく、これからどうするべきか…。

 

「これから…どうすればいいんだ」

 

「生きていれば何でもできますよ。ショートランドは離れなくてはいけませんけど…」

 

「………」

 

「離れたくないのはわかります。ですが、こうもボロボロでは再建も難しいでしょう…」

 

もうショートランドで毎日騒がしい生活を送ることはできない。憩いの家のような泊地はなくなり、家族同然の生活をしてきた仲間は青葉を残してもういない。ここに留まり、仲間を弔い、守り続けることはできない。

 

「生きてれば…か」

 

「そうですよ!青葉は司令官にずっとお供しますよ!ですから…ですから…また……またなんて…言えないよぉ…」

 

胸にぽっかり穴が空いたかのような虚無感。家族を失った辛さは、また新しい泊地や基地で築こう、だなんて思えなかった。しかし、青葉は艦娘。玲司は提督。そうも言っていられないのだ。でも…青葉は知ってしまったのだ。家族の繋がりを。その温もりを。ただの異動とは違う。ずっとやってきたここの仲間たちとの繋がりを青葉は忘れられない。

 

「けどよ…俺は…俺は提督だからよ…やるっきゃねえんだ…だからさ、青葉。ついてきてくれねえか。俺と…また…新しい艦隊組んで…また…一緒にさ…」

 

そう言って手を差し出してきた司令官の顔は、とても悲しそうに笑っていた。全部をこらえて、新たな一歩を踏み出そうとしていたその顔は…とてもとても悲しげで…側から見れば情けない顔だっただろう。だが、青葉にはその顔がとても…美しいものに見えた。無理だなんて言っていられない。司令官を支えてあげなきゃ。そう思った。

 

だから涙をぬぐって、司令官の手を取ろうと自分も手を伸ばしたとき、青葉は見た。だいぶ前に駆逐艦たちに紙芝居で見せた昔話の、それはおぞましい鬼と同じような顔をした何かが水面から激しい憎悪に満ちた顔で、こちらを睨んでいたこと。そして、背後に死神の鎌のように歪な砲を構え、一本だけまだ生き残っている砲をこちらに…司令官に向けているところを!

 

「司令官!!」

 

玲司の手を思い切り引き寄せ、その体を手繰り寄せる。そのまま回転をつけ、勢い良く放り投げる。と同時に耳が爆発したかのように凄まじい轟音と共に、ぶつりと青葉の意識は飛んだ。

 

………

 

「う、うぐっ…ゴフッ…」

 

目が覚めたと同時に胃から血を吐き出した。だが体の痛覚は先程の爆発で吹き飛んだのか、ない。腹部が焼けるように熱い。夢なのかこれは。いや、これは…夢ではない。体は何か鉛のように重く、反応は鈍い。あの時の悪夢が蘇る。頭に手を当てるとベッタリと赤い血がついた。どうやら俺は重傷らしい。

 

「シブトイ…クズメ…!貴様ノセイデ…メチャクチャダ…!」

 

憎しみと憤怒に満ちた表情で玲司を見下ろす、ボロボロの深海棲艦。今回の侵攻の大将、戦艦水鬼。雪風と金剛が自分の命と引き換えに討ち取ったはずだったが、驚異の回復力でまだ現世に留まり、今、玲司を殺そうとしていたのだ。

 

「ゴホッ…グッ…ウウ…貴様ヲ屠ルマデハ…私ハ…沈マンゾ……!殺…シテ…ヤル…」

 

もう砲を撃つこともできないのではないか?と言うくらい衰弱はしていた。陸に上がり、ゆっくり、ズル…ズル…と玲司に迫る。玲司は戦艦水鬼を相手にはせず、少し離れたところでボロボロになり、ピクリとも動かない青葉を呆然と見つめていた。

 

「あお……ば?」

 

弱々しく名を呼ぶが返事はない。それどころか…金剛と同じように光の粒子が風になびいて空へと舞っていく。それは…青葉の死を意味していた。

 

しれえ…雪風は…しあわせ…でし、た…

 

バイバイ…ワタシの最愛の人

 

「いやだ…待って…くれ…青葉…いくな…いかないでくれ…」

 

立ち上がろうとしたが転んだ。痛みがなくて気がつかなかったが、右足が曲がってはいけない方へ曲がっていた。チカラが入らない。だから這った。ハケで乱雑に塗りたくったような跡が続く。青葉を抱き起こそうとするたび、意識が飛びそうになる痛みが襲い掛かる。だが…それでも玲司はやめない。

 

「青葉…青葉…!ダメだ!いくな!俺を置いて行かないでくれ…」

 

そう言っても青葉は目を覚まさず、光の粒子が多くなっていく。こうなると、もう誰にも轟沈を止められない…。

 

おい聞いたか?こいつの血を100ミリ入れただけで深海棲艦の傷がみるみる治っていったってよ。

 

艦娘もだ。大破で轟沈寸前だった奴がよ。ま、深海棲艦の血だから解体しておいた。

 

……思い出したくもなかったが。俺の…俺のこれが…!

 

「うう…うおおおおお!!」

 

激痛を無視して体を無理やり起こす。身体中にチカラを入れたせいで、あちこちから血が吹き出たり、滲み出る。その血が青葉の目を背けたくなるような傷口に入る。額の割れた傷にも、頭を合わせて血を混ぜる。抱きしめ、しっかりと血が青葉と混ざるようにした。玲司は一心不乱に抱きしめて見えていないが、青葉の光の粒子が流れ出ていくのが止まった。玲司はそうと気づかず、自分の体が冷たくなっていく感覚はしたが、青葉を抱きしめ続けた。

 

「バカ…メ…ソンナニソノ艦娘ガ大事ナラ…ソイツト共ニ地獄へ送ッテヤロウ!フフ、私モ…モウモタン…ガ…貴様ヲ…提督ヲ殺セバ私ノ勝チダ!!殺シテヤル…コノ砲デ…跡形モ残サズニ!」

 

最後の1発。1発でいい。人間がこの大口径の砲をこの距離で喰らえば、赤い染み1つ残さずに吹き飛ぶだろう。自分もその爆風で死ぬだろう。それでもいい。こいつを。この忌々しい提督を。我らの敵の頭を殺せるならば!

 

「死ネエエエエエエエエ!!!!」

 

ドォォォォン!!!!

 

1発の砲撃音。それは…

 

「……っ!いい加減、沈んでくれ…ませんか?ここで、やられたら、雪風さんと金剛さんに申し訳が立たないんで!!」

 

撃ったのは青葉だった。グチャっと嫌な音を立てて戦艦水鬼が倒れ、泡沫となり、消えていく。戦艦水鬼の頭が半分吹き飛び、絶命した。戦艦水鬼を睨みつけるその眼は蒼く輝き、傷は大部分が塞がっていた。

 

「うっ、ぐあっ!?」

 

ガコン!と強烈な痛みが右腕に走り、砲を落とした。敵がいるかもしれないと慌ててぐったり動かない玲司を抱えつつ、砲を拾い直そうとしたが、持つと右手に激痛が走り、持てなかった。

 

………

 

どうして?どうして砲が持てないの!?敵が来たら…いや、敵が来たら激痛に耐えて…。

 

「うう、うあああああ!!!」

 

痛い。痛みのあまり艤装を慌てて、ガシャアアン!と大きな音を経てて放り出すように落とした。

 

「ハァ…ハァ…」

 

自分の体に何が起きているのかわからない青葉。とにかく艤装に砲。持つと体中に激痛が走り、動けなくなる。いやしかし、そもそも自分は戦艦水鬼の一撃を受けて死に瀕したはずだった…真っ暗な世界で司令官が呼ぶ声がし、目を覚ますと自分もろとも司令官を砲で撃とうとしていたので咄嗟に横で転がっていた自分の砲を撃った。

 

なぜ生きているのか…ああ、それよりも…。

 

「司令官!!司令官!!!しっかりしてください!!!司令官!起きて!!やだ…やだぁ!!!」

 

しばらく名を呼び続けたが起きない。まさか…本当に死んで…しまったのか?

 

「誰か!?生きている!?いるなら返事して!!!」

 

誰かの声が聞こえる。もう自分も激痛と極度の謎の疲労から意識を失った。

 

………

 

目を覚ますとそこは白い天井だった。ここはどこだ…みんなは…。

 

「うぐっ!!」

 

動こうとした瞬間激痛が走り、動けない。しかし、その痛みで自分が生きていると言う実感が湧いた。それと同時に…生きてしまったのか、と言う自責の念に駆られた。

 

「玲司、目ぇ覚ましたか?」

 

聞き覚えのある声。その声の主は…。

 

「龍驤…姉ちゃん?」

 

「そうや。あんたのかわいいお姉ちゃんやで。ほんま、無茶しよってからに」

 

ペシンと頭をはたかれた。それだけで体中の傷に響き、うぐぁ!と言うとおろおろしながら「す、すまん」と謝られた。

 

「ここは…」

 

「ここはブインや。倒れとった玲司と青葉をここに運んだっちゅうわけや。青葉はもうドックに入れたから元気やで。はよう会いとうて仕方ない顔しとった。お前は体中骨折やら出血が多かったりで死にかけて1週間くらい寝とった。まあ、あんたの『血』のおかげか、傷の治りが早かったんと、失血死にはならんかったな。足やアバラはしばらくはかかるかな」

 

青葉は無事か…。よかった。それだけでも安堵した。これで青葉までも逝かれては、本当に申し訳が立たない。

 

「姉ちゃん…俺…俺…艦娘殺しちまった…俺の馬鹿な判断のせいで…青葉以外みんな殺しちまった…」

 

「殺したわけやない…青葉から話は聞いた。お前んとこの艦娘は…全員が司令官、お前のために戦う言うて散っていったんや。ブラ鎮みたいに死んで来いってお前が言うたわけちゃうやろ?」

 

「けど…俺が…俺が…」

 

「今は自分を責めな。責めたところで艦娘は帰って来えへんで。今は傷を癒し。ああ、せや。今回のショートランドの件は…独断とは言えショートランドだけでこれだけの成果を上げたっちゅうことで大きな戦果や。勲章もんらしいで」

 

「…俺に勲章をもらう権利なんかないだろ…」

 

「そうは言うてもなぁ。100人の艦娘で1000の深海棲艦、まあラバウルやブインが絡んどるとは言え、その大半をショートランドで始末しよったでな。将校になれるんちゃうか!」

 

そんなことを言われても…俺は…。

 

「司令官!!!無事で…無事でよかったですよぉ…!!!」

 

「青葉…」

 

泣きながらやってきた青葉を痛む腕でなんとか撫でた。左腕はギプスがつけられており、動かせないが右手は動かせたので撫でた。

 

「……青葉、俺…しばらく提督から離れようと思うんだ…」

 

「な、何を言うんですか!?司令官…一緒にまた再構築しようって!」

 

「……すまん…しばらくは考えがつかない…すまん」

 

「……う、ううう…司令官…司令官のばかぁ!!!」

 

99人の艦娘を沈めてしまった自責からか。彼はそのあとも青葉や龍驤たち「原初」の姉妹の説得にも応じず、提督を離れてしまうのであった。

 

しかし、功績は功績として称えられ、海軍をやめるわけでもないので彼は将官である「少将」の位を得たが自ら拒否。どうしてもこの功績を称えたかった古井司令長官は、本来ならば存在しないはずの「准将」の位置を特別に作り、形だけは将官としての功績を残した。

 

さらに彼はしばらくの間、大本営の事務を担当、事務仕事を行っていたがやはり事務と言うのは泊地で事務仕事をしていたことを思い出してしまうため、結局は事務も行えなかった。見かねた古井司令長官が自衛隊時代に同じ艦で給養員をしていた友人である食堂の料理長のつてを借り、玲司をコックの道へと勧めたのだった。

 

料理を一心不乱にすることでようやく笑うことができるようになったり、青葉と会話ができるようになったりしたわけだが、傷が癒されることはなかった。どこか乾いていた。料理は自分が妹や家族、そして艦娘達との繋がりであった。料理をすることは楽しかったが完璧に満たされることはない。

 

心を込めて、おいしいと思ってもらえるように作るのだが、自分でも満足のいく料理とはいかなかった。満たされないまま、乾いたまま、彼はそれでも一心に食堂へ来る人々へ料理を振る舞い続けた。そう、あの日まで。

 

「うん。うん。三条玲司。貴官をこれより横須賀鎮守府の提督の着任を命ず。己が職務を全うせよ」

 

そうして提督に戻ってきた玲司。そして今に至る。その話を一通り、ようやく心の整理がついたのか皆に話したわけである。

 

………

 

「ってわけで、今に至るわけなんだけど…っておいおい…」

 

ほとんどの艦娘がすすり泣いたりしていた。摩耶や瑞鶴に至っては鼻を垂らすくらいまで号泣している。

 

「でいどぐさん…づらかったんだね」

 

「ちくしょう…ながぜやがるじゃねえが…」

 

「うーん、まあその沈んだ艦娘は明らかに玲司のせいじゃないよね。あたしだってそうだね。きっとそういう時が来たら自分の意志で戦うかな。玲司を守りたいし、みんなと戦いたいしね」

 

「そうだねぇ。ボクも同じかな。死んでも恨みっこなしねってことで」

 

「さ、三条提督!!今はえ、えっと…役に立つかわかりませんけど、私達もいますから!!!!」

 

「イエース!!!ワタシたちも頼ってほしいデース!!!!」

 

そう。今の彼には仲間がいるのだ。一宮提督に九重提督。今ここにいる七原提督。それから…刈谷提督…もか?頼れる。相談できる仲間がいるから。今度はみんなをあんな目に遭わせない。そのために今必死でみんな強くなっているわけだし、自分だって神経を使っているのだ。

 

「七原提督。ありがとう。その時はお願いします」

 

「は、はい!!不束者ですがよろしくお願いしましゅ!!」

 

(噛んだデース。ってあれ…横須賀の艦娘の視線が怖いデス…)

 

七原提督は気づいていないが不束者…つまり嫁に来るかのような言葉に北上やら大和やら…視線が怖かった。金剛は知らないふりを通した。

 

「えへへ…しれえ、雪風は嬉しいです♪」

 

「ん?何がだ?」

 

「しれえがしれえに戻ってくれなかったら…今の雪風達はなかったですから!」

 

「ああ…そうだな。どうしても…横須賀のあの時のことを教えてもらったら居ても立っても居られなくなってな。うん、今は俺は…こうしてまた司令をやって、雪風達と一緒にいられて幸せだな」

 

「はい!雪風も幸せです!」

 

「ははは!そうか!よし雪風、今日は何が食べたい?」

 

「はんばーぐ!!!」

 

「よっしゃ、間宮ー、茉莉ー、今日はハンバーグとエビフライでいきますかー」

 

「司令官!ボクポテト―!」

 

「しれいかぁん!あたしぃ、にんじんのあまぁいのがいいなぁ!」

 

「はいはい。よっしゃ、今日も料理に励みますか!ところで…明石のほうはまだ終わんねえのか?」

 

「あー…なんか思いついて改造しまくっとる…いつもの魔改造や…」

 

「えっ」

 

「あいつぅ!人様の艦娘の艤装に魔改造施してんじゃねえぞ!!!」

 

「あー!ええねんええねん!ええ改造やから!!まあ、七原提督にはもう一泊してもらわなあかんねんけど…」

 

「えっ、あ、あの…替えの下着の予備がー…」

 

「あー…しょうがねぇなぁ…急いで松子さんとこ行くか!」

 

「雪風、お供します!」

 

「ぼ、僕も行こう…かな」

 

「はいはーい。提督とデートしておいで、時雨!」

 

「ち、違うったら!」

 

「すみません…よろしくお願いいたします…」

 

「ワタシも下着はほしいデース。と、言うか艦娘の下着とか…どうしてるデスか?」

 

「今から行く商店街の洋服屋さんへ買いに行くんだ。あ、あー…気をつけろよ…すっげえクセ強えから…」

 

「オ、オウ…」

 

今こうして玲司が笑顔でいられるのは今の艦娘達。そして、ようやく心の整理がついたショートランドの皆のおかげである。玲司は忘れられないあの時の眩い笑顔溢れる生活を、金剛との約束を。これからもずっと守っていくつもりである。




これにてショートランド編、終了です。
正直SAN値がゴリゴリ減っていく内容でした(苦笑)

次回からは当面ほんわか、コメディなどを中心にやっていこうと思います。正直シリアスは当分お腹いっぱいですので(笑)

次回はとあるへんたいふしんしゃさんのお話を玲司や七原提督のお買い物を兼ねて書いていこうかと思います。暴走するへんたいふしんしゃさんと七原提督を会わせて大丈夫なのか?

次回をお待ちくださると嬉しいです。

それでは、また。
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